魔法先生ネギま! 白面ノ皇帝(ハクメンノオウ)   作:ZERO(ゼロ)

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No.13:硝子の仮面のコスプレディ

苦行の期末テストから何日か後。

3学期の終業式の丁度その日、朝から賑やかな何時もの麻帆良の朝の風景。

だが、いつもと違う部分が幾つかあった。

 

「う~ん、良い天気♪ 終了式日和だな~、ねぇお兄ちゃん♪」

「あぁ? チッ、ったく終業式だか何だか知らねぇが何で態々(わざわざ)半日だけ学校なんぞに行かなきゃならねぇんだ」

 

期末テストを乗り越えた事により新年度の4月から3-Aの担任となる事が決まって嬉しいネギ。

そして此処の所色々な事情により騒ぎの中心人物となっており機嫌の悪いサイ。

まさにこの二人、完全に正反対と言える態度だ。

 

「朝から何機嫌悪そうな顔してんのよ、アンタ?」

「あっ、おはよ~サイくん♪ 嫌やわ、そんなお顔ばっかしてると神社のお狐さんみたいになってまうで~?」

 

仏頂面のサイに話しかける明日菜と木乃香。

まあ彼が機嫌が悪そうにしている理由を彼女達は知っているので、それ以上言う事は無かったが。

サイの機嫌の悪い理由、それは―――

 

「居たぞ、こっちだ!!」「逃がすな、囲め!!」「絶対に倒すぞ、良いな!!」「おおっ!!」

 

サイを囲む目付きの悪いこの連中は誰なのだろうか?

どうやらヤンキーのような輩から道着姿の連中まで様々で、中には目が血走っている奴まで居る。

ガラの悪い連中を見た瞬間、サイは溜息を吐きながら呟く。

 

「全くテメェらは毎朝毎朝五月蝿ぇな。

俺なんぞに関わって無駄な時間使う暇があったらその情熱をボランティアか何かにでも使え。

少なくともその方が俺も毎日静かになって清々する」

 

だがその言葉を聞くや否や、攻撃を仕掛けるガラの悪い連中。

全員で囲み、全方向からの攻撃ではサイに避ける場所など無い筈だが、それで彼に攻撃を当てようなど甘い考えだ。

 

「「「「「「やったか!?」」」」」」

「やったかじゃねぇよバカ共が、ったく本当にウゼェな」

 

声のする方向をガラの悪い男達が見る。

何と其処には一人の男の頭の上で片手逆立ちしているサイの姿があった。

しかも見た所、傷どころか塵や埃に汚れすら一つも付いていない。

 

「で、どうすんだ? 此処から続きをやりてぇってんなら構わねぇぜ。

ただし楽に済むと思うなよドサンピン共が、テメェら一人残らず覚悟しとけよコラ」

 

頭から飛び降り、華麗に着地するサイ。

次の瞬間、静かに男達を睨み付けると周りの男達の額や顔中から冷や汗が流れ出す。

絶対的な実力の差―――それをまじまじと見せ付けられて冷静で居られる者はほぼ居まい。

 

「「「「「「く、クソ……撤収だ!! 覚えていろ!!」」」」」」

「もう二度と来るんじゃねぇよ、バカが」

 

男達の吐いた棄て台詞に律儀に返す。

実は此処の所、毎朝毎夕彼が登校したり気ままに麻帆良捜索をしようとすると何時も絡まれていた。

勿論、口が悪い事は本人も自覚しているし、それが原因で何度か喧嘩を売られる事もあったのだが、最近のサイに対する襲撃は度を越している。

原因も解らずに絡まれていてはサイでなくとも機嫌が悪くなるのは当然だろう。

まあその『原因』は本人の知らぬ場所にあったのだが。

 

「オォ、你早(ニーハオ)サイ~♪ それにネギ坊主にアスナにこのかも~!!」

「あっ、お早うございます古菲さん♪」

「おはよ、古ちゃん!!」

「おはよ~♪ 今日も元気やな~♪」

「ゲッ……用事思い出したんでな、悪いが先に行くぞ」

 

普通に挨拶する者達と違い早々と先に行こうとするサイ。

そんなサイの後ろから、腹に掴まって古菲は甘えるように呟く。

 

