魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.27:I Lookup When I Walk~前を向いて生きよう~

サイとフェイトなる少年の死闘が繰り広げられていた時と丁度同じ頃。

ホテル嵐山でも関西呪術協会の手による襲撃が掛けられていた―――何と、直接刺客が侵入して木乃香を誘拐しようとしたのだ。

しかし其の襲撃を切欠に最初はスパイだと思われていた刹那への懸念や疑惑も解消され、ネギと刹那にエヴァの援護を受けた明日菜の三人によって見事木乃香を取り戻していた。

 

しかし、何故かあんなにも頑なに戦うと言っていたサイが来なかった事。

そして刹那に対して木乃香の一言が彼女を取り乱させて結果的に逃げ出すと言う事態を引き起こす。

以上の二つの事態がエヴァ&茶々丸と刹那の離脱を招き、結果として明日菜とネギが木乃香をホテルまで苦労して運んだのは言うまでも無い。

 

 

「ふう……私とした事が、取り乱して逃げてしまった……。

情けないぞ、刹那……サイさんと約束して、お嬢様に少しでも歩み寄ると誓った筈なのに……」

 

いきなりの事に取り乱し、逃げ出してしまった刹那。

彼女はサイとの修行の時に聞かされたように、少しでも木乃香に歩み寄ろうと努力をしていた。

だが悲しいかな、頭では例え己の秘密を語っても木乃香に拒絶されないとは理解出来て居るが心の方が踏ん切りがつかなかったのである。

 

それにもう一つ―――

関西呪術協会の刺客の襲撃の少し前から、外に散歩に行ったサイが戻って来ないのだ。

後でエヴァから聞かされ刹那、ネギ、明日菜の三人は驚愕したのだが麻帆良から離れた事により今までのように力が使えず、ほぼ普通の人間と同じような状態になってしまっているのだと言う。

口では『心配などする必要はない』などと言っていたエヴァや表情の解り辛い茶々丸が直ぐにサイを探しに行った事を考えれば自分と同じように心配している事は理解出来た。

 

まあ本来は最初にその事を聞かされた際、明日菜とネギも『一緒に探す』と言っていた。

だがそうなってしまうと木乃香をホテルに連れて行く者が居なくなってしまう為に渋々二人は戻っていったそうだ。

 

「そう言えば……一体サイさんは何処に?」

 

周囲を見回しながらそう呟く刹那。

今まで少なくとも十数年程度だが生きてきた中で彼女がこれ程他人の心配をしたのは二人しか居ない。

一人は勿論、自らの幼馴染にして『お嬢様』と呼び慕う護衛対象の木乃香である。

 

サイの力の強さを危険視し刃を向けた時があった。

しかしそのサイが人外であり、己よりも他人に拒絶され、卑下されて生きて来た事を知った。

故に自身が他人を拒絶し、孤独に誰にも関わらずに人を傷付け続けていた事を本人の口から知った。

そして……自分を信じてくれた友のお陰で本当に大切な事を理解し、変わる事が出来た事も聞かされた。

 

サイと刹那は似ているのだ。

友という存在のお陰で己が人外である事に苦しまずに生きる事が出来るようになったという事については。

 

勿論その後は違う。

一人はハーフだと言う事を己自身で乗り越え、結果的に頂点まで上り詰めた。

もう一人は拒絶される事を恐れ、己の本心を隠し、唯『日陰者』として生きる事を選んだ。

 

一人は多くのものを失い、それでも生きる道を選び―――

もう一人は大切なものを失わないように、今まで拒絶しようとしていたものに歩み寄ろうと努力をしているのだから。

 

 

―――話を戻そう。

ホテルの付近をゆっくりと歩きながらサイの事を探していた刹那。

だがふと彼女の目に信じられない光景が映る。

 

「なっ!? これはまさか、人払いの結界!?

