魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ) 作:ZERO(ゼロ)
放たれた目が眩む程の光。
その光に思わず目を閉じてしまったエヴァンジェリンと茶々丸。
圧倒的な光量は急に目を閉じた所で収まる筈も無い……だが、そうする事しか出来なかった。
己が焦がれ、一度は生きようとした暖かいもの。
しかしそれは薄汚れて闇に堕ちた己には最も遠いもの。
あの光を見続けたら再び、適わぬ幻想(ユメ)を抱いてしまう。
「くっ……茶々丸、状況はどうなっている!?」
その問いに茶々丸は首を横に振る事しか出来ない。
目のセンサーは光の膨大さによって一種の麻痺状態となってしまったのだ。
センサーが使えなければ、茶々丸とて状況の確認など不可能だろう。
「ちいっ、厄介な……奴め、一体何をしたというのだ!?」
取り敢えず光が収まるまでは何も出来ないだろう。
忌々しげに、そしてどこか辛そうにエヴァンジェリンは呟く―――己の戦っている男は、慕い愛した人物のナギに似過ぎているのだ。
どんな時でも諦めず、どんな時でも不敵で。
強い敵が現れれば現れる程燃え、道理など無視して貫く、何処までも馬鹿で何処までも真っ直ぐな漢。
容姿や口調は似ても似つかない、しかしその眼差しは余りにも似てい過ぎた。
その事実はエヴァンジェリンにとってどれ程辛い事か。
想いを告げられなかった男の死んだという知らせを聞き、どれ程までに嘆き悲しんだ事か。
永遠に叶う事の無くなった男との約束が、どれ程エヴァンジェリンを絶望させて苛んだ事か。
もう二度と会う事の無い男に似た眼差しの人物が現れた事が、どれ程彼女を憤らせた事か。
その苦悩を解る者など何処にも居まい。
―――勿論、彼女の最も信頼する従者であってもだ。
だからこそエヴァンジェリンはサイが現れた時、ナギと似ているなどと思った事を許せなかった。
だが本当は……去り行くナギに何も伝えられなかった己に対して怒りを覚えていたのかもしれない。
目を瞑ったまま光が収まるのを待つエヴァンジェリン。
いつしか己の目を眩ませる程の光は収まっており、彼女はゆっくりと目を開けた。
今まで硬く閉じていた所為で視界がぼやける。
しかしそれが視線の先に居たサイに焦点が合うと、そこには驚くべき光景が広がっていた。
その光景とは―――――
「な……き、貴様、その姿は――――」
そこに居たのは、一人の青年。
しかしその面影や珍しい銀髪を見れば誰だかは一目瞭然だ。
「悪かったな、待たせちまってよ」
その身は細くも逞しく、着物のようなジャケットからはみ出している二の腕には歴戦の猛者を思わせる傷が刻まれていた。
年恰好としては大体20代前半程だろうか?
その手には小剣のような姿ではなく『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』を思わせる姿の刀身に九の穴の開いた七魂剣を握っている。
いや、その魔剣を思わせる雰囲気から『無毀なる湖光(アロンダイト)』の方が説明に合っているかも知れない。
「この姿になるのは彼是(かれこれ)何時ぶりだろうな、何だか随分懐かしいような感じがするぜ」
だが、エヴァンジェリンが驚いているのはそれだけが理由ではない。
その驚きはサイの頭部にある銀髪と同じ色の獣の耳と、臀部から出ている“九本の尾”だ。
九本の尾、それは魔法に関係する者だろうが一般人だろうが知らない者の方が少ない。
その力の強さ故に恐れられ、日本だけでなく世界に逸話を残す“伝説上の神獣”にして“災厄の魔獣”。
世界の破壊者にして秩序の守護者―――享楽の美獣にして最強の三大大悪妖怪の一柱。
その名は―――『白面金剛九尾(ハクメンコンゴウキュウビ)』。
「き、貴様……人間ではなかったのか!?」
青年の姿となったサイに対してそう言うエヴァンジェリン。
その言葉に対して彼はゆっくりと首を横に振ると答えた。
「いいや人間さ……まあ“半分だけ人間”ってのがお前等の言う所の人間じゃないってんなら、お前の言う通りだけどよ」
―――そう、サイは純粋な人間ではないが純粋な魂獣(スピリッツ)でもない。
つまりは人間と魂獣の間に生まれたハーフなのだ。
しかし純粋な魂獣でないに関わらずこの強大な、ある意味“天照”とも見紛う光を放つのは一体何なのだろうか?
