護衛を済ませアスピオへと戻ってくると、これまた見覚えのある騎士を見つけた。自己紹介こそしていないが、シゾンタニアでユーリと一緒にいた金髪の少年だ。副官らしき女性と共に、肩を落として歩いている。あの方向にあるのはリタの家だけなので、まあ、そういうことだろう。
「前を見て歩かないと危ないぞ、少年」
「これは、申し訳――あなたはっ!?」
面と向かって挨拶をしたこともなかったはずだが、あちらはしっかりと僕の顔を覚えていたようだ。
「その節はお世話になりました。私は、フレン・シーフォと申します」
「その様子だと、リタに振られたようだな」
「お恥ずかしながら」
「おい、その聞き方は無礼ではないか?」
お互い自己紹介もせずに軽口を交わしていると、一歩後ろに控えていた騎士の女性が口を挟んだ。
「本人が気にしてない以上、君が口をはさむことではないと思うが」
「なんだと……?」
「やめろ、ソディア。彼はここの責任者、立場で言ったら私の方が下だ」
「なっ、も、申し訳ありません。貴方が彼の魔導王とはつゆ知らず……」
ここの責任者、と聞いたとたんに騎士の女性の顔色が青くなる。
「別に畏まらなくてもいい。それと、僕はそれで怒るほどに狭量じゃないからいいけど、世の中にはそうじゃない奴の方が多いぞ」
「……肝に銘じておきます」
許しの言葉に緊張が解け、ほっと胸をなでおろしている。この女性、実に危ういタイプの人間だ。崇拝は時に幾千の兵器よりも恐ろしい物であると、僕がこの目で見てきた歴史が証明している。
「まあ、いいや。そんなことより、何の用だ?騎士団が来るってことは、何かの支援要請かな」
「ハルルの街の結界魔導器が止まってしまい、解決の手段を専門家に聞こうと思い来ました」
「リタ……は断られたか、そうだな、ウィチルっていう魔導士を連れていくといい。僕の家にある本をどれでも一冊持って行っていい、と言付けてくれれば喜んで協力するはずだ」
僕は懐から手帳を取り出し、その旨を書き留めると切り取ってフレンへと手渡した。
「若いが持ってる知識は豊富だから、力になると思うぞ。それに、ここでは珍しく良識のある奴だ、リタとは違ってな」
「お心づかい感謝します」
良識のある、のところでピクリと反応した。リタの奴、相当こっぴどくあしらったらしい。
「じゃあ、僕はこれで。これからシャイコス遺跡の魔物を一掃してから、ダングレスト、その足でノードポリカに向かわなきゃならないんだ」
「シャイコス遺跡……。それならば、私たちの同行を許可してもらえないでしょうか。この近辺で遺跡荒らしが活動しているという情報があるのです」
「そういうことなら拒む理由はないね。入口の門で待ってるから、出来るだけ早く来てくれ」
それだけ言い残すと、自前の杖を取り出してその場を去った。
○○○
「遺跡の中の物を触るときは、ウィチルに確認を取ってからにすること。それから、地下の事は他言無用とする」
「了解しました」
シャイコス遺跡地下への入り口となる石像前にて、フレンの言葉に一糸乱れぬ動きで列をなる騎士たち。これほどまでの動きとなると、練度がどうこうではなく、人徳のなせる技だろう。
「先行し、魔物の排除を行う。ウィチルとフレンは着いて来てもらえるか」
「分かりました。ではソディアは私が戻るでの間、皆と共にここで待機を」
「了解しました」
伝令を終えると、僕を先頭に暗い地下へと潜っていく。空気は冷え込み、湿気は無いが、洞窟のように蝙蝠がいてもおかしくないくらいの雰囲気だ。コツリコツリ、と足音だけが響き渡り、さっそくその足音に群がるように魔物たちが集まってきた。
「手は出さなくていい」
庇うように前へ出ようとしたフレンを引き留め、僕は杖を地面に立てる。それも、全く同じものが二本。蛇の装飾をあしらった杖はまるで自立しているかのように突き立ち、僕の言葉を今か今かと待っている。
「起きろ。『カドゥケウス』」
甲高い音と共に、二つの杖を中心に大きな魔方陣が浮き上がり、まるで最初からそうであったかのように融合した。彫刻であったはずの蛇は本物のように動きだして、その双頭は獲物を見定めるようにゆらゆらと虚空をさまよっている。頭脳明晰なフレンだが、いや、専門家であるはずのウィチルでさえどのような原理でそうなっているのか見当もつかないが、杖には神々しい輝きを放つ翼が生え、その圧倒的な存在感をまき散らす。
