鎮守府に間宮が着任しました。ファイッ!
※作者は実際ニワカなので、特に歴史に絡む部分に致命的な間違いがあるかもしれません。公式漫画……? いえ、知らない子ですね。

1 / 1
艦これ 間宮事変

 鎮守府が揺れた。

 

 敵の攻撃でも、整備中の不幸な事故でも、ましてや、演習中の衝突でもない。

 記者の真似事を好む、重巡洋艦青葉のすっぱ抜きによるものだった。

 

 欲望に素直な駆逐艦は目を猫のように輝かせ、分別のある航空母艦などは素知らぬ顔をしつつも、内心で逸る気持ちを抑えきれなかった。

 

 艦娘が待ち望んでいた給糧艦『間宮』を、ついに提督が手に入れたのだ。

 間宮とは本来艦隊へ食料を提供する船なのだが、その中には各種嗜好品も含まれている。

 元々食事を必要としない艦娘たちだが、間宮から受けられる食料には彼女たちの心を癒す効果がある。特に彼女たちが注目するのは甘味、アイスクリームだった。

 

 人間と同じように、それは艦娘の憧れの対象である。

 

 

 

 

 

「それでは、間宮の奪取作戦を開始するネー!」

 

 使用用途の定まっていないがらんどうな空き部屋の中央で偉そうに踏ん反り返りながらおかしなイントネーションで叫ぶ似非外人めいた少女は、金剛型戦艦一番艦、金剛である。

 

「大目的は、出撃回数のハードな第一艦隊のチケット、腕章をリザーブすることネ」

 

 金剛はそこで、横に立つ眼鏡の少女にちらりと目を向けた。眼鏡の少女は待っていましたとばかりに、マイクを持って一歩前に出る。

 

「現在の第一艦隊のメンバーは、扶桑、加賀、島風、雪風、伊168です。ですが――」

 

 見せびらかすように、片手にあった布を掲げた。

 なお、この場にいる聴衆は、彼女を含め三人である。

 

「ここに、一つの腕章があります」

「それは……もしかしてイムヤの?」

「スローリィだったカラ、取るのは簡単だったデース」

 

 伊168は潜水艦である。回避能力、移動性能はは下手な戦艦より低い。戦艦である金剛でも、捕まえるのは容易だった。

 

「弱い者いじめみたいでちょっと心苦しいわね。それで霧島、具体的な作戦というのは?」

「我々は火力に長ける一方で搦め手には弱いです。そこで、この火力を十全に生かした戦法を取る予定です」

 

 霧島は、用意していたホワイトボードに恐ろしい速度で図を描いた。

 

「アイテム『間宮』は司令室に存在します。そのため、腕章を獲得した艦娘は最終的にここへ向かうことになります。そこで、我々はこの部屋の前に先回りし、待ち伏せします」

「なるほど、他の子に集めてもらって、最後はいただきという戦法ね? ……あまり気が進まないなあ」

「比叡、アイスとか食べたくないの?」

「そッ、そりゃあ、食べたいけど。食べたいです」

 

 顔を赤らめ、人差し指を重ねながら、それでも比叡はしっかりと答えた。

 

「よろしい」

「冷たいアイスを熱いティーで流し込む、これこそスペシャルな贅沢デース! それでハ、このプロットに賛成の方は挙手をオネガイシマース!」

 

 金剛と霧島、比叡は元気よく手を上げる。

 だが、満場一致ではない。一人だけ、微動だにしない艦娘がいた。金剛型三番艦、榛名である。

 

「――大事な話があるからと来てみれば」

「ホワッ?」

「金剛型雁首揃えて、提督の大切な道具を私物化する企みですか。それも、他の人のお手柄を横取りするような考え……榛名、失望です」

 

 下を向きながら平坦に呟く彼女に、金剛は冷や汗を流した。

 平生の榛名は常に明るく、物事を前向きにとらえて動く艦娘だった。なので、今回の作戦も、二つ返事で了承してくれるものと、金剛たちは信じていたのだった。

 

「補糧艦は貴重なものです。それだけに提督も慎重な運用をお考えなはずです。それをお姉様方は何ですか。我欲のために提督や仲間を裏切り、盗んでしまおうと」

「ノ、ノノノノー、盗み違うネ。私たち金剛型は他の子よりレベルが高いから、使う権利と理由があると現場のジャッジをですネ?」

「それを決めるのは提督です」

 

 型にはまったような小気味よい金属音が室内に響く。榛名の腰にある兵装が、姉妹三人の顔面を補足していた。

 

「ま、待って、話し合おう? 確かに」

「勝手は榛名が許しません!」

 

 

 

 

 

「そもそも、私たちに食事は必要がないからな」

 

 冷たい声で言い切るのは、伊勢型二番艦、日向。彼女たち伊勢型は今回の騒ぎを知っているが動かない、穏健派に位置する二人だった。

 

「確かに美味しくて気も晴れるかもしれないけど、一戦でもやればその余韻すらなくなっちゃうでしょうしね。それなら、もっと有効な手段を提督に決めて使ってもらった方が有意義だもの」

「ああ。一時の幸せなどに意味はない」

「私はそこまで割り切るつもりはないけどね」

「なんだ、伊勢は欲しいのか」

「もらえるものならね。でも、私も日向と同じ考え。ないならないで、いらないわ」

 

 食事に対してここまで冷淡になれる理由は、彼女たちの普段の食生活にある。そもそも彼女たちは、普段、飲料程度しか口にしない。

 人間の食事は栄養にならないため、元々が嗜好品ならともかくとして、高カロリーな食事ともなると、逆に偽物を食べているような状態になってしまうのだ。

 間宮のような機能を持った船は自然発生的なうえ、その研究もまだ進んでいないため、彼女たちが経口によって十分な栄養を取れるのはまだ先の話となるだろう。

 

 二人は日課となっていた運動を、鎮守府外の運動場で行う予定だった。鍛えられるという訳ではないが、体を動かさなければいざという時に動けない。精神的な面が大きいが、それだけに毎日の鍛錬が重要だと、特に二人は考えていた。

 外へ抜けるためにいつも歩く通路。その曲がり角を通過した直後、二人の目の前が炸裂した。

 

「敵襲ッ!?」

「いや、警報は出ていない……む、金剛型のようだが……誰だ?」

 

 艦娘が壁を突き破ったのが、今の衝撃の理由だった。頑丈なコンクリートを突き破ってなお服が少々破けただけというのはさすが戦艦だが、当たり所が悪かったのか、その艦娘は目を回していた。

 

 ちなみに彼女、普段は眼鏡をかけているのだが、それは衝撃と共に泣き別れたようだ。

 

