魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ) 作:ZERO(ゼロ)
「明日菜さん、まずは距離を取りましょう!!
先ほどの休憩所が在った所が他の場所より広くなっています、其処に!!」
「OK、さっきの所ね!?」
ネギの言葉と共に一気に小太郎から距離を取る二人。
本来ならば追いつかれるだろうが、先ほどのサイの『こんな場所など抜けようと思えば簡単に抜けれる』と言う言葉に、追うべきかそれとも仕事を優先すべきか迷ったのだろう。
動き出したサイとネギ&明日菜を横目で忙しなく追いながら小太郎は悩んだ末に答えを出す。
「今は仕事優先や!!
あの兄ちゃんのホラかも知れへんし、まずは姉ちゃんに言われた通り親書を持ってる方を潰す!!」
考えても見ればその選択は正しい。
良くも考えてみれば、例え脱出する方法があったとしてもネギの持つ親書を奪ってしまえば東西の和平は成らない。
さらに奪い返されそうになったとしても、この結界の中に張られている強制転移魔方陣を使えば仲間との合流も出来る。
そうすれば例えサイが強かろうとも、多勢に無勢だと思ったのだろう・・・猪突猛進に見えるが、意外と考えているようだ。
(まあ、無意識に野生の勘が働いたのかもしれないが)
――― 一方、先ほどの休憩所に着いたネギと明日菜。
お互いの手に握られる得物の柄を汗ばむ程に強く握り締める……魔法使いの少年(少女)は父の残した杖を、半魂獣(ハーフ・スピリッツ)となっている少女は自らの魂より産まれた大剣を手にして。
実戦経験が少なく修行不足な現時点で頼りになるのはネギの考えた拙い戦略のみなのだ。
「―――ッ!? この音は!!」
「来るわネギ、気合入れなさいよ!!」
竹薮が何かが向かってくる音に反響して不気味な音を立てる。
あの猛々しく、そして荒々しい少年がこちらに走って向かって来ているのだ。
走り抜けるその身は旋風を巻き起こし、竹林をガサガサと揺らしていた。
ふと今まで奥底に仕舞っていた筈の緊張感が竹林の揺れる音が大きくなる度に溢れそうになる。
その緊張感は四肢を弛緩させ、まるで蛇か何かに巻き付かれたかのように動きを緩慢にさせた……『カエルがヘビに睨まれるというのはこういう事を言うのか』と自嘲するようにネギは脳裏に思い浮かべた。
無論、向かってくる弾丸の如き荒々しい少年と対峙するに当たって作戦は考えてある。
だが正直な話、先ほども書いた通り実戦経験・修行経験共に違い過ぎる二人にとって実力の差は明白なのだ。
―――考えた作戦が成功する確率など良く見積もっても五分五分、下手をしなくてもそれより低いだろう。
それを鍛錬も何もせず、俄仕込みの策略のみで覆そうというのだからこれを無謀と言わずに一体何と表現する?