「何……貴様、人間(ヒト)と妖(アヤカシ)の合いの子(ハーフ)だと言うのか!?
馬鹿な、有り得ん……貴様のその姿はどう見ても完全に……」
まだ何かを聞き出そうとするエヴァンジェリン。
だがサイは刀を腰の鞘に仕舞いゆっくりと徒手空拳で構えを取ると、彼女と茶々丸の方を見て言い放った。
今までのように、いや今まで以上に獰猛な獣のような目をしながらだ。
「さあ、お喋りは此処までだ―――とっとと続きを始めようぜ、ド派手な喧嘩の続きをな!!!」
●
~side 学園側~
「馬鹿な……何だ、あれは……?」
その呟きを口ずさんだのは、学園長の命により麻帆良を一瞬昼かと勘違いさせる程の光の柱の昇った場所を調べに来た裏(魔法)に関係の深い一人の生徒。
麻帆良中学校の制服を着るその上から身の丈程もある長い布袋に入った何かを背負っている、恐らく長さから刀か何かだろう。
明らかにサイの姿を見て動揺し、強く握る手の平には冷たい汗を掻いていた。
「……少なくとも魔法関連の人物かな? まあどちらかと言えば、魔法を使うのではなく私やお前よりの人物の様に見えるな」
もう一人呟くのは褐色の肌の長身の人物。
頭からすっぽりとマントのようなものを被っているが、声色的に女性のようだ。
しかも良く見れば、マントの中に隠された手には黒く光る長物の銃・・・恐らくスナイパーライフルだろう銃が握られている。
台詞は何処と無く冷静さが感じられるが、彼女の握っている銃らしき物のグリップは強く握り締めていた所為か汗で濡れていた。
二人の名は先の刀のような物を背負っているのが桜咲刹那(さくらざきせつな)。
もう一人のマントの銃らしき物を持っているのが龍宮真名(たつみやまな)と言う。
この二人は麻帆良の魔法生徒と呼ばれる裏の方に精通している人物達の中でもそれなりに実力や実績を持っている。
だが彼女達二人の目に映った知らない人物(魂獣解放したサイの事)は少なくとも自分よりも実力が上だと言うのは理解出来た。
―――尚、余談だが真名はどう見ても大学生にしか見えない容姿や外見をしているが実はエヴァンジェリンや茶々丸のクラスメイトでもある。
「……そんな、あれは……」
いつの間に来たのだろうか?
刹那や真名と同じようにエヴァンジェリン達の居る方向を見ていたシャークティが明らかに動揺したような声色の声を上げる。
いつも彼女は冷静な態度で居る事が多い筈なのにこれは明らかにおかしい。
「いいえ……でも面影がある……まさかあれは、あの人は……サイさん……?」
彼女から漏れる声は動揺によって震えている事は誰が聞いても明らかだ。
シャークティの見せる初めての姿に魔法生徒はおろか、彼女の性格を知っている魔法先生達も驚く。
そんな中口火を切ったのは、普段通りの表情でサイの方を見ながら内心驚いているタカミチだった。
「サイさん? シスターシャークティ、あそこでエヴァと戦っている彼を知っているんですか?」
そこには全員ではないが多くの魔法関係の者達が集まっており、シャークティに注目する。
しかしシャークティも明確な事は何一つ解らない―――解るとすればそれはほんの些細な事だ。
「え、ええ……今、私の勤める教会に居候している人にそっくりな方です。
彼と出合ったのはほんの少し前で……それがその、記憶喪失らしくて身分を証明出来るものはありません。
今、教会で一緒に住んでいますが、結局記憶が戻っていないのでそれ以外は何も―――ですが少しの間ですが一緒に住んでいて彼が何かに危害を加えるような人物でない事は理解しています!」
「なっ―――貴女はそんな訳の解らない人を学園に招き入れたんですか!?」
刹那が声を荒げてシャークティに言い放つ。
まあそれは当然の事、彼女はこの学園に命に代えても護りたいと思う人物が居るのだから。
ひょっとしたらあの人物は、自分の誰よりも守りたいと願っている人を傷つける刺客かも知れないのだ。
シャークティのいい加減さに憤っている刹那。
そんな彼女を宥めたのは、サイの事を静かに見つめていた学園長だった。
「これこれ刹那君、お主の事情はわしが一番良く理解しておる。
じゃが今は落ち着きなさい……確かにあの青年の事は良く解らぬ故シスターシャークティに事情は説明してもらうが、あの青年からは魔力は一切感じぬ。
先程の光やあの身のこなしの良さは気がかりじゃが、今すぐに危惧する程の事はあるまい」
その言葉に違和感を感じる。
サイの姿はどう見ても有名な殺生石を生み出した大妖怪の“九尾の狐”にしか見えない。
なのに学園長はその事に一切触れていないのだ。
その理由が実は、サイのもう一つの能力に関係している事を誰一人とて気付く者は居ない。
更に別の場所では―――
「あれは……ボクのクラスの出席番号26番のエヴァンジェリンさん?
