進撃の巨人 ―立ち向かう者―   作:遠野雪人

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第10話 模擬戦①

 

 

 

 

 

 ――ど、どうしてこんなことに……!?。

 

 心底困惑した様子でクリスタはおろおろと周囲を見渡した。

 対人格闘術を行っている現在、青空の下に広がる侘しい訓練場にはいくつもの組み手を行っているペアが広がっている。しかし彼らの意識はそちらには向いていない。誰もが明らかに教官の視線を意識して、視線のみをこちらに向けていた。

 

 そんなに気になるのだろうか、と背後に立つジョシュアを見ながら思う。

 確かにこの二年間、クリスタは対人格闘術の訓練をジョシュアから教わってきた。その苛烈さは、ミーナがどこか遠い目でその様子を話すたびに周囲がこちらに対して妙に優しく接してくれるレベルである。

 クリスタ自身、ジョシュアの訓練は非常に厳しいものだと感じていたし、だからこそそれを二年間受けてきたことに対しての自信は多少なりともある。

 

 だがしかし。それが目の前の相手との組み手で生かされるか、と聞かれれば、はっきり言って自信がなかった。

 

「手加減はいらないね? あんたが吹っかけてきた喧嘩だ、そもそもそんな義理もないしね」

「勿論だ。むしろ手を抜かれたらこちらが困る。全力で来てもらわなければな」

「威勢だけはいいね。だが果たして――あんたの自信はこいつにきちんと伝わっているのかねえ」

 

 当人そっちのけで全力で挑発するジョシュアと、彼の立ち位置から私を挟んで対面に立つアニが面倒くさそうな流し目を送ってくる。

 

「ま、どっちでもいい。こいつがそこまで言うんだ、その自信のほどを確かめさせてもらおうか」

 

 ――いやいやいや無理無理無理無理だから――!?

 

 興味なさげに、それでも構えを取るアニに対してクリスタは心の中で悲痛な叫びを上げた。

 

 

 

 

 

 ――事の始まりは少し遡る。

 

 

 

 

 

「だいぶ形になってきたな」

「そりゃ、あれだけしごかれればねえ」

 

 組み手に励むクリスタとミーナの様子を眺めつつそう呟くと、息を整えながら半目でミーナがこちらを睨んでくる。

 始めた頃はそうする気力さえ振り絞れずに倒れ伏していたことを考えれば大きく成長しているな、と考えながら口を開き、

 

「そうだな。――だけど本当、ここまでよくついてきてるよお前ら。正直いつ脱走されてもおかしくないと思ってたからな」

「ねえクリスタ、この男何でもない顔で今物凄く不穏当なこと言ってるけどどうすればいいかな。教官に突き出せば手当とか降りると思う?」

「駄目だよミーナ……私達がどうして今こうして教えられているのか忘れたの?」

 

 そうだった……! と頭を抱えて身悶えするミーナ。この訓練は元はと言えば二人の対人格闘術における成績不振が原因である。教官に相談したところで「いいことじゃないか」と一蹴されるだけだろう。もしかしたら俺が褒められることにさえなるかもしれない。

 

「ていうか、それ言い出したら最終的に決断したのはお前らだろうに」

「わかってるけど、わかってるけどそれをジョシュアに言われると凄く腹立つ……!」

 

 どうしろって言うんだ。

 

「ま……わかってるさ。お前らにとってきついことをさせてきたっていう自覚はある。正直、俺の指導は教官の指示からかなり逸脱しているだろうからな」

「ま、まあね」

 

 真顔でそう言うと、やや気まずそうにミーナが視線を逸らした。いつもなら茶化してくるだろう俺が急に真面目に答えたから調子が狂ったようだ。

 勿論、普段の俺であればこんなことは言わない。甘やかして指導したところで元々やる気の薄かった二人が変わるとは思えないし、意味もない。どうせやるならただの馴れ合いではなく、少しでも生存率を上げられるように容赦なく。そう考え、キース教官には流石に及ばないが、それなりに厳しく指導してきた自覚はある。