「けど、一体何が――」

 

 穴の開いた壁の向こうを覗いた伊勢は絶句した。そこには、榛名がいつにない重装備をしていたのだった。

 戦艦が戦艦二隻分の何かを装備している。いや、片手で二人の顔面を掴み、持ち上げている。その腰にある砲塔がちょうどこちらに向いていたため、立派な兵装に一瞬見えたのだ。

 

「あら、伊勢さん」

「何、やってるのかな。どうしてこんなことに?」

 

 ひくつきながらも辛うじて質問する伊勢。状況に不似合ないつもの笑顔を榛名はたたえているが、それが逆に恐ろしい。

 

「当然のことをしたまでです!」

「当然とは、何なのだ……?」

 

 普段から無感情な日向も、その言い切りにはさすがに驚きを隠せなかった。

 二人の娘をハンドクローで浮かべ笑っている娘の有様は、さながら修羅の鬼だった。

 

 

 

 

 

「あらら、思ったよりすごいことになっちゃったなあ」

 

 時折聞こえる爆音や叫び声を聞きながら、この騒ぎのきっかけを作った青葉はふらふらと鎮守府を歩いていた。

 彼女に反省の色はない。なぜなら、自分は単に情報を持ち込んだだけでアジテートの一つもしていない。淡々と事実を伝えただけなのだ。

 正しい事実を伝えて何が悪い? 彼女は本気でそう思っていた。

 

「それにしても、これはいいチャンスですね。このような事態だからこそ、人の、じゃなかった、艦娘の本質というものが見えるというものです」

 

 取り出したるは一眼レフカメラ。これを使い、娘たちの痴態を激写するという寸法だった。

 

「――おい」

 

 そんな彼女に対して底冷えのするような低い声を浴びせる女子が一人。振り向いた青葉に対して、彼女は容赦のない右ストレートを顔面に振舞った。

 

 人間ならばそれだけで昏倒しそうな――実際には軍艦の馬力を持っているので粉砕どころでは済まない威力なのだが――腰の入った一撃だったが、青葉はたたらを踏むだけで耐えきった。

 重巡洋艦由来の体力か、はたまた彼女の根性か。

 

「これはこれは木曽さん。球磨型のアニマルなご挨拶ですか?」

「木曽という動物はおらん。それより責任を取れ。貴様のせいで球磨も多摩も、大井もとばっちりを食らってボロボロだッ!」

「それはご愁傷様です。ですが、それはそれを直接行った方におっしゃればいいのでは?」

「いいや、この混乱を作った貴様にこそ責がある。騒ぎは俺たちだけでなく、全体に飛び火しているんだぞ?」

 

 腑に落ちませんね、と、青葉は営業的な笑顔から一転、真面目な顔を作った。

 

「分かりました。青葉が今回の騒ぎの一翼を担っていると認めましょう。ですが、青葉の言い分も聞いていただきたい」

「……いいだろう。俺も鬼じゃねえ。言い訳ぐらいは聞いてやる」

「ありがとうございます。まず、青葉は本当に、今回の騒ぎを意図して言い広めたわけではありません。事実、青葉が伝えた中には、今回の騒ぎを誘導するような表現はしていないはずです。少なくとも、青葉に悪意がなかったことを認めていただきたいのです」

「ああ、それは認めよう」

「ご寛恕痛み入ります。さて、ここからが本題なのですが、騒ぎが感染した原因は、あなたにもあります」

「何?」

「いいえ、正確にはあなたのようなタイプ、ですね。あなたは先ほど、青葉に攻撃しました。青葉が重巡だったから大したことはありませんでしたが、青葉が駆逐艦のようなか弱い存在だったならば? 場合によってはあなたのご同輩のように悲惨なことになっていたでしょう。そうすれば、あなたのように怒りを感じる方も増えていき――やがて、誰もが怒りをもって同僚に相対することとなりましょう」

 

 木曽は怒るでもなくその言い分をしっかり聞き入れ、やがてうなずいた。

 

「俺も知らずに争いの火種を広めようとしていたのだな……かしこまろう。確かに浅慮が過ぎた。今回の振舞い、いずれ正式の場で詫びさせていただく」

「いいのですよ。言葉を聞いていただけただけで、青葉、嬉しく思います」

 

 さて、と、今までの空気を払しょくするように青葉は笑顔で人差し指を立てた。

 

「青葉に今回の争いを防ぐ妙案があります!」

「ほう? 手伝ってやろうか?」

「いえいえ、ご心配には及びませんよ。ちょいと間宮をちょろまかすだけですから。青葉、隠し場所しっかり把握してますもの。あれさえなくなれば全員争う理由がなくなり平和。ご安心です」

「なるほどなあ」

 

 見事な理屈だ。さすがに記者を目指しているだけある。

 

 と、青葉は木曽がそう納得したと判断し、司令室の方角へと身をひるがえした。

 その後頭部に無慈悲な砲撃が突き刺さる。当たり前だった。

 

「貴ッ様ああああァ! 最高の苦痛を与えてやる、この痴れ者がァァ!」

「――あーあ、青葉、いい加減ドタマに来たよ」

「そいつはこちらのセリフだ畜生が! ドタマに風穴開けてやるッ!」

「こっちこそ、もののついでにあなたを倒してそのラブリー眼帯の秘密を取材してやりますよ!」

「もう貴様沈め、ここで沈んで陸のゴミになっちまえッ!」

 

 そこは開けた場所だっため建物に大きな被害はなかったが、互いに当てそこなった砲撃が空に線を描いていく。鎮守府の周りは広大な空き地と海が広がっていたが、それでも、付近にいた人間や艦娘たちは逃げ惑う羽目になった。

 

 喧嘩の直前に青葉が床に置いた見事な一眼レフを通りすがった北上がしれっと取っていったのだが、これはこれで後に面倒な事件を作ることになる。それはまた別のお話。

 

 

 

 

 

 

 鎮守府の一角は、激戦区になっていた。

 特に今回の騒動で活発になっていた駆逐艦同志が衝突、すでに多数の被害が生じていた。

 ここは地上でないので気を失う即轟沈ということにはならないが、それもあり攻撃は苛烈極まりなく、轟沈級のダメージを受けている艦娘もそこかしこに存在した。

 

「アイスのために、なのですッ!」

 

 茶色の髪を持った双子のような艦娘がフォーメーションを組み、相手を挟撃する。その息は完璧で、彼女らより一回りはレベルの高いその駆逐艦、朧の装備と服が大破する。

 

