クィディッチシーズン第一節は、グリフィンドールとハッフルパフがともそれぞれ1勝をおさめる結果となった。
ハッフルパフとレイブンクローはどちらも留学生なしの接戦勝負であった。
最終的にはセドリックがレイブンクローのシーカー、チョウ・チャンからスニッチを奪いとることに成功して勝利したのだが、ゴール数は圧倒的にレイブンクローが勝っていたのだ。
勝敗を分けたのはレイブンクローチームのメンバーの士気のバラツキだろう。
フィリスの話では、麗しいボーバトンの女生徒たちを自寮に迎えたレイブンクローは、男子は良いところを見せようと張り切り、逆に女子はそんな男子に辟易していたのだそうだ。
「特にフラー・デラクールって子がすごいわ。レイブンクローの男子生徒全員が彼女にメロメロ。その分、女子の反感がすごくて、噂だとヴィーラの血が入っているからだ、なんて話よ」
他の留学生たち。
有名人であり、プロクィディッチ選手なだけあって威圧的な体格にもかかわらず、丁寧な応対と物静かな態度のビクトール・クラム。ダームストロングの他の生徒たちも、あまりよろしくない学校の評判とは裏腹に、来ている生徒たちは概ね礼節ある生徒たちだ。
そして、すでにホグワーツ4年目になっている咲耶はもとより、アリアドネーの留学生たちも亜人というインパクトある外見さえ乗り切れば友好的で、むしろ積極的に学校生活に溶け込もうとしている。
そんな彼ら、彼女らと比べると、ボーバトンの生徒、特にフラー・デラクールが反感を買うのも(無論それは彼女の魅力を受けていない女生徒のだが)無理はないだろう。
なにせ彼女は食事となれば「ボリュームがありすぎる」だの「味が雑すぎる」だの、廊下を歩けば「鎧が見苦しい」「飾り付けが陰鬱」だのと、文句をつけに来たのかといわんばかりの態度であったし、口調に訛りがあるのはクラムや咲耶も同じだが、彼女のそれは見下すような態度と相俟って、まるで赤子にでも話しかけているような鼻につく小ばかにした印象を周囲に与えていたからだ。(ちなみにアリアドネー組は基礎的な言語変換魔法なるものがあるらしく、言葉に不自由しているところはあまり見かけない。)
「たしかにデイビースのやつとか、試合中もなんか目がイッてたしな」
リーシャが先日のクィディッチの試合の際の、相手チームキャプテンの様子を思い出して苦笑交じりとなった。
セドリックがスニッチを掴んだから勝てたようなもののリーシャにとってあの試合は終始押されっぱなしだった苦しい展開の試合だったのだ。
その理由が留学生の女子にいい恰好をみせたかったから、というのではあまりいい気分がしない。
女性陣の酷評に、話を聞いている男子陣、セドリックとルークは顔を見合わせて肩を竦めた。この状況で口を挟めば、余計な火の粉が飛んでくるのが目に見えている。
ホグワーツ生らしく校訓に則って、眠っているドラゴンを遠巻きした二人には火の粉を向けずに、代わりに矛先はこの場にいたもう一人の男子へと向けられた。
「ところでクラムさん、この前のグリフィンドールとの試合の時、参加してもらいたいって話があったって聞きましたけど、出られなかったのはやっぱりプロの規定の縛りとかがあるからですか?」
以前学校案内の時以来、割とよく話すようになったビクトール・クラムへとフィリスは質問した。
「ヴぁい。それも理由にありました」
どうやら彼にとっては、スリザリンの寮でイギリス名家の生徒たちと交流を紡ぐよりも、魔法世界の留学生やホグワーツの一般的生徒、そしてニホンの留学生とバラエティに富んだメンバーと話をしていたいらしい。
N.E.W.Tの課題で図書室に通うことが多くなった咲耶たちと、なぜかよく図書室を訪れるクラムは遭遇する機会が多くなり、そのままおしゃべりに興じることも多くなっていた。
クラムとしても、学校としての評判から、純血主義の同士として見てくるスリザリン生や、まるで悪の手先とでも思っていそうな視線を向けてくることのある生徒たちよりも気が楽なのかもしれない。(なにせダームストロングは純血の魔法族しか入学させず、闇の魔術に力を注いでいるといったカリキュラムがあるためにあまり評判が良くないのだ)
