進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

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第11話 模擬戦②

 

 

 

 

 

「また何か悪いことでも企んでるの?」

 

 距離を取って向かい合うアニとクリスタの二人から離れて見守る姿勢に入ると、ミーナが小さな声で話しかけてきた。その言葉といいこちらを見上げる目つきといい、最初っから疑ってかかっているのがありありとわかる。

 

「失礼な奴だな、人が真剣にお前らのことを考えてやってるっていうのに」

「ジョシュアの場合、唐突だし強引すぎるんだよ。心の準備をする暇すら与えてくれないんだから」

 

 唇を尖らせるミーナの言葉はまあ、もっともだ。今回のこともたまたま二人がやっていたから計画しただけで、そうでなければもう少し余裕を持った計画を練ることもできたかもしれない。……とはいえ他の相手を探したところで選択肢は非常に限られているし、訓練相手に軒並みトラウマを植え付けているミカサに比べれば比較的穏便ではないかとも思う。芥子粒ほどの違いでしかないのかもしれないが。

 

「まあ事実、時間を許してくれる状況じゃなかったしな。それはアニの様子を見てればわかると思うが」

「そうだけどさ……こんなに強引に事を運ぶ必要があったの? わざわざアニをけしかけてまでしてさ」

「時は金なり、ってな。もう卒業まであと一年もない。だから何としても、この辺りで一度お前らの意識を変える必要があったんだよ」

「……お前ら、じゃなくて、クリスタでしょ?」

 

 ぽつりと口にしたその一言に目を丸くした。失礼だとは思うが、正直ミーナの口からこちらの意図を正確に捉えた言葉が出るとは思わなかったからだ。

 

「気付いてたのか?」

「ていうか、私の意識を変えるつもりだったなら今この場で私には言わないでしょ」

「ミーナ、お前……きちんと頭使うことができたんだな」

「どういう意味? ねえそれどういう意味!?」

 

 答えに辿り着いているものをわざわざ口にする気はないので黙殺する。しかしミーナの涙目もこの二年間で随分見慣れてしまったな。

 

「そ、それに私だってクリスタが何か思い悩んでるってことくらい気付いているよ!」

「まあ、流石にお前でもそれは気付くか」

「気付かないわけないよ。まあ、それが何かまでは流石にわからないけど……ただ、思っちゃうんだよね。クリスタって、本当にやる気あるのかなって」

 

 その言葉がクリスタへの罵倒ではないことは察しているので黙っていたのだが、自分でその言い方はどうかと思ったのか、直後に「あ、別に貶してるわけじゃないよ!」と慌てて身振りを加えてフォローを入れた。

 

「何て言うのかな。私はこうして教えられる前までは、何の取り柄もない駄目な子だった。成績も良くなかったし、体力に自信があるわけでもなかったしね。ここに入団したのも流されて来ただけで、最初の頃はちゃんとやっていけるのかどうか不安で仕方なかった」

 

 考えるように時々間を置きながら、ぽつりぽつりと話していく。その様子を口を挟むことなく無言で見守る。

 

「だからあの日ジョシュアに初めて教えてもらった日、本当に怖くなったけど、同時にこのままじゃいけないって思えた。ジョシュアに教えてもらいたいって思ったのもそれが理由。全員向けのカリキュラムで教えてもらうより、ジョシュアに教えてもらう方が私達に合ったやり方で教えてもらえるって思ったからさ。だから私なりに死に物狂いで頑張ったつもりだし、ジョシュアに褒められると嬉しくなったりもしたよ」

 

 でも、とミーナの言葉がそこで途切れ、憂いを秘めた瞳がクリスタに向けられる。

 呟く言葉は、

 

「……クリスタは、どうなんだろ。そういうこと、きちんと感じられてるのかな」

 

 

 

 

 

「あんたがどんな思いであいつに従っているのか、私とやろうとしているのか」

 

 二人の距離は歩幅にして三、四歩ほど。踏み出せばすぐに手が届く距離を置いて、対面のアニが言葉を作った。

 

「それははっきり言って私にはどうでもいいことだし、興味もない。立ち向かってくるなら手加減無く叩き潰す。それだけだよ」

「っ……!」

 

 冷たいナイフのような言葉がクリスタの身体を刺し貫く。温かみの感じられない声はそれだけでクリスタの背筋を震え上がらせた。

 

 ――そ、そんなこと言ったって……!

