春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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クリスマスパーティ開幕!!

 いよいよパーティまで日にちを数えるほどになっている。

 ハリーから見ても、ホグワーツ城の様子はこれまでとは違う飾りつけが施されていた。

 大理石の階段の手すりには溶けることのない氷柱が下がっており、大広間には12本の大きなモミの木がクリスマスツリーにむけて並んだ。

 廊下の飾り鎧や絵画の住人も陽気なクリスマスキャロルを歌い、多くの生徒たちの気分は嫌が上でも盛り上がっているようだった。

 

「おいおいまだ相手が見つかってないのかよ、ロン?」

「まだだよ」

 

 もちろんそれは、勇気ある行動と普段の行いという因果による結果として、魅力的な相手とダンスパートナーの契約を結ぶに至った生徒のことであり、アプローチをかけもしていないハリーやロンにとってはただただ消えて行く日数を数えて焦りをもたらすものでしかないのだが。

 兄のフレッドに言われてロンは不機嫌そうに睨んだ。

 

「ホグワーツでは可愛い女の子が作れないんだ」

「おっどろきー! トロールと踊るための捨て台詞としちゃ最高だぜ、ロン」

 

 苦々しそうに言ったロンにフレッドが爆笑した。

 ハリーも、それは違うと言ってやりたがったが、ロンがいらいらと癇癪を爆発させそうになっているのでやめておいた。

 

「そういう兄貴はだれと行くんだよ?」

 

 ロンがじろりと睨みつけながら尋ねた。

 

「イズー」

「えっ!!?」

 

 フレッドが照れもせずに即答したのだが、その名前にロンもハリーもぎょっとしてフレッドを見た。

 

「あいつに申し込んだのか!?」

「もちのロンさ。ジョージも今日中に片をつけてくるとさ」

 

 フレッドはにっと笑いながら、談話室の向こうの方でアンジェリーナと話しているイズーたちの方を見た。向こうも視線に気づくと、フレッドは軽く手を挙げて合図し、イズーもにっと笑って手を挙げ返した。

 イズーはクィディッチのチームに参加するような活発な女の子だし、ホグワーツに来てから、亜人の彼女たちが周囲に溶け込めるようにフレッドとジョージは積極的にバカをやって盛り上げていたのだが…………

 

「ハリー。これはもう、躊躇している時間はないぞ。今夜、僕たちがベッドに戻るまでにはパートナーを捕まえるんだ」

「あー……うん」

 

 ロンはしかめっ面をしてハリーに言った。ハリーは躊躇いがちに頷いた。

 

 

 

 第73話 クリスマスパーティ開幕!!

 

 

 

 クリスマスダンスパーティの話を聞いた時、真っ先に一人の黒髪の少女のことが頭に浮かんだことは、ハリー自身否定できない。

 だが、結局はすぐに頭を振って追い払った。

 ――だって無駄じゃないか――と

 彼女には許嫁がいる。好きだっていつも言っている。

 それにどうせ、周りの誰も、そんなに盛り上がりっこない。

 はじめハリーはそう考えていた。

 

 だが、その考えはものの2,3日で見事に砕かれた。

 どこを見ても、クリスマスに向けての空気にあてられてピンク色の空気が見えるようだったし、聞いた話ではネビルでさえ、誰かは知らないがパートナーを見つけたらしい。(ロンが苛立つ原因の一つだ)

 フレッドも相手がいるし、リー・ジョーダンはアンジェリーナと行くと喜んでいた。ルームメイトのシェーマスもディーンも相手を見つけたらしい。ジョージはまだだが、彼が今日中と言ったからには、おそらく今日中にパートナーを作ってくるのは間違いない。

 

 このままでは、みんながパートナーとダンスを踊っている横で、ロンと一緒に壁の苔にでもなって傍観しているなんていう惨めな未来がいよいよ近づいてきているとハリーにも認めざるをえなかった。

 

 談話室の扉がガラリと開いて、悲壮な決意(?)を抱いている友人と同じ髪の色の少女が入ってきた。—――― ジニーだ。

 彼女はハリーたちの一学年下の三年生だから、可哀想だがクリスマスパーティには出られないことが決まっている。

 出られるのは四年生からなのだ。

 だがその方がいいのかもしれない。

 だって、それならばハリーやロンみたいに、惨めな未来を回避するために目を血走らせなくていいのだから――――

 

