「……それじゃ、とりあえず普通にやってみせてくれ」
「ほ、本当にごめんなさい……」
「く、クリスタのせいじゃないってば。ほらジョシュアも、いつまでもブルー入ってないでもっとテンション上げて上げて! ほらほらここに二人の美少女がいるよー? あんなことやこんなこと教えられるチャンスだよー?」
「はっ」
「鼻で笑われた!?」
うなだれるミーナをおざなりに促しつつ訓練再開。
一連の流れを二人でやらせてみると、成程、教官がわざわざ指名するだけのことはある。
「こんな感じなんだけど……何かアドバイスある?」
こちらを振り向く二人の呼吸はわずかに荒い。動きを見るに、そもそも運動があまり得意な方ではないのかもしれないと感じた。
教官ならここで丁寧なアドバイスの一つや二つくれてやるのかもしれないが――否、逆に叱り飛ばすだろうか――生憎と俺はそこまで優しくしてやるつもりはない。
「アドバイスとか聞いてる場合じゃねえだろお前ら」
「うぐ。そんなに酷い?」
「お前らを一人前にするのと巨人を倒すのと、どちらが楽かと聞かれたらノータイムで後者を選ぶくらいには」
「そこまで!?」
あまりの言葉に表情に乏しいクリスタさえもが瞠目した。
いや、だってなあ。
「真剣味が足りねえよお前ら。大方相手が傷つかねえようにって考えて手ぇ抜いてるんだろうが、そんなんじゃいつまで経っても技術なんて身につかんぞ」
「う……だって」
ちらり、とクリスタを見るミーナ。
「?」と小首を傾げるクリスタ。
おおお、と謎の奇声を上げながらミーナが眩しいものを見たように両目を押さえて悶え、
「できないっ……! あんな天使を相手に手を上げるだなんて、私にはとても……!」
まぁ、気持ちはわからんでもないが。
「相手気にしてできんようじゃ訓練の意味がないだろう。クリスタじゃ無理ってんなら俺とやるか?」
「あ、ジョシュアなら確かに全力でできそう」
「喧嘩売ってんのかお前は」
俺も大概だが、こいつも割と良い性格してやがる。
対人格闘術より先に矯正すべき点があるんじゃないか、なんて考えながら口を開き、
「それにジャンも言ってたが、暴漢が厳つい男ばかりとは限らんだろう。見た目を武器にした女やガキが襲いかかってくることも考えられる。そういう時にお前は『相手が女だから手が出せませんでした』なんて言うのか?」
「敢えて言うけど、訓練初っ端に相手がクリスタだからって理由でチェンジ願い出た人の言う台詞じゃないよね?」
「訓練だから良いんだよ」
「さも当然のような顔で開き直った台詞を……!?」
やかましい、とミーナの額を軽く小突きながら放置気味のクリスタに水を向ける。
「お前ももっとやる気出せよ。相手のこと気にして本気出せんような奴に言う台詞じゃないかもしれんが、所詮訓練だぞ。生き死にのかかった戦場とは違う。全力で殴ったって致命傷にはならんし、そもそも下手に手を抜かれると逆に怪我する危険性が増えて危ねえぞ」
「そ、そう言われても……」
「本気出すかどうか。それは結局のところ本人のやる気次第だからどっちでもいいが……生き残りたいなら死ぬ気でやるこったな」
「――死ぬ、気で」
何故だろう。俺がそう口にした時、何故かクリスタが言葉を濁して俯いた。まるでクリスタの心の中の核心を突いてしまったかのような反応だ。
こっちとしては他愛のない会話を続けただけのつもりだったから、これは正直予想外だった。
「ちょっとジョシュア、何クリスタ苛めてるのさ」
「いや、そんなつもりはないんだが……」
とはいえ、結果的にクリスタは何故か一言も言葉を放つことなく、俯いたまま。きっかけが俺の言葉であることを考えれば、ミーナのこちらを咎める言葉を否定できるはずもなかった。
「悪い、クリスタ。少し言い過ぎた」
クリスタに向かって頭を下げたところで、スイッチが入った。魂が戻ったかのように顔を上げると、慌てて顔の前で両手を振り、