まさか、エヴァンジェリンさんも魔法使いだったの!? それに……あの人は見た事無いけど……」
丁度、多くの魔法先生や生徒達が別の場所に集まっていた為にネギ先生が此処に来ている事を知る者など誰一人もいない。
~side out~
●
その頃、シャークティ達に見られている事など気付かぬまま、二人のバトルは激化していた。
いや実際は気付いていないのではなく、そっちに気を向ける事が出来ない状況だったのだ。
「チイッ、魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・氷の17矢(セリエス・グラキエース)!!」
放たれる氷の矢、それがまるでミサイルのようにサイを追従していく。
空中を駆け、橋の欄干を鋭利な傷跡を残して抉り取る―――当たったとしたら確実に無事では済むまい。
しかし、先程大浴場内では驚いたサイだったが今度は違う。
「オラオラオラオラオラァァァァァァ!!!!」
まるでマシンガンのような連続パンチが向かって来た氷の17の矢を砕く。
良く見ればサイは素手ではなく、黄金色に輝く篭手の様な物を拳に装着していた。
サイの神具である六道拳だ……しかも前に出て来た時とは違い、よりシャープな外見へと変化している。
「オイオイ、まだこの時期にカキ氷は必要ねぇぜガキ」
余裕綽々にそうジョークを飛ばすサイ。
その態度が気に入らないのか、青筋を立てたエヴァンジェリンは続けて次の魔法を放つ。
「おのれ、調子に乗りおって!!
リク・ラク ラ・ラック ライラック―――闇の精霊、28柱(ウンデトリーギンタ・スピリトゥス・オグスクーリー)!!
喰らえ、魔法の射手(サギタ・マギカ) 連弾・闇の29矢(セリエス・オブスクーリー)!!
(……やれ、茶々丸!!!!)」
先程の氷の矢より多い黒い弾丸のような矢がサイに向かって放たれた。
闇の魔法、エヴァンジェリンにとって氷の魔法と共に得意とする魔法である。
更にエヴァンジェリンの合図でタイミングを併せサイを挟むようにして茶々丸も回り込み、有線式ロケットパンチをサイに放つ。
既にアイコンタクトにより攻撃のタイミングを茶々丸は読んでいたのだ。
「チッ、流石は歴戦の猛者って訳かよ」
間一髪の所で茶々丸のロケットパンチを受け流すと、流れるような歩法で魔法の矢を避ける。
丁度サイの居た所に黒き矢が突き刺さり、大橋に小さく断面が綺麗な穴が開いた……こんなものが当たっていれば先程と同じく確実に重傷、当たり所が悪ければ致命傷だ。
いや下手をすれば氷よりも鋭利な孔を穿っており、まともに当たれば重傷だけでは済まないかもしれない。
しかしそんな光景を垣間見てもサイの余裕な態度は変わらなかった。
「ふう、危ねぇ危ねぇ―――串焼きは嫌いじゃねぇが、自分が串焼きにされちゃたまんねぇよ」
服に付いた埃を払いながら呟くサイ。
どうやらこのジョークを言いながら戦うのはサイの癖らしい。
しかしその姿を見るエヴァンジェリンには苛立ちがどんどん募っていく。
「貴様、何処まで私をおちょくれば気が済む!?