「あ、あの。ハリー!」

 

 ぼんやりとしていたハリーは、そのジニーから声をかけられてビクッと背を伸ばした。

 

「え! あ、何、ジニー?」

 

 ジニーが話しかけてくるときは、いつも妙に緊張気味に話しかけてくることがあるのだが、何やら今日のジニーはいつにもまして緊張しているのか、首元が彼女の燃えるような髪の色に負けないくらいに赤くなっている。

 ジニーは、ちらりとハリーの隣、深刻そうな表情でなにかぶつぶつ言っている兄を見て――そして思い切った顔でハリーを見た。

 その顔は真剣で、瞳は緊張のあまりか、少し濡れているようにも見えた。

 

「ちょっと、いいかしら?」

 

 ジニーがくいっと扉の方を示した。ハリーはちらっとロンを見てから、頷いてジニーとともに談話室を出た。

 

「あら! さっき入ったところじゃない!」

「ごめんなさいね、婦人」

「いいのよ! ええ! こういう時期ですものね!」

 

 先ほど扉をくぐったばかりのジニーがすぐまた出てきたことで、グリフィンドール寮の入り口である“太った婦人”が非難めいた声を上げたが、ジニーは軽くあしらってその場を離れた。

 ハリーはジニーの後をついて歩き――――寮の入り口から十分離れたところで、ジニーが振り向いた。

 

「あ、あのね、ハリー!!」

「! う、うん…………?」

 

 調節を間違ったような大きな声で名前を呼ばれてハリーは思わず仰け反った。

 そして、どこかからからジッと見つめる濃密な視線を感じた気がして思わずあたりを見回した。

 なぜか人通りはなく、柱の陰に隠れていない限り人は居なさそうだが――――いや、居た。階段の上、欄干のところに隠れるようにしながらこちらを見ている、黒髪の少女と白い子犬……サクヤとシロだ。

 

「…………」

 

 ハリーの視線に気づいたのか、ジニーもそちらを見上げ――サクヤは右手で口元にメガホンをつくるような仕草をして左手は応援でもしているかのように拳を振り上げている。

 ぞくっ、と予感がした。

 ジニーはサクヤの言わんとすることが分かったのか、ぐっと唾をのみ込み、ハリーに真剣な眼差しを向けた。

 

「ハリー。わ、私とダンスパーティに行ってください!」

「え、ぁ………ぅ」

 

 グラグラと、足元が揺れたような気がした。

 

 ジニーが、自分にある種の好意を抱いてくれていたのは、もちろん知っていた。

 どんな鈍感だって、ジニーの態度を見れば、分かるだろうと言うほどにあからさまだったのだから。

 ただ、ハリーの側から、同じような眼で彼女を見たことは、なかった。

 だって彼女はロン(親友)の妹だ。

 両親のいない自分を息子同然に思って、とってもよくしてくれているウィーズリー家の人のたった一人の娘だ。

 それに、自分にだって、気になっている女の子がいる。

 —―――今、まさにジニーを焚き付けて彼女の応援をしている少女のことだ。

 

 元々、彼女には好きな相手がいて、決まっている相手がいて…………そして、自分の好意にはまったく気づいていないということが明らかとなった。

 

 

 

 

「あ、帰ってきた。おかえりーサクヤ」

「ただいまー」

 

 ホクホク顔の咲耶がハッフルパフの談話室へと戻っていると、リーシャとフィリスとクラリスは先ほど別れたところで待ってくれていた。

 どうやらハーマイオニーとクラムはすでにどこかへ行ってしまったらしく、姿は見えない。

 

「ジニーはどうだったの?」

 

 フィリスに尋ねられて、咲耶は「ぶいっ!」と嬉しそうにVサインをつくった。

 

「上手くいった! やっぱ、ハリー君もジニーちゃんのことは気づいとったんやもん! よかったぁ~」

 

