春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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第1回精霊魔法講座

 魔法世界で広く用いられている系譜の魔法、以降精霊魔法は旧世界土着の魔法とは多少系統が異なる。

 

 魔法の発動のために、魔法生物の肉体の一部を芯とした杖を必要とするこちらの魔法に対して、精霊魔法では魔法発動体は比較的自由度が高い。ただ、基本的には発動体を介して魔力を魔法にアクセスするという点では似ている。

 

 しかし一口に魔力といっても魔法世界側の視方では大きく分けて2種類に分かれる。

 

 自然のエネルギーを精神の力と術法で人に従える“魔力”

 人に宿る生命のエネルギーを体内で燃焼させる“気”

 

 どちらも万物に宿るエネルギーを用いるという点では同じだが、魔力では精神力を、気では体力を消耗することになる。

 その観点からこちらの魔法を見ると両者の間に存在しているモノであると言えるだろう。

 

 精神的な術法によって体内に宿る魔力を用いている。

 

 ちなみに、術者自身の生命エネルギーを燃焼させる気の使用は非魔法使いであっても習得している者が稀に存在し、魔法発動体を必要としないというメリットがあるが、一般的に精霊魔法ほど大規模な現象は引き起こせない。

 一方、発動体を必要とする精霊魔法は、様々な術法を介し、精霊を従わせて魔法を発動するため気よりも時間がかかり、発動体が必要となる。だが、万物に宿るエネルギーを用いることができるため術式によっては戦略クラスの大規模な魔法も可能となる。

 

 

 第7話 第1回精霊魔法講座

 

 

「―――というところから、貴様らが使っている杖を媒介に精霊魔法を用いることはできるが、基本的な材質が違う魔法発動媒体を使ってこちらの魔法を使う事はできん。ここまでで質問は?」

 

 金曜日。咲耶やリーシャたちが楽しみしていたリオンの精霊魔法入門講座ではこちらの魔法と精霊魔法の大まかな違いを説明されていた。

 

 非常に簡素なリオンの自己紹介から始まり、ひとまずの違いを述べ終えたリオンは一度区切って教室を見渡した。多くの生徒は困惑したように隣の生徒と顔を見合わせたりしている。

 

「先生。具体的に精霊、というのはどういうものなんでしょうか?」

 

 ハッフルパフ、セドリックが挙手と共に質問をして、リオンはそちらを一瞥した。

 

「いろいろだ。四大属性と呼ばれる火の精霊や水の精霊、土、大気の精霊から光の精霊のような基本属性の精霊もいるし、小物を動かす精霊や占いの精霊なんてものもいる。魔法世界ではこちらの魔法族の暮らしのように、そういった基本魔法を使って生活している。戦闘用や大規模魔法になれば難易度は上がるが、基本的にはそういった精霊を集めて使役することは変わらん」

 

 ホグワーツで教わる魔法は呪文が、杖を介して魔力を魔法に変換するため呪文が短く、直接的な言葉となるが、起こせる現象は気よりも大きいが、精霊魔法ほど大きくはない。一方精霊を介する精霊魔法は大規模な魔法も起こせるが、長い詠唱を基本とする。

 

 続けられた説明にセドリックは頷きながらノートをとった。

 

「生活に関連した魔法に差異は、まああるが、魔法自体はこちらも魔法世界も大差ない。まず最初は属性魔法を中心に行う。……と、まあ色々と説明から入ったが、やってみるのが一番てっとり早い」

 

 もちろんホグワーツで教わるタイプの魔法でも火や水に関わる魔法もある。だがそれは属性として系統立てられているわけではない。

 

「最初に教えるのは火を灯す魔法だ。個々人によって得意な属性、系統があって差があるが、ひとまず火の魔法から入るのが一般的だ……なんだ?」

「なんで火からなんですか?」

 

 座学中心の説明からいよいよ実技へと移ろうとしたリオンだが、挙手した生徒、グリフィンドールの生徒によって遮られた。

 

