春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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英雄来訪

 毎年豪勢な料理と気合の入った飾り付け、そして時にミュージシャンなどを招いて大々的に行う催し物となるホグワーツのハロウィンパーティ。

 今年は例年と異なる雰囲気を主に教師陣が出しながらも、例年にもまして気合の入った装飾が大広間や玄関ホールを彩っていた。

 教師たちの雰囲気がいつもと違うのは、今年のパーティには魔法省大臣やとあるゲストがダンブルドアに会いに来て会談を行うからなのだそうだ。

 

 

 

 第94話 英雄来訪

 

 

 

 ハグリッドの魔法生物飼育学を終えたハリーと友人たちは泥だらけの体で、飾りつけのなされている校内を玄関ホールへと戻ってきた。

 

「まったくハグリッドって。あんなのがふわふわで可愛い人気者だとでも思っているのか!?」

 

 激高するロンは、先程の授業でハグリッドから対面させられた彼曰く“毛並がふわふわでかわいかろう”生物についての悪態をついていた。

 体格が普通の人間よりも“骨太”なハグリッドの感性が常人と異なっているのは教え子である前に友人であるハリーたちもよく知っていることだが、授業の度にそのことに辟易せずにはいられない。

 今回もハグリッドが生徒にとって面白いだろうと考えて紹介した生物は、彼らにとって語るも悍ましい怪物だった。魔法生物“飼育学”という科目名から考えても、あれは間違いなく範疇を越えるものだったはずだ。

 悪態をついているロンだけでなく、ハリーやハーマイオニーもその点に関しては弁護の余地がない。

 二人もハグリッドが大切な友人であることから彼の担当科目である魔法生物飼育学を履修しているが、正直なところ今年のO.W.L試験が終わった後、来年も継続受講したいかと問われれば、首を縦に振ることを躊躇せざるを得ない。

 唯一この授業の今年に入ってからよくなったことと言えば、彼らの大っ嫌いなドラコ・マルフォイがとある事件により現在学校に居ないことくらいだ。

 もっともそれにしても、誰か知らぬ者に“服従の呪文”をかけられ、ハリー自身と友人のサクヤを誘拐しようとしたという、まったく喜べない理由からなのだが。

 

「それよりもハロウィンよ、ハロウィン。ゲストが来るから凄い気合いの入れようね。……これもきっと屋敷しもべ妖精が頑張ったのよね……」

 

 気持ちのよい思い出ではないことは忘却しようとしているのか、ハーマイオニーはばっさりと話題を変えて口内の飾り付けに言及し始めた。

 屋敷しもべ妖精福祉振興協会(S.P.E.W)の設立者であるハーマイオニーにとってホグワーツのイベントが大々的になることは、ここで労働する屋敷しもべ妖精たちに対する奴隷労働が過酷になることとイコールと捉えている。

 この夏、とある屋敷しもべ妖精の地位向上を果たすことができた彼女は、どうやら協会の一層の活動向上を目論んでいるらしく、またなにかを考えているようだ。

 

 ロンはうんざりしたかのような目でハーマイオニーを見ており、ハリーも内心で溜息をついた。

 ハリーの名付け親でありこの夏から共に過ごすシリウスと、ブラック家の屋敷しもべ妖精であるクリーチャーとの和解はハリーにとっても好ましい事柄ではある。だが、だからといってハリーやシリウスがハーマイオニーの掲げる屋敷しもべ妖精の地位向上に興味関心が湧いたかと言えばそんなことは決してない。

 

「なんでわざわざホグワーツで話し合いなんてするんだろうな」

 

 これ以上SPEW(ゲロ)の話などまっぴらとばかりにロンは今回のゲストの来訪目的、“重要な会談”についての話に話題をそらした。

 

 今日、ハロウィンパーティの前に行われるという会談――噂によると魔法省大臣と“向こうの”魔法世界に関わるお偉いさんが来るらしい。

 ハリーたちがホグワーツに入学して以来、幾度かそういった会談があったのだが、ハリーにはその理由がよく分からなかった。

 

 魔法界の政治に関することを話すのだろうということはハリーにも分かるが、それならばそういったことは、ロンドンにあるという魔法省の会議室ででも話すのが普通だろう。

 

「ダンブルドアがいるからでしょう」

 

 S.P.E.Wの話にもっていけなかったのがやや不満なのか、ハーマイオニーが憮然と答えた。

 

