春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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墓所の主と求めるモノ

 半壊のホグワーツ城前、上空に浮かぶ二人が交錯していた。

 一人は雷の精霊のごとき姿に変じたリオン。

 一人は小柄で、子供のようでも老人のようでもあった。その姿フードを目深にかぶったローブで覆われており、顔どころか性別すら判然としかねる。

 突然あらわれたその人物は、手に持っていた大剣を振り抜いた。

 

 まるで紙でも切り裂くかのように、リオンの――真祖直伝の堅牢な魔法障壁が切り裂かれ、同時に振るわれた大剣がリオンの腕を切り飛ばしたのだ。

 

 ――魔法障壁を切り裂いた!!?――

 

 驚愕するリオン。その体勢が整えられる前に、剣士はさらに踏み込み、大剣を振りかぶった。

 その距離は外れようもなく、リオンの体を両断できる距離。

 咲耶の声にならない叫びが上がり、振り下ろされた大剣がリオンの体を切り裂く――――直前で、リオンの体が雷子となって消えた。

 

「む?」

 

 バチッと、紫電が爆ぜ、雷速の近距離移動によって回避したリオンが消えたのとほぼタイムラグなしに剣士の背後に現れ、爪を振るった。

 

 術式兵装したリオンの、紫電と膨大な魔力を付与された攻撃は、例えデュナミスの積層多重障壁でさえ容易く切り裂くだろう。

 だが、剣士は空を凪いだ剣の重さに身を任せ、小柄な体を回転させて、背後からのその爪を剣で受け止めた。

 

「! ちぃっ!!」

 

 轟音。気と魔力の衝突によりリオンの放つ紫電が拡散して白く閃光し、衝撃が撒き散らされた。

 振るった爪に生じた違和感に、リオンは再び雷速転移を発動させて距離をとった。

 原理は不明。だが、あの大剣はリオンの魔法障壁を紙のように切り裂く攻撃力がある。

 転移間際に置き土産のように空間に雷の斧を炸裂させて追撃を阻む。追撃の機ではないと見たのか、剣士は自らも後方へと跳び、距離をとった。

 

 咲耶たちの頭上、先程よりも近い位置に雷精が集い、瞬時にリオンの姿が再構築された。

 

 

 

 第80話 墓所の主と求めるモノ

 

 

「リオン!!」

「騒ぐな。この程度心配いらん」

 

 リオンの右腕が切り飛ばされ、退かされたということを心配した咲耶に、リオンは一瞥もくれずに制した。

 言葉通り、雷精状態のリオンは切り飛ばされた右腕を雷子に戻して消し、右腕を超速再生させた。形の無い雷気が腕の形を作り、失った右腕を戻した。

 

 だが、それと同じように、グリンデルバルドたちのところまで退いた剣士は、大剣を一振りさせて、デュナミスとグリンデルバルドを串刺しにしていた雷の槍を諸共に掻き消した。

 

「ちっ! あいつ…………」

「なっ!?  リオン君の轟き渡る雷の神槍(グングナール)を一振りでっ!?」

 

 リオンは眉を顰めて、自らの腕を切り飛ばした大剣に視線を向け、夕映は声を驚愕の声を上げた。

 リオンの魔法障壁はその膨大な魔力を注ぎ込んである分、相当に強靭だ。使徒たちの積層多重障壁ほどではなくとも、並みの攻撃では傷一つつきはしない。

 少なくとも、剣の一薙ぎで紙のように切り裂かれるほど柔ではない。ましてやグングナールと雷の投擲はどちらも容易く消せるものではない。

 二人を解放した剣士は、左手で無造作に剣を持つと、右手を二人に向けた。

 

「なっ!!?」

 

 さらなる驚愕の声が夕映や、魔法使いたちから上がり、リオンも顔を険しくした。

 

「半分に千切れた体が!?」

「そんなバカな……!?」

 

