爆音が轟く。
一度に飛んでくる弾の数は7、身体がついていかずどうしてもひとつふたつを取りこぼしていた。マストが折れ、船は炎が立ち始めている。
港は阿鼻叫喚の様子を見せていた。耳をつんざく、悲鳴が煩いほど聞こえてくる。
海軍の一部隊が駐屯しているといっても、大砲の弾を受け止めたり、追撃したり、叩き斬る力を持った戦力は少人数だ。ほとんどは普通の人間であり、弾が当たれば即死するし、剣が当たれば血が噴出し出血多量で死に至る。
アンは自分の身ながら、特殊だと思っていた。トンビがタカを生む。とは少々違うか。世間というには狭いが、アンはガープの孫なのだ。親世代は出ていないものの、隔世遺伝として孫に磨けば光る玉が生まれた、となっているのだろう。
義祖父も陸側から砲弾を投げ、撃ち落としてくれてはいるが、爆風がこちらに熱を含んで大量に流れて来ていた。
空は快晴、風も防衛を応援してかいつもとは逆方向から吹いてきている。
そのおかげもあって町のほうへ爆煙が流れずにいることには感謝だが、
「っぅ、けほ、こほ……」
アンに黒煙がまとわりついてきていた。体中真っ黒だ。煤を手の甲で拭いながら、敵認定した、忌々しい船を見る。
小型船が3隻、どれも武装を施された船だった。
夢で見ていたような、手に負えない破壊力では無い。
フランキーの戦艦を連日かけてきっちり処理したことで、見続けていた夢が途絶え未来が方向性を変えたのだ。
しかし本来の流れを補足するように、敵側に強力な砲が与えられている。
全てでは無い。
だが弾を打ち出す砲のいくつかは、バトルフランキーに積まれていたものだった。浮かんでいる船も廃船島のどこかから調達したものだろう。撃ち出される弾の攻撃力もさすがに強力だ。既製品にフランキーが独自の改良を加えた特別砲は、射出時に二重の爆発を行わせ弾の威力の底上げする。目についたものは叩き壊すか分解するか、の2択をしていたのだが、どうやら昔の型や作りかけで放置されていた砲が再利用されているようだった。
覇気を守りとして纏い、鉄塊を使って弾をはじいても掌がビリビリと痺れてくる。
ウォーターセブンへ辿り着くまでに多少は持ち得る力をかさを増したものの、このままでは歩が合わない。そんな事を考えていると後方より声がした。
「まだ右方向の詰めが甘いですよ、平面として捉えなさい」
「ボガード副長!」
鉄弾が真っ二つに割れ、爆風を生みだす。
煙はもちろんアンを直撃した。風の関係でどうしても被ってしまうのだ。火薬を含んだ爆風を受けて、既に服も体も真っ黒になっている。
「中将からのお言葉です。首根っこ押さえて来い、だそうですよ」
待っていた報だった。
海軍は世界政府の下部組織だ。海賊に対しては優先的な決定権を持つものの、近くに町がある場合はその国の要請がなければ手出し出来なかった。何度も繰り返すが、海賊に町が襲われている場合であれば、ガープが指揮権を行使出来るが、その他である場合、町からの要請が必要となる。
司法船に限っては世界政府直属の船だ。
中将と裁判官の口裏あわせでなんとでもなる。が、町はまた別なのだ。
「行ってきます、副長」
司法船を足場に剃と月歩で砲弾を弾いていた体が空を駆ける。
目指すは3隻の船、出来れば操っている人員の確保だ。
「思い通りになんかさせるものか」
強い意志が言葉に籠る。
司法船の中では砲撃が続く中、ひとりの人物が壇上に座したまま目をつむっていた。
「裁判長もお早く!! 集まっていた住民の避難、全て終わりました!!」
何者かが司法船を狙っている。
という噂を聞いた。
ガセである可能性も高いがしかし、もしものためにお伝えする。
昨日、中将が帰り間際につぶやいた言葉を裁判長は反芻(はんすう)していた。
この日に司法船がW7へ入港する事実を、町の人々は知っているはずだ。海賊王の船を造った人物とは言え、この町を憂い、海列車という希望を造り出した男でもある。
免罪であることが既に決定されていた。
判決はこの施設の中で言い渡されることによって、効力を発揮する。
