マツモがスパルタだと判明してから早二年、ナルトは恐ろしい成長を遂げていた。というのは、ナルトはクラマを体に封印しているためにチャクラ量が半端ない、ということにマツモが気づいたのが原因だった。早速影分身の術を教えられたナルトはあっさり百人の分身を作り出し、「まだまだいけるってばよ」と自信満々に答えた直後、またやってしまったと顔を青ざめる。しかし時既に遅し、マツモのスパルタ精神の火に油を注いでしまった。
影分身は分身の術と違い、自分のチャクラを用いて
ところが、ナルトは机上の空論を実現してしまうチャクラを持っていた。ならばそれを利用しない手はないということで、マツモは己も百人に分身しナルト一人一人に別々の修行を課した。同じ顔の人間が百カ所で百通りの修行をしている光景には目を疑うが、クラマは「むしろナルトに合わせて百人に分身できてしまうマツモが何なんじゃ」と遠い目をしていた。
ちなみに百人というのは始めた当初の数で、現在は三百六十五人。つまり一日で一年分の修行をしていることになる。単純計算するとナルトの修行年数は二年間で七百三十年分。数字だけ見ればナルトが火影を暗殺できるどころか、火影
といっても体はまだまだ子供。「見た目は子供、頭脳は(というか見た目以外はほぼ)大人」を素でいくナルトの今の課題の一つは「早く大きくなりたい」という願望になっていた。
そんな無茶苦茶な修行をしていたある日、一通の手紙が届く。「忍者アカデミーへの入学ご案内」と書かれたそれは、六歳を迎える里人の子供全員に送られるものだった。
「マツモ兄ちゃん?」
「…」
不安そうに問うナルトにマツモは腕を組んで目を閉じたまま答えない。しかし無理もないだろうとクラマは手紙に改めて目を落とした。
忍者アカデミー。それは忍となる子供たちを育成する学校。現在木ノ葉隠れの里では、アカデミーに通わずして忍になることは許されない。六年間を通して忍の基礎を学び、試験を合格して初めて下忍になることができる。過去には飛び級の制度があったが現在は廃止され、一定年齢を超すことを義務付けられている。
しかし忍になる、ならないはどうでもよく、ナルトを一人で里人の目にさらす場所においていいかが問題だった。今までナルトが里を歩き回った際には、クラマかマツモが一緒についていき、そうすることで周りの憎悪からナルトを守ってきた。その時でさえナルトにちょっかい出そうとする輩がいるのに、一人でいれば嬉々として現れるだろうし、そうなればナルトは自力で何らかの対処をしなければいけない。
前述したとおりナルトは強くなった。クラマもナルトの実力を、折り紙を鶴に折って千羽つけるくらい信用している。アカデミー教師はほとんどが中忍、いても上忍くらいで、その程度の相手にナルトが負けるとはミジンコほども考えていないが、しかしやはり心配は心配であった。クラマはナルトがどれだけ強くなっても子供のように思っていた。いや、実際ナルトはまだ子供なのだが。
「マツモ、わしは反対じゃ。
ナルトは既にアカデミーなんぞに通う必要がまっっったくない。
ナルトを危険にさらすだけじゃ、利点が見つからん」
「クラマ…」
ナルトはそのクラマの気持ちがとてもうれしかったが、同時にそれでいいのかとも思っていた。今までナルトがクラマとマツモに守られっぱなしだったのは、まだほとんどの修行が中途半端だったから当然だった。しかし今もうナルトはただの弱い子供ではなく、自分でもそうだという自覚をし始めていて、するとナルトの中で、「一人で外を見て回りたい」という気持ちがだんだん強くなってきていた。
「クラマ、でも俺」
「だめじゃ」
ぴしゃりとクラマがナルトの言葉をさえぎる。そのやり取りは以前にもあった。その時は強引な方法で決着がついてしまったが、今はもう一人の発言者がいる。
「…」
マツモは、動かない。ナルトとクラマは、睨み合っている。クラマは九尾の妖狐としての圧気を見せ、ナルトも今まで培った経験から殺気を飛ばす。まさに一触即発。
「…ぐう」
その小さな寝息に、ナルトとクラマは吹っ飛んだ。
「いやーごめん、昨日寝るのが遅くなっちゃってさー」
「そういえばマツモ兄ちゃんの辞書にシリアスって言葉はなかったってば」
「ナルトすまんの、わしもすっかり忘れておった」
頭に手を当てて笑うマツモに、ナルトらはため息をついた。こいつはこういうやつだったと、最近修行漬けですっかり忘れてしまっていた。
「それにしたっていきなり実力行使になるのはどうかと思うよ」
「ぐ」「ぬ」