気に入らん、貴様を見ていると実に気に入らん!! その態度も、その目つきも、その雰囲気も全てが気に入らん!!」
そんな憤りを募らせていくエヴァンジェリン。
サイはどこかその態度が自分への憤りだとは思えなくなっていた。
いや、先程の様に多勢に無勢ではなく対峙している故に解る―――戦っている女は目線は合っているとは言え、サイを見てなど居ない。
寧ろ何か別の、何処か悲哀と困惑を合わせた様な感情をその表情に湛えているようにも見えた。
「オイ、一つ聞かせろ」
「何だ!? 私は貴様などに語る事など何一つもないわ!!」
吐き棄てるエヴァンジェリンを無視して言葉を続けるサイ。
本来ならば己達の誇りを掛けて戦う決闘、その場で他の事を考えているなどと言うのは致命傷となる。
それにエヴァンジェリンの今の表情は完全に記憶は戻っていないにせよ己の記憶に刻み込まれているものと同じだった。
そう、記憶の奥底にある己の表情はこのようなものだったように感じる。
「お前、一体さっきから誰に向けて怒ってるんだ?」
「フン、知れた事を―――貴様のその余裕綽々の態度が気に入らん!! 貴様以外に一体誰に対して私が憤るというのだ!?」
怒声、その言霊一つ一つに殺気を纏わせながらエヴァンジェリンは言葉を返す。
しかしサイはそれが自分にではなく、ぶつける事の出来ない怒りを発散しているだけの様に見えた。
やはり同じだ―――自らもまたぶつける事の出来ない怒りを背負い、その為に多くの事を間違えて生き続けて来たのだから。
勿論、気持ちが解るなどとは口が避けても言う心算は無い。
人は生きていく上で多くの苦悩を背負う、それは人の考えが其々あるように同じ悩みを持つものなど一人も居ないのだから。
だからこそサイは、己の貫く意志のままにエヴァンジェリンに対して吐き捨てるように言った。
「一つ言っとくぜ、ぶつけれねぇ手前自身への怒りを他人を利用して発散すんじゃねぇよ、ぶつけられる方が迷惑だクソガキ」
ブチッ―――
その言葉にエヴァンジェリンの中で何かが切れた。
瞳に浮かぶ憎悪は今迄の比ではなく、放たれる殺気も肌がピリピリする程だ。
おそらく此処に心臓の弱い者が居たら真っ先に気絶か最悪心臓停止するだろう。
「キサマに……キサマに……貴様に一体何が解る!?
貴様に解るか!? 闇の中で、絶望の中で、苦悩の中で、恐怖の中でしか生きる事の出来ん者の気持ちが!?
光と言う暖かい所を望みながら、闇という世界でしか生きられん私の嘆きが貴様などに解るのか!?」
―――エヴァンジェリンは生まれ付き吸血鬼だった訳ではない。
前にも説明した通り“真祖”とは、失われた秘伝によって吸血鬼と化した人間の事。
しかしそれは“自ら進んで吸血鬼と化した者”と“己の意思とは関係なく吸血鬼とされた者”の二通りに分かれる……エヴァンジェリンの場合は後者だ。
「そんな堕ちた人生の中で見つけた初めての光は……奴はこの学園に私を閉じ込めて私の前から姿を消した!!
光に生きてみろだと? 生きれる筈があるまい!? 私にはこの学園は眩し過ぎる、汚れ過ぎたこの身で光の中で生きれる訳が無い……私は闇の中でしか生きられないんだ!!
奴さえ居てくれればそれで良かった、奴が居てくれれば何もいらなかった―――だか結局奴は私に掛けた魔法を解く事もなく勝手に死んだんだぞ!?
