手の甲で固い木の扉を叩く。小気味良い音が二回響き、
「入れ」
くぐもって響いた重い声に、失礼します、と一言入れつつ扉を開ける。
横長の作業机が並ぶ室内は整理されてはいるものの、書類などが大量に積み重なっていることから非情に雑多な印象を受ける。
他の教官は今は出払っているのか、室内には一人しかいない。歩み寄っていくと、手元の書類を机に置いて顔を上げ、
「何の用だジョーンズ」
笑み一つ浮かべない無骨な声で、キース教官がそう問いかけた。たいていの訓練兵であれば恐らくこの段階で震えが走ることだろう。色濃いトラウマの残るキース教官と室内で一対一なんて余程の事がなければ御免被る、というのがおおよその同期達の共通認識であるはずだ。
かくいう俺もこういう状況はあまり好きではない。ただ、キース教官が嫌いか、と聞かれればそうでもない。普段の態度は意図的なものだろうことは十分理解しているし、教官としても優秀である。姉のこともあるし、公的な場でなく私的な場であれば一度じっくり話してみたい人だと思っていた。
とはいえ、それはまた後日の話だ。時と場所を考えれば、今はきちんとした態度で接することが一番だ。
「教官にご要望があって参りました」
「言ってみろ」
「はい。要望というのは明日の装備品貸与に関わることです」
意外なことに、訓練兵団に入団してからもう半年になるというのに、俺達は未だにそれぞれの生命線となる立体機動装置を受領していない。教えてもらったのは知識ばかりで、肝心要の立体機動についてはまるで手をつけていないのだ。このことはやはり同期達にかなりの不満や不安を与えているのか、今では一日に一回はどこかしらからそういう話を聞くようになっていた。
俺はといえば、どちらでもいい、と考えている。空中で三次元的な動きをするなど事前に正しい知識を得ておかなければ不可能だ。早い段階で立体機動装置を手に入れたところで宝の持ち腐れだろうし、訓練兵団側の思考は良く理解できる。
それでも「どちらでもいい」と考えるのは、同期達が今抱いているであろう感情もまた理解できるからだ。巨人対策の要となる立体機動装置を構造・整備説明を除けば半年も触らせて貰えなかったことは同期達にとって確かな不安であるはずだ。愚痴を漏らしたくなるのも無理はない。
しかしそれも明日で終わりを迎える。勿論立体機動装置という人類にとって最重要のものを一訓練兵如きに渡すなんてことはなく、あくまで貸与、という形での受領だ。それでもついに立体機動装置に触れられるというのは、同期達ほどではないが確かに感慨深いものがあった。
「貸与に関することだと?」
キース教官が眉をひそめる。が、すぐに俺の意図を察したらしい。
「……貴様が何を望んでいるかはわかった。だが、不可能だ。アレは、あの日に」
「わかっています。ですから、今回の要望は別にあります」
言葉だけでキース教官が本当に的確にこちらの思惑を掴んでいることを理解する。もしかしたら俺以外にも似たような要望をしてきた奴が過去にいたのかもしれない。
俺の要望は簡単だ。俺が受領する装備品について、たった一つだけ許可が欲しい。それ以外には何も求めない。
「教官。私は――」
「なあなあ、俺昨日立体機動装置のすげえ使い方考えたんだ」
翌日。教場にて教官が来るのを待っていると前の席に座るコニーがそう話しかけてきた。
「立体機動装置の? 立体機動以外に、ってこと?」
マルコの問いに、そうそう、とコニーが得意げに頷く。
「って言っても、立体機動をするための立体機動装置でしょ? 他に使い方なんて」
「わかってねえなマルコ。だから『すげえ使い方』って言ってるじゃねえか」
「そ、そう?」
相槌を打つマルコの表情からは困惑が見て取れる。
しかしそんなことはお構いなしにコニーはふん、と鼻を鳴らして、
