魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.15:ヴァルキュリア達の恋愛事情

人の出会いとは実に様々だ。

良き出会いをする者、最悪な出会いを経験する者、人は其々が其々の状況で出会いを経験する。

そしてそれと共に出会った者が良くも悪くも己の後の人生に影響を及ぼす事もある。

 

サイとエヴァンジェリンの出会いは最悪であった。

それでも現状を考えれば良い出会いであり、共に人生に良い影響を与えたと言えよう。

 

出会いとは時に人に色々な感情を植え付ける。

興味、恐怖、畏怖、畏敬、危険視など色々な感情はあれど中でも一番性質(タチ)が悪いのが愛情、つまり一目惚れという奴だろう。

嫉妬やら羨望やら虚栄やら劣等感やらと言った人間にとって醜い負の感情とは殆どが恋愛感情から生まれて来ると断言しても過言ではあるまい。

 

今回スポットが当たるのはまさにそんな恋愛感情を抱いてしまった者達。

前回の話でサイと古の仲睦まじい(と、勘違いしている)姿を見てしまった乙女達の物語の序章である。

 

此処で先に言っておこう。

恋に恋する乙女は無敵であり、実に恐ろしいものであると言う事を決して忘れないで欲しい。

 

では此処よりサイの受難の始まりの日の幕は上がる。

 

 

 

 

まずは長瀬楓の場合。

彼女の場合、サイへの第一印象は『面白そう』であったと言う。

己と同じ寮のルームメイトである鳴滝姉妹(姉・風香、妹・史伽)による悪戯のトラップを蹴りのみで蹴り払った少年。

その姿を見た時、正直すぐに彼女はサイが実力者だと理解出来た。

 

彼女は拳法バカで戦闘狂(バトルマニア)の古とは違い、取り立てて強い者と戦う事を好んでいる訳では無い

勿論、嫌いと言う訳では無いが自分の周りに本気で戦ってみたいと思うものが居なかった。

 

しかしあの日。

バカレンジャーとネギ、木乃香、サイと共に図書館島に行ったその日に見たもの。

全身中に致死に近い古傷を負ったサイを見た瞬間、彼女は『同年代にこれ程まで己を鍛え抜いた者が居たのか』とまで驚いた。

それと共に興味を抱き、生来冗談好きな楓は古と共に『裸を見られた責任を取れ』てな言い方でサイに関わりを持つようになったのだ。

考えて見れば自分から戦いたいと思った相手は彼が初めてだろう。

 

冗談交じりに最初は困っている姿を見る心算で呟いた小さな冗談が無意識ながら本気になるまでに時間は掛からなかった。

感情は彼女が気付かないだけで所謂『一目惚れ』という奴であり、遅かれ早かれ楓は物騒な形でサイに告白していただろうが。

 

元々『甲賀中忍』である彼女にとってその感情は今までで初めて感じるもの故に勘違いも無理は無い。

自分の感情に気付く筈も無く、また一目惚れ等という言葉など己には一生関係ないと思っていた彼女は自分自身の中でどんどん大きくなっていくサイへの感情に戸惑いながらも修行の日々を送っていた。

 

されどその日―――サイと親友・古の戦いを見た日、彼女はサイの圧倒的な強さを知る。

更に古を背負って何処かに歩いていく姿を見、心に去来する切なさのような物に気付いてしまった。

そんな自分を不甲斐ないと思い、修行に前よりも没頭する楓であった。

 

しかし次の日、世間的には日曜の朝。

陽の昇り始めた山中での修行中、彼女は森の中で自分以外の気配を感じる。

 

「む? 一体誰でござろうか?」

 

疑問に思うも当然、普通に考えればこのような時間に人が居る事はあるまい。

好奇心に駆られた彼女は気配のした方に向かい、そこで思いがけない人物の姿を見た。

 

「あれは……サイ殿?」

 