「導入魔法自体はいろいろな属性ごとにある。だが、神話的に火は知的技術の発生に密接で重要な役割を持つとされる。精霊魔法においては火の習得から始めること自体に意味があるんだよ。あとは単純な話、いくつかの基本属性中、火は比較的容易な魔法だからだ」

 

 一応、初等魔法から教わっているはずの咲耶は、リオンの説明になんだかほえほえとした表情で聞いており、傍で見ているリーシャやフィリスは不安感を覚えたという。

 

「他に質問がないならいくぞ……精霊魔法の呪文は基本的に二つの要素から成り立つ―――」

 

 魔法使い個々に設定する始動キーと呪文の本体

 

 始動キーの設定には長い儀式が必要となるし、魔力通路の扉の鍵となるためにその設定は極めて重要な意味を持つ。しかし個人のインスピレーションに基づいて設定するので、設定は当分先になる。

 

「サクヤも始動キーっていうのあるの?」

「うん。けど設定できるようなるまで結構かかったわぁ」

 

 リオンの話を聞きつつ、フィリスは一緒に座っている咲耶にもちょこちょこ質問をしていた。

 

「今回は初心者用共通の始動キーを使う。キーはプラクテ・ビギ・ナル、だ。火を灯す呪文は『火よ灯れ(アールデスカット)』」

 

「あれ? リオンも杖買うたんや」

 

 実践するために自分の杖を取り出したリオンだが、その杖を見た咲耶は首を傾げた。

 

「ん? 普段はあの杖じゃねーの?」

「うん。普段は指輪か、杖やったら身長くらいのでっかい杖使うてたし」

 

 咲耶の呟きにリーシャが視線を向けて問いかけた。リオンが持っている杖は、ホグワーツではごく一般的な25㎝前後のワンドだ。

 

「へー、そういう杖もあるんだ……おっ、ホントについた」

 

 実演の手本のため、リオンも初心者用始動キーと小杖を使い、軽く杖を振るいながら火を灯す呪文を唱えた。指揮棒のように流れる杖の先に加減された小さな灯りが灯った。

 

「慣れれば火力を調節することもできるが……まあとりあえずやってみろ。次回までの課題とするから、できたやつから今日の授業は終了だ」

 

「まじ!? よっしゃ、いくぞ!」

「次回までの課題……サクヤ、結構難しいの?」

 

 授業時間はまだ半分も到達していない時間。にもかかわらず終了の区切りをつけたリオンに幾人かの生徒が驚きの声を上げ、リーシャもまた張り切って杖を振るいだした。だが、その難易度の高さを推測したクラリスは咲耶に確認をとるように問いかけた。

 

「ふつうやったらここが一番大変なんよ。魔力のつかみ方とかわからんし」

「杖を介して、自分と世界とを一つにする感じ、だったわよね」

 

 習うよりも慣れろを推進しているリーシャはともかく、クラリスとフィリスは経験者の言葉とリオンの講義を思い出しながら進めようとしていた。

 

 まったく魔法を発動させたことがない者がまず最初に躓くのがここである。それは誰でもが容易に魔法を習得できないようにするためのボーダーラインのようなものであるからなのだが、少なくともここに集う子供たちは、系統こそ違えど、精神力をもって魔力を操る術を2年間学んできた魔法使いの卵たちだ。一般人が0から覚えるよりは早いだろう。

 

 だが……

 

「でねー」「でない」「灯らないわね」

 

 しばらく自由にさせておくつもりなのか、教室のあちこちで呪文が唱えられてこそいるが、まだ発動に成功した者は0だった。

 

「サクヤ~。なんかコツねーの?」

「コツ、コツなぁ……んー」

 

 ホグワーツで教わる魔法は呪文さえ正しく唱えられれば効果が不明であっても大概は発動するし、よしんば多少間違えた場合でも、間違った現象として発動することが多い。

 しかし今回のこの呪文ではまったく、誰一人として魔法的な現象を引き起こせていなかった。

 

「なかなかうまくいかないのね」

「サクヤ、やってみて?」

 

 とっかかりを求めたリーシャのみならず、フィリスやクラリスも咲耶に頼んだ。彼女たちの周囲に座っている生徒たちも、何かヒントが得られるかもと期待の目で留学生に視線を向けた。

