魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ) 作:ZERO(ゼロ)
深夜―――人々が穏やかな眠りに入るその時間。
麻帆良の端にある大橋……かつてエヴァがサイと対峙したこの場所で再びエヴァはある人物と対峙していた。。
「遅かったな、坊や。
茶々丸の話によれば中途半端だが仮契約(パクティオー)したパートナーがいると聞いた。
確か神楽坂明日菜だったか? 連れて来なくて良かったのか」
エヴァが対峙するは件(くだん)の子供先生、ネギ・スプリングフィールド。
その表情は困惑の色が見える―――無理も無い、意味も解らずに決闘をする事となってしまったのだから。
「エヴァンジェリンさん、どうしてですか!?
ボクがエヴァンジェリンさんと戦わなければならない理由なんてこれっぽっちも無いですよ!!
それにボクは貴女の先生です、先生が生徒に手を出すなんて許されないじゃないですか!!」
しかし、ネギのその言葉にエヴァは笑う。
『真面目で頭が固過ぎると言うのも実に面倒なものだ』等と考えながら。
……あの子供先生の父親は細かい事など気にせずに自分の信念に従って行動していたものだが、親子でこれだけ違うと微笑ましさまで抱く程だ。
「喧しいわ、小僧―――そう言った言葉は相手が自分より弱い場合に吐け。
それに言った筈だな、茶々丸を襲ったと言う蟠(わだかま)りを無くしたいなら、全力で私と戦えと」
正確に言えばもう既に彼女はネギに対する蟠りなど持っていない。
だがかつて己が慕い、求めた男の血筋を引く人物がどれだけ強いのか確かめてみたかった。
かつてならその血を飲み干し、自由を得ようとしていたと言うのに……本当に彼女は良い意味で変われた。
「で、でも……ボクはエヴァンジェリンさんの先生ですし……」
生徒を危険な目に合わせると言う事をしたくないネギ。
しかしそんなネギをやる気を出させる言葉をエヴァは知っていた。
ネギの『唯一点しか見ていない事実』を考えれば自ずと直ぐにその答えは出たのだが。
「ふむ、ならば私に勝てれば貴様の知りたい父親の話をしてやる……まあ私の知っている限りの事だけだがな。
貴様は『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』や『千の呪文の男(サウザンドマスター)』などと呼ばれた己の父親の事を何も知らんのだろう?」
その言葉を聞いた瞬間、ネギの表情が変わる。
ネギは誰よりもサウザンドマスターと呼ばれた父親の事を知りたかった。
そして父親の様な偉大な魔法使いになる事こそが他の何を差し置いても叶えたい、何よりの望み。
「本当ですか、エヴァンジェリンさん……本当に貴女に勝てば、ボクに父さんの事を教えてくれるんですか?」
「二言は無い、まああくまでも“勝てたら”の話だがな……ほう、どうやら少しはやる気になったか」
エヴァには解る、ネギの雰囲気が変わった事が。
何かに妄信するというのは褒められた事では無いが、ネギにとっては父親の事を知りたいと言うのが原動力となっている。
真剣な表情となって魔法の杖を構えるネギ―――だが、ふとそこでエヴァはネギの前に手を出して呟く。
「小僧、少し待て……もう少ししたらこの決闘の立会人が到着するからな」
「えっ……立会人?」
立会人とは一体誰の事だろうか、想像の付かないネギは首を傾ける。
足音が止まり、其処に居たのは己が兄の如く慕う無愛想な銀髪の漢が居た。
「お、お兄ちゃん!?」
「来たか、待ちかねたぞサイ」
二人の言葉が重なる、それを小さく笑うとサイはゆっくりと二人の間に入った。