其処にはサイが大木の下で静かに座禅を組んでいる姿がある。

両の目は確りと閉じられ、呼吸している事を表すように体が静かに動く以外は一切音も無い。

普段の不機嫌そうな気配は完全に形を潜め、まるで本当に仏像か石像かの如くに風景へと溶け込んでいるかの様だ。

 

見れば鳥が肩に止まっているがサイは石の様に身動きは殆どしない。

まさに凄まじい程の集中力―――言葉に語られる『明鏡止水の境地』とは今の彼の状態の事を言うのだろう。

 

いつのまにか楓の視線はサイのみを捉えている。

見るだけで理解出来た……器が違い過ぎる、格が違い過ぎる、あれ程の境地に己が達するのにどれだけの歳月が必要な事か。

若くして甲賀忍者の頂に立った楓、慢心などと言ったものはしていない筈だったが流石にショックを受けていた。

……と、暫くサイの姿を目立たない場所から眺めていた楓の耳に不意に言葉が投げかけられる。

 

「さっきから何か用かテメェ?」

「えっ!?」

 

彼女は若いとは言え甲賀忍者の最高位の中忍、隠行や気配を隠すのは誰よりも得意である。

そんな彼女の気配を察し、あまつさえ肩に止まった小鳥が飛び立つ事も無く言葉を飛ばすなど普通では不可能な筈。

故に彼女にとってサイの言葉は文字通り『不意打ち』であった。

 

「あっ……し、しまった……!?」

 

咄嗟に声を掛けられた楓は驚いて後ろに下がってしまう。

彼女がサイを見ていた場所は木の上、それも細い今にも折れそうな枝の上だ。

神経を集中していたからこそその様な細い枝の上に立っていられたのだが、動揺した彼女はまさに『猿も木から落ちる』と言う言葉そのままに足を踏み外して落ちた。

 

普段の彼女ならば簡単に着地しただろう。

しかし連日の気付かない内にサイに心奪われていた事やら他の要素が相俟って楓は落下していく。

このまま大地に叩き付けられれば、恐らく大怪我を負うだろうなどと冷静に考えながら。

だが次の瞬間、不意に彼女の落下が止まったのだ。

 

「気をつけろバカが」

 

楓の細い目に映ったサイは手を彼女の方に向けている。

その行為の意味が解らない楓は落下が止まった理由を調べようと自分の体を見た。

すると彼が自分の方に向かって手を向けていた意味が直ぐに理解出来たのだ。

 

落ちそうになっていた自分の肌を完全に避けて服の部分に小剣が刺さっている。

つまりサイは落下した場所に間に合わないと理解して楓の衣服目掛けて自分の持っていた小剣を投げたと言う事だ。

しかも肌などに一切傷を付ける事も無く、唯淡々と。

 

サイと楓の場所は大分離れている。

しかもサイは座禅を組んでいて体勢は更に低く、楓は落下中と言う不安定な体勢な事を考えれば驚異的な事だろう。

更に肌に傷一つ付けないと言う事はまさに針の穴を通す程の正確さが必要であったと言う事だ。

本当にとんでもない集中力やら度胸やらを持ち合わせている少年である。

 

「おい、大丈夫か?」

 

起こった一瞬の事に呆然としている楓。

声を掛けられた瞬間、目の前にサイが居る事に気付いた。

硬直していた楓はそこで意識を取り戻し、触れ合う程に近くに家族以外の男が居る事に驚いく。

 

「え、はっ……だ、だだだだだ、大丈夫でござるよ!?」

「だったら足のつく場所だぞ其処は、とっとと立ち上がって服直すなり何なりしろや」

「…………へっ?」

 

そう言われて自分の体を見る楓、彼女は修行の為に甲賀忍軍の修行着を纏っていた。

だが落下した際にサイが止める為に小剣を肌を逸らして投げていた為、本来は束ねられていた筈の修行着の帯が外れて木に吊るされていたのだ。

と言う事は今の楓の服装はどうなっているか理解出来るだろう、出来るなら青少年には見せない方が良い格好だ。

 

「……あ……ああああ……」

「先に一応言っておくが今回も前回(図書館島の時)と同じで不可抗力だぞ」

 

フルフルと震える楓、どうやら相当に頭に来ている様だ。

彼女の様子とは裏腹にサイはマイペースに木に刺さった小剣・スサノオを抜くと腰のホルダーに戻した。

 

「……でござる……」

 

不意に楓が小さく呟いた。

サイは楓が何かを言ったのを聞えなかったのか振り向く。

するとそこで見たのは羞恥心からか目から涙を流している楓の姿であった。

 

「あんまりでござる~~~!! 一度ならず二度までも男子に素肌を晒すなど~~~!!