 そんな自己満足に過ぎない押しつけの指導に、しかし二人は二年もの間ついてきてくれた。もう成績不振と言われていたあの頃の二人はいない。今ここにいるのは、並の暴漢であればたいした苦労もなく生存できるだろう立派な兵士だ。

 

「だからこそ、な」

 

 たまにはこうして正直な思いを伝えることも、悪くないだろう。

 

「ありがとな、ここまで投げ出さずについてきてくれて。お前らが今どう思っているかはわからないが、お前らはもう兵士として十分やっていけるよ。俺が保証する」

「ッ……! く、クリスタ! 不味いよ、今日絶対今までにないくらいの無理難題押しつける気だよこの男……!」

「おいおい、人がせっかく褒めたのに何だその反応。……クリスタも真に受けるなよ? お前が本気にすると死人が出そうだ」

「――へ? え、あ、う、うん!」

「お前もかよ。ったく」

 

 ――そこまで照れられると、こっちもやりにくいっていうのに。

 

 顔を真っ赤にさせて挙動不審になっている二人から顔を逸らして、聞こえないようにそっと呟いた。ましてクリスタは勿論のこと、ミーナもそれなりに整った顔立ちをしている。そんな二人が羞恥に身悶えしているものだから、俺自身はもとより、こっそりと覗き見していた奴らさえもが轟沈して酷いことになっている。

 慣れないことはするもんじゃないな、と嘆息しながら表情を改め、

 

「ま――そうは言ったものの、まだまだ形ができただけだ。当然欠点はまだあるし、教えられることは山ほどある」

 

 どうする? と視線で問えば、返ってくるのは「仕方ないなぁ」と言わんばかりのミーナの苦笑だ。

 

「ここまで来たら今更でしょ。最後まで宜しくね、教官?」

「了解した。――クリスタはどうだ?」

「え? あ、うん。……私も、これからもお願いしたい、かな」

 

 控えめな笑みとともにクリスタもまた同意を返す。

 だが――

 

「……了解。それじゃ、今日もはりきっていこうか」

 

 言葉を飲み込んで笑みを作る。

 彼女のことを思えば、それは本来であれば口にすべき言葉なのかもしれないが――生憎と俺はどこぞの誰かさんと違って正直者ではない。もとより言葉で語るより行動で示す方が俺好みだ。

 荒療治かもしれないが、二年も経ったんだ。そろそろ自分がどれくらい成長したのかを実感してもらう良い機会かもしれない。

 視界の端に手持ち無沙汰にしている切れ目の少女を収めて笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「私はもうこれ以上、このくだらない世界で兵士ごっこに興じられるほど馬鹿になれない」

 

 押し倒していたエレンの身体から身を離し、立ち上がりながらアニはそう言った。冷え切った目で、ゴミを捨てるようにぞんざいな手つきでナイフを模した模造刀を高く放り投げる。

 

 ――その模造刀を掴み取る。

 

「お前っ……!?」

 

 エレンの声を無視して背後からアニに接近する。

 アニの横顔がこちらを向く。わずかに見開かれた切れ目が意図を問うように俺を射貫く。

 構うものか、と無防備な背中に模造刀を突き出す――その手元を不意に陰が覆った。

 

「っ!」

 

 咄嗟に背中を大きく仰け反らせる。間一髪、視線が空を向いたところで鼻先をアニの右手が裏拳気味にかすめていった。

 そのまま両手を地面につけ、後転して大きく距離を取る。

 

「何のつもりだい?」

 

 問いかける声は氷のように冷たい。両手は顔の両側をカバーするように掲げられ、臨戦態勢を取っている。

 

「お見事。完全に不意を打ったつもりだったんだが、こうも綺麗に対応されるとは思わなかったよ」

 

 殺意を込めた視線に笑みを返した。

 話を切り上げたところへの第三者からの奇襲。並の人間であれば戸惑うことしかできないだろうそれを、こちらにその気がなかったとはいえ、アニは見事に捌いてみせた。その技量はやはり同期の中でも群を抜いて優れている。

