進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

19 / 22
第19話 トロスト区防衛戦⑥ ―育まれたもの―

 

 

 

 

 

 

 荘厳な鐘の音が高く響く。巨人に蹂躙される町中においてはあまりにも場違いに過ぎる音。しかしそれを聞いた兵士達は皆一様に表情を輝かせる。

 撤退の合図。住民の避難が完了したことを知らせるそれは、紛れもなく兵士達にとっては福音そのものだった。

 これでようやくこの地獄から解放される。ベテランの駐屯兵達も新米の訓練兵達も我先にと撤退を開始し――しかしそこで絶望に足を止める者達がいた。

 

「くそっ、どうするんだよ!?」

 

 屋根の上で焦燥に駆り立てられた叫びが口々に上がる。一人や二人ではない。おおよそ最前線で死に物狂いで奮闘していたほとんどの兵士達がここで足止めを食らっている。

 

「やっと鐘が鳴ったんだぞ……!? やっと、やっとだ!」

「何で、こんな……ベテランの兵士もいたんだろう!? 何やってるんだ畜生!」

「嫌だ、死にたくない死にたくない死にたくないぃっ!」

 

 焦燥と憤怒、悲哀の声が集う先には一つの建物があった。他の建物より規模も作りも一回りは違うそれは、この防衛戦における重要な拠点の一つである補給所だ。

 物資、弾薬、そして立体機動装置の生命線――ガス。それら全てを担うその建物に、しかし端から見て異常な点は見られない。周囲はひっそりと静まり返り、取り立てて倒壊している様子もない。窓硝子や壁の一部が破損しているものの、その程度だ。

 にも関わらずこれほどの恐慌が渦を巻いているのには理由があった。

 

「本当に3、4メートル級が中にいるのか?」

 

 青ざめた顔でコニーが呟く。

 答えるのは屋根に尻を乗せ、全てを諦めたような顔をして肩を落としているジャンだ。

 

「一番最初に補給所の惨状を見ていた奴からの話だ。間違いねえよ」

「で、でもまだ中にいるって決まったわけじゃあないだろ? 外にいた巨人は移動しちまったんだ、なら中の奴らだって!」

 

 鎧の巨人がトロスト区に現われたことはすでに周知の事実だ。一時は五年前のようにまた蹂躙されることへの恐怖でパニックに陥りかけたが、しかし今回、結果として鎧の巨人によってもたらされた被害はあまりにも少なかった。

 現われた時間が短かったことから何が起きたのか、それを正確に知る者はほとんどいない。わかっていることは一度鎧の巨人のものと思わしき咆哮が響き、そしてそれによって今この付近一帯の全ての巨人が鎧の巨人の下に集まっているということだけだった。

 

 本来であれば、それは紛れもなく朗報だ。何が起きたかは知らないが、本来無数の巨人に取り囲まれて近寄ることさえできなかっただろう補給所の周囲が今はがらんとしている。そして付近一帯の巨人が引き寄せられたのであれば、当然中にいる巨人もその範囲内に含まれるはずだ、と。

 淡い期待を込めた主張は、しかしため息交じりに首を振ることによって打ち消された。

 

「下手な希望を持つのは止めとけコニー。最初からその様子を見ていた奴が、中の巨人がどうなったかを観察していなかったと思うのか」

「だけど、だけどチャンスなのは間違いないだろ? せっかく巨人がいないんだ、全員で中に飛び込んでやれば」

「珍しく頭使ってんじゃねえか。応とも、チャンスなのは間違いねえよ……これさえ空っぽじゃなけりゃあ、な」

 

 カン、とガスボンベを叩く空虚な音が虚しく響いた。

 

「ガスがあればな。そりゃあ俺達だってこんなところでグダグダしてねえよ。せっかく撤退も完了したんだ。こんなところに残ってて喜ぶ連中は真性のマゾヒストかキチガイくらいだろうよ。だが――コニー。お前立体機動装置もなしに巨人がひしめく中で補給作業ができると思うか?」

「……、駄目かな?」

「理解できて何よりだ」

 

 お手上げ、とばかりにジャンは仰向けに倒れ込んだ。

 

「だ、だけどよ! だからってここでこうしてたってしょうがねえだろ!? 巨人が戻ってきたら今以上に悪化するだけじゃねえか!」

「ああ、そりゃあ間違いなく正論だな。お前が考えつくんだ、それくらい全員わかってるさ。――ここを切り抜けるためには、誰かが犠牲にならなきゃいけないことくらいはな」

「え?」

 