忘れよう、忘れようと願い生き続けてきたそんな時に奴と似ている貴様が私の前に現れた……何故私の前に現れた!? 何故、私を苦しめる!? これ以上、私に下らん幻想を抱かせるなぁ!!」
嗚咽を交え、そう言い放つエヴァンジェリン。
誰よりも光に焦がれながら、誰よりも闇の底で足掻き続けている悲しき少女。
光を失ったが故に自暴自棄に、それこそ生きる意味など無価値に、唯死ねないだけの生を生きる。
それがどれ程の苦痛かなど誰にも解る筈も無いだろう。
だがそんな少女にサイは静かに言葉を返した。
今までのように余裕綽綽の不敵な笑いを浮かべた何処か道化師の様に見える表情ではなく―――明確な怒りを込めて。
「知るかそんな事」
「なにっ!?」
サイの言葉に再び強烈な殺気を放つエヴァンジェリン。
しかしサイは今までとは違い表情も変えず淡々と言葉を返す。
「甘えるんじゃねぇよクソガキが。
テメェは彼是(あれこれ)大層な理由を並べてたが、結局は『光の当たる場所』ってのに出るのが怖ぇだけじゃねぇか。
それを勝手に自分が不幸だ、自分が辛いだなんて言い訳してんじゃねぇよ、悲劇のヒロインでも気取ってる心算(つもり)か、あぁ!?」
表情は変えずに少々怒気を込めるサイ。
何故だか解らない、何故だか解らないが、この吸血鬼の少女を見ていると幼かった頃の己自身と重なって見えるのだ。
何時も何時も晴らせない憎悪と憤怒を背負い、誰にも心を許そうとしなかった幼き日を。
「笑わせんなよテメェ、俺はテメェの言ってる奴がどんな奴かは知らねぇし興味もねぇ!!
だがな少なくともこれだけははっきりとしてる事がある―――そいつはテメェを今みてぇに腐らせる為に此処に置いてったんじゃねぇ!!
テメェに今迄の苦しみから少しでも前へ進めるようにと願いを込めて此処に置いてったんだよ、そんな事も理解出来ねぇのかよ馬鹿野郎が!!」
「な……ななななな……」
言葉にならない呟きを漏らすエヴァンジェリン。
更にサイは言葉を続ける―――それは何処か、聞き方によっては己自身に言っているようにも聞える。
「やり直せねぇだ? ふざけんなよテメェ!!
やり直そうと思えば人は誰だってやり直せんだよ、本人の意思でな!!
さっき手前は『光に生きたかった』つったよな、それが嘘偽りねぇテメェの本心だろうが!!
だったら下らねぇ寝言を吐く前に素直になりやがれ!!」
「う、五月蝿い……五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い、五月蝿い!!!
貴様に、貴様のような小僧に、闇に生きる者の気持ちなど永遠に解らんわぁぁぁ!!
何も知りもせずに、勝手な奇麗事を抜かすなぁぁ!!!」
エヴァンジェリンの身体から膨大な魔力が溢れ出す。
もう、己の魔力を封印する結界が発動するまで時間も無いのだろう。
まるでサイを―――いや、幻想を打ち消すかのように彼女は魔法の詠唱を唱えた。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック!!
来たれ氷静、闇の精(ウェニアント・スピーリトゥス・グラキアーレス・オブスクーランテース)!!
闇を従え(クム・スクラティオーニ) 吹雪け、常夜の氷雪(フレット・テンペスタース・ニウァーリス)!!」
その手に集まる魔力が作り出すは闇より出でし絶望の吹雪。
まるでエヴァンジェリンの心を映し出すかの如く、冷たく悲しい悲哀の氷風―――
「消えろ!! 私の前から消え失せろぉぉぉぉぉ!!!!!!
『闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オブスクランス)』!!!!!!!」
放たれた闇の吹雪はまるで巨大な槍のようにサイに迫る。
掛け値なしに全力で放ったエヴァンジェリンの黒氷の牙は、その顎(アギト)をサイに突き立てんと周囲を凍らせながら向かって来た。
しかし―――サイは逃げもせず、真っ向から闇の吹雪を迎え撃つ。
「知るかぁぁぁ!!! テメェは俺じゃねぇ、俺だってテメェじゃねぇ―――解る訳ねぇだろ!!!