「あ……ち、違う、違うの! 別にジョシュアが悪いわけじゃなくて!」
「なくて?」
「何て言うか、その、これは私の問題だから」
要するに、これ以上は話しにくいってことだろう。こちらとしても深入りするつもりはないから、ひとまず今はこれでいい。
「さ、教官? 結局私達がどうすればいいのか教えてよ!」
微妙に気まずい空気を吹き飛ばすようにミーナが両手を広げて明るい声を上げる。
そのフォローに内心で感謝しつつも、だからお前ら自身のやる気の問題だと、と。そう口にしようとして止めた。
先程自分で言ったじゃないか。この訓練に全力で当たるかどうかは、結局のところ当人の問題でしかないと。ならば俺がいくら口を酸っぱくして言い聞かせたところで効果は薄いように思われた。
――なら、どうするか。
当人のやる気がないなら、匙を投げたところで文句は言われまい。そもそも運動の苦手な二人を一日で一人前にすることなど土台無理な話だ。
とはいえ……つい先程あんな失態を晒してしまったのに、このままろくにアドバイスをすることもなく訓練を終えてしまうのも気が引ける。
「……仕方ない」
「何か思いついた?」
「妥協案でしかないけどな」
「妥協案?」
そう、とクリスタに頷く。
「お前らに聞くが、俺達が今やってることは結局のところ何を目的としてると思う?」
「え? それは、襲いかかってきた人を取り押さえるための技術を覚えるためでしょ?」
「それもあるが、もう一つあるだろう? どちらかと言えばそれはおまけで、そもそもこっちを重視するべきなんだがな」
えっと、と顎に人差し指を当てて悩むミーナからクリスタに視線を向けて無言で促す。
「えっと……身を守ること?」
「そう。俺達は兵士で、相手はルール無用の暴漢だ。何も相手に付き合って馬鹿正直に一対一でかかる必要なんてない。要は仲間が来るまでの時間稼ぎができるだけの技術があればいいんだよ」
「簡単に言うけど、それって難しいことなんじゃないの?」
「まぁ、本当の実戦なら確かに難しいかもな。緊張で身体は固まるし、いつもより疲労も早くなる。この辺は経験を積んで慣れるしかないが、肝の技術自体についてはそう難しいことじゃない」
「そうなの?」
「ああ。要は相手の嫌がることを常に考えていればいいわけだからな」
「ああ……成程」
「……なあ二人とも。何か凄く得心のいったみたいな目をしてこっちをガン見してる理由を教えてもらいたいんだが」
「だって凄くわかりやすかったから。ジョシュアって教官の才能あるんじゃない?」
「お前ら後で覚えてろよ」
別に同期からどう思われていようと気にしないが、形容しがたいほどに良い笑顔を浮かべるミーナは後で絶対に泣かせてやると心に決める。一方クリスタはこちらの半目に萎縮しきって頭を下げている。もう一方にもこれくらいの謙虚さがほしいものだ。
「とにかく、お前らが殴る蹴るができないと言うのであれば必然、身を守る手段は二つに絞られる」
「二つ?」
「逃げるか、捌くかだ。俺は別に兵士だからといって必ずしも逃げちゃいけないなんて思わないが、状況によっては逃げることを許されない場合も当然あるだろう。本当ならそういう時にこそ技術は必要になってくるから、今この場で覚えた方がいいんだがな」
「なら、やっぱり――」
「だからこその妥協案だ。自分から攻めにいけないお前らに、最低限身を守ることのできるやり方を教えてやるよ」
そこで俺は二人から視線を外し、周囲を見回した。
別に相手は誰でもいい。だが欲を言えばある程度キレのある訓練ができる、そんな奴がいいんだが……。
「エレン。ちょっといいか?」
たまたま近くでやっていたらしいエレンに声をかけると、対面で向かい合っていたアルミンとともにこちらを振り向いた。