 だからこそ、気に入らない。

 

「質問に答えていないね。私は何のつもりだ、って聞いたんだけど?」

「何のつもりも何も、な。腕試し、って言えば納得してもらえるのか?」

「……喧嘩なら買わせてもらうよ? 生憎とこっちは気が立ってるんだ」

「高いぜ? 何せ今回はうちの秘蔵っ子を使わせてもら――」

「な、何やってるのジョシュア!」

 

 ん? と首を捻って見れば、慌てた様子でこちらに走り寄ってくるクリスタとミーナの姿がある。

 

「何だ来たのか。何をそんなに慌ててるんだよ」

「慌ててるも何も、暴漢も真っ青な奇襲かけといて何言ってるの!」

「何言ってるんだ? 暴漢が奇襲なんてかけるわけないだろう」

「違う、突っ込むところはそこじゃない……!」

 

 ああもう、と大仰な仕草で喚くミーナ。一方相方のクリスタはといえばこちらはアニの方へ向かっており、

 

「ごめんね、本当にごめん! 怪我とかない?」

「別に。そもそもあんたが謝ることじゃないだろうに」

 

 必死に頭を下げて謝っているが、興が冷めたとばかりに構えを解いた当の本人は全く気にした様子がなく、目を合わせようともしない。……涙目で何度も頭を下げるクリスタにあんな反応ができるのは同期でもこいつくらいのもんだろう。

 

「で、結局何であんなことしたの」

 

 ジト目で腰に手を当ててミーナが問いかける。

 悪戯した子供を叱る親のようだな、と苦笑しながら口を開き、

 

「いや、面白そうな話をしていたみたいだからどうしても参加したくなってな」

「それでどうして刃物奪い取って奇襲かけようって発想になるの……? ていうか、クリスタ。エレン達の会話、聞こえてた?」

「聞こえるわけないよ……あれだけ距離離れてたんだよ?」

「むしろあの距離からあの速さで飛びかかったジョシュアが人外すぎて……まあそれは今に始まったことじゃないけど。で、どうなのさその辺? ジョシュアってそんなに耳良かったっけ」

「耳で聞こえなくても、唇の動きでだいたい読める」

「あ、うん。聞いた私が馬鹿だったね」

 

 ハハッ、と乾いた笑いを浮かべるミーナ。目が死んだ魚のようになっているが大丈夫だろうか。

 

「ま、それはいい。本題はここからだ。――随分面白い話してたみたいじゃないか。なあ、お前ら」

 

 腕を組んで向き直る。こちらの視線を受けてエレンは怯んだように息を呑み、対してアニはそれがどうしたとばかりに冷ややかな視線をぶつけてくる。

 

 ――別に責めているわけじゃないんだがなあ。

 

 まあそれも仕方ないことか、と思い直す。責めるつもりはないが、アニの言葉にもの申したかったのは事実。それが知らず知らずのうちに眼光に出てしまったというだけのことだろう。

 

「なあ、お前はどこまで聞いてたんだ? ……いや、どこから、と聞くべきか」

 

 一歩を踏み出し、エレンがそう尋ねる。

 

「そうだな。そこで転がってるライナーが倒された辺りからだ」

「そんな前から……っていうか、ほんとよく聞こえたな。俺達組み手やりながら話してたんだぜ?」

「その辺は慣れだ。たいした技術じゃない、慣れればお前にもできるように――おいおい待て待て、何素知らぬ顔で逃げようとしてるんだ」

 

 無言で立ち去ろうとしていたアニに声をかけると、さも煩わしそうに大きくため息をつきながら振り返り、

 

「私は別にあんたに用なんてないよ」

「喧嘩売るなら買ってやるとか意気込んでいたくせに何言ってやがる」

「もう冷めた。見逃してあげるよ、今回はね」

「いいや、お前が良くてもこっちは良くないんだよ。わかってないだろうから言ってやるが、喧嘩売られたのは何もお前だけじゃないんだぜ? むしろ最初に売られたのはこっちの方だ」