くっ……奴らめ、まさかこんな所にも木乃香お嬢様を攫う為の準備をしていたとは。

迂闊だった、よくよく考えてみれば刺客が二人だとは限らないと言うのに―――明日からより一層気を引き締めねば」

 

其処まで呟いた所で疑問が浮かぶ。

此処に人払いの結界があったと言う事は、少なくとも此処にも関西呪術協会の刺客が居たと言う事だろう。

なのに此処には誰も居らず、強引に結界が何らかの力によって破壊されていただけだ。

その事を疑問に思った刹那は首を捻る。

 

―――その時だった。

 

「……!? 誰だ!!」

 

破壊された人払いの結界の中で今、小さな音がした。

さらに結界の中に人の気配のような物がする―――正体が何だか解らない刹那は咄嗟に飛び退くと愛刀である夕凪の柄に手を添える。

 

風の音も無い、静かな時が流れる。

奥の方から姿は見えないが、どうやら傷を負っているらしい人物がゆっくりと歩いて来た。

刹那の柄を握る手に力が篭る……が、その正体に気付いた瞬間に柄を持っていた手から一気に力が抜けたのだ。

 

刹那の目に映った人物、それは―――

全身中に大小さまざまな傷を負い、一番傷が深いと思われる脇腹を押さえながらフラフラと歩くサイの姿だったのだから。

 

「さ、サイさん!? どうしたんですか、その傷は一体!?」

 

刹那のその言葉にゆっくりと声のした方向を見るサイ。

最初こそ手負いの獣の如き獰猛な眼光で周囲に睨みを聞かせていたが、其処に居たのある意味では“弟子”のようないつも修行を付けてやっている少女だと気付くと小さく笑う。

 

「……よう、元気か?

取り合えず、敵の刺客らしい餓鬼は……追い払って、おいたぞ。

こっちも大分、傷負っちまった……けどな……」

 

そのまま弱弱しい足取りで刹那の近くまで歩くサイ。

刹那の真前に立つと、あまりの傷に呆然としている刹那の方にゆっくりと倒れこみながら呟く。

 

「悪ぃけど、ちっと寝かせて……くれや。

色々なモン、思い出したり……急激に力を、覚醒させて……疲れてん、でよ……」

 

その言葉を最後に寝息を立て始める。

周りの状況を垣間見れば、少なくとも此処で明らかに激しい戦闘があった事は容易に理解出来た。

刹那は此処で激しい激闘が起こり、おそらくその所為でサイが見た目に重傷のように見える傷を負ったのだと言う事も理解したのであった。

 

 

 

 

他の生徒に見つからない様にホテルの部屋へとサイを運んだ刹那。

一応、男子だと言う事を考慮した学園長が3-Aの女生徒達の部屋とは別に借りたシングルの部屋の中には刹那以外にエヴァと茶々丸が居り、実に狭かった。

 

「全く―――どうしてこう、言われた先から無茶をするんだこの小僧は」

 

ぶつぶつ文句を言いながら苦手な回復魔法をサイに施すエヴァ。

サイを探し回っていたエヴァと茶々丸は偶然にもホテルの方へとサイを肩に担いで歩いている刹那を見つけた。

その際に襲撃を掛けられた時に他にも刺客が居た事、そしてそれを撃退する為にサイが無茶した事を聞いたエヴァは大きく溜息を吐いたと言う。

 

「マスター……サイさんは大丈夫なのでしょうか?」

 

エヴァとは違い、心配そうに声を掛ける茶々丸。

先ほどサイがこの部屋に戻って来た際に高性能センサーを利用してサイの身体状態をチェックした時は脇腹の深い傷以外は問題無いと言う結論に達した。

しかし少しずつだが人の心をサイのお陰で理解出来るようになり始めた茶々丸にとって、データ上では問題無くとも心配だと言う思いは消えない。

そんな心配そうにしている茶々丸にエヴァはサイの方を見ながらだが安心させるように言葉を掛ける。

 

「フム、まあ大事無いから心配せんでも大丈夫だ茶々丸。

どう言うカラクリなのかは理解し難いが、サイの『超回復』とも言える傷の再生力が復活している。

脇腹の大きな傷までは完全に再生出来ないようだが、細かい傷の方は自然と治癒されたようだ。

もう少しの間、流血を抑えておけばサイ自身が私の魔力を吸収して傷を塞ぐだろう」

 

「そ、そうですか……良かった……」

 

茶々丸が胸を撫で下ろす。

だが実際の所、表情には出していないが内心のエヴァは悔しさと不甲斐無さで一杯であった。

 