「ウィチル、障壁を。一掃するとなると、そっちへ多少の被害が出る可能性がある」
「は、はい!」
初めて僕の魔術を見る機会に恵まれたためか、カチコチに緊張しながらもしっかりとした手順で強力な障壁を作ってゆく。リタとは違い天才ではないが、この子は秀才だ。ゆっくりでも確実に何かを仕上げるという才能がある。
「我が身は創世の賢者にして月の現身。顕れるは五柱が一つ、死者の守護神。ここに帰依し奉る」
解き放たれた蛇が縦横無尽に空中を這い回り、一瞬のうちにその術式が完成した。何もかもが異常である中で、フレンとウィチルが驚愕したのは、その発動時間のあまりの短さに。本来、術士は援護なしでは発動前に少し妨害されるだけで、その術の発動が極めて困難になる。しかし、これほどの速さならば妨害などする間もない。つまりは防ぐことが不可能に等しいのだ。
「降神権能、コード・ネフティス」
辺りから一部の光すらも失せ、それでも感じる禍々しい気配は常軌を逸していた。まるで死がそこに在るかのように、真っ暗な闇の中で今も耳元で囁いているかのように。自分はもう死んでしまっているのではないかという錯覚さえ起こしそうな漆黒の中、フレンとウィチルはかろうじて正気を保つことが出来ていた。音も無く、しかし、確実に魔物の命を奪っていく。一晩よりも長く感じた闇が晴れると、無数にいた魔物は、傷一つなく殲滅されていた。こうして、たった一つの術の行使によって、シャイコス遺跡に巣食う魔物の駆逐は完了したのだった。
・・・
フレン一行がシャイコス遺跡の調査を終え、再びハルルへと出発したその頃、ユーリたちはフレンを追ってアスピオへと来ていた。もはや芸術的なまでのすれ違いなのだが、当の本人たちはそれを知る由もない。
「ドロボウは……ぶっ飛べ!」
「いやぁぁぁ……!」
ユーリの目的でもあるモルディオさんのお宅を物色していると、本の山と山の間から人影が現れた。寝起きで機嫌が悪いのか、はたまた勝手に入ったことに憤慨しているのか。おそらくは、その両方の理由で、カロル目掛けて火球を飛ばした。
「けほけほ。ひどい……」
「お、女の子っ!?」
カロルはダウン、エステルは驚き、そしてユーリは冷静に剣を抜いた。
「こんだけやれりゃあ、帝都で会った時も逃げる必要なかったのにな」
「はあ?逃げるって何よ。なんで、あたしが、逃げなきゃなんないの?」
「そりゃ、帝都の下町から魔導器の魔核を盗んだからだ」
「いきなり、何?あたしがドロボウってこと?あんた、常識って言葉知ってる?」
「ま、人並みには」
人を小ばかにするような皮肉と高圧的な言葉の応酬に、エステルもカロルも入っていけないでいる。特に箱入り娘状態のエステルは、これほどの舌戦を見ること自体初めてだろう。
「……あんた、今すぐそこをどきなさい。その本は踏んづけていいもんじゃないのよ」
足物にある本を視界に収めた途端、リタの声音が著しく変質する。
「それは、学長の本なの。分かる?この世界で最も価値のある本のうちの一冊よ。敬意を払いなさい」
「あ、ああ。そいつは悪かった」
突然豹変した態度に、流石のユーリも気圧されてしまい、素直に謝罪の言葉を口にした。
「あんたたちがどういうつもりでここにいるのかは知らないけどね、アスピオにいる以上、あの人を蔑ろにしたら血祭りにあげられるわよ」
「……肝に銘じておくよ」
「ならいいわ。それで、あんたたちいったい何なの?」
少しは溜飲が下がったらしく、気を取り直して話を再開を促すリタ。
「私、エステリーゼって言います。突然、こんな形でお邪魔してごめんなさい!……ほら、カロルとユーリも」
「ご、ごめんなさい」
「…………」
疑いの晴れてないうちは謝らない、と頑なな姿勢を見せるユーリだが、先ほどついつい謝罪をしてしまったので少々恰好が付かない。
「で、結局あんたらなに?」
「えと、ですね……。このユーリという人は、帝都から魔核ドロボウを追って、ここまで来たんです」
「それで?」
「魔核ドロボウの特徴ってのが、マント!小柄!名前はモルディオ!だったんだよ」
