ナルトがマツモの下で修行を始めたころ、クラマは里を歩き回っていた。本当は人間が吐き捨てるほどいる場所には近寄りたくもなかったが、自分たちが住んでいる場所の地理も確かめずに安全を語れるはずもなかった。そして何より今必要なのは―――食料だった。
「ごめん、それだけ完全に忘れてた」と両手を合わせてマツモが頼んできたが、前述した通りの目的もあったため、クラマは割とすぐに頷いた。それではちょいと言ってくるかと出かけようとした矢先、マツモに止められる。
「いや、その姿はまずいでしょ」
というわけで、今クラマは人間の男性に変化していた。少し悩んだが、ベースはナルトの父親である四代目火影――波風ミナトとし、髪の毛を銀色、目を元の毛の色である赤橙にした。実際それ以外はほとんど変えておらず、強いて言うならば本人より目が鋭いというところか。しかしまあばれることはないでしょ、とよしとすることにした。ちなみに着ていくのは藍色の着物である。
(しかし、こうわらわらとよう群れるものじゃ)
クラマは早速疲れていた。地理は大体確認できたので今度は店のほうを見に来たものの、ちょうど買い物時ということもあって人がたくさんいた。尾獣にも一応同族がいるが、基本群れることなどない。しかも全部で九匹しかいないため、こんなにたくさん動くものを見ることなどめったにない。戦闘とは違う感覚なので、酔ってしまいそうだった。
面倒くさくなったクラマは店めぐりを止め、買ってきてほしいと言われた食材だけさっさと買ってしまい帰路に就いていた。かなり多くの食材などを買ったが、そこは九尾の妖狐、何も重さを感じないかのようにビニール袋を持っていた。さあ帰ろうと足を速めようとしたとき。
―――どこからか甘い香りが漂ってくるのを捉えた
ほう、ふん、と鼻をひくひくさせたクラマは、急きょそちらへ向きを変える。だんだんと近寄ってくる香りに足が自然と速くなる。そして最後にたどりついたのは、『甘栗甘』という看板が掲げられた店だった。
「ふむ、うまい、うまいのう、これは極上の幸せじゃな」
結局クラマはその甘味処に寄っていくことにした。メニューを見たものの団子以外はよくわからず、とりあえず目についた店のおすすめであるクリーム白玉ぜんざいを頼んでみた。その甘くておいしいこと。クラマはすっかり味のとりこになってしまい、思わずもう一杯お代わりを頼んでしまった。
「ふぅ、茶がうまい」
いったい誰が考えるだろうか。ぜんざいを食べて目じりを下げ、口直しの茶を飲んで一息ついているこの人物が、九尾の妖狐の変化した姿などと。唯一違和感があるのはその口調と見た目のギャップだったが、まあそういう人もいるだろうと気にする者は皆無だった。
(今度はナルトと…マツモも一緒にこようかの)
そう考えながら視界の外で先ほどからこちらを凝視している人間に意識だけ向けた。目で確認しなくとも、クラマには大体どんな人間かが
(忍か。銀髪の片目を隠した人間…はて、どこかで聞いたことのある外見ではないか?)