 満面の笑みで友人の幸せを喜ぶ咲耶。

 嬉しそうな咲耶を見て、フィリスは生暖かい眼差しをグリフィンドール寮のありそうな方向に向けた。

 上手くいった――ということは、このぽやぽや少女は、一人の少年の叶う望みのなかった恋心を無自覚に粉砕してきた、ということなのだろう。

 まあハリー・ポッターの恋愛相手、というのは噂のネタとしては十分に面白いが、フィリスにとって所詮は他人事、相手が誰でも別にどうでもいい。

 叶う望みのない一方向的な思いに早々ケリがついて、友人に幸ある展望が開けたのならきっとよかったのだろう。

 これで彼女の周囲では、アリアドネー組の進展は分からないが、リーシャもクラリスもセドリックもルークも。そしてジニーもハーマイオニーもダンスのパートナーが決まったことになる。

 

「ところでサクヤ」

「ん?」

「あなた、人のことに首を突っ込み過ぎよ!! あなたの周りでパートナー決まっていないのあなただけよ!!」

 

 ということで、そろそろ決まってない残り一人に喝を入れる時がきた頃だろう。

 

「あれ? そうなん? クラリスは?」

「……グリフィンドールのネビル・ロングボトム」

 

 リーシャはすでにルークからのお誘いにO.K.の返事を返しているし、フィリスはすでにレイブンクローの男子生徒を確保したのだそうだ。

 そしてクラリスの方もどうやらパートナーを見つけたらしい。

 

「ネビル君……おおっ! そなんや!」

「…………」

 

 なんでか嬉しそうな咲耶はクラリスにむぎゅと抱き付いてじゃれついた。

 

「またそうやって誤魔化そうとする! そういう事なんだから、サクヤもそろそろ落としどころを見つけなさい。スプリングフィールド先生が行けないのが残念なのは分かるけど、こういう行事ごとには出ないといけないんでしょ」

「そやなぁ…………」

 

 クラリスに抱き付いたまま、咲耶はむぅと困ったように唸った。

 

 実のところ、リオンとクリスマスパーティに参加できないというのは残念ではあるが、ふて腐れているわけではない。

 ただ、相手がいるのに飾り合わせのように男の子をお誘いするということにひどく抵抗感があるから、あれ以降、自分のためにダンスパーティのことは動くつもりがなかったのだ。

 だが、フィリスの言う通り、公式行事に出る、というのは関西呪術協会の身内の中からホグワーツに来ている自分の義務だ。

 フィリスに言わせれば「お堅い」ということになるのかも知れないが、やはり咲耶にとって踏み出す気を挫くのには十分すぎる理由だ。

 

 クラリスを離して悩みながら歩く咲耶は、ふと、足元を追従している白い子犬をじっと見つめ、抱き上げた。

 今は子犬形態のシロくんだが、人化すれば9歳くらいの童の姿になることもできる。その際、ふさふさ尻尾とピコピコの犬耳が生えてはいるが、男の子だ。

 ジィッとシロくんを見つめる咲耶。

 きょとんと首を傾げているシロくん。

 嫌な予感のするフィリス。

 

「シロくんと行こっか?」

 

 案の定、咲耶はにっこりといつものほわほわ笑顔でトンデモ提案を自らの使い魔へと提案した。

 

「ふぇっ!!! そ! そそ、そー!!? そのような畏れ多いこと!!?」

「やめなさい」

 

 シロくんは毛を逆立ててぎょっとしており、フィリスはため息交じりに自制を促した。

 

「え~、でもシロくんかて男の子やし」

「イメージの問題よ。一応、シロくんはペットとして……来てるんだから」

 

 ペット呼ばわりされたシロくんは、ギロリとフィリスを睨みつけたが、対外的にはその通りである。

 ペットを飾りたてて公式行事のダンスパーティに出席する海外の魔法協会の長の孫娘。—―—――外聞の悪いこと甚だしいだろう。

 

「ええ考えやと思うんやけどな~」

「まあ、普通にダメだろ、それは。サクヤだったら募集すればすぐにでも相手くらい見つかるだろ」

「んなことないって。それにそいうことじゃないんやけどなぁ……」

 