もう拙者は完全にお嫁には行けないでござる、責任を取るでござるよぉぉぉぉ!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 

いつも口が悪くクールなサイも流石に女の涙を見たら心に響くだろう。

何処ぞの政治家が言ったが涙とは実に強力な女の武器であるから。

 

「嘘泣きしてんじゃねぇよ……こう見えても感情の機微には鋭い方だ、その涙が嘘か本当か位は理解出来るぞ」

 

あっ、通用しないのが此処に居た。

まあ元々白面九尾は人の感情を読んだりするのは得意であるし、感情を惑わす術も数多く得意としている。

例えば惚れ薬などというものを使わずとも自分を好きにさせると言う事も出来る……ただしそれは術でも上位の方に入る為か初歩しか覚えていないサイには不可能だし、本人もそう言った術は嫌いな為に覚えていたとしても使わないだろうが。

(しかし感情の機微に鋭い割には自分への好意には殆ど気付かない人物であるが……)

 

「ありゃ、バレてたでござるか……拙者もまだまだ修行が足りないでござるよ」

 

すると今まで泣いていた楓が直ぐにけろっとして笑顔を見せている。

考えても見れば彼女は忍なのだから忍術だけでなくそう言った部分も修行させられてるのだ、どうやら簡単に読まれるとは思っても見なかったようだが。

 

「まあどうせ何か俺に頼みたかったんだろ? 泣いた振りして同情を引くってのは大体が腹に一物あるからだ、違うか?」

 

更に鋭いサイの指摘に笑顔を浮かべながら楓は頷く。

 

「其処まで気付いているなら丁度良いでござる。

実は拙者、ある事に白黒付ける為にサイ殿と手合わせを所望致す次第でござるよ……流石に乙女の柔肌を二回も見ているでござるから断りは致しかねますまい?」

 

内容は半分脅しだが、その真摯な楓の眼差しを見たサイ。

こう言った目をする者に面倒だからなどという理由で断るのは失礼だと言う事は良く解っている。

何より自分も重んじる『誇り』がその様な事をする事を望まないのだ。

 

「良いぜ、ただし一回な? 俺もこれからやる事があるから時間を取られてばっか居られねぇんでよ」

「かたじけない―――では、いざ勝負でござる!!」

 

構えを取った二人は地を蹴る。

この後の戦いの結果は語る必要などあるまい……少なくとも『修行』と『実戦(殺し合い)』の差など言わずとも解るものだ。

簡単に補足しておけば楓はサイに腕を使わせるまでも無く完膚なきまでにボロ負けした。

しかしそれにより楓は己の内にあった本当の想いをハッキリさせたのだ。

サイが帰った後に楓は空を見ながら呟く。

 

「うむむ、最初は冗談の心算でござったが拙者がこの様な想いを男子に抱くとは―――しかし悪くは無いでござるな。

拙者はまだまだ修行不足、されど何れこの刃はサイ殿と共にありとうござる……ふふふ、覚悟するでござるよ旦那様♪」

 

地に伏しながら何処までも澄み渡る晴天の空を見つめ、楓は顔を赤くしながら小さく呟いた。

 

 

 

 

次は龍宮真名の場合、彼女は基本的に色恋沙汰には興味が無いように見える。

 

何しろ某凄腕のスナイパー並に仕事に対してストイックな人物だ。

依頼を受け、報酬さえ貰えればどのような仕事でも請け負い、その仕事の為には己の感情すらも冷徹に切り捨てられる。

まさに完全なプロフェッショナルと言えるだろう。

 