 眼を剥くコニーに、さも当然とばかりに冷めた目をしてジャンが嘯く。

 

「中の様子はわからんが、見ていた奴の話じゃ巨人が一体や二体ってことはないだろう。それだけの数がいる中、立体機動装置もなしに飛び込んでいってガスをかすめ取ろうって思うんならそれは全員の力がなきゃあ不可能だ。当然、総力戦になる。――全員が無事ってわけにはいかねえだろうよ」

「何だそれ、じゃあ」

「誰だって命は惜しい。確証もない特攻作戦に命をかけられる馬鹿はいない。……たとえ今まさに絶体絶命の窮地に陥っているとしても、な」

 

 そこに希望があれば、また話は違うだろう。命に関わるこの局面だ。たとえどれほど薄かろうと、そこに一筋の光さえあれば心を一つにすることは可能と言える。……光も見えない作戦に命をかけられるほど剛毅な人間はそうはいないのだから。

 しかし現状、それが唯一の方法であることもまた事実。ならば誰かが言い出せば消極的ではあるだろうが、事態は進むはずなのだ。にもかかわらずここでこうして立ち止まっているのは、ひとえに誰もがその責任を負うことを避けているからだ。

 

 人は死ぬ。間違いなく死ぬ。その死の重みを背負えるほど、背負おうと思えるほどの余裕は今この場にいる兵士達にはなかった。

 だからこそ、この場に必要なのは、英雄だ。

 この苦境を何でもないさと鼻で笑い、自信に満ちた声で人を鼓舞することのできる、そんな英雄の存在が――

 

「そういや、ジョシュアはどうしたんだ?」

「ジョシュア? そういえば、確かに見ないな」

 

 同期の中でも一、二を争う鉄砲玉の姿が見えないことに眉をひそめる。

 鐘の音はどこにいても聞こえるはず。程度の差はあれ、壁際に配置されていた者達もほとんど戻ってきていることを考えればジョシュアの姿が見えないのはおかしい。

 

「まさかまだ前線にいるんじゃあねえだろうなあいつ」

「馬鹿言え、いくらあいつがアレな奴でも、流石にこれだけの間戦い続けていればガスも刃も尽きてんだろ」

「だよなあ。じゃあ……」

「鎧の巨人とやり合ったらしいよ」

 

 冷たい声が二人の会話に割って入る。現われたアニの声に、しかし二人は理解出来ないとばかりに眉根を寄せた。

 

「は?」

「ベルトルトの班が確認してる。ベルトルトはそれを見て助けに行ったようだけど……その様子じゃあ、あんたらのところにも来てないか」

「は、あ? 鎧の巨人と? おいアニ、そりゃあ何の冗談だ?」

「不思議がることはないじゃないか。鎧の巨人が現われた場所に、運悪くあいつの班があった。それだけのことだろう。どうなったのかは知らないけど、巨人が人間を見つけたらどうなるかなんて考えるまでもないと思うけど」

「ジョシュアが……?」

 

 愕然とした呟きが漏れる。いつも大胆不敵な態度を崩さないジョシュアが、負けた。あの同期一と目されるミカサに並ぶ実力を持つジョシュアが。

 あまりにも信じられない思いに、二の句を継ぐこともできずに立ち尽くす。

 

「あんたらも何も聞いてないのかい?」

「いや……」

「そう。……呆気ないもんだね。あれだけできる奴でも、結局巨人の前じゃあその辺の新兵と大差はない、か」

 

 淡々と、まるで感情というものが読めないアニの声にコニーが叫んだ。

 

「なに、何諦めてんだよ! まだ死んだって決まったわけじゃあないだろうが!」

「ここにいない時点で決まったようなものじゃないか。……もっとも、このままいけば遠からず私達も同じ運命を辿ることになりそうだけれど」

「この……!」

 

 今にも掴みかからんと手を伸ばしかけたコニーの手を、それまで黙って見ていたジャンが遮った。

 

「随分冷静じゃねえか、アニ」

「そう思うかい?」

「相変わらずの鉄面皮で安心するぜ。この状況でも芸風が変わらねえとは、いやたいしたもんだ。驚いたぜ」

「……私には、あんたこそ嫌に冷静なように思えるけど? お友達が来ていないのに随分と冷たいじゃあないか」

 