「はあ……?」

 

 心底わからないと言いたげに眉をひそめてアニがこちらを振り返る。他の面々も似たような表情をしているが、まあそれは仕方ない。

 

「『対人格闘術に意味なんてない』。確かにそう言ったな。それは俺にとっちゃ、こいつらに教えてること全てが無駄だって言われてるようなもんだ」

「あ……」

 

 周囲に理解の色が浮かぶ。アニも成程、と吐息をついたが、それだけだ。すぐにその表情はいつもの涼しげな顔立ちに戻った。

 

「だからどうしたって言うんだい。頭下げて涙ながらに「すみませんでした」って言えば許してもらえるのかい?」

「……やべえ。ちょっと見たい」

「おい」

 

 ぼそっと呟いた声にエレンから突っ込みが入るが、仕方ないだろう。あの傍若無人を絵に描いたようなアニの謝罪だぞ? しかも涙目のオプション付きだ。本当に心からやってもらえるなら是非見てみたいもんだが――

 

「心からやってもらえるんならそれも面白そうだが、聞いてるこっちが虚しくなりそうな棒読みの謝罪にしかならんだろ、お前」

「さあね。土下座してお願いするならやってやらないこともないけど?」

「土下座すればやってもらえるのか……何て安い涙だ」

「っていうかジョシュア。まんまと話逸らされてるけど、気付いてる?」

「さて、それじゃそろそろ本題に入ろうか」

 

 こいつ何がしたいんだ、とそろそろ周囲の視線が厳しくなり始めたのでこの辺で切り上げることにする。

 さて、とわざとらしく咳払いを一つしつつ、

 

「ともあれだ。二年間の努力を全否定された俺としちゃ、このまま黙って見逃すわけにはいかないんだよ」

「どうでもいいし、あんたの自己満足に付き合うほど暇じゃないよ」

 

 二の句すら継がせずにばっさりと切り捨てられる。冷め切った瞳と向き合ったまま、ふむ、と僅かに目を細めた。

 

 ――意外と乗らないな。

 

 冷静なようでいて、意外とキレやすい。アニという少女に対してこちらはそういう認識を持っていた。一匹狼であり、協調性が欠けているアニを疎ましく思っている同期は少なからずいるし、そういった連中と小競り合いをしているのもこの二年間で何度も見てきた。それ故の認識である。

 最初こそこちらの想定通りに挑発に乗ったものの、二人の乱入があった後は平静そのもの。どうやらアニは熱しやすく冷めやすい鉄のような性格の少女らしいと、脳内での認識を改めた。

 

「逃げるのか?」

 

 視線を切って歩き出そうとする横顔に声をかけると、ハン、と鼻で笑われる。

 

「安い挑発だね。逃げるさ、こっちはあんたと違ってか弱い女の子なんだ。あんたみたいな男に襲われたらとても太刀打ちできないからね」

 

「か弱い……?」とかエレンが真剣に首を傾げているがアレはいいのだろうか。まあ俺自身背後から奇襲かけて逆に反撃できるようなたくましい奴は少なくともか弱くはないだろうな、とは思うけども。

 そして一つ、アニは盛大な勘違いをしている。

 

「何言ってるんだ、やるのは俺じゃないぞ」

「え?」

「喧嘩の理由を考えれば、俺より相応しい奴は他にいる」

 

 そうだろう、と後方にいた二人に視線をやると。

 

「む、無理無理無理! 何言ってるのジョシュア!?」

「ほら言わんこっちゃない、やっぱりさっきのアレは上げてから落とす作戦だったんだよこのド外道……!」

 

 青ざめた顔で高速で首を横に振るクリスタと、聞き捨てならないことを口にしながら教えた構えを取るミーナ。言葉こそアレだが、咄嗟に教えた構えをとれるようになった辺り成長していることを感じられて少し嬉しくはある。

 

