最近シリアス回が続きまくっててなんだかアレ。
変態紳士がイケメンに。
早く鈴ちゃんと彰久の絡みを書きたいです。
<ピット内、箒視点>
数秒間の試合終了を告げるブザー音の後、ピット内へ再び入ってきたのは意気消沈した表情を見せる一夏の姿であった。
余程悔しかったのは彼の表情から察することが出来るが、一夏は別の何かを抱えているようである。
ただ私は、そんな一夏を見ていることしか出来なかった。
すると観客席から帰ってきた彰久も見え、ピット内は更に重い空気に包まれる。
「……い、一夏。私は善戦したと思って――――」
「気を遣わなくていいよ、箒。負けたのは俺なんだ」
「し、しかし! お前は落ち込んで……! 」
「悪い。一人にしてくれ」
重い空気をなんとかしようと一夏を激励するが、彼の暗い表情は依然変わらぬまま。
一人ピットを出て行こうとする彼を引き留めるが、それも一蹴されてしまった。
誰も一夏を留めようとはしない。
なぜ……なぜ彼をそのままにしておくんだ……!
既に一夏がピットを出た後、次に口を開いたのは出口に立っていた彰久である。
管制室から織斑先生が出てくると渋るように顎に手を当て、何かを思いついたのか急に挙手をし始めた。
「織斑先生、一夏の事は俺に任せてくれませんか。ちょっとあいつ落ち込んでるみたいです」
「……分かっている。頼んだぞ、草薙」
「私も行くぞ、あんな一夏を放ってはおけない」
「いや、箒ちゃんは待っててくれ」
「なっ、なぜだ! 私が行くと何か不味いことでもあるのか!? 」
「落ち着け、篠ノ之。ここは彰久に任せておくんだ」
「先生まで……! 」
どうやら彰久は一人で一夏の元へ行くらしいが、私が同行を申し出ると珍しく彼は首を横に振る。
勢い余って大声を挙げてしまうと、今度は織斑先生が私を制してきた。
「……箒ちゃん、あいつの気持ちを分かってやってほしい。一夏のことは俺に任せて、箒ちゃんは帰ってきたあいつを優しく出迎えてやれ」
「……そこまで言うなら、私も引き下がる。だが頼む、一夏を元気づけてくれ。お願いだ」
「おう、んじゃ行ってくる」
いつになく真剣な表情を見せる彰久に気圧され、私は一夏の事を彼に委ねる。
一夏の気持ち、か……。
小学校の時に彼と出会い、転校するまでの間をずっと一夏と過ごしていたが、私は一夏の本当の気持ちを理解できていたのだろうか。
分からない。
今のあいつの、初めての恋をした相手の気持ちが。
そう思慮に耽っている内に颯爽と彰久はピットを出ており、いつの間にか隣には私の肩をそっと叩く織斑先生の姿がそこにはあった。
「……すいません、織斑先生。つい声を荒げてしまって……」
「そうだな。私があそこで抑えていなければお前はあのまま織斑を傷つけに行っていたかもしれん。
今あいつを救うことが出来るのは草薙、ただ一人だ」
「織斑先生は、行こうとは思わなかったんですか……? 」
そう私がおそるおそる尋ねると、意外な返答が彼女から帰ってくる。
「行くつもりではあった、あのまま誰も織斑の元へ行かないとするならな。私は教師であり、それ以前に"一夏の姉"でもある。生徒として、何よりも弟として、救いの手を差し伸べようとするのは当たり前だ」
「織斑先生……私は……」
「だが、男には男にしか分からないことがある。そう思い、草薙を行かせた。あいつも言っていた通り、篠ノ之は暖かく迎えてやればいい。それが幼馴染であるお前の役目である、違うか? 」
「……そうですね。でも、いい加減待ち続けるのも飽きてきました」
私の返答に織斑先生はフッと笑い、その場を立ち去る。
きっと彼女も複雑なんだろう、教師である立場と家族である立場が交差し合っていては。
一目散に手を差し伸べてやりたい気持ちと教師として生徒を心身ともに成長させたい気持ち。
水と油の関係に近い。
「……ふっ、お前も愛されているな。一夏……」
そう、独り言が聞こえた気がした。
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<屋上庭園、彰久視点>
千冬さんと箒ちゃんの頼みを受けて奔走中の俺は、一番人がいなさそうな場所を手当たり次第に探していく。
ここで一夏を元気づけて千冬さんと箒ちゃんの評価がうなぎ上りからのウッハウハ変態紳士ハーレムという俺のスペシャルな計画を考えていたが、どうやらそういう訳には行かないようだ。
ちきしょうめッ!!