かつて『不死の魔法使い』やら『闇の福音』やらと呼ばれ、間違いなく最強クラスの魔法使いとして恐れられていたエヴァ。

だがその実、人を殺す為の術は誰よりも得意としているのだが、人を救うや人を癒すと言った事についてはからっきし駄目なのである。

 

精々出来るとすれば、負った傷から流れる血を抑える程度の事。

今まで不死の肉体を望まずに得た事を後悔したり憎んで来たが―――今日ほど不死の肉体を得て、それに甘んじて治癒の魔法を覚えて来なかった事を不甲斐無く思う事はなかった。

 

この後、エヴァは約2時間以上もの間をサイの流血を抑える事に注込んだ。

そして無意識ながら痛みと苦しみに歪むサイの表情が落ち着きを取り戻して穏やかになった後、そのままサイの額に手を置いたまま疲れから眠ってしまう。

刹那も同じようにもう大丈夫になったのだと思い安心したのだろう、同じように椅子に腰掛けながら眠る。

最後に残った茶々丸は、二人に備え付けのシーツを掛けるとこの安息の時間を邪魔させないように己が周囲を警戒するのであった。

 

 

 

 

「う、ん? あぁ……朝か。

痛っ……やれやれ、昨日の傷が完全には塞がっちゃ居ねぇようだな」

 

次の日の朝、サイは朝日の光によって自然と目を開けていた。

身動ぎをすると感じる身体の痛み―――辛くなくは無いが、取り合えず我慢出来なくも無いのでゆっくりと立ち上がった。

鏡に映せばその部分に負った傷が酷い物だというのが嫌でも解ってしまう。

 

「良く一日で塞がったモンだ。

恐らく昨日からキティの魔力って奴を感じてたから……多分、アイツが無茶してくれたんだろうけどよ」

 

そう呟くと綺麗にたたんであった着物のような上着に目を向ける。

あれ程の死闘があり、全身に受けた傷と共にボロボロであった筈の服は傷どころか汚れ一つ無く其処の存在していた。

それはそうだ、この服は言うなればサイ自身の法力が物質化している“魂衣(スピリットローブ)”と呼ばれる物である。

例え破れようとも、サイが生きている限りは必ず再生する……そういう存在だというのを“思い出した”。

 

「…………」

 

無言のままに今度はサイの愛用の神具、七魂剣スサノオに目を向けた。

姿は今までと殆ど変わりは無い、しいて言うなれば七魂剣の柄には色の無い透明な宝珠が新たに装着されている事位だ。

しかし明らかにその雰囲気はサイが今まで使っていた神具とは違う巨大な力のような波長を感じる。

 

だが驚く事は無い……寧ろこの姿、この力を放つ姿こそが実際の神具の姿なのだから。

サイが今まで使っていた物は寧ろ、今のサイと同じく『制御状態(セーブモード)』のような状態だった。

それが『戦友達の記憶』を取り戻した事により本来の姿を取り戻しただけなのだ。

 

「……ロック……」

 

小さく思い出した友の名を呟くサイ。

悪友のようであり、最初に『魂獣大帝』を決める為の戦いで戦友となった紅蓮の弓闘士。

すると彼の手の平の上に“紅玉(ルビー)”のような宝珠が現れ、七魂剣の柄の宝珠に吸い込まれる。

 

「……ミツキ、アガート……」

 

凛々しく、それでいて海の如く優しかった深海の王女。

誇り高き騎士としてサイを主と見定め、多くの戦いで背を護り戦った銀腕の天空騎士。

更に呟くと今度は“翠玉(エメラルド)”と“黄玉(トパーズ)”のような宝珠が手の平に現れた。

二つの宝珠は同じように七魂剣の柄の宝珠へと吸い込まれる。

 

「……ダレス、カヌキ、デヒテラ……」

 

強さを求め、それでいて武人としての教務も捨てる事無かった怪力無双の獣帝。

英知を知り、聡明なる頭脳を以ってサイを支えた樹海の才媛。

穏やかで麗しく、共に多くの戦を超えて来た白銀の姫騎士。

“金剛石(ダイヤモンド)”に“蒼玉(サファイア)”に“瑠璃(ラピスラズリ)”のような宝珠が現れては七魂剣へと吸い込まれる。

この行為の意味は解らないが、宝珠が出て来る度にサイは懐かしそうな表情をしていた。

 