びしっと指を突きつけて、そう言い放ったユーリだが、実際のところすでに疑いはあまりしていなかった。なぜなら、目の前の少女は大事なもののために怒ることが出来る人間だから。
「ふーん。確かに私はモルディオよ。リタ・モルディオ」
「背格好も情報と一致してるね」
「で、実際のところどうなんだ?」
「さっきの本、半年頼み込んでようやく貸してもらえたの。そんなことしてる暇があったら……あ、その手があるか。着いて来て」
あくまで自分のペースで話を進めるリタ。
「シャイコス遺跡に窃盗団が現れたって話。なんか協力要請に来た騎士が、たしかそんな事言ってたわ」
それだけ言い残すと、遺跡調査用の動きやすい服へと着替えるために家の奥へと消えた。
「その騎士ってフレンの事でしょうか?」
「……だな。あいつ振られたんだ」
「そういえば、外にいた人も遺跡荒らしがどうとか言ってたよね?」
「つまり、その盗賊団が魔核を盗んだ犯人ということでしょうか?」
「さあなあ……」
こっそりと、三人近寄って話し合う。そんな必要は全くないのだが、なんとなくだ。
「相談、終わった?じゃ、行こう」
「とか言って出し抜いて逃げるなよ」
手早く着替えを済ませてきたリタの一声に、そんな戯言を返しつつ、ひとまずはシャイコス遺跡に行くことに決定した。
・・・
ダンクレストまで共に行きませんか、というウィチルの熱望を振り切り、僕は一人歩を進めていた。ウィチルの目が危なかったというのも大いにあるのだが、本命はエフミドの丘へ墓参りに行きたかったからだ。
「よお、来てやったぜエルシフル」
海がよく見える崖の淵に、ぽつんとたたずむ小さな岩。僕とデュークで建てた、盟友の墓。決して立派とは言えないが、あいつはきっとこういう方が好きだと言うだろう。
「生憎、今日は僕一人だ。デュークの奴はあんたとの約束を守るために忙しくてな」
僕の独白は、肌をなでるそよ風に運ばれて消える。
「最近やっと分かったんだよ。終わりがない僕がやるべきこと。やらなければならないこと。理解したよ。一番選びたくないと思っていた道こそが、僕にとっての正道だったのだと」
ゆっくりと瞼を閉じて、様々な思いを巡らせる。
「出した結論はきっとあんたと同じさ。いや、あんたよりも少しだけ広いか。まあ、とにかく安心してくれ」
小言を言うエルシフルを幻視して、思わず頬が緩み苦笑が漏れる。木漏れ日がこんなにも気持ちがいいから、今日はもう少しだけここにいよう。墓前には供え物は、幾星霜を経てようやく出した僕の答えを。
「……しまった。花束を持ってくるのを忘れたな」
僅かに逡巡したのちに、ある本、世間一般からは『トートの書』と言われている魔導書を取り出すと天高く放り投げる。空中でばらけたそれらは、空巡る星を高速にしたようにせわしなく動き、それに呼応するように墓前に金で出来た花束が生成されていく。他者には理解不能な文字の羅列が駆け巡り、純金の花束は完成した。一歩間違えば嫌味な成金の所業だが、僕らしくていいだろう。
「随分と豪華な供え物だな」
「ここに眠る者のことを考えれば、これくらいでようやく妥当だ」
些か物思いにふけり過ぎたらしい。振り返るとそこにはユーリたちが立っている。以前会った時よりも二人。子供と、驚くべきことにリタがメンバーに加わっている。なんとも賑やかそうな顔ぶれだ。
「誰の墓なんだ?」
「古い友人さ。大した奴だったんだが十年ほど前に逝っちまってな」
「ですが、なぜこんなところにお墓を?」
「その辺はまあ、お察しって所だな」
展開していた紙の群が手元に戻り、纏まって元の一冊の本へ。リタの好奇心を形にしたような熱い眼差しから、一刻も早く保護しておかなければ、いろいろと危ない気がした。
「ちょ、ちょっと学長!今の何よ!もう少しよく見せなさいってば!」
「あっはっは。断る。知っても今のリタじゃあ理解できなくて発狂するのがオチだ」
「私に不可能はないわ。いいからその本を寄越しなさい!」
「む、無茶苦茶言うな……」
名も知らぬ少年は顔を引き攣らせている。これくらいの会話の押し付け合い、アスピオでは日常茶飯事なのだが。
「とにかく、これは現在の基盤を破壊しかねない理。そう易々と教える訳にもいかないんだよ。悔しかったら早いとこ僕に追いついて見せるんだな」