ざっと訓練の様子を眺めている限り、エレンは同期の中でもかなり出来る方だ。模範的な動きとは少し違うが、一連の流れが整っていて淀みがない。何か武術を学んでいたか、あるいは喧嘩慣れしているかのどちらかだろう。相手としては申し分なかった。
「ジョシュア? 何の用だ?」
「ちょっと付き合ってくれないか」
「別にいいけど、何するんだよ」
「訓練だよ。ただやり方が違うけどな」
「どういうこと?」
アルミンも首を傾げて訝しそうにしている。とはいえ、こればっかりは実際にやった方が早いだろう。
「ま、やってみればわかる」
言いながらエレンと距離を取るように移動して向かい合う。何を始める気なのかと、ミーナとクリスタ、アルミンの三人は遠巻きにそれを眺める。
「それで、何をすればいいんだよ」
「基本的なことは今やってるのと一緒だ。暴漢に襲われ、それを制圧する想定な。だから今までやってたのと同じように殴ってきてくれ」
ああ、と困惑しながらも頷くエレンの正面で、ジョシュアが動いた。
足を肩幅に開き、腰を落とす。そこまでは訓練と同じ動き。だがジョシュアは更にそこから動いた。
足が後方に動き、必然身体はこちらに対して半身になる。掲げた左腕はジョシュアの顔を覆うように垂直に立てられ、ジョシュアの顔を護る盾となった。
「う……っ」
思わず、相対するエレンの表情が強張った。
「おい、何だよその構えっ」
「やり方が違うって言ったろ? ああ、つってもお前の方はさっきまでと一緒だからな。何ならお前も構えを変えたっていいぜ」
「変えて、って」
――どうしろって言うんだよ!
エレンはあまりにも理不尽なことを言う眼前の男に対して内心で叫んだ。
訓練通り拳を打ち込みに行く。それ自体は簡単だ。エレンとジョシュアとの距離はおおよそ二メートルほどしか空いておらず、ジョシュアは今までの訓練と同じく、暴漢であるこちらが殴りかかってくるのを待っている。踏み込んで拳を伸ばせば、今までの訓練通り容易にこちらの手は届くだろう。
だが――踏み込めない。それは目の前の男が放つ威圧感とか、唐突な状況に戸惑っているからではなくて、もっとずっと簡単なことだ。
――狙いが……。
腰を落とし、こちらに肩を見せつけるように半身になったその姿勢。半身であるということは正対していた時の半分しか身体が見えていないということであり、即ちそれだけこちらの狙うべき場所は減る。その上ジョシュアは体勢を低くすることで更に身体を隠しており、おまけに腕を掲げることで顎を隠すという徹底ぶりだ。
自分から攻め込むには少々不自由な体勢だが、こと身を守るということに関してはこれ以上にいやらしい体勢はないだろう。殻の中に籠もる亀のようにこうまで徹底的に人体の急所を隠されては、いくら格闘術に適性のあるエレンといえどどこを狙えばいいのかさえわからない。
とはいえ、これは訓練なのだからそこまで狙いに気遣う必要もないだろう。目的は暴漢を制圧する術を一連の流れとして身体に叩き込むことであり、その点で言えば的確に狙いをつける必要などないはずである。それなのに踏み込めないのは、蟻地獄に呑まれる蟻のような危機感を本能的に身体が感じ取ってしまっているためだ。
訓練と同じ暴漢の体勢を取りながら固まるエレンに、しびれを切らしたらしいジョシュアが呆れたような声音で声をかけてくる。
「おいおい、いつまでそうしてる気だよ。いいからさっさとかかってきてくれって」
もたもたしてると教官来ちまうぞ、とこちらの気も知らずに――この男の場合わかっててやってるのかもしれないが――言ってくれる眼前の男に対し、
「く……そっ!」
苛立ちを毒として吐き出し、踏み出す。誘われているとわかっていながらも、ジョシュアの腕に護られた顔面に殴りに行くことしかできない。
だからジョシュアも狙い通り、という顔をすることもない。あらかじめ決められていた予定をこなすようにそれを掲げていた左手で弾き、弾いた反動を利用して大きく身体を後退させる。エレンが体勢を整える頃には、ジョシュアとの距離は初期位置と同じくらい離れてしまっていた。