「スリザリンとグリヴィンドールヴぁ、あまり仲がよくないと聞いていました。ヴぉくが出れば、ヴぁランスが悪くなって、いいことではないと、考えたのです」
クラムの答えた理由は、聞きようによっては、自分が出れば間違いなく勝っていた、と言っているようにも聞こえ(そしてそれは名声的にはおそらく事実)、思わずリーシャから対抗意識が漏れそうになった。
「でも、今ヴぁ後悔しています」
「後悔?」
だが、続けられたクラムの言葉に、リーシャだけでなくセドリックや咲耶たちも首を傾げた。
「グリヴィンドールのシーカー。彼ヴぁ、すヴぁらしい飛ヴぃ手です。ヴぉくヴぁ、ヴぉくよりも年下で、競いたいと思う選手を初めて見ました」
ビクトール・クラムから飛び出した評価と、その目が爛々と戦ってみたいと語っていることに、リーシャもセドリックも驚いた。
誰もが認める世界的なトッププロのシーカーが、学生の一人を同じ土俵で戦いた相手として見ていたのだ。
対抗意識を燃やしかけたリーシャも、実際にはハリーといえどもクィディッチではクラムと比べれば別次元だと思っていたのだ。
クラムに対しての失望ではなく、クラムを認めさせたハリーの強さに、リーシャもセドリックも驚いていた。
第71話 ホグワーツ恋愛注意報発令
12月も中頃になると雪が深くなりはじめ、薬草学の授業などで屋外の温室へと向かうのは寒さが堪えるようになってきていた。
「――それでは皆さん。お話があります」
危険な植物の扱いもだんだんと慣れてきて(もっとも慣れてきた時ほど危険なのだが)、今日も悪戦苦闘した授業が終わったころ、薬草学の教師を務めるハッフルパフ寮監の小太りの魔女、スプラウト先生がみんなの注意を集めた。
「クリスマスと冬季休暇の時期が近づいてきました」
スプラウト先生の言葉に、リーシャが小さく拳を握って喜びを露わし、咲耶やフィリスはクスクスと笑いを噛み殺した。
「冬期休暇が終われば、あともう3か月で留学生たちとは――今年の半期留学生たちとはお別れとなります」
スプラウト先生はちらりと咲耶を見て、言葉を訂正して言った。
ハッフルパフには今年度の半期留学生はいないが、咲耶たちにとっては魔法世界の友人たちと別れの時期が近づいてきていることを意味している。
少し寂しそうな咲耶を他所に、スプラウト先生は言葉を続けた。
「そこで、古来行われていた魔法学校同士の交流の伝統に則って、クリスマス・ダンスパーティが開催されます」
“ダンスパーティ”という言葉に、生徒たちが俄にざわめいた。
例年では、クリスマス休暇には生徒の多くは一時帰宅を選び、学校に残ることを選んだ少数の生徒たちだけが、広間で行われる先生たちとのクリスマスパーティを楽しんでいた。
そこでは料理などはいつもよりも豪華で、寮の垣根も(一応は)なく、飾りつけもクリスマス仕様となって楽しいのだが、ダンスパーティのような催し物はない。
「このダンスパーティは外国、異世界の方たちとの交流を一層深める機会であり、四年生以上が参加を許されます。また下級生を招待することが可能ですが、パーティ用のドレスローブの着用が参加する上でのドレスコードとなります」
今年度の学期前に届けられたふくろう便に、例年に無かったもの――正装用のドレスローブを準備すること―――が付け足されていて、多くの生徒たちは首をひねっていたのだが、その理由を生徒たちは理解した。—―――すなわち、ドレスローブの使い途だ。
ダンスパーティは12月25日、クリスマスの夜八時から夜中の十二時まで、大広間で始まり、玄関ホールまで開放して行われるとのことだ。主に女子生徒たちはくすくすと笑いながらその時を楽しみにするのであった。
クリスマスにホグワーツに残る希望者リストは、当然と言えば当然だが、例年になかったほど大勢の生徒の名前が書き込まれた。
そしてそれは咲耶の身近にいる友人にもおこっていたことであり、いつもであれば家族に気を遣ってクリスマスに残ることのなかったクラリスまでもが、今年のリストには名前が書き込んでいなかった。
