「――それでね、算数の授業が終わったらみんなが話しかけてくれたの」
慧音と別れた後、ずっと今日のことをあれこれと話していた。瑠梨は授業のことから休み時間のことまで、全部嬉しそうに喋っている。妹紅はそれに対して笑ったり頷いたり、話題の一つ一つに反応している。
こういう楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。瑠梨にはまだまだ話したいことがあるのだが、家に着いたことで話が途切れてしまった。
「ちょっと待っててね」
妹紅はその瞬間を逃さず、瑠梨を玄関に残して1人外に出ていった。決して瑠梨の話を聞きたくないわけじゃない。ただ先にやることがあるだけなのだ。
「お待たせ。じゃあ瑠梨、今日の夕飯を獲りに行くよ」
1分も経たないうちに戻ってきた妹紅の手には、2本の釣竿とその他もろもろの釣り具がいっぱいあった。両手が塞がっている妹紅は瑠梨についてくるように言うと歩き出す。
「それで、歴史の授業がどうなったの?」
「うん、それでね――」
妹紅から聞かれたことによって、再び瑠梨の話が始まる。
その声だけで2人が笑っていて、幸せそうなのが伝わってくる。
まるで2人がいる場所だけ誰にも割って入ることなど、決して許されないような空間が出来ているようだった。
あっという間にその時間も終わりを告げ、目的地にたどり着いた。
竹林の中に唯一ある溜め池。妹紅以外は誰も訪れることの無い隠れスポットだ。
真水の清流が一時的にここに溜まり、それから里の方へと緩やかに流れていく。何者の手も加えられていないため、本当に新鮮で美味しい魚が釣れるのだ。
今日の夕食、そして明日の朝食を確保するために来たのだが、まずは瑠梨に釣りのレクチャーをしなければならない。
「――で、こうやって水に入れるとあのウキが沈むから、沈んだら……!!」
妹紅は釣竿をグイッと引いて立てる。すると竿が大きくしなり、釣り糸が左右に激しく動いた。ほどなくして水面まで魚が上がってくる。そして釣り糸を引っ張り上げ、針を丁寧に外した後用意していたビクに魚を入れた。
「こんな感じかな」
「妹紅お姉ちゃんすご~い!!」
鮮やかな技術でいとも簡単に釣り上げた妹紅に、瑠梨は目を輝かせながら拍手を送る。
「ありがと。それじゃあ瑠梨もやってみよ?」
「うんっ!!」
釣竿を渡すと妹紅は瑠梨の後ろに立って、竿を掴んでいる瑠梨の手に優しく自分の手を添えた。決して自分が操作するのではなく、瑠梨に任せるようにした。
「そしたらゆっくりと池に釣り糸を垂らしてね」
声で教えながら、瑠梨が動かすのに合わせてほんの少し力を入れる。そしてゆっくりと釣竿を動かして少しずつ池に糸を垂らした。
「そしたらあとは魚がかかるまで待つんだけど、すぐに釣れるから……」
と説明しているうちに、ウキが上下にピクピクと揺れ始める。それが魚がエサをつついている合図だ。
でもまだ慌ててはいけないと妹紅は諭す。
徐々にウキの揺れは大きくなってきたその時、ウキが一気に沈む。
「あとは力いっぱい釣り上げるだけよ!!」
瑠梨は妹紅がしていたようにグイッと釣竿を立てた。すると竿が一気にしなり魚が抵抗する振動が瑠梨の手に伝わってくる。
その抵抗に負けないように瑠梨は力いっぱい竿を引っ張った。
水中から魚が勢いよく飛び出して水しぶきを上げる。その勢いのまま魚は地面に体をうちつけピチピチと跳ねていた。
「おめでとう瑠梨」
「うんっ!!」
魚が釣れたことが、妹紅に褒められたことがすごく嬉しくて、瑠梨はとびっきりの笑顔を妹紅に見せた。
それからはそれぞれが釣りを始めたが、瑠梨も妹紅も隣同士離れることはなかった。どこから見ても仲良さそうに、2人とも釣竿を握る。
「目標は10匹ね。あと8匹釣れたら帰ってご飯にしましょ」
「うん、頑張って釣る!!」
そう言う間にも妹紅お姉ちゃんの竿に魚が掛かった。さっき釣り上げた魚よりも大きいのか、魚も抵抗を見せてなかなか上がって来ない。
瑠梨は妹紅の釣り竿に掛かっている魚がどんなものなのか気になり、水面を凝視し続ける。まだ結構深いところにいるのか、水面に魚の影らしきものは見えない。
予想外の長期戦に妹紅は手の力はそのままに一息つき、ずっと見ている瑠梨の方を見て微笑む。