「サ~イ~何でワタシが来るとつれないアルね~? サイとワタシの仲じゃないアルか~♪」

「五月蝿ぇなボケ、くっ付くな―――ってか、何時からどんな仲になったんだテメェと俺が?」

 

ずりずりとサイの腹に掴まったまんま引きずられる古。

しかしサイの腹から手を離す事など無く、更に甘えたような言葉を言う。

 

「そりゃあ、サイはワタシの婿殿アルから♪ それとサイとは本気で戦いたいアルし♪」

「知るか拳法バカが、それに人を勝手に婿扱いするんじゃねぇよ、そう言うモンは両者の合意の上で決めるもんだろうがボケ」

 

サイと古のそのイチャつき(大きな誤解だが)を見て、殺気を纏った視線を向ける者達がちらほら。

実はこれがサイが最近やけに絡まれる理由の一つである。

 

古は前に説明したが、麻帆良学園で秋に開かれる格闘技大会『ウルティマホラ』の二年連続のチャンピオンである。

その為か麻帆良の格闘技系の部活動者から憧れられ慕われ……寧ろ、崇拝に近い意識すら持たれていた。

 

そんな彼女が最近ある一人の人物にご執心である。

彼女を慕う者達にとってサイは『狙われるべき標的』となってしまっているのだ。

 

「な~な~ちょっと位良いアルか~、お願いだから戦って欲しいアルよ~、ね~え~♪」

「止めろっつうに、そんな猫撫で声出した所でやらねぇっつってんだろうが」

 

まっ、こんな風に可愛い態度をサイにのみ取っているというのも原因だ。

要は現実的にモテない男共の嫉妬の対象になってると言っても過言ではないだろう。

 

更に、この状況で面倒な事が他にもある。

 

「ほう……サイ、貴様良い度胸だな。

私の前でこの朝っぱらからベタベタベタベタと、本当に良い度胸だなぁ?」

 

「―――サイさん、朝から不潔です」

 

「こら古、抜け駆けは許さんでござる!! それにサイ殿にそ、そのように抱きついて、は、破廉恥でござるぞ!!」

 

其処に現れたのは青筋を立てたエヴァンジェリン、何時も以上に無表情な茶々丸、そして慌てている楓。

朝っぱらのこの状況から少なくとも可愛らしい人物達からこんな風に嫉妬されるのを見れば、誰でも男なら嫉妬の炎を燃やすだろう。

もし嫉妬だけで人が殺せるのならサイは今頃とっくに地獄行きだ。

 

更にこの三人以外にもサイに対して嫉妬の念を向ける人物が居た。

それはかつてサイに初めて会った時に彼の優しさに触れた少女のこのかである。

 

「サイくん、早く行かな遅刻するえ~♪」

「ちょっと待って!? 何で笑いながら強烈な殺気のような物を送ってるのこのか!?」

見た目と表情は慈愛に満ちた聖母、しかしその実獅子の幻影を背後に浮かべて怒りを表す青筋を立てているこのか。

彼女の嫉妬の念(?)は、まるで殺気のように鋭かった―――後にこの状況に巻き込まれていた明日菜はそう語ったと言う。。

 

しかしこれも三日も続けば日常の風景とも言えるだろう。

サイにとっては極めて不本意だが、2-Aの生徒達にとって、これはもう既に勝手知ったる光景だ。

中には状況を見ても気にせず茶化す者も居た―――それが2-Aクオリティと言った所か?

 

だがそんな朝の騒がしい日常を溜息を吐きながら、関わりにならない様にしている者も居た。

 

 

 

 

「ヤレヤレ、朝から賑やかな連中だな。

ったく、そもそも何なんだ本当に……何で10歳の教育実習生だの、女子校に男が転入してくるだの非常識な事ばかり続くんだっつうの」

 

このサイのような皮肉を呟いている少女の名は『長谷川千雨(はせがわちさめ)』。

非常識が揃いまくっている2-Aの中では、唯一と言って良い程の地味さと常識を持つ人物である。

その突っ込み属性の強さは、さしずめどこぞの漫画の“ダメメガネ”並に鋭い。

 

「そもそも何で10歳のガキが教師なんだ!!

