――「俺の弟子になるなら立派な悪の魔法戦士、そうだなクエストボスクラス、最低でもフィールドボスクラスにしてやろう」――
なんという勧誘文句だろうか。
よりにもよって闇祓いやダンブルドアの居る前でそう言ってくれた
力を求めるディズにとって願ったり叶ったりの申し出に、一も二もなく、むしろこちらから申し出るように弟子志願したため、すでにあの先生の呼び方は
ただし同時に――「生き残れば、だがな」―― という言葉には単なる脅し文句以上の緊張感をディズに与えていた。
そしてその後。
ディズは校長室にてダンブルドアと一対一で対面していた。
「…………やはり。知っていたのですね、貴方は」
「それは“どれ”のことかね、ディズ。君の祖父を知っていたことかね。それとも君が彼らに通じていたことかね。それとも、君の友人たちのために――そうであると願うばかりだが、友人のために実の父と決別の道を覚悟していたことかね?」
「…………嘘つき、とは言えませんが、食えない人ですね、貴方は」
睨み付けながらの問いかけに、校長はまるで全てを見通しているかのような態度で尋ね返してきた。
初めて彼と会ったとき抱いた疑念。ダンブルドアは両親のことを知っているのではないか。
その答えは早くから目星がついていた、
あのときこの人は「両親のことは知らない」、そう言っていた。
たしかに両親のことは知らなかったのかもしれない。だが、まだその時ヒトとして存命であった祖父のことは知っていたのだ。かつての宿敵として。そしておそらく――どうやってかはしらないが――その彼に娘がいて、そのさらに息子があの孤児院に居ることを掴んでいたのだろう。
嘘はついていないと考えるなら、母が死んだ後、
この三年と少し、あるいはもっと長く、この人は自分をどのような目で見て、感じていたのだろう。
稀代の悪人の血をひく悪の血統としてか。
家族を離散させる切欠をつくりだした罪悪感か。
それとも、かつての親友であり、道を違えた同志のたったひとりの孫としてか。
ダンブルドアはゆっくりと机の上に手を差しのべた。コトリ、と小さく音をたてて、机の上に一本の棒っきれ――彼が使っていた小杖―― を置いた。
「この杖のことは知っているかね?」
ダンブルドア校長の普段の杖がどのようなものかはあまり覚えがないが、基本的には伝統魔法使いはよほどのことがなければ“選ばれた”杖を使う。
だが何事にも例外は存在する。
「……決闘の戦利品、ですか?」
「そう、じゃな……確かにこれはかつて君の祖父、ゲラート・グリンデルバルドが使っていた杖じゃ」
ダンブルドアは、まるでディズの反応を窺うように一度目を閉じてから、ディズが所有権を主張する機会を与えるかのような視線を向けた。
ディズは気に食わない名を聞いたように目を細めた。
「勘違いしてはならんのは――だからと言って、この杖が彼の正統な財産ではないということとじゃ。無論、わしにとってもじゃが」
ディズの反応をどう受け取ったのか、ダンブルドアが告げた言葉は所有権の訴えとは真逆。
「この杖は……彼はグレゴロビッチという杖職人から奪い取ったらしいのじゃが、元は古い魔法使いのとある男が所有したのが起源にある、古い杖なのじゃ」
杖の縁起に連なる物語。
奪い、奪われることを宿命づけられた杖。
「この杖の所有者には代々戦いと死とがつきまとい、次々に人の手を渡り歩き、今、ここにある」
「死の秘宝、ですか」
ディズの祖父が、そして彼の同志であったダンブルドアが求めた死を克服する三つの秘宝の一つ。最強の杖、
ただの学生が知るべきでないとダンブルドアが望んでいたその言葉がディズの口から出たことにダンブルドアは重々しく息を吐いた。
彼の孫であり、死喰い人に紛れていた彼の義息子が親である以上、その名を知らないと楽観視するようなことはなかった。
だがかつての自身の愚かさの象徴である秘宝の名を聞いてはダンブルドアの心に落ちるものが生じるのも無理からぬことだ。
「この杖には他の杖よりも強い意志がある。より強く、優れた魔法使いを主と見なすのじゃ。戦いによって主が変わる強力な杖。所有者が変わり続ける所以じゃ。
そして今すでに、この杖の主はわしではなくなっておる。あの時の戦いでゲラート・グリンデルバルドの力はわしの力を大きく上回っていた……今のわしを、ではない。往時のわしをじゃ」
かつてダンブルドアは最強の杖を有していたグリンデルバルドを倒した。そしてその最強の杖を手に入れた。