「……ユーナ、ボルト、ギギ、キリク、バエル……」

 

勝気だが誰よりも仲間思いであった瞬刃の戦姫。

強者との邂逅、戦いを何よりも好んだ豪放磊落の龍闘士。

心は幼かったが、家族のように思う者たちを護る為に常に前線に立ち続けた獣人の皇女。

自らの生まれ故に他人を否定しながらも、信じた友の為に闇より仲間を助けた宵闇の魔人。

機械のように感情が無かったが、背を預けられる者達と出会い心を得た死界の死神。

“月長石(ムーンストーン)”、“藍玉(アクアマリン)”、“蛋白石(オパール)”、“トルコ石(ターコイズ)”、“血玉髄(ブラッドストーン)”。

宝珠が現れては今までと同じように七魂剣に吸い込まれた。

 

「……メルト……」

 

かつて自分を変えてくれた親友にして、至上の古代導術師。

すると手の平には“紫水晶(アメジスト)”のような澄んだ色の宝珠が現れて吸い込まれる。

 

「……ルーグ……」

 

何度と無く時には戦い、時には共に歩んだ黄金の騎士王。

その名を呼べば、サイの手の平には“柘榴石(ガーネット)”の如き宝珠が現れては七魂剣に吸い込まれる。

 

―――そしてもう一人、サイにとっては何よりも大切だった人物の名が口から呟かれた。

 

「……ムジナ……」

 

サイと同じく魂獣と人間の混血にして、かつて魂獣大戦を起こした隠神刑部一族の長の娘。

三刀流と呼ばれる変則の剣術を使い畏駕忍軍最強と呼ばれ恐れられた稀代最強の黒き風の姫にして、サイが最も愛した少女

―――その手の平には“黒玉(オニキス)”のような宝珠が現れ、サイの七魂剣へと吸い込まれた。

 

全てが吸い込まれたその時、七魂剣の柄に装着されていた透明の宝珠が虹色に光り輝く。

それはまるで主の目覚めを喜ぶかのように、歓喜の声を上げるかの如く周囲を鳴動させる。

 

「……俺はもう忘れない、お前達がいてくれたからこそ俺は此処に居る。

まだ全てを思い出せた訳じゃない、解らない事や何故此処にいるのかも理解出来ない。

だけどもう大丈夫だ……ありがとう、俺はお前達に出会えたから歪まずに今も生きていられるんだから」

 

小さくそう言い残すとサイは魂衣を羽織る。

まるでマントと着物を合わせたような姿となった魂衣は今まで以上にサイに似合っていた。

また己の意思で魂衣の姿を変える事も出来るようになったサイは、白を基調とした変わった装飾の付いた学生服へと外見を変えさせると部屋を出、3-Aの者達が待つ大広間へと向かう。

 

大広間では朝食の時間が終わっていたらしく、女生徒達が本日の奈良見学の予定を話し合っている真っ最中であった。

其処に白の学ランを纏ったサイが現れると何名かは怪訝そうな表情で、何名かは驚いたような表情で、そして何名かは大分憂鬱げな表情をして頭を押さえながらサイを出迎える。

 

「あら、サイさん? 今日は調子が悪いからホテルで休んでいるとエヴァンジェリンさんから聞きましたけど?」

 

怪訝そうな表情をしている人物達を代表して、どう見ても中学生には見えない母性を自然と振りまいている出席番号21番の那波千鶴(なばちづる)が声を掛ける。

実は彼女、本編には余り書かれて居なかったがいつも怪我をしたり他人と距離を取ろうとしている(ように千鶴には見えた)サイの事を何かと気に掛けてくれていた優しい人物だ。

ある意味では腕っ節や喧嘩などと言ったものとはまた違った『強さ』というものを知っている少女であり、サイもお節介を焼かれても悪い気はしないのか自分から話しかける事は無いが話さない訳ではない人物である。

(尚、サイがエヴァや茶々丸に美空などと言った関わりの多い人物以外と積極的に関わりを持たないのは一般人を裏の世界に関わらせない為の彼なりの配慮)

 

「あぁ、ゆっくり寝てたら調子良くなってよ……起きても大丈夫そうだったから起きて来ただけだ。

ちなみに服が変わってんのは昨日の寝汗の所為で着れなくなったから予備を着てるだけだ」

 