徹底した防御姿勢。手の平の上で弄ばれているような屈辱を感じながらも、本来の訓練のようにこちらを制圧してこなかったことに疑問を感じて声を上げる。
「オトさねえのか?」
「今回の目的はこいつらに別のやり方を見せることなんでな。それは追々だ」
「追々ってことは、まだ続けるのかよ……」
「当然。ほら、次だ次」
「くっそ、後で覚えてろよ!」
絶対に一発当ててやる、と奮起するエレンだが、どの打撃も的確にジョシュアに逸らされてしまい決定打には至らない。
相手が訓練通りの動きではないのだからこちらも、という理屈で訓練通りのおおざっぱな狙いを変え、腹部狙いのコンパクトな右フック、正中線狙いの左フックと様々な軌道を試してみたが、どれも構えられた左手に弾かれ、距離を開けられてしまう。そのたびに距離を詰めるためにこちらが動かなければならないことから、いつしかエレンの額には大粒の汗が浮かび、激しい運動による疲労が身体を重くしていった。
「――こうやって半身の姿勢で相手の狙いを少なくし、相手の攻撃を捌きながらひたすら逃げる! そうすりゃ滅多なことがない限りはやられねえし、当たったとしても最小限のダメージで済む」
疲労の色が濃くなり始めたエレンに対し、眼前のジョシュアは涼しい顔だ。動かされるのはこちらで、相手はほとんど動いていないのだからそれも当然だろう。
離れて見ている三人に対しレクチャーする余裕さえあるジョシュアへ当たらない攻撃を繰り返しながら、成程と思う。
――悔しいが、確かにこれは理屈に適ってやがる。
誰もがジョシュアのように上手く捌けるわけではないだろうが、同じ構えを取るだけでも十二分に効果がある。武器があればまた別だが、少なくとも素手であれば余程の体格差がない限りはほとんどの攻撃を防げるはずだ。
だが、それを素直に認めるのも癪な話だ。それにこれはジョシュアも言ってたとおり訓練であり、本番ではない。
ならば
打撃を捌かれたところでエレンの姿勢が沈み、全身のバネを使って飛びかかる獣のように大きく両手を広げてジョシュアへのタックルを敢行した。
腕一本では防げない範囲の広さ。更に両サイドへ逃げようとしても広げた腕がそれを阻む。拳による打撃とは様々な点で違う攻撃だが、対するジョシュアはあくまで冷静な態度を崩さない。
――さあ、捌いてみせろ!
内心の挑発的な叫びに、ジョシュアが応じた。
「そら、こうなっちまえばこっちのもんだ」
え、と疑問を感じる間もなくジョシュアの姿が消えた。同時に足に衝撃が走り、ふわりと身体が浮かぶような浮遊感を得る。
気付いた時には、エレンは顔から前のめりに地面に向かって倒れていた。
「はい終わりっと」
「ぐっ」
腰の辺りにジョシュアの尻が落とされる。逃れようともがくも、動きの基点である腰を全体重で抑えられているからどうにもならない。
「な? ここまでやれれば上出来。後は応援が来るまで手なり足なり抑えておけばめでたく暴漢も捕まえられて任務達成だ。ま、本当は暴漢みたいな手合いだと一人でいることは滅多にないから取り押さえるのは数的有利がある時限定な。相手と自分の手持ちの札をよく考えて、捌くか逃げるかを考えるように」
簡単だろ? とのたまうジョシュアに、答えられる人間は誰もいない。離れて見ていた三人とも、エレンでさえも同じことを感じたからだ。
ミーナとクリスタ、アルミンの三人は無言で視線を揃えてアイコンタクト。この場でジョシュアを除いて唯一対人格闘術に優れているエレンにも意思疎通を図ると、三人の言いたいことを汲み取ったらしいエレンは無言で首を横に振った。
その様子を見て思いを確信へと至らせた三人はせーの、と声を揃えて、
「いや無理でしょ」
笑顔のジョシュアに首を振った。