「ぐぬぬ……!いいわよ、今に見てなさい。必ずアンタを超えてやるんだから!」
額に青筋が浮き出して、地団駄を踏んでいる。とてもじゃないが女の子のする顔ではない。
「天才魔道士様も、アスピオの魔導王の前には形無しって訳だ」
「アンタも一回挑んでみるといいわ。絶望って言葉の意味がよく分かるから」
「ちょ、ちょっと。なんでみんなそんなに冷静な訳!?アスピオの魔導王って言ったら気性が荒くて、機嫌が悪いといきなり術でぶっ飛ばされるって話が……ってあれ、リタとそんなに変わらない?」
「へえ、いい度胸してるじゃないの」
血涙を流してそうな断末魔を上げながらお仕置きされている少年を、視界の隅に捉えながらこちらはこちらで話を進める。
「俺たちフレンって騎士を探してるんだけど、王様心当たりあったりしない?」
「おい、前にも言ったがその呼び方は辞めろ。不敬罪で連行されるまで秒読み待ったなしだ」
かつて、周りが勝手に魔導王と二つ名のようなものを付けた時も、頼んでもいない騎士のパレードがアスピオへ押し寄せて来て死ぬほど大変だったのを、今でも鮮明に覚えている。
「それで、フレンだっけ?ここに来る前まで一緒にいたぞ」
「本当ですか!?」
「ああ、シャイコス遺跡に行った後、ハルルまでは行動を共にしていた。あんたたちも知っての通り、僕はここに墓参りに来るつもりだったから、別れたけど」
「行き先は?」
「動向を求められたから、とりあえずはカプワ・ノールだろうね。普通の人は船に乗って行くから」
「じゃあ普通じゃないあんたは船なんかいらないのか?」
「………………」
「……そこで黙り込むあたり、マジなんだな……」
上げ足を取ったつもりが、取れた物は知ってはいけない類いの事実。いつもの余裕の笑みは崩れ、口元がひくついている。
「そういう訳で、僕としては港を経由しないでダングレストへ行くつもりだ。騎士団の連中は堅苦しくて息が詰まる。旅に気疲れは必要ないしね」
「ああ、それにはまったくの同感だわ」
しみじみと頷くユーリは、どこか枯れたおじいさんのような雰囲気を醸し出している。滲みでる規律とか規則とか大嫌いです感が、今まで会った誰よりも凄い。それこそ、そんな話題欠片も出ていないのに、理解できてしまうくらいには。今までどうやって収入を得ていたのだろうか。
「さて、話が終わったらもう行け。僕は後暫しの間、ここで祈りでも捧げてやるつもりだからな」
黒こげになっている少年や、何かを聞きたそうにしているお姫様から視線を切ると、僕は静かに目を閉じた。
○○○
「アイフリードの孫らしき人物?」
「そそ。カプワ・ノールの執政官の家の前で、噂の元凶になってるのを見たっぽいのよね。たくさんある情報と特徴も一致してるし、まあ、間違いないっしょ」
「……面倒を嫌ったのが仇になったか」
墓の周りの整備を終えた僕は、比喩ではなく一直線にダングレストを目指した。丁度海が見える崖の上だったし、何よりとても清々しい気分だったから。これも比喩ではなく、空を飛びたくなってしまうほどに。
「あれに孫ねえ。難儀な性格に育ってなけりゃいいんだけど」
「ご本人と面識ありなわけ?」
「お前な、アイフリードも人魔戦争の参加者だぞ」
目の前に座っている胡散臭さ全開のレイヴンと話しながら、コーヒーを啜る。ていうかこいつ、カプワ・ノールにいたはずなのに、どうやってこんなに早くダングレストに到着できたのだろうか。
「それと、もう一つ。旦那のお仲間さんっぽいのに乗った人、が執政官の邸を強襲して、魔導器を破壊してったわ。やっこさん、多分巷で竜使いだなんて呼ばれてるって話だぜ」
「特徴は……?」
「んー、魚に羽が生えてるような感じ?」
盟主様がとうとう動き出したのかと思ったが、杞憂に終わった。レイヴンの情報によれば、フェローとは似ても似つかない容姿の始祖の隷長。おそらく数年前にあった若造だろう。
「そいつは問題なさそうだから放置でいいや。巨大な怪鳥の始祖の隷長が現れたら報告してくれ。名前はフェローだ」
「あいあい。それじゃあ最後の報告だけど、旦那の図書館を乗っ取ろうとしてる輩がいるみたいね。無知って怖い!」