だがなぁ、聞こえるように何度でも言ってやらぁ!!! 甘えてんじゃねぇよ、このクソガキがぁぁぁぁぁ!!!!」
光り輝くサイの篭手。
誇り高く、偉大で、誰よりも夢や信念を持って生きる事の意味を教えてくれた亡き父が己に託した神具(アーティファクト)。
サイが違えた道を進んでしまった時、本当に大切な事を思い出させてくれた“誇り”。
誰よりも真っ直ぐに生きる事を誓った、サイの託された“想い”。
真なる能力(ちから)を覚醒させたその時、その放たれる拳撃は刹那を超える速度を得る。
黄金に輝くその篭手の名は―――六道拳・アスラ。
そこから放たれるのは神をも滅す、神速の拳撃―――
「阿修羅真拳(あしゅらしんけん)・アフラマズダぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
二人の攻撃が互いに交差する。
その二つが生み出した力は今までと比ではない―――またしても麻帆良に目が眩む程の光、そして爆発音が響き渡った。
●
光が止み、訪れる静寂。
全力の力をぶつけたサイは、覚醒が完全でなかった事により魂獣解放が解け、少年の姿に戻ると大橋の上に大の字で倒れ込んだ。
「はあっ……はあっ……はあっ……」
肩で息をし、全身中にまた多くの傷を受けたサイ。
勿論エヴァンジェリンも無傷ではない……力と力、斥力と斥力のぶつかり合いにより纏っていた衣装は服の意味を成さず、身体中にサイと同じく痛々しい傷を受けている。
だがまだ空を飛べていると言う事は微かに力は残っていると言う事だろう。
「くっ……まだだ、まだ……私は、此処で……」
ボロボロの体に鞭を打ってサイに向かって魔法を放とうとするエヴァンジェリン。
だがその時だった―――今まで二人の戦いを黙って見ていた茶々丸が突然慌てたように叫ぶ。
「いけない―――マスター、戻って!!!! 予定よりも7分27秒も停電の復旧が早い!!!!!」
茶々丸の声と同時に大橋の明かりが点く。
明かりが点いたと言う事はつまり停電の時間は終わったと言う事。
それはつまり、エヴァンジェリンの魔力が封じられると言う事を意味している。
エヴァンジェリンは確かにこの麻帆良どころか魔法界全体を見回してもトップクラスの方に入る魔法使いだ。
しかしそれは魔力が復活している時だけの事、魔力がなくなれば普通の子供と同じなのである。
「な……に……!? ええい……いい加減な、仕事を……!? きゃん!!!」
まるで落雷にあったかのようにエヴァンジェリンが光り輝き、そのまま煙を出しながら真っ逆さまに湖へと落ちていく。
実は彼女、泳ぐ事が出来ない。
まあそもそも大橋の上から落ちれば、高さ的にコンクリートに叩き付けられると同じになる。
外見通りの少女がその衝撃を受ければ、死は免れないだろう……勿論、吸血鬼故に不死であるが故に死なないにしても一生残るような不具が出る事は間違いあるまい。
落ち続けるエヴァンジェリン、その感覚はまるでスローモーションのように感じていた。
走馬灯のように今まで生きてきた多くの記憶が脳裏を過ぎる―――だが何故か心は今までとは違い落ち着いていた。
「(……死ぬのか、私は)」
死を予感し、落ちれば落ちる程に心は落ち着いていく。
気付けば先程まで頑なに否定していたサイの言葉さえ脳裏で反芻していた。
「(……確かに奴の言う通りかもしれん。
私は……本当は怖かったのかも知れん……光に生きようとして再び裏切られる事を。
本当は……変わると言う事に臆病になっていたのかも知れんな……ククク、我ながら実に滑稽だ)」
水面はもう目と鼻の先だが、しかしもう既にエヴァンジェリンはどうでも良かった。
やっとこれで楽になれるだろう、流石に全身中を叩きつけられて無事で済む筈も無い。
「(……そう言えば、ナギと初めて出会ったのもこのような状況だったか。
私を助けてアイツは得意げにこんな事を言ったな……確か……)」
走馬灯を思い出し、在りし日を思い出し、静かに目を閉じるエヴァンジェリン。
その耳に響いた最後の一言、それは―――恐らく、彼女が脳裏に浮かべたものとは全く違うものだっただろう。
“ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!!”