「本当は俺だけの秘密にしといた方がいいんだろうけどな? せっかくだし教えてやるよ。何、訓練兵団じゃライバル同士だが、外に出りゃ仲間だしな。戦力は少しでも多い方がいいだろうし――」
「やめとけマルコ。聞くだけ無駄だ」
「おいせめて最後まで言わせろぉ!」
悲痛な声を上げるコニーの声に、マルコの肩に手を置いて首を振るジャンが「ああ?」と胡乱げな目を向ける。
「馬鹿が馬鹿なことを言ってるだけだろ? 何の役にも立たんことを止めて何が悪い」
「馬っ鹿てめえ、今回はすげえぞ? 調査兵団の団長に進言すりゃあのリヴァイ兵長だって土下座して教えを乞うね」
「おいマルコ、どうも馬鹿がどこかで頭を強く打ったらしいから教官のとこ連れてってやれよ。『頭を打って馬鹿が馬鹿じゃなくなりました!』って言えば教官達も泣いて喜ぶだろうぜ」
「なあ、今なんで俺心配されてるんだ?」
「馬鹿、心配なんてしてねえよ。褒めてるんだよ」
「何だそういうことかよ。悪いな勘違いしちまって」
「すまんマルコ。非常に残念だがどうやら勘違いだったらしいぞ」
コニーじゃないが、ジャンはコニーに何か怨みでもあるのだろうか。客観的に見て俺がコニーなら即座に拳で殴りかかるレベルの暴言だと思うんだが……まあ、本人が気付いていないならいいのだろうか。というか口には出さないが、コニーの口から「進言」とかいう難しい単語が出た時点でジャンと同じことを考えてしまったので責めることができない。
「んで、結局何を思いついたんだよ」
鼻をこすりながら照れくさそうな笑みを浮かべているコニーに問いを投げる。ジャンが「余計なことを」という目で俺を睨んできたが、「このまま引っ張る方が時間の無駄だろう」とアイコンタクト。意図を察したらしいジャンがため息を一つ吐いて引き下がったので、目線で続きを促すことにする。
「何だジョシュアも気になんのかよ。まぁそうだよな、何せこんないいアイディア――」
「長くなりそうだ。授業も始まるし解散するか」
「あ待ってごめん。お願いだから最後まで言わせて」
こいつ俺より容赦なくねえか、とジャンの呟きが聞こえたが無視する。
周囲からの冷たい視線を察しているのかいないのか、ようやくコニーも話す気になったようだ。こほん、ともったいぶった咳を一つして指を立て、
「いいか? まず立体機動装置のアンカーを巨人の目に突き立てる」
「ごめんジャン。やっぱり君の言うとおりだったよ」
だろ? とジャンが無感動に言ったところで教官が来た。
「本日は立体機動装置の貸与を行う」
教卓の傍でキース教官がそう切り出す。その口ぶりは心なしかいつもよりも厳かなものだ。訓練の時のような苛烈さはない。そのことが逆にこの式が如何に重要なものであるかを物語る。
いつもは教本を開いている机の上には、すでにそれぞれの立体機動装置が置かれていた。ぎらりと鋭い輝きを放つアンカーや筒状の射出機、鉄線を巻き取るケースやそれらを身体にくくりつけるベルトなど、物々しい装備が山と積まれている。
見ているだけで自然と身が引き締まるような緊張感を抱くのは、それが戦いのための道具であり、否応なしに巨人と戦う己の姿を連想するからか。しかしその重圧に反して、机上に並べられたそれらの装置は驚くほどに軽い。空中で自由な動きを行うために徹底的な軽量化を図っているとは聞いたが、姉からそのことを聞いていた俺でさえその軽さには目を丸くした。
そして、実際に手に取ってみて理解できることはそれだけではない。
「貴様らの中には不思議に思っている者もいることだろう」
キース教官の言葉が続く。促されるように手に取って見れば、その言葉が意味するところは明白だった。表面にくっきりと刻まれた無数の傷跡。大小、深浅問わず刻まれたそれは紛れもなくいつかどこかで誰かが残した戦いの痕跡。