 剣士が翳した手は何かの魔法を発動させているのか、上半身のみとなっていたデュナミスの体がみるみると再生していき、一糸纏わぬながらも初めの魔法使いの体を取り戻したのだ。グリンデルバルドの方も受けたダメージが回復しているのか、リオンに受けた拳打と雷の投擲の痕が消えている。

 驚愕をよそに、デュナミスは周囲に黒い影のようなものを展開させて自らに纏わせ、次の瞬間には黒衣の魔法使いが完全無欠に蘇っていた。

 これで元通り。いや、片や戦力が低下し、片や終わることがないことを示した。

 夕映の背に冷たい汗が流れる。おそらくマクゴナガルやほかの魔法使いたちも同様だろう。

 ダンブルドアすらも圧倒したグリンデルバルドと同等以上の力をもつデュナミス。その二人を瞬時に復活させた謎の剣士。

 対してこちらはリオンこそほとんど無傷のように見えるが、ダンブルドアは消耗が激しく、戦えたとしてもグリンデルバルドに勝つことは最早できないだろう。そして他の魔法使いでは消耗がなかったとしても、あの強大な魔法使いたちに対しては牽制にもならないだろう。

 事実上1対3。

 いかにリオン・スプリングフィールドといえでも、最強クラスを相手にこの状況は、不利に過ぎる。

 

 おそらくこの城の結界が軒並み消失しているのはあの剣士が原因なのだろう。

 ホグワーツの領域を守護する古の魔法は強力だ。なにぶん古いものだから確かに穴はあるが、それでも本来ならば破るためには多大な労力を要する。

 だがもしも、魔法自体を無効化する能力を敵が有していれば、それは段違いに容易い仕事になっただろう。

 そしておそらくあの剣士こそがその要をなした襲撃者。

 

「リオン…………」

 

 流石に咲耶も不安そうにリオンの名を呼んだ。

 リオンはそちらに振り向くことなく――――バチィッ! と紫電を撒き散らし、見る間に紫電は活発な放電現象へと変わった。

 “神鳴り”の化身。

 まるでそれを体現した存在であるかのように、リオンは魔力の高まりとともに放電現象を活性化させていく。

 そして――――雷精の姿が咲耶たちの前から消えた。瞬間、上空の剣士の背後にリオンが現れ、右腕を突き入れる。

 

「!」「…………っ」

 

 剣士はその攻撃を大剣で受け止めた。

 思わず目を細めるリオン。剣士の方はフードに隠されて顔を覗くことができないが、リオンの怪物的な腕力による掌打を受け止めて一歩も引いてない。

 剣士は拮抗もわずかに、支点をずらしてリオンの腕を弾くと反撃に剣を薙いだ。だがそこにはすでにリオンの姿はなく、再び雷速の動きで死角に回り込んだリオンが攻撃をしかけ、再びそれに反応してぶつかりあった。

 

「なっ!? リオン君の雷速瞬動に反応している!?」

 

 夕映の驚きの声が上がった。

 リオンの“高殿の王”による雷速瞬動は、かの英雄“ネギ・スプリングフィールド”の得意とした“雷天大壮”によるものとはいささか原理が異なるものの、その移動速度は全く遜色ない――つまり人間の知覚速度の限界を遥かに超える雷速のものだ。

 たとえ感覚の強化魔法を使用したとしても、それを処理するのが人間の脳――電気的な反応である以上、知覚し、反応することはできはしない。

 雷速瞬動に追従するためには、雷そのものとなった術者の性質を利用するしかないのだが、それができるのは極めてまれだ。まして空間を掌握しているリオンの“高殿の王”の雷速瞬動を初見で反応できるなどというのは規格外も過ぎる。

 だがフードの剣士はリオンの雷速の動きに反応し、どころか反撃までしている。

 攻撃を受け流されて体が流れ、体勢を立て直すために一瞬動きを止めたリオンに剣士が距離を詰め、薙いだ大剣がリオンの体を分断。だが分断された体は紫電となってほどけ、大剣を振り抜いた剣士を捕らえた。