「こんないいようにあしらわれるなんてッ!?」

「見てられないわ、壁の役目も果たせないならどきなさいよッ!」

 

 悪態をつきながらも、膝をついた綾波型七番艦、朧をしっかりと庇った八番艦、曙が砲を乱射する。

 しかし相手方も読んでいたのか、その砲は一つも当たらない。

 

「ちょっとくらいレベルが違うからって調子に乗んなクソガキどもォ!」

 

 確かに彼女たちの基となった駆逐艦の建造時期は朧たちの方が先だが、外見は大体同い年。さらに言えば、ちょっとくらいレベルが違う、のではなく、軽く二十程度の差があった。かつ、彼女たちは朧たちとは違う、改型だ。

 なぜだか彼女たち綾波型の七番艦以降、特に曙は育てられていなかった。九番艦の漣、十番艦の潮は少々育っていたものの、先制を受けて伸びている。

 なぶり殺しの様相になっている。だが、その中でも直撃を避けながら戦っている朧は大健闘していた。

 

「砲が切れたッ!?」

 

 しかし、その戦力差をカバーするために、彼女はペースを考えない乱射を続けていた。弾がなくなるのは当たり前の話であった。

 

「かくなる上はァ!」

 

 すると彼女はこともあろうに自らの魚雷発射装置を握り砕き、中にあった魚雷を手で放り投げた。

 そのような暴挙をかますとは思っていなかった雷たちはそれに顔面から突っ込み、爆発。黒煙が舞い上がる。

 

「逃げて、曙ォ!」

 

 しかし、その煙が生き物のように伸びる。そこから裂けるようにして現れたのは、ほぼ無傷の雷。

 

「びっくりしたけど、そんな攻撃効かないもの!」

 

 十四センチ――彼女は人間サイズになっているため、それに比するように十分の一程度だが――砲を向けながら突進。後ろに飛び退く曙を逃すまいと追いかける。

 対する曙も、玉砕覚悟で拳による応酬を図る。

 

「やめねぇかッ!」

 

 その二人が激突する直前、黒い影が割り込んできた。同時に発射された砲は刃物により粉砕され、拳は下からの突き上げにより力を失った。

 割り込んだ天龍は死屍累々の様相となった近辺の艦娘を片目だけで睨みまわすと、

 

「このクソガキどもがァッ!!」

 

 と激昂した。

 

「仮にもここは鎮守府だぞ、その中で実弾を使うとは何考えてやがるッ! 貴様ら全員スクラップもんだぞコラァ!!」

「ひいいいい、すみませんすみません」

 

 彼女、天龍はこの鎮守府での最古参の一人。レベルはこの場にいる駆逐艦とは比べ物にならないほど高い。最近では遠征に出ることが多いのだが、それでもその能力と経験、同僚を引っ張る器量により一目置かれていた。

 

 脅える駆逐艦たちを確認した天龍は、駆逐艦たちを一堂に纏める。気を失っていた艦娘も何とか目を覚ますところだった。

 

「さて、お前らが暴れてる理由は大体察しが付く。気持ちも分かる。だが、今回は諦めろ」

「どうしてよ? 私たちじゃ間宮は取れないって言うの?」

「そうだ」

 

 質問した曙は即答され、鼻白む。思わず拳を握ったが、食ってかかるほど彼女はおろかでもなかった。

 

「色々理由はあるが、とにかく……あいつが、本気になりやがった」

「あいつ?」

 

 潮は首をかしげた。出撃回数にも乏しい彼女たちは、鎮守府の内情をあまり知らない。龍田のことを知っている雷たちもよく分からないようで、不思議そうな顔をしていた。

 

「……龍田が、マジだ。だからやめとけ」

「龍田さんが?」

 

 普段の彼女は、時折厳しいところがあるものの面倒見のいい性格で、天龍とは違った意味で信頼を集めている艦娘だった。

 しかし、天龍も恐れるような事態になっているというのが、想像つかなかった。

 

「何考えてやがるか分かんねえが、本当にまずい。幾らお前たちでも殺されるかもしれねえ……」

「殺すだなんて。龍田さんがそんなことするなんて想像できませんけど」

「いや、今のアイツならやりかねねえ。分からねえが、あいつは今回やたらマジなんだ」

 

 彼女もどうして龍田に火がついたのかわからない。その苛立ちを隠しながら駆逐艦たちを見回した。

 

「とにかく、もうやめろ。この分だと入渠にも時間がかかるからな――」

 

 

 

 

 

 ――どうしてこんなことになった!?

 

 利根は震える奥歯を噛みしめながら、現状把握に全力を注いだ。

 準備と行動は完璧だったはずだ。前もって確認していた鎮守府の内部をもとに、現在の艦娘の分布状態、普段の活動パターンなどから推測した、最も安全なルートを確保して静かに進んでいたはずだった。

 最悪のケースでも二体の欠落もないだろうと考えていたのだが。

 後ろを振り向く。オイルと火薬の匂いが支配する中に、同じ利根型と妙高型が倒れていた。いずれも、微動だにしない。外装としての服だけでなく、肌も傷ついている。尋常な損傷では見ることもない状態で、明らかにオーバーキルだ。

 

「お、お主には、人の心がないのかッ!」

「あらあ? 私たち、軍艦よ? あるわけないじゃなーい」

 

 おお、神よ! と、心で叫ばずにはいられなかった。

 しかしその叫びは虚しく、龍田が手に持っていた鉾槍により、次々と装甲を食い破られていく。幸いにも人間で言う肉には通らなかったものの、あまりの恐怖に普段の背伸びした口調も忘れて絶叫し、倒れ込む。

 

「な、なあ、もうやめてくれ。もう足(きかんぶ)も腕(へいそう)も使い物にならん……」

「でもー、ここは地上だし、息の根がある限り、戦えるわよねー? あとが怖いから、しっかりと潰しておかないと……」

 

 瞳を邪悪に細めて、龍田は宣告した。その時、利根の脳裏によぎったのは、倒れる仲間たちのことだった。

 戦いではなく、陸で果てるなど化けて出るほどの無念。

 ここで先に自身がそうなれば、今倒れているだけの仲間も同じ末路を歩むだろう。

 それだけはならない。文字通り身を挺してでもそれを止めなければならない。

 

 恐怖に震える心を叱咤し、足腰に力をかけた次の瞬間、龍田が爆風に包まれた。

 

「姉さんは、やらせはしない……!」

 

 利根以上にボロボロになりながらも、かろうじて砲一つ残った筑摩の一撃だった。見るも痛ましい惨状だが、その瞳は利根と同質の、覚悟をしている者のそれだった。

 油断なく彼女は連射し、むせるほどの煙が辺りに充満する。

 