「あらあら、なら良かった♪

皆で一緒に修学旅行に来ているんですものね、サイさんだけ一人でお留守番なんて寂しいわ」

 

本当に心配していたのかサイの説明を聞いて笑顔を見せる。

最初に会った頃からまるでやんちゃな弟のようにサイの事を感じていた彼女にとって嬉しい事だろう。

まあ外見は別としても実際年齢は弟どころか先祖レベルの年齢ではあるのだが、この際気にしても仕方あるまい。

怪訝な表情をしていた者達も千鶴が聞いてくれた事によって納得したようだ。

 

続いて憂鬱げな表情をしている人物の代表そうな出席番号14番。

のどか&夕映の悪友のような存在であり、ちょっと調子に乗り過ぎる事と変わった趣味が珠に傷な少女の早乙女ハルナ(さおとめはるな)、通称パルがサイに米神を押さえながら話しかけた。

 

「おっはよう……イタタタッ……ううっ、朝から頭が痛いよぅ……」

 

どうやら昨日の音羽の滝にて酒の入った水をがぶ飲みしたのが原因で酔い潰れたのが原因。

早い話が二日酔いの様だ―――良く見てみれば他にもパルと同じような表情をしている奴等も居た。

全く、急性アルコール中毒やらアルコール依存症にならなかっただけまだマシである。

 

「フン、自業自得だ馬鹿野郎が」

 

そんな事には興味も無いらしく、しかもサイに慰めの言葉を期待する方が愚かである。

米神を押さえているパルに対しての一言は、呆れ交じりの失礼な一言であった。

 

「む~……サイ君、冷たいねぇ。

それが苦しんでるか弱い同級生に対する態度なの? もう少し優しくしてくれてもバチは当たらないよ?」

 

「知るか馬鹿、しかも何がか弱いだ阿呆が、テメェがもしか弱いとすれば世界中の全ての女がか弱いわ。

そもそも未成年(ガキ)の分際で酒飲んで二日酔いになんぞなってる奴に優しくする義理なんぞねぇよ」

 

実に無礼千万の、一日目とは打って変わったサイの口調。

まあ戦う為の方法やら過去の記憶の断片をまた少しでも思い出せたのが彼をいつも通りに戻したのだ。

それが『良い記憶』であれ『悪い記憶』であれだが。

 

「ぶ~、サイ君のケチんぼ~……でもそれよそれ、一体誰があんなイタズラしたっての?」

「……それこそ知るか、どっかにテメェのように悪ノリする阿呆でも居たんだろうよ」

 

流石に『木乃香を狙う関西呪術協会と言う胡散臭い連中がやりました』とも説明出来まい。

適当に相槌を打つサイ、結構失礼な事を言われているのだが元々楽観的で明るい性格とサイの口の悪さを短い間で理解したパルは口では文句を言いつつも気にしない。

 

「まあ良いけどね、アイタタッ……あ~、もう……本当に頭イタイよぅ、う~ん……」

 

後姿を見たサイは溜息を吐きながら目的の場所へと向かう。

一応、後で奈良の見学に出た時に二日酔いの連中全員の分の『二日酔い用の薬』でも買おうと思いながら。

―――前にも言ったが、意外とサイは口は悪いが面倒見は良いのだ。

 

最後に驚いた表情のエヴァ達の元に向かう。

最初こそは驚いていたようだが、サイが身体に殆ど不調を残していない為に安堵する。

ちなみに此処に居るのはエヴァに茶々丸に彼女に抱かれているさよ(人形)、刹那に明日菜&ネギ、更にザジと美空だ。

尚、サイが寝込んだと聞いてのどか&夕映に古、楓、真名の五人も色々な思惑のようなものを持って興味津々風に見ていた。

 

「……サイ、身体はもう平気なのか?」

 

エヴァが全員を代表してそう聞く。

見れば心無しか疲れたような表情をしている―――まあ、約二時間以上もの間を魔力を制御された状態でサイの流血を抑えていたのだから当然といえば当然の状態だ。

 

「オウ、万全だこの野郎……どこぞの誰かが無茶してくれたお陰でな」

 