 雷囮による雷撃捕縛。

 白雷の網が剣士を包みこむ――――寸前で剣士は大剣を切り上げに払った。捕縛の網がまるでバターが溶けるように掻きけされる。

 だがそれもまた布石。

 リオンは掻き消された雷撃により変位した電場を利用して電位を操作し、剣士の眼前に雷速で現れ、雷撃を纏った掌打を打ち込んだ。

 

 ――右腕解放(デクストラー・エーミッタム)!! 白雷掌!!!――

 

 右腕に籠められていた白き雷が解放され、その雷撃が剣士を焼く。

 

「!!」

 

 だがリオンのその掌は、剣士のローブにすら触れておらず、咄嗟に引寄せられた大剣の腹に阻まれていた。

 解放された雷撃は剣士に向かうことなく、ただ白雷を撒き散らす。

 刹那の停滞。

 リオンが後退するよりもわずかに早く、剣士が大剣を薙ぎ、リオンが地面に向けて吹き飛ばされた。

 

 リオンは半ば吹き飛ばされるに身を任せつつ、敵の動きを見定めようとし――――驚愕に目を見開いた。

 

「!!!」

 

 ずれたフードの奥にのぞく剣士の相貌。 左右で異なる瞳の色。

 絶句が一瞬の躊躇を産んだ。

 虹彩異色の剣士は右手に持つ大剣を肩に担ぎ上げるように振りかぶり、左手で柄尻を握った。

 

 その姿を写したリオンの瞳が、今とは異なる光景を幻視した。

 振りかぶる大剣。背に流れる橙の髪が揺らめき、左右で色の異なる青と緑の瞳がリオンを見つめる。口元には笑みが浮かぶ。

 

 幻と現実が同じ言葉を紡ぐ。

 

 ――「無極而太極斬(トメー・アルケース・カイ・アナルキアース)」――

 

「!!!!!」

 

 ぞわりと、特大の悪寒がリオンだけでなく、地上にいた全ての魔法使いをも襲った。

 それは根元的な畏怖。

 魔力を持つ者たちだからこそ、抗うことのできない、本能的な恐怖感だった。

 

「なっ!!!」

 

 振りかぶり、両手で振り下ろされる大剣。大剣から放たれる斬撃に、リオンは咄嗟に背後を省みた。

 

 迎撃――撃ち落とすのは不可能

 回避――後方の咲耶を巻き込む

 

「ちぃッ!」

 

 とった一手目は“その”斬撃を前に最も悪手と言えるだろう。

 左腕を前に突きだし呪文を解放、同時に二手目を並列として右腕の封を解放。

 

最強防護(クラティステー・アイギス)!!!」

 

 咲耶たちを背後にしたリオンの前方に、10を超える魔方陣が展開された。

 そこに込められた術式は、それこそ一つ一つが城塞の守りにも匹敵するほどの防御の力を宿しており、

 

「――――ッッ!!」

「リオン!!!」

 

 次の瞬間、咲耶が見たのはまるでガラスが砕けるようにリオンの最強防護が砕け、リオンの体から鮮血が吹き上がる光景だった。

 

 

 

「!!?」

 

 墜ちる福音の御子、同時に剣士はそれに気づいた。

 “高殿の王”による電位操作により、離れた空間に魔法発生のひずみが生じている。

 出現したのは特大の螺旋槍。

 

 ――巨神ころし・暴風の螺旋槍――

 

「統合術式ッ!?」

 

 デュナミスが叫んだ。

 それはかつての戦いで偉大なる魔法使い(ネギ・スプリングフィールド)が開発、使用していたオリジナルスペル。

 襲撃者たちを巻き込み破壊せんとする破壊の槍。

 

 ――「エーミッタム!!!」――

 

 霧のような血を吐きながらの解放の呪文により、雷の投擲に込められた暴風がその威力を顕現させた。

 

 ――抉れ雷の狂飆!!――

 

 

 

 見上げる魔法使いたちの目には、落ちるリオン・スプリングフィールドと、そのさらに上空に出現した巨大ななにかが3人の襲撃者を巻き込んで炸裂した光景だった。

 天文塔が雷撃を伴った暴風に消し飛ばされ、上空で突如巻き起こった暴風の余波は、地上にいた魔法使いや生徒たちにも容赦なく衝撃を撒き散らし、生徒たちから悲鳴が上がった。