 リーシャのあっけらかんとした言葉に咲耶は苦笑した。

 どうしたものかと、寮へと頭を悩ましながら寮へと向かっていると、地下への階段を降りる手前で、赤毛の男子生徒が一人、誰かを待つように立っていた。

 男の子は、咲耶たちが近づいてくるのに気づくと、「よっ!」と軽く手を挙げた。

 

 グリフィンドールクィディッチチームのビーターコンビの片割れ。

 普段は二人一緒にいることが多いので、まとめて呼べば済むのだが今は片一方しかいないので……

 

「ウィーズリーの…………ジョージだ!」

「残念、フレッドだよ」

 

 リーシャがびしっ! と決めるように言ったが、“フレッド”はくっくっと笑って肩を竦めた。

 

「ちっ。それでどうしたんだよ、フレッド?」

 

 見分けのつかないほどにそっくりな双子である。リーシャは勘が外れたことで舌を打って要件を尋ねた。

 “フレッド”は「サクヤに用事だよ」と言って、咲耶に向き直った。

 

「サクヤ。スプリングフィールド先生、今出張中だけどさ。ダンスパーティまでに帰ってくるのかい?」

 

 頭を悩ませていた原因をズバリと言われて咲耶はシュンと、項垂れるように頷いた。

 そんな素直な咲耶の様子に、“フレッド”はふっと微笑んだ。

 

「ならさ。俺と行かないか? ダンスパーティ」

「はぇ?」

「俺も相手がいなくてね。うちの弟と同じじゃかっこつかないし、サクヤも公式行事に出れないと困るんだろ?」

「うみゅ」

「心配しなくてもスプリングフィールド先生に喧嘩売るような真似はしないよ」

 

 “フレッド”の言葉に咲耶は口元に手を当てて考え込んだ。

 フレッドは精霊魔法の授業でも一緒だし、1年目の時からよくしてくれている知り合いの男子だ。

 咲耶の懸念しているところを無視して都合で選ぶのならば申し出としてはありがたいのだが……

 

「フレッド君はそれでええの?」

「学校一の美女と仮にでもパートナーになれるのなら光栄の極みだね」

 

 さらりと言ってくる“フレッド”に、咲耶は呆気にとられ、そしてくすくすと笑った。

 

「………………そしたら、よろしくお願いします、フレッド君」

「よろしく、サクヤ。それから……俺はジョージで正解だから」

「おいっ!!」

 

 

 

 

 ちなみに余談ながら。

 

 その日、ロンは玄関ホールにて衆人環視のもとボーバトンの美女、フラー・デラクールに申し込んで御断りの言葉すらなく拒絶されたのであった。

 そしてその後、傷心したロンは、ハーマイオニーならパートナーが居ないハズだ、と彼女に申込み、盛大に彼女を怒らせた。

 現場に居たハリーの見た所、ロンの言葉には色々と彼女を怒らせるに足る文句があって判然としがたいが、決め手になったのはハーマイオニーの

 ――「あなたには、私が女の子だったことがお気づきにならなかったようですけど、他の誰も気づかなかったわけじゃないわ!」――

 という抗議に対するロンのこの言葉、

 ――「O.K. 分かった。君を女の子と認めるよ。だからこれでいいだろ。さあ、僕らと行くかい?」――

 ではないかと思われる。激怒したハーマイオニーは誰と行くとも教えてくれずに部屋へと戻ってしまった。

 

 その後、ハリーがメルディナやアルティナに頼み込んで拒否されてロンの傷口を広げ――これもなぜかメルディナを怒らせた――最終的にメルルがO.K.してくれたことで話がまとまった。

 ただしその際、「傷心の親友のために、一肌脱ぐ男の友情……イイ!」というメルルの小声はナニカの悪寒をハリーに感じさせたが、ひとまずロンにもパートナーができたのであった…………

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 クリスマス当日。

 生徒たちは朝起きてクリスマスプレゼントの山を解体することから1日が始まり、気もそぞろといった様子で昼間を過ごした。

 当然、休暇中の課題など手につくはずもなく、男子も女子もお互いを意識しあっていた。

 そして男子が準備のために自室に戻るよりもずっと早い時間から、女子生徒たちは今日という日の自分を最高に艶やかな姫にするための戦いを始めたのであった。

 

