その人物と再会したのは、本当に偶然だった。
とある任務で顔を合わせ、それぞれの所属も任務も違った為、もう出会う事は無いだろう。そう思っていた人物だった。
名前もかつての初対面時に名乗られたマニエ、とだけしか知らない。
胡散臭さを感じ、任務が終わってからマニエのことを義祖父の権限を使い調べてみたが、そのような人物は世界政府のどこにも存在してはいなかった。ならばとコングに鯵の南蛮漬けと生まれ故郷の地酒のふたつと貢物として献上し取り計らってもらった。だがそれでも見つからなかった。
徹底的に調べることも出来るがしかし。借りは作りたくないが使いたければ幾らでも使っても良いと餌をぶら下げてくれている伝手もある。
だがこれ以上踏み込んではいけない。と本能が警告を発したのに従い、アンはそれ以上の追及を止めた。
好奇心はあったが、これ以上の詮索は無用、と打ち切った。
踏み込めばどうなるか、容易に想像がついたからだ。CP9も秘匿された情報であったが、暗闇度はその比ではない。
臆した、といえばそうなのだろう。
好奇心という餌に釣られほいほいと着いて行き、途中で逃げ出すとは無様だといわれても構わなかった。
ぶっちゃけてしまえば怖かったのだ。かつて生きていた社会にも汚れ仕事を担う汚れ仕事があった。清く正しく美しく生きていれば、触れ合うことのない世界でもある。
アンは立ち止まってしまった。
以前から持ち得ている常識が閂(かんぬき)をかけたのだ。
闇深く濃い、闇の中に落ちる事が恐ろしい。既に足を突っ込んでいたとしても、抵抗があった。
表現できない畏怖。
知ってしまえば、ああこんなものなのだ、と思うかもしれない。
だが二度とそこからは、這い上がっては来れない何かに囚われそうで、伸ばした手を握りしめ引き戻した。誰かさんと違って世界の裏側をこの手に支配したいと画策している訳ではないのだ。
「あら。お久しぶりね」
「こんにちは。えっと……麗しの君」
世界政府の紋が入ったブレザーを着、長い髪をアップにまとめてにこやかに立っている人物へ、動揺を悟られないように話しかける。
極度ではないが、自分が緊張状態にあるとアンは自身を感じていた。
「うふふ。随分と気を使って下さるのね」
女性は紅をさした口元に弧を作る。
以前は無表情に近く、口調も抑揚無い話し方をしていた。しかし今目の前にいる人物は表情を凛とさせた有能な秘書官だ。
女性も内心では再会の奇遇に驚いていた。
一度遭遇した誰かとは会いにくい、そういう環境を選ばれ次の特務を任じられるのが常であった。
初回から数えて1年半ぶりとなるが、今までにない経験だった。
どこまでこちら側を認識しているのかは不詳だが、ある程度の『事』を知っている、そういう判断に基づいた思考に切り替える。
「久しぶりですから。気にしていませんわ。ファム、とお呼びください」
ガストレイ・ファム。
それが彼女の、今現在名乗る名だった。
しかし全てを海兵の少女へ伝えはしない。例え知ったとして、意味のない事だろう。
これが最後の再会になる可能性もある。
もしまた奇遇にでも出会えたのならば、今日のように再び名乗ればいいだけの話なのだから。
「はい、ファムさん。この書類の受理をお願いします。元帥よりお預かりして参りました」
にっこりとほほ笑んで茶封筒に入った、元帥からの託しものを受付カウンターの上に置く。宛名は書かれていない。だが彼女は中身の数枚を確認しただけで、誰への届けものであるかを把握したように見えた。
ここは研究機関だった。
世界政府が秘密裏に隠し持つ、病原菌やら細菌やらを集めた場所だ。
一般に出回る風邪菌から最高危険度とされるAAAまで、よりどりみどりで揃っている。
かつて住んでいた世界では、細菌兵器が映画やゲームの題材にもされていた。
実際にどこにそれがあるかは秘匿されているものの、そういうものを扱っている、という情報は一般市民であったアンの目にも入って来ていた。
使うのが目的ではない。
