進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

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第5話 対人格闘術訓練①

 晴れ渡った空の下、訓練場で一人の少女と向き合っている。

 

「あ、あの……よろしく」

 

 おどおどと挨拶をする小柄な少女に無言の視線で応える。

 小柄な少女だ。長い金色の髪はさらさらと風になびき、透き通るような陽光を散らしている。そうすると他の同期に比べて整いすぎている本人の容姿も相まって、まるで後光が差しているかのような錯覚に陥る。

 

 周囲を見れば、俺達のように二人一組のペアを作った同期達が熱心に組み手を行っていた。

 現在俺達が受講している授業は対人格闘術。立体起動無しの格闘訓練だ。

 俺達は兵士であるからして、巨人と戦ってばかりいればいいというものではない。巨人という人類共通の外敵がいても、人は容易く己の利益のために他者を蹴落とそうとする。そういった賊のような輩から身を守るための術を学ぶ授業である、と本日の教官を務めるキース教官が最初に熱弁を振っていた。

 俺もその主張には賛同する。だからこの授業を真面目に受けようという気持ちも少なからずある。

 

 だが――。

 

「あの……?」

 

 一向に反応を返そうとせず、口さえ開かない俺に耐えきれなくなったのか、眼前の少女が――クリスタ・レンズが口を開いた。

 しかしそれはこちらも同じだ。俺はクリスタからのそれには応えず、ただすっとその場で手を挙げてこう言った。

 

「教官。チェンジ願います」

「貴様ァ――!」

 

 同期一同の怒号が弾けた。

 

 

 

 

 

 ――どうしよう。

 

 おろおろと視線を彷徨わせながら困惑するクリスタ。視線が最も向けられる先には同期の過半数以上が参加している巨大な円陣がある。

 当然、そこには一時的にペアを組むことになったジョシュア・ジョーンズの姿もあり――驚くべきことにキース教官の姿もあった。一体何がどうしてこうなっているのかさっぱりわからないクリスタはただ状況の成り行きを見守ることしかできなかった。

 

「おいクリスタ、お前いつまでそんなとこで突っ立ってんだよ」

 

 かけられた声に振り向くと、どこか呆れたような顔をしたユミルがこちらを見ていた。

 

「え? だって、あそこで」

「あんな馬鹿ども待ってたってしょうがねえだろ。いつまでかかるかわかんねえし、とっととこっちに混ざれ」

「でも、二人一組でやらなきゃだし」

「ほんとくそ真面目だなお前。いいじゃねえか、このまま三人一組でやってりゃ向こうは向こうで数合わせするだろ。それよかお前もこっち混ざれよ。楽しいぞ? 日頃の鬱憤晴らす絶好の機会だ」

 

 くい、と親指で後方を指す。

 何気なく視線をやると、芋虫のような格好で這いつくばる恍惚とした笑みを浮かべたサシャの姿が。

 

「あ……あへ……」

「さ、サシャの顔が公に見せられない顔に……!? 何やってるのユミル!」

「初めは私のパン盗み食いしやがった制裁のつもりだったんだがなぁ。ついつい興が乗って気付けばこんなんに」

「開き直らないの! サシャ、ねえしっかりして!」

 

 

 

 

 

 クリスタがサシャの正気を取り戻そうとしている頃、円陣を組む男子訓練兵達の方では。

 

「教官! 発言させていただいてもよろしいでしょうか!」

「何だブラウン」

「ジョーンズとレンズでは体格に差がありすぎます! いくら数合わせとはいえ、流石にペアを考え直すべきではないでしょうか!」

「貴様の言いたいことはわかった。――それで、本音は?」

「羨ましいんだよ畜生! クリスタとにゃんにゃんするのは俺だ……!」

「死ぬ寸前まで外周を走ってこい。貴様の直前の発言をようく顧みながらな」

 

 地面に手をついてうなだれるライナーを尻目に、新たな挑戦者が名乗り出る。

 

「教官! 発言をしても宜しいでしょうか!」

「何だキルシュタイン」

「この想定は暴漢を相手にした時の対応を学ぶものでありますが、暴漢といえど相手が男であるとは限らないと考えます! そのため相手が女であった場合の想定を考え、性別の区別をつけずに公平にペアを組むべきではないでしょうか!」