 訝しげにアニが問いかける。

 ジャンとジョシュアが親しい仲であることは104期生であれば誰もが知っている。アニの言葉も皮肉げではあるものの、その内容に間違いはない。にも関わらずジャンのそれはまるで平静そのものだ。

 はん、と鼻で笑ってジャンは言った。

 

「冷たいも何も、そもそも俺はあいつの身内でも飼い主でも何でもねえよ。すでに引き下がる機会はくれてやった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。それでもあいつは変わらなかった。ならあいつがどこでのたれ死のうが俺の知ったことじゃない」

「……? よくわからないけど、意外だったよ。あんたならもう少し取り乱すかと思っていたけど」

「そうか? 俺から言わせりゃ、お前の方がよっぽどだ」

「私が?」

「流石にお前もこの状況じゃあ落ち着いてられねえのか? ジョシュアと鎧の巨人がやり合ったのは聞いてるくせに、肝心の結末についちゃ投げっぱなしもいいところだ」

「……何が言いたいんだい?」

「聞いてないのか? 鎧の巨人はほとんど被害を広げることなく消えちまったんだぜ?」

 

 一瞬、アニの瞳が大きく見開かれる。

 驚いた、と。ありありと顔に描かれているのは何もアニばかりではなく、先程までアニに対して怒りを抱いていた様子のコニーもそう。

 

「まさか、ジョシュアがそれをやったと?」

「意外か?」

「むしろ失望したよ。あんたはもう少し現実が見れる奴だと思っていたんだけどね」

 

 気を張るのも馬鹿らしい、とばかりにアニは肩の力を抜く。

 見下げ果てたとばかりの冷たい視線を受けても、しかしジャンの表情は変わらなかった。

 

「俺はいつだって現実しか見てねえよ。目に見えるのはこの糞みてえな現実だけで、それが全てだ。夢や希望を追いかけるなんて、俺からしてみれば正気の沙汰とは思えない」

「にもかかわらず、あんたはあいつが生きている方に賭けるのかい?」

「応よ。俺は、俺の見てきたものを信じるぜ」

 

 決然とそう言い切ったジャンに、アニが不快そうに眦を釣り上げて口を開く。

 しかしその声は、ワイヤーを巻き取る甲高い音によって遮られた。がしゃん、とひび割れた瓦を砕く音に視線が集まる。

 

「悪い、遅れた」

 

 身体中に傷を作りながらも、しかしその瞳の力強さは色褪せることはない。負傷のダメージを感じさせることのない足取りで、背中に見慣れない風呂敷包みを背負ったジョシュア・ジョーンズがこちらへと歩いてくる。

 

「ジョシュア! おい、大丈夫かよお前!」

「ようコニー、無事で何よりだ。それより随分切羽詰まってるらしいじゃねえか。状況はどうなってる?」

「状況って……」

 

 ジョシュアの額から流れる血を見ながら戦いたようにコニーが言う。その負傷の程度が言葉通りではないのは明らかだ。なのにジョシュアは治療ではなく戦いを優先させている。

 

「ジョシュア」

 

 アニの下を離れ、ジャンがジョシュアへと声をかける。その顔を見たジョシュアの口の端が愉快そうに吊り上がる。

 

「ようジャン。どうした景気の悪そうなツラして。腹でも下したか?」

「へ、ボロ雑巾みてえなナリしてそんだけ減らず口叩けりゃあ十分だな。――状況はどれくらい把握してる」

「中に巨人が入り込んでいて補給できないってくらいか」

「その上全員ガスが切れて立体機動もろくにできないってな。おかげでここに釘付けだ……いや、待て。そういやお前そのガスはどうした?」

 

 ジョシュアの班に割り当てられた役割、そしてジョシュアの性格を考えればここまでガスを温存していたとは考えにくい。

 当然の疑問に、ジョシュアは事も無げにこう言った。

 

「何、その辺に転がっていたガスボンベを引っ張り出してきただけさ」

「その辺? ……おい、まさか」

「し、死体からとってきたのか!?」

 

 コニーの叫びに空気がざわりとどよめく。中には非難の目を向ける者もいた。

 巨人に食われる人間の多くは丸呑みか、あるいは身体の一部から少しずつ食べられていく。それを考えれば立体機動装置が無事でいることはあまり多くないケースだろうが、しかしゼロではない以上ガスボンベが無傷でその辺に放置されていることもありえない話ではない。戦闘の初期に、身体の一部だけを食われて死んでいった兵士達の食い残しがその場に残っていれば、たっぷりとガスの入ったガスボンベを手に入れることも不可能ではないだろう。