「結構な大物かもね……って瑠梨!!掛かってるよっ!!」
「え?」
が、その表情は一瞬で変わった。瑠梨の釣竿の先、水面に浮かんでいるはずのウキが無い。つまり何かが掛かった証拠。
瑠梨が目線をそちらに向けようとした時、竿を掴んでいた手が池の方に引っ張られ、片足が宙に浮いた。瑠梨を助けにいこうにも、自分の方の釣竿から手を離せない。
「わっ!?」
妹紅が悩んでいるうちにも瑠梨はバランスを崩す。しかし、瑠梨はもう片方の手も釣竿を掴み、両足を着いた瞬間足に力を入れて踏ん張る。そして目いっぱい釣竿を立てた。
しかしグゥングゥンと振動が手に伝わってきて、その度に手がビリビリと震えたて力が入りきらない。
一般的に釣りは長期戦に持ち込めば有利なのだが、瑠梨の場合そうではない。
体力が無くなる前に、一気に決着をつけなければならない。
瑠梨はキッと表情を変え、瑠梨が持つ全ての力を両手に集中させて思い切り竿を引き上げた。
それとほぼ同時に妹紅も竿を立て、2つの影が水面から飛び上がった。
「わぁ……おっきい!!」
地面で体をうちつけている、瑠梨が釣り上げた魚は50センチくらいの大きなサクラマス。
「……ちっちゃ」
対して妹紅の竿の先には、手のひらサイズの岩魚がプラーンとぶら下がっていた。
こんな小さい魚に引っ張られてたとか……恥ずかしい。
――それから2人は30分ほどで目標の10匹を釣り上げた。妹紅が7匹、瑠梨が3匹だったが、一番大きかったのは瑠梨が釣り上げたサクラマスだ。
茜色の空は徐々にその身を潜め、夕闇へと変わっていく。そろそろ妖怪達が動き始める時間だ。妹紅自身、妖怪退治は心得ているから問題ないが、瑠梨を危険な目に逢わせるわけにはいかない。
走りこそしないものの、2人は足早に家を目指した。
数分で家に辿り着くと、妹紅は魚がたっぷり入ったビクを片手に台所に向かう。瑠梨もそれについて行き、隣で調理の様子を見学する。
「いっぱい釣れたね!!」
「そうね。瑠梨も料理手伝ってくれる?」
「うんっ」
ただ調理を見ているだけだと退屈するだろうと思い、妹紅は瑠梨に手伝いをお願いした。
妹紅は釣ってきた魚の鱗を丁寧にとり、それを1匹ずつ横に並べていく。瑠梨はその並べられた魚のうち、中くらいの大きさの魚を2匹網の上に置き、その下に薪を一個入れた。
瑠梨が釣ったサクラマスと、その他3匹のヤマメは刺身にして大皿に並べていく。
「じゃあ瑠梨はお皿を持って行ってちょうだい」
「は~い」
瑠梨が取り皿と刺身が乗った大皿をテーブルに持っていく間に、妹紅は薪に火をつける。
あとは焼き上がるまで待つだけだ。
20分ほどでいい具合に焦げ目がついて焼き上がり、それを別のお皿に乗せて持っていく。
いよいよ準備が整い、ちょっと遅くなってしまった夕食が完成した。
「「いただきます!!」」
2人はちょっぴり豪華な夕食をしっかりと味わいながらも、あっという間にペロリと食べ終えた。
夕食後のまったりとした時間……妹紅はお皿を洗い、瑠梨はその横で洗い終えたお皿を拭いていく。
「あっ、そうだ!!」
何かを思い出した瑠梨はお皿を置いてベッドの方に走っていく。
すぐに戻ってきた瑠梨の手には2冊のノートがあった。
「妹紅お姉ちゃん。算数と歴史教えてください」
ペコリと頭を下げる瑠梨を、手を止めて妹紅は見たが、想定外のお願いに妹紅の表情は固まっている。
「あ~……分かる範囲なら大丈夫だよ。たぶん……」
お皿を洗い終えた後、2人はテーブルにノートと教科書を開く。妹紅が教えられる範囲は教えたが、一部妹紅にも教えられない部分があった。
その一部の問題に、2人は寝るまでずっと頭を悩まされ続けた。
皆さん初めましての方は初めまして。
自分の小説「一度だけの指切り」を読んでくださりありがとうございます。
中間地点一歩手前くらいですが、1つ謝らなければなりません。
1週間後……厳密には9日後になりますが、就活が解禁となります。
なので、今までのペースで更新するのはおそらく不可能です。2ヵ月に1つとかになるかもしれません。
私事ですがご理解の方宜しくお願いします。
それでもいい!!待ってるぜ!!という方がいてくれたらすごく嬉しいです。