――翌日も朝は瑠梨を人里の入り口まで送り、夕方にそこまで迎えに行った。その翌日も同じように瑠梨を里まで送る、それが妹紅の日常になってきた。
今までは1人で部屋に居続けるか、竹林をただ何も考えず散歩し、時折竹林で迷っている人を永遠亭まで連れて行く毎日。
そんな無気力な毎日が、瑠梨によってあっという間に変えられた。朝は瑠梨を送り、昼間は瑠梨と食べる夕食を考える。そして夕方迎えに行き、寝るまで一緒に笑いあう。最高の日常だ。
今日も「いつものように」瑠梨を迎えに行き、人里の入り口の外壁に寄り掛かりながら待っていた。
「妹紅お姉ちゃ~ん」
いつものように瑠梨が笑顔で駆け寄ってくる。それを合図に私はちょっとだけ1人で微笑む。今日も変わらない1日だった、と。
「おかえり」
そして私も瑠梨に負けないくらいの笑顔で迎えた。毎日必ず見れる瑠梨の笑顔が、すごく自分を嬉しくさせる。
毎日がこんなにも楽しくて、こんなにも幸せだと感じる日が来るなんて思いもしなかった。
これからまた楽しい時間が始まる。帰り道でお話を聞いて、宿題を手伝いながらいろんなことを教えて……
想像するだけでとても幸せになれる。
今日も手を繋ぎ、見慣れた竹林をゆっくりと歩いていく。そう、瑠梨の温かく小さな手をしっかりと握り、幸せで満ち溢れた道を一歩ずつ歩いていく。
「ねぇ妹紅お姉ちゃん」
「ん?」
ほら、今日も寺子屋であったお話が始まる。今日はどんなことがあったのかな?
「どうしていつも里の外で待ってるの?」
「……えっ」
思いがけない質問が飛んできた。一瞬のうちに幸せでいっぱいだった思考が停止する。
出来ることなら気にしないでほしかった質問。出来ることなら言いたくない答え。そんな疑問を瑠梨は抱いた。
妹紅の楽しそうだった表情は一瞬で固まり、軽かった足取りはピタリと止まる。
妹紅にとって言いたくないこと、瑠梨にとって知らない方がいいのかもしれないこと。
ついにそのパンドラの箱に瑠梨は手をかけた。
妹紅もいつかはこういう時が来ると思っていた。ただそれを迎えるのが早すぎた。心の準備も何も出来ていないのに、何か答えを言わなければならない。それが妹紅を悩ませる。
ウソを言えばこの場はすぐに収まる。だが、それでいいのだろうか?
瑠梨は私の日常を変えてくれた。毎日を楽しいと、幸せだと感じさせてくれた。その瑠梨に真実を隠すのか?
真実を言えば、瑠梨はどう思うだろう?
今までの人間たちと同じように思うだろう。人間とはそういうものだ。どれだけ仲良くしていても、最高の友人だと言っていても、たった1つの亀裂でそんなこと無かったかのように関係を崩壊させられる。
瑠梨だって人間だ。今私のことを好いているのは真実を知らないからだ。真実を言えばいつもの日常に戻ることになる。
妹紅の中にある闇が思考を暗くしていく。「どうせ瑠梨も同じだろう」と……
しかしどんどんと暗くなる思考の中に、とある意思がずっと存在する。
『瑠梨に嘘をつきたくない』
たとえ真実を言って裏切られたとしても、それは今までに戻るだけ。ウソを言って虚実の幸せをこの先も楽しむことの方がむしろ辛い。
だから……言おう。真実を、全てを――
「……瑠梨は不老不死って知ってる?」
何分黙っていたか、妹紅はようやく重い口を開けた。
「うん、絶対死なないっていう……」
妹紅の問いに対して正直に答え、そしてゴクッと唾を呑む。妹紅の全身から伝わってくる暗く冷たい、そして寂しげな空気。それが瑠梨の表情も暗くさせてしまう。
「そ、何百年何千年経とうと、決して死なないし老いることも無い。その不老不死が私なの」
小さく「えっ?」と声を漏らす。それと同時に瑠梨は顔を上げ、妹紅の目を見た。その眼はとても空虚で、何も映していないように感じる。
心も闇に呑み込まれ、負の感情しか呼び起こさない。
そういえば、初めて出会ったあの時、同じような眼をしていた。表情は笑顔なのに、瞳の奥はとても悲しそうで寂しそうで。
私が感じた以上に妹紅お姉ちゃんの過去は暗くて冷たかったのかもしれない。
でも……
「良いことなんて何も無いよ。最初は普通に話してくれても、何年経っても姿が変わらない私を気味悪がって、全員私を避けるようになったわ。「化け物」って呼ばれたことだって何度もあるし」
心を読んだかのように、瑠梨が口を開く前に喋り出した。
それはとてつもなく辛い数百年間の話。誰と出会おうと、最後には必ず1人になる、辛すぎる永遠の時間の話だ。
「本当、バケモノかもね。誰しも生まれ、死んでいく。死が無い私は人でも妖怪でもないのよ」
「妹紅お姉ちゃん……」
乾いた笑みを浮かべ、自らを否定する。生ある者必ず死がある、それが世界共通の理。理に反する妹紅は生者か死者か……それともどちらでもないのか。
妹紅の深すぎる闇は全ての光を隠し、とうとうあの言葉を呼んだ。
「出来るなら……死にたいよ。そうすることができれば、どれだけ幸せか……」
「妹紅お姉ちゃんっ!!」
「っ!?」
瑠梨は大声で妹紅に呼びかけ、ギュッと抱きついた。深い深い闇の底まで照らす一筋の光、それが妹紅を闇の中から引き戻す。
「瑠……梨?」
「私は妹紅お姉ちゃんのこと好きだから。誰が何と言っても、いつまでも大好きだから……」
抱きついた手を離さず、顔を埋めたまま心からの思いを伝える。
いつも優しくて、色んなことを教えてくれて、一緒に笑ってくれる。
瑠梨にとって妹紅はまぎれもなく、本当にお姉ちゃんだから――
「だから、そんなこと……言わないで」
泣き出して震える声が、よりいっそう強く掴む手が、妹紅の全てを包み込む。
瑠梨にとって「大好き」という言葉で表したよりも、何十倍も何百倍も妹紅が大切なのだ。
瑠梨は妹紅が出会って来た人間たちとは違う。不老不死とか、人間じゃないとかそんなの関係ない。瑠梨は「妹紅」のことが好きなのだ。妹紅は妹紅で、世界に1人しかいないのだから。
「……うん、ごめん……ごめんね……」
我に返った妹紅はソッと両手をのばし、優しく瑠梨を抱きしめた。
瑠梨のことを信用しなかったことへの謝罪、大好きと言ってくれたことへの感謝、そして何よりも、妹紅自身瑠梨のことが好きだという愛を込めて。
「だから、一緒に帰ろう?」
瑠梨は埋めていた顔を上げて言う。一緒に2人でお家に帰ろうと。
「うん、一緒にね」
夕日が反射する涙を拭うことも忘れ、妹紅は笑顔を浮かべた。数百年ぶりの「純粋な」笑顔を。
そして2人は手を繋ぎ直して歩き出す。
「妹紅お姉ちゃん」
「ん、なぁに?」
「大好きっ!!」
繋いでいた手を離して瑠梨は妹紅に飛びついた。
幸せだと感じることは昨日までもあった。でも今この瞬間、私は幻想郷中の誰よりも幸せに感じている。
絶対にそう言える。今日は……本当に幸せな日だ。