「今日の俺はお前の兄貴分じゃねぇし、キティの親友でもねぇ。
お前とキティの決闘に立ち会う立会人さ……どう言う結果が出ようとも最後まで見届けてやる。
二人とも悔いが残らねぇように全力でやれや」
それだけ言い終わると、欄干に腕を組んで寄りかかるサイ。
予期せぬ人物が立会人となったが、エヴァもネギももう既に戦う為の準備は終わっていた。
サイは何処からとも無くコインを出すと、指で弾いて空中に飛ばす。
虚空をコインは舞い、そのまま重力に引かれるままに大地に向かって落下する。
そして―――コインが大地に落ちたその瞬間、エヴァとネギの決闘は開始したのであった。
●
「リク・ラク ラ・ラック ライラック―――
喰らえ、魔法の射手 連弾・氷の17矢(サギタ・マギカ セリエス・グラキエース)!!」
「ラス・テル マ・スキル マギステル―――風の精霊17人、集い来たりて……魔法の射手 連弾・雷の17矢!!」
(セプテンデギム・スピリートゥス・アエリアーエス・コエウンテース……サギタ・マギカ セリエス・フルグラーリス)
激突し合う二人の魔法の矢。
氷と雷、相克した二つの属性は互いを反発し合い消滅させた。
魔力だけで言うのならばこの二人は互角と言えよう―――勿論“魔力”と言うだけならばの話だが。
「ほう、光だけでなく雷も使えるとは中々勤勉だな。
だが遅いぞ小僧、もっと詠唱の時間を早くしろ……そして数に頼ろうとして魔力の込め方がまだまだ甘い」
響くエヴァの冷静な言葉、彼女にとってこの程度の魔法の矢などゴム鉄砲で撃たれてるのと然程変わらない。
彼女はネギの方に掌を向けると、詠唱をさっきを裕に越える早口で唱える。
「リク・ラク ラ・ラック ライラック―――
闇の精霊、29柱(ウンデトリーギンタ・スピリートゥス・オグスクーリー)―――」
「あ、あうっ!? は、早すぎですよ!!」
咄嗟に魔法が飛んでくると思い、魔法障壁を張るネギ。
だが衝撃は来ない……恐る恐る目を開けると、其処には掌に魔法を維持したままネギを見下ろすエヴァが居た。
「どうした、一々待ってやっているのだ。
貴様もさっさと詠唱を唱えて贖って見せろ―――さもなくば貴様はナギの事は一切知る事は出来んぞ」
掌に魔法を維持し続けると言うのは簡単に出来る事ではない。
放つ魔法と同じ量の魔力を掌に纏い、放たれようとする斥力と留まろうとする引力を絶妙のバランスで抑え続けなければならないのだから。
ちなみにエヴァはその気になればこれを利用して遅延呪文(ディレイ・スペル)以上に魔法の発動を遅れさせる事も可能。
更に空間自体に魔法の矢を固定し、合図と共に全段発射するという某FF8の時間の魔女様も吃驚な技術も使える。
流石は世界最強クラスの魔法使いと言う奴だろう、そもそも力量が違い過ぎるのだ。
「……は、はい!!
ラス・テル マ・スキル マギステル―――光の精霊、29柱……魔法の射手 連弾・光の29矢!!」
(ウンデトリーギンタ・スピリートゥス・ルーキス……サギタ・マギカ セリエス・ルーキス)
そのまま詠唱絵を唱えると魔法の矢を放つ。
言うなれば不意打ちをしたようなものだが、エヴァは笑いながら向かって来る魔法とネギを見ている。
応用を知らないが頭の良い人物だ、今の態度でどういう事をエヴァが言いたいのか理解出来たのだろう。
まあ父親の事を知りたいと言う一心で後先考えていないと悪い考え方も出来るが。
「そうだ、それで良い! 卑怯だの卑劣だの、それは力を持たずに戦う弱者の戯言だ!
本気で相手を倒したいと思うのなら先見の目を養い、そして躊躇するな!! 教科書通りの戦い方など、所詮は戦い方を知らぬ甘ちゃんの戦い方に過ぎんわ!!!