 そして、その悲鳴をかき消すように轟音を響かせて、剣士が放った斬撃が――――それをまともに受けたリオンともども地面に落下した。

 

「リオン君っ!!」

 

 リオン・スプリングフィールドが撃ち落された。その事実に夕映が驚愕して声を上げた。

 朦々と立ち込める煙。その奥に “赤髪の”リオンが血の迸る胸の傷を抑えるようにして膝をついていた。

 

「っ――!」 

 

 —―リオン君の術式兵装が剥がされているっ!?――

 

 夕映は目を見開いた。

 雷電を振りまく“高殿の王”の姿から、通常の赤髪黒衣の姿に戻っている。

 

 胸元に刻み付けられた斬痕。深く切り込まれたそれは、魔法障壁によってまったく軽減されること無くリオンの胴を切りつけていた。

 

 

 

 

 ――こっちの状態では再生力が低い……っ――

 

 新月期(赤髪)の状態では吸血鬼の力は著しく弱い。そのため再生力は大きく制限を受けており、雷化も解除されている以上、いつも通りの超速の再生は使えない。

 リオンはズクンと疼く傷を抑えながら、特大のカウンターを置いてきた上空を睨み上げた。

 あの剣士が、あの呪文とともに剣を振り下ろした瞬間、リオンは咄嗟にとった選択肢が悪手であることを認識していた。

 “王家の魔力”による魔法を打ち消す力の発現。

 あの剣士の顔を見た瞬間、ありえるはずのないその現象が起こることがリオンの脳裏をよぎったのだ。

 

 雷速瞬動を使えば、リオンはあの斬撃を回避することはできた。

 だが、それをすれば地上にいた魔法使いたち――咲耶へと致命的な攻撃が届いたであろう。現にダンブルドアが生徒たちを守るために咄嗟に張った障壁も、あの斬撃はまるで薄い水の壁を破るかのように突破している。

 

 だが一方で、上空の剣士たちの方もリオンの攻撃を受けており――――その姿を見た生徒や魔法使いたちは思わず息をのんだ。

 

 デュナミスはリオンの攻撃の第一目標でなかったために直撃こそ受けなかったが、左腕が抉り取られるように吹き飛んでおり、損傷はグリンデルバルドも同じような有り様だ。そしてもっとも甚大な損傷を受けているのが、小柄な胴の大部分を抉り取られた剣士であった。

 魔法使い二人にしても、決して軽くはない損傷のはずだが、剣士の損傷はヒトであれば明らかに致命傷、即死の域。

 しかしフードを纏った剣士は痛みなどないかのようにリオンを見下ろしていた。

 

「……なるほど。“そこ”にいたわけか」

「…………」

 

 声は大きくはなかった。だがリオンの耳はその呟きのような言葉を拾い、眉をピクリと動かした。 

 高位の雷精にも相当する“高殿の王”の状態に、ただの斬撃で物理的なダメージを与えられる人物はそうはいない。なによりもあの“技”を使える剣士はリオンの記憶では一人しかいない。

 だが幻視した姿は今はもう消えており、視界に映る姿には見た覚えがない。

 凝視するように向けて来ている視線は、リオンではなく別の何かを視ているように感じられた。

 

「予想以上ではあったが、どうやらあの忌々しいスプリングフィールドの血族を一人。今日ここで消し去ることができるようだな」

 

 左腕を失っているデュナミスが優越混じりの笑みを浮かべて、剣士の横へと並んだ。

 グリンデルバルドも左手に杖を掲げて並び立った。

 彼にとって眼下で膝を着く手負いの魔法使いは、聞いていた以上、想定以上に規格外の魔法使いだった。

 だがもはや趨勢は決したも同然であり――――

 

「…………いや。私はここで退かせてもらおう」

 

 剣士の放った思いもよらぬその言葉に二人の魔法使いは虚をつかれた。

 