 

「緊急事態だ。使えるものを放置しておくほど余裕があるわけじゃあない。違うか?」

「いや、そりゃそうだけどよ」

 

 ばっさりと切り捨てるジョシュアは本当に容赦がない。

 死体から漁ってきたものとなると、やはり忌避感もあるのだろう。狼狽えるコニーを余所に、思案げに眉をひそめていたジャンが口を開いた。

 

「ジョシュア。率直に聞くが、やれるか?」

「もう駄目か、とは聞かないんだな」

「お前、ここに来るまでに何体巨人を倒した?」

「ちょうど十体を数えたところだ」

「じゅ……ッ!?」

 

 コニーの引き攣った叫びを筆頭に衝撃が走った。

 

「十体だと……嘘だろ?」

「ホラじゃねえのか? 十体なんて訓練兵がやれる数字じゃねえよ!」

「でもお前、あのジョシュアだぞ? それに鎧の巨人とやり合ったんだろ?」

 

 俄にどよめきを増していく面々をぐるりと見回し、改めてジャンが問いを投げる。

 

「で、どうだ?」

「任せろ。立体機動装置も万全な今、遅れをとる理由がない」

「頼もしいね。なら作戦は」

「他の班員はどうしたんだい?」

 

 活気づいた空気をアニの凛とした声が切り裂く。その意味を理解するにつれて、しんと場の空気が静まり返っていく。

 鎧の巨人に襲撃され、血だらけのジョシュアが単身でここにいる意味を。

 

「あんたの班にはベルトルトも応援に行っているはずだけど。まさか全滅して、あんただけが戻ってきたとでも?」

「クリスタとクルトは無事だ。ベルさんと、それからここの状況を伝えてくれたアランも今は二人と一緒に本部に戻っている。上にこのことを伝えに行くためにな」

「他の二人は?」

「戦死した」

 

 屋根に膝をつく音が遠くで響いた。

 冷たい色を湛えた眼がジョシュアを射貫く。

 

「そのあんたが、どのツラ下げて『任せろ』なんて大それたことを言えるんだい?」

「おいアニ、いい加減にしろよ」

「希望を持つのは勝手だけれど、あんた達の“お友達ごっこ”に私達を巻き込むんじゃないよ。私は、沈むことがわかっている船にわざわざ乗り込む趣味はない」

「んだと」

 

 流石にカチンときたのか、ジャンのこめかみに青筋が浮く。

 とはいえ、アニの言うことにも一理あるのもまた事実。

 立体機動装置は屋内の使用を想定して作られていない。空間そのものが狭く、障害物に溢れた屋内では立体軌道装置はその真価を満足に発揮することは適わない。ただ一人が立体機動装置を扱えたところで、狭い室内で無数に蠢く巨人を全滅させるのはあまりにも困難だと言わざるを得ない。

 

 そして今、この場に集う訓練兵達に新たな疑念が生まれた。

 班員のうち二人を戦死させた班長。彼の自信に満ちた言葉を、果たして信用できるのかと。

 

 鎧の巨人による襲撃というイレギュラーに不運にも遭遇し、それでも三人生き残ったことを考えればそれは十分に誇れるものなのかもしれない。

 だが――この期に及んでは、それは必ずしも重要な要素にはならない。

 二人。数にしてみれば少ないその数字が、圧倒的な重みを伴ってジョシュアに襲いかかる。

 平静を保っていながらも、流石にジョシュアの顔色には影が差している。重苦しい沈黙の果てに答えを告げようと口を開き、

 

「私は信じるよ」

 

 明るい声が響いた。

 

「私にはこの状況をどうにかする方法が思い浮かばないから、ってのもあるけどさ。――私が今ここにいられているのは、ジョシュアが私を鍛えてくれたからだって、そう思ってるから」

 

 重い空気の中、殊更気負う様子も見せない平静さでミーナが進み出る。

 

「ミーナ」

「ジョシュア。大丈夫――なんて聞くまでもないか。どうせ駄目でも行くんでしょ?」

 

 笑顔の問いに、ジョシュアの表情にわずかな戸惑いの色が浮かんだ。

 絶望、諦観。悲哀の色が濃い面々の中で、ミーナが浮かべるそれはあまりにも明るい。その強さはジョシュアの知るミーナには持ち得なかったものだ。

 