魔法の射手 連弾・闇の29矢(サギタ・マギカ セリエス・オグスクーリー)―――ッ!!!」
エヴァの手から放たれた魔法の矢は目の前に迫ったネギの魔法の矢を簡単に相殺する。
彼女は手を抜いている訳ではない―――目の前の人物をしっかりと見て、戦い方のような物を叩き込んでいる。
そんなエヴァを見ながら立会人のサイは小さく溜息を吐きながら小さく呟く。
「……全くキティの奴、ネギの事を試したいなら初めからこんな回りくどい手を使わねぇで別の方法を使えば良いのによ」
サイはエヴァが何故今更ネギと戦うなどと言う事をしたのか理解していた。
一つの理由はサイと同じ、戦う事でしか解らない事があるからこそ戦うという道を選んだのだ。
もう一つはネギが彼の父親であるサウザンドマスターの血を引いている事を確かめたかったのだろう。
でなければ彼女の性格を考えれば決闘などと言う事などすまい。
エヴァは基本的に女・子供に手を出すような事はしないし、適当に魔法を放って終わりにする筈だ。
だから言うなればこの決闘はエヴァがネギの事を知る為にやっている事なのである。
……と、身にそんな事を考えているサイの耳に足音が聞こえてきた。
「サイさん、お疲れ様です」
茶々丸の声が聞こえた為に後ろを向く。
其処には茶々丸だけでなく明日菜と、彼女の肩の上にエロオコジョことカモが居た。
「な……何よあれは……」
しかし当の明日菜はエヴァとネギの戦いの方に目が向いていた。
爆発、橋を貫通する魔法の矢、傷を負うネギ―――明日菜でなくても目が離せなくなるのは当然だ。
だが戦いというものを知らない彼女にとっては目の前で起こっている事はいかんともしがたい。
「ちょ、ネギ!! サイ、アンタ何やってんのよ!? どうして止めないの!?」
「止める? 何でだ?」
慌てている明日菜に対してサイは何処までも冷静に言う。
さも当然の様に言うサイに対して明日菜は怒りを顕にした。
「何でだじゃないわよ!! ネギはまだ10歳よ!? そんなアイツに一体何やらせてるのよ!?
あのまんまやってたら取り返しのつかない事になるじゃない、それなのに何で止めないのよ!!」
「だからそれが何だ、喚き散らしたい事はそれだけか?
言いたい事が終わったなら黙って見てろ、これは一般人には到底口で説明しても理解出来ない事だ」
熱くなる明日菜と真反対に淡々と呟くサイ。
いつもと違い過ぎる……いつものでしゃばり過ぎず、そっとネギを見守っていたサイと全く。
憤怒とは逆に相手が冷静過ぎると途端に冷めて来る。
特に怖い程に冷静なサイの姿に明日菜の怒りはどこか急激に冷めていく。
怒りが収まった事を理解したサイは再び淡々と呟き始める。
「騒いでる暇があったら良く見ておけ明日菜、この戦いを。
それにお前は唯何も知らずにネギと仮契約とやらを結んだのかも知れんがな、進もうとしている先は今のお前の言ったような道理の通るような道じゃねぇって事だ」
「……えっ?」
言っている意味が良く解らない。
聞き返す明日菜に対してサイはエヴァとネギの戦いの方を見ながら再び呟いた。
「魔法なんて人を簡単に殺せる代物を使う奴がネギの様に皆お人好しだと思うか?
違うね、かつて神なんてモンが人を救う為に齎せた“火”も、今や使い方を誤り戦に使われてる。
火薬もそうだ、かつては炭鉱で崩落を減らす為に生み出された物が今や人を殺す為に使われてる……人と違う力ってのはまともに使おうとする奴も居れば、誰かを傷付ける為にしか使えねぇ奴も居るんだ」
黙ってサイの言葉を聞く明日菜、そしてそんな表も裏も知っているカモ。
力と言う奴は全員が全員必ず良い方向にばかり使う訳じゃない……それを悪用しようとする者も半々だろう。
何故このような事をサイが語っているのか、その理由は―――
「お前が進もうとしてるのはまさにそんな世界だ。
唯の一般人がテメェの勝手な考えで進んで良い世界じゃねぇ……平気で人が殺し、殺し合う場所だ。
そんな世界に覚悟もねぇ一般人がホイホイ足を踏み入れるんじゃねぇよ」
「…………」
明日菜はサイの辛辣な言葉に何も返す事は出来ない。
いや冷静になって痛感してしまった、目の前で起こっている魔法使い同士の戦いと言う物を間近で見せられて。