 

「ええで~。ほな……アステ」「おい、バカ」

 

 クラリスのお願いに、それまでアドバイスのみしかしていなかった咲耶が頷き、懐から扇子を取り出した。そしてやる気満々で呪文を唱えようとして、その扇子の動きを先生に遮られた。

 

「えっ? なにすんのん? リオン……センセ」

 

 遮られた咲耶は少し不満そうにリオンに振り向き、睨み返されたことでいつもの呼び方から敬称を付け直した。

 

「お前だけ自分のキーを使うな。こっちの杖と初等用のキーでやれ」

「ほぇ? あ、ほうか、ほうか」

 

 わざわざリオンが小杖を使ったのも、問題なく発動できることを実演するためだったのだろう。そのことを思い出した咲耶はてへっと頭をかきながら小杖をとりだした。

 

 こちらの杖で精霊魔法を使うのはこれが初めて。

 それでも失敗するわけにはいかない。

 ここで失敗すれば、リオンの授業に対して不信感を招いてしまう。

 

 咲耶はいつも以上に神経を集中させ、軽く息を吸い

 

「プラクテ・ビギ・ナル、『火よ灯れ』!」

 

 呪文の詠唱と共に、軽やかに杖を振るい、見事その杖の先に火を灯した。

 

「おぉー」

「……なるほど」

「分かったの、クラリス?」

「……」

 

 ただ火を灯しただけの、ルーモスという光の呪文と大差ないものながら、それでも異なる魔法の発現に、これまで苦労していた生徒たちは感嘆の声をあげた。

 ただ、それでヒントを得たかと言うと、呪文は間違っていないということを再確認できた程度ではあるのだが。

 

 上手くできた咲耶はほっとした様子からリオンに振り向き、嬉しそうな顔を向けるが、

 

「普通ならここまでくるのに早くて一月、といったところだが、魔力の知覚と制御はそこそこできてるんだ。他の連中も早ければ来週までに発現できるやつはいるだろ」

 

 リオンは素っ気なく、視線を逸らした。

 教師と生徒。立場の違いがあることは既に何度も言われていたし、もともとこの程度のことで褒めてくれるとは思ってはいなかったが、それでもあからさまに素っ気なくされると寂しさを覚えずにいられない。

 しょんぼりしている咲耶だが、

 

「よーし。サクヤ! ちょっと私の見てよ!」

「はぇ?」

 

 ぴょんっと背後から抱きつきながらリーシャが笑いかけてきて、気の抜けた返答を返した。

 

「なーに? リーシャ妙にやる気満々じゃない?」

「まーね。なんとなくこれだったらクラリスよりも早くできそうな気がするんだ、私」

「む……」

 

 普段の授業はお世辞にもマジメとは言えないリーシャだが、この授業にはなにやら理由不明のやる気と自信があるらしく、大抵の科目で負けているクラリスを挑発するような言葉を言いながら朗らかに笑っている。

 

「そしたらクラリスより先にサクヤとおそろいだしねー」

「負けない」

 

 ウィンクを向けるリーシャに、クラリスは静かな闘気を燃え立たせており、フィリスは乾いた笑みを浮かべている。

 

「ってことで、なんかコツ教えてー、サクヤ!」

「あはは。そやね~――――」

 

 微笑みかけてくれる友人がいるから

 咲耶は淋しさが押し流されてほんのりと胸が暖かくなるのを感じた。

 

 

 ちなみに。

 結局、授業中に火を灯すことができた者はおらず、全員に要練習の課題が出された。

 

 

 ・・・

 

 

「はー。なんか疲れたなー」

「謎の疲労」

「ほんとね」

 

 授業が終わり、火を灯すことができなかった残念感を感じているリーシャたちだが、クラリスもフィリスも授業によるしんどさとは別の疲労を覚えていた。

 

「多分発動はせんかったけど魔力はつこたんやと思うえ」

「それって魔力が足りないってこと?」

 

 疲れといっても肉体的な疲労というよりも精神的な疲労のようで、咲耶の見立てにフィリスはややげんなりとした顔で尋ねた。

 