 魔法省大臣であるファッジは、なにかあるとダンブルドアにお伺いの手紙を送って助言をもらい、時にはロンドンまで彼を呼び立てるということがしばしばあったという。

 ならば魔法界始まって以来の改革に際して賢者ダンブルドアの意見を聞きたいというのは間違いではないが、それだけではないように思える。

 そのことを尋ねようと後ろ向きにハーマイオニーに顔を向けながら歩いていたハリーは、曲がり角から出てきた人物に気づかずにぶつかった。

 

「うわっ!?」

「おっと失礼」

 

 よそ見をしていたハリーは背後を歩いていた人に気付かず、ドンっ、とぶつかってよろめいた。

 慌てて振り返り確認すると、ぶつかったのは赤髪ですらりとした体躯の男性。伝統的魔法族の衣裳ではあまり見ないスーツを完全に着こなしている優男風の男性で

 

「大丈夫ですか?」

「っと、え、あ、スプリングフィールド先生? すいません……」

 

 彼はぶつかって転ばないように素早くハリーの手をとっており、にこっと笑顔を向けた。

 ぶつかった人物は、普段恐ろしい雰囲気とキツイ眼差しを振りまいている精霊魔法の教師に見えるが、その整った顔には普段であれば絶対にありえないであろう人好きのするような微笑みが浮かべられている。

 ハリーは思わずその違和感と不気味さにゾッと鳥肌を立たせた。

 男性はハリーの不審者を見るような目に気付いたのか少し戸惑いを見せた。

 

「えっと、本当に大丈夫かな?」

「いえ、その……先生?」

 

 戸惑っているのは向こうもハリーも同様。ハリーはいつかのようにまた先生の中に偽者がいることを懸念して距離をとり、そっと杖に手を伸ばした。

 

「なにをしているのですか、ポッター!?」

 

 困惑した空気を払ったのは、ハリーの寮の寮監であるマクゴナガルだった。

 マクゴナガル先生の表情はいつもの真一文字に口を結んだものをさらに硬質化させたかのように強張っており、ハリーたちは思わずたじろいだ。

 

「あ、あの、僕たち……」

 

 マクゴナガルはギロッとハリーたちに視線を向けてから1度深呼吸し、そして毅然とした態度でスプリングフィールド先生似の男性に向き直った。

 

「失礼しました、ミスター・スプリングフィールド。それにミセス・コノエもお久しぶりです。ホグワーツへようこそ、私は副校長のミネルバ・マクゴナガルです」

「初めまして、プロフェッサー・マクゴナガル」

 

 どこぞの先生と同じ家名で呼ばれた男性は、柔和な笑顔と紳士的な態度で挨拶を返し、握手を求めて右手を差し出した。

 ハリーにはマクゴナガル先生がらしくもなくどぎまぎしながら差し出された手をとって握手したように見えたが、それよりも男性の後ろに見覚えのある女性が居るのに、気づいて驚いていた。

 

「あっ。サクヤのお母さん、ですよね……?」

 

 スプリングフィールド氏がマクゴナガル先生と対応したのでちょうどよく、ハリーは気になっていたそちらの女性へと声をかけた。

 ハリーたちも昨年会ったサクヤの母親、近衛木乃香はハリーに声をかけられて気づいて振り向いた。

 

「ん? お? おぉ!? えーと、咲耶の友達の……そっちの子はハーミーちゃんと……あっ、ハリー君やったっけ?」

「知り合いですか、このかさん?」

「咲耶から写真で見せてもろたんやけど、こっちの可愛い子は咲耶の友達のハーマイオニーちゃん……と、去年うちらが来た時に会うた男の子。あとえーと、そっちの子は……初めてやよ、な?」

 

 どうやら娘から写真を見せてもらったらしい少女のことはすぐに名前が出たのだが、男子たちのことは少し自信なさげだ。

 ハーマイオニーとの覚えられ具合の差にハリーは内心がっくりとし、それ以上にロンはつまらなそうな顔になっていた。

 

「ポッター。ウィズリーとグレンジャーも。彼らは要件あってここに来ているのです。あなたたちは寮にお戻りなさい」

 

 まだ話をしようという気配を察したのか、マクゴナガル先生がハリーたちにここから離れるように促した。

 客人たちの前だからか口調こそやんわりとしているが、その視線はいつも以上に厳格にここから早く去りなさいと告げていた。

 