そんな彼女がサイに興味を持ったのは、まさに彼とエヴァが死闘を繰り広げている場面だった。

戦っているその姿、威圧感……今まで多くの者達と相対してきた彼女にとって自身が震える程に衝撃的なものであったのだろう。

 

後に学園長により紹介され、時々一緒に学園に出没する魔物達や侵入者の排除をしていた。

サイ自身は自分の事を語る事も無く、馴れ合う事も無く、淡々と仕事を遂行していく。

真名もまた積極的に係わり合いを持たず、時々侵入者の排除を手伝って貰う……そんな関係が続いていた。

 

しかし共に戦っていく中で真名は気付いた事がある。

多分、普通の生き方をしている者には一切解らないほんの些細な事だ。

 

それは時々サイが『昔の自分』と同じような目をして遠くを見ている姿。

何処と無く空っぽで、虚ろで、痛々しく、何かを背負い、生き続けて悲しいまでに磨り減ってしまった者の目をしていた。

 

同属同情と言う奴だろうか?

真名もまたサイと同じように苦しみ、空っぽになってしまった時があった。

そんな事を解っている彼女はいつしか共に組むようになって仕事上のパートナーとして信頼するようになっていく。

苦しみを背負って生きる者に薄っぺらな者など居ないと彼女は仕事を続けて来ていて良く知っていたからこそだ。

 

彼女が抱いた感情は同情と言う存在でもあり、またそれとは違うものでもある。

遥か昔に失くしてしまった筈の生の感情、心の奥底から訴えかけるその感情に真名は表情にこそ出さなかったが困惑していた。

だからこそ、丁度朝に楓との手合わせを終えた後に麻帆良を散歩をしていたサイに唐突に彼女は頼みをした。

 

「あぁ? 俺と戦いたいだ?」

「ああ……理由は聞かないで貰えると助かる」

 

その言葉に一度黙り込むサイ。

基本的にサイは独りが好きな為か真名とは時々頼まれて組む位だが、冗談で勝負を挑むような人物で無い事は理解していた。

 

「……場所と時間は?」

「今日の夜10時、世界樹前公園の近くの森林の中で」

 

それ以上詮索せずに戦う場所を聞く。

元々彼は他人の事情を彼是詮索するような事はしない、それに真名の目を見ればそれで充分だ。

……戦士の目となっている彼女の願いを断るなど無粋な事だ。

 

戦士に対しては戦士の返礼をする。

それがサイと言う少年の、いや漢の『信念』である。

 

その日の夜、寧ろ深夜に近い時間、世界樹前公園近くの森林の中。

片手に七魂剣スサノオを携えて静かに目を瞑っているサイにその近くの木の上には見届け人の様な形でエヴァが来ていた。

 

「……お前も暇な奴だな」

 

「何、最近酒の肴になる事が無い。

しかしサイ、お前とあの龍宮真名の戦いなら良い娯楽になるだろう? 心配せんでもお前の誇りを汚すような事はせんさ」

 

そんな風に談笑する二人。

すると不意にサイは鬱蒼と生い茂った草むらに向かって声を飛ばした。

 

「おい龍宮、いつまでそこで俺らの話に聞き耳立ててる心算だ?

先に言っとくが俺を奇襲しようとしても無駄だ、元々気付かれてたら奇襲の意味はねぇぞ」

 

「フフフ、やはり無理か。

流石だねサイ、それにあれ程派手にやりあったのにエヴァンジェリンと仲が良いとは知らなかったね」

 

真名の言い様にエヴァは小さく一つ鼻で笑った。

仲が良いと言う言葉は間違っていないだろう、意味合いは兎も角として。

二人は性別関係無しの親友であり、特にエヴァはサイに家族以上の愛情も持っていたのだからその反応なのだろう。

本当に良い意味でエヴァも短期間で変わったものだ。

 

「俺達は喋り合いする為に来たんじゃねぇと思うがな?」

 

サイのその一言に真名も笑う。

そう、その目は一瞬で獰猛な獣のようにギラギラしている様にも見えた。

表情だけはいつもどおり冷静なのだが。

 

「そうだね―――じゃあお喋りは此処ら辺で止めて、そろそろ始めようか!!」

 

“ダンダンダンダンッ!!”