「ううん。多分精霊さんとの感応の仕方が慣れてへんからやと思うわ。……!」

「今日のが入門魔法……難しい」

「そういやサクヤはさ。どのくらいの魔法まで……サクヤ?」

 

 1年生の最初の授業でも1人くらいは魔法を成功させる者はいるが、精霊魔法において発動成功者0というのは、2年間魔法学校で学んできたという自負がある分、なかなかにショックのようで、クラリスも少し悔しそうだ。

 

 今の所、咲耶の魔法の腕前は入門用魔法は失敗なくこなせるということしか分かっていない。どのくらいの魔法を扱えるのか問いかけようとしたリーシャだが、先程まで真後ろを歩いていた咲耶が離れていることに気づいて振り返った。

 

「なにしてるの、サクヤ?」

 

 見ると咲耶は通路の端の方にしゃがみこみ手を伸ばして何かをやっている。フィリスたちが近寄ってその手元を見てみると、

 

「えへへ~。ネコちゃんや~」

 

 灰色の毛並、黄色の瞳をもつやせた猫を咲耶は撫でており、なにやらすっかり手懐けているのか、猫は気持ちよさそうに仰向けに寝転がって、咲耶の手の感触を楽しんでいた。

 

「ネコっ…、サクヤこいつ!」

「ミセス・ノリス」

 

 撫でているものが、管理人フィルチの飼いネコであるミセス・ノリスであることに気づいたリーシャが鋭い声を上げ、クラリスの眼も無表情のものからさらに冷たさを増したようになった。

 気持ちよさそうにしていたミセス・ノリスはリーシャの大声に気分を害したようで、ぶすっとした顔になると咲耶の手から逃れて去って行った。

 

「あ~ん、行ってもた」

「行ってもた、じゃない!」

「サクヤ、誰かにあの猫のこと聞いてないの?」

 

 去って行った猫を見送りながら咲耶は物寂しそうにしており、生徒の天敵とも言うコンビの片割れとじゃれていた咲耶にリーシャとフィリスは呆れを滲ませた。

 

「誰かの飼いネコなん? 野良ちゃうよな?」

 

 小首を傾げている咲耶の様子に、フィリスは額に手を当てて頭痛を堪えており、リーシャもがっくしと肩を落した。

 

「なわけないでしょう……」

「ミセス・ノリスはフィルチの猫」

「ノリスちゃん?」

「ちゃんはいらないって!」

 

 事情を知らなそうな咲耶にクラリスが平坦な口調で説明をしているが、あまり好きではないらしいということは分った。リーシャに至ってはあからさまに嫌っている。

 

「随分懐いてたみたいだけど、いつの間に手懐けたの、サクヤ?」

「リオンのとこから帰る途中で会うたんよ」

 

 咲耶がホグワーツに編入してから数日。1,2年分の知識量に乏しい咲耶はほかの生徒とは異なり、各教科から大量の追加課題を出されていた。

 そのため放課後になると咲耶は、監督官であるリオンの部屋を訪れて学習をこなしていた。先日は迎えに行ったが、だいたいは咲耶が一人で往復している。どうやらその途中で知らずに手懐けたらしい。 

 

「だからってなんで、ノリスとなんか……」

「ネコ見るとリオンみたいでほっとけへんのよ」

 

 自由を愛する生徒にとって忌々しい限りのネコと、知らなかったとはいえ友人が親しくしていたことに顔を顰めるリーシャだが、咲耶はのほほんとした調子のままだ。

 

「スプリングフィールド先生?」

 

 咲耶の言った言葉にクラリスが首を傾げる。彼女たちがリオンと直接会ったのは今日が初めてと言えるだけに、到底その性格を把握することはできない。しかし、(ノリスを除いた)ネコとリオンの関連性が分からずフィリスたちも疑問顔だ。

 

「リオン、昔っからふらーっとうちに来た思たらすぐ居らんくなってなぁ。つーんとしとるけど、すっごい寂しがりのとことか、ネコみたいで」

「……」

 