 だからもう少し、こいつらも自信を持ってもいいと思うんだが。

 

「――だそうだけど。どうするつもりだい教官?」

「エレン。少しの間アニを頼む」

「は、おい!?」

 

 エレンの叫びが聞こえたが、黙殺して二人の元へ歩いて行く。そう長く持たせることはできないだろう。故に速やかにその気にさせる必要がある。

 

「な、何?」

「い、言っておくけど、本当に無理だからね? さっき見てたけど、エレンでもライナーでも無理って、そんなの私達じゃどうにもできないよ」

 

 二人の前で立ち止まる。二人と俺との身長差は頭一つ分はある。そんな俺が無言で上から見下ろしているのだ、二人が身構えるのも無理はない。

 

「悪いな、俺の身勝手に付き合わせて」

「へ……?」

 

 これから交渉をしなければならないのに、緊張状態ではそれもままならない。まずは抗戦の構えを解かせることが最重要だ。

 できるだけ優しい声で言うと、面食らったように二人が声を上げた。恐らくは有無を言わせぬ勢いでやらされると思ったのだろう。

 俺としてはそれでもいいが――それでは精神状態に多大な影響が出る。せっかくの実戦だ。どうせやるならできる限り最高の状態で臨ませたかった。

 

「お前らの不安はよくわかる。ましてさっきエレンやライナーとの組み手の様子を見せたばかりだ。特にライナーのような大柄な男を苦も無く投げ飛ばせるアニをたかだか二年間鍛えただけの自分たちがどうこうできるのか。そう考えてると思う」

 

 二人からの反論はない。それは俺の言葉が彼女たちの気持ちを言い当てていることの証だ。

 

 アニは積極的に訓練を行うタイプではない。それも対人格闘術が自分達の最終成績を決める点数にならないと広く知られた今、ほとんどの同期達がどこか手を抜いて行っていることを考えればさして珍しいことでもないが、だからこそ今回二人と行っていた様子は貴重な光景だった。

 その様子を見つけた俺は、さりげなく二人にアニ達の訓練の様子を観察するよう指示した。その途中で俺が三人の訓練に乱入して今に至るわけだが、結果的にこれ以上ないほど良い機会となった。時期的にも、相手としても申し分ない。確実に二人の成長を進める良い機会だ。

 故に逃がすわけにはいかない。その確信を持って口を開いた。

 

「だけど、そんなお前達に――この二年間、周囲から同情されるほどに厳しい訓練に耐え抜いてきたお前達に聞きたい。アニにあんな風に言われて、悔しくないか?」

「それは……」

「さっきも言ったが、アニの言葉は俺が、俺達が今までやってきたことの全否定だ。鍛えたところで意味なんてない。そんなことを必死に学んでるなんて馬鹿らしい。そう言ってるんだよ、あいつは」

 

 次第に力が籠もり始める。気付けば下げられていた右手は力強く握りしめられていた。

 

「……そんなわけあるか。学んだことに無駄なことなんてあるわけねえ。何もかも俺達にとっちゃ大事なことで、必要なことだ。俺達が学んできたことの価値を決めるならともかく、何の関係も無い第三者に決められるなんて真っ平御免だ」

「ジョシュア……」

「わかるさ。お前達にとっちゃ良い迷惑だろうってことは。だからこれは俺からのお願いだ。――不安なのはわかる。迷惑だってこともわかる。だけどそれでも俺はお前達に戦ってほしい。俺達の努力は無駄じゃなかったってことをあいつに見せつけてやってくれ」

 

 言葉と共に頭を下げると、息を呑む気配が二つ伝わった。

 

「そんな、頭まで下げないでよ」

「真剣にお願いしたいんだ、頭くらい下げないでどうする」

「そうかもしれないけど! どうしてそこまでこだわるのさ、アニの言うことが気に入らないんだったらジョシュアがやればいいじゃない」

「拳で殴りつけて言うこと聞かせるのが教育的に正しいと思うか?」

「う……それは、そうだけど」

「それじゃあ意味がないんだ。さっきも言ったが、お前らがやることに意味があるんだよ。殴りつけて言うこと聞かせるだけなら簡単だが、それは結局ただの押しつけでしかない。本気でこちらの主張が正しいと証明するなら、実際に実戦でわからせてやるのが一番だ」