「成程、もっともな意見だ。――本音は?」

「クリスタなんかどうでもいい、ミカサを! ミカサとペアを組ませてください!」

「何故だろうな、ここで私がどう答えたところで貴様の思惑通りに進む気が全くしない。故にチャンスをやろう。アッカーマンが貴様の提案に頷けば望むとおりにしろ。拒まれたなら貴様も行軍の仲間入りだ」

 

 よっしゃあ! と喜び勇んでミーナとペアを組んでいたミカサの元へ特攻するジャン。

 結果が予想できるのか、円陣を組む同期一同は壁外調査に出る調査兵団を見るような面持ちでそれを見送る。

 

 ミカサが振り向き、ジャンとしばらく会話したところ、二つの動きが生まれた。

 一つは糸が切れたように先程のライナーと同じポーズを取るジャン。もう一つは何故かこちらに駆け寄ってくるミカサで、

 

「教官。発言を宜しいでしょうか」

「言ってみろ」

「私は強いので、男子と組んでも問題ありません。だからエレンと組ませてください」

 

 ストレートきたぁ――! と瞠目する同期一同。

 しかし教官はそれに対しても表情を崩さず、

 

「良い度胸だ、と褒めてやりたいところだが、いくら貴様の成績が優秀だろうと例外は認めん。貴様も二人とともに走れ。結果的にキルシュタインを喜ばせることにはなるが、貴様には良い罰だろう」

「……了解しました」

 

 しゅん、と落ち込んだ様子で死の行軍の仲間入りをするミカサ。反応を見るに走らされることよりもエレンと組めなかったことに落ち込んでるようだ。まだちらりと見たくらいだが、確かにミカサの身体能力は同期の中では男子を交えた中でも頭一つ抜きん出ている。走り続けることくらいは苦でも何でもないのだろう。

 

「なぁ、あいつらは何をやってるんだ? 馬鹿なのか?」

 

 心底不思議そうな顔でエレンが首を傾げている。その表情を見るにどうもどうして俺達がこうして集まっているのかが理解できてないようだ。

 あいつらが馬鹿なのは否定せんが、こいつも割と大概だな。

 

「思いっきり走りたかったんじゃねえか? せっかくの良い天気だしな」

「そんな理由でか? そりゃ確かに今日は良い天気だが」

「いや、説得されかけないでよエレン。見てよあのジョシュアの顔。どう見たって詐欺師顔負けの真っ黒じゃないか」

「何故だろうな、その台詞はアルミンにだけは言われたくないと強く思う」

 

 こいつ俺より腹黒そうだしなぁ、と内心で結んでから、改めて本題に戻すことにする。

 片手を挙げてアピールしながら口を開き、

 

「教官。宜しいでしょうか?」

「何だジョーンズ」

「ブラウンの本音はともかくとして、建前の部分については自分も同意見です。見ればレンズの方も三人一組でやってるようですし、自分もどこかの組に加わるわけにはいかないでしょうか?」

「貴様の本音もそうなのか?」

「敢えて言うなら女子より野郎の方が遠慮なくできそうなので、男子の方が望ましいです」

 

 にこり、と笑みを作ると。

 

「うわ、あいつドSかよ」

「見ろよあの笑顔。他者を嬲ることが愉しくてたまらないって顔だぜ」

「私は一向に構わんッ!」

「誰だよ今声上げた奴。引くわ」

「俺はどうせ嬲られるなら是非クリスタに」

 

 この期生頭大丈夫か、と内心で冷や汗をかいていると、不意にアルミンが思いついたように発言した。

 

「あれ、でもよく考えると今抜けたの三人なんだよね。てことはミーナが一人と、ジャンと組んでいたマルコ、ライナーと組んでいたベルトルトが空くわけだから……」

「マルコとベルトルト、ミーナとクリスタのペアになるのか?」

「んじゃ、ジョシュアはどこに入るんだ? 三人一組になるのか?」

「ミーナとクリスタとで両手に花だと……? 何て羨ましい。死ねばいいのに」

「いや、案外女に反応しないあっち系の人かもわからん。そしたら俺達にも可能性があるんじゃね?」

「男色の可能性が? やだこいつ腐臭がする」

「教官。そういうわけですがどうしますか」

 