 

真名の言葉と共に放たれる白光と鼻を突く硝煙に耳を劈く音。

羽織ったコートの中から二丁の拳銃が抜かれて引き金が引かれる……が、サイは至近距離で撃たれたに関わらず身を翻して飛来する弾丸を避けた。

銃を抜く瞬間を超越した動体視力で見切らなければ避けるのは困難だっただろう。

 

「この至近距離で私の銃弾を避けるか、流石だね」

「普通の奴なら銃を抜いた瞬間も見えねぇだろうがな」

 

そのまま真名の足元を蹴り払うサイ。

しかし攻撃は銃のグリップによってガードされており、弾かれ合った二人は距離を離す。

最初の小手調べは既に済んだ、此処から本気の“死闘”と言う奴が始まるのだ。

 

アサルトライフルをコートの中から出すと連続して撃つ真名。

銃弾の軌道を見切れるサイにとってこれを避けるのは簡単な事だが敢えて彼は七魂剣で銃弾を弾き返す。

何故先程の様に弾丸を避けず、態々弾いているのか? その理由はエヴァが気付いていた。

 

「フッ、成る程な。

銃弾を敢えて避けやすい部分に向かって放つのは『避けさせる為』の布石と言う事か。

避けさせた上で危険の無いだろう場所に誘導し、他の弾丸の跳弾を利用してサイに傷を負わせる心算だったのだな?

中々に賢しい小娘だ……だがそれすらも読んで銃弾を弾くサイもまた賢しいが」

 

サイは真名の撃った銃弾の軌道が自分を狙っていない事に気付いていた。

其処から『跳弾』と言う技術を利用してサイに弾を当てようとしていたとまでは理解出来なかったが、彼の第六感が避けては危険だと感じさせたのだ。

 

「全く……随分と用心深いな君は」

「当然だ、寧ろ臆病者って奴の方が長生きは出来る」

 

言葉が終わるや否や始まる銃弾の応酬。

サイは全ての銃弾を弾き払い退けながら相手の動きが変わるのを待っていた、必然的に訪れる事となるその時を。

 

白光と銃声、刃で弾く音が収まった時―――不意に真名の攻撃が止まる。

あれ程に撃ち続けたのだから弾切れになって当然だ、某悪魔狩りの青年の二丁拳銃と違って弾は無間と言う訳ではあるまい。

 

「テメェの負けだ龍宮、銃弾が切れた状態では近接戦しか無いだろうが近接ではテメェは俺には勝てねぇよ」

「フフフ……どうかな? 案外私は君以上に実力の持ち主かもしれないぞ?」

 

それは強がりか、それとも他に策があるのか?

どちらなのかは想像し難いが少なくとも降参をする者の態度ではない事だけは解る。

実は彼女には最後の切り札が在ったのだがそれを使うには距離が離れたままでは使えない。

最後の切り札を悟らせない様に彼女は言葉巧みにサイをおびき寄せる。

 

「(今だっ!!!)」

 

近付いて来たサイの目の前に放られたもの。

それは属にスタングレネードと呼ばれる炸裂と共に目を眩ませる大量の光と音を放つ投擲武器であった。

いくら達人であろうと光の所為で目が眩んでしまえば何も出来ないのだと考えたのだろう。

 

「……やったか?」

 

音と光が収まった後、ゆっくりと目を開く真名。

幾らなんでも不意をついたこの攻撃を避けられないだろうと彼女は思っていた。

 

だが目の前にサイの姿はない、姿は煙の中から忽然と消えているのだ。

 

「ば、バカな!? 一体何処……『これでチェックメイトだ』……なっ!?」

 