 

「なにっ!? どういうつもりだっ!?」

「なっ! また裏切るのか、(ぬし)よ!?」

 

 グリンデルバルドとデュナミスは眉を吊り上げた。

 欠損こそ生じているが、それでもあのリオン・スプリングフィールドも少なからざるダメージを負っている。

 最強クラスの魔法使いであるデュナミスとグリンデルバルド。そして“魔法を無効化する”(ぬし)の3人であれば、あの厄介な魔法使いを仕留めることができるはず。

 彼やデュナミスにとって“計画”の障害となるあの魔法使いは、消せるときに消しておくべきものであり、その機を逃す道理などない。

 

「つくづく心外な言い方をする。以前にも言ったはずだ。同志となった覚えはないとな。それにここでの計画は果たしたのであろう。貴君らの戦果としても十分なはずだ」

「だがあれを放置しておく理由はないはずだ。むしろ障害となるものではないのか!」

 

 主と呼ばれた剣士の言葉に、今やデュナミスは眼下よりも並び立つ小柄な剣士に対して殺気を向けていた。

 助けた二体の使徒から殺気を向けられている剣士はフードの奥の顔に薄く笑みを浮かべると、目を細めて眼下のリオンを見た。

 

「…………今のアレを倒したところで、得られぬ」

「主よ。だが、今こそ好機ではないか!」

「ならば好きにするがよい。元より最初の目的が同じというだけであって、私は貴君らの計画とやらに興味などない。やれるというのならアレを倒せばよい。今、私がアレを倒す気はない」

 

 好機ととらえるデュナミスに対し、主は突き放すように言った。

 その言葉にぴくりと反応したのは二体の使徒だけではない。

 

 

 

「まるでいつでも俺を倒せるみたいに言ってくれるじゃないか。大人しく退けると思っているのか?」

 

 

 リオンの言葉に、聞いていた夕映たちはぎょっとした。

 今の状況はどうみてもこちらの危機。仲違いして去るというのなら、それは見逃してもらえるということと同義だ。

 だが視線を向けたリオンの、その体から吹き上がる黒い魔力に、魔法使いたちはゾッとすることとなった。

 まるで奈落へと繋がる闇の洞を覗きこんでいるような感覚。立ち上がったリオンの姿が黒の魔力に浸食されているかのように黒くなり、両の腕に禍々しい紋様が浮かび上がる。

 

「なんだっ!?」

 

 上空から見下ろしていたグリンデルバルドも異変に気付いた。

 魔力の質が変わる。それまでよりもさらに深い深淵へと堕ちるかのように、熱も光も、全てを呑み込むかのような暗き闇。

 

 紋様はもはや腕に刻まれているものではなくなっていた。

 

「貴様、それはっ!?」

 

 禍々しい魔素痕が手の甲で紋章状に渦を巻き、背には悪魔のような黒白の翼を象り生み出している。

 

 

 

 覚えがあった。

 かつて死を克服する野望を抱いていたころに調べた知識の中にあったとある禁呪。

 狂気にして禁断、闇の魔王が創造せし不死の秘術。

 

「マギアエレベア!?」

「マギア、エレベア……?」

 

 ダンブルドアもまた、そのおぞましき闇の禁呪の名を震える声で呟いた。その動揺を露わにした声に、マクゴナガルたちが訝しげに振り返った。

 

 

「どうなっている!? あの秘術は」

 

 リオンの使っている魔法の本質を知って、グリンデルバルドはダンブルドア同様に動揺し、そして瞳に隠しきれない欲望の色を宿した。

 

「真祖の吸血鬼、闇の福音(ダーク・エヴァンジェル)の固有技法。そしてあのネギ・スプリングフィールドが完成させた闇の究極技法だ」

 

 デュナミスが忌々しげに吐き捨てた。

 リオンの足元に流れた血が、まるで意志をもったかのようにリオンの体に纏わりつき、左腕へと絡み付いて魔方陣を浮かび上がらせた。

 