本来なら先ほどサイが言った通り、慕う兄に任せた方が無難なのだ。
「(だけど―――ッ)」
誰にも聞こえないように小さく呟くネギ。
だが、今は例え確率が低かろうとも何だろうとも、何もかもが足りないのだから己の考えた作戦に縋るしかない。
無茶であろうと無謀であろうと貫き通さなければならない意地がある。
それにネギが戦うと願った時にサイは止めなかった。
唯一言『信じている』と言ってくれたそんな彼の期待を裏切る心算はこれっぽっちも無い。
父と同じ場所に立つ為にも、信じてくれた事に報いる為にも―――逃げる訳にはいかないのだ。
「(父さん……そしてお兄ちゃん、見ててください!!)」
ネギは己の胸に刻まれている誓いを抱き、前を向く。
震え、緊張に弛緩した四肢はもう既に柔らかさを取り戻す―――準備は万端だろう、焦りも恐れも今はない。
此処に一人の『立派な魔法使い』……いや、一人の『信念を貫き通す魔法使い』が生まれ出でた。
そしてこの戦いを切欠に、ネギは父への羨望と共に、いや寧ろそれよりも強くもう一人の背を追う事を強く誓うのである。
●
右手に作った剣指を振るとネギは詠唱を唱える。
「ラス・テル マ・スキル マギステル―――風精召喚 剣を執る英雄、迎え撃て!!」
(エウォーカーティオ・ウァルキュリアールム・コントゥベルナーリア・グラディアーリア・コントラー・プーグネント)
顕現し、天を駆けるはネギの姿をした光の尖兵(エインフェリア)。
杖を駆り、その手に騎乗槍(スピア)や片手剣(ブロードソード)に戦槌(ウォーハンマー)などを持った精霊群が流星となって千本鳥居の上を向けて飛来する。
あわせてそれと共に大剣を肩に担いだ明日菜も小太郎の居る場所へと急行し、乗っている鳥居に向かって走る。
それらが狙う収束点に存在するは、鳥居の上を器用に飛び移りながら移動する小太郎であった。
「ヘッ、やれば出来るやないかチビ助。
さっき言った腰抜けって称号は取り消すで―――俺を楽しませろや!!!」
歓喜の声を上げながら疾走する小太郎は、ネギの魔法を見ても怯みもしない。
寧ろそれどころか闘気と比例して速度を上げ、明日菜の放った叩き付けるかのような斬撃を簡単に回避しつつ全速力で魔法群に突っ込んだのである。
「やが、まだまだやな―――こんなもん、消し去ったらぁぁぁ!!」
双腕と右足から繰り出された打撃が三体を砕く。
更に裏拳によって一体、懐から出した棒手裏剣のような飛刀によって前方にいた三体が纏めて砕かれた。
しかしこの程度の事など既にネギは予測済みだ。
「―――魔法の射手 連弾・雷の17矢!!」
(サギタ・マギカ・セリエス・フルグラーリス)
続くようにして放たれたのは雷の矢。
大気を焦がし、鳥居を削り取る雷光の弾丸が迫るが、小太郎は笑いながら躊躇せずにその雷の束に突っ込む。
「ははっ、確かに凄い威力や!!
だがなぁ、狙いが散漫やで!! 当たらな幾ら威力があろうとも意味がないんや!!」
確かに慌てていたのか、雷光の矢はショットガンの散弾のようにバラけて竹林や鳥居に着弾する。
高速移動しながら着弾点を小太郎は見切り、危険の少ない中心部を駆け抜けたのだ、まさに驚くべき動体視力と言える。
しかしこれもまた、ネギの作戦の一つに過ぎなかった。
「(―――今だ!!)
ラス・テル マ・スキル マギステル 闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ!!」
(ウヌース・フルゴル・コンキデンス・ノクテム・イン・メアー・マヌー・エンス・イミニークム・エダット)
詠唱を唱えると、閃光の如き雷がネギの手の平に収束される。
全ては複線―――この一撃を叩き込む為にネギは幾つかの策を弄していたのだ。
先程の風精召喚も魔法の矢もそう、そして明日菜の攻撃もまたネギの策の一つと言っても過言ではない。
相手の攻撃や戦闘好きそうな性格を少しの時間の間に見抜いたネギが考えたのは、敵の注意を周囲に向けさせて油断させてカウンターを狙うと言う方法であった。
その為に“わざと”魔法の狙いを外して派手に攻撃を仕掛け、明日菜に協力して貰い攻撃を仕掛けて小太郎を前へ前へと誘導させたのだ。
そう、全ては―――この一撃の為に。
「喰らえ―――ッ!! 白き雷!!」
(フルグラティオー・アルビカンス)
台詞と共に手の平から放たれるは薄暗い千本鳥居をも明るくする閃光。
地からうねるかのように放たれた白光の奔流、さながらそれは『雷光の龍』とでも言い表した方が正しい。
その雷光が向かってきた小太郎を食い千切るかのように飲み込んだ―――
「う、うがぁぁぁぁぁ!?」
身を焼き尽くす程の激痛に小太郎から凄まじい絶叫が迸る。
雷の龍の残滓である雷を身に纏いながらそのまま背中から大地へと落ちていく―――
この光景を見た誰もがネギの勝利を確信するだろう、実際に共に戦っていた明日菜でさえ終わったと思ったのだから。
「ちょっと何よ、凄いじゃん!! 勝っちゃったの私達!?」
さしも魔法が直撃すれば無事ではいられまい。
しかし完全に相手を戦意喪失させるまでは油断は大敵だ……寧ろ、その油断が時には敗北に繋がる。
それを実戦を経験した事の無い二人に『理解する』と言うのが度台無理な話なのだが。
―――事実、その“油断”が状況を一変させた。
「ククク―――中々やるやないかチビ助!! 今のはまともに喰らったらヤバかったわ!!
