十月十日。木ノ葉隠れの里では慰霊祭が行われる日だ。九尾の妖狐によって忍者も一般住民も、大人も子供も、多くの人間が死んだ。そのことを皆が悔み、死者を思い、手を合わせる日だ。いつの間にかこの日は一日中里人全員が喪服を身にまとうようになっていた。
そんな中で黒が一切入っていない服を身に着けているナルトはもちろん目立った。しかし、その存在がいまだ認知されていなかったのはあまりに多くの人通りのせいだったと言えるだろう。また、ナルトの姿を見たことがあるものが実質三代目火影と保母さんだけだったために、里人の目に止まっても完全にナルトと結びつくことはなかった。
しかし、どこにでも親切な人はいるもので、いろいろなものに目移りしているナルトを迷子だと判断したその中年男性二人は優しくナルトに声をかけた。
「おう、どうした坊主。そんなきょろきょろして」
「迷子にでもなっちまったのか?」
その声は最初自分に向けられたものと気づかなかったが、目の前にしゃがみこんできた男性が自分に話かけていると気づき、『坊主』というのが自分のことだと分かった。
「まいごじゃないってば」
「ん?そしたらお父さんお母さんはどうした。それともお兄ちゃんお姉ちゃんか?」
「…おれ、とうちゃんもかあちゃんもいないってば。
にいちゃんもねえちゃんも」
俯いて答えたナルトに、男性二人はあちゃーと顔を見合わせた。まさか孤児だとは思わなかった。そして、だとしたら孤児院の子供なのだろうと二人は勘違いした。
「そうか、悪かったな坊主。おおそうだ、今確か飴を持ってたな…
あったあった。これやろう」
とたんに顔を輝かせたナルトは飴を受け取り、あっという間に包み紙を破って口に放り込んだ。ちょっとすっぱいレモン味だった。
「ありがとう、おじちゃん!」
「はっはっは。いいってことよ」
「しかし、一人でいると危ないぞ。家まで送ってってやろう」
そういうと、ナルトはとても嫌そう顔をした。
「えー!おれ、はじめてそとにでれたんだってば!まだいろいろみたいってばよ!」
「おいおい、最近の孤児院はどうなってやがる。子供を外で遊ばせてもないのか?」
場合によっては火影様のほうに報告しなければいけないかもしれないという男たちは、間違いなくナルトのことを心から心配していた。もしかしたら虐待の可能性もあるかもしれないと考えている前で、ナルトは孤児院とはなんのことかと首を傾げていた。
「そうだな…このまま帰すのはちとまずいかもしんねぇな」
「一度うちで預かるか?」
相談を始めた男たちをみて、ナルトはやっと興奮の熱が冷めてきた。それと同時に、もしかしたら自分はとても悪いことをしているのではないかと不安になった。なめていた飴の味がおいしくなくなっていく。思わず着ているシャツの端を両手で握りしめていた。
「やっぱりおれ、かえる」
「お、おい、嫌なら帰ることないんだぞ」
「そうだ、おじちゃんたちが力になれるかもしれんから、な?」
そのナルトの様子に余計に勘違いした男たちがナルトを必死に引き留めようとする。子供が傷つくような場所に返せないというのが男たちの考えで、完全にナルトは孤児院で虐待にあっているかわいそうな子供になっていた。しかしナルトはそれを首を振って断る。
「ううん。だいじょうぶ。べつにいやじゃないから」
「本当か?本当に大丈夫なのか?」
「うん」
「せめて…そうだ、住んでるところを教えてくれないか?」
それは苦肉の策だった。子供が大丈夫と言ってしまえば虐待が行われていたとしても踏み込むことは難しい。せめて場所を聞いておいて、ナルトの後をついていけば様子を見れる。そう思えば悪くない案だった。
「おれのすんでるところ?それならあそこにみえるよ?」
対してナルトは男たちが単純に自分が住んでいる場所を知りたいのだと考えた。普段クラマに対してナルトはわからないことを聞いていたから、男たちもわからないことを聞きたいのだと思った。まだナルトは質問の裏にある意図をくむことはできなかった。
そして二人はナルトの指をさしたほうを見上げる。その方向には家などなく、火影亭があるだけだった。
「おいおい、坊主、冗談いっちゃいけねぇよ。そっちには火影亭しかねぇじゃねぇか」
「あのたてもの、ほかげていっていうの?だったらそうだよ。
おれ、ほかげていにすんでるよ」
「…おい、ちょっと待て」
ここで二人は嫌な予感がした。孤児で孤児院に住んでいない者はいない。養子として引き取られる場合もあるが、そうだとしたら先ほどの質問で否定するだけではなく、「今はいる」と答えるはずなのだ。そのどちらでもなく、しかも火影亭に住んでいる孤児。二人の頭にある噂がよみがえる。
『九尾の妖狐は金髪で、両頬にひっかき傷のような線が三本ずつついている』
まさか、と震える声で一人が聞いた。
「お前、名前は?」
「なまえ?おれのなまえは」
「うずまきナルトっていうんだ」
「そうだ、おれききたいことがあったんだってば!」
目を見開き固まっている二人にナルトは思い出したように言った。
「おじちゃんたちくろいふくきてるけど、これって『もふく』っていうやつだってば?」
「きょうみたひとみーんなきてたけど」
「なんでだってば?だれかしんじゃったってば?」
その無邪気な問いが、男たちの目に暗い影を映した。
憎悪という名の恐ろしい影を。
最後のほうは自分で書いていてぞっとしてしまいました。
ナルト、逃げてー!
逃がしませんが(笑)