「これは貴様らのために新たに製造された物ではない。過去に巨人と戦い、そして散っていった者達が実際に使用していた遺産だ」
さざ波のような小さなざわめきが走った。
「故にこれより、貴様らには目の前の装置の点検を行ってもらう。自らの命を預ける物だ、好きなだけ時間を使って異常がないかを確かめろ。実際に装着して確かめても構わん。もし異常を感じたのならすぐに私に報告しろ。その時はここにある新しい装置と交換してやる」
そう告げる教官の傍らには、ここにある物とは違う真新しい輝きを放つ装置がある。後ろから見渡せば、何人か、食い入るようにその輝きを見つめている奴もいた。
始めろ、という重い号令に従って全員が作業を開始する。すでに立体機動装置の大まかな説明は受けている。各部位の名称、機構、使用・整備方法等、教本を開きつつ、あるいは近くの者と相談しながら各々が点検を進めていく。
「――げ。おいおい誰だよ、こんなところに落書きした馬鹿は」
黙々と点検作業に取りかかっていると、隣からジャンの苦々しい声が聞こえてきた。
「どうした?」
「射出機にイニシャル刻んでやがる。貸与品だっつってんのに馬鹿野郎め」
呆れと怒りが等分に混じり合うため息を吐くジャンに、「全くだ」とコニーが深く頷いて同意した。
「イニシャルならまだいいじゃねえか。俺の見てみろよ。どう見てもアレだぞ」
「身につけるだけで運気削がれそうな落書きだねえ」
「こいつの前の持ち主、それあったから駄目だったんじゃねえか」
「不吉なこと言うなよ! 俺の装備品なんだぞ」
「なら替えるか?」
自身の生命線とも言える装置だ。所詮気分の問題であっても、頼めば変えてくれることだろう。それを見越してかはわからないが、新品の立体機動装置は山のようにあるのだから。
そう考えながらコニーに問うと、はあ? と不思議そうに眉を吊り上げて、
「こんなことで替えねえよ。アホらしい」
「ジャンはどうだ? 頼めば替えて貰えると思うが」
「イニシャル如きで? アホ言え、こんな傷で替える必要なんてあるか。誰かのお下がりってのは癪だが別に新品に替えるほどじゃねえよ」
「……意外だな。コニーはともかく、お前なら喜んで替えるかと思ったんだが」
「うるせえよ。……ま、間違っちゃいねえがな」
やっぱりか。しかしそれでも替えないことを選ぶということは、何か考えでもあるんだろうか。
「別にねえよ。『装置に落書きがあったから替えてください』なんてガキの言いがかりで替えようとするほど落ちぶれちゃいねえってだけだ」
「違いない」
ジャンらしい言い分に少し笑ってしまった。
「下手なことして評価下げるような真似したくねえしな。……つか、お前はどうなんだよ」
「俺?」
「落書きとかじゃねえみたいだが、お前のも結構傷ついてるみたいじゃねえか」
「ああ、これか」
そう言って俺が掲げたのは、ブレードの柄とアンカーを射出するレバーが一体となった操作装置だ。稼働には問題ないが、これだけ机上に並べられた他の装置より突出して傷が多い。ジャンが指摘するのも無理ないだろう。
「結構多いね。壊れたりしてなかった?」
「問題ない。確かに見た目傷は多いがただの傷だ。機構にまで及ぶほどのものじゃあないし……それにこれは替えなくてもいいんだ」
「替えなくてもいい? 何だそりゃ」
「個人的なこだわりだよ。これは――」
「へえ、意外だな。腹黒いお前なら即座に替えるかとも思ったんだが」
聞こえた嫌味な声に振り返ると、見るからに真新しい新品の装置を手にした同期がこちらに歩いてきたところだった。確か名前はデリック、といっただろうか。長身で細身の体格はベルトルさんに近いが、こちらは彼よりやや猫背気味だ。
「おいジャン。呼ばれてるぞ、答えてやれよ」
「いや、明らかにお前を見て言ってるだろ――って待て、何だその『何言ってんだこいつ』みたいな顔は。鼻で笑うな肩すくめんなぶん殴るぞてめえ!」
