アニメで言うと6話と5話辺りです。
<夜・IS学園食堂>
「かんぱーいっ!! 」
グラスの合わさるかん高い音が食堂に幾つも響き、コップの中に入ったジュースを飲み干す。
学園祭二日目は何も起こることは無く、無事に楽しく過ごせたのが幸いだ。
生徒会のメンバーでシフトを組んで巡回した甲斐があったというものである。
久しぶりにハンナさんやメリルさんと会いたかったが、グレイスが俺を護衛してくれていたので会う事は叶わなかった。
彼女曰く"私にはまだ会う資格がない"と言ってたけど……。
まあ事情が事情だからな。
「いやぁ、一日目はどうなる事かと思ったけど二日目も出来てよかったなぁ」
「まさか侵入者が来るなんて俺も思わなかったよ。彰久が助けを呼んでくれなかったら今頃俺達は……。そう思うと本当に助かった、ありがとう」
「え? 僕たち彰久じゃなくて織斑先生に呼ばれてきたんだけど……」
「そうね、織斑先生から救難信号を受けてあたしとセシリアとラウラは哨戒に行ったわよ」
「え、えーとそれは……。海よりも深い事情があってだな……」
まずい、まさかここで襲撃されたことを話題に出されるとは思いもしなかった。
さすがにグレイスの事を言うのはどうなんだろう……。
「……彰久さん、また私たちに何か隠し事ですか? 」
「そうだよ彰久、私たちは悲しいよ……? 」
「ぐっ……俺が上目遣いに弱いことを知っておきながら……ッ! 」
変態紳士以前に男は女の子の上目遣いに弱い。
たとえ演技だと知っていても、承諾せずにはいられないのである。
「あーもう! いいか、これ織斑先生に秘密にされてんだぞ!? マジで結構ガチな重要機密だから言えないの! 」
「ちっ、上目遣いもダメでしたか」
「案外いけると思ったのにね」
「どうしよう一夏、あたしこの二人が怖い」
「大丈夫だ、お前も同じくらいに怖いぞ鈴」
「フォローになってねぇよ」
舌打ちしながらセシリアは途端に悪い顔へと変貌した。
まあ俺の前で言っているだけまだいいが、真性なのはマジで言われるからな。
中学時代にそんな子がいて友達が被害に遭っていたので変態紳士流お仕置きを施してやって記憶が鮮明に蘇った。
あの頃は弾も熊吉もノリノリだったなぁ。
「おっ、一夏君に彰久くーん! 」
「のわぁっ!? た、楯無さん!? いきなり抱きつかないでくださいよ! 」
「あっ、ちょっと会長今抱き付かれると飲み物がっ! 」
しかし時すでに遅し、俺の手から離れたコップは見事に制服に直撃し、中に入っていたジュースを制服のズボンと胸全体にぶちまける。
一夏と会長の制服は無事のようで、俺の制服が全ての被害を被ったようだ。
「あらら……、ご、ごめんね彰久くん」
「だ、大丈夫か彰久! というか濡れて制服が透け――――」
「いやぁぁぁぁぁぁぁ!! エッチぃぃぃぃぃぃッ!! 」
「悲鳴上げる立場普通逆じゃないの!? 」
野太い悲鳴を上げながら地面に座り込む俺。
周りの視線が若干引き気味ではあるが、セシリアと箒ちゃんが急いでタオルを持ってきてくれる。
「そのままじゃ風邪を引くぞ彰久、シャワーを浴びてきたらどうだ? 」
「もしかして夜のお誘い? 」
「その制服を血で染めてやろうか」
「アッハイ行ってきます」
俺は制服の濡れた部分を腕で隠しながら一度部屋に戻ることに。
この楽しい打ち上げを一時撤退するのは口惜しいが、俺はシャワーを浴びる事にした。
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<IS学園・学生寮、自室>
『彰久、カタギリから電話が来てるわ』
「おっ、エマさん久しぶり。早速出るよ」
身体についたジュースをシャワーで洗い流し、軽く全身を濡らしてからシャンプーとボディーソープで泡まみれにしていく。
だがみんなを待たせるわけにはいかないので簡単に済ませ、俺は風呂場を出た。
風呂場を出ると洗面台に置いたフライルーのバックルから声が聞こえ、俺は鳴り続ける携帯を手に取る。
今の状況は全裸だ。
さすがにこの状況下で俺の部屋に入ってくるアホはいないだろう。
『あ、もしもし? 彰久くんかい?』
「片桐さん、久しぶりですね! 調子はどうですか? 」
『上々だね。フライルーから自動的に送られてくるデータを解析するので忙しいけど、それより興味深い情報が幾つも手に入っている』
「"ウーンドウォート"、のことですか」
どうやらエマさんが以前戦ったウーンドウォートとの戦闘データをラーク・メカニクス社の方へ送信してくれていたみたいである。
本来ならばそういった事務的な行動は俺がしなければいけないのだが、エマさんはエマさんで俺に気を使ってくれているのかもしれない。
ふふ、意外とツンデレなところもあるんじゃないか。
『そうだ。EMA-3から送られてきた情報によるとこの機体はフライルーとほぼ同じ型番で、同じように変形機構を持つようだ。無論のこと僕たちと向こうの連中は裏でつるんでいるわけではないし、これは偶然としか言いようがないね』