それに一年の頃から思っていたけど、異様に留学生は多いわ、何やらどう見ても中学生に見えない奴等は居るわ、ロボは居るわ。

極め付けは女子校に男子生徒かよ!? ムキィ、私の普通の学園生活を返せってんだよぉぉぉぉ!!」

 

まあコイツも奴等に負けず劣らず騒がしいが。

更にこの後、終業式の際にネギが4月から3-Aの担任をする事を知った千雨の騒ぎっぷりは尋常ではなかったそうだ。

 

「ったくよ、冗談じゃねえよ!!

何なんだよ、何で私の周りはこんなに非常識な連中ばっかなんだ、あぁ!?」

 

学生寮まで急いで戻り、乱暴にドアを閉めた千雨にとってはもう限界だった。

予想のつかない事象を誰よりも嫌う彼女にとって、己の部屋内のみが唯一の心を許せる場所である。

実は2-Aでは今『学年トップおめでとうパーティ』なるものが開催されていたが、元より変人の集団に馴染めない彼女は吐き出せない鬱憤を溜めに溜めまくっていたのだ。

 

「違うだろ!? 普通の学生生活はこうじゃないだろ!?」

 

パソコンのキーボードを乱暴にバンバンと叩く千雨。

実は彼女は性格的に皮肉屋で対人恐怖症の気があり、しかも視力が両方1.2もあるのに何故か眼鏡を掛けている。

 

理由は二つあり、一つは自分を地味に見せる事でこの変わり者の多いクラスで目立たないようにしているのだ。

もう一つの理由は彼女の『対人恐怖症』と言う事と眼鏡越しで無ければ人と話せないという事にも関係していた。

皮肉屋で、物事を斜に構えて見ている為か、伊達眼鏡と言うレンズを一枚通してでなければ普通に話せなくなってしまったのである。

 

「ハァハァ……この理不尽さを社会に、いや大衆に訴えてやる!!

愛されるとはどういう事か、あのガキ(ネギ)に教えてやるわよ~~~~~!!!」

 

一頻り叫んだ後、彼女は鏡に向かう。

彼女が生きてきた人生の中で唯一、眼鏡と言う一枚の壁を隔ててしか人を見れない彼女が素顔になれる瞬間。

それが彼女の趣味であり、同時に秘密でもあった。

 

「よしっ!! オッケー!! 今日も『ちう』は綺麗だぴょ~~~~~ん♪」

 

今迄の地味さとはうって変わり、所謂『ブリッ子』と呼ばれるのが一番似合う姿となった千雨。

これが彼女の趣味兼秘密―――実は彼女、自作でホームページを作り、インターネット界を牛耳るスーパーハッカーにしてNo.1のネットアイドルと言う裏の顔を持っていた。

この姿の方が生き生きしている所を見ると、こっちの方が本来の性格ではないかと思えてくる。

 

『おハロー♪ みんな元気~♪

今日はと~っても嫌なことがあったんだよ~ん(><)i

うちのクラスの担任が変態で、ちうに色目をつかってくるんだよう~♪』

 

目にも留まらぬ速さでキーボードを叩く千雨。

その書き込まれた言葉に対しモニターには憤りだの同情だのという言葉が書き込まれていた。

てかお前、嘘書くなよ。(いや、あながち嘘でもないか?)

 

「え~~~~? そんな事ないよぉ~~~♪

でもありがと~、みんな(>▽<)/ 今日はお礼にニューコスチュームお披露目するよ♪」

 

返ってきた言葉にニヤニヤしながら独り言を呟く。

そしてデジカメで自分を撮影し始めた。

本当にコイツ、いつもより今の方が生き生きしているように見えるな。

 

「よしっ、撮影完了!!

次はフォトショップ(PCの画像編集用アプリの一種)でお肌を修正開始!!

そしてFTP(インターネット上でファイルを転送する為のプロトコル)で写真をアップロード!!

ほら見なさい男ども!! 私のびぼーを!!」

 

涙を流しながら喜ぶ千雨、まさに至福の時という奴だろう。

ネットアイドルランキングでもぶっちぎりの一位となり、大喜びし続けていた。

その為、彼女には後ろのドアがノックされて声はするので居るのかと思われてドアを開けられていたのには気付いていない。

 

「私は女王なのよ!! いずれはNET界の№1カリスマとなって、全ての男達が私の前に跪くのよ~~~!!」

 

そんな風に叫び、悦に入る千雨。

誰か彼女を止めてやった方が幸せだと思う、確実に変人だと思われるから。

まあ非常にラッキーな事に、トリップしてる彼女を止める者は此処に一人居たのだが。

 