拳を振り上げて怒声を上げるジャン。おお怖い、と更に燃料を与えてヒートアップさせていると、どっちもたいして変わらないんじゃあ、と物言いたげな目をしてマルコがぽつりと呟いたのを契機にその矛先がマルコへ向く。ありがとうマルコ、お前の犠牲は忘れない。
「……んで? 結局お前は替えたりしねえのか?」
「おいおいどうしたよそんなぷるぷる震えて怖え顔して。腹でも下したか?」
「ああ本当に気に食わねえ野郎だなてめえは!」
褒め言葉だよ、といきり立つデリックに鼻で笑って返してやる。
挑発している自覚はあるが、こいつ自身事あるごとに俺に突っかかってきてはこの調子なのだ。こいつもそれを承知でここに来ているのだろうし、ならば俺が気を遣う道理なんてない。
「新しく替えてもらったのを見せびらかしにでも来たのか?」
「いいや? 別にそんなつもりはないが……そう思うならお前も替えたらどうだ? 装置の欠陥に気付かんようじゃ兵士としちゃ三流以下だぜ?」
「生憎と立体機動装置の整備・点検にかけちゃお前も含めてこの中の誰より成績優秀だよ、ご心配なく」
「ふん、それも所詮はてめえの身内からの受け売りだろうがよ」
「何だ、良くわかってるじゃねえか」
俺がここで他の奴より優れている最大の要因は、駐屯兵団に所属していた姉からの様々な経験談だ。身体能力に関しては天然モノだが、成績に関しては姉からの話がなければ俺はもっと遅れていたことだろう。
それにぶっちゃけた話、訓練兵団の様子を語って聞かせるのはそう褒められた話でもない。だからデリックの蔑むような視線については俺は反論する術を持ち合わせてはいないのだ。
素直に肯定すると、デリックはさも忌々しそうに顔を歪めた。まあ責めているのはあちらであるはずなのに、言い返すこともなくさも当然のように肯定されればそうなるだろうなと思う。当然、だからそうしたんだが。
「止めとけ止めとけ。不毛だ」
言い募ろうとしたデリックを遮るのは、嘲るように笑うジャンの声だ。
「ジャン! てめえ」
「お前じゃいつまで続けたってこいつには口じゃ勝てねえよ。新しいの手に入ったんだろ? ならそれでいいじゃねえか。何が不満なんだよ」
「不満だね。どいつもこいつも――」
「と、ところでデリック! 君の装備品はどんな感じだったの?」
ジャンが入り、口論に収拾がつかなくなりそうになったところでマルコの「待った」が入った。損な役回りだな、と他人事のように思うが、だからこそマルコが多くの同期に好かれていることを知っている。そしてそれはこのデリックであっても例外ではない。
デリックはあからさまに気勢が削がれたような顔になると、舌打ちを一つして、
「別に何もねえよ。強いて言うなら傷がいくつかついてたくらいか」
「それだけ? 壊れてたりとかは」
「ねえよ。何だ? 何か文句でもあんのか」
いや、とマルコが言葉を濁す。吐き出したい言葉を無理矢理飲み込んだような顔だ。それだけのことで、という言葉が顔に書いてあるかのよう。
それを読み取ったのだろう、馬鹿馬鹿しい、とばかりにデリックが鼻で笑った。
「俺からしたらお前らの方が信じられないね。替えの新品がある状況で、誰かのお下がり、まして醜い傷のある物でどうして満足できるんだ?」
「――」
一瞬、息が止まったような感覚を得る。
嘲笑うように細められたデリックの視線は――紛れもなく、俺の手の中にある操作装置に。
「巨人と戦って散った誰かの遺産だと? 物は言い様だな。そう言えばえらく高尚な物のように聞こえるが、俺に言わせればそれは過去に散った負け犬どもの敗北の証だ。そんな不吉な物にどうして命を預けなければならない? は、冗談も大概にしてほしいね」
「おい」