魔法なんてモノは拳銃と同じ。
相手に向けて引き金を引けば、相手に致命傷を与えるような代物。
それは決して優しいモノではない、下手をしなくても簡単に命を奪えるものなのだという事を。
「あっ……」
そこで明日菜は気付いた、何故サイがこんな話を語るのかを。
彼は“覚悟”や“誇り”というものを誰よりも重んじる人物である。
故に覚悟も無く、ましてや流されただけで裏の世界と言うものに足を踏み入れる者の真意を問うて居るのだ。
それに簡単に中学生の少女が答えを出せる訳も無い。
そもそも外見的に考え、サイやらエヴァやらがそんな覚悟を持っている事がおかしいのだ。
(まあ、実際年齢は別としてだが)
「あぁ、それにもう一つ言い忘れた事がある」
その言葉に振り向く明日菜。
そこで見たサイは何処と無く寂しげで、何処と無く表情が暗い。
彼から放たれた言葉が、その表情の意味を教えてくれた。
「ネギがまだ10歳某(なにがし)とか言っていたよな。
俺は今のアイツ位より少し上の頃にはもう人を殺してたぞ、まあ生きるのに必死だったから望んで殺した訳じゃねぇけどな」
その言葉は明日菜を、カモを凍りつかせた。
茶々丸だけは前回で望む望まないに関わらず過去を知ってしまい、痛々しい表情をしていたが。
だからこそだろう、今から起こる事に茶々丸は気付けなかった。
そして魂獣界から来たモンスターの気配を感じ取れる筈のサイも、その存在が持つ能力によって阻害されて近付いているのを気付けなかったのだ―――
●
一方、魔法同士がぶつかり合う戦場。
全力で魔法を使い続けていたネギも、完全に封印から解放されていないエヴァにも限界が近付いていた。
「フン、互いに限界が近いか。
ならばこれで終幕としよう!! 全力で貴様の最強の魔法を叩き込んで来い、小僧!!
リク・ラク ラ・ラック ライラック―――来たれ氷精、闇の精(ウェニアント・スピーリトゥス・グラキアーレス・オグスクランテース)!!」
エヴァの詠唱はサイと最初に戦った際に使った中位の魔法。
これを使うという事は彼女なりに戦いの中でネギの意志を感じ取り、そして認めたのだろう。
ネギもまた真っ直ぐにエヴァの方を見ると残る全力を唯一つの魔法に注ぎこむ。
「解りました、エヴァンジェリンさん!! これがボクの、今のボク自身の全力です!!!
ラス・テル マ・スキル マギステル―――来たれ雷精、風の精(ウェニアント・スピーリトゥス・アエリアーレス・フルグリエンテース)!!」
ネギもまた唱えるは全力の、最も強い魔法。
エヴァの使わんとする中位魔法と同種の魔法だ。
「闇を従え、吹雪け常夜の氷雪(クム・オグスクラティオーニ・フレット・テンペスタース・ニウァーリス)!!!」
「雷を纏いて、吹き荒べ南洋の嵐(クム・フルグラティオーニ・フレット・テンペスタース・アウストリーナ)!!!」
二人の視線が重なる。
強力な魔力の本流は二人の両の手から流れ出し、オーラはまるで黒き龍と白き龍を模った。
「来るが良い、小憎ォォォォォ!!!!!!」
「はい、エヴァンジェリンさん!!!!!!」
模った黒き龍と白き龍が巨大な暴嵐となり、手の平の前に集まる。
そして最後の詠唱が二人の口から発せられた。
「闇の吹雪(ニウィス・テンペスタース・オグスクランス)―――ッ!!!!」
「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)―――ッ!!!!」
放たれた二つの暴嵐はぶつかり合い、凄まじい斥力を発生させ、周囲の物を吹き飛ばす。
黒き嵐と白き嵐はお互い一歩も引く事無く押し合う……しかし、徐々に白き嵐が黒き嵐に押され始めた。
「(くっ、凄い力だ……だ、ダメだ……打ち負けちゃう……やっぱりボクは、この程度なの……?)」
諦めそうになるネギ、だがその背に怒号の如き声が響く。
「簡単に諦めるんじゃねぇネギ!! テメェはもう逃げねぇって決めたんだろうが!!
だったら信じろ、テメェ自身を!! 限界なんぞテメェ自身でブチ破りやがれぇぇぇぇ!!!!」
その声に諦めかかっていたネギは眼を見開く。
そうだ、もう決めたのだ―――決してもう諦めない、決して逃げないと。
「(はっ……お兄ちゃん!?)