だがなぁ、こっちに魔法の防御手段が無いって考えたのと今ので決められんかったんはお前の失敗や!! この勝負、俺の勝ちやで!!!」
弾丸のように吶喊して来る黒い影、其処には服を少々焦がしてはいるが殆ど無傷な小太郎が居た。
片手にはボロボロになった紙切れ、恐らく魔法を防御する為の護符だろう思われるモノが握られている。
どうやらその護符のお陰で多少の余波は受けたが、辛うじて直撃は避けられたという事だろう。
「なっ!? こ、このぉ、来なさい!! 同じ戦士同士、相手になるわよ!!」
倒したと思っていた小太郎の出現に驚きつつ、大剣を背負うようにして構える明日菜。
だが小太郎はそんな姿を一瞥すると先程よりもスピードのギアを上げ、大剣の一撃を避けながら叫んだ。
「―――邪魔や姉ちゃん!!
それに俺は戦士や無い……『狗神使い』って言うんや、覚えとき!! お前等、その姉ちゃん押さえとけ!!」
叫びと共に今まで小太郎の居た場所に黒い大きな影のようなものが現れた。
その中からまるでゾンビの如く這い出してきたのは漆黒の猛犬の群れ―――犬達は小太郎の言葉に従い、ヘビのような形に姿を変えて明日菜の腕や足に絡みつく。
「なっ、何よこれはぁぁぁ!?
って、ちょ、こ、コラ……そんな所舐めちゃダメぇぇぇぇぇ!?」
絡みつかれ、しかもご丁寧に全身中を舐められる明日菜。
そんな事をしている間に魔法を詠唱しようとしていたネギを小太郎が強襲する。
「くっ!?」
小太郎の鉄拳が深々とネギのボディに突き刺さる。
如何やら咄嗟に左腕を腹の間に入れて衝撃を緩和したようだが、殴られた部分は魔法障壁がある筈なのに真っ赤に腫れ上がっていた。
「へぇ、マグレでようガードしたもんや。
だがなぁ……魔法障壁がなくなりゃあ、そのマグレも終わりやで!!!