制止するジャンの声が耳に届いた。しかしそれは果たして、どちらに向けられたものだろうか。
言葉は止まず。笑みは消えず。悪意はただ、吐き出される。
「何をこだわってるのか知らんが、そんな欠陥品さっさと交換しちまえ。被害被るのはてめえだけじゃねえんだ。足引っ張らねえようにすることもできねえのかよ」
「っおい待て馬鹿!」
――一瞬。意識が飛んだ。沸点を迎えて漂白された思考が次第に明らかになるにつれて、椅子を蹴倒して立ち上がった自身の姿と、後ろから襟と腕をそれぞれ掴む手を認識する。
目の前にあるのは僅かな動揺と怯えを含んだデリックの顔。
――危ないところだった。
俄に静まり返った空気の中で息を吐く。もしジャンの制止が後少しでも遅れれば取り返しのつかないことになっていただろう。今胸の内に生まれた感情は一度解放してしまえば立ち止まることを知らない――そのことを疑いようもなく確信した。
「……悪い。離してくれ。もう何もする気はない」
二、三度深呼吸をして心を落ち着かせながら呟くように話しかける。獣のような黒い感情が霧散していくのを悟ったのか、ジャンは何も言わずに手を離した。
「おいおい何だ、そんなに大事なものだったのかよ? それはすまなかった。申し訳ない。今後二度と馬鹿にしないぜ、本当さ」
「馬鹿、てめえ」
これ以上騒ぎをでかくする奴があるか、とばかりに口を出そうとしたジャンを手で制する。止めてくれたのはありがたいが、ここから先は俺の役目だ。売られた喧嘩は全力で買わなければならない。
「……俺は、無知は罪ではないと思う」
「ああ?」
「理解はしている。お前はきっと本当に何も知らないんだろう。否、知るはずもない。何故なら俺とお前の間には同期生という浅い繋がり程度しかなく、その程度の付き合いでしかないお前が俺のことを知らなかったとしても無理ない話だからな」
「何を言ってやがる」
「わからないか? さっきの件については見逃してやるって言ってんだ」
「……気に入らねえな。何だその上から目線は」
「そんなつもりはないし、仮にそう感じたとしても俺とお前に限ってはそれが事実だろう」
「んだと?」
「粋がるなよ。本当ならこの場でさっきの続きをしてもいいんだ。……そうなった時、果たして不利になるのはどちらだと思う?」
「っ――!」
怒りに顔を赤く染めて、しかしそれ以上言葉を作れずに押し黙る。眼前の男は確か格闘術の成績は悪くなかったはずだが、生憎とこちらの成績は104期生で1、2を争う。
勿論、これはただのはったりに過ぎない。ひどく魅力的だ、と囁く悪魔は未だ俺の中にいるが――それは俺の中の天秤を決定的に傾けるには至らない。
手の中の傷だらけの操作装置を掲げて言った。
「これは忠告であり、警告だ。無知なお前へ贈ってやるただ一度きりのチャンスだ。だから良く聞け――
こちらの空気に呑まれたか、デリックが一歩後ずさる。その分だけ俺の身体が前へ行く。すでにその表情に怒りはない。デリックは獅子の縄張りに踏み込んだことを今更自覚した兎のように、明確な恐怖をそこに浮かべた。
「無知は罪ではない――特に俺とお前のことを考えれば。だから一度目は許す。これで手打ちにしてやる。だからもう、二度と俺の前で“同じこと”を口にするな。次はない。次があったら、俺は容赦なくお前から何もかもを《奪い》尽くす」
「ッチ、くそっ!」
デリックが視線を切り、逃げるように自分の席へ戻っていく。
かける言葉はない。言いたいことは言った。あとは向こうの問題だ。
「おい」
「ん? ……ああ、すまん。さっきは悪かったな、ジャン。助かった」
「いや、それは別にいいが……まあ、いい。とりあえずとっとと席着け。教官が目ぇ光らしてんぞ」
「それは不味いな。……マルコもコニーもすまん。迷惑かけた」
席に座りながら前の席に座る二人に頭を下げる。
「ああ、うん。僕は別に」