 

 

 

 訪れたゲスト――ネギ・スプリングフィールドは、副校長に促されて離れていった少年少女たちをどこか微笑ましげに見送った。

 それはかつて教師であった経験から学生を見て懐かしく思っているのか。

 

「あの額に稲妻傷のある彼――彼がハリー・ポッター……たしか先月狙われた内の一人が彼でしたよね」

 

 ネギはその中の一人、報告書に頻繁に名の上がる少年に視線を定めた。

 

「ええ。ご存知でしたか」

 

 マクゴナガルの返答にネギの瞳が細くなった。

 

 ハリー・ポッター

 こちらの世界の魔法犯罪者、トム・リドルに目を付けられ贄にされた少年。

 報告では“彼ら”とは繋がりがないとされるが、鎖がつけられている可能性はある。

 

 悪魔を捕えたリオンからの報告にも付されていた――――何者かが“彼ら”と通じているはずだと…………

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 彼は駆けていた。

 小さな体を風に変えて疾駆していた。

 目的はただ一つ。

 この学校に秘された“楽園”を探り当てること。

 動く階段、会話する絵画、漂う数多のゴースト。普通の学校ならばあまりお目にかからないものが彼の行く手を遮るかのようにひしめくが、彼は“楽園”求めて駆けていた。

 

 なにせここは全寮制の学校――――そう、女子寮があるはずなのだ!!!!

 洗いたての下着、タンスにしまわれた下着、部屋に脱ぎ散らかされた下着、浴場に入るために脱衣した脱ぎたての下着……彼の求める“楽園”がきっとここにはあるはずなのだ!!!!

 

 上には行けない。

 ここに入る前、彼は上空に幾匹もの天敵が空を舞い、そしてこの建物の上階に入り込んだのを目撃していたから。

 白や茶色などの翼をもつ彼の天敵――夜の狩人たるフクロウどもだ。

 まだ日の高い時間にもかかわらずやつらが跳梁跋扈しているのはここが魔法使いたちの巣窟だからだろう。

 魔女っ娘にはフクロウ。

 なかなかに絵になる光景ではあるが、それでも彼にはあの鳥類は天敵だ。

 もちろん彼があんな鳥頭に捕まるはずはないが、それでも用心にこしたことはない。

 向かう先は奴等の棲家のあるだろう上ではなく、下。

 なにやらいい匂いが漂う下の階へと彼は向かっていた。

 もしかしたら厨房が近くにあるのかもしれない。無論のこと彼の目的はそんなつまらない場所ではない。

 魔女っ娘の秘奥たる深部を暴きにきたのだ。

 

 そして彼は捜索地への手掛かりを目にした。

 

「むむむ! あそこから女生徒が出てきた……あそこだっ!」

 

 樽が山積みになっているところに現れた扉から女生徒が出てくるのを目撃したのだ。

 黒いローブに秘されたシルエットは、露出度こそ少ないがまさに魔女っ娘。

 翻るローブの中の下半身には女子学生らしく丈の短いスカートがはためいていた。

 彼は樽の影に隠れて女子生徒が通り過ぎるのを見上げてやり過ごし、「ムハァ♡」と見上げた先に映った絶景に口元を歪めた。

 

 女子生徒が完全に通り過ぎるのを待ち、それから彼は先程の扉の前に立った。

 

 ここが目的の女子寮であるかどうかは確定ではないが、彼の勘が告げていた。

 

 ――きっとこの奥に自分の目指す“楽園”があるに違いない――

 

 彼は自身の直感に絶対的な自信を持っていた。

 殊にこの方面に関する自身の直感はまず外れがない。

 

 そして事実、その扉の奥には彼の目指す女子寮“も”あるのであった。

 

 彼は滾る期待に胸を膨らませて取っ手のないその扉を開ける手段を模索しようと、ひとまずその扉だったあたりをごそごそと探り――――

 

「!? —―――ッッ!!??」

 

 樽から放射された何かが、彼の顔面にもろに命中した。

 学び舎とはいえここは魔法使いの巣窟。

 わずかな油断が即、己が死へとつながるということを彼は身をもって知ることとなった。

 

 愚かな侵入者を迎撃するための劇物。

 

「アッつ、スッパッ!!???」

 

 アツアツに熱せられたビネガーが噴射されるという機構に、彼――――アルベール・カモミールは見事に引っかかったのであった。

 