三人からの全否定に、わかっているのかいないのか、表情を訝しげなそれへと変えたジョシュアがどうしてそう答えるのか理解できないとばかりに言葉を作る。
「やる前から無理だと決めつけるのは感心しないな。せっかくお前らが殴る蹴るは無理だと言ったから最適な妥協案を考えてやったというのに」
「いやいや無理無理! できるわけないじゃんあんな風に延々と弾き続けるなんて!」
「っていうか最後、ありえないほど速く動いてなかった……? 何したのか全然見えなかったんだけど……」
残像が見えるほどの速さで顔の前で手を振るミーナと、目で見たことが信じられないとばかりに引きつった顔をするクリスタ。エレンの基準で考えれば延々と続けるのは難しいかもしれないが、できないことはないといったところ。そう考えれば確かに運動の苦手な二人には少し厳しいかもしれない。
「……ただ、実現できれば効果的なのは間違いないね」
「アルミン!?」
「僕も体術苦手だからさも当然とばかりに教授してくるジョシュアは擁護しきれないけど、僕達みたいな人向けであるのは間違いない。僕達が暴漢を制圧しにかかったところでどうしたって体格差で押し負ける。何せセンスがないからね。でもこの技術があれば、少なくとも負けないように戦うことはできる」
勿論周囲の状況は考慮する必要があるけどね、と苦笑を交えてアルミンが結ぶものの、二人の表情は晴れない。頭ではわかっていても、やれるかどうかはまた別の話だ。
「で、でも、本番で実際にできるかどうかはまた別の話なんじゃあ」
「それを言い始めたらきりがないし、形だけでも習得しておけばいざという時の心構えができる、これが大きいんだ。それに同じ『形だけ』覚える技術でも、訓練で教わっているのとジョシュアのとだと難易度がまるで違う。反射神経さえあれば何とかなるジョシュアのと比べると訓練で教わるものは本人のセンスに依る比重が大きい――勿論、実戦に耐えうるレベルにするなら、という意味でね。二人が訓練で教わるものが難しいというのなら、ジョシュアの技術がミーナ達に向いてないとは必ずしも言えないと思う」
「そうだけど……」
「あとは実際に対面したエレンに聞けばいいんじゃないかな。……ね、エレン。実際にやってみてどうだった?」
不意に水を向けられたことに戸惑うも、そうだな、と一言おき、
「実際に向かい合ってみるとわかるが、やりにくいぞこれ。身体のほとんどが隠れているから狙いにくいし、狙いに行ったとしてもああも捌かれちゃどうしようもない。流石に最後のタックルをどうにかするのは難しいだろうが――」
「ちなみに最後のタックル。こいつら向きに、と考えて手は出さなかったが、それを抜きにしてやるならお前の意識を刈り取ることもできた。……この意味がわかるなら、今後ああやって不用意に突っ込むのは止めておくんだな」
「ぐ」
拳を握って見せるジョシュアに顔を歪める。冷静になって考えてみれば確かに、あれだけ顔を前面に出して防御もなしに突っ込めば、殴ってくださいと言っているようなものだろう。ましてこちらはタックルの最中。その勢いも相まって、もしジョシュアがエレンの進行方向に拳を出していたらエレンはこうして喋ることもできなかったはずだ。
「……まぁとにかく、俺もアルミンと同じ意見だ。やれるかどうかはともかく、教わることは無駄にはならねえと思うぞ」
「うう、二人が裏切った……ねえ、クリスタからも何か言ってやってよ」
涙目のミーナがクリスタにすがりつく。しかしクリスタは何事かを考えている様子で、ややして神妙な表情で口を開いた。
「ね、ジョシュア。聞いてもいい?」
「何だ?」
「どうして私達にここまでしてくれるの? いくら教官に言われたからって、そこまで教える必要なんてないはずでしょ?」
「何だ、余計なことだったか?」
唇を釣り上げるジョシュアの言葉に、一瞬考えるように首を傾げるクリスタだったが、その意図が掴めたのか、慌てて顔を真っ赤にして首を振った。