司法船を攻撃すること自体、罪問われる行為だ。
誰が何のために起こしたのか。
今日この場で無罪が確定すると困る人物が紛れ込んでいるのではないか。
裁判長は示された事実だけを元に、己の良心へと問うのが仕事だ。
裁判長自ら、基となる事件の詳細を調べに赴く事は無い。調べたり情報を集めるのは他の機関が行うからだ。
通常、世界政府が危険人物であると判断を下した極悪人の場合、こうして司法船を送りだす事無く特殊部隊が身柄を確保し、そのままエニエス・ロビーに連行される。出されると言う事は、罪ではあるが許容されるべきだと暗に示されているようなものなのだ。
真相は果たして。
光が当てられるのか否か。
裁判長は爆音が鳴り響く中で深い息をつく。
その頃スパンダムは双眼鏡を手に、司法船から上がる煙を満足そうに見つめていた。
海軍中将がこの町に駐屯していると知り多少の動揺はしたものの、計画は着々と思い通りに進んでいった。廃船島と呼ばれる場所にあるはずの船が見当たらず、多少の時間は食ったものの諜報部員達は想像していた以上の働きをしてくれた。
パーフェクト、という言葉はこういう時にこそ使うものだろう。計画に落ち度はない。
『正義のための犠牲』とは、なんと甘美な響きを持っているのだろうか。
「さぁ、裁判を始めようぜ。トムズ・ワーカーズ……」
ある程度のダメージを与えた武装船は、廃船島に戻ろうとしていた。岸にはトムとアイスバーグの姿が見える。時間との戦いだった。
「そう…正義のための犠牲、ね」
音も無く静かに1隻の船の上に降り立つ姿に、黒のダイバースーツを着込んだ男たちがおののく。急いで海に逃げようとする姿にアンはありったけの威をぶつけた。ぷかり、と波間に3つの背が浮かぶ。
覇気だ。
まだうまくコントロール出来ない為、広範囲に余波が及んでしまうが今回ばかりは致しかたない。自身にもぞくりとする感覚が走る。自らの内にある畏れだ。頭(かぶり)をふり、振り払う。
舌を噛まれて自害されるとあとあと面倒なので、引きあげた男達に転がっていた麻のロープを使ってさるくつわを作り噛ませた。世の中には変わった趣味を持つ人達も多いようで、フーシャ村の書庫には縛り方事典なるものもあったりする。主な用途として、獲物を持ち運ぶ時、便利だなーというそれだけで結び方を練習したのだが、こんな所で役に立つとは思いもしなかった。
3人を個別に縛り上げ、それぞれが動くと縄が食い込んで痛みが倍増するように、結合してから港へと船を移動させる。
その際にアイスバーグとトムに手を振った。目の良い二人なら、見えるだろう。見えてください。半ば願いだったが、大きくバツを頭の上に作り、教える。来ないで、と。
放心状態から回復したアイスバーグが遠くで見える姿に最初は首を傾げていたが、ぽんと手を打ち合わせ走り寄るのをやめた。指でサムズアップしその場で手を振る。そこへフランキーが合流した。
「トムさん、大丈夫か!?」
「なあに、まだ何も起きてねェよ。ところで今日は珍しく、ズボンを穿いてるな」
「見んのそこじゃねェだろう!!」
フランキーは観点のずれたトムの言へ、迷わず突っ込みを入れた。そして遠ざかってゆく船に、よく知った顔を見つけ、つぶやく。
「…アンがいる」
「ドーンと何かやらかしたな」
三人は船を見送るがしかし、不意をつくように後方から声が降った。
「さぁーて、我々も向かいましょうか。司法の場へ」
港では医師が飛びまわっていた。
突然その場で気を失うという、怪奇現象も重なっててんでわんやと騒ぎになっている。
さすがに義祖父や同乗していた海兵達は幾度かの経験があったため、冷静に状況を判断し対応しているものの、裁判長や護衛の将校は気を失ってはいないまでも何か落ちつかない心持のようだった。乗組員達に至ってはの殆どが倒れ泡を吹いている。
そこへ襲撃犯を連れて来たと宣言する男がやって来た。
スパンダム、だ。
「ご安心を皆様!! 襲撃犯は我々、CP5が仕留めました!」
声高に両手を後部に戒められた3名の人物を広場へ押し出す。
人々から声が上がった。