オラオラオラオラオラァァァァァァ!!!!!」
鉄拳による連撃がネギを捕らえ、数々の裂傷や打撃痕を刻む。
小太郎が言った通り、ネギには魔法障壁と呼ばれる魔法の壁のような物が張られている。
まあこれはネギに限らず魔法使いや気を使いこなす者などは誰でも自然と張っているものなのだが。
ちなみに小太郎の身体能力が高いのは全身中に気を廻らせているからである。
この気という奴は厄介な物で、達人などでなくても全身に張り巡らせて強化すれば岩をも簡単に砕き、乗用車が速度40km程度ならぶつかられても怪我一つしない堅固さを得る事が可能だ。
その連撃を受けてもネギが平気なのは、先ほど説明した魔法障壁の賜物である。
しかしその魔法障壁が連撃によって消えかかっているこの状況では既に長くは持たない事は明白だ。
もし魔法障壁が消滅し、生身で小太郎の気を込めた攻撃を喰らえば良くても重症は免れない。
魔法の事を説明してくれる者は存在しないが、少なくとも飛び散る血飛沫を見れば明日菜は理解出来てしまった。
「そ・・・そんな・・・!!」
遠くない未来を幻視した明日菜は助けを求めるように辺りを見回す。
だが、近くには頼りになる筈のサイは居ない―――出口を探しに向かってしまったのだから。
それでも明日菜は聞こえるように大声で叫ぶ。
「サイ、サイぃぃぃぃ!!! お願い、お願いだからネギを助けてぇぇぇぇ!!!」
だが『緊急時は呼べ』と言っていた筈のサイは明日菜の声に時を置かずに姿を現すも無表情のままネギを見つめて居るだけで動かない。
何故助けないのか?
何故目の前でボロボロにされているネギを黙って見つめていられるのか?
サイの冷酷とも言える態度に明日菜は圧倒されてしまう―――その間にも小太郎はネギの頭を鷲掴みにして胸や腹などと言った場所に所構わず乱撃を叩き込む。
浴びせ掛けられる連撃により更に血飛沫は飛散し、見るからにネギが限界なのは理解出来た。
ボロボロのネギを小太郎は凶悪なまでの目付きで嘲笑いながら言葉を吐き棄てる。
「ククク……馬鹿やなお前、本当に。
護衛のパートナーが戦闘不能なら西洋魔術師なんてカス以下やで?
遠距離攻撃をしのぎ、呪文唱える間をやらんかったら怖くもなんともあらへん―――始めからあの兄ちゃんに戦わせとけば良かったんや」
気が済むだけ連打を叩き込んだ小太郎は止めを刺す為に回し蹴りを喰らわすと近くにあった岩にネギを縫い付ける。
更に完全に命を刈り取る為に全身に存在する全ての気を自らの拳に集中させる……拳はまるで拳そのものが発光するかのように凄まじい光を放っていた。
ねぎのあの状態でそんな一撃を喰らえばネギは確実に命を失うだろう、もう今のネギの脆い魔法障壁ではこの一撃を耐えるのは不可能に近い。
「……全く、本当に腰抜けばっかりや……から……なんて……は……ねん……」
吐き捨てる様に小さく何かを呟く小太郎、その言葉は一体誰に向けたものなのか?
真偽の程は定かではないが小太郎は完全に勝利を確信した表情でそのままネギに吼えながら拳を放った。
今までの中でも最高速度、更に石畳を陥没させ地を揺らす程の踏み込みから放たれる一撃は例え健全な状態のネギであっても耐え切れるとも思えない程の勢いだ。
「終わりやチビ助!! クタバれやぁぁぁぁぁ!!!」
「ネ、ネギぃぃぃぃぃぃ!!!!」
悲痛な明日菜の叫び声と共にネギの顔面に攻撃が突き刺さる……筈だった。
その瞬簡に同じく響いた叫び声と、そしてネギの“この状況に小太郎を陥れる為の策”は今成ったのだ。
―――そう、明日菜にも説明していない“もう一つの策”が。
『敵を欺くならばまずは味方から』……日本文化を、特に日本古来の諺を調べるのを好むネギが考え付いた拙い策。