そうだ、諦めない……ボクはもう、絶対に諦めないんだぁぁぁぁぁ!!!! ウ、ウォォォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!」
ネギの天を突く気合の声。
両の手で、自らに残った魔力全て込め、全力で黒き嵐を押し返す。
格好悪くても良い、無様でも良い……持てる力全てを賭けて、全力でネギは魔力を解放したのだ。
押し返された黒き嵐を見ながら、エヴァは嬉しそうに笑う。
「そうだ、それで良い。
貴様の父親、サウザンドマスター・ナギはどんな苦境でも笑って乗り越えた。
貴様もその血が流れているなら、最後まで諦める事だけはするな!!」
エヴァもまた、両の手で白き嵐を押し返す。
二つの嵐は互いに強大な力を放ち、そして遂には相殺したのだった。
相殺しあった魔法に、完全なまでの全力を出していた為か力尽きて倒れる二人。
直ぐにエヴァの方には茶々丸、そしてネギの方にはサイと明日菜が走り寄る。
「マスター!!」
「……心配いらん茶々丸、少しばかり魔力を使い過ぎただけだ―――だが、流石は“奴の息子”だな」
ネギは完全に気を失っている。
強大な魔力のぶつかり合いによって服はボロボロだ……しかし、命に別状は無い。
「ネギ、確りしなさいよ!! だ、大丈夫なの!?」
「呼吸は安定してる、命に別状は無い……良く頑張ったな、ネギ」
身体には小さいが傷がかなりある。
小さいとは言え油断すれば其処から悪化してしまう可能性は無いとは言い切れない。
「このまま放って置くのは拙いな……悪ぃなキティ、お前の治療も直ぐにするべきなんだが」
「フッ、気にするな……茶々丸にでも頼むから問題ない、それよりも小僧の治療を優先してやってくれ」
その言葉に頷くと今度は明日菜の方を向く。
「明日菜、手伝え……取り合えず上着を脱がせろ……別に10歳の餓鬼に欲情もしねぇだろ?」
「私を委員長と一緒にすんなぁぁぁ!!! 解ってるわよ、今脱がすからちょっと待ってなさい」
服を脱がしてやりながら明日菜はサイの事を見た。
何だかんだ言いながらも、お兄ちゃんといって慕ってくれるネギの事は心配しているのだ。
自然と笑みが零れる、実に不器用な『お兄ちゃん』であると。
と、その時―――不意にサイは『ある事』に気付いた。
恐らく治療をすると言う行為がなければ気付けなかったであろう、それ程までに完璧だったのだから。
ある意味ではこれもまた魔法と言う能力の恩恵とも言えるが……まあ野暮な事を言うのは止めておく事にしよう。
「……そうか、そう言う事か……全く、無茶しやがる奴だな」
「……? どうしたのよサイ?」
「いや、何でもねぇよ……それより治療が終わったから早く服着せてやれ」
先程の驚いたような声を若干気にしつつも服を着せてやる明日菜。
これで今回の決闘は終わった、ゆっくりとサイは立ち上がると座り込んでいる明日菜に手を差し出した。
「……ありがと」
その手に掴まる明日菜。
そして立ち上がった明日菜に向かって服の埃を払いながら立ち上がったエヴァが言う。
「神楽坂明日菜、小僧が起きたら伝えろ……お前の知りたがっていた父親の話、明日にでも話してやるとな」
「あぁ、はいはい……てかエヴァンジェリンも素直じゃないわね、教えるなら始めから教えてあげなさいよ」
「喧しい……それに馴れ馴れしく名で呼ぶな、明日の朝に近くの喫茶店で待っている」
そんな態度を取りながらも本当はエヴァが優しい人物だと解った明日菜は微笑む。
ネギを背負い、寮の方へと歩き出そうとした……すべては終わり、後は帰るだけだと思っていた。
―――まさにその時。
『ウウゥ、見付ケタ……獲物……久シブリノ、獲物ダ……クヒヒヒヒヒヒ!!!!!』