「・・・いや違ぇだろ、その『ねっと』とやらをやってねぇ奴にゃ関係ねぇだろうし。

そもそもテメェそんな作りモンで讃えられて満足か? そんな事してりゃ最終的には引き篭もりのカリスマNo.1だろ」

 

「当然!! 表の世界では目立たず騒がず危険を冒さず。

リスクの少ない裏の世界でトップを取る!! それが私のスタンス…………って、え?」

 

つい返事をしてしまったがおかしい。

確かボイスチャットやら何やらといったものは自分の性格上用意してない筈だが。

ふと何故か視線を後ろからを感じた為、千雨はゆっくりと後ろを向き―――そこで固まってしまった。

其処に居たのは勿論、台詞の口の悪さで大体誰かは解るだろう。

 

「一応、ノックはしたんだが、声は聞えるが出て来ねぇから勝手に開けさせて貰った。

いや悪ぃ、まさかそんな趣味があるとは知らんかったんでよ……俺は何も見てねぇぜ、んじゃな」

 

そのまま静かにゆっくりとドアを閉めると回れ右するサイ。

しかしそのまま帰る事は出来ず、部屋から『ギャ~~~~~!?』と言う悲鳴と共に千雨が飛び出し、サイの腕を掴んで部屋に引きずり込んだ。

何時も運動神経が鈍い彼女にしては実に素早い動きである。

 

「み、みみみ、見たな!? そ、そして聞いたな!? て、ててて、てかテメェ、何で私の部屋に来てんだこの野郎!!?」

 

「いや、元々こんな所に来る心算も無ぇよ。

だがネギのバカが『どうしても皆でパーティがしたい』とか言いやがったからな、来なかった奴を手分けして誘いに来たってだけの事だ。

アイツ変な所で頑固だから理由がねぇと不参加認めねぇだろうし……あぁ、それ確か『コスプレ』だっけか? それが忙しくて来れないとでも伝えておきゃ良いか」

 

サイの投げやりな言葉に慌てる千雨。

もしこの秘密をばらされてしまえば、学校中の生徒に後ろ指指されて笑われる事は確実。

更に極めて不名誉な『変人集団』入りしてしまう事となる、それだけは何としても避けねばなるまい。

 

「(くっ……ダメだ、消すしかない。

最早コイツを殺るしか―――な、何か凶器……いや、鈍器が……)」

 

などと言う物騒な事まで考え始め、鈍器を探す千雨。

まあ知らないにしても無謀な事を考えるものだ、目の前の男は少なくとも至近距離で銃弾撃たれても生きてそうな人物だが。

ふとサイは溜息吐くと、今まさに後ろで大きなニンジンの置物を振り上げていた千雨に言う。

 

「心配すんな冗談だよバカ。

別にテメェの趣味なんぞに興味はねぇし、何やってようが知ったこっちゃねぇよ。

ネギの奴には風邪引いて体調崩したとでも言っておいてやる」

 

『……へっ?』っとバカそうな表情で止まる千雨。

サイは千雨の横をすり抜けるとドアの方へと向かう、元々始めから彼は他人の秘密を暴露するような下衆い趣味はない。

 

「ネギの奴だったら此処で強引にでも誘うだろうがな。

元々俺も面倒だから行く気もねぇし、嫌がってるモン強引に連れてったって碌な事にゃならねぇよ。

それに俺ぁ教師じゃねぇし、テメェの親でもねぇから一々プライバシーに干渉する気も、興味本位で調べる気もねぇしな。

一応、口は堅い方だから漏洩については心配要らねぇから安心しな」

 

だが、そこで再び立ち止まると思い出したかのようにサイは千雨に呟く。

 

「あぁ、そうだ……こりゃ親切心と言うかお節介と言うか解らねぇが、一つ言わせて貰うぜ。

外面飾り立てても中身がねぇんじゃ今は良いかも知れねぇが、遅かれ早かれ襤褸(ボロ)が出るぞ。

それに偽りだらけで居ると結局は今の自分か本当かそれとも偽ってる方が本当かも解らなくなるだろうしよ。

あ、余計なお世話だったな―――自分を飾り立てて『勘違い』してる女にこんな事言った所で理解出来る訳ねぇな」

 

肩を竦めながら再び歩き出すサイ。

実に辛辣な物言いで、彼女の全てを否定するかのような無礼な言い方だが、何故サイはこんな言葉を言うのだろう?