「クラリスも今年は残るの?」
リストを見て、少しびっくりしたようにフィリスが尋ねると、クラリスはむっつりとして目を逸らし、こくんと頷いた。
もともとクラリスがクリスマスに必ず帰省していたのは、聖マンゴに入院していた両親のお見舞いに行っていたのと祖父母に心配させないようにとの理由からだったのだそうだ。
だが、昨年の夏に両親は“奇跡的に”退院。今では健康的に家で過ごしており、たしかに帰省する理由は薄らいだのだが……
なにやら唇を尖らせているクラリスを見てフィリスと咲耶がきょとんと首を傾げ、理由を知っているのかリーシャはくっくっと笑い噛み殺していた。
「リーシャ?」
「実はクラリスのお母さんが、クリスマスパーティのこと聞いてすっかりはしゃいだらしいんだよ。それでこの機会にボーイフレンドでも紹介し――あいてっ!!!」
にまにまとした笑い顔でクラリスの事情を説明していたリーシャは、クラリスから手痛い足踏みを受けることとなった。
涙目で睨んでくるリーシャからそっぽを向き、憮然とした顔となったクラリスはついで、友人へと話をふった。
「サクヤは?」
「リオンと行くつもりやよ」
「だと思ったよ」
クラリスの問いにまったくぶれることなく、ニコニコ顔で先生の名前を出した咲耶に、リーシャやフィリスは呆れ交じりの微笑み顔となった。
普通こんな楽しそうなイベントに先生を連れ込もうとは思わないが、そこはサクヤテイストというところなのだろう。
「それじゃあ今から行ってみる?」
フィリスの提案により、ハッフルパフの談話室を出た咲耶たち。
目的地は勿論リオン・スプリングフィールド先生の研究室であり、通いなれた階段に向けて歩いていると、廊下の壁に知り合いが一人、誰かを待っているかのようにもたれかかっているのを見つけた。
ホグワーツの制服、おそらくダンスパーティの告知がなされた時に、ハリーやセドリックと並んでホグワーツの女生徒の期待を最も多く集めた男子生徒。同じ決闘クラブの友人のディズ・クロスだ。
「あれ? ディズ君どないしたん?」
「サクヤ」
はたして待ち人が来たといった風にディズはスッと壁から身を起こし、いつも通りのにこやかな笑顔を向けた。
咲耶の足元で子犬形態のままついて来ていたシロくんがぴくんと反応して、唸り声こそ上げなかったものの警戒するように睨みつけていた。
ディズは咲耶を見て――ちらりとその友人たちを見て、それから言葉を選ぶように困ったような表情をした。
咲耶がきょとんと首を傾げ、一方でフィリスはピンときたのか、「少し外しましょうか?」と気を利かせて尋ねた。
「ん、ああ……いや。いいよ。すぐ済むから」
だが、それでディズの方も肝が据わったのか、一度大きく深呼吸すると真摯な表情を咲耶に向けた。
その顔つきに、流石のリーシャも察したのかここに居ていいのかと居心地悪そうにしているが、クラリスは動く気はなく、フィリスは一瞬驚き、そしてわくわくとした顔で成り行きを見守る気満々だ。
「……サクヤはクリスマスパーティ、スプリングフィールド先生と行くのかい?」
「うん」
逡巡するように少しの間の後に問われた質問に対する即答。当然と言えば当然の咲耶の返答。
「そっか。それならいいんだ」
ディズはその答えにほっと息をついたように見えた。彼は「それだけだから」といつも通りのにこやかな笑顔でその場を後にした。
「なんやったんやろ?」
「…………」
「そりゃあ……」
キョトンと不思議そうな顔をしてディズを見送る咲耶に、クラリスとリーシャも生暖かい顔となり、フィリスは仕方ないとばかりに溜息をついた。
「まぁ、彼ならすぐに相手見つけられるから大丈夫でしょ」
友人たちが居るにもかかわらず堂々とクリスマスパーティの話をしてきた度胸をかうべきか、肝心の言葉をかけなかったことを不甲斐無いと判じるべきか。いずれにしても咲耶が頷くことはなかっただろうから、責めるだけ野暮というものだろう。
フィリスは嘆息しながら分かっていなさそうな咲耶を見た。