「そう言われても、無理だよ、勝てるわけないじゃん! 元から優秀だったアニに、たった二年間頑張っただけの私達が――」

「ミーナ!」

 

 はっ、と我に返ったかのようにミーナが口を噤んだ。

 

「駄目だよ。気持ちはわかるけど、それ以上は」

 

 諭すように、けれど確かな声でクリスタが言うと、ミーナは気まずそうに視線を泳がせて「ごめん」と口にした。俺は気にしないが、今口に仕掛けた言葉がまさに俺の努力を否定する言葉だと気付いたのだろう。

 

「だ、だけど……急にそんなこと言われても、できないよ。そもそも勝算なんてあるの?」

「ある」

 

 力強く断言すると、余程予想外だったのか、二人は目を見開いて驚きの声を上げた。

 

「ほ、本当に? 嘘じゃなくて?」

「嘘でも冗談でもはったりでもない。俺は心からそう思ってる。二年前のお前らならこんなことは断じて言わない。可能性も意味もないのに、希望だけ持たせて特攻させるなんて無能になるのは御免だしな。だから――」

 

 言葉を切ってミーナを見る。未だに俺の言葉が信じられないのか、困惑と不安を露わにした目が俺を見つめ返す。その根底にあるのは劣等生の扱いを受けていた頃の二年前の自分だ。その不安も今回の件で晴らす――晴らさなければならないと強く思う。

 

 そして、本命。視線を移してクリスタと目を合わせると、猛獣に睨まれたかのようにびくりと身をすくめた。

 

 クリスタもまたミーナと同様の目をしている。今の自分に自信が持てない目。しかしその根底にあるものはミーナとはまた違ったものなのだろう。未だにその正体は掴めないが、それを上手く言葉にしようとするなら、

 

 ――自信を持つことを恐れている。

 

 悪いことをして、母親に叱られることを恐れる子供のようなイメージ。

 何に叱られるのか。何をしてしまったのか。それは流石に推論でしかない現状ではわからないし、知る由もない。

 

 ――まあ、はっきり言ってその辺はどうでもいいんだが。

 

 あるのかもわからない、当人が語るつもりもない理由を気にしたところで仕方が無い。

 何せこちらは教官から直々に指導を任されているのだ。任された以上は最大限の成果を出すし、出してもらう。

 だから、そのために。

 

「自信を持て。お前らは俺が鍛えた立派な兵士なんだからな。二年間のらりくらりとサボタージュしてきた怠慢兵士に、お前らが味わってきた血反吐の味を教えてやれ」

 

 

 

 

 

 




※NGシーンその①。

「そうかもしれないけど! どうしてそこまでこだわるのさ、アニの言うことが気に入らないんだったらジョシュアがやればいいじゃない」
「拳で殴りつけて言うこと聞かせるのが教育的に正しいと思うか?(勿論俺は正しいと思うが)」
「じょ、ジョシュア! 漏れてる、漏れてるよ!」
「おっとしまったつい本音が」



※NGシーンその②

ジョシュア「お前らが味わってきた血反吐の味を教えてやれ」
エレン「あいつあんなこと言ってるが、お前ら本当に血反吐なんて吐いたのか?」
クリスタ「それは吐いてない、けど」
ミーナ「止めて聞かないで。お昼に食べたものとか酸っぱい味とか思い出すから」
エレン「……悪かった」



 ジョシュアによるクリスタ改造計画その①。
 計画的っぽい感じですが、半分は行き当たりばったり。偶然聞こえた話が丁度良かったんで乗った感じですね。

 しかし本文でも書きましたが、アニの考えが主人公全否定過ぎて笑いました。これは対立もやむなし。

 次回決着です。

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