うずまきナルトのへその下で、九尾は暴れていた。一度人間に意のままに操られ、その後解放されたものの次の瞬間には新しい器に封じ込められてしまったことは、九尾の妖狐としてのプライドをずたずたに引き裂いていた。昔から人間という種族を良くは思っていなかったようだが、この事件があり九尾の憎悪の対象に人間が含まれるようになったことは間違いなかった。
ふと、九尾は妙な感覚を覚え自らを閉じ込めている檻に焦点を合わせる。しばらく目を細めて観察していたが、次の瞬間には大口を開けて吠えていた。
「あやつ!四代目火影!まさかわしのチャクラを自らの子へ還元させているとでも!?」
それは四代目火影が残した未来に訪れる危機への対抗策、そして息子への愛の術式であった。九尾から漏れ出しているチャクラを契約なしに器へと還元させるもの。まさか封じられた上に無償でチャクラを支払えと言われるとは予想外であり、九尾は少しおさまっていた怒りが爆発しそうになるのを感じていた。
しかし、暴れるということはチャクラをまき散らすということで。そのチャクラは器に還元されるわけで。つまり逆効果になることは目に見えていたので、できる嫌がらせと言えばチャクラの放出をしないよう体を動かさぬことだけであった。あまりに地味な嫌がらせの方法に、九尾は項垂れた。
同時に少し冷静になった九尾は、檻の外へ目を向けた。といってもこの器はまだ生まれて間もなく、内にある部屋はこの檻の部屋だけであった。むしろ、九尾を封印できるだけの部屋が赤子に存在すること自体が驚くべきことだった。
「…うずまき一族、か。忌々しい」
ナルトの母親の血筋であるうずまき一族は、封印術に長けていた。ナルトは母親の血を濃く受け継いだために生まれたばかりでありながらすでに自らの身に九尾を封印をできるほどの許容量を持っていた。もちろん許容できるだけでは意味がなく、四代目火影の施した封印ができるだけナルトに負担をかけないようにできていたことも、今ナルトが静かに眠っている要因の一つであった。
そして、九尾は今まさに檻の目の前で眠っているナルトを見ていた。まだ意識が明確化していない赤子は現実世界と精神世界の区別がつかないため、精神世界にも存在するということが起きていた。何にもくるまれずに固い床の上で眠っている光景は異常だったが、現実世界では何か温かい毛布にくるまれているのか寒そうな様子ではなかった。
「うずまき、ナルト」
九尾はふとつぶやいた。その名前は前の器であった母親から聞きたくなくともしつこく耳に入っていた。
「ナルト」
変な名前だとは思ったが、それ以上に九尾には不思議な感覚があった。先ほどまで荒れ狂っていた憎悪が、まるで火が水で消されるようにおさまっていた。そして、いつしか九尾の心は波の立たぬ湖面のように穏やかになっていた。それが安らぎであることを知った九尾は思わず檻の中で飛び跳ねた。
もちろん狭い檻の中で飛び跳ねれば、頭をぶつけることは必至。
九尾はしばらく人間のように頭を抱えてうずくまることになったとさ。
視界がやっと落ち着いてきたところで九尾は先ほどまでなかった臭いをとらえる。
その次の瞬間。
「な!?何が起こった!?」
突然部屋を襲う衝撃。
壁にひびが入り、天井の一部がはがれ落ちる。
そして。
ナルトの胸から吹き出す、血。
茫然としていた九尾は、二回目の衝撃で我に返った。
その衝撃と同時に、今度はナルトの腹から血があふれ出す。九尾は漸く理解した。
――ナルトが何者かの攻撃を受けている
その後も衝撃は連続で続き、そのたびにナルトの体に傷が走る。すでにその命が途絶えそうになっていることが簡単に分かった。ひびが部屋の全体を覆っていた。
器に封印されたままの九尾は、器が死んだときどうなるのか。それは封印の術式による。以前までの器に施されていた術式は、器が死んだときには九尾は解放されるようになっていた。それはうずまき一族が代々受け継いできた術式であり、なぜそのようになっていたかは誰も知らないが。しかし、今回封印を行った四代目火影はその術式を大きく変えていた。
その変更の中に、器の死亡と同時に封印されている尾獣が死ぬことも含まれていた。
証拠に、術式は九尾の動きを封じる鎖をだし、崩れゆく部屋と心中するかのようによりその封印を強めた。次々起こる展開に九尾は目を白黒させていたが、とにかくこのままではまずかった。
(どうする!?このままでは器に死なれてしまうぞ!)
檻の中にいる九尾は檻の外にいるナルトに近寄ることすらできない。せめて九尾のチャクラを注ぎ込めればその治癒力を発揮することができるが、封印はもはやチャクラすら通しはしなかった。万事休すかと思われたとき、九尾の頭に何かがかすめる。
――チャクラの、還元
次の瞬間、九尾は雄叫びを上げそのチャクラを限界まで放出した。しかしなぜか放出しているチャクラは衝撃を生み出さず、ただ檻の中のチャクラ濃度を濃くしていた。
九尾がぎりぎりで思いついた方法。それは、九尾のチャクラを還元する術式を通して、無理矢理ナルトに莫大なチャクラを送る方法であった。術式には許容量が設定されていたが、それをはるかに超える量を押し付けることでその余剰分を、あわよくば九尾のチャクラそのままをナルトに与えることができるかもしれない。可能性は限りなく低かったが、それ以外に方法はなかった。
九尾の雄叫びは長く長く続いた。
もはや部屋は指一本で壊せそうなほどボロボロだったが、それでも九尾は吠え続けた。
ピシリ、という音。
限界に達する部屋。
限界に達する九尾。
そして。
何かが、割れた。
九尾は意識を失う前に確かに聞いた。
ナルトの大きな泣き声を。
命があることの証を。
そしてそれを聞いた九尾はやはり大きな安らぎに包まれ。
しばしの休息をとることになった。
む、難しい…
文章で表現するのは楽しいですけど、やっぱり大変ですね…