世界政府の役人が連れて来たのは、ウォータセブン再生のきっかけを作った人物達だったからだ。
トムがなぜこんなことをしたのか、と。裁判を待てば罪が消えただろう事を。そして結局は海賊王の船を作った職人は、魚人という種はやはり野蛮人なのだと罵る声さえざわめきの中に発せられる。
「どうもお初に…奴らの身柄は我々に…!!! 取り調べをしたいので」
初見である人々には分からないであろう。そもそも政府の機関は隠密に、人々の目が届かない場所で事に当たる。大手を振って表側にある存在ではない。
だが人々は存在を知ってはいても、はじめて見る政府機関の言葉に唖然としていた。
握手を求める手に、裁判長は応じる。
「ああ、君達も居たのかね…」
人々には聞こえない。
だがガープの耳には届いた。
居たのか、と。それは明らかに打ち合わせの無い接触だと推測できた。
孫娘の類稀無い、先々の事象を読む目に口の端が緩む。片鱗は見せていた、のだろう。しかしここに来て化けてきた。否、ごまかすのを止めた、のか。
エースがあり、アンがあり、そしてその中央にルフィがある。
あの島で、あの環境で、真っ直ぐとはいかないまでも、間違った方向に進まなかった理由を垣間見た。
「よいしょっと」
年齢にはそぐわない掛け声と共に、アンは海から陸へと上がった。
上った場所は司法船が停泊するコの字型の埠頭の端っこだ。海兵が町側に向かい整列しているため、アンの姿は見えないだろう。
縄で縛り上げた捕虜をひとりずつ、引っ張り上げる。
途中でゴンッ、とかガシッとか音が立つが仕方が無い。人間である以上、激しい運動の後は疲れるのだ。
証拠品を繋ぎ、捕虜を引きずる。
耳障りの良くない声が聞こえるが、無視だ。アンにとっては雑音に過ぎない。
ついでに見るに耐えない男の横顔も脳内でこんにゃくに変換した。そうすれば目が腐らなくて済む。
アンは周囲を一通り見回した。
中央に生贄が3人、引っ立てられ、検事役に浸った末端役人が口舌を披露している。
とんだ茶番劇だ。見る価値も無い。
しかし町の人々は違う。姿を見せないはずの役人が、人々の目の上のたんこぶとも言える、海賊王の船大工を吊り上げているのだ。
多くが冤罪と知っている。だが長いものに巻かれなければ生きてはいけない世界だ。
世界政府に意見をしようものなら。誰もがわかっていた。
世界の支配者は紛れも無く、政府なのだ。
アンは海兵たちを盾に、隙間からCP役人の後ろで縛られている3人を見る。
抵抗したのだろう。ところどころに赤い染みが見えた。
簡易ではあるが、テーブルと椅子が用意され、そこに裁判長が座している。
裁判の判決はここで下されることとなった。延期は無い。
向かって右側にスパンダムが、左側に義祖父が立つ。
引きずっているにも関わらず、覇気をモロに受けた3人はまだ目を覚ましてはいなかった。成り行きを見守る。
木槌が打ち鳴らされた。判決の時間だ。
「まずは…"海列車"の件。見事という他に言葉は無い。これから先、このウォータセブンの発展に深く貢献してゆくことだろう。それによって…前科、G(ゴールド)・ロジャーの海賊船製造の罪は今日、免罪となる」
しかしながら…
「先ほどの襲撃はお前達であるという言が上がっている。なぜ罪を重ねた」
「ふざけんな!!」
裁判長の言葉を遮るように叫んだのはフランキーだ。
襲撃犯では無い、本当の首謀者はスパンダムというバカ野郎だ、と主張するも周囲からは嘲笑がわく。そんなことあり得ないという笑いだ。
「政府機関のCP5が司法船を沈めてなんの得になるって言うんだ!!」
「全く、バカなのはお前だよ!!」
フランキーは強く歯を噛みしめる。大笑いする政府機関に反論すら出来ない。
「カティ・フラムと言ったかな…!? そもそも我々は船に乗っていた君らを"現行犯"で仕留めたんだぞ!!」
「廃船島には居たが船には乗ってねぇ!!」
「では襲撃の船は君たちのものだと言う証拠を持ってきても構わないのだがね!!!」
勝ち誇った物言いに何を言っても無駄なのではないかと歯ぎしりし、フランキーは叫ぶ。