「お前、その胡散臭いキャラどうにかならんのか?」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、非常に分かりにくい。へらへらと本音を隠す技術は認めるが、いき過ぎるとピエロのように見えてしかたない。
「おっさん、割と素なんだけど……。ま、まあそれはさておき。『紅の絆傭兵団』、知ってるでしょ?そこのボスがまた困ったくらいの野心家で、ドンの座を狙って暗躍してんの。んで、その障害になるかもしれない『翠玉の碑文』の本部へ襲撃を仕掛ける腹積もりみたいよ」
「極力、素性は晒したくなかったけど、そろそろ潮時みたいだな」
「そゆこと。じゃあ、おっさんはまた監視に戻るとするかね」
ゆっくりと席を立つと、振り返らずに手を振りながら酒場から出ていく。いろいろと考えるべきことはあれど、まずはドンに会いに行こう。話はそれからだ。
○○○
「お前ぇか。遠いところよく来たな」
ユニオンの本部へと到着すると、一も二もなく最奥にあるドンの部屋へと通された。
「まあ、座れ。会うのも久々だ、たまにはゆっくり話すとしようや」
「……酒は出すなよ。僕が酔っ払ったら街が平らになるからな」
「がははは。そんときゃ俺が責任持って止めてやる」
小さなテーブルに向かい合って座り、ドンの注いだ飲み物を手に取る。
「まずは、友との再会に乾杯といこうじゃねえか」
やれやれ、と軽く笑みを浮かべながら、僕はドンの掲げたグラスへ自分のグラスを軽くあてる。交友関係にまともな人間が、ドンとデューク。それにアイフリードとレイヴンくらいしかいないから、乾杯など滅多にしないのだ。
「まずはお前ぇに謝らなけりゃならん。預かってた図書館が荒らされちまってな、どうにか復元したんだが、それでも完全には程遠い。すまなかった」
「いいさ。落とし前は『紅の絆傭兵団』に直接つけさせる。世界も大きく動き出したし、そろそろ僕も舞台に上がるには良い頃合いだ」
「……始祖の隷長絡みで何かあるのか?」
「それだけで済めばいいんだけどな」
グラスの中の氷が音を立て、少しだけ部屋の空気が重くなった。ドンも何か思うところがあるようで、なるほどな、とかすかに聞こえる程度の声で呟いている。
「あまり派手にやり過ぎるなよ。後始末するのは俺たちなんだ」
「なら図書館の件でチャラだな。それに、ギルドの荒くれ者には力を示すのが一番だろ」
「違えねえ。いいだろう、お前ぇの好きにやりな。どっちにしろ最近の『紅の絆傭兵団』は目に余る。けじめはつけなきゃならねえ」
大方の話も纏まり、双方のグラスも空になったころ、突如耳をつんざくような警報が響き渡った。
「思ったよりも早いお披露目になりそうだ」
僕はゆっくりと立ち上がり、よどみない仕草で双杖を取り出した。
「僕の技は市街戦には不向きだから、外に出て街に入り込もうとする魔物を排除する。おそらくケーブ・モック大森林が大本だろうから」
そう言い残すと、慌ただしく部屋に駆け込んできたドンの部下と入れ違いになるように部屋を出る。ハーフの僕と始祖の隷長の一番の違い。それは魔物を従えることが出来ないということ。だがまあ、大した問題にはならないだろう。すべて吹き飛ばしてしまえばいいだけの話なのだから。
・・・
リタがダングレストの結界魔導器の異常を直し終えたその時、それは起こった。
「なっ!?」
突如として空に現れたのは二つの太陽。あまりにも非現実的な光景を前に、ユーリたちを含めてダングレストにいる人々全員が動きを止める。それは、魔物たちも同様のようで、畏怖かはたまた敵意なのかは分からないが、震えあがり逃走を開始する。しかし、まるで誘蛾灯に群がる羽虫のごとく、魔物の群れを燃え散らしながら、二つの太陽は悠然と存在し続けていた。
「この術式は!」
「リタ……?」
今も燦然と燃え盛る太陽を、リタは見たことがあった。かつて、トートに挑んだ自分が、格の違いを思い知らされることとなった技なのだ。
「……なんでもない。いいから、早くユニオンとやらに行きましょう」
久しぶりに思い出した遠い日の記憶。あの日これっぽちも理解できなかった術式を大まかにだが解析できた嬉しさと、トートを倒して手も足も出なかった汚点を拭いさる、という思いがリタの胸中を渦巻いていた。