「違う違う! 教えてくれるのは本当に嬉しいの。だけど……元々の原因は私達にあるのに、何も言わずにここまでしてくれるのは何でなのかなって」
「何も言わずに、ってことはないと思うが。現にさっきまでボロクソに言ってたしな。……だが、それが教えない理由にはならんだろう」
「どうして?」
「もしこのままお前らが卒業して暴漢と対峙したらどうなると思う。酒に酔った馬鹿な奴や町中での小競り合い程度ならまだいい。それが盗賊の類だったらどうする? 物資の少ないこの世界じゃありとあらゆるものが貴重で、奴らにとっちゃ価値あるものだ。その時何の抵抗もできねえなら身ぐるみ剥がされるだけじゃすまねえぞ」
怖いのは何も巨人だけじゃないんだからな、と淡々と事実を突きつけるように語るジョシュアの声に二人の顔色が真っ青になる。その変化をしっかりと見据えながら、しかし言葉は止まらない。
「奪われたくないなら戦うしかない。戦おうとしない奴まで助ける義理はないが、未熟なだけの奴を放っておくほど非情じゃあない。それだけだ。だからまあ、後はお前らのやる気次第ってことだな」
「……うー、そんなこと言われたらやるしかないじゃんかぁ」
眉根を寄せて弱った顔をするミーナに対し、だから言ったんだよ、としたり顔をするジョシュア。本心なのかそれとも発破をかけるために作ったのかはわからないが、効果があったのは間違いないらしい。
気になるのはジョシュアの言葉を受けてやけくそ気味にやる気を出すことにしたミーナに対し、俯いて黙り込んでしまったクリスタだ。何か思うところがあったのか、思い悩むように両手を胸元に置いてぎゅっと握りしめている。
「……ま、色々考えてもらえりゃいいさ。結局のところそれが一番の策だからな。別に俺の考えや技が一番だなんて押しつけるつもりもねえし」
ジョシュアなりに気を遣ったのだろうか、努めて明るい声を出すジョシュアに、ありがとう、とクリスタがぎこちない笑みを作った。
「……それはいいんだが。そろそろどいてくれねえか?」
「あん?」
話が一段落ついたところでそう切り出す。
今の今までのしかかられたままの身として当然の要求をしたまでだが、何故かジョシュアはそんなエレンに対して意外そうな表情をし、
「何だ、もういいのか? てっきりこうして尻に敷かれることに悦びを感じる特殊な性癖の奴かと思ってたんだが。――ああ、だとしたら気持ち悪いな、うん。悪いが俺はノーマルなんだ、やるなら他を当たってくれ」
「勝手に決めつけて勝手なこと言ってんじゃねえ――ッ!」
心からの叫びを放ちつつ、
――ああくそ、やっぱりこいつ何か苦手だ!
と眼前の男に対して思いを新たにするエレンだった。
余談だが、この後一時的に教官が来たことからエレンとアルミンはジョシュア達と別れ、それぞれに訓練を行った。
故にその後彼らがどうなったかはわからないのだが――訓練を終え、あまりにも憔悴した表情を浮かべる二人の様子にただ事ではない空気を感じたことからどうだったのかと興味本位で尋ねてみると、燃え尽きた薄ら笑いを浮かべながらミーナはただ一言、弱々しい声でこう呟いた。
「もう何も怖くない」
それ以上いけない、とどこかから声が聞こえた気がした。
無敵フラグちゃう、それ死亡フラグや!
友達云々言ってたのに気付けばエレンから《苦手な奴》認定されてる主人公の明日はどっちだ。
心情書いた後だとわかりやすいツンデレですが、わかっててやってるのでツンデレではないはず。多分。
初絡みにも関わらずクリスタの地雷踏みまくったジョシュアですが、その本音までは今のところはまだ何となく疑問に思っている程度でしょうか。
ミーナはもはや語るまでもなく。フラグが回収されるのかどうかは神のみぞ知る。
次もう一つくらい間話挟むかも? 思いつかなかったらそのまま原作入ります。