何かが削れるような音が鳴り響く―――
そして“パシッ”っと言う何かを掴むような音が響き、続けてエヴァンジェリンの耳に声が聞こえた。
「危ねぇなぁ、バカガキ」
「(そうだ……それが奴の最初の……んっ? そう言えば何故、湖面に叩きつけられない? それに先程の音は……)」
目を閉じていたエヴァンジェリンは恐る恐る目を開ける。
その目に映った光景は、大橋の足に七魂剣を突き刺しながらもう片手で自分の手を握っている少年の姿だった。
恐らく先にエヴァンジェリンの手を掴み、その後に剣を大橋の足に突き刺してスピードを殺したのだ。
「余計な事を、何故助けた?」
忌々しげに言うエヴァンジェリン。
それに対してサイは無愛想ながらぎこちなく笑いながらただ一言だけ返した。
「誰かを助けるのに理由が要るか?」
その答えはナギとは違う。
だが、その言葉には表裏はまったくと言って良い程に無い。
在るがままに生き、己の選ぶ道に後悔せず、在るがままに死んでいくまるで自由な風のようだなとエヴァンジェリンは少年を確りと見て思う。
更にその後の言葉が彼女に深く響き渡る。
「それによ、俺はお前の気持ちが解るなんて軽々しい事は言わねぇが……少なくとも理解は出来る心算だ」
「……それは一体、どういう意味だ?」
その問いに答えは無かった。
●
「なあ……一つ聞かせろ」
「あん、何だ?」
大橋の足を上まで登る途中、裸になってしまった為にサイの上着を借りて背負われているエヴァンジェリンが尋ねる。
「私は……生きて良いのか、光に? 多くの命を奪い、バケモノと成り果てたこの私も……変われるのか?」
サイはその言葉にさも当然のように返す。
「当たり前だろ、馬鹿が。
それにお前は化物じゃねぇよ、感情を高ぶらせて流れる涙は他人を想う心を持つ人間の特権で証明だ。
もしも涙が流せるならそいつはもう化物じゃねぇよ、だから今は気が済むまで泣いとけ」
頬が熱い……今までに感じた事の無い熱さだ。
気が付けばエヴァンジェリンの双眼からは一筋の涙が流れ落ちていた。
「えっ……? ク、ククク……もう、当の昔に枯れ果てたと思っていたのだがな。
―――少しだけ、少しだけで良い……登り切るまでの間、貴様の背を貸せ」
「勝手にしろ、俺は何も聞いてねぇ」
双の眼からとめどなく流れ落ちる涙。
人間の証明である熱い涙を、エヴァンジェリンはサイが登り終わるまで流し続けた。
第五話更新完了です。
エヴァって私的の解釈ですが―――
多分、闇に堕ちたのではなく、光差す場所に一歩を踏み出す事が怖かったのでは無いでしょうか?
自分は生きる為とは言え人を殺してきた、その事が彼女にとって何よりも闇に落ちる現実に繋がってたんだと思います。
今回の話で彼女は【生きる】と言う事、そして【ナギの真意】を知りました。
確かに置いて行かれた事、それは何より悲しい事だったでしょうが、ナギの思いは何よりも『暗い闇の中を喘いでいる一人の少女に幸せを』という願いだったのではないでしょうか?
此処から物語はエヴァにどのような未来を与えるかは不明ですが、それでも彼女は理解した事を貫いて生きていくのだと思います。
何故ならそれこそが、今は亡きかつての想い人が自分に教えてくれた事でしょうから。(まっ、生きてますけどね)
【補足情報】
七魂剣スサノオ:主人公・光明司斉の神具。
刀身に孔が開いており、その部分に他の魂石(魂獣にとっての魂そのもの)を嵌め込む事により段階強化されていく剣。
また覚醒状態によってその姿を小剣・片手剣・大剣・片刃剣(要は刀)へと変える事が可能。
尚、サイが七魂剣を使う際は必然的に【火群流剣術(戦闘術)】と言う流派を使う。
六道拳アスラ:サイの父親・光明司魁の神具。
力を解放させれば解放させるほどに速度が増し、絶対的なる神速にまで自らの速度を強化する篭手。
更に篭手自体にはかつて扱った事や見た事のある神具を模倣して副産物として召喚可能。
尚、サイが六道拳を使う際は必然的に【光明司流古武術】と言う流派を使う。
題名の意味は『ラストダンスは私に』
アメリカのコーラスグループであるドリフターズの楽曲
ちなみに日本のコントグループであるドリフターズとは関係ない、と言うかそもそもドリフターズとは日本語訳で『漂流者達』って意味