彼はそれこそ口が悪く、目付きも悪く、典型的な不良気質だ……しかし他人に対してその人格を全否定するような事は殆ど言わない人物である。

 

「オイ、ちっと待て……何が『勘違い』だ? 誰が中身がねぇだと、言ってみろテメー!!」

 

勿論、彼の無礼千万な物言いに対して千雨が頭に来ない訳があるまい。

怒気を纏い、口調を静かに荒げ、明確な怒りを表しながらサイに対して怒鳴る。

だがそんな千雨に対してサイは更に挑発するかのように、極めて面倒臭そうに振り向きながら暴言を続けた。

 

「あぁ? 全部説明して貰わなきゃ解らねぇか? 目出度ぇ脳味噌してんなテメェ。

理解出来なきゃ何度でも言ってやらぁ、テメェは所詮外面ばっか飾り立ててるだけで中身がねぇマネキンと同じなんだよ。

それにさっき聞えたが皆に愛されて跪かせるだ? 何寝惚けた事を言ってやがる?

テメェは愛されてんじゃねぇよ、テメェの外面に“騙されてる”だけだ、その位の事気付けバカ」

 

「な……な、な……ん……だ……とぉぉぉ!!!!!」

 

途端に怒りで顔が真っ赤になる千雨。

いつもの彼女としては実に予想外だが、彼女はサイに殴りかかる。

気に入らなかった―――訳知り顔でズケズケと物言いをし、自分を全部否定されたようで。

 

それを避ける事も無く顔に喰らうサイ。

勿論、運動神経の悪い千雨のハエの止まりそうな拳など目を瞑っていても簡単に避けれるが、彼は敢えて避けないで拳を深々と受けたのだ。

サイの思惑とは一体何なのか?

 

「……何だ、何でも無関心かと思えば度胸の据わってる所もあるじゃねぇか」

 

全く痛そうにもせずに呟くサイ。

当然だ……この程度の一撃が彼に通用する筈も無い、千雨もその事は理解しているだろう。

それなのに尚も殴りかかって来たと言う事はそれだけ今のやっている事は彼女にとって大切なものだという事だ。

常人には理解し難い事であろうが、他人とレンズ越しにしか語る事の出来ない彼女にとっては。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……テメーのような非常識野郎には解らねぇよ!!

悪いかよ、偽って!? 悪いかよ、勘違いで!? 私は私の、今のこの状況に満足してるんだ!! それを勝手な事言うんじゃねぇよ!!

それになぁ、誰だって人から嫌われてぇなんて思う奴はいねぇんだよ!! 例えそれが現実じゃなくたって、嘘吐いてたってな!! テメーだってそうだろうが!!!」

 

首元を掴んで怒鳴る千雨―――しかし彼女にもどこかで解っているのだろう。

結局、自分を偽ってまでネットアイドルだのと言うもう一人の自分を作っている理由は自分が原因だ。

対人恐怖症で何も出来ない、子供の頃から誰とも打ち解けれない、素顔で居る事恐れて一枚壁を隔てなければ人とも触れ合えない、そんな自分を誰よりも嫌っているのだから。

誰よりも素の自分を嫌っているからこそ、大人気のネットアイドルなどと言う幻想を作り出しているのだ。

 

それに千雨の言う通り、人は他人の視線を気にして自分を偽って生きているものだ。

規模が大きいであれ、小さいであれ、自分を偽らない者などはこの世に数える程しか居ないだろう。

だからこそ人は『虚像』と言う名のもう一人の自分を創り出して、自己防衛しようとする。

 

しかし今、千雨が胸倉を掴んでいる男は少なくとも誰よりも自分の生き方を偽らない。

勿論、それは記憶を失っているからと言う可能性もあるが、それでもぶれずに生きるのがサイである。

……考え方によっては、彼はそう言う生き方しか選ぶ事が出来ない不器用な人物とも言えるが。

 

「―――俺は別に人に好かれようなんて思ってねぇ。

嘘を吐いてテメェの生き方曲げてまで他人に好かれるんだったら、テメェ自身に正直に生きて他人に嫌われた方が何倍もマシだぜ」

 