 

 

 ホグワーツ地下階に談話寮のあるハッフルパフの寮生である魔女っ娘、リーシャとフィリスは寮の入り口の手前でいつもは見ないモノを見つけていた。

 

「なんだこれ?」

 

 キーキーと甲高い鳴き声を出しながら床の上をのたうち回っているなにか。

 どうやら元は毛に覆われていたらしいのだが、それはビネガーを浴びたことで赤紫色に染色されており、元が何色かはよくわからない。

 まともに顔面に浴びせられたことで、目や鼻や口に入りまくっているのか、熱さとビネガーの酸っぱさに悶え苦しんでおり、床の上をのたうち回っている。

 リーシャはとりあえずそれを摘まみ上げて目の前に垂らしてみた。

 

「イタチかしら?」

「ッッ!!! イタ、ッッッ!!!!」

 

 ジタバタ、ジタバタと暴れており、フィリスのイタチ発言になんか抗議しようとしたっぽいのだが、口を開いた瞬間にまたもビネガーを吸い込んでしまいもがいている。

 

 とりあえず二人はビネガーまみれのイタチに洗浄の魔法をかけて綺麗にしてから、寮の入り口を開ける手順、ハッフルパフリズムを叩き、扉を開けて談話室に入った。

 どうやらイタチは綺麗な白い毛並をしていたらしく、赤紫色が落ちると咲耶が好きそうな撫で心地のよい白毛が現れた。

 だがまだ口や鼻に入ったビネガーの酸っぱさは残っているらしく悶えており、談話室に入ってからお皿に水を入れてあげるとごくごくと飲んでからようやく一心地ついた様子でほっとした。

 

「ぜーはーぜーはー。くっそー、俺っちとしたことがあんな罠にかかるとは」

 

 ぐっと口元の水を拭い、先程の失態を悔やむかのように悪態をついた。

 

「イタチが喋った……」

 

 リーシャとフィリスが唖然としてその白イタチ(仮)を見た。

 

 イギリス魔法界にも人間種以外に喋る生物は存在する。有名どころではケンタウルスや小鬼、屋敷しもべ妖精のなどなど。だがそれらの多くは亜人種に分類されるものばかりで、人語を介し、喋るほどの動物となればかなり限られる。

 いないことはないのだが、少なくともリーシャもフィリスも見たことはない。

 

「イタチだとぅ!!?」

 

 ただ、どうも二人の驚きの言葉は本人(?)にとってはいたく不満だったらしい。

 怒り顔で二人に指を突きつけた。

 

「俺っちをケチなケダモノなんかと一緒にしてもらっちゃぁ困るね、お嬢ちゃんたち! 俺っちは、ケット・シーと並ぶ由緒正しいオコジョ妖精。新旧両世界を股に掛け、英雄の大願成就を支える影の英雄。そう! 俺っちこそ――――」

「あ、カモくんや」

「その通り。漢の中の漢。アルベール・カモミールとは俺っちのって、あり?」

「カモくんおひさー。こないなとこでどないしたん?」

 

 滔々と長口舌でウソかホントか分からない自己紹介を始めたイタチ改めオコジョ妖精は、ぴょこんと顔を出した咲耶に腰をおられてキョトンとなった。

 咲耶はオコジョ妖精と知り合いなのかぴこぴこと手を振って挨拶をしてきた。

 

「これはこれは、咲耶の嬢ちゃんじゃねぇですかい! お久しぶりっ――むぎゅっ」

 

 居丈高な偉そうな態度から一転、カモくんと咲耶に呼ばれたオコジョは知り合いなのか喜び勇んでぴょーんと跳ねて飛びかかり、咲耶の胸に飛び込もうとしてワンコ式神、シロくんに前脚で踏みつぶされた。

 

「姫様に下賤な手を触れるな下郎め」

「むーっ!! むーっ!!」

「こらこらシロくん」

 

 去年よりも少し大きくなったように見えるシロの脚は小さなオコジョであるカモミールを余裕で踏んづけており、カモミールは再びじたばたともがく羽目になっていた。

 とりあえず咲耶は式神に命じてカモミールを解放させて居ずまいを正した。

 

「カモくんが居るいうことは、お客さんてやっぱネギさんなんや」

「そっすよー。それに木乃香の姐さんに刹那の姐さんも来てますぜ」

「お母様と刹那さんも?」

 