「い、今のうちに脱出を」

「駄目じゃ、それでは仲間たちが」

「今は生き残ることが先決です。抱えるには、私たちはあまりに傷ついています――」

 

 悔し涙を滲ませながら、利根は筑摩に従うことにした。妙高の言葉は納得する以外になかった。二人になったとはいえ、龍田を倒せるとはとても思えない。妙高型を見捨てることはあまりに気が重かったが、首を振ることでその思いを振り切った。

 

「絶対に逃がさないんだから」

 

 誰の声かと思った。瞬間、利根の肩を持っていた筑摩が弾き飛ばされた。錐もみしながら吹き飛び壁へ激突。二つほど咳をした後、動かなくなる。

 

「重巡とはいえ、近代化改装もしていないような子が、私をここまで追い詰めるなんて。許さない。許さないんだから」

 

 全体を煤だらけにした龍田が、槍を振り回す。主人の心情を代弁するような、不機嫌そうな風切り音だった。

 筑摩は不思議と落ち着いていた。死を覚悟したせいだろうかと思う。

 あれだけの直撃を受けてもほぼ無傷。龍田が言うように、単体の戦力差はさながら大人と子供。そのうえ、肉弾戦しか手段のない利根にできることは限られていた。彼女の言うように、逃げることも無理だろう。とすれば文字通り肉弾するしかあるまい、と、利根は腰を深く下ろした。

 

 そんな利根の髪をかすめるように、砲弾が飛んだ。それは龍田の胴体を完全に捉えていたが、すんでのところでそれを回避。だが、手に持っていた鉾槍がそれにより砕け散る。

 紛れもなく戦艦級の巨大砲弾だった。

 

 手の骨まで持っていかれそうな衝撃に、龍田は表面上笑いながらも焦燥した。ここにきて、戦艦級の援軍とは。

 

「鎮守府内の暴力行為は禁止よ。特に、この方の前では、ね」

 

 巨人の腕のようなシルエットの砲台を腰から生やし、鬼の角のような装甲を頭につけた長門型戦艦、陸奥が通路の置くで仁王立ちしていた。

 

 だが、それより二人が注目したのは、その横に佇む一隻。

 人としての体格はさほどではない。しかし、その背部にある圧倒的な兵装、シンプルでありながら随所に粋を凝らした装甲、そして何より、他の艦娘以上に濃密な存在感。あまりの密度に周囲の空間が歪むようだった。

 特に利根は目を離せない。かつて共に戦った戦艦、大和がそこにいた。

 

「陸奥の言うように、鎮守府内部での暴力行為は原則禁止です……酷いですね。陸奥、可能な限りあの子たちを運んであげて」

「畏まりました」

 

 陸奥は提督から直々に、大和の護衛を任されていた。史実を考えると、本来は姉である長門などがその任を負うのが適当かもしれないが、残念ながらこの鎮守府に長門は着任していなかった。まだか。

 

「さて、これからあなたはしかるべき場所へ連行されることになりますが、何か言い分はありますか?」

「最近戦列に加わったばかりの子が委員長気取りなのねえ……?」

 

 普段から笑みを絶やさない龍田が、そこでとたん、真顔になった。しかし、すぐに笑い直す。

 その一瞬の変化を見た大和の砲台が、思わず動く。

 

「まあ、さすがに不利だし、あきらめましょうか。みんながあまりに頑張るから、つい龍田、ちょっかい出したくなっちゃった」

 

 大和の心配は杞憂だった。思わず息を吐く大和だったが、利根はその言葉に憤った。

 そのようなつまらない理由で攻撃したのかと問い詰めたかったが、間宮を手に入れるという目的だったら、ここまで派手に攻撃する必要はなかったはずだ。攻撃もそこそこに、その足で出し抜けばよかったのだ。このように時間をかけていたぶり、過度に破壊する必要性などどこにもない。その理由は彼女の本心なのだろうと知れた。

 

「利根さん、動ける?」

「う、うむ。我輩は問題ない。それより、筑摩は大丈夫なのか?」

「大丈夫。むしろ他の子より軽傷みたい」

 

 彼女は筑摩を軽々と持ち上げ、その足で龍田へと近づく。

 

「さて、いきましょうか。運動したから疲れているでしょう? ドッグでゆっくりとお話し――あら」

 

 龍田は逃げを打った。この中では最も身軽かつ軽傷だった龍田に追いつける娘は存在せず、それに気付いた陸奥が威嚇射撃を行ったものの、全弾回避。そのまま消えてしまった。

 

「鎮守府から逃げることもないでしょうし、今は放っておいてもいいでしょうか。利根、済みませんがもう一頑張りお願いしますね」

「是非もない」

 

 利根は筑摩を受け取り、震える足で一歩前に出た。

 大和が背中、両手で三体の艦娘の抱え、その後に陸奥が続く。

 

「悔しい、な」

 

 呟く。正確には、恨めしい。目を覚まさない筑摩を横目で見ながら、強くそれを感じる。

 あまりこういった感情を持つのは良くないと利根は思うのだが、この気持ちは長引きそうだと直感していた。

 

 

 

 

 

 背中の装備が動く程必死に息をしながらも、その意思は衰えていない。

 快速の駆逐艦の多い構成の中にあって、低速と評される彼女、超弩級戦艦扶桑は頑張っていた。実際に軍艦だったならば機関部が爆発してもなしえない、島風や雪風に並走すると言った所業を、彼女は成し遂げたのだ。

 

 彼女たちが持つ第一艦隊の腕章を奪おうとする輩は多かった。そのため、逃げては迎撃、逃げては迎撃を繰り返し今に至る。

 なお、残されたもう一人のメンバーである加賀は「この方法には従いたくない」と、早々に離脱した。このようにせわしなく動く必要が出ているのは、彼女の索敵に期待できないというものも原因として存在した。

 

 病的に白い肌を青く染めながら、彼女は索敵を続行する。申し訳程度でも働こうとする彼女の姿勢に、遅い軍艦を見下しがちな島風もさすがに文句は言えなかった。

 

「扶桑さん……司令に掛け合いましょうよ」

 

 それに彼女は首を振る。息を吸うのも精いっぱいで返事すらできなかった。

 

 彼女がここまで死力を尽くす理由は、ひとえに妹の山城のためである。

 彼女たちの基となった戦艦の歴史の影響か、彼女たち二人は他の艦娘と違い卑屈な気質があった。特に山城はそれが顕著で、かつ、扶桑と違い待機が多かった。そのため、近頃いよいよ鬱が抜けきらない状態に陥っていた。