「あんな船、おれのじゃねぇ!!!」
その瞬間、トムは掛けられていた手の枷を引きちぎり、フランキーの頬を殴る。
回りを囲っていた人々が騒ぎ始めた。海軍も銃を構える。
「トムさんが…初めて…フランキーを殴った!!!」
アイスバーグは驚きのあまり、膝立ちになる。
「”おれの船じゃねェ”!!? フランキー…それだけは…言っちゃいけねェ!!!」
トムは見ていた。
打ち捨てられた古い型ではあったが、まぎれもなくフランキーが作った砲が船に積まれていた事を。
どんな船でも造り出す事に、"善"も"悪"も無い。この先お前がどんな船を造ろうと構わねェ。
だが…
「生みだした船が誰を傷つけようとも!! 世界を滅ぼそうとも!!! 生みの親だけはそいつを愛さなくちゃならねェ!!! 生みだしたものがそいつを否定しちゃならねェ!!! 船を責めるな!!!」
びりびりと震える空気の中、師匠が弟子を諫める。
そう。どんなに疎まれる、世界にはた迷惑な命であっても。父と母、そして義祖父は大切に守ってくれた。それと同じく船にとってはフランキーが父であり母なのだ。
アンはトムの言葉に涙が出そうだった。
「造った船に!!! 男はドンと胸を張れ!!!」
静寂が生まれた。
トムの口が何かを伝える。ふたりの弟子が、師匠を見上げた。
正論だ。しかしトムの言は、スパンダムを助ける証言となった。なぜなら、使われた船はカティ・フラムが製造したものである、と。そしてどういう経緯があったにせよ、使われてしまったのだ。脅威となるものを放置していた。その責任はカティ・フラム及びその兄弟子、アイスバーグとその師であるトムの監督責任である。とも取れた。
視線を上げたトムが見据えるのはスパンダムだ。
自分の造った船を…その一部であれ汚れない船をこんなことに使われて…悔しかろう。
トムが動いた。大きな体に見合わない速さで距離を埋め、スパンダムに拳を振り下ろす。
しかし。
「魚人、暴れるな。ここは仮設といえども神聖な裁きの場だ」
間に割って入ったのは、アンだった。
トムをアイスバーグとフランキーが座す場所まで吹き飛ばす。
「よくやった!!」
スパンダムが喜びの声を上げるが、無視した。心の中で呪詛を唱えても余りある。
「ガープ中将閣下、遅くなり申し訳ありません。裁判長、このようないでたちで失礼致します」
アンは敬礼を取り、引きずっていた3人の男を放る。
「報告致します。司法船を襲撃していた船舶を操っていた3名、確かに捕らえました」
「御苦労」
腕組していたガープがにやりと笑む。
裁判長も少女の衣服が火薬とすすで汚れ、海に入ったのか濡れたままの姿を見た。そして昨日退出の際にぺこりと頭を下げた人物だと知る。その上で船を守ってくれていたのはこの小さな人物だったのかと結した。
「襲撃犯はあそこにいる者たちではなく、今この場へ連れて来たこやつらなのだな」
「はい」
アンははっきりと応える。
視線が向くのはスパンダム、だ。どういうことなのかと、裁判長から質疑の声が放たれる。
「船に乗っていた被告らを"現行犯"で?」
裁判長の言に、男はしどろもどろといいわけを始める。誰もに聞こえるよう、裁判長は大きく息を吐き、もういいと制止した。
「冤罪、を持ちこんだという認識で構わんな、CP5」
裁判長は声高に宣言する。
「はっ、異論ありません」
スパンダムには言い返せる言葉が無かった。欲しいものがあるのだ。今すぐにでも欲しい。だが欲を焦って足元を崩しては元も子もないとも理解していた。
今回ばかりは緻密な計算をし尽くした計画でない。様々な不足を補っての作戦だった。穴がある。突っ込まれ放題だ。ここは一旦ひくべきである。そのほうが得策だ。そう血が判断した。
「魚人、トムに判決を言い渡す。前科、海賊船製造の罪は海列車の件にて無罪とし、司法船襲撃の件はCP5の確認不足のため冤罪とする!! ただし、未遂といえど政府機関関係者に危害を加えようとしたのは明白である。暴行未遂に関しては後日通達するものとし、裁判を閉会とする。以上だ」
襲撃犯をひっ捕らえろ!!