ナルトは微妙に人としての常識(良識?)から外れた感覚を持っている。言葉で説明するのが面倒になり手が先に出るくらいには。これも一般的に見れば「マツモの悪いところを吸収してしまった」ことになるのだが、残念ながらクラマもそんな性格なため「悪いところ」の範囲に入らなかった。要するにナルトはマツモとクラマのいいところ悪いところすべてを吸収してすくすくと育っているということだ。
「で、アカデミーだっけ」
「そうじゃ」
「うん、じゃあ手続しておくよ」
「わかった…てぇ、ちょっと待つってば‼」
ナルトは机の上に身を乗り出して驚くが、マツモは気にせず入学案内書を手に取りパラパラと流し読む。
「うん?ナルトは行きたかったんじゃないの?」
「え、いや、そりゃそうだけど」
「なぜじゃマツモ、わしは納得せんぞ‼」
しかしやはりクラマは納得しない。隙さえあれば案内書を燃やそうとしてしまわんばかりにチャクラをためていた。
「理由が必要?えっと、そうだな…」
「わけもないのか!わけもなくナルトを危険な場所に放り込もうとしているのか!」
「危険?何が?」
「何がってもちろん」
「見くびらないでよ、クラマ」
にっこりと笑うマツモから感じる「それ」に、クラマの毛が逆立った。
「俺がナルトをこの里にいる忍より強く育ててないはず、ないじゃない」
「それ」は絶対の自信。ナルトが遅れをとるなどありえないという自信。なぜなら自分が育てたから、自分が修行を付けたから、それ以上に理由が必要かとマツモは言ってのけた。ともすればあまりに危険な自信にクラマは言葉を失った。
「まあいまだに憎しみに囚われてる馬鹿なやつはいると思うけど、大丈夫でしょ。
そういう状況でも対応できるように修行したし」
マツモは人差し指を立てる。
「これはいいチャンスなんだよ」
「チャンス?」
「ナルトを自然に表に出すね」
「どういうことじゃ」
クラマが問う。
「いまだにナルトが憎悪の対象なのは噂のせいもある。
でもそれ以上に、実際にナルトの姿を見たことがないということもあるんだよ。
ナルトがどんな性格で、どんなものが好きで、どんなことで笑って、どんなことで泣く
人間なのか、みんなが全く知らない。
だから現実より噂を優先するんだ」
だったら、とマツモは続ける。
「噂以上の現実を見せてやればいい。
ナルトが無害で、普通の子供で、九尾の妖狐なんて関係ないということをね。
そうすることで里の中でのナルトの安全度を上げるんだ」
ナルトをアカデミーに通わせてわざと世間の目にさらし無害だと分からせ、さらに普通の子供だと思わせる。得体のしれない子供ならまだしも、普通の子供に暴力をふるう大人は滅多にいない。アカデミーに通えば、それはナルトが
「それにクラマ、ナルトをまた籠の中に閉じ込めておく気?」
「…!」
「ナルトが行きたいのならば行かせる。それでいいはずだ」
クラマは思い出す。ナルトの目的が何で、それはナルトのどんな願望から来ているのか。自分がナルトにどうあってほしいか。クラマは『安全』という言葉に引っ張られ、それらが頭から抜けていたことを認めざるを得なかった。
少しの間目を閉じ、己の頭を冷やした後クラマはもう一度考え直す。
「…そうじゃな、わしはナルトの安全と幸せを取り違えていたようじゃ」
「じゃあ…!」
「行け、ナルト。お主自身の力で、お主自身の目でたくさんのものを見てくるんじゃ」
クラマはにやりと笑い、ナルトのアカデミー入学を許した。そして許した以上ナルトの背中を押してやるのがクラマの役目。ナルトは感極まりクラマに飛んで抱き付いた。
「ありがとう、クラマ!」
「ふん」
そしてクラマがナルトの背中を撫でているのを見て、マツモが言う。
「じゃあナルト、演技頑張ってね」
「おう‼」
…
「…へ?」
「さっき説明しただろ?ナルトを無害だと示さないといけないって。
だからナルトは
典型的に馬鹿な子供を演じるんだよ」
「…はああああぁぁぁぁ?‼」
これも課題だからねーと朗らかに言うマツモに、口と目を限界まで開いて叫ぶナルト。クラマはナルトを慰めるように頭を撫でた。
「…」
「落ち込むな、ナルト。わしも腹の中でついてってやろう」
「え、だめだよクラマ。課題だから」
「なん…じゃと…」
アカデミー入学の経緯でした。
いつの間にかランキングのほうにも載ってたりしてまして驚きました。早く次の話を投稿したいと思いましたが、自分の仕事がどんどん忙しくなりとても平日に書く気力はなく、結局休日にまで延びてしましまいました。更新が遅くて本当に申し訳ないです。そして読んでくださって本当にありがとうございます。
クラマが九尾の妖狐だと忘れかけてる人いるんじゃないですか?
大丈夫です、私も忘れかけてました。