 艦娘は人間ではないのだが、人間に近しい精神構造を持っている。人間で言えば明らかなうつ病だった。

 彼女はそんな妹のために、第一艦隊の腕章を譲るわけにはいかなかった。

 

「司令、室近、辺にはッ、誰もいません……ッ!」

 

 息絶え絶えに、扶桑は偵察の結果を知らせる。第一艦隊の旗艦は、腕章とは別に、司令室へ独断で入る権限を持っている。そのため、扶桑が抜ける訳にもいかなかったのだ。

 

 そのため司令室に陣取る艦娘が多かったのだが、しびれを切らしたのか、ちょうど穴が開いたようになっていた。

 

「早く……行きましょう」

 

 誰よりも疲れている扶桑が立ち上がる。雪風は何かを言いかけたが首を振り、結局先導するように走り始めた。

 

 

 

 

 

 司令室の扉に触れると、奥で金属がずれる音が鳴った。

 

「ゴール、だね」

「そうですね。扶桑さん、見張っているので先にどうぞ」

 

 答えず、倒れ込むように扉へしがみつき、そのノブをひねり開ける。

 その途端、扶桑がシーソーのように逆に傾き、廊下側へ倒れ込んだ。

 室内に気を払っていなかった艦娘二人は完全に不意を突かれる形となり、慌てて入口に向けて砲を向けた。

 ゆるりと出てきたのは、龍田。丁度二人の中間に位置するように立ったため、二人は射撃ができない。

 

「ど、どうしてあなたがここにッ!?」

「簡単なことよー? 窓から入ったの」

 

 完全に犯罪ものだった。確かにドアにはセキュリティがあるが、窓はそこまで頑丈な作りでもない。破ろうとすれば破ることもできるが、さすがにそれを選択肢に入れる艦娘はありえない。何せ、彼女たちにとって最も大切なものの一つである提督の座するところである。そこを傷つけるのはありえないのだ。本来ならば。

 

「砲を降ろしてくれないかしら?」

 

 先ほど破壊されたはずの鉾槍を、倒れた扶桑に向けながら威嚇。戸惑う二人に対して龍田は鼻で笑うと、その喉元を先端でちくりと突いた。

 

「もしかしてー、あなたたち、私が冗談でやっていると思っているの――」

 

 が、次の瞬間龍田が飛んだ。二人が攻撃したわけではなく、明らかに室内を意識しての動きだった。

 室内から戦闘機が飛び出した。狭い入口や廊下を器用に飛び交うそれは零式艦戦52型。それはハエのように龍田を追尾し、攻撃を仕掛けていく。

 途中からは、あらかじめ待機させていたのか廊下の先からも追加が入る。その数十以上。入れ代わり立ち代わり、次々に攻撃を仕掛けていく。

 

 龍田もさすがというべきか、鉾槍と対空兵装でそれを撃ち破っていく。しかし狭い屋内ということもあり回避がおぼつかず、装甲が少しずつ削れていった。

 

『イムヤは沈んだのかしら』

 52型から無線の声が鳴った。無気力そうなその声は間違いなく彼女のものだった。

 

「加賀さん!? 参加しないんじゃ……」

『興味はないけれど、だからと他人に間宮を渡すつもりはありません』

「私は別に間宮に興味はないのだけれど……ね!」

 

 最後の一つを撃破し、龍田は鉾槍を地面に突き立てた。

 

「見えないところから攻撃だなんて……今の第一艦隊はこんなふぬけなのかしら」

「それよりあなた、高速修復財と資材を勝手に使ったわね?」

 

 そこに現れたのはまたしても大和だった。しかし、先ほどまでの余裕は全く持ち合わせていなかった。

 

「艦娘を傷つけたことでも罪ですが、提督の管理する資材を勝手に利用するということは、死に相当する大罪です。もはや温情を与える余地などありません」

 

 砲門が一斉に龍田を捕捉する。しかし龍田はにんまりと笑ったまま動かない。

 

「いいのかしらー? このような所で主砲を使ったら、大切な司令室が大変なことになるわよ?」

 

 大和もそれは理解している。だが、そもそもこの行為は威嚇に過ぎない。本気に受け取って引いてくれることが目的だった。

 さすがに歴戦の艦娘、判断が優秀ね――大和は膠着状態を覚悟した。

 

「で、も。私はやれる」

 

 だが一方、龍田は攻勢に出た。こともあろうに大和へ向けての斉射。回避性能が悪く、大柄な大和はそれを全面に受けてしまう。

 武装の右半分がけたたましい音を立てて転げ落ちる。誘爆を受け、大和自身も激しく装甲を損なった。まさかの大破だった。

 

 控えていた陸奥が慌てて気遣ったが、それに満足に答えられない。

 苦痛以上に、驚愕が勝った。

 護衛までつけられるような立場の自分に対して、まさかここまでの攻撃をするとは思わなかった。元々口添えで廃艦は避けるようにしたかったが、これでは言い訳も難しくなる。

 

「あ、あなたッ、命が惜しくないの!?」

「いいえ。そもそも死んでいるわよ」

 

 驚いて動かなかった駆逐艦二人を薙ぎ払い、低い声で龍田は答えた。

 

「それはどういう――」

「だからそんな脅しなんて、意味はないわ!」

 

 とっさに陸奥が体で庇う。鉾槍が砲台と衝突して凄まじい火花を放った。

 砲台が競り負けている。陸奥がバランスを崩してしまう程の、凄まじい力だった。

 深海棲艦を思わせる妄念を受け取りながらも、残った砲で龍田を狙う。だが、その射線から龍田は素早く身を隠す。

 

「一時は第一艦隊も張ったあなたも、なまったものね?」

「あなた、他に何か不正を働いているの?」

「まさかー……これは地力。あなたと違って意識が違うのよ」

 

 追撃の砲を飛んでかわしつつ、縦に回転しながらのアクロバティックな射撃。それはろくに狙っていなかったものの跳弾となり、陸奥と大和に直撃した。

 威力は大したことがないが、いいようにされたショックに陸奥は攻撃の手を緩めてしまう。

 

「だから、意識が違うって言ったでしょう?」

 

 その隙に龍田が急接近。装甲のない腹部に対して砲を零距離でぶちあてた。

 二、三、よろめきながら龍田を睨む陸奥だが、耐えきれずにひざを折った。

 

「あなたのような平和ボケに、私は倒せない」

 

 龍田は鉾槍を振りかぶる。その視線は、うつむく陸奥の首筋。

 完全に殺すつもりで振り下ろしたそれは、横から差し出された剣によって遮られた。

 