 流石にその情報は咲耶も驚いたようで意外そうな顔で小首を傾げた。

 

「それより咲耶の嬢ちゃん。こちらのお嬢さんたちに俺っちのこと紹介してくだせえよ」

 

 それよりも、とカモミールは自分の存在を女子にアピールするかのようにパタパタと手を振って、リーシャたちに紹介してくれと咲耶に頼んだ。

 咲耶も、それもそやなと納得して友人たちに白いオコジョを手で示した。

 

「こちらネギさんの友達のカモくん」

「おうよ。よろしくな」

「へ、へぇ~、よろしくな。な、だ、抱いてもいいかな?」

 

 小さな体に一見すると愛くるしい見た目。

 その見た目にリーシャはすっかり魅了されたのか、目を輝かせてカモに手を伸ばし、了承を得ると胸に抱いて撫でた。

 

「お、おおっ! 撫で心地いいな! ほれ、クラリスとフィーも!」 

「ムフ、ファ♡」

「…………」

「そういえば以前知り合いのオコジョの話をしてたわね。近くの人の恋愛感情が分かるんだったかしら?」

 

 カモの毛並が気に入ったのか、リーシャは胸にうずもれて嬉しそうなカモを撫でながらクラリスとフィリスにもと呼びかけた。

 クラリスはおそるおそるといった様子で手を伸ばして恐々と撫ではじめたが、さらさらとした毛並と柔らかく温かな感触に無表情な顔を少し嬉しそうに崩した。

 フィリスも順番に撫でさせてもらいんがら、ずっと以前にそんなような話を聞いたような気がすることを思い出していた。

 

「おうよ。俺っちのオコジョレーダーにかかれば女子供の恋愛事情なんざ丸裸。興味あるなら、お嬢ちゃんたち。いっちょパクってみるかい?」

「パク?」

「パクティオーだよ、パクティオー。なんだもしかして、やり方知らねーのか、嬢ちゃん?」

 

 首を傾げたリーシャにカモはにやりと腹に一物抱えていそうな笑みを向けた。

 

「たしか、呪文詠唱するための魔法使いの従者と契約することよね」

「あー……でもやり方は色々あるとしか聞いてねーな。どうやるんだ?」

 

 数年間精霊魔法について学んでいるだけあってパクティオーについても授業では習っている。だがその詳細に関しては精霊魔法の使い手とは方向性が異なるために色々とあるとしか習っていなかった。

 

「まあたしかに色々あるけど、一番簡単なのはキスだな」

「へー、キスね……キスゥッ!!?」

 

 何気なく聞いたリーシャだが、その行為を反駁して、ぎょぉっと身を引いた。

 

「キスだよ、キッス。俺っちの描いた魔法陣の上でむちゅーっと一発。女子高生なら気になる相手が居るんだろぉ?」

「んなっ!!?」

 

 げっへっへと、汚いおっさんのような笑い方をするカモ。顔を真っ赤にして絶句するリーシャ。

 そしてハッと何かに気が付いたのか、リーシャは赤い顔のままサクヤへと振り向いた。

 

「さ、ささ、サクヤとシロくんって、もしかしてそれなのか!?」

「そぉっ!!? そ、そそそ、某が姫様となど、そにょ、もにょ……」

「んーん。パクテオーは西洋風のやり方やから。シロくんの場合は陰陽術の式神契約っていう別の契約の仕方をしとるんよ」

 

 話を振られた白狼天狗は目をぐるぐるとさせて混乱しており、対して咲耶はのほほんと答えている。

 

「ちなみにリオンとチャチャゼロの場合はたしかドール契約っていうやり方やったて聞いたな」

 

 契約の仕方自体はいくつかある。咲耶がシロと結んでいる式神契約。リオンが母から譲り受けたチャチャゼロと名目上結んでいるドール契約。

 カモのようなオコジョ妖精が得意とし、専門の業者がいるほどに一般的なパクティオー。そして特にこの方法での契約がためにミニステルマギが恋人探しの口実になっていたりする。

 

「パクティオーってのは主と従者の間に魔力のパスを繋ぐだけではなく、従者の潜在能力を引き出し、時には資質に応じた超強力なアーティファクトを入手することもできる契約だぜ」

 