使われた時の対処法を模索するための研究、としてである。
第一、ばら撒いたものが敵側だけでなく味方陣地にも影響を及ぼしやすい細菌類をむやみやたらに使いたがる支配者など居てはたまったものでは無い。
しかし所変われば考え方も変わるようで。
友人の勧めで格闘ゲームを数多く世に送り出してきた某会社が出した、ゾンビものの傑作、映画にもなった作品ほどではないが、それに似たような話がちらほらとこちらでは耳にしていた。
アンが思うに立地が良過ぎるのだろう。この星を覆う陸地面積は海の三分の一しか存在せず、船という交通手段がなければ25%ほどが目視出来る島影がない孤島状態にあるといえた。だから使ったとしてもその島だけで終わるのだ。
使い勝手が良いという事情は、目的とあらば手段を選ばない狂人たちの枷を緩くする。
使えるのならば使えばいい。試せる実験場があるのだ。使わなければ損であろう。
そういう人物というものはどこにでもいるものだ。研究者、科学者、なにか没頭して事なす人々のごく一部に、一般的に流布されている道徳心や、心のバランスを崩して狂気に走ってしまう個体がいる。
ある意味Dr.ベガバンクもそうだ。彼自身には悪意などない。彼の頭の中に浮かび上がった空想科学を現実化出来るのが、ただただ嬉しくて楽しいだけなのだ。奇抜な大発見や大発明をして、世を騒がせているなど当の本人が把握しているとは思えない。
彼は永遠の少年なのであろう。
先日も突然、よれよれの白衣のまま研究塔から出てきたと思えばパシフィスタ
丁度本部でカンズメになっていたから良かったものの、航海に出ていたらどうしていたつもりかと、博士をたしなめるのも一苦労だった。夢中になればなるほど、博士の行動は読めなくなってゆく。護衛を任されている各々の苦労はざっと見積もってもアンの倍はいくだろう。戦桃丸が不憫でならない。忽然と消えた博士を探して右往左往する彼の姿はいつ見ても泣けた。
アンは期待に満ちた博士の視線を側面に受けつつ、気になった個所を幾つか指摘し、訂正しながら、余白に短く文字を羅列する。
彼の空想力には限界などないのだろう。この世界で彼の突拍子もない話題について行けるのは、今のところアンだけだった。
根本的に変化を厭う世界だ。新しい何かに関して、拒絶反応を起す人たちが多い。そんな保守的な人々の中で話の腰を折らず、最期まで耳を傾けてくれる存在が彼にとって如何ほどになっているのか。わかっていないのは当の本人達だけであった。
5年もの付き合いになると、大体の気心も知れてくるものだ。
「博士、人体が人工物を拒絶するこの反応数値って、こっちの実験結果からとったほうが……」
確かに今の数字のほうが、現実的ではあるけれどもう少し詰められる余地があるような。
鉛筆を持ち、ページをめくりながら頭を悩ませる少女に博士が満面の笑みを向けていた。それぞれの用紙が計算式と細かな文字で埋められたものを見て、博士は嬉しそうにそうか、と新たに沸いて出た理論を語りながらその場で倒れる。手にしていた資料が舞ったが、博士の身を受け止めるほうが大事だと小さく息を吐く。どうやら興奮しすぎたらしい。以前にもこういう事があった。
アンはゆっくりと床に博士を横たえてから、計画書を拾いページを確認して厳重に封をする。
そして博士を医療階へ運んだ後、博士の研究室という名の私室に置いてきた。塔の入り口と各所に置かれた
これは研究塔所員と同じ待遇だ。
元帥や義祖父でもカードパスを使って塔へ入るというのに、破格だといえるだろう。
部隊を移動する度訂正が行われ、情報が残り続けている。
どれだけ博士は自分をお気に入りにしているのかと、多少、身に危険を感じることもままある。だが示される提案は、実に自身にとっても甘美だった。
もしそれが実現するならば、ほぼアンの思惑は達成されるからだ。
なので時に大量の血液を採取されたり、組織を提供したり、試薬を飲まされたりと、顔を合わす機会が多いのも確かだった。