「……えっ?」
明日菜の目に映った不気味な化物。
突然の事に動く事が出来ない……度台、ネギを背負ったまま素早く逃げるのも不可能だろう。
漫画に出て来る死神の様な骨の姿の化物がゆっくりとその手に持った鎌を振り上げても、明日菜は動けない。
だが、その鎌は明日菜に振り下ろされる事は無かった。
急に視界が赤く染まると……次に見えたのは小さな背中、銀髪の少年が鎌によって斬られ血を噴出した姿だ。
その瞬間、明日菜の脳裏に見た事も無い光景が映った。
大量の弓矢や魔法を喰らい、崩れ落ちる見た事も無い青年の姿が―――
『キ、貴様ハ……忌々シキ我ラガ怨敵、白面九尾ノ者カ!?』
斬られながらも相手の頭蓋を掴むサイ。
白い着物は鮮血に染まり、大きな傷と共に破れていたがそんな事など気にしていられない。
そのまま手に力を加えると相手の頭蓋を握り潰した。
「クッ、どういう事だ? 何故、何故気付けなかった―――あれ程近くに居たと言うのに……?」
切り裂かれた傷を手で押えながら呟くサイ。
傷はそんなに深くは無い、だがそれよりも問題なのはあれ程近くに魂獣界の怪物が居たと言うのに気付けなかった事だ。
サイはいつも気を抜いている風に見えるが、何処からでもモンスターが来たり、襲撃を掛けられる可能性を考慮して自らの周囲には常に気を配っている。
自らの見える範囲ならネズミが一匹入り込んだとしても見落とす事など無い筈だ。
いや、もしかしたら一つだけ可能性というものは合った。
しかし確かその魔獣達は消滅した筈だ―――多大な犠牲を払い、一人の“語られる事なき英雄”によって。
そしてその時、サイは思考に耽ってしまい気付いていない。
サイの後ろで鎌のみが宙に浮き、サイを狙っていたのを―――
「サイ、後ろだ!!!!」
「何!? 馬鹿な……まさかコイツ、鎌の方が本体だったのか!?」
飛んで来た鎌はもう既にサイが避ける事の出来ない場所にまで飛んで来ていた。
このまま行けば致命傷は免れまい……なんとか避けようとしたその時、サイは急に横から誰かに突き飛ばされたのだ。
「きゃああああっ!!!?」
サイを突き飛ばしたのは明日菜だった。
虚ろな、何処か遠くを見ているかの如きいつもとは違う目付きでサイを庇ったのである。
刃は肩を抉り、下手すれば胸に届く程に深く、散華の如くに赤い血をばら撒いて。
「テ、テメェェェェェ!!!!!」
更に方向を転換してサイに攻撃を加えようとした鎌を消し飛ばす。
急いでサイやエヴァや茶々丸が近付くと明日菜は胸に負った傷で虫の息になっていた。
「馬鹿野郎、何やってんだテメェは!? 俺なんぞより自分の身体や命を大事にしろ馬鹿野郎が!!!」
急いでエヴァは倒れた明日菜に応急処置のような形で治療術を掛ける。
しかし元々ネギとの戦いの際にだいぶ魔力を使い果たしていた今のエヴァでは流れる血を止めるだけで精一杯だ。
―――ふと、そこで明日菜が何かを呟いている。
「……ないで」
「喋るんじゃねぇ!! 黙って体力を温存しろ馬鹿野郎!!」
サイは怒鳴るが、明日菜は虚ろな表情のままで呟き続ける。
「行か……ないで……死なな……いで……。
私を……私を、また……独りぼっちに……しないで……お願……いだか……ら……」
言っている事の意味は解らない。
唯このまま放っておけば確実にこの少女の命は燃え尽きてしまうだろう。
「クソが、仕方ねぇ!!」
サイが思い付いた一つの方法、それはこの絶望的な状況を救える唯一の方法だ。
だがそれは同時に何よりも苦しく辛い道行になってしまう可能性がある、しかし今はもう迷っている暇などこれっぽっちも無いだろう。
「オイ明日菜、良いか……生きたいって強く願え!!