「ふむ。いずれはまた戦う事になるかもしれませんね……。んで片桐さん。一体話っていうのは? 」
思い出したかのように片桐さんはああ、と声を上げた。
『すっかり忘れていたよ。彰久くん、もし君が良ければなんだがIS学園を卒業した後、うちで働いてみないかい? テストパイロットとしてね』
「……えっと、それはつまり……スカウトですか? 」
いきなりの出来事で俺の頭の中がぐちゃぐちゃになる。
確かに将来のことについて考えておいた方がいいとは思うが、いくらなんでも急すぎないだろうか。
まあ俺としては高卒採用で大企業に入れるから美味しい話なんだけどね。
『あぁ。重役会議で、今日その話が上がったんだ。小木曽社長が断言していたよ、"草薙彰久は今後日本のIS企業界を担う重要な人物になる"ってね』
「小木曽さんが……。ふっ、ついに俺の溢れ出る魅力に気づいてしまったか」
『ははは、そうかもね。まあ答えはすぐに出さなくても大丈夫さ。ご両親としっかり相談して決めてきてほしいんだ。君の今後の人生に関わる重要なことだから』
「分かりました。父と母の方に連絡しときます」
『考えておいてほしい。あぁ後、今週の日曜日に定期検査が入る。覚えておいてくれ』
「はい。それじゃあまた」
そう言いながら俺は電話を切る。
さっきの話は頭の片隅にでも入れておこう。
俺は携帯を机の上に置き、誰か訪ねてきた時の為に急いでパンツを穿く。
さすがに全裸を見られたらシャレにならないしな。
「あー……明日と明後日休みかー……何しようかな」
『とりあえず服を着たらどうなの? みんな待ってるわよ』
「ぱ、パンツ穿いてるから恥ずかしくないもん! 」
『それが問題なのよ』
「いやでも今制服も洗濯掛けちゃったし、あと残ってるのがバニースーツとコブ〇の全身赤タイツしかないんだよ。寝間着で打ち上げ出るのもアレだし」
『もうバニースーツでいいんじゃないかしら? 』
「そうだな。どうせ見慣れてるだろうし」
言われるがまま俺はバニースーツに足を通した。
またこの服にお世話になるとは正直思っていなかったけどね。
「さあ行くぞエマさん! いざ死地へ! 」
『はいはい。羽目を外さないようにね』
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<IS学園・食堂>
ここに来るまでの間、なぜか嫌な予感を感じた俺は身震いしながらも打ち上げが続いている食堂へと歩みを進めていた。
うーむ……しかし本当に妙だな。
ここまで嫌な予感がしたのは中学時代に嵌められたドッキリを思い出すぜ。
「おーいみんなー。待たせてごめん――――」
「あぁーっ! あきひさしゃん遅いれすよぉーっ! 」
「お、おうセシリア。どうしたんだ? なんかいつもと雰囲気が違うけど」
「えぇ~? そんなことありましぇんよぉ~? ねぇ~? 」
俺の嫌な予感的中。
変態紳士は無駄に勘が鋭いのである。
「あはははっ! あきひしゃの格好おもしろ~! 」
「し、シャル? なんか君まで……」
「む、来たか彰久。遅かったな」
「あ、ラウラは正常だ! こ、これは一体……」
食堂に入るなり普段の雰囲気とはかけ離れたシャルとセシリアに抱き付かれた。
両腕に幸せな感触がするので必然的に鼻の下が伸びる。
「うむ。お前が着替えに行ってから急にセシリアとシャルロットと鈴の顔が赤くなり始めてな。私は普段からアルコールに慣れているので大丈夫だったが、後々真琴もおかしくなり始めたのだ。あと会長は逃げたぞ」
「……え、まさかお酒飲んじゃったの? 」
「いや、これは一夏の分析によると"場酔い"だそうだ」
「酒弱いどころの話じゃねーな」
テーブルの方を見ると箒ちゃん達が座る席だけ妙な雰囲気を醸し出していた。
他の子たちは普通のようだが、なぜ場酔いなんてしたんだろう。
つーか会長なんで逃げてんだよ。
「ふっ、私を褒めてもいいんだぞ彰久? この状況で平然としてられる私を褒め称えるといい」
「そ、そうだねラウラ。だとするとラウラもみんなの介抱に? 」
「いや、一緒になってはしゃいだぞ」
「駄目じゃねーか」
ドヤ顔になって胸を張るラウラは潔く自分の罪を白状する。
多分あの席じゃ一夏と箒ちゃんが今頃犠牲になっているところだろう。
急いで助けに行かなければ。
「一夏、助けに来たぞ」
「あっ……!! 彰久……ッ!! 俺は……俺は……! 」
「あひゃひゃひゃ!! なによぉその格好はぁ! 」
「……面目ない、彰久」
「だいたいの事情はラウラから聞いた。よく頑張ったな二人とも」
「うっうっ……彰久ぁ……」
余程辛かったのか一夏と箒ちゃんは途端にに泣き出す。
普段は凛としている箒ちゃんの泣き顔は貴重なのでもちろん写真に収めておくぜ。
「あきひしゃぁ~? 来たからには話し聞きなさいよぉ~? 」
「はいはい分かった分かった。一夏、箒ちゃん、ここは俺に任せて行け」
「お、お前と言う奴は……! す、すまないっ! 」
「この借りは必ず返すぜ、彰久! 」
まるで死亡フラグと言わんばかりに俺は二人を安全な席へ追いやる。
ふっ、俺は絡み酒回避術のスペシャリストだぜ?