 

 自分だってこの状況に困惑しきりなのに、と抗議の言葉を思うも、その言葉が示す通りアニがこちらの心情を慮ってくれることはない。

 故に次の行動は言うまでもなく。視線を合わせていたアニの気配が何の前触れもなく爆発的に膨れ上がった。

 

「っ――!」

 

 満足に心構えもできていないクリスタへ、たちまちのうちに数歩の距離を踏み潰して肉薄したアニが拳を振う。腰の入った左ストレート。獣を思わせる冷徹なアニの瞳にクリスタは即座にアニが手加減なしの本気であることを悟った。

 

 ――避けられない、と瞬時に察した。

 

 自身はろくに構えもとれておらず、アニとの距離は一歩分の距離もない。これを避けることができるとすればそれは人外の反射神経を持つミカサやジョシュアのような人種のみであり、どこまでも凡人の、どころか凡人以下の自身にそれが避けられるわけもない。

 なのに、思いを裏切るように身体は動いた。

 アニの左拳を左手で払い、同時に一歩を踏み出すことですれ違うようにアニと距離を取る。そのまま大きく後退すれば、再び二人の距離は数歩分の距離に戻っていた。

 一瞬の交錯。派手さも高揚感を煽るような苛烈さもない、地味な攻防。けれど二人の様子を見守るギャラリーは、おお、と感嘆の声を漏らした。その意味するところは明白だ。

 

「……今の一撃で終わりかと思ったけど。ふん、言うだけのことはあるわけかい」

 

 少しだけ、意外という響きの混じったアニの声。侮られていると考えれば失礼極まりないことだが、それに反論しようとは思わない。むしろクリスタ自身が言葉も出せないほどに驚いているのだから。

 

 ――でき、た。

 

 訓練では幾度となく繰り返してきた動き。実戦で動けるのかと不安を抱きながらも、それでも言われるままにがむしゃらに反芻してきた技の一つを、クリスタは確かに実戦で用いて見せた。

 

 ――やっぱり、染みついてるんだ、身体に。

 

 そりゃそうだよね、あんなにやったんだし、と二年間の訓練の日々が走馬燈のように流れ、クリスタは思わず口元を押さえた。

 

 ――でも……。

 

 動く。動ける。心は未だに初めての実戦を怖がっているけれど、反射的に動けるまでに染みついた反応が身体を突き動かしてくれる。

 だからクリスタは恐る恐る、それでも客観的に見れば滑らかな動きで構えを取る。

 アニに勝てるなんて、自分では到底思えない。そんな想像することさえできないものを信じることはクリスタにはできない。

 だから、信じよう。勝利ではなく、今まで励んできたあの日々を。

 

「その気になった、ってわけかい?」

 

 再びアニが構えを取り、一息を置いて踏み込んでくる。普段のアニはどちらかといえば受け身の印象があるため、こうまで積極的に攻め込んでこられるのは予想外と言う他ない。ましてあの鷹を思わせる瞳に睨まれながら殴りかかられては、怯えて身体が強張るのもやむなしだろう。

 

 ――目を、見る。

 

 それでも、クリスタはその切れ味鋭い瞳に視線を合わせた。

 目は口ほどに物を言う、とジョシュアは言った。相手の狙い、感情、そして隙。ほんのわずかな動きでも逃がさずに読み取ることが勝利への一歩であると。

 最初の頃は何を言われているのかわからなかったし、訓練だ、と言われてジョシュアと目を合わせ続けなければならなくなった時には恥ずかしすぎて半泣きになったりもした。

 それでも、そうして身についたものは確かにある。

 

 ぱん、と手を合わせる音が連続で響く。アニの金色の瞳が狙いをつける場所を先読みし、絶え間なく迫り来る拳を手の平で逸らす。そのたびに大きく距離を取ろうとするクリスタと、そうはさせまいとすぐさま踏み込んでくるアニ。十数と攻防を続けているうちに、いつの間にか周囲に響いていた訓練の声が止んでいた。

 

「やるじゃないか。正直ここまでやるとは思ってなかったよ」

「あ、ありがとう」

 

 攻防の間に話しかけてくるアニに、息を切らせながらそう答える。二年間の訓練でそれなりに体力はついたつもりだが、予想以上に消耗が激しい。これがジョシュアの言っていた『実戦における緊張感』。一方、対面のアニはまだまだ余裕そうだ。やはり、彼我の差は火を見るよりも明らかということか。