 ただ勘違いしてはならないのは、カモの思惑がどうであれ、パクティオー自体は契約者に大きな益をもたらすものである。

 契約者の秘められた潜在能力を引き出すこと。適正にそったアーティファクトを貸与されること。魔力供給による戦力強化。カードを介した召喚、念話などなど。与えられる恩恵は大きい。

 

「咲耶の嬢ちゃんの母さんのこのか姐さんだって、治癒能力に目覚めた切欠は俺っちがとりもったパクティオーだし。なにを隠そう、ネギのアニキが魔法世界を救うに至った仲間とのパクティオーをとりもったのはほとんどか俺っちなのさ」

 

 そして現在魔法世界で有名な“ネギの教え子たち”も、その中の幾人かはネギとパクティオーを行うことによってその才能を開花させはじめたりもした。そしてそんな彼女たちが、世界を救う力となったのだから、あながちカモの言葉も間違いではなかろう。

 

「咲耶の嬢ちゃんも、リオンのアニキとやればいいモン出そうなんだけ―――――じょ、冗談っすよ、式神の旦那」

 

 ただ何事も余計な一言というものはある。カモの発した迂闊な言葉で、チャキリとカモの首筋に刃が添えられた。

 切れ味鋭く、カモの細首を楽々落とすであろうそれを持っている式神は、ハイライトを消したような瞳でカモを見下しており、カモはガクブルとしながら両手を挙げた。

 まぁまぁという咲耶の取り成しによりシロは膨れっ面で渋々といった表情で剣を引き、なんとかカモの首はつながったままとなった。

 

「ふー……まあ、咲耶嬢ちゃんの方はともかく、俺っちが見たところ胸にイイもんもってるそこの金髪の嬢ちゃんならビンビンに才能を感じるぜ。なんなら俺っちのオコジョレーダーで調べてもいいんだぜぇ。そうさな、相手は――むぎゅるっ」

 

 ただその後結局リーシャに叩き潰されました。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 ホグワーツの副校長に案内されて通路を歩くネギは興味深そうにあたりを見ながら歩いていた。

 

「面白いつくりの校舎ですね。装飾品や階段にも魔法がかかっているのですか? メルディアナともずいぶんと違う感じです」

「ミスター・スプリングフィールドは魔法学校の出身ですか?」

「はい。ウェールズにある魔法学校です」

 

 ホグワーツはネギが卒業した魔法世界由来の魔法学校、ホグワーツとはまったくその内装も異なっていた。内装の至る所が魔法化されており、ウェールズの中でも山奥にあったメルディアナとは別の意味で浮世離れしている。

 ただここで生活する生徒の姿はちらりと見ただけではあまり違いがあるようには思えなかった。

 事前に調べたところによると校内の寮毎に随分と仲の良し悪しがあるようだが、目に映る限りではそうそう簡単に見つかるものでもない。

 ネギはおしゃべりしている婦人の絵画に微笑を向け(そのご婦人たちは頬を赤らめていた)、視線を動かしていき――――上階からこちらを見ている一人の魔法使いを見つけた。

 

 金髪のリオン・スプリングフィールド。

 髪の色以外にはネギ自身と、そして彼の父親ともよく似た面立ちをもつスプリングフィールド。

 ネギはアルバス・ダンブルドアや魔法大臣との会談を前に彼とも少し話しておきたいとも思ったが、相変わらずツンツンとした視線を向けてくる彼はネギとは話すともりはないのか、近づいて来る気配はない。

 “今年で最後となる”彼の教師生活がどうだったか聞いてきたい気もしたが、その話をすればきっとネギ自身、彼にとっては不可侵となるところにまで話をもっていかなければならないような予感がネギにもあった。

 各方面からの報告の流れを読めば、すでに“彼の”準備は整っていることは分かる。

 それによって引き起こされるのは、ここ20年以上起こっていない最強クラスの魔法使い同士の激突だ。

 ネギはそれが止めようもないことだと分かりつつも、それでもその戦いは起こしたくないと考えていた。

 

「どうかしましたか、ミスター・スプリングフィールド?」

 

 知らず、足を止めてしまっていたネギを不審に思ったのか、副校長が訝しげにネギに尋ねた。

 リオンは、顔見せは果たしたとばかりに背を向け、ネギは一瞬黙するように目を伏せ、そして前を向いた。

 

「いえ。なんでもありません。行きましょうか――――魔法省大臣とダンブルドア校長のところに」

 

 


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