 異様な会話を広げている同期から必死に目を逸らしつつ指示を仰ぐ。正直この際クリスタでもいいから一刻も早くこの場から立ち去りたい。

 

「ジョーンズ。貴様はできるのか?」

 

 今日の訓練は徒手空拳で襲いかかってきた暴漢を想定として、それを制圧するものだ。まだ説明を聞いただけだが、特別難しいものとも思えなかったので頷く。

 

「やってみろ」

「はい。……それじゃ、ベルトルさん。頼めるか?」

 

 比較的体格差の少ないベルトルさんを選んで声をかけた。

 

「いいけど……ベルトルさんはやめてくれよ」

 

 何とも言えない顔をしつつぼやくベルトルさんの言葉を黙殺して、距離を取って構える。とはいえ、せいぜい両足を肩幅に広げて腰を僅かに落とす程度のもので、見た目にはそれほど大きな変化はない。

 

「始めろ」

 

 声とともにベルトルさんが動く。唇を引き結んだ真剣そのものの表情でこちらへ向かって大きく踏み込み、

 

「ふん――!」

 

 大仰な素振りで殴りかかる。若干ライナーとやってる時より気合い入ってるように見えるのは気のせいだろう。

 

 呼吸を合わせる。相手との間合いを読み、最適のタイミングで一歩を踏み出す。伸びてきた長い手へ蛇のように腕を絡めて袖を掴み、同時に相手の襟首を掴む。左手に力を込めて引き寄せるとベルトルさんの重心がずれ、大きく姿勢を崩した。左足はすでに地面についておらず、重心がずれているため右足一本でしか支えられていない。

 

「ふっ」

 

 刈り取るように右足を払った。ぐるん、と相手の身体が密着した俺の腰を軸にして回転し、落下する。しっかりと受け身は取っているから痛みもないだろう。

 

「そこまで。及第点といったところだがいいだろう。貴様はカロライナとレンズの組を見てやれ。余裕があるなら他の組もだ。貴様らもいい加減訓練を再開しろ。あいつらと同じように走りたいなら別だがな」

 

 その声をきっかけとして、蜘蛛の子を散らすように元の位置へ戻っていく一同。

 

「それじゃよろしくね、教官?」

 

 ペアを組んでいたミカサがいなくなったことから手持ち無沙汰になったのだろう、いつの間にか円陣に加わっていたらしいミーナが歩み寄ってきてそう言った。

 

「別にいいが。そこまで酷いのかお前ら」

「あ、あははー。クリスタはどうか知らないけど、私はちょっと微妙かも」

 

 冷や汗をかきつつ視線を逸らすミーナを見て吐息を一つ。

 

「教官がわざわざ指名するくらいだしな……仕方ない。四の五の言ってても始まらねえし、とりあえず合流するか」

「りょうかーい」

 

 間の抜けた返答を耳にしながらクリスタの元へ歩いて行く。

 クリスタはユミルとサシャの組と何故か合流しており、

 

「あいたたたたた! ゆ、ユミル! だめ、駄目だってばそれ以上は……!」

「何が駄目なんだ? 何が駄目なんだおい、なぁ、言ってみろよクリスタ……!」

 

 ――何か艶っぽい声を出しながら、ユミルに関節技を決められていた。

 

「もうやだこの訓練兵団」

「じょ、ジョシュアがかつて見たこともないほど哀しそうな顔してる……!? って燃え尽きてる場合じゃないよジョシュア、二人を止めないと!」

 

 ちなみに無駄に良い顔をしてその辺に転がっていたサシャは普通に無視された。

 

 




 前回と同じく、長くなったので二つに分けての投稿です。
 原作よろしくキング・クリムゾンしようかとも思いましたが、このままいくとあまり他キャラと絡めずに終わりそうだったので合間に数話エピソードを挟んでみることに。
 その結果こんなに遅れてしまったあたり石を投げられても弁明の余地さえありませんが。

 巨人が出てくるとシリアス一辺倒になること間違いなしなので、せめて訓練期間中は明るく進行予定。
 その煽りをモロに食らった形ですが、アニが未登場。代わりにミーナという謎起用ですが、外見だけなら黒髪も相まって割とヒロイン格だと勝手に思ってるので問題ないかなと(←

 本編でどういう扱いになるかは今後の展開次第ということで。

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