本来であれば、老いたとはいえお互いに年経た者同士、牢獄暮らしで魔法から遠ざかっていたグリンデルバルドにダンブルドアが劣る理由はない。
だが、グリンデルバルドはヒトであることを捨てた。
ダンブルドアが捨てることのできないいくつかを捨て去り、そして“ただの”魔法使いであることすら過去のものとした。
その力は最早ダンブルドアといえども抗することができないものだった。
もしかしたら、往年のダンブルドアの力が今あれば、齢を重ねたことによる経験をそのままに、若き頃の力を取り戻すことができれば、あるいは抗することもできたかもしれない。
だがそれは詮無いものだ。
「この杖がかの者の手に戻れば、ますます厄介な事態になるであろう」
最強の杖を持ったダンブルドアであろうとも、アレには勝てない。
「余計な懸念ですね」
ディズの否定に杖を撫でるダンブルドアの手が止まった。彼自身分かっている答えを尋ねるように視線を向けた。
「より強い者にその杖の所有権が移るというのなら、その杖の所有者はスプリングフィールド先生……マスター・リオンになるはずです」
「たしかにのう……」
「もっとも、あの人がそんな物求めるとは思えませんがね」
ダンブルドアは自嘲するかのように微かに口元に笑みを浮かべた。
「そうじゃの……ならばこの杖は誰にとっても必要のないもので、君の祖父が持っていたものとして、これを君に渡そうとおもうのじゃが」
杖をとり、その柄をディズへと差し出した。
彼にとってディズは、その生を大きく乱してしまった子でもある。
かつてグリンデルバルドを倒したことは ――当時の情勢や彼が行なっていた非道を見ればやむを得ぬことであったが―― その結果彼の娘は落ちのびるような暮らしを余儀なくされ、その果てに息子を生んで孤児院の前で亡くなった。
ほとんど財産を残すこともなく、その内の一つはダンブルドアが手にしていた。
罪滅ぼし、というわけではないが、“愛しさを覚えていた”親友の孫として、できるのならば何かをしてやりたいという思いがあるのだろう。
ディズはダンブルドアが差し出す最強の杖を手に取り、品定めするように眺め……両手でそれを握り、力を込めた。
ディズのしようとしていることを理解して――というよりももともと想定のひとつだったのだろう、ダンブルドアは少し切なげな微笑を浮かべた。
不要なものだ。
最強の杖だなどと謳ったところで、それで全てが決するわけでないのは主が次々に代わるというこの小杖自身の歴史が証明している。
それなのにただただ戦いと死とを引き寄せる杖など、すでに厄介な身の上のディズには不要以外のなにものでもない。
小杖は折ろうとする力に抵抗するように弾力を返し、そしてやがて、長いその歴史に幕を下ろすようにめきりと音をたてて折れた。
「よいのかな?」
「ええ。古い歴史の一つが終わった。それだけです」
ダンブルドアは驚いた様子もなく、微かな笑みを口元に浮かべて瞳を閉じた。
第82話 過去との決別。未来へと進む
「主目的はネギさんとフェイトからの依頼です」
リオンと話があるらしい木乃香は二人でリオンの研究室へと向かっていき、タカユキはホグワーツを後にした。
そして咲耶は刹那とともに大広間へとやってきていた。
「コズモエンテレケイア幹部の生き残りが現れたということでその調査。それから怪我人が出ているだろうと言うことで木乃香様が派遣されたのです」
刹那と咲耶の他に、咲耶の友人たちであるリーシャやフィリス、クラリスたちも同席していた。
大広間、といっても正確には大広間跡地、といったところだろう。
4寮の学生の生活の拠点である東西南北の塔はほとんど被害を受けていないが、先日戦闘のあった天文塔の中でも特に激戦の中心地であった玄関ホールから大広間にかけては壊滅的な状態であった。
ただ、ホグワーツの屋敷しもべ妖精や先生たちが懸命に撤去作業や修復作業を行ったおかげである程度使用することができるようにはなっていた。
大広間では咲耶たちの他にも幾人かの生徒の姿があり、ジョージとフレッドなどは自作の悪戯魔法道具を披露して、なぜかアルフレヒトと盛り上がったりしている。
「咲耶のお母さんって凄腕の癒者なんですよね?」
フィリスが尋ねた問いに、刹那は首肯した。
幸いなことに、殺害規制とやらがかかっていたらしい使徒による被害の中にも、その前のヴォルデモートや死喰い人たちの襲撃で受けた被害の中にも死者はいなかった。
だがヴォルデモートに片腕を焼かれたスネイプやハリー、イズーなどのように軽傷では済まない負傷を負った者もいた。