そう簡単に死にゃしない。
「んで、どうしたの鈴ちゃん? 」
「どうしたもこうしたのいわよぉ! 最近一夏の奴も振り向いてくれないしぃ、こっちはひっーっしにアピールしてるのにぃ!! もういやだぁ! あたしは一体どうしたらいいのよぉ! 」
「わかるでぇ、鈴。その気持ちはおっさんにも痛いほど分かる。ほら、そんなひどい男のことなんて酒でも飲んで忘れちまいなぁ」
「あ、ありがとぉ……うえぇぇぇぇん……」
この二人は酒が入ると語るタイプと泣き上戸になるタイプのようだ。
厳密には酒じゃないし真琴ちゃんはおっさんじゃないけど。
「うふふぅ、あきひしゃ~……。ぐぅ……」
「おーいシャル……って寝ちまったみたいだな。こりゃ一人減って楽だぜ」
「ほらほらあきひさしゃん、お飲みになさってぇ? 」
「あ、うん。普通にジュースだからありがとう」
なんかセシリアが酔いながらジュースをコップに注いでくる姿がシュール過ぎて思わず笑いそうになるが、俺はなんとか堪えてコップの中身を一気飲みした。
わざとらしいメロン味が俺の喉や舌を刺激し、喉の渇きを潤す。
ほんとに場の雰囲気で酔ったのか……。
「あぁん、飲み過ぎて身体が火照ってきてしまいましたわぁ……」
「んぶぅっ!? ふ、服がはだけて……! 」
ちらちら向けられるセシリアの妖しい視線に思わず俺は口に含んでいたジュースを吹き出しそうになるが、なんとか理性を堪えて受け止める。
か、彼女は誘っているのか……。
「彰久さぁん……」
「せ、セシリア……いくら酔っているとはいえそんなに誘ってきたら……! 」
「おおっとぉ! 急にウチの手が滑って激熱のおでんが彰久の顔にぃーっ!! 」
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 」
今日俺はどれだけおでんの呪いを受ければいいのだろう。
狙って俺におでんをぶつけたのは百も承知、俺が危惧しているのは下手に出てボロボロになる事である。
絡み酒回避術の極意はいかに相手と絡まずに相手を潰すか、が重要になってくるのだ。
「あっひゃっひゃっ!! 命中やでぇ~! 」
「おっ、おのれ……許さん……。いくら変態紳士といえど堪忍袋の緒が切れた……! 」
「なっ、何するんやぁ? 」
「食らえ! 久々の変態神拳奥義……"胸揉み"ッ! 」
「ひゃあっ!? 」
何の捻りもないただの胸揉みを俺はまんべんなく真琴ちゃんに食らわす。
本来なら一揉みでいつもはマッハパンチが飛んでくるのだが、今回は酔ってる分こちらにも勝機がある。
「い、嫌ぁ!! やめてぇ!! 」
「ぶべらっ!? 」
「……って、あれ? 今までウチは……あっ、彰久!? 」
ついに正気に戻ったのかいつもの右ストレートで俺をブッ飛ばす真琴ちゃん。
自分のやったことに気付かず彼女は俺の元へと駆けよってくる。
相変わらずいい胸だったぜ。
「あっ、彰久!? なんというかごめんな!? 」
「い、いいんだ真琴ちゃん……。そ、それより」
「な、なんや!? 」
「相変わらずいい揉み心地だったぜ」
「…………」
無言で振り降ろされるその拳を、俺はただ受け入れた。
亡国機業との関わりがあんまりないですが、それはおいおい。