 汗を滴らせながら呼吸を整えるクリスタに、アニはふんと鼻を鳴らした。

 

「あんた達の話は聞いてるよ。あんた達が元々成績が良くなかったことも、たまたま奇数であぶれたあいつが教官の真似事をしてるってこともね。……もっとも、時々目に入ったあんた達の様子を見る限りじゃあんた達があいつに苛められているようにしか見えなかったけど。ふん、ああ見えてやることはきちんとやっていたわけかい」

 

 どうしよう。訂正しなきゃいけないはずなのに全然間違ってる気がしない。

 実際、何もできなかった最初の頃はしょっちゅうジョシュアに追いかけ回されていたからそう見えたとしても無理のないことだった。途中で何故か同期達が怒りの声を上げて乱入してきたこともあったし、あの頃は本当に大変だったなぁ、とクリスタは過去を思い返しながら苦笑いを浮かべた。

 

「だけど――所詮はそれだけさ」

「え?」

 

 問いかけに答えはない。会話は終わりとばかりに踏み込んできたアニにクリスタは咄嗟に構え直した。

 力強い踏み込みと揺るぎない瞳。一体何が来るのか、と怯えと警戒を強めたところへ、腰を大きく捻ったアニが走る勢いをそのままに足を大きく蹴り上げてきた。

 

「え――あっ!」

 

 鈍器で殴られたような衝撃が左手を襲った。避けることもできず、逸らすこともできず、かろうじて蹴りの軌道上に差し込んだ左手が防いだに過ぎない。それでも直撃よりはマシだろうが、切れ味鋭い蹴りを逸らしもせずに正面から受けた左手のダメージは計り知れない。

 

 ――い、った……!

 

 熱を持つ痛みが上腕部に広がっていく。訓練でも経験したことのない痛みに唇からは苦悶の声が漏れ、目尻には涙が浮かび上がる。言葉を作ることもできず悶絶するクリスタを、アニは追撃する様子も見せず、どこか冷めたような目で見つめていた。

 

「ほら、意味なんてないじゃないか」

「……え?」

 

 痛みを堪えるように身体をくの字に折ったまま、顔だけを上げてアニを見る。何もかもを否定するようなアニの目がこちらを射貫いていた。

 

「あんたは知らないだろうが、蹴り技ってのは本来そう易々と繰り出すべきものじゃないのさ。何せ片足一本で支えなきゃならないんだからね――どうしたって身体のバランスは崩れてしまう。まして今、私はあんたの側頭部を狙った。足を狙うならともかく、今みたいな大振りな蹴りは防がれてしまえば大きな隙を見せることになる。そうなればまあ、私は今こうして立っていることはできなかったろうね。だけど私はそんな危険な賭けを敢えてした。どうしてだと思う?」

「それ、は」

「簡単さ。反撃なんて来るわけないと思っていたからだよ」

 

 ぶるり、と身体が震えた。

 侮られている。馬鹿にされている。そのことを理解していながら、けれどクリスタの胸を支配した感情は怒りではなく、恥も外聞も投げ捨てて逃げ出したいと思うほどの怯えと羞恥だった。

 

「くだらないね。二年間何を教わってきたのかは知らないけど、あんたのそれは所詮腰の引けた臆病者の戦いだよ。武術ってのは逃げるためにあるんじゃない、戦うためにあるんだ。敵が自分の命を脅かそうとするからこそ、攻めるか退くか、綱の上を渡り歩くような駆け引きが生まれる。そうすれば敵に判断を迷わせることもできるだろうし、隙を突くこともできるだろう。――わかるかい? あんたからは何の意志も伝わってこない。肝が冷えるような殺意も、肌がひりつくような敵意もない。自分の命が惜しくて仕方なくて、殻に閉じこもってるだけの臆病者なんだよ、あんたは」

 

 ――臆病者。その言葉はクリスタの胸に深々と突き刺さった。

 アニはクリスタの過去を何も知らない。にも関わらずアニはクリスタの正体をいとも容易く見破った。

 

 

 

 

 

「ちょ、ジョシュア! やばいよ、もう止めないと!」

 

 慌てた様子でミーナが割って入ろうとする。――その肩を掴んで引き留める。

 

「待て、止めるな」

「何言ってるの! もう勝負ついてるじゃない、これ以上続ける意味なんて」

「ここで止めたらそれこそ意味がない。それじゃあ意味がないんだ。ここからが大事なんだ」

「ここから、って」

 