「ぬっ!? 吸血鬼の能力、血液操作!?」

 

 魔法使いの血には魔力が宿る。

 吸血鬼が他者の血を体内にとりこむことで魔力を高めるように、リオンは自らが流した血で魔方陣を描き、なんらかの魔法をブーストさせようとしていた。

 

 血の魔方陣が絡み付く左腕には絶対零度の凍気

 右腕には英雄の力にも値する雷霆の紫電。

 

 今まで以上に強大な魔法の行使の予感に、デュナミスとグリンデルバルドは体勢を整えて襲い掛かる構えを見せ――――その前を剣が遮った。

 二体は忌々しげに主を見て、それからリオンを睨み付けた。

 

 先程までの状態においてさえ、今の二体ではリオンに勝てなかったのだ。ここからさらに切り札を切ろうとしているリオンに対して、主の力なしでは対抗出来ないのは明らかだった。

 二体は渋々と構えをといて、感情を押し殺して眼下の魔法使いたちを見おろした。

 二体の戦気が薄れると、主は剣を下ろした。

 

「ちっ。……ソーフィンは回収していくぞ」

「貴様の“元”孫にやられたようだが。そっちはいいのか?」

 

 グリンデルバルドは苛立たしげに舌打ちし、デュナミスはちらりと魔法生徒の一人へと視線を向けた。それは今宵、新たな使徒と成った元人間の唯一の肉親。

 

 使徒と成った男は、それが些末ごとであるかのように、デュナミスと視線の先を同じくした。

 愛娘が人知れず産んだ、今や自身の血を受け継ぐただ一人の孫。

 

「構わない。アレも選んだのだからな。それに計画が完遂すれば、それすらも関係ないのだろう?」

 

 それすらもまた、“完全なる世界”の中では、最適な形で具現化されることであろう。

 

 見上げるディズと見下ろすグリンデルバルド(祖父)の視線が交わる。

 初めて見る祖父の姿は本来あるはずの年よりもずっと若い。そして孫である自分に向けてくる瞳には、肉親に向ける情は感じられなかった。

 

 

 ズズズ、と、使徒たちの周囲から影が現れ、その姿が覆い隠されていく。

 彼らの逃亡を阻むためにリオンの腕が動き、

 

 ――――「次にまみえる時には、返してもらうぞ。我が―――――」――――

 

 グリンデルバルドが、デュナミスが――――そして“墓所の主”の体が、消えていく。

 リオンの動きが止まり、追撃の手は行われなかった。

 

 影が解れていくように消えていく使徒たちをリオンは睨み付けた。

 

 月のない新月の夜。

 見上げる魔法使いたちの視界に残ったのは、ボロボロに破壊された痕を残すホグワーツ城だけだった。

 

 

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 戦いの幕が引かれたホグワーツ城前から離れた森の中を一人の男が走っていた。

 

「くそっ! なぜだっ! なぜこんなことにっ!!」

 

 あの連中がここに来る前に“姿くらまし”を禁じるための結界は破壊されたままだが、その代わりに防止呪文が一帯にはられているために“姿くらまし”は封じられているのだ。

 男が悪態をつくのはそれもあるが、それ以上に狂ってしまった計画について。そして計画を壊した男についての悪態だ。

 本来であれば、今日、不世出の魔法使いである男の主、“闇の帝王・ヴォルデモート卿”が蘇るはずであった。かつて以上の力を手に入れ、ダンブルドアを墜とし、ハリー・ポッターを殺し、その権勢を取り戻し、すぐさま盤石の態勢を築くはずであった。

 あのダンブルドアさえ、ハリー・ポッターという運によってのみ生かされている子供さえいなければ、それだけでヴォルデモート卿の道は盤石だと疑いもなく信じていた。

 そして主に忠節を尽くし、アズカバンにまで投獄されていた自分は帝王の最も信頼有る一番の部下となったはずだった。

 アズカバンに投獄されることを恐れ、主を見捨て、仲間を売ったような連中など比べ物にならないものだ。

 だが何が狂っていたのか ――――ソーフィン・ロウルだ。

 死喰い人の面をしていたあの小賢しい男が主を裏切ったのだ。

 忌々しい異世界の魔法使いもどきの力を借り受け、よりによって帝王を供物のように扱ったのだ。

 

 今は逃げて、“姿くらまし”ができるところまで逃げて…………それでどうするというのだろう。

 アズカバンの脱獄を手引きした父――それは息子である自分への愛ゆえではなく、今はもう亡き母に対するものであったが――を幽閉するために帝王が施した“服従の呪文”は解けてしまっただろうか?