なぜディズがあんなことを聞いて来たのか。咲耶にはその理由が分からなかった。――――少なくとも、彼が自分に好意を向けている訳ではないことは、ダンスパートナーの申し込みをしているというのではないということだけは、分かったから。
途中ちょっとしたイベントが発生したものの、到着した目的地――リオンの部屋にて
「俺に、クリスマスを祝えと? 俺に」
ほわほわ顔でクリスマスダンスパーティの件を話した咲耶に、返ってきたのが非常に呆れたとばかりの言葉と、フィリスたちから見て極寒と評することができる眼差しであった。
そういえば、いつぞやクリスマスはこの先生の嫌いな日だったという話を聞いたりしたことがあったような気もしたと、フィリスはぼんやりと思いだしていた。そして咲耶はよくあの視線と迫力を間近に受けて怖気づかないものだと、頬を引き攣らせていた。
しばし無言でにらめっこを――ただし一方はニコニコ顔だが――していたリオンは「はぁ」とため息をついて視線を逸らした。
「あいにく忙しいんでな、そんなのに出ている暇はない」
しっしと手振りで追い払う真似までしてお願い事を却下したリオンに、咲耶はガンッとショックを受けた顔になり、足元ではシロくんが主を泣かせるなとばかりに柳眉を吊り上げてジィッと睨み付けていた。
しょんぼりとした咲耶の肩にリーシャがぽんと手を置いて、なにやら忙しそうにしているスプリングフィールド先生の部屋から退出を促そうとし、
「咲耶。話しがあるからお前だけ少し残れ」
後ろから声がかけられて振り返った。
リーシャたちには先に寮へと戻ってもらうと、部屋では咲耶がリオンと向き合うこととなった。足元のシロは不機嫌そうに尻尾をぶん、ぶんと揺らしており、童姿ならばむくれていそうな雰囲気。
リオンは、目を落していた仮想モニタを指の一振りで消し去ると顔を上げて咲耶へと向き直った。
「……咲耶。今回は本当に忙しいんだ。野暮用でな。おそらく俺はここにいない」
「うん」
リオンと一緒にクリスマスを過ごせるという期待を抱いていただけに、残念な思いは消えないが、その彼の真剣な表情は偽りや誤魔化しを言っているわけではないと信じられた。
「数日中に、俺はしばらくここを離れる」
ただ生徒と先生だから、などという括りから拒否したわけではない。慰めにはならないが、少しだけほっとして、リオンが離れると聞いてその分、少し悲しさに胸がつきりとした。
忙しくて一緒にはいられない。
その理由は今までで何度も聞かされてきた言葉で――自分がまだまだ子供だと言われているような気がするから。
「代わりが来ることにはなるが、念の為だ」
リオンはすっと席を立ち、咲耶へと歩み寄った。彼の手がスッと咲耶の首元へと伸び、内緒話をするようにその顔が耳元に寄せられた。
満月からやや欠けた、立待月の影響で口元には八重歯のように尖った牙が微かに覗くほどに近づき、恐れではない別の気持ちから心臓がどきどきと跳ねた。
「もしも何か起こって、本当に危ない時、―――――――――」
吐息が感じられるほど近くで、誰かに聞かれることを忌避するように微かに、しかしたしかな声で告げられた言葉に、咲耶は意味が分からずにキョトンとした。
「? はく――」
リオンの顔が遠のき、先程の言葉の意味を反駁しようとした咲耶だが、その口元を覆うように掌を当てられ、言葉が遮られた。
「言葉にするな。いいか。どうしようもなくなったときだけ使え」
深刻な顔で見下ろすリオンの言葉に、咲耶はこくんと頷きを返した。
シロの尻尾が、不機嫌そうに揺れていた。
「まさかスプリングフィールド先生が断るとはなー。ちょっと意外……でもないのか?」
「でも話ってことはやっぱり気にはかけているのかしらね」
ハッフルパフの談話室へと戻るリーシャたちは先ほどの顛末に意外感を覚えて残念そうにしていた。
もちろんあの先生は誰にでも優しいというわけではないし、咲耶に対しても態度はつっけんどんな冷たい印象があるが、それでも咲耶のことに限ればかなり優しく、気をつかっていたのを見てきた。
咲耶の許嫁というのがどこまで本当かはともかく、好意自体は抱いていると見ていただけに、そして、咲耶の一途さを知っているだけに残念だ。