だがそれは完全に油断している相手に対しては最も効果があり、格上の相手に対して唯一勝利出来る可能性が増える苦肉の策。
『肉を斬らせて骨を断つ』―――
偶然か、それとも必然か、サイが最も得意とする戦法であった。
そしてそれに気付いていたからこそ、サイは手を出さずにネギを“信じた”のだろう。
「―――今が好機だネギ!!」
サイの声に一瞬気を取られる小太郎。
それと共にか弱く小さくも魔法使いの凛とした声が響き渡った。
「契約執行0,5秒間―――ネギ・スプリングフィールド!!!」
(シム・イプセ・パルス・ペル・セクンダム・ディーミディアム・ネギウス・スプリングフィエルデース)
響き渡った言葉に振り向いた時、小太郎の表情は勝利の確信ではなく目を一杯まで見開いた驚愕の表情を呈していた。
何故なら先程までボロボロで半死人のような状態であったネギが目に光を湛えて小太郎の攻撃を捌いていたのだから。
それは魔力供給と呼ばれる、本来は従者に対して行う身体能力の強化法だ。
「なッ……なんやと!?」
「何時までも馴れ馴れしくボクの頭を掴むな!! そうして良いのは……お兄ちゃんだけだぁぁぁ!!!」
放たれる強烈なアッパーカット。
いきなりの事にガード出来ず、小太郎にクリティカルヒットしてそのまま空中に跳ね上げられた。
軽々と吹き飛ばされながら、小太郎の脳裏は何が起こったのか理解出来ない。
更にネギは小太郎の落下点に回り込むと詠唱を唱える、自身が覚えている限りの中で最強の魔法を。
「ラス・テル マ・スキル マギステル―――闇夜切り裂く一条の光、我が手に宿りて敵を喰らえ!!」
(ウヌース・フルゴル・コンキデンス・ノクテム・イン・メアー・マヌー・エンス・イニミークム・エダット)
落ちて来た小太郎の背中に紫電纏う右手を当てると―――
「―――白き雷!!!!!」
(フルグラティオー・アルビカンス)
掛け声と共に掌の魔法を解放するのだった。
●
白き雷光を直接背に受けた事により吹き飛ばされ、再び地を転がる小太郎。
先ほどの場合は護符によってある程度は威力を抑えられたであろうが、今回はその頼みの綱も無い。
よって小太郎はネギの白き雷を全開でその身に受け、身体は痺れて動けなくなっていた。
「(な、何やと……嘘、や……か、身体が動かん……一体何や、何をされたんや……。
アホな……んな、アホな……この俺が……この俺がこんな所で……い、嫌や……こんな、こんな所で……)」
ふと見上げれば其処には先ほどまで舐めていた西洋魔術師の少年が立っている。
姿は血に汚れ、埃に塗れ、無残な物だ・・・だがそれでも何処か誇らしくも見えるのだ。
それは当然だろう、傷だらけでも無残な姿でもどっちが勝者か解らない様な状態でもネギは己の成すべき事を成せたのだから。
―――己の穢された誇りを、己自身の手で取り戻したのだから。
「どうだ―――ッ!! これがボクの、西洋魔術師の力だ!!」
そんな風に誇らしげに言うネギの頭の上に何時の間にか近くに来ていたサイが拳骨を落とす。
「ふぎゃ!? な、何するのお兄ちゃん~~~~!!!」
「馬鹿野郎、何を格好付けてるんだテメェは。
それに何を玉砕覚悟の作戦なんぞ考えてボロボロになってんだ大馬鹿。
魔法障壁ってのが抜かれなかったから良かったものの、もし抜かれてたらテメェの頭なんぞ潰れたトマトと同じようになってたぞこの超大馬鹿が」
だが其処まで言うと今度はネギの頭を撫でる。
ネギには表情は見えなかったが、この時の表情を見た明日菜は『仏頂面ばっかじゃなくて、あんな風に笑う事も出来るのねアイツ』と感心していた。
勿論ネギがボロボロにされていたあの場面でサイには助ける事は簡単に出来た。