 そして後に準備を始めた男子共がそわそわと玄関ホールの方へと降りて行き始めたころ、女子たちは思い思いのパーティードレスに身を包み、精一杯の花を演出していた。

 

「うわぁっ! 何それサクヤ!? キモノ?」

「えへへ~。着物とはちゃうんやけど、和風のドレス」

 

 薄桃色の花を散らした振袖風のドレス。腰は錦綴りの帯で締められており、胸元には白いリボンが花のようにつけられた衣裳。ただし、足元はダンスのために動きやすいようにスカート状に広がっており、純粋な着物、というわけではないのだろう。

 咲耶の和風の顔立ちと合う和風テイストのドレスは色鮮やかな桜を連想とさせた。

 ドレスに合わせたのか、以前の振袖姿の時とは違って髪は結い上げておらず、濡れる様な真っ直ぐな黒髪を下ろし、飾りの髪留めをつけている。

 ニホンからの留学生らしく、しかしダンスパーティであることをしっかりと考慮したサクヤらしい装いにリーシャが感嘆の声をあげた。

 

「リーシャもスゴイな!」

「そ、そうかな?」

 

 一方で咲耶も、リーシャのドレスローブ姿にお世辞ではなく、スゴイという感想を抱いていた。

 

「うん! スゴイ――ムネが」

「ムネよね」

「ムネ魔神」

「オイッ!!」

 

 ハッフルパフのシンボルカラーである黄色を多少意識したような淡いベージュを基調としており、普段の活動的な印象をガラリと変える露出度の高いドレス。肩や背中が剥き出しで、最大の特徴はリーシャのたわわな胸を活かすように大きく開かれた胸元だろう。

 モスグリーンのドレスを着たフィリスと露草色のドレスを纏ったクラリスからもマジマジと見られながらの言葉に、いつもであれば手を挙げて追い掛け回すところだが、今日のリーシャは顔を真っ赤にして胸元を隠した。

 

「う~~。やっぱし、これ胸元開き過ぎだよなぁ……」

 

 リーシャの魅力を最大限活かすために仕立てられたかのようなドレスだが、当のリーシャも流石に恥ずかしいのか赤い顔のまま自分の胸元を困ったように見ている。

 

「別にいいと思うわよ。とっても魅力的だし、ルークも喜ぶんじゃない?」

「う゛…………」

 

 このダンスパーティの話の前まであまり意識しておらず、しかしパートナーに誘ってくれた男子の名前を出されてリーシャは耳まで赤くして俯いた。

 今のはフィリスが茶化したわけではないのは分かるが、恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。

 フィリスと咲耶は微笑ましい顔でリーシャを見ていた。

 しおらしく女の子をしているリーシャというのは数年のつきあいになるが新鮮で可愛らしい。

 だが、こうも恥ずかしがっているとそのまま男子の前に放り出すのも酷に思え、咲耶はぽんと手を叩いて自分の鞄へとむかった。

 

「そしたらえーっと…………あった!」

 

 ごそごそと発掘していた咲耶は、一つの黒いストールケープを取り出した。

 薔薇模様のレースがあしらわれた少し大きめの肩掛けで、咲耶はふわりとリーシャの肩に羽織らせて、胸元で留めて大きなリボンのようにしてまとめた。

 

「これでどかな。踊るのにはちょい邪魔かな?」

「おお! いや! これでいい! これがいい! サンキューサクヤ!」

 

 少し大きいストールケープは、薄く透けてはいるが剥き出しの肩や背中を軽く隠すには十分な効果で、胸元でリボンのようになっていることで胸も適度に隠されている。

 なにより、黄系統の淡いベージュと黒の取り合わせはハッフルパフのシンボルカラーとも合わせがよく見えた。

 喜ぶリーシャに咲耶も嬉しそうに微笑み返した。

 咲耶とフィリスがそれぞれクラリスとリーシャの化粧を手伝った後に、自分の化粧も済ませると、時間はちょうどよい頃合いとなっていた。

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 グリフィンドール寮談話室。

 時代遅れの女性用ドレスローブのようなローブを悪戦苦闘しながら加工したロンは、やや襟や袖口をぼろぼろにしながらもなんとかレース無しの状態にしていた。

 おかげでハリー、ロン、シェーマス、ディーン、ネビルが部屋を出発して談話室に降りたころにはすでに女性陣は準備万端整えて待っていた。

 