ガープの声に、海軍が動いた。余りに固く、解くのも一苦労する結び方であるため、ずるずると引きずられてゆく。
「わしが魚人の身柄を預かろう。裁判長、よろしいかな」
「中将でしたらお任せ出来るでしょう」
スパンダインがトムはこちらで…と言おうとしたところを、すかさずガープが言葉を割り込ませる。だがしかし、海軍預かりになるならば、こちらに引っ張って来る事も出来よう、と追言は避けた。形は違っているものの、連行出来るのには変わりが無い。
再度手錠をかけられ、連れて行かれようとするトムが一言、フランキーに語る。
「フランキー、おめェ…自分を責めるなよ」
まさか政府に設計図を狙われるとは…ロジャーの件でわしは不利な立場にいたな。
小さな声はまだ続く。
アンの名前を呼んじゃなんねェよ。
解放された弟子たちにココロが駆け寄っていた。一度も視線を合わせてこなかったアンに、どうして、という思いをフランキーは抱える。
「トムさんはもう…助からねェよ……」
連れて行かれる先は、エニウス・ロビーかはたまた海軍本部か。
どちらにしろ、もうこのウォーターセブンへは戻って来られないだろう。
ココロが唇を噛みしめて言う。
あそこへ向かった罪人が帰って来たためしは一度だってねェんだ、と。
「…も汚ねェヤツらの一味か」
「いや、トムさんを守ってくれたんだ。あそこで殴れば、問答無用であいつらに連れて行かれてた。爺さんなんだってよ。悪いようには…ならないと信じる」
それでも。
フランキーは立ちあがる。
「ココロさん…アイスバーグ…、おれ、やっぱ無理だわ」
意気揚々と引きあげようとするスパンダムへ、フランキーは肉薄する。手にはこん棒が握られていた。力任せに振り切る。死んでも構わなかった。トムを廃船島から、ウォータセブンから自分から奪おうとするこの男が憎くて仕方が無い。暴れても何もならないと分かっていた。けれど気持ちに整理などつけられなかったのだ。
なんの為に、大切な船を解体した!
設計図を守る?
んなの関係ねェ! トムさんを連れていかせない為だ!! おれはまだ、教えてもらいたいことが山ほど残ってる!!!
「フランキー!!」
「今度はトムの弟子が暴れ始めたぞ!!」
「スパンダムさんの顔がまがった!!!」
少し離れた場所でアンはその様子を見ていた。
「止めなくてもよかったの、って顔に書いてるよおじいちゃん」
「はて、そんなつもりはないんじゃがな」
「止めるものか…顔もついでにまがってしまえばいい」
くすくすとと笑いを含む。ついでに、その存在までもが無に帰せばいいのに。
年齢に不似合いな笑みを浮かべた孫娘の頭に、ガープは手を乗せ撫でた。
計画が頓挫すればいいわけをする。悪を背負いきれていない小物などどうでもいい。
世界政府は文字通り、世界を統治している機関だ。定められた法の範囲内であればあらゆる行為は正当化される。
人の命など関係無い。従わぬ者であれあなおさら、世界にあれば害するものだ。法を守る為なら多少の犠牲は致し方無い。尊い犠牲者として石碑に刻んでやろう。必要だからこそ策を講じた。あいつは世界を滅ぼす兵器の設計図を持っているのだ。
と、ここまで開き直っていたなら清々しさすら感じられるだろう。
しかし中途半端だった。いいわけなど見苦しいだけだ。興味も無い。
既に様々な所がまがりきっているのだから、ついでに顔も成形されればいいのだ。根性もあそこまで歪になってしまえば、もしカウンセラーが居たとしても修正する気すら失せるだろう。
「わしらも明日には出航じゃ。列車に乗る裁判長を見送って来る。宿で先に風呂でも入っとれ」
アンは素直に、義祖父の言に頷いた。
ここから先、出来る事は何も無い。干渉できる範囲から、物事が出て行ってしまった。アンの手のひらからするり、と零れ落ちたのだ。
数時間後。
トムが海列車に積み込まれたという町の人々の言葉を信じたフランキーが、海列車を止めるために立ちはだかったという話を、アンは聞く事になる。