「……さすが天龍ちゃん。私の本気を簡単に受け止めちゃうなんて」

 

 天龍は感情を表に出さないまま、剣を龍田の首元に向けることで返した。

 

「どうしてだ。どうしてここまでする」

「……天龍ちゃんは丸くなったわねえ」

 

 天龍の剣を恋人の手のように撫でる龍田。刃が彼女の手のひらを薄く裂くが、気にしない。

 

「けれど、牙はしっかりと研いでいる」

「同型のよしみで何とかしてやりてえが、さすがに俺も擁護できねえぞ、龍田。もう一度聞く。どうしてこんなことをしやがった?」

「最近遊んでなかったからー」

「真面目に答えやがれッ!」

「真面目よ、天龍ちゃん」

 

 一歩下がり、その奥にいた大和に龍田は目を向けた。

 戦いの余波により照明が破壊されて薄暗い中、龍田の藤色を大和は不気味に感じた。

 

「さっきも言ったけれど、私はもう、死んでいるの。第一艦隊どころか艦隊にも入れず、待機するばかりになったあの日から」

「……どういうこと?」

「そもそも、艦娘は、軍艦は何のためにあるのかしら、大和さん」

 

 大和は、その強大な戦力を持つ反面、非常に運用しづらい戦艦だった。切り札として大切に扱われていた上、いちいち動かしては維持もできない。その上、軍事機密扱いのため国内外にその存在を広めることも難しかった。史実では常に停泊し、水上のホテルのように扱われた。ついたあだ名が大和ホテル。

 さすがに戦局が限界に達した頃には動いたものの、ろくな活躍もできずに轟沈した。

 事実上の無名にして無活躍。それが、大和が思う前世だった。

 

 それを思い出しながら大和が答えようとする前に、龍田は嘲笑するように言葉をつないだ。

 

「私たちは戦うために生きている。決してあなたのようなお飾りとして生きているのではないわ」

 

 横目でちらりと、龍田は天龍を見た。思うところがあったのか、しかめ面で黙ったままだ。

 

「着任した時は幸せだったわ。また戦えると、今度はもっと華々しい戦果をあげて、惜しまれながら死ぬことができるんだって思って、毎日出撃したんだよ。でも、艦娘が増えてからは、駄目ね。いくら私が戦果を挙げても、提督は私のことを見てくれない。新しく、派手な子たちを入れ代わり立ち代わり、いつのまにか私は使われなくなった」

「……龍田、それは俺も同じだ」

「そうね。遠征のお仕事が残されてるけど、私たちは戦いありき。死ぬことのない任務だなんて、誰でもできるお仕事よ――やっぱり天龍ちゃん、丸くなったよね」

「何がだよ」

「昔は、死ぬまで戦わせろー、っていうのが口癖だったのに、いつの間にか言わなくなっちゃった。私より先に我慢できなくなるかなあって思ってたのに、天龍ちゃん、牙が抜けちゃったみたい」

 

 そんなことはない、と言いかけて、反論ができないことに気付いた。

 昔の自分なら、遠征ばかりの毎日などこなしていたらいずれ憤死していただろう。だが、ここ最近は、遠征をしても特に悪く思わない。そればかりか、充実すらしていた。

 

「かも、しれねえ。でも、それは悪いことなのか?」

「……ううん。むしろ嬉しいんだ天龍ちゃん。あなたは戦場以外にも居場所を見つけることができた。でも、私は駄目だったんだよ……」

「この戦いは、提督への意趣返しですか?」

「違うよ。戦って死にたかっただけ。私はこんなに強いんだって、せめて提督に見せつけて、死にたかった」

 

 当時の大和に意識があったならば、もっと戦いたいと願ったことだろう。龍田と同じように、戦果と名誉を重ね、やがて死ぬことを名誉に思ったかもしれない。

 

「龍田さんは、それ以外に生きる意味を見つけられなかったのね……? 天龍さんは、後輩の駆逐艦たちを指導する道を見つけたけれど」

 

 だからといって、大和も今の扱いに疑問が残っている。かつてと違い、今の戦場は大和にとって非常に都合がいい。情報隠ぺいの必要もなく、船員の練度も関係なく、巨大で取り回しが悪い砲の命中も、駆逐艦のそれとそん色がない。それでも、活躍の場は中々与えられていない。

 そのため彼女は早々に、前線へ向かうことを第一の目的にしなかった。鎮守府を回って治安を守り、時に手を貸していく。彼女も、自分のできることを探している最中だった。

 

 龍田は寂しそうに微笑むと、大和へ鉾槍を向けた。

 

「せめて、あの大和すら圧倒したという名誉を抱いて死にたいのよ。分かってくれるよね?」

「……それがあなたの救いならば」

 

 勝てるかどうかも怪しい。兵装は半分死んでいるうえ、練度はそれこそ桁違い。それでも、決して逃げるわけにはいかない戦いだった。

 

 いざ。小さな掛け声とともに大和が前へ出る。龍田も応じるように鉾槍を構え直す。

 

 一触即発。艤装の弱化した大和は龍田の攻撃に何回も耐えられない。一方、さすがの龍田も、大和級の巨弾に直撃すればひとたまりもない。大和の集中はここにきて、龍田に回避のイメージを与えないほどに極まっていた。

 

 空気がぴりぴりと痛み出す。黙って行く末を見守る天龍、島風と雪風、その誰が固唾を飲んだか。

 

 その音を合図とするかのように、提督が着任した。

 

 

 

 

 

 龍田の頭から蒸気エンジンのように煙が上がっていた。提督の無慈悲な一撃によるものである。

 いかな歴戦の艦娘とはいえ、提督の力によりその存在を許されている以上、決して逆らうことはできないのだ。

 

 彼女は特に気にもしていなかったものの、結果的には致命傷を負った艦娘はいなかった。

 入渠を要する艦娘は三十以上にもなったが、提督は「今はキャンペーンもないし、任務ついでにはなるか」というだけで気に留めなかった。

 最大級の問題とされていた大和の大破を見ても特に気にしなかったため、大和がこっそりしょげていた。

 建物の破損に関しては保全担当の人間の領分であり、提督はあずかり知らぬところでもあった。

 

 龍田は普段絶対にしないような険しい顔で提督に向き合った。

 

「提督……私を解体しないの?」

「拳骨くれてやったのにまだ足りんか、卑しんぼめ……理由は?」

「いっぱいみんなに迷惑かけた。解体されるくらいはされてもおかしくないはずなんだけど?」

「いや。わざわざ解体するには貴様は惜しい。本当に邪魔なら片付けることもできるが……」

 