 たしかに普通のネコならばそうだろう。思わず先ほどノリスにしていたように、仰向けに寝転がっているスプリングフィールド先生のお腹を嬉しそうに撫でる咲耶の姿を想像して、3人の友人は固まる。

 

「まぁ、こんなん本人に言うたらめっちゃ怒るんやけどな~」

「あ~、なんかそっちは想像できるな、うん」

 

 もっともリオン本人はネコに例えられていることなど知らないようで、今日の授業態度を見るに、魔法薬学の担当であるスネイプ先生と同系統の、怒らせると怖いタイプであることはよく分かった。

 

「あのね、サクヤ。ミセス・ノリスが校内をうろついてるのは校則に違反した生徒がいないか見張るためなの」

「ミセス・ノリスの前で少しでも校則を破ればすぐにフィルチがとんでくる」

「そーそー、まぁ、だいたいいつもグリフィンドールのウィーズリーの双子を追い掛け回してるけどな」

 

 校則、といってもそれは夜間に寮を抜け出すことや、休み時間中の廊下での魔法の使用、生徒間の私的な決闘のように明確に意思をもっての違反もあれば、たとえば段差の消える階段に捕まって授業時間が遅れそうになり、廊下を走ったということまでフィルチにとっては処罰の対象になる。

 基本的にあの猫はフィルチの言うことしか聞かず、また多くの生徒に飼い主ともども嫌われているため、可愛がっている姿をほかの生徒に見られると咲耶まで嫌な目で見られかねない、ということを友人たちは注意した。

 

「そっか~……」

「ネコと遊びたいなら、寮で誰か飼ってた気がするから、そっちと遊びなさい」

 

 友人たちが自分を思って注意してくれていることだけに無視はしがたい。だが、基本的に可愛いもの、動物が好きな咲耶は、せっかく見つけた癒しの対象から引き離されてしょんぼりとしてしまった。

 フィリスたちも咲耶をしょんぼりとさせることは本意ではないのだろう。代替案を提示した。

 

「寮にも居るん!?」

「一応、校則では、ネコ、フクロウ、カエル、ネズミなんかはペットとして認められてたから」

「まあ、大体のやつはフクロウってのが多いよな」

 

 フィリスの提案に咲耶の顔がぱっと明るくなり、フィリスとリーシャは苦笑を咲耶に向けた。

 

「ネコを飼ってるのは、ハッフルパフの3年ならルーク」

「るーく君?」

 

 クラリスも友人の癒しの提供のために、寮内に生息するネコの飼い主の名前をあげた。覚えることが多すぎて、全員の顔と名前が一致するまで時間がかかっているのだろう、咲耶が首を傾げた。

 

「セドリックのルームメイトよ」

「あー、あいつなー」

 

 フィリスは記憶のとっかかりになりそうな情報を伝え、リーシャはライバルの名前がでてきたことで思い出したようだ。

 

「へー、そっかぁー」

「ネコもいいけど、こっちも撫でてほしそうにしてるわよ、サクヤ」

「……」

 

 放課後の楽しみが増えたからだろう、嬉しそうな顔でクラスメイトを思い浮かべようとしている咲耶に、フィリスはクラリスをちらりと見ながら言った。

 

「おおきにな~、クラリス」

「……うん」

 

 咲耶はにこにことした顔でクラリスの頭を撫で、フィリスに余計なことをという視線を向けていたクラリスは一転、嬉しそうな表情で頷いた。

 

「サクヤはなんか動物飼ったこととかねーの?」

 

 にやにやとした視線をクラリスに向けていたリーシャは、クラリスからの上目遣いの睨みを受けて肩を竦め、話をふった。

 

「うん。動物は好きなんやけどないんよ。でも知り合いにカモくんっていう、かわええオコジョがおってな。うちも飼いたいんよ」

「オコジョ?」

 

 咲耶は手のひらで20㎝くらいの幅をつくって、こんくらいの。とサイズを示しながら、知り合いのおじちゃんが飼っているマスコットキャラを思い出して微笑んだ。

 

「オコジョ妖精言うてな。真っ白いオコジョでしゃべるんよ」

「……喋るの?」

 