せめて今話している内容が咲耶のしょんぼりを少しでも和らげることを期待するとしよう。
「あ、あのっ!」
「おぅっ!!?」「きゃっ」
不意に、柱の影から人が飛びだして来てリーシャたちはギョッと跳び退った。声をかけてきたのは見覚えのあるグリフィンドールの下級生、丸顔の男の子。
「えーっと……たしか、グリフィンドールのロングボトム、だよな。どした?」
いきなり声をかけてきたネビルに驚きつつもリーシャが尋ねた。
「えっと。その…………」
だがネビルは声をかけたのはいいが、3人からの視線にさらされるのは覚悟不十分だったのか、同じような状況で平然としていたディズとは違い、しどろもどろになって救いを求めるようにちらちらと視線を一人に向けた。
ネビルが視線を向けた一人。
「フィー、リーシャ、先に戻ってて」
「え?」
クラリスは特に普段とテンション変わらず二人に場を離れるように求めた。
クラリスとロングボトム。この組み合わせが意外だったのか――というよりもクラリスに浮いたっぽい話が急浮上したことが意外だったのか、フィリスが二人に視線を行き来させた。
フィリスからそういう方面の疑惑の視線を向けられた少年は挙動不審さをさらに上乗せしていた。
「……分かった。行こうぜ、フィー」
その場に残っていたそうなフィリスだったが、結局、リーシャがフィリスを引っ張ってその場を後にした。
残してきたクラリスとロングボトムの方をちらりと見ながらフィリスはリーシャに尋ねていた。
「意外だったわね。あんまり彼、積極的なようには見えなかったのに」
「まあ、あとで聞こうぜ。ところで、フィーはいいのか?」
「なにが?」
二人は地下の廊下にかけられた梨の絵の前を通り過ぎ、柱の陰に山と積まれている樽の一つをこんこんと叩いて、談話室へと入った。
「あ、いや~……そのさ。フィーって今誰かと付き合ってるのかなーって」
自分からふっておいて、こういう方面の話は苦手なリーシャはらしくもなく、もじもじと照れていた。
いつもは男勝りで活発なリーシャの女の子らしい顔。
自分に対してそんな顔をしてどうするとフィリスはこれみよがしに溜息をついた。
談話室から自分の部屋に入った。人が居る中ではできない会話もここなら問題なくできる。
「アンタに心配されなくても私は大丈夫よ。むしろあんたはどうするのよ? セドリックのこと」
「!!? な、なんで!」
部屋に入ったリーシャは、思いもよらない名前がでてきたことで、ぎょぉっと盛大に飛び退った。
なんだそのリアクションはと思いつつも、とりあえず自覚はあるということは確認できた。
「セドリックのこと誘わないの?」
もう一度、落ち着いた声で尋ねると、リーシャはしばらく意味不明に手をあたふたと動かしていたが、ひとしきりあたふたしたら少し落ち着いたのか、茶化す様子もなく尋ねているフィリスを見て、顔を真っ赤にしてすとんとベッドに腰掛けた。
腰を落ち着けたら落ちつけたで、今度は「う~う~」と唸りながらなにやら百面相をし出しており、フィリスはとりあえず自分のベッドに腰掛けてしばらくリーシャを眺めることにした。
「………………いつから、気づいてたんだ?」
「アンタが自覚するよりも早かったことだけは確かなんじゃない?」
真っ赤な顔で涙目になって尋ねてきたリーシャに、フィリスは呆れ混じりに返した。
ついでにそれ以外も、という言葉はひっこめておいた。
そっちの方は、おそらくまだ気づいていないだろうし、自分が口を出すことではないだろう。
それにすでに十分キャパシティいっぱいになっているようなので、あえて混乱した頭に今追い打ちをかけることもあるまい。
リーシャは今度はすくっと立ち上がって意味もなく部屋の中をうろうろとしだした。
う~う~と唸りながらフィリスの前を二度三度と横切ってなんか色々と考えているらしい。
「……………………。 よし!!」
しばらくうろうろとしていたリーシャは、ようやく何かを決意したのか、ぐっと拳を握って立ち止まり――――直後、部屋の扉が開いた。
「ただいまー」