その人間はどうやらどこかへ歩いて向かっていたようだが、先ほどこちらを見たときにその歩みは完全に止まってしまった。それはもう目をまん丸く開いてこちらを凝視し、別に忍者とか関係なしに誰でも気づくぐらいグサグサと視線が刺さっていた。
しかし、それをあえて無視するのがクラマクオリティ。
というか邪魔さえしなければ人間なんてナルト以外どーでもいいので、新しいぜんざいが来た時には完全に意識から外れた。いや、もしかするとこの店の人間は今後気に掛けるかもしれないが。とにかく新しいスプーンを持つと、白玉をあんことクリームにからめて急いで口に運ぶ。自分を見ている人間のことなど忘れて至福の時を楽しみ始めるのだった。
クラマに気づかれているとは露とも知らずに銀髪の人間―――はたけカカシはクラマを見続けていた。最初見た時にはあれ、誰かに似てるな、誰だっけな、程度にしか気にならなかったが、その男が何かを口に運んで目じりを下げた瞬間に気づき、固まった。その顔はもうカカシが尊敬してやまない先生、波風ミナトにそっくりだったのだ。
というか当たり前だ。本人ベースにしちゃってるんだから。
しかしクラマはクラマで変化をしているなど全く気取らせないチャクラコントロールをして見せているので、カカシであってもそれがアカデミーで習う初歩的な忍術だとは全く気付かなかった。もちろん最初はそれを疑ったが、写輪眼を出すことを思いつくほど余裕がなかった。それほど動揺していたのだ。
(どうする…?)
ミナトでないことは確実だった。彼は数年前に死んでいる。死体も確認している。確かに脈は止まっていた。しかし他人のそら似にしてはその男は似すぎていた。よくよく見るとあの銀髪を金にして目を青くしたら先生そのまんまな気がしてきた。そこまで考え男の正体が気になってしまったカカシは、店から出てきたところに声をかけようと決意した。
窓から見えていた男が席を立つ。会計をするつもりだと判断し、カカシは店の入り口に近づいた。しかし、いったいなんと声をかけようか。単純に知り合いと似ていると言えばいいだろうかとカカシの頭はパニック状態だった。
少し待つ。 出てこない。
五分ほど待つ。 出てこない。
さらに十分ほど待つ。 出てこない。
そこまできてカカシはやっとおかしいと思った。窓から見てももう男はどこにもいない。テーブルの上も片づけられている。しかしここまで待って出てこないのはトイレにしても不自然だ。訝しんだカカシは、とうとう店に入って確認してみることにした。
「いらっしゃいませ」
「あの、さっきまであの席に座ってたお客さんってどうしました?」
出迎えてくれたお姉さんにカカシは尋ねる。
突然の質問にお姉さんはきょとんとした。
「さっきというといつごろでしょうか?」
「つい三十分くらい前です。
銀髪の…」
「ああ、そのお客様なら帰られましたよ」
その答えに思わず「へ?」と返してしまうカカシ。
お姉さんは思わず首をかしげてしまう。
「あれ、おかしいですね?俺その人が出てくるの待ってたんですけど」
「でもお客様はしっかりそこから出ていかれましたよ?」
そう言って出入り口の扉を示すお姉さん。
今度はカカシが首をかしげてしまう。
「え、でも俺は出てくるの見てないですよ?」
二人して首をかしげる。カカシの頭の中ははてなでいっぱいだった。
「化かされたみたいだ…」
意図せずカカシの口から言葉がもれた。
「そりゃ、狐だからのう。化かすのが得意でなくてどうする」
まあ今までは化かす必要などなかったのじゃがな、とけらけら笑いながらクラマは帰路に就いた。
続けて閑話でした。
本編とは関係ない話と隅っこの話です。
クラマは人間に対して憎悪はしなくなりました。
けどやっぱりどうでもいいし、できるだけ関わりたくない相手です。
だから自分が九尾だと分からなければ誰に変化してもよかったんですね。
それで一番最初に思いついたのがミナトだった、ということ。それだけです。
そしてさりげなくカカシが出てきました。
カカシもカカシで幼少期にいろいろあったでしょうからね。
一番信頼できたのが師であるミナトでしょう。
そんなカカシの琴線に触れてしまったクラマですが、見事に化かしました。
いったいどうやって店から出たのやら…
「店の出入り口はカカシがクラマを見始めてからあけるまで開かなかった」ことを赤で宣言しましょう。
さらにもう一つ、「クラマは間違いなく出入り口から出ていった」ということも。
ごめんなさい言ってみたかっただけです(苦笑)
意味が分かる人だけ推理してみてください。
それではまた。