 ハリーのパートナー、ジニーはピンク色のドレス、首元にはネックレスをつけており、赤い髪の毛を三つ編みにして後ろで結んでいた。

 

「えーっと……あの、ジニー。素敵だよ」

「あ、ありがとう」

 

 ハリーがぎこちなくジニーのドレス姿を褒めるとジニーはボッと耳まで赤くして俯いた。

 

「随分ボロボロだけど……部屋でナニしてたの?」

「なんでも!」

 

 一方で、ロンのパートナーとなったメルルは黒を基調とした動きやすそうなドレスを着ており、彼女の金髪がよく映えていた。

 ロンの袖や襟が詰めの甘い切断呪文の影響でボロボロなのを見て、メルルはなぜだか楽しそうにロンとハリーとを見比べており、ロンがいらいらとしていた。

 

 ちらりとあたりを見回すとハリーたちはかなり後発組らしく、メルル以外のアリアドネー組もイズー含めて談話室からは居なくなっていた。

 そして、ハーマイオニーの姿もない。

 

「あー……下に行こうか、ジニー?」

 

 ハリーが言うと、ジニーはこくんと頷いた。

 

 結局、ハーマイオニーが誰と行くことになったのかは、ハリーもロンも教えてもらえなかった。

 あれ以来、ロンは何度も隙を見てはハーマイオニーにパートナーについての探りを入れていたが徒労に終わった。

 

 パーティは盛大に飾りつけられた大広間を解放して行われるようだった。

 ハリーたちが行くと、そこにはすでに多くのペア、そしてパートナーがおらず壁の花となることを運命づけられた生徒たちがいた。

 

 やはり目立つのはボーバトン校のフラー・デラクールだ。

 彼女は他の女子ならば着せられている感が付きまとうような華やかなシルバーグレーのサテンのパーティローブを着こなし、レイブンクローのクィディッチチームキャプテンであるロジャー・デイビースを従えていた。

 デイビースは、普段であれば笑顔の甘いイケメン君との評価も高いが、フラーの横にあっては煤けて見えるほどにみすぼらしく、フラーの魅力に取りつかれて締まりのなくなった笑みはどう見てもかっこいいとは言えないものだった。

 

 そんな彼女に負けないくらい目立っているのはやはり…………

 

「—――― ハリー……ハリー?」

「えっ!? あ、何、ジニー?」

 

 とある少女に見惚れていたハリーは、隣からかけられた声に我に返って振り向いた。

 ジニーは不機嫌そうにハリーを睨み、はぁとため息をついた。

 

「やっぱりサクヤ綺麗ね。ニホンのドレスかしら?」

「う、うん。……たぶんね」

 

 ジニーは仕方ないといったように、ハリーが見惚れていた少女、ハリーとの恋仲を応援してくれていると同時に巨大な障壁になっているサクヤを話題に出した。

 サクヤは、ハリーやジニーには見たことのない類のドレスロースを着ており、ホールへとやって上がってきた彼女は、自分のパートナーを探してキョロキョロとあたりを見回していた。

 周囲のみんなも、サクヤの異裳に呆気にとられ、ついで男子生徒たちはその姿があまりにもはまっていることに見惚れている。

 キョロキョロとしていたサクヤはパートナーを見つけたようで――――

 

「なっ! ジョージ!?」

 

 そのパートナーが、ハリーの予想とはまるで違う人物だったことに驚愕した。

 

「あら? 知らなかったのハリー?」

「スプリングフィールド先生じゃないのか!?」

「先生は出張中よ。サクヤはこういう行事に出ないといけないからって、ジョージが誘ったのを受けたそうよ」

 