「セドのことダンスに誘う!!」
自分への宣言を高らかに口にした瞬間、時間が止まったように感じられた。
「…………」「…………」
「…………おかえりなさい、サクヤ、クラリス」
「ただいま」
咲耶とリーシャの間に沈黙が流れていた。
ギギギと錆びついたブリキのような動きで首を巡らして見ると、扉の所には先生の用事が終わって戻ってきた咲耶と、途中で合流したのかロングボトムからの用事が終わったクラリスとが一緒になって帰ってきていた。
お互いに、奇妙なほどの沈黙が間を流れた。
――――あ、マズイ――――
リーシャがそう思った瞬間、咲耶の顔ははぅるん! と輝いていた。
「リーシャ、セドリック君のこと誘うん!?」
「あーあーあー!!」
キラキラした瞳で詰め寄った咲耶。リーシャは両耳を防いで懸命に聞こえないふりをして逃げ回ることとなった。
・・・・・・・・
ひょこん、と柱の影から頭が一つ飛びだした。
「どかな?」
その下からまた一つ、ひょこんと頭が飛びだした。
「セドリック一人……ルークはあたりに見えない」
反対に上からもまた一つ、ひょこんと頭が飛びだした。
「見たくないんでしょ。とりあえずリーシャ。場は作れたんだからちゃんとやんなさいよー」
咲耶とクラリスとフィリスが柱の影から団子のように顔を覗かせ、一組の男女の会話の様子を覗き見ていた。
リーシャとセドリック。
寮も学年も同じで、同じクラブに所属しているからセッティングすることはそう難しくはなく、唯一の懸念はセドリックとしょっちゅう一緒にいるルークの動向だったが、その彼の姿は少なくとも見える範囲にはない。
「それにしてもリーシャ、かわえーなー。めっちゃ照れとる」
出歯亀している咲耶は口元を手で隠しながらほっこりと微笑んだ。
三人が見守る先で、セドリックと対面しているリーシャは顔を赤くしている。二人の会話はまでは聞こえないが、リーシャが何かを思いきって伝え、セドリックはびっくり、と驚いている。
咲耶が初めて話したハッフルパフの友人リーシャと、いつも優しく紳士的なセドリック。
リーシャはセドリックにしょっちゅうクィディッチのことで突っ掛かって、対抗心を燃やして、けれども試合の時は凄く信頼しあっていた。
二人とも咲耶にとって大切な友人で、上手くいってほしい。
驚いていたセドリックは、しかし次いで、申し訳なさそうな顔を見せて何かをリーシャに告げていた。
リーシャの顔が、今まで見たことがないような泣きそうな顔になり、その顔が俯いた。
セドリックがまた何かを伝えようとして、リーシャは二度三度、首を左右に振り――
「? …………あっ、リーシャ!?」
セドリックに背を向けてリーシャが逃げるように去った。
逃走したリーシャはほどなく寮の寝室で丸まっているところを発見された。
「リーシャ。リィーイシャ」
ひとまず昼間からベッドにもぐりこんでいたリーシャを談話室まで引っ張り出して、ぐだらせるままにしておいた。
「ぅう゛~……」
「情けないわねぇ。別に今回フラれたわけじゃないのに」
あの後、フィリスはセドリックと話をし、それによりやりとりの一部が伝わったのだが、やはりリーシャのダンスの誘いは拒否されたのだそうだ。
ただそれは、リーシャ“が”拒否された、というわけではないらしい。
セドリックにはすでにダンスのパートナーが決まっていたのだそうだ。
「出遅れたリーシャの問題。何のための胸だか」
「お前ら慰める気あんのかよ!?」
やれやれと毒を吐くちっこい友人に、リーシャはがばりと身を起こした。
「だから厨房から色々もらってきたでしょ、ほらホットココアよ」
むくれるリーシャにフィリスは湯気のたつ温かなココアが入ったマグカップを手渡した。ほかにもリーシャを元気づけるための会でも開くつもりなのか、屋敷しもべ妖精お手製のお菓子がいくつか置かれている。
「だいたいダンス断られたのだったらサクヤだって同じなんだから、アンタだけいつまでも沈まないでよ」
「あー……ワリ、サクヤ」
フィリスの言葉に、リーシャはバツ悪そうに咲耶に謝った。咲耶はほわほわ顔で「気にせんでええよ~」と軽く手を振った。