そんな不謹慎すぎることを想像しつつも、俺はこの屋上庭園にたどり着く。
あらかた探し回った場所の中でここが最後となるが、果たして一夏はいるのだろうか。
「お、いたいた」
「……なんだよ、彰久か」
「なんだとは失礼な。わざわざ探しに来たのにねぇ」
「悪いけど、一人にしてくれ。……今はそういう気分なんだ」
屋上庭園のグラウンド側の柵に寄り掛かって一夏は一人空を仰いでいたが、彼は今人との関わりを頑なに拒んでいる。
これは困った、俺もこんな言い方したくはないが致し方ない。
「……お前はいつまでそうやって塞ぎこんでいるんだ? 明日か? 一週間後か? 一か月か? それとも、一生塞ぎこむつもりか? 」
「……うるせえ」
「たかが一回負けたからって、そんな風になるとは情けねえ。セシリアに負けるのも頷け――」
「うるせえって言ってんだろッ!! 」
不本意に彼を貶すと一夏は俺の胸倉を掴んでその怒りを露わにした。
以前にこのようなことはなかったが、普段温厚な一夏がここまで怒るのは自覚しているのだろう。
「分かってる、分かってるよ!! 敗因が俺にあったことぐらい、俺が一番理解してる!! このまま落ち込んだままじゃ、このまま塞ぎ込んでちゃいけない事ぐらい分かってんだよッ!! 」
「だったらやるべきことはなんだ? こうして俺に八つ当たりすることか? 違うだろ、一夏。今出来ることはお前が一番理解してるはずだ」
俺の胸倉を掴んだ腕を離し、一夏は顔を俯きながら拳を握る。
……憎まれ役はあんまり得意じゃないんだがな。
「……情けなかったんだ、自分が。箒やお前、鷹月さんや相川さん、のほほんさんや山田先生、そして千冬姉だって俺の訓練に付き合ってくれたのにこのザマだ。合わせる顔がない」
「そんな事俺たちが本気で思っていると? 馬鹿言え、だったら箒ちゃんはお前を引き留めたりしねえよ。みんな言ってたぞ、"織斑君はカッコ良かった"ってな」
事実、一緒に観客席で見ていた本音ちゃん達はそう言っていた。
試合の様子に息を呑んでいたり、少なくとも「情けない」などとは思っていないはずである。
そんな彼女たちの声援を受けてまだ尚ネガティブ思考になるなら、俺は一夏を本気で殴るつもりだ。
「本当はさ、嬉しかったんだ。みんなが期待してくれてて。……お前の言う通りだよ、まだやるべき事はたくさんあるよな」
「……ふぅ、ようやく落ち着いたか。そうだぜ、俺もお前もこれから技術や能力を身に付けていけばいい。悲観的になる事なんてねえよ」
「……そうだな。ありがとう、彰久。なんだか調子が戻ってきた気がするよ」
「やっとか。一夏のお守は疲れるねぇー」
「お、お守ってなんだよ! 赤ん坊扱いかよ! 」
一夏の表情が見る見るうちに明るいものへと変わっていき、普段の調子を取り戻しつつある。
雰囲気作りに軽いジョークを言うと、彼は赤くなって反論してきた。
ふっ、やはり一夏は単純だな。
この変態紳士にかかれば元気づけることも朝飯前なのである。
「よし一夏、箒ちゃんに赤ちゃんプレイでも頼んでみるか」
「んなこと頼むわけないだろ! しかもなんで箒なんだよ! 」
「問答無用! 阻止したければ捕まえてみせろ! 」
「て、てめーっ! 待ちやがれーッ! 」
箒ちゃんと赤ちゃんプレイなんて逆に俺がしてみたいものだが、生憎頼み込んだ時点で竹刀が刺さりそうなのでやめておく。
というかマニアック過ぎて言ってみた俺もなかなかドン引きしているのは秘密だ。
そして逃げる俺を一夏が後を追い、俺達はそのまま箒ちゃんの元へと向かう。
既に夕日が沈みきっている日のこと、一夏と俺は密かに誓い合った。
互いに強くなることを。
一夏と彰久の青春活劇回でした。
もう早く鈴ちゃん出したいので、次回は休日の日へと話が変わります。
いよいよ五反田の登場かも。