 片付けとは、艦娘をカードの形式で閉じ込めることである。

 普段こそ人のように振舞えている艦娘だが、その実は提督の魔力めいたもので動く存在である。動いているからと言って特に魔力を消費するわけでもないものの、収容できなかったり邪魔な時などには、物言わぬカードとしてまとめられる。

 この鎮守府では提督の意向により、艦種の重複がない限り行われない。だがかえって、途中でのカード化は最大級の生き恥として艦娘から恐れられていた。

 

「な、なあ」

「なんだ天龍。今日の貴様は覇気がないな」

「……龍田を許してやってくれッ!」

「天龍ちゃん。やめて……提督。私は死に場所が欲しいの。提督の手にかけられるならばそれでもいいんだけど、今までのように何もできないでいるくらいなら、カードにされて何もわからないままでいた方がまし」

 

 提督はしばらくその言葉の意味を考え「要約すると、暇だった、でいいのかね」とつぶやく。

 やがて提督はにやけともつかない笑顔を龍田へ向けた。

 

「龍田よ。なぜ俺が艦娘全員を顕現させているか分かるか」

「……示威、行為?」

「違う。この鎮守府にアクセスする外部の者はさほどいないし、深海棲艦には脅しが効くような殊勝な精神もない。俺はな、貴様ら軍艦が人の姿で生まれ変わったのには意味があると考えている」

 

 龍田は話の合間に提督の言わんとすることを考えたが、理解できない。

 

「戦うだけではない生き方を許されたからだ。貴様らに乗っていた英霊の魂がそうさせたのかもしれんな……たとえば青葉なんて、重巡なのに記者を目指してやがる」

「……でも、私たちは戦うために」

「だったら、口答えもせずに人間に従うだけにするんだな。貴様が今日しでかしたことは軍艦のすることじゃない」

「――それならッ! このまま黙って朽ちていくのを待てって言うのッ!?」

 

 いつもの龍田からは想像もつかない、悲鳴めいた反論。だが、提督は表情一つも変えずにうなずいた。

 

「戦うしか能のない軍艦なら、黙って従え」

 

 これ以上刃向うならば、自分自身を否定することになってしまう。何もできず、怒りか恐怖か分からないまま震えて俯く龍田を、壊れ物を扱うように天龍が優しく抱きしめる。

 

「俺は、見つけた。駆逐艦《ガキ》どもを世話するっていう仕事をな。最初は性に合わねえって思ってたが、今はもう、俺じゃなきゃ務まらねえって思ってる。昔と違って、あいつらのためにも死ぬわけにもいかなくなっちまった」

 

 天龍に続いて、雪風が言葉を重ねていく。

 

「龍田さん、私も、まだ戦う以外に生き方は見つけられてませんけど、司令の言うみたいに、私たちがこうやって人の形で生まれ変わったのには絶対意味があるって信じてるんです。少なくとも、ただの駆逐艦だったころの私には、今みたいにみんなを守りたいっていう気持ちはなかったと思うんです。この気持ちは、人の姿になれたから芽生えたんだって……だから、戦いだけじゃなくて、みんなを守れる何かになりたい」

「まだレベルも低い駆逐艦のくせに……」

「今の私は乗組員もいない、ただ一人の艦娘です。けど、代わりにみんなと話もできるし、司令だっています。希望を持ってれば、きっと、ううん、絶対にできるんです」

「あなたはいいわよね。史実でも生き残って、その後も最後まで名声を持ったまま終えて。だからそんな風に考えていられるのよ」

「違います。私は幸運艦と言われましたけど、反面、僚艦の破損から比較されて死神なんて風にも言われました。私たちの時代、駆逐艦の主な仕事は対空と対潜で、皆さんをお守りすることが身上でした。前の私は確かに生き残ることはできましたが、本来の目的を完全に果たせたわけでもありません」

 

 龍田の皮肉にトーンを落として雪風は答えた。その後、でも、と務めて明るい声を上げた。

 

「でも、またこうして活躍できる機会ができました。今度こそ共に出る皆さんを守りたい。仮に出撃できなくても、みなさんが心置きなく戦えるように、何かお手伝いしたいと思うんです」

「できるって思ってるの……?」

「思います。ううん、します、するんですッ!」

 

 断言を呆れるような顔で龍田は眺め、やがて、鼻で笑った。

 

「でも、私には何もできないわよ。天龍ちゃんのように優しくもなれないし、誰かのように才能があるわけでもないよ」

「料理とか意外といけるかもしれねえぜ?」

「どうしてかしら? 適当?」

「竜田揚げ発祥だったろ」

「……そう? だったわねえ。すっかり忘れていたわ」

 

 毒気を抜かれたように、龍田の険が抜けた。と同時に、堰を切ったように涙が溢れてきた。

 

「わ。あ、あれ? 何これ?」

 

 それを見た天龍はぎょっとしながらも、ポケットからハンカチを素早く取り出してよこした。駆逐艦を世話していた中で培った反応だ。

 

「ありがと……何でだろ。これ泣いてるの? 私」

「今までの涙じゃねえか? ずっと辛かったんだろ? かれこれ三十回以上の出撃を見送ってたもんな」

 

 辛かったな、と、天龍は龍田の肩を叩く。龍田は向こう向いてて、と恥ずかしそうにしながら涙を止めるのに必死だった。

 

「提督……そうですよね。今の私たちは戦うだけではないのですよね……」

 

 大和は大和で思うところがあったのか、提督の背中を見て、恋する乙女のような表情を浮かべていた。

 

「やっべ……今日の俺、カッコよくね? カリスマドバドバじゃん?」

 

 一方、提督はこのような具合だった。破損した窓の向こうを眺めながらつぶやく彼に、島風は虚ろな目を向けつつも、聞かなかったことにした。

 提督はココアタブレットをひとしきり堪能すると振り返り、面々を不遜な表情で見渡し、告げる。

 

「茶番は終わったか? さて龍田。今後軍艦として振舞うか、そうでない何かとして振舞うか、今ここで決めろ」

「分からないわ」

「……決めろ。それとも貴様は、自身の進退すら決められん無能か?」

「いいえ? けれど、私はもうただの軍艦ではいられない。ねえ、提督」

「何だ?」

「軍艦は、悩むものかしら?」

 

 試すような物言いをしてのける龍田。目こそ赤いが、すっかりいつも通りの龍田の読み切れない笑顔だった。

 その顔に対するように、提督も獰猛とも言える笑みで返した。

 