その言い方でサイとエヴァは笑う。

この二人には余計な言葉など必要ない、相手の口ぶりで大体だが何を言わんとしているのか理解しているのだから。

 

「お兄ちゃん、本当に大丈夫なの? 刹那さんやエヴァさんに聞いたよ? 凄い怪我をして居たって」

 

ネギが心配そうに声を掛けてくる。

彼(彼女)はサイの事を厳しくも優しい本当の兄妹のように慕っているのだから当然だ。

 

「そうよ、私もビックリしたわよ……サイが昨日、別の所で戦ってたって今朝に刹那さんから聞いてさ。

しかもアンタ、エヴァちゃんから聞いた話じゃ弱くなっちゃってるんでしょ?」

 

昨夜、木乃香を関西呪術協会の刺客に攫われた際。

明日菜はネギやらエヴァやらに任せて散歩から戻って来ようとしないサイに対して憤りを露にしていた。

当然だ、自分は何もせずに他の人間に無茶をやらせるなどとは彼女としては納得しがたい事なのだから。

しかし今朝刹那からサイが別の場所で戦っていた事、そしてエヴァからある事情でサイは力が制御されてしまった事を聞いてその考えを改めて本気で心配した。

何せサイはほぼ人間のようになってしまった状態で強力な刺客を追い返したというのだから。

その所為で深い傷を負ったと聞いた時、明日菜の心が痛んだのは口にしなかったが。

 

「本当ですよサイさん、一人で無茶をしないで下さい……し、心配したんですから(ぼそっ)」

 

サイが苦しんでいる間、ずっとその姿を見ていた刹那。

今朝、目が覚めた時に表情が穏やかになっている事を確認して静かに部屋から出たのだが気にはなっていた。

何せ、魔法で治療したとしても後遺症が残るだろうという懸念が出るような深い傷だったのだから。

 

「ちょ、うわぁ……サイ君、こんな傷をシスターやココネが見たら気を失っちゃうよ。

駄目だよ、神父さんも言うじゃんか『汝自身を愛するように汝の隣人を愛せよ』ってさ。

人を助けたいって思っても、自分が無茶して心配掛けちゃ本末転倒だって」

 

ちゃっかりサイの横に行くと、シャツを捲って傷を確認する美空。

其処から見えた大きな傷を目で確認した彼女は、サイの無茶を諌めるようにそんな風に呟いた。

 

「サイさん、何かお身体に不都合はありませんか?

もしあるようでしたら遠慮なく言ってください、私に出来る事ならお手伝いいたしますので」

 

茶々丸の言葉と共に他の者に解らない様にウサギの人形が小さく何度も頷く。

どうやらこの二人も昨晩苦しんでいたサイを見て心配していたのだろう。

 

「…………(じ~っ)」

 

更に茶々丸以上に無表情で無口なザジまでがサイの服の裾を掴んで見つめてくる。

無口で、しかも表情が変わらないので解り辛いが彼女も彼女なりに自分と同じ存在であるサイを心配しているのだ。

 

「あ~あ~、もう解ったつうの!! つうかテメェらは俺の心配なんぞより自分の事を考えろ馬鹿野郎共が」

 

サイはそう言い終わるとさっさとホテルの入り口の方へと向かって行く。

照れ臭いというのもある、しかし関西呪術協会の刺客がいつまた襲って来るか解らない様な状況ではまず己自身の心配と警戒を怠らない事が大事だろう。

しかしエヴァやら刹那やら一部以外は一応は多少“裏”に関わっているとは言え一般人だ、出来れば巻き込みたくないと言うのが本音である。

 

 

「……ったく、心配性共が」

 

ぶつぶつ言いながら入り口へと向かうサイ。

心の中ではサイも彼女達に感謝しているのだが元々口が悪いので感謝を表すのが苦手なのだ。

その手には朝食の際に残っていた白米を不恰好に丸く握って貰った海苔を巻いただけのおにぎりモドキが握られている。

それを食べながら歩くサイの姿は意外にも似合っているように見えた。

 

と、其処に―――

 

「あ~、サイくん発見や~♪」

 

声と共に近づいて来る足音。

口調と声で振り向く必要も無く誰だかは理解出来る、今回の護衛対象である木乃香だ。

 

「何か用か?」

 