「気にしてねえよ。つか珍しいもの見たな。お前がキレたのって初めてじゃねえか?」
「そうか?」
そう言われればそうかもしれないが、そんなに意外だったろうか。
「何つーかお前、俺と違って馬鹿じゃねえし? こんなとこでキレるような奴には見えなかったしな」
「見損なったか?」
にやりとコニーは笑みを浮かべた。
「まさか。ジョシュアもそういう馬鹿なところがあることがわかってむしろ嬉しいね。これからも宜しくな馬鹿二号。……いやサシャがいたな、三号か?」
「これほど衝動的にキレたことを後悔したことはねえな」
こいつらと同じ『馬鹿』のレッテルを貼られるなんて屈辱だ、とぼやきながらも、口の端が吊り上がるのを止められない。
下手な励ましだ、と思う。けれどそれがいかにもこいつららしい。
キレてしまった時にはやらかしたか、と思いもしたが、今はこれで良かったと思う。錯覚かもしれないが、二人が浮かべる笑みは今までよりずっと親密なもののように見えて――俺との間にある壁が取り払われたような、そんな感覚があった。
思い返せば確かに、思い当たる節はあった。俺は基本的に必要に迫られたり、求められない限りは好んで自分のことを話そうとはしなかった。必要以上に話せばそれは弱みに繋がる。姉のことなどその最たる例だ。姉のことになると感情の制御が緩くなることは自覚していたから、あまり多くは話さないようにしていたのだが……それも、こいつらとの間に壁を作ってしまっていた原因の一つか。
俺にとって最も大事なことは巨人への復讐だ。どこに敵がいるのかもわからない状況で弱みを作るのは得策じゃないと姉の話をするのは避けていたが、その一つを語ってしまった今、不思議と気分は穏やかだ。こいつらになら、弱みを作るのも悪くない。素直にそう思える自分がいた。
だが――その一方で何故か、ぎこちない笑みを作っている奴がいる。
「……なあ、ジョシュア。さっき言ってたこと、本当なのか」
ジャンが投げる問いはいつにも増して固い。『さっき』というのが何かは明白だったから、俺はジャンの態度に眉をひそめながらも頷きを返す。
「そうだが」
「お前は……その時、そこにいたのか」
「……姉さんが死んだ時に、ってことか?」
一瞬躊躇してから、頷く。
……弱みを作るのも悪くない。そう考えたばかりだが、姉のことを話すのはやはりあまり良い気分じゃない。
だが、どうにもいつもとは様子の違うジャンの様子も気になる。ましてジャンには先程助けられたばかりだ。
「ああ。姉さんは俺を助けるために巨人に立ち向かって、そして俺の目の前で食われた」
「――そう、か」
二、三度。深呼吸を繰り返して気分を落ち着け、意を決して告げた答えに、心ここにあらず、といった体でジャンは答えた。
流石に少しカチンときたが、それ以上にジャンの様子がおかしい。平常時なら皮肉の一つでも聞こえてくるところだが、それすらなくぎこちない笑みを貼り付けたまま視線を逸らした。
まるで、俺から逃げるように。
「ジャン?」
呼びかけても、返ってくる答えはない。
結局それから、ジャンは一度も口を開こうとはしなかった。
おかしい。さらっと流して本編入るはずだったのにどうしてこうなった(←
最後の引きは多分このキャラならこう考えるだろうなーと思い直した結果。次で締めます。
オリ設定・オリキャラが中心の回。
物資少ない世界なら多分こうなるんじゃないかなとか考えながら。
作中の落書きについては敢えて口にしませんが、中には多分他の機構が無事でも即座に替えるレベルの奴もあったんじゃないかなと(ヒント:登場人物達の年齢
オリキャラであるデリックは当初名無しのキャラだったところに名前をつけただけなので、そこまで出番はありません。
はっきり言ってかませキャラですが、あと一度くらいは出番があるような気もしてる(適当