しかしそれをしてしまえばネギは再び己の不甲斐無さに悩み、苦しみ、再び見つけかけた“誇り”と言うものを今度は永久に失ってしまっていただろう。
だからこそサイは手を出さなかったのだ、これからネギが進むべき先では己自身で成さなければならない事も多いのだから。
それにサイはネギの誇りを、言葉を信じたのだ。
信じると言う事は時として人に実力以上の力を与える、それを少なくともサイはこの京都に来て思い出したのだから。
「神風根性なんてのは褒められたモンじゃねぇ……だがテメェは良くやった。
ボロボロで小汚ねぇ埃塗れの面だが、今までの中で一番良い面をしてる。
誇れ、テメェは自分の選んだ道を確りと貫き通したんだ―――お前を信じた甲斐があったぜ」
瞬間、緊張の糸が切れたのだろう。
ネギの双眼に涙が溜まり―――そしてゆっくりと溢れ出した。
「う……うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁん!! お兄ちゃぁぁぁぁぁん、痛かったよぉぉぉぉぉぉ!!!」
泣いて抱きつくネギの頭をポンポンとあやす様に撫でながらサイは苦笑する。
背伸びしていても、天才魔法使いなどと言われても考えてみれば10歳の子供なのだ。
痛みに泣く事もあるし、信頼に応えられた事で嬉しくて泣く事もあるだろう。
「やれやれ……泣く程我慢なんぞするんじゃねぇよ、この馬鹿。
だが泣きたい時は確りと泣いとけ―――じゃねえと俺みたいに枯れ果ててから後悔する事になるぞ」
小さく呟いた言葉は恐らく、ネギの耳には届いて居まい。
そこに自分を捕らえていた“狗神”なる黒い犬達が消えた事により明日菜も駆け寄ってくる。
「もう、ネギ!! 無茶しちゃってボロボロじゃない!!
後、サイ!! アンタももう少し早く来なさいよね、男の意地だか誇りだか覚悟だか知らないけどネギは“女の子”でしょ!?」
「―――あぁ? 何だ気付いてたのかよ。
だがな明日菜……男だろうが女だろうが、テメェが選んだ道でテメェ自身で『出来る』て言ったのを邪魔するなんて俺にゃ出来ねぇな。
痛ぇ事や辛い事、嬉しい事や悲しい事、そういった経験して反省する事によってどうすべきかをテメェで考えて次に繋げる事が出来る―――それが成長っつうモンだ」
そう言い終わった後、サイは手に持った七魂剣の柄を確りと握る。
すると七魂剣の柄に付いている、角度によって色々な色に見える水晶玉のようなものが紫色の宝珠に変化し、更に光り輝くと姿を変えた―――どうやら杖のような姿になったようだが。
「ネギ、痛ぇだろうがちっとだけ我慢してそのボロボロの腕をこっちに向けろ」
「ぐすっ……う、うん……こう?」
見るからにボロボロ、折れていないのが不思議な程の左腕をサイに向ける。
其処にサイは持っていた杖の先端を向けると何かを呟く―――すると今までボロボロだった腕が傷一つない状態に戻っていた。
「う、嘘……傷が、治っちゃった……」
「す、凄い!! ど、どうやったのお兄ちゃん!? うわ~、痛みが全部なくなっちゃったよ!!」
傷が治ったのを驚く二人。
更にサイはネギの全身中の打撲痕を瞬く間に治すと、杖を見つめながら小さく微笑むと口を開いた。
「別に傷を治した訳じゃねぇよ、これ(杖)は俺の戦友(ダチ)だった奴の神具・聖杖ヤツフサってんだ。
今のは簡単に説明すりゃ法力使って肉体の傷の再生能力と鎮痛作用を普通よりも活性化させたのさ……因みに見た目の傷が治っただけだから中身は完全じゃねぇ、今日一日は無理に動かすんじゃねぇぞ」
サイはフェイトなる不気味な少年と戦った際に戦友達の事を思い出し、彼等の魂の結晶とも言える魂石(クリスタル)を取り戻し、それにより戦友達の神具を召喚出来るようになった。