校医のマダム・ポンフリーが治療に当たってはいるが、怪我人の数の多さに十分な治療体制は整っておらず、特にヴォルデモートにやられたスネイプの傷はポンフリーの治癒魔法によっても癒えていない。
伝統魔法の中でも闇の魔法と呼ばれる魔法によってつけられた傷は並大抵のことでは治癒できないのだ。
そしてそのために木乃香が選ばれた。
彼女の治癒術は死という不可逆の現象以外のあらゆる怪我や呪い、病を癒すと言われる世界最高の治癒術士。
「お母様、リオンと何話しとるんかなぁ?」
その木乃香がなにやらリオンと二人きりで話しているのは咲耶にとって非常に気になる事柄だ。直前にはリオンとタカユキが口論していたことも気にかかる。
「今後のことに関わることでしょう」
刹那は具体的なことは話さず、誤魔化すように視線を反らし、反らした先に見えた光景に眉をひそめた。
「ところで、ゲーデル博士は何をやっているのですか」
刹那は呆れたような、咎め混じりの声をかけた。
ウィーズリー兄弟と話していたアルフレヒトは、なぜか朦々と立ち込めている白い煙に囲まれていた――かと思えば、途端に煙が晴れて、アルフレヒトはパチパチと拍手をしていた。
「ああ、いえ。こちらの学生のユニークな発明に感心していたところなのですよ。いや、学生の作とは思えない。なかなかに面白い」
メガネの位置をくいっと直し、いつもの笑顔を貼り付けているアルフレヒトからはどういう思惑なのかを推し量ることは難しい。だがどうやら今はフレッドとジョージの悪戯魔法玩具に好奇心を刺激されているらしい。
刹那は溜め息をついた。アルフレヒトは興味の赴いた先の玩具についての考察をぶつぶつと呟いている。
「発想としては魔法具というよりも陰陽術の式符に近いですね。ほとんど使用者の魔力を消費することなく一定の効果がえられるように設定されている。しかも術者には術の知識がほとんど必要ないようですし。面白い! 実に面白い!! こちらの魔法使いは一般人についてはあまり関わらないようにしていると聞いていましたが、これはむしろそういった方向にもすすめられそうですね」
ぶつぶつ呟く白スーツの男。怪しいことこの上ない。
「えーっと、アレは……」
「……放っておきましょう」
なにやら思考に埋没しているアルフレヒトを指さすフィリス。刹那は見なかったかのように視線を戻した。
見た目完全に怪しい人物だが――なんか学生を勧誘しだしたが、まあ大丈夫だろう……きっと…………
「お待たせ~」
「あ、お母様!」
タイミングよく、仏頂面のリオンをひきつれて木乃香が広間へとやってきたことで、咲耶と刹那は彼女を出迎えた。
「お母様、リオンとなんのお話しとったん?」
「ん? んーっと……リオンが咲耶のことどんだけ気にかけててくれとったんか、聞いとったんよ」
咲耶の頭を撫でながら、にぱっと咲耶そっくりの笑顔を向ける木乃香。リオンはそっぽを向き、薄ら笑いを向けてきていたアルフレヒトと視線があって、鬱陶しそうに舌を打った。
そんなリオンの様子に木乃香は口元に手をあて「ふふふ」と、微笑んだ。
「そしたら行こっか、咲耶?」
「?」
咲耶へと向き直り、ざっくりとした提案をした木乃香に、咲耶だけでなくリーシャたちも小首を傾げた。
「保健室。怪我人の治療をお願いされとるからな。手伝ってくれるやろ?」
・・・・・・・・
なんとか損壊を免れたホグワーツ保健室。
魔法先生たちの奮闘の甲斐あって生徒の多くは多少の怪我はあっても重傷を負った生徒はほとんどいなかった。
一部、重症をおったイズーやスネイプのような怪我人も…………
「――――これでよし、と」
スネイプは今しがた治療を受けた右腕をまじまじと見て、ややぎこちなく握って開く動きをして確かめた。
「しばらくは動かしづらいかもしれんけど、無理には動かさんこと。あんまり急激に治し過ぎると体に負担がかかり過ぎるから後は自然経過に任せてくださいね」
治療を施した木乃香の言う通り、腕の動きにはぎこちなさが目立つが、完全に炭化していて触れるだけで崩れそうだった腕がケロイド化することもなく治癒している。
マダム・ポンフリーがある程度の治療を行っていたとはいえ、ヴォルデモートの闇の魔法による攻撃を受けて負った傷だ。彼女の治癒をもってしてもここまでの治癒を得ることはできなかった。
それがここまで治癒した。おどろくべき治癒魔法だ。
その近衛木乃香は、同じく傷の残っているアリアドネーの留学生生徒の方へと治療に向かい、そちらもあっという間に治癒した。