相も変わらずそっけない口調で言葉を返す。

その事を別に咎める事も無く、優しげな笑顔を浮かべた木乃香が振り返ったサイの前で止まった。

 

「もう、サイくん~。

駄目やんか、今日の奈良見学は班別行動やで? 一人で勝手に行ったらアカンて~。

それにそんなに難しい表情してたらアカンえ? やっぱりニコニコしてな~」

 

「悪ィがこれが地顔なモンでな。

それに班別行動つったって俺ん所の連中は現地集合って事にしてるから問題ねぇよ」

 

今更もう誰に対しても態度を変えないサイ。

しかし飾る事の無い性格と生き方が意外と思春期の少女達に好意を抱かせているのだから人生とは解らないものだ。

勿論、木乃香も好意を抱いている内の一人である……と言ってもサイへの感情は恋愛と憧れの中間と言った所だろうが。

 

かつてエヴァがまだサイと邂逅する前に『桜通りの吸血鬼』を語り、3-Aの生徒達の血を吸っていた時に偶々出会った二人。

その時に見ず知らずでありながら快く『助けてやる』と言ってくれたその姿は今でも木乃香の脳裏に深く刻み込まれているのだ。

 

これが“愛”と言う感情なのかはまだ解らない。

それでも少なくとも彼女がサイを慕っている事は火を見るよりも明らかだ。

だが其処でふと木乃香はサイに疑問を飛ばす。

 

「あんな~、サイくん。

実はウチ、昨日変な夢見たんよ。 変な人にウチが攫われて、せっちゃん(刹那)やネギ君やアスナに助けられるなんて夢。

でも夢にしたら随分リアルに感じたんや、これどう言う事なんかな? せっちゃんは夢を見ただけって言うんやけど……?」

 

どうやら昨日襲われた際に刹那達は『夢だ』とごまかしたようだ。

まあ、元々学園長から聞かされた話では木乃香の両親は魔法の事を娘が知るのを良しとしていないと言っていた―――その為の刹那や明日菜やネギなりの“苦肉の策”と言う奴だろう。

 

しかし木乃香はおぼろげながら攫われた事を夢と言われた事に疑問を持っているようだ。

そんな彼女にサイは慌てる事もなく言葉を返した。

 

「んな夢はとっとと忘れちまえ。

そもそもホテルの中で攫われたなら寝てる連中が大勢居るんだから誰かどうか気付くだろ。

現実的に考えりゃ誰も起こさずにお前だけ攫うなんて無理だ無理」

 

そう言い終るとさっさと歩き出すサイ。

彼の言葉を聞いても木乃香はまだ後ろで首を捻っていたが明日菜達が来た為、疑問を忘れるのであった。

 

 

新たな力、過去をまた少し取り戻したサイ。

これで戦力外ではなくなったし、彼自身も再び自らが一人ではないと確認する事が出来た。

だがまだ問題は山積みだ、そして再び新たな問題が起こる事を彼は知らない。

しかもそれが3-Aのある生徒によって、サイが最も嫌う形で起ころうなどとは―――

 




はい、第二十七話の投稿を完了しました。
今回の話は修学旅行一日目の舞台裏である前回の話の続きです。

戦友達の事を思い出し、愛した人の事を思い出し、前に再び歩き出す為の力を得たサイ。
全ての記憶が戻った訳ではありませんが、これである程度の魂獣としての能力・技術は思い出したと言えますね。


ちなみに此処で先に補足しておきます。
元々麻帆良学園は女子高ですので男子の制服は存在しません。
ですのでサイは今迄着物のような白い服を来て学校に通ってました。(神主が着る白狩衣のような服)
しかし今回の事で魂衣の力も解放され、自分の意思で自由に外見を変えれる様になった為、服装は彼の父親の着ていた鳳凰学園の制服っぽくなりました。
(解らない方は説明が難しいので公式で調べて頂くのが一番です、お手数ですが神羅万象の公式でお調べください)

ではでは、次回へと続きます。

尚、今回の副題も往年の名曲から取りました。
意味は『上を向いて歩こう』、故坂本九氏の代表作の英語吹き替え版の題名の一つです。
サイの父親がサイに教えた『前を向いて歩け』と言う言葉と共に、サイの今の心境を考えて付けた題名ですね。

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