誰だって彼のように強い訳じゃない。

でもそれでも自分の選んだ道に言い訳をせずに生きる事は出来ない訳ではないのだ。

少しずつでも自分の素を好きになって、自分自身を曝け出す事が出来るようになるだけでも大きな変化だろう。

 

「何事も試さねぇ癖に背中向けて逃げてる奴なんぞそこらのマネキンと同じだ。

外面だけ飾り立てても、その内に襤褸が出る……そんなモンは『愛されてる』なんて言わねぇんだよ。

愛されるんじゃねぇ、自分が変わりたいと思うなら自分から愛するようになれや―――笑っていたいと思うならまず自分が笑いやがれ」

 

サイの目を見ていた千雨は静かに手を離す。

彼女はそれなりに頭は良い、更に空気が読める人物だ、何故にサイがあれ程挑発するような言葉を連呼していたのか理解出来たのだ。

それに何故だろうか、そんな言葉を呟くサイの目が懐かしさを感じているように見えたのは気の所為では無いだろう。

 

「チッ、何なんだよテメーは? 挑発して、お節介な事言いやがって……本当に訳解んねぇよ」

 

だが、どこか心の奥底はスッキリしたようにも感じる。

今までは理不尽な事が起きて爆発する度にインターネットと言うモニター越しの世界で鬱憤を晴らしてきた。

しかし結局自分を偽り続けているという事を無意識に感じていた為、本当の意味で憂さを晴らせたと言う事はなかったのだが。

 

今はどうだ。

サイに挑発されて爆発したがその気分は最初よりも清々しくも感じられる程。

つまりサイに挑発されて本音をぶちまけた事により今までよりも心が落ち着いたのだ。

 

「オイ、まさかテメー、この為に私を挑発してきやがったのか?」

「あぁ? んな訳ねぇだろうが、全部本当の事を言っただけだ」

 

サイの考え方はどうあれ本気で爆発した事によって気がスッキリしたのは事実。

複雑な心境のまま千雨が居るとサイは興味なさそうに服の汚れを払うと歩き出した。

言いたい事は言い終わったという事なのだろう。

 

ふと、千雨がサイに言葉をかける。

その言葉は彼女なりに一歩進むという事を暗示した言葉なのだろう。

 

「おい、テメー……テメーのお節介には一応、感謝しておいてやる……それと、わ、悪かったな殴っちまって、大丈夫か?」

「フン、蚊の止まる程度の拳なんぞ屁でもねぇよ」

 

相変わらずの言い振りで部屋から出て行くサイ―――それがどこか、声色が変わった様にも聞えた。

 

 

 

 

この日からの千雨はどこか変わった。

勿論、今までのようにネットアイドル兼スーパーハッカーと言うスタンスは変わらないようだが。

しかし画像の加工などはしなくなったそうだ……まあ、寧ろそちらの方が人気が出ているのだから万々歳か?

 

そして積極的に2-Aの連中に関わる訳ではないが、今までよりは少しは歩み寄る。

更にサイにのみだが今までのような敬語ではなくフランクに話しかけるようになったのだ。

この小さな変化を気付く者は多くはないが、何よりかのガラスの仮面を被っていた少女が前に進み始めた証拠だろう。

いつしかこの二人皮肉屋同士という事で喧嘩友達のような関係となっていくのであった。




第十三話再投稿完了です。
今回の話はテスト後の千雨の所の話ですね。

此方は原作でネギが強引に迎えに行き、くしゃみによって面倒な事態に陥った話でした。
ですが此方の場合は事なかれ主義で風の様に自由な性格のサイが千雨の秘密を知り、彼らしい方法で千雨の心の重石を下ろさせました。
てか、そもそも考えてみれば原作みたいに人の居る目の前で脱がされりゃトラウマものだと思いますけどねぇ?
(まっ、ギャグ漫画だからその辺は仕方ないのかもしれませんけど)

『腹の中にあるものを全部ぶちまけた方が本当の友になれる』
何の漫画だったか知りませんがそんな事を言っていた事を思い出して今回の話は書いてます。
サイの場合はああ言う風に相手を激怒させる方法しか考え付かなかったので、所謂サイは『ブン殴り合ってダチになる』ってな不良少年みたいな考え方を持ってますんで。
裏表なく、心の底から本気で殴り合ったからこそエヴァともダチになれたのかもしれませんねぇ。

ではそろそろ次回に。

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