憧れのマギステルマギの一人でもある近衛木乃香を前に、メルディナたちは感激したように彼女の治癒を見ている。咲耶も偉大な母の卓越した治癒魔法から何かを学ぼうとしているのか母の施術を真剣な様子で見ていた。
一方壁際では相変わらず不機嫌そうな顔のリオンと刹那が隣り合って立っていた。
「弟子をとったと聞きましたが、本気ですか、リオン君?」
「ああ」
「どういう風の吹き回しですか?」
そこそこに付き合いが長く、幼いころのリオンを知っている刹那にとっても、リオンが弟子をとったというのは意外過ぎることだった。
何を企んでいるのか……いや、リオン・スプリングフィールドの企みはもとより一つだ。
そのために咲耶を守護してきたのだから。
問題は、“魔法使いの弟子をもつ”という行動が果たしてどういう意味をもっているのかだ。
リオンは煩わしそうに刹那に視線を向け、
「お母さんの見てきたものを少しでも見たいんよな?」
治療を終えた木乃香が娘と同じようなほわほわの顔で口を挟んだ。
「エヴァちゃんがネギくんを弟子にとったみたいに、リオンくんも弟子にしてもええと思える子が見つかったんやろ?」
かの闇の福音の初めての弟子、ネギ・スプリングフィールド。千の魔法を操り、雷速で天を翔けると言われるマギステル・マギ。
今代最強の魔法使いとも称される彼を育てたのが母であるのならば、その“息子”であるリオンも、弟子をとってこそ見える景色があるのではないか。
「どうだかな」
リオンは不機嫌そうにそっぽを向いた。
――本当に厄介だ。――
関わりを深めていった時から、本当にこの天然姫は厄介な存在だ。
踏み込ませたくないところに、微笑を浮かべてするりと入り込んでくる。
そう、たとえば
「というわけで、咲耶のこともよろしゅうな」
「は?」
今も娘の背中をポンと押してにこやかな顔をしている。
「咲耶もそろそろ本格的に魔法の修行してもええころやし。ちょうど魔力コントロールの練習する必要もあるみたいやし」
「なんで俺が……」
「エヴァちゃんと同じ光景を見たいんやろ?」
リオンの顔が苦虫を噛み潰したようになった。
たしか近衛木乃香に初めて魔法の指導を行ったのも、リオンの母、エヴァンジェリンだったはず。それもネギが彼女に弟子入りしたのと同じころだったはずだ。
ならば母と同じことをするためには、ディズだけでなく、治癒術士の面倒もみるのはたしかにもっともだ。
だがこれは、よりによってというものだ。
なぜこれほどリオンを信じることができるのか、不思議でならない。
他ならぬリオン自身が、自分の願いと思いに揺れ動いているのを感じているのだから。
渋面を浮かべているリオンと刹那をよそに、木乃香は「あとは」と咲耶の方へ向き直り、その横にちょこんと座っている童姿の式神に手を伸ばした。
その手がぽんぽんと頭を撫で、口中で詠唱が呟かれた。シロはぴくんと反応して木乃香の顔を見返した。
「シロくん?」
「とりあえずこっちはこれでよし、と」
咲耶も、自身の胸の裡がなにかすっと変わったようなのを感じてこてんと小首を傾げて母を見た。
「多分この子の方は、咲耶の魔力供給が変わってもたから前の形があわへんようなってもたんよ。せやからすこし前と形態が違うかもしれんけど、これでとりあえずは狼の方に戻れるはずや」
パチンとウィンクをする木乃香は、どうやら先ほどの一幕で咲耶が今現在抱えている問題ごとを解決してくれたらしい。
咲耶は満面の笑みで、だきっと母に抱き着いてお礼を述べた。
本当に母は凄い。
ホグワーツにやってきてから、咲耶も魔法は一生懸命に習っている。治癒の腕前だって相当に上がっているはずだ。だが、母の腕前はそんな咲耶よりも桁違いに上で、リオンのことだって、まるでなんでも分かっているようにやりとりしている。
それが少し悔しくて、けれど憧れの母の優しさと凄さを感じられたのが嬉しかった。
“神殺しの力”は完全には封じない。けれど咲耶自身の意志で、ある程度行使できるようにしてやってほしい。
木乃香がリオンと結んだ取決めだ。
リオンにとって、咲耶の神代の力、“神殺しの力”は目的を果たすうえで欠くことのできない力だ。
その利用価値があるからこそ、
それがリオン自身の思惑であり、刹那の認識であり、詠春が懸念していることだ。
ただそれでも、思うのだ。
それが先ではなかったのだと。
咲耶に利用価値を見つけたから守ってくれるのだけではない。
咲耶への思いの後に、利用価値を見つけてしまったから、分からなくなっているだけだと。木乃香は信じ、神楽坂明日菜は願っている。