「それよりセドリック君の相手って誰なん?」
咲耶は気になっていて、しかし先程までの轟沈していたリーシャの手前聞くことを遠慮していたことを尋ねた。
たしかにセドリックは咲耶から見てもイケメンくんだし、頭もよく、紳士だ。
咲耶自身は恋愛対象とは見てはいないが、純粋にカッコいいと思うし、同じ決闘クラブのディズ君と並んで女子から人気がある、というのも納得ではある。
「レイブンクローのチョウ・チャンだってよ」
「あー……あの子ね~……」
セドリックから御断りの理由の際に教えてもらった子の名前に、フィリスは頬を引き攣らせた。
たしかに、セドリックに気があるようなそぶりを見せていたし、そんな噂を聞いたことがあった。
アプローチをかけられたセドリックが自分からダンスに誘ったか、誘われたのを受けたのか。最終的にどちらから言いだしたのかは分からないが、自分に向けられた熱烈な好意を無下にあしらうようなことはできなかったのだろう……案外好意があったのかもしれないとは、友人の手前考えないでおくが…………
「一学年下のレイブンクローの子よ。クィディッチチームのシーカーの」
「おぉ~」
小首を傾げていた咲耶にフィリスが教えると、咲耶はぽんと手を打った。
咲耶と同じ東アジア系の黒髪の女の子で、魅力的な子だったとぼんやりと思い出せた。
名前が出てきて、また陰鬱さがぶり返してきたのかむっつりとしてココアに口をつけた。
リーシャ自身、クィディッチのライバルであるチョウ・チャンにはそれほど悪感情はないが、今は流石にその名前を聞いて心穏やかにはいられない。
「よっ。なに楽しそうなことしてんの?」
そこに、いつもはセドリックの横から聞こえる声が聞こえてきて、リーシャはびくぅっ! と身を震わせた。
恐る恐る振り返ると、覚えのある声のとおりルークがいた。プチ宴会のようになっているのに引かれてやってきたのだろう。
リーシャは彼の後ろに素早く目をやって、そこにいつもは一緒にいる人の姿がないことにほっと安堵した。
「いいだろー、別に……」
ぷい、とそっぽを向いてリーシャは誤魔化すようにまたマグカップに口をつけ――すでに空になっていることに気が付いて眉を顰めた。
ふんっとそっぽを向いたリーシャを見て、ルークは問うような視線をフィリスに向けた。
フィリスが肩を竦めるジェスチャーをするのを見て、ルークはもう一度リーシャに視線を戻した。
いつもとは違い、どこか覇気がなく、躍動するようなリーシャらしさがなりを潜めている。
リーシャはじっと見つめてくるルークの視線に居心地悪そうにして、フィリスたちが持ってきてくれたパイに手を伸ばした。
咲耶はリーシャをじっと見つめているルークをキョトンとした顔で見上げた。ルークはなにやら緊張しているかのように深呼吸し、ゆっくりと口を開いた。
「その、さ。リーシャ。よかったらダンスパーティ、一緒に行ってくれないかな?」
「………………は?」
パイに伸びたリーシャの手が空中で止まった。
何を言ったのか理解するまでに時間がかかったのか、リーシャはぱちくりと目を開けて、立ったまま自分を見下ろしているルークを見返した。
「ダンスパーティ。相手いなかったらでいいんだ」
フィリスは「へぇ」というように口元に手をあてて微かに笑みを浮かべており、咲耶はぽかんと口を開けており、クラリスは我関せずとばかりにリーシャが手を伸ばしていたパイを掠め取った。
「はえっ!!? な、ななな、なんで!?」
言葉を繰り返されたリーシャが、数秒遅れて意味を理解して大いに動揺し、ズザァッと飛び退った。
恋のライバルに先を越されて落ち込んでいたところに、別の方向からの急襲を受けたのだ。“そういう方向”に思考が寄っていたこともあり、リーシャもルークの意図を“ちゃんと”理解したようだ。
「俺がリーシャと行きたいから、だよ」
その言葉は間違いようもなく、リーシャを見つめるルークの顔も、見間違いなく真剣なものであった。
もぐもぐとパイをほおばっているクラリスの横で、咲耶が満開の花を咲かせるようなきらきらとした笑顔となっていた。