「……そんな阿呆なことを尋ねるくらいなら初めから騒ぐな。さて、話も終わった。各自解散し、可能な限りの復旧を支援しろ」

「了解だ。行くぜ龍田。まずは――みんなに謝らねえとな?」

「とても難しそうな任務ねえ」

「そこは気合入れろよ」

 

 立ち去る天龍たちと大和たち。残るは、第一艦隊の腕章を持った面々。いつの間にか加賀も加わっていた。

 

「ん? まだ何かあるのか?」

「あ、あの……提督……」

 

 前に出たのは扶桑。

 

「その、間宮は、いつお使いになられるのでしょうか……?」

「ん? 間宮ってアレか……それを聞いてどうするんだ?」

「す、すみません。ですが、その、よろしかったら使っていただけないかと。私たちも今回、酷く疲れましたし……」

 

 精いっぱいの勇気を振り絞って扶桑は間宮の使用を願い出た。普段主張することのない彼女からすれば、大躍進だった。

 

「使わんよ?」

 

 だが、その勇気は、提督の軽い一言により粉々になる。

 

「次に手に入る目途もないからな。使う予定は……どうした扶桑」

 

 扶桑は遠く遠方を眺めるような表情のまま固まっていた。

 何事かと思って島風は様子を見たが、すぐに大慌てで提督へ振り向いた。顔面蒼白である。

 

「し、死んでる……」

「何ィ!?」

「ええッ!? い、いえ、脈、かろうじてあり! ショックで息が止まっているみたいです! じんこうこきゅー!」

 

 どんがらがっしゃんと音を立てて、扶桑がマネキンのように倒される。その後、二人はあの手この手で彼女の蘇生を企てていった。

 

「立ち往生とは……扶桑よ、そこまで……」

 

 それを提督は驚きを隠さないまま、感心したようにつぶやいた。

 

「だが、使わん」

 

 しかし、提督は保有可能艦娘数確保以外に対して『揺るぎない魂の輝き』を持つ男子。この程度のことで気が変わることは、ありえなかった。

 

 

 

 

 

「うふ、ふふふふ」

 

 電気もついていない暗がりの中、艦娘が一人で狂気じみた笑みを浮かべていた。

 手には威厳を放つ腕章。第一艦隊の腕章である。

 

「これさえあれば……私は……」

 

 どのような運命のいたずらか。あらゆる艦娘の手を渡った伊168の腕章は、引きこもっていたばかりの山城の手にあった。

 

「も、もし食べきれないくらいの食べ物が出たらどうしよう……扶桑お姉様は第一艦隊だからあげられないし、お腹壊しちゃうかも……ぜいたくな悩みぃ……うふふ」

 

 彼女は思いをはせる。このような明るい未来が待っていると思うだけで、近頃の鬱々した心が晴れるようだった。

 

 だが悲しいことに、彼女の希望が叶えられることは決してない。

 事実を知った彼女が燃え尽きるのは、その半刻後のことだった。

 

 

 

 

 

 動ける艦娘は率先して鎮守府の復元に努めた。

 特に動いていたのは、盛大に部屋を破壊した榛名だった。彼女はキツツキのように姉妹へ謝った後、顔を真っ赤にしながら力仕事にいそしんでいた。

 

 燃え尽きた扶桑姉妹は、武装を外された後人間の寮の一角に押し込まれ、放置された。数日間彼女はそこから出ず、夜中は幽霊のようなすすり泣きを響かせるようになった。

 

 168は轟沈級のダメージを負っていたものの回復が早く、欠員の多くなった面々に代わって精力的に励んだ。島風などのメンバーは遠征に出かけ、168以外の第一艦隊は暫定的に、ややレベルの低い控えの艦娘が担当することになった。そこにはあの龍田の姿もあった。直後は龍田から受けたトラウマに脅える面々だったが、天龍の助けも受けての必死の謝罪と、その後の献身的な働きにより、幾らか名誉を挽回するようになった。

 

 

 

 

 さて、この鎮守府の船渠(おふろ)の入渠可能数は二人までしか利用することができなかった。一部の高レベル艦娘以外はレベルの低い者ばかりで、回復も早かったのだが、それでも、開かずの間と化した片方の船渠(おふろ)に対し、不満を持つ娘は多かった。

 

「あのクソ提督……大切にしてる子なんだろうけど、一人に時間をかけすぎよ……」

「船渠を占拠してるんやなあ」

「うっさいよ龍驤」

 

 曙がイライラしながら開かない片方の船渠(おふろ)を睨んでいると、その扉がやおら開いた。

 立ち上がる湯煙。その奥から、輝かしい威容が姿を見せた。

 鎮守府内でも最高レベルを誇る、鎮守府最初の正規空母。『一航戦』赤城が、つやつやの肌を晒して復活した。

 

「ああ、いいお風呂でした……って、けっこう人が待っていますね。何かあったのでしょうか?」

 

 待機中の艦娘を見て不思議そうな顔をする赤城だが、その中の一人に足を向けた。近づいてきた赤城に対して大和は笑みを浮かべ、対応する。

 

「お久しぶりですね赤城さん。お怪我は大丈夫ですか?」

「おかげさまで。この前派手にやられちゃいまして。慢心していたつもりはないんですが、運悪く一気にたたみかけられちゃったんですよね……あら? そういえば大和さん、今日は軽装ですね?」

「うふふ、私もこっぴどくやられちゃいましてね」

「……大和さんが実戦に出るなんて、そこまでの強敵でしたか」

「ええ。やはり実戦経験は大切ですね。勉強になったわ」

 

 呑気に会話を交わす赤城をジト目で見る駆逐艦たちだったが、赤城は気にする様子が全くなかった。

 

「そういえば喉が乾いちゃったわね……そうだ、ラムネっていただけます?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます――ああ、やっぱり大和さんのラムネは最高ですね! これだけで輝ける気がしますよ!」

 

 赤城に恨みがましい顔を向けていた駆逐艦たちが驚愕の表情に切り替わる。

 ラムネ? ラムネとはいったい?

 いや、駆逐艦とてラムネ程度なら分かる。だが、その香りは人間たちが取る物とは違う、確かな存在感があった。

 

「あ、あの、ラムネって……」

「あら? そういえば言ってませんでしたね。私には自前で備えがあるんですよ。アイスなんかもありますね」

「なん、だと……」

「これが、私たちのやっていた、戦争……」

 

 その場にいた艦娘は全員、轟沈した。




これ書き終った直後に長門が出ました。ぜかまし描いたら出るというジンクスは怪しげですが、こちらは話内で匂わせると出るとかありそうです。皆様どうぞ。
あと、餃子提督は大和、持ってません。諦めました。

二稿:食事について追記、ご指摘いただいた誤字修正


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。