絶対に死にたくないって、こんな所で朽ち果てたくないって全力で願え―――解ったな!?」
サイの言葉に虚ろだった目に光が灯る。
死にたくない……自分にはまだやりたい事がある、だからこそ死ねない。
その目を確認したサイはエヴァが止めようとするのも聞かずに明日菜の傷の上に手を置いた。
『伊邪那美命言 愛我那勢命 爲如此者 汝國之人草 一日絞殺千頭
(ナミノミコトカタルハ イトシキワガナギノミコト ナノクニヒトクサ ヒトヒニチガシラクビリコロサン)
爾伊邪那岐命詔 愛我那迩妹命 汝爲然者 吾一日立千五百産屋
(ナギノミコトソレニカエサン イトシキワガナミノミコト ナガソヲナセバ ワレハヒトヒニチイホノウブヤヲタテヨウ)
是一日必千人死 一日必千五百人生也
(コレヲモチテヒトヒニカナラズチイタリシセバ ヒトヒニカナラズチイホタリウマルルナリ)
禊祓――桃華・黄泉返り』
(ミソギハラエ――トウカ・ヨモツガエリ)
その祝詞のようなものを唱え終わった瞬間―――
サイと明日菜が目が眩むほどに光り輝く……その余りの眩さにエヴァも茶々丸も目を閉じてしまった。
そして光が収まった時、エヴァと茶々丸は目を疑った。
なんと今まで生きる事すらも絶望的に見えた胸に刻まれた明日菜の傷が跡形も無くなっていたのだ。
信じられない、あれ程の傷を跡形も無く完治させる事などは生半可所か上位の治療師でも不可能に近い筈である。
それを跡形も無く治してしまったサイのこの力は一体?
「こ、これは? サイ、一体今の力は何だ?」
しかしそれに相反してサイの表情は悔しげで、悲しげで。
本来ならばこの技法は決してやりたくなかった―――誰よりもこの技法をやった先にある“現実”と言うのをサイは知っていたからこそ。
「……今は明日菜とネギを休ませてやってくれ。
(ペッ!!)……明日、明日ネギがお前に話を聞きに来る時に全てを語るからよ」
口から血を吐き棄てると、傷を押えて歩き出すサイ。
流れていた血はいつしか少なくなり、傷はサイ自身の身体に流れる法力によって再生する。
傷が無くなり、押える必要も無い筈なのにサイは唯傷のあった所を手で押えながら歩き続けた。
この傷の治りの早さもまた、彼が自分自身で言う“化物”の証だろう。
夕日に向かって歩いていくその後姿は、何処かいつもと違い遠く小さく見えた。
はい、第二十二話の再投稿を完了いたしました。
今回はエヴァvsネギのバトルの後半部+オリジナルストーリーを挟み込みました。
この作品はある意味、サイとエヴァが主人公とも言える作品です。
ですのでエヴァさん、明らかに原作よりも強くなっていますがお気になさらずに。
注)何せFF8のラスボス、時間の魔女・アル○ィミシアの時間固定→放出みたいな事出来るようになってますからね。
もっと言い方変えるならジョジョの奇妙な冒険・第三部のラスボス、DIO様の『ザ・ワールド』みたいな事が出来ます。
ただし時を止めるのではなくて、空間に魔法の矢を固定・自由に放出出来るのですが。
今回の題名の通り、信じてくれる者が居るなら人は強くなれると思います。
例え相手が子供であれ、子ども扱いせずに一人の人物として扱えば必ず人と言うのはその期待に答えようとするものだと思いますからねぇ。
誰かに心配されてばかりで信用されないという事……それは結局、その人物を成長させる事はありません。
そう言う人物は結局、『困れば誰かが何とかしてくれる』などと言う甘い考えを持つようになります。
責任感、信頼される事。
自分自身で考え、自分自身でどうするべきかを迷い、そして自分自身の答えを出す。
そしてその答えを信じてもらう事が出来れば、人は己から結果と向き合う事が出来るようになると筆者は考えております。
まあ結局、最終的には『人に信じて貰う事、自分を信じ迷わない事』……この二つを心に抱いて進むというのが一つの“強さ”だと思いますね。
これが確り自分に確立されるようになれば、ネギ君は一皮向けた人物となれるでしょう。
ではでは、次回へと続きます。
取り敢えず次回の話で第一章『吸血姫邂逅編』は終わりですね。
続きまして物語は第二章『京都修学旅行編』へ―――