アンはそろりとファムを伺い見る。
目の前の人物は時に、世界政府内にて抱えてはいるが目障りとなった、利用価値を見いだせなくなった、これ以上許容できなくなった人物に対し、下された決断の鎌を振りおろす役目をおっている。
CPとはまた別の組織だ。
名も形も、役職すら。特命を帯びた任務を着々とこなす。
出会いとなった島でも、作られた台本(シナリオ)通りテロルの手によってとある中将が戦死し、彼が握りこんでいた情報を残らず回収した手腕を見せた。
出来るならば、敵に回したくない人物といえるだろう。
あの島がその後どうなったのか、ファムは興味などないに違いない。後始末はCPの仕事である。
しかもとっくに終わった事柄だ。知ったところでそれがどうしたと、割り切っているはずだろう。
アンは珈琲お好き?時間があるならば一緒にどうかしら、と誘った女性の後を歩く。ひらりと正義の文字が書かれたコートが揺れた。
誰もがその白を見ておっかなびっくりしつつも頭を下げる。
「あなたの姿が珍しいのね」
口元に指先を当て、ファムは笑んだ。アンが、ではなく海兵が、の間違いだろうと内心で思う。
事の始まりは昨日の夜に遡る。
元帥の職を終えたセンゴク小父が義祖父との夕食の後、恒例となった一献を交わし始める前に、休日出勤となるが頼みたい、と前置きし茶封筒を手渡してきたのである。
目的地は口頭で伝えられた。しかも地名ではなく座標である。義祖父が燃やすのを前提に持ち帰った地図に緯度と経度が書き加えられてゆく。そして覚えたかとアンに確認し、マッチの炎で即座に燃やしてしまった。
この研究所は安易に人を寄せ付けない、もし知ったとしても行き方が分からない場所に存在している。
まさか、そんな所にあるなんて。が聞いた直後の感想だった。
実際にこうして書類を渡せている時点で、嘘でも虚偽でも無かった訳だが、どっきりでしたーであればよかったのに。そう思う。
「さすが英雄と謳われるモンキー中将のお孫さんね」
「……どうも」
そんな事を思っている時に話しかけられ、咄嗟に相槌をうつ。
「この場所を教えられたという事は、あなたもこちら側の住人になった、ということかしら」
目の前に出された香り良い珈琲を前に、にこやかな表情を変えずに問うファムを見る。
「だって、一体誰が想像するかしら。赤い大陸にこんな所があるだなんて」
正確には壁の中腹が正しい。
研究者たちをどのように運んだのだとか、どうやってこの施設を作ったのだとか、どうやって物資を運搬しているのだとか、いろいろ突っ込みたい所は山ほどあるが、最低限、月歩が使えなければ単体でこの場所に来る事すら出来ないだろう。
かつてマリージョアの奴隷解放を行った、かの魚人、フィッシャー・タイガーのように素手でほぼ直立にそびえる崖を登るなど、一般市民からしてみれば考えられない自殺行為だ。
しかも万が一侵入を許しここにあるモノが持ち去られれようとすれば、全ての出入り口が遮断されるという。
出口は無く、そのまま破棄される。
だがこの研究所で働く者達は、その事実を知らされてはいないようだった。
仕方の無い話、とアンはしたくは無い。しかし何か手が打てるのかと聞かれても、手の中にはカードが一枚も存在していなかった。
何も出来はしない。ただ黙って通りすぎるしかなかった。
「そうですね。半信半疑で来ましたもん」
アンは珈琲に口を付ける。
苦さと甘さが口内で広がった。ごくりと無理矢理喉へ流し込む。
海軍といえば珈琲といわれるくらい、口にすることが多い飲み物だ。アンの場合どちらかといえば義祖父の影響を受け、茶を良く飲んでいるが、会議の席では大概この黒い飲み物が出てくる。
以前よりは飲み下せるようにはなってはいたが、相変わらず苦手ではあった。
「一線を跨ぐ手前で、なんとか踏み留まらせて貰っている状況でしょうか。今日のように後ろからこうして突かれてはいますけれど」
これに関しては苦笑しか出ない。ただのお使いにしては、刺激が強すぎる感がある。