 こちらの意図が掴めていないらしいミーナは困惑気味だ。だがそれでいい。そこまでミーナが察する必要はないのだから。

 

「確かに今の一撃はクリスタにとっちゃかなりの痛打だったろうが、それでもきっちり反応はできてるし、ガードもしてる。それができてなきゃ止めたろうが、そうでないんならまだ勝負はわからないさ」

「でも……」

「いいからもう少し見てろって。……それに、思っていたより非情じゃないみたいだからな、あいつも」

 

 え? と問いかけるようにミーナが首を傾げてこちらの様子を伺うが、それには答えずにまあ見ていろ、と顎をしゃくった。

 

 

 

 

 

「私、は」

 

 どうして生まれてきたんだろう、と思っていた。

 生まれてきたことを否定されて、どこにも居場所がなくて、だからせめて巨人と戦って名誉の戦死を遂げようと、そう思っていた。

 

 ――でも、ジョシュアに教えてもらうようになって。

 

 少しずつ、本当に亀のような鈍い歩みではあったけれど。それでも、強くなっていく自分に希望が持てた。褒めてくれる言葉が嬉しかった。

 こんな私でも、もしかしたら誰かの役に立てるのかもしれないって……そう思えることが嬉しかった。

 

 ――なのに。結局私は何も変わっていなかった。

 

 ミーナならきっとこうはならない。ミーナは何も出来ない自分を変えるために、必死になって学んでいた。明確な目的を持って学んでいたミーナなら、これほど好き勝手に言われれば顔を真っ赤にさせて立ち向かっていくことだろう。

 クリスタにはそれがない。湧き上がってくるものはどれもアニの言葉を肯定するものばかりで、アニに否定されるまでもなく誰よりもクリスタ自身がその言葉を認めてしまっていた。そのことに今更気付いたあたり、本当に救いようがないと自嘲する。

 

「私は……せめて、一人でも何とかできるようにしたくて」

「そんなへっぴり腰でできることがあるもんか。そもそも勝ちたいとも負けたくないとも思わないあんたにまともな状況判断ができるはずもないだろうしね。結局のところ捌く術だけ手に入れたところで、肝心の戦意がないあんたより真っ当な対人格闘術を少しかじっただけの凡百の兵士の方がよっぽど使い道があるのさ」

 

 ほら、と。肩をすくめて馬鹿馬鹿しそうにアニが笑った。

 

「意味なんてないと思わないかい? この二年間血反吐を吐いてまで学んできたあんたよりそこらで欠伸を漏らしながら適当に訓練してる奴らの方が使いようがあるんだ。誰よりもあんた自身が、あいつの主張が意味の無いもんだってことを証明しているんだよ」

「……そう、だね」

 

 認めるしかない。アニの言葉は全てが正論で、的を射ている。否定する言葉も、理由を述べる言葉も、何もかもが言い訳にしかならない。

 他の誰でも、アニでもない。

 

 ――誰よりもジョシュアの主張を否定していたのは、私だった。

 

「アニの言うことはきっと正しいと思うし、ジョシュアに対して私はとても不誠実な態度をとってきたんだと思う」

 

 口にして認めてしまうと、ジョシュアに対して申し訳ない気持ちや情けない気持ち、恥ずかしい気持ちが一気に膨れ上がった。始まった時からずっと意識していたジョシュアからの視線がやけに熱を持ったように感じられる。

 このやりとりを聞いて、見て、ジョシュアが何を考えているのか、何を感じているのか、それを考え出すともうジョシュアの顔さえまともに見られない。

 だからこそ。

 

「っ!」

 

 ぱん、と両手で思いっきり頬を叩く。甲高い破裂音に次いで両頬がじんじんと熱を持ち始める。

 

「……何のつもりだい?」

 

 アニの整った眉がわずかに寄っていた。驚いたんだろう。あのアニを驚かせたと思えば、自然としてやったり、という気持ちが湧いた。

 

「……覚悟が決まるおまじない、だって。ジョシュアに教えてもらったんだ」

「何の覚悟を?」

「色々あるんだけど。まずはやっぱり、謝るための覚悟、かな」

「はあ?」

「色々迷惑かけちゃったから。ジョシュアもミーナも、多分やきもきしながら、それでも私のことを色々と考えていてくれたんだと重う。なのに私は流されるばっかりで、二人ときちんと向き合えてなかった。二人から向けられる優しさを、ただはねのけることしかしていなかったから」