これはかつて使用した六道拳に記憶されていた模倣神具(姿形だけが同じだけの能力を持たない神具)とは違うのである。
実は最初から―――
それこそネギはわざと散弾の様にバラけさせた魔法の矢の中心部を小太郎が抜け、そこで白き雷を喰らっても立ち上がってくるのではないかと“想定していた”のだ。
その時に戦闘経験も修行もしていない自分ではもの凄いスピードで動き回る小太郎には当てられないと考え、利き腕と逆の左腕を犠牲にする事によってわざと相手に有利だと思わせて油断を促したのである。
その為か確かに血は撒き散らされているが、それら殆どは左腕によって直接ヒットせず、致命傷を受けていなかったのだ。
(ただし打撃を受けた腕は複雑骨折にほぼ近い状態だったが)
『肉を切らせて骨を断つ』
まさにそのように表現出来るようなその戦い方は、自然とネギが慕うサイと同じような戦い方であった。
まあ真似したいとも思わない戦い方とも言えるが、実力が相手よりも劣っている場合は何かしらのリスクは背負わねばならないと言う事だ。
(実際サイの場合はそうではなくて護る為に身体を張って結果ボロボロになってるのだが)
―――閑話休題(それはさておき)。
痛みと傷が治ったネギは嬉しそうにしながら、ふとある事を思い出した。
「うん、ありがとうお兄ちゃん!!
―――って、そう言えば明日菜さん!? な、ななななな、何でボクを今女の子だって!?」
「えっ、もしかしてバレて無いと思ってたのアンタ?
アンタねぇ……そもそも、何でアンタが必ずお風呂に入る時に誰も入って来なかったと思ってるのよ?
お風呂が苦手だって言ってたし、悪いと思ったけどアンタの事を監視してたのよ。
その時にアンタが女の子だって気付いたんだけど、隠そうとしてる事を誰かにバラすのって私キライだからさ」
そう、実はサイよりも先に明日菜はネギが女の子だと気付いていた。
しかし彼女の性格上、隠そうとしてる事をぺらぺらと人に語るのは嫌いな為に黙っていたのだ。
エヴァとの試合とも言える戦いの際には倒れていたのを見て気が動転していた為に忘れていたのだが。
「あ、あうううぅぅ……あ、明日菜さぁぁぁん!! お願いです、お願いですからこの事は……」
「心配しなくてもさっき言った通りで誰にもバラさないわ。
何度も言うけど私は秘密にしてる事を暴露させたりするの大っ嫌いなの、朝倉と一緒にされたら心外よ」
その言葉に一安心するネギ。
ネギは何故、性別を偽れと祖父のように思っているメルディアナ魔法学校の校長に言われているのかは知らない。
しかし隠せといわれているのだから隠さねばならない理由があるのだろう、その理由を尋ねても教えてはくれなかったのだが。
姉妹の様な二人のジャレ合いを見ながらサイは一つ大きな溜息のような呼吸を吐く。
そろそろ充分に法力は錬れたし、結界内を歩き回って結界の綻びを発見した……更に其処にはちびせつなを待機させているので間違える事もない。
「さて、んじゃそろそろこの結界から出るぞ。
明日菜、ネギ、付いて来い―――この先の鳥居の所にちび刹那が待ってる。
とっととこんな辛気臭い場所から脱出するぞ……チッ、どうやらまだ終わってなかったらしいな」
その時だった―――
「ま、待て……や……オ……ラァァァァァァ!!」
突如として響き渡った一声にサイに続き二人も振り返る。
視線の収束点に居た人物、それはネギの白き雷を無防備のまま背に受けて気絶しているだろう思われた人物だ。
「まだや……まだ……終わらへん……終わらせる……訳にいかんねん!!」
強引に痺れる身体に鞭打って立ち上がるその姿。
其処に居たのは黒髪の目付きの悪い人物でありながら著しく姿は変化していた。
「此処で……負けたら……また俺は一人ぼっちや……また居場所が……なくなってまうんやぁぁぁ!!」