「まあ、な」

「なら、ちゃっちゃとやってきちゃってよ。弟子がせっかく良いところ見せたんだから、次は師匠の良いところも見せてほしいな?」

「……師匠思いの弟子を持てて幸せだね、まったく」

 

 肩をすくめるジョシュアの雰囲気はすっかりいつものそれだ。それを悟ったのか、ミーナも同じように笑みを濃くした。

 

「……私の話を聞いてなかったのかい?」

 

 不機嫌さを増した声を投げるのはきつく眦を釣り上げたアニだ。発言を無視され、挙句アニが言うところの“お友達ごっこ”を目の前で見せられ――心中穏やかではないのは誰の目にも明らかだった。

 それは傍観していただけの面々でさえ身を震わせるほどの眼光だった。しかし笑みを真剣な表情に変えたミーナは、臆することなく言葉を放つ。

 

「聞いていたよ。だけどはっきり言って、それは今重要なことじゃないでしょ?」

「何?」

「速さだよ。この場で今何よりも求められているのは、事を迅速に進める速さなんだよ。巨人達がまたいつ戻ってくるのかわからないこの状況で、ああだこうだと議論しているほどの余裕は今の私達にはないはずだよ」

「だからといって、こいつにすべてを任せられるか、というのはまた別の話だと思うけど?」

「そうかな? ジョシュアがここに来るまで誰一人指揮を執ろうとしなかったのに、それでもアニは他に打つ手があるって言うの?」

 

 淀みなく切り返していたアニの反論が、ついに途切れた。

 それは同時に、アニがミーナの言葉を正しいと認めた証左に他ならない。

 

「ジョシュアがミカサに近い実力を持ってるってのは誰もが知ってる。そのジョシュアが立体機動装置が万全な状態でここに来た。これ以上の援軍は他にないよ。このまま誰が言い出すとも知れない策を待って緩やかに死んでいくくらいなら、私はジョシュアの策に命を賭ける」

 

 アニはついに口を噤んだ。ミーナが放つ言い知れない“凄み”が、アニのみならずこの場にいる誰をも圧倒していた。

 自暴自棄でも狂信でもない。その眼に宿るのは紛れもなく生き抜くための意志だ。

 何がそれほどの覚悟をミーナに持たせたのか……その源をアニは知らない。理解できないとばかりに頭を振るその仕草に先程までの余裕はない。どこか足早にミーナの下を立ち去ろうとするのを、ジョシュアの声が呼び止めた。

 

「どこへ行く?」

「付き合ってられないよ。私はもう止めないから後は好きにしてくれ」

「何言ってる、出来る奴を遊ばしておく余裕なんてこっちにはありはしないんだよ。お前も手伝え」

「お断りだね。立体機動もできない私に何を期待しているんだい? あんた一人でやればいいじゃないか」

「おう、立体機動も使えないお前に用なんてねえよ――使えるなら話は別だがな」

 

 そう言うと、ジョシュアは首下の結び目をほどき、背に負っていた風呂敷包みを屋根上に広げた。中に入っていたホルダーの束に、アニの瞳が細められる。

 してやったりと口の端を持ち上げながらジョシュアは言った。

 

「お前の腕は信頼してんだ、付き合えよ第五位。――お前だって、このままあいつらにいいようにされっぱなしじゃあ収まりがつかねえだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ミーナ生存。ジョシュアによって鍛えられた三年間は無駄ではなかった。
 叩き込まれた技術よりは戦闘中におけるジョシュアの教えと、三年間という月日がもたらした自信が生存に繋がった感じですね。

 ガスボンベについては独自解釈ですが、実際のところ死体とか普通に転がっているところ見るとその中の一つや二つに未使用に近いガスボンベが転がっていてもおかしくはないと思うのです。
 勿論、作中でも触れたように当然忌避感とかはあるでしょうし、全員が全員そういった合理的な考えをすることができるわけではないとは思いますが。



 今回の話については、思いの外改変の余地なくて苦労しました。
 いっそ飛ばすのも考えましたが、せっかく鎧の巨人の早期出現なんて改変やったのでその影響を書かないのもどうかと思い、粘りました。
 まさか年を越すとは思いませんでしたが……その分、補給所を巡る攻防については早めに上げたいと思います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。