 屋敷に戻り、逃げたその後に潜伏することは可能だろうか?

 

 統べる者に最も近い存在になるはずが、なぜこんなことになってしまったのだ。

 行く先は闇のような暗闇となり、なにをどうすればいいのか思考が回らない。

 

 ただ、今はひたすらに足を動かすしかできることがない。

 まるで魔法の使えない、侮蔑すべきマグルのような自分。

 

 その屈辱、憤り、理不尽。すべてに怨嗟を向けて、企みを砕かれたパーテミウス・クラウチ・Jrは走っていた。

 

 ――「行キ先ハソッチジャネェゼ」――

 

「!!?」

 

 クラウチの逃走は、不意に森の中に響いた不気味な声によって止められた。足を止めたクラウチの周りの草木が、急に不自然な音を立てている。

 

「だ、誰だっ!?」

 

 月の光のない森の闇は、見えない何かの不気味さを一層に深めた。

 一寸先の見えない闇を恐れる。それはヒトが抱く根源的な恐怖だろう。

 

 クラウチは咄嗟に杖に灯していた光源を強めた。

 

 森の中に光が生まれるとともに周りを囲む木々によって薄暗い陰影が作られた。そしてその木々の間を走る糸のようなものがキラリと見えた。

 クラウチの周りはいつの間にか、その糸のようなもので囲まれており、クラウチの心臓は痛いほどに跳ねた。

 

「コンダケ派手ニヤラカシタンダ。逝ッチマッタ主人ヘノ餞ニハ十分ダロ」

 

 闇から湧き上がったかのように小さな人形が浮かんでいた。

 左手に小さなナイフ、右手には人形の体の3倍はあるだろう大きな鉈のような剣を肩に担いでいた。

 ――――小さい。

 恐らく人形自身にはクラウチの膝程の大きさのサイズもないだろう。人形自身の作りも非常に稚拙なように見える。関節は球体の継ぎ目が丸わかりで、表情は口を開けた笑顔で固定されている。

 だが、なぜかその笑顔はこれ以上ない程に不気味だった。

 カタカタカタカタ。ケケケケ。

 

「腰抜ケノ三流小悪党ノ子分ハ、間抜ケナ主人ニ倣ッテ死ニヤガレ」

 

 クラウチの口から小さく悲鳴が上がった。震える手に力を込め、杖を不気味な人形に向けた。

 そして――――――――

 

 

 

 

 

 ――――――――地面に倒れ伏した人影の横に、鉈のような剣を突き刺し、その上に腰掛けたチャチャゼロは、退屈そうに空を見上げていた。

 

「マッタク。アノガキハツメガ甘イゼ」

 

 どうやら彼女の主人代理の方も戦闘を終えたらしい。

 チャチャゼロの方も今回の襲撃者の主犯の一人を捕縛するという役目を果たしたわけだが、相変わらず主人代理も、丸くなった主人ともども、つまらない役目ばかりを押し付けてくるのは彼女の密かな不満だ。

 

 ただ、おそらく今度は少しは楽しくなるだろう。

 なにせ封は解かれた。

 彼が解くことを望みながら、解かれないことを願っていた封が破れたのだ。

 ならば次はそれを使うことになる。

 その向う先は、チャチャゼロがよく知り、そして今までに一度も戦ったことのない相手。彼女自身に長い、永い時の終わりを与えるだろう終焉の相手。

 

 チャチャゼロは変わらぬ笑みを張り付けて月のない星空を見上げた。

 

 

 


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