まるで肥大し、狼のような白い毛皮に覆われる肉体。
黒かった髪は体毛と同じく白銀に染まり、腰に届く程の長髪となっていた。
「もう嫌や……この“身体の所為”で……。
“こんな風に産まれた所為”で、拒絶されるのは……嫌や、もう嫌なんやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
だがそれだけではない―――いや、寧ろ驚愕は其処からの方が大きかった。
小太郎の着ていた学生服が破れ、シャツが破れ―――其処から出たのは、何故か胸から下を覆うサラシだ。
何の為にこんな物を身体に? 確かに任侠の者達などが七首等を通し難くする為に腹に巻く事はある。
しかしそのサラシは肥大化する肉体をまるで痛めつけるかのように思いっきりギチギチに巻かれているのだ。
「……テメェ、まさか……」
「えっ……も、もしかして……」
「嘘……じゃあアンタも……?」
そこで三人は気が付いた、サラシは防御の為に巻かれているのではない。
小太郎が自分の身体的特徴を隠す為に―――いや寧ろ嫌悪しているが故に巻かれているのだ。
だが隠そうとて肥大していく肉体に高が布切れが耐えられる訳もなく、サラシは千切れて弾け飛ぶ。
「奪わせへん……絶対に……奪わせへん……」
そこから現れたのは、本来なら男には決してないもの。
白き体毛がまるで大切な部分を護る様にして生えている―――胸にも、腹にもだ。
獣人の如き姿となり、その身に着ていた全ての衣装がなくなった時、其処に居たのは特有の丸みを帯びたフォルムをした小太郎だった。
―――小太郎もまたネギと同じく男ではなく女の子だったのだ。
「殺してやる……俺から居場所を……奪おうとするお前等……全員、殺してやる!!!!」
先ほどまでを裕に越える殺気……いや、寧ろ狂気を孕んだ目で三人を見つめる小太郎。
産まれ出でた性別が望まれる物でなかったが故に、絶望と拒絶と孤独の中で生きてきた悲しき少女。
その狂気の目が視点をなくし、無我の境地のような状態になったその時―――彼女は石段を蹴ったのであった。
第三十三話の再投稿完了しました。
いやいや、読み返してみて気付くのですがやはり試作の方はかなり色んな部分が省略されてますな。
そこら辺が気になって後から追加はしてるのですが。
さて今回はネギ&明日菜vs小太郎を描きました。
本当なら無駄な怪我しないようにサイに戦わせた方が無難なのですが、それだとネギの成長が描けないかなと思いましてこのような形にしました。
実はこれより前に書いていた作品だと、殆どネギには戦わせるシーンが無かったものでそれを反省して戦闘シーンは増やすようにしてみたのです。
なんか必要以上にボロボロになってますが。
いや、皆さんの言いたい事は解ります。
なので先に此処で言わせてください、暴走しすぎてすみませんでしたぁ!!
いやいやまさか小太郎まで女の子とは思わなんだでしょう、暴走しましたが後悔はありません。
本当に私の書く作品って、奇を衒ってる設定多いなぁ。
それと前作品とは違いをつけています。
前作品の場合は基本的に主人公自体が殆どの敵を倒してしまう主人公最強系作品でした。
ですが今作品の主人公・サイ君の場合は自らが戦いつつも仲間達に力を借りながら戦うタイプの作品となってます。
(更に力は封印されてますし、主人公よりも強い奴だって何人も出てきます・・・だから主人公“半”最強モノなんです)
なので今回のサイのネギに対する態度が冷たいと感じるかもしれません。
また此処から他にもネギや他の連中に対して冷たい物言いをするかもしれませんが、彼等の成長や覚悟のあり方を促したり諭したりする為だとご了承ください。
題名の訳『荒れ狂う獣』