サイの言葉が聞えた瞬間、首筋には彼の愛剣の七魂剣が突き付けられていた。

素直に両手を挙げる真名、勝負の軍配はサイに上がったのだ―――元々、相手にならないとも言えるが。

 

「つうか、何だありゃ? まだ目がチカチカしてやがるぜ」

 

その言葉を聞いて真名は悟る、サイはスタングレネードを避けなかったのだ。

投擲され、爆発した瞬間にサイの目はそれが危険では無いと判断したという事だろう。

ちなみにサイはどの様な実戦も想定している為か目が見えない、耳が聞えない状態でも戦えるように訓練はしてあった。

 

「まさかスタングレネードを耐えて戦えるとはね。

真のプロフェッショナルとは正に君の事を言うようだ……もう既に手は無いし、残念だが私の完敗だよサイ」

 

「当然だ阿呆が……自分が最悪な状態でも戦わなきゃならねぇ時が来ないとは限らねぇよ、戦場なら特にな。

その時に『目が見えないから勝てなかった』なんて言い訳はしたくねぇし、そもそも言い訳が通る程甘くねぇだろ現実は」

 

言い終わるとサイは背を向けて歩き出す。

そこでふと立ち止まると座り込んでいる真名に向かって言葉を飛ばした。

 

「その面は自分の出したかった答えが出たって面だな。

まあそれが何なのか興味ねぇし、キティ程じゃねぇがまあまあ楽しめたぜ。

これに懲りねぇで戦いてぇなら何度でも来い、何度でも返り討ちにしてやるからよ」

 

背を向けたまま手を振りながら帰路に着くサイとエヴァ。

そんな後姿を見ながら真名は黙っていた、寧ろ悠々と去って行くサイの後姿を嬉しそうに見ていたのだ。

ボロ負けして悔しい筈なのに自然と笑みが毀れる、寧ろ完膚なきまでに負けた事が清々しかった。

手加減せずに戦って結果的に敗北したのであればその中で次に繋げられる事も在るのだから。

 

「全く、自分の心と向き合う心算だったが。

此処まで負けても清々しいとは思わなかった……そうか、自分の心に素直になる事が一番良いのだな。

失った事は何よりも辛かった、それでも立ち止まっていては何も変わらないか」

 

彼女もまたかつて大切な何かを失ったのだろう。

しかし彼女は今日、新たに道を進む事を選んだ……喪失を忘れるのではなく、思い出として心に刻み込んで。

 

 

 

もう一人の人物については未だに己の心の葛藤と戦っていたが、その少女にスポットが当てられるのも遠くは無い筈。

 

かくも乙女心とは難しい存在(もの)である。

だがそんな存在だからこそ、己の行く末(思い)に気付けた時、誰よりも強く在れるのだろう。

少女達の道行きに幸多からん事を切に願おう。

 

 

まあ超鈍感狐小僧は気が付かないだろうが(笑)

 




第十五話再投稿完了です。
今回も前回と同じくオリジナルストーリーとなりました。

原作では何時でものほほん忍者とクールなスナイパーであった二人。
そんな部分を此方では変え、恋に恋するお年頃♪にしてみました
特に真名の場合は初恋の人物を亡くしているという設定もありましたしね。

この物語は英雄を主とする物語ではありません。
誰か大切な人を亡くした、何かを持っていなかったと言う普通の人として“何かを無くしてしまった”人々が大切なものを取り戻すまでの軌跡です。
今回の話にて真名は一応、軽くですが過去との決別を果たしました。

大切な人を失うと言うのは実に辛い事です。
大体の方はその悲しい現実を重石として心に背負い、苦しみを誰かに伝える事もなく生きて生きます。
また現実を逃避して忘れると言う方法もあるでしょうが、そう言った考えは正直な話いつか限界を迎えるのだと思いますね。

故に忘れるのではなく思い出として己の心の奥底に共に生きる事。
それが最も難しくも最も救われる道なのではないでしょうか? まあ言葉で言うのは容易くとも行動に現すのは難しいでしょうが。
ではではこんな所で次回に続きます^^

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