 ハリーは愕然として、サクヤとジョージのペアを見ていた。

 ジョージが何かの冗談でも言ったのか、サクヤはちょっぴり驚いたような顔をし――口元を抑えてクスクスと笑っている。

 自分の中の、どこか変なところがジワリと黒く淀んだような気がして――――不意に、サクヤはハリーとジニーに気付いて、こちらを見た。

 その顔には薄らと化粧が施されているのか、いつも以上にサクヤは可愛らしく見えた。

 サクヤはなにやらハリーたちの方を指さし(それがハリーだったのか、ジニーだったのかはハリーには分からなかった)、小さく拳を握ってから隣のジョージと腕を組むような仕草をした。

 ジョージは少し驚いたような顔になり――急に痛そうな顔をして飛び退いた。先ほどまでジョージが居たところに白い犬耳を生やした子供みたいなのが現れて、ジョージを睨んでいる。

 と、不意にハリーは自分の腕に何か柔らかいものが押し付けられたのを感じて振り向いた。

 

「え? じ、ジニー!?」

「………………」

 

 すぐ近くにジニーの赤い髪が広がっており、間から覗くうなじが妙に赤くなっている。

 ジニーはぎゅっとハリーの腕に体を押し付けていた。

 

「は、ハリー。わ、私……今日は…………」

 

 大勢の人の声にかき消されそうなほどに小さく、でもその声は奇妙なことにハリーの耳にしっかりと届いた。

 ジニーが抱きしめる腕にぐっと力が込められた。花のような香りが立ち込め、なんだかくらくらとしたような気分になった。

 

「い、行きましょう!」

「う、うん……」

 

 ぐいっとジニーに引きずられるようにしてハリーは足を進めた。

 ちらりとサクヤの方を見ると、赤い騎士服のようなローブを着た男子生徒が近づいていた—―クラムだ。そしてその横にはたくさんのフリルがついたピンク色のドレスを着た、ハリーの知らない可愛らしい女の子がいて、サクヤと親しげに話していた。

 

 

 

 

「うわぁ! ハーミーちゃん、めっちゃかわええ!」

「ふふ、ありがとう、サクヤ。貴女こそエキゾチックですごく素敵よ」 

 

 ふんわりとした桃色の布地のローブを着たハーマイオニーはいつもよりもずっと可愛らしく見えた。

 いつもはぼさぼさで無造作に伸びているクセのあった髪の毛は、優雅なシニョンに結い上げられており、緊張気味の微笑みは恥じらいを色として添えていた。

 

 咲耶の隣ではジョージがびっくりとした顔でハーマイオニーを見ている。(少し彼の距離が遠いのは、先ほど咲耶がジニーに発破をかけるつもりで抱き真似をした際、シロくんの鞘が、本人曰く“偶然”彼の脛をぶつけたためだろう)

 ハーマイオニーの横にいるクラムは、いかめしい顔をしているが、どこか緊張で強張っているように見えるのは気のせいではあるまい。

 クィディッチの有名プロ選手ならこんな学校の交流行事程度、ものの数でもないだろうに。ただ、その姿は彼もまた年相応の男の子なのだと感じさせられ、ごっつい体つきに反して少し可愛らしく感じられた。

 

「サクヤはハリーを見なかったかしら? ジニーと上手くやれているといいんだけど……」

「大丈夫! さっき仲良う腕組んどったよ」

「ならいいわ」

 

 咲耶の満面の笑みでの保証に、ハーマイオニーはくすりと笑った。

 

 周囲の生徒たちは、それぞれに約束の相手を見つけると大広間の方へと移動を始めており、咲耶たちもパートナーと連れだって向かっていった。

 その際、クラムはハーマイオニーに腕を差し出して紳士的にエスコートし、ジョージも同じようにしようとしてくれたのだが、足元で人化したシロくんが鞘を振り回し始めたので慌てて距離をとる羽目になっていた。

 

 美しくなったハーマイオニーの姿は、クラムの堂々とした紳士ぶりと相俟って大勢の視線――特にクラムの追っかけをやっていた女子の恨みがましい視線を大いに集めることとなったが、並び立つ姿はどこからも異論のつけようもない。 

 どうやらスリザリン寮で、クラムはパートナーを秘密にしていたらしく、スリザリンの生徒たちはぎょっとしてハーマイオニーを見て、何か文句を言おうとして、言葉にならずに押し黙っていた。

 


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