「じゃあ私も、その後ろ側にまわらせて頂こうかしら」
ファムは静かにアンへほほ笑む。
「ねえ、歴史はお好き?」
△▽△▽△▽△▽△▽△▽
海軍本部最上階では人払いがされ、部屋には書類へサインを続けるセンゴクと、ばりばりとせんべいをほうばるガープの姿だけがあった。
ちらりと眼鏡奥の目が時計を捕らえると、筆音が止まる。
「そろそろか」
「とっくに到着はしとるじゃろう」
なんでもそつなくこなす孫娘の事だ。
今頃、施設の誰かと懇意を受け案内などされているやもしれない。
ガープはセンゴクが件を孫娘に見せると言い出した時、構わん、と即答した。
たった5年だ。
孫娘の実父も海賊として名を上げ始めてから、怒涛の勢いで頂きにまで駆け上がっていったものだが、幼い身の上でよもやこんなにも早くここまでやってくるとは思いもしなかった。若かった己を振り返り、懐かしさに表情を歪める。
かつてまだ生まれてもいない子供の行く末を仇敵より牢で託された時にはどうすべきかと悩んだ。
軍へ差し出すべきか、それとも隠すべきか。
考え抜いた末に、ガープは後者を選択した。どれほどロジャーが世界に仇を成す所業を重ねてきたとしても、生まれてくる子供にはなんの関係もない。まっさらな命に親の過ちを押しつけ断罪されるなど、あってはならぬのだと判断した。
そうしてゴール・D・ロジャーの処刑が行われ、教えられた地で見つけたかの女性は、自らの命を賭してふたつの命を生みだした。
手元に置いておきたかったが、海兵という職業柄、ましてや海賊王の子種はもう残っていないだろうと撤退した島に、休暇を使って密かに訪れたガープを見張っている目があるのは解っていた。
手厚く保護する素振りを見せれば、すぐに周囲を洗いはじめるだろう。
だから森へ、盗賊家業に身を落としていた昔馴染みに苦汁の選択をして預けたのだ。いらぬ世話を押し付けられたと、周囲を欺くために。
故郷であれば休暇毎に帰ったとしても不審に思われる事は無い。それに森へ放り投げて来たと言えば、艦内に潜む間者もそれ以上追う事はないだろう。そう思っての行動だった。
子供達は思っていた以上に逞しく成長した。
顔を合わせていれば情も沸く。頻繁には帰れなかったものの、会うたびに成長してゆく子供たちを愛おしく感じるようになっていった。
恵まれた環境ではない。学を手ずから与えたわけでもない。それなのにいつの間にか学び舎へ毎日通う子供たちと並び立てる双子となっていた。これにはガープも舌を巻いたのを覚えている。
勉学の理由など、子供の時分にはわからないものだ。大人となったときに、如何に重要であったかを思い知るのが多くの常だ。
ぶつくさと文句を言いながらも通う子供たちはまだ可愛らしいものだ。不貞腐れ、年齢を重ねてから子供であり続けようとする大のおとなが責任転嫁してくるのが一番始末に終えない。
しかし双子は学び方を教えてもいないのに、本を広げていた。
得意と苦手がくっきりと分かれたふたりである。それを互いに補い合うのは双子であったからであろうか。
孫がふたりから三人となり、その中のひとりがなんとか海軍へ所属してくれたものの、残る兄弟はなんの因果か、海賊になるのだとギャーギャー騒いでいる。しかもそのきっかけというのが赤髪のシャンクスだという。孫に何をしてくれたのだと一言文句と共に大砲を打ち込んでやりたかったが、なかなか遭遇する機会が恵まれず、果たされてはいなかった。
そう、孫らは祖父の心配などお構いなしに、未来へ向かって全力疾走し続けている。
島に送り届ける際、孫達の行動や言動を見聞きしてよくわかった。
しかもそれぞれ、孫達の潜在能力が計り知れない、ときていた。瓜の蔓に茄子はならぬ、の通りだ。
島で未だくすぶっている兄弟に関しては未知数だが、アンに限って言えばガープにも一切悟られず独自の情報網を敷き、長年この海軍に席を置いている己よりも正確な報告を提示してくるまでになっている。その網の中にはグレイゾーンに位置する、諜報機関にも足場が築かれていた。