「別にいいじゃないか。あんたにはあんたの事情があるんだろう? わざわざ律儀に応える必要なんてないだろうに」

 

 そういう考えも否定はしない。クリスタだって何から何まで話したいと思ってるわけじゃない。話したくないことだって勿論あるし、それは二人もそうだろう。

 だけど――伝えなければいけないことも、また確かにあるはずだ。

 この訓練が始まる前。あのジョシュアが、何の衒いも無い笑顔でクリスタ達のことを褒めてくれたように。

 

「それでも私は、二人にきちんと謝りたいよ。不真面目だった私にあそこまで尽くしてくれた二人に、ちゃんと顔を合わせて謝りたい。……だけど、このままじゃ駄目だと思うの。私はまだ何もしていないし、何もできていないから」

 

 今も、私は、私の心はアニの言葉を認めたままだ。何の意志もない、腰の引けた臆病者。ジョシュアの主張を否定する出来損ない。

 だからこそ、このままじゃ終われない。二人にきちんと顔を合わせて謝りたいのなら、それは自分にできることをきちんと出し切ってからだ。

 だからね、とクリスタは言葉を続けながら構えを取る。

 

「本気じゃなかった私に、本気で教えてくれたジョシュアに、ごめんねって、ありがとうって言うために……もう少しだけ付き合ってくれるかな、アニ」

「……」

 

 アニは何も言わず、ただ無言で構えを取った。仕方ないね、って言ってるようで、それが何故かおかしかった。

 一息の間を置いて、やはり先手はアニ。踏み込んでくる勢いをそのままに、力強い右ストレートを矢のように放ってくる。その様子にやはり容赦はない。だけど――この模擬戦で何度も見てきた動きだ。もしかしたら、それさえもアニは考えてくれているのかも知れない。だとしたらまた一人、頭を下げなければならない人ができてしまった。

 

 ――人体の急所は全て正中線に集まっている、とジョシュアは言った。

 

 相手の攻撃を捌き、可能であれば体勢を崩したところへ一撃を入れて制圧、ないしは離脱をするのがベストだと。

 しかしクリスタ達は元々そういったことができなかったために成績不振に陥っていたのだ。そんなことができればこういう状況にはなっていないし、それを抜きにしても人体を、まして急所を殴るのは抵抗がある、と弱々しく反論したところ、ジョシュアはわかっていたように苦笑を浮かべてこう言った。

 

 ――だろうな。俺だってそれくらいはわかってるさ。だからお前達は別に殴らなくてもいい。殴らずとも、相手を圧倒する方法を教えてやるよ。

 

 そんな都合のいい技があるのか、と初めは目を見開いて驚いた。直接的な暴力に頼らずに相手を制圧する。それはクリスタ達のような非力な女性から見ればあまりにも信じられないことだったから。

 しかしその術理は実際に存在した。そのことを、クリスタはこの二年間の訓練で身をもって知り、そして習得している。

 

 ――故に今。吐き出す技は、捌きと同じく反射的に繰り出せるまでに昇華させたそれに他ならない。

 

 クリスタの左頬へ迫る右拳。防がなければ確実に脳を揺さぶるその一撃をクリスタは今までと同じく左手刀で逸らすことで身体の外側へ外し、そして――一歩を踏み出すと同時に右手をアニの顎へ突き出した。

 

「っ!」

 

 顎を捉えた手の平の向こうからアニのくぐもった声が漏れる。突き上げた衝撃で舌でも噛んだのか、それとも抵抗しようとしているのか。どちらでもいい。前者であれば後で頭を下げればいい、後者であれば何かされるよりもこちらが力を込める方が早い――!

 

「ごめんっ」

 

 踏み出す勢いをそのままに突き放した右手が、アニの背中を地面に叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 




 ここから押し倒したアニにマウント取ったクリスタがスタープラチナばりのラッシュを繰り出すNGシーンがあったりなかったりしたそうですよ奥さん(大嘘
 魔改造というには少し大人しい? 冷静に考えるんだ、こいつら後一年訓練期間あるんですよ(震え声
 
 ちなみに話の都合上フェードアウトしてましたが、多分二人が真剣に決闘やってる裏ではきっと二人の熱烈な信者が血反吐吐く勢いで応援してたり賭け事してたりどこかのベルトルさんがアニの勝利に魂賭けたりしてるんじゃないかなと思ってる(適当


 次話は後始末回。

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