これは嬉しい誤算である。
だからこそ今回、政府が抱える暗がりの一部へ放りこんでみた訳だ。知る事にどん欲な孫娘にとっては絶好の餌だろう。なにが起こっても動揺など見せず、対処しきるに違いない。
任期もあと2カ月と終わりが見えている。
どう動くのかを上司として、家族として見守っていた。ある意味道楽だ。そこら辺に転がっている賭け事よりも、危険性の高い一発勝負に挑んでいるような感じがしていた。
海軍は、言いかえれば世界政府はポートガス・D・アンという存在を手放すつもりなど無い。
出ようとするならば、出られなくするまでだと、最深部に繋がる扉を開けさせた。ここまで中枢に入り込んでおきながら、なんの未練もなく去ろうとするなど甘いのである。過ぎたる興味は毒だ。しかしその毒をも喰らわねば知ることの許されない暗闇があるとも知っている。そしてその深淵を覗き見ることの出来る細い糸の上を渡りきろうとしているのだ。それをアン曰く、悪い大人筆頭であるセンゴクが黙って見過ごすはずが無いのである。
家族の特権として、17の誕生日を迎える日以降、なにを目的として海に漕ぎ出すかを聞いていたガープは複雑な心境だった。
親と同じ路を歩ませるまいと尽力したつもりだったが、片割れは絶賛同方向に向いてばく進中だ。もう片一方は海賊にはならないと言い張っているが、自身がどう主張しようと無許可で海に出るもの全てが海賊である。
しかもルフィまでが赤髪という海賊に毒され、それに倣うと宣言しているのだ。頭が痛いというのはまさしく、これらと言えた。
難儀じゃのう。
細めた視線をガープはセンゴクへと向ける。
アンを差し向けた本人は、素知らぬ顔で書類に向かっていた。
世界政府が禁じている幾つかの品物がある。
最も広く出回っているのは
これはただ、そういうものがあると知っているだけでは罰せられない。興味を持ち、しらべようと動きだすまではまだ、捕縛した海兵が情状酌量の余地を認めれば解放される。
だが考古学者となり、海へ出れば話が違った。罰するものへと変わる。
そしてその中のひとつとして、生物兵器に関しての研究を禁じられていた。
かつておつるの元へ配属されていた孫娘が関わった事件に、これらが関わっていた事があったのだ。
一言で海兵と総じられていても、様々な分野を得意とする者達が本部に駐留している。
かつての同僚に、防疫と細菌戦の研究指揮に携わっていた人物が居た。
ガープのように実戦部隊ではなく、科学者上がりという正反対の位置づけから昇格してきた男だ。
世界政府が生物兵器となり得る細菌を保有しているのは、なにも使う為ではない。
使われた時、どういう対応をすれば最も被害を抑えられるか、を起点に研究が行われている。
孫娘が愚痴を吐きだしているのを聞いた事があったが、
「細菌兵器は軍隊で使うべきものじゃないもの。あんなに効果が不完全で、どこに流れていくかも予想できず、放ってしまえば効果の実証をどこまで確実に、評価するのか。果たして目標に達するのか。曖昧すぎるし制御出来ないものを使うなんて、意味のない事だもん」
そう零していた。
余り後味が良くなかったそうだが、機密が漏れて、多くの人々が苦しむよりはマシであったと付け加えてもいた。
革命軍だけが、政府を打ち倒そうとしている勢力では無い。
軍として使えないものでも、政府を打倒しようとする勢力が、ただ殺戮の道具として使う事があったならば。
肩を叩く手が止まり、目的に対して手段を選ばない者たちの手に渡る事が、一番嫌だと小さな声でつぶやいていた。
人間は、見た事のないもの、を恐れる事が出来ない。
不可視への恐怖も、感じた事のある何かに置き替えて怖いと感じている。
孫娘は嬉々として戻ってくるのか、はたまた憂鬱な顔をしているのか。
ガープは最後のせんべいを食べ終え、袋をさかさまにし、残りを口の中に入れると立ちあがった。