 ♡マークでも飛んでいそうな感じで嬉しそうに語る咲耶だが、なんだかいろいろスルーできないワードが混じっており、フィリスは尋ねた。

 

「うん。頭もようてな、近くの人の恋愛感情が分かるらしいんよ。それでな――――」

 

 

 異文化交流というのは面白い。

 この日、フィリスたちは、魔法世界には恋愛感情を読み取るしゃべるオコジョがおり、そのオコジョはなにやらキスを勧めてくるという謎の生態を知ることができた。

 

 

 ・・・

 

 

「……終わったぁ~」

「……よし」

 

 放課後。いつものようにリオンの部屋を訪れていた咲耶は出されていた課題を片づけて声を上げた。

 課題が終わってぐーっと伸びをする咲耶の手元を一瞥し、リオンもとりあえずの終了許可をだした。リオンの合図を受けてだろう、この空間、別荘の管理を任されているドールがすっと咲耶に紅茶を差し出した。

 

「えへへ」

「なんだ、にやけた顔して」

 

 差し出してきたドールにお礼を言って受け取った咲耶は、出されたお茶を見てから嬉しそうな顔をリオンに向けた。

 

「リオンが珍しく、お茶出してくれた思うて。今日の授業のご褒美?」

「……出したのは俺じゃない。あの程度で褒美なんぞだすか」

 

 水分補給のために水やオレンジジュースをドールが出してくることはあるが、リオンの所蔵している紅茶をだしてくることはあまりない。

 笑顔を向けられたリオンはふいっとそっぽを向いて否定するが、ここのドールは完全にリオンの支配下にあるため、主の許可の下りたこと以外の行動はとらない。

 

 褒美ではない。ということは嘘ではないのだろう。つまり課題に追われた平日がようやく終わり、週末に入ることへのねぎらいのようなものだろう。そう納得した咲耶は、それでも嬉しそうにカップに口をつけた。

 

「うん。おいしーわ」

 

 リオン自身はこちらの魔法界の魔法書を読んでおり、そっけない態度だが、ねぎらってくれていることにほっこりとした思いを感じ、素直にお茶を楽しんだ。

 

「なぁなぁ、リオン」

「なんだ」

 

 自分は休憩に入っているが、リオンは勉強中かもしれない。確認のために問いかけるとちゃんと返事が返ってきて、本から視線を上げた。本に集中していたら話は聞いてくれても顔を上げることはない。リオンのその癖をちゃんと覚えていた咲耶は、おしゃべりの許可が下りたと判断した。

 

「リオン、なんか動物飼えへんの?」

「動物? なんだいきなり?」

 

 学校生活を報告する義務はないが、咲耶は楽しそうに昼間あったことを咲耶に伝えた。

 

「使い魔なんぞ別に必要だと思ったことはない」

「使い魔ちゃうって、ペットやって。カモ君みたいなんおったら、かわええやん」

「あんなエロオコジョ、ペットでもほしいとは思わんが……」

「ええやんカモ君。ペット居ったらリオンも和むえ?」

 

 根本的に両者の動物を飼うことに対する認識のズレがあるようだが、咲耶はペットを飼うことによる癒し効果を熱弁を振るって説明した。

 

 特に和みを求めているわけではない闇の魔法使いは、ペットブームに入ったらしい咲耶をそっと放置しようとして、

 

「イージャネーカペット。暇潰シノ相手ガデキルゼ」

 

 ペットを飼えない理由でもある、物騒なお下がり品に視線を向けた。

 

「チャチャゼロもそう思うよな!」

「貴様は単に狩る獲物がほしいだけだろう」

 

 話しかけてきたのは、リオンが持つには不似合いな見た目だけは可愛らしい、小さな人形、チャチャゼロだ。

 

「オマエラガ居ナイ間、結構暇ナンダゼ?」

「なら今度古本でも置いておいてやろう」

 

 チャチャゼロは本来彼の所有物ではない。

 独り立ちする際に厄介払い、もとい独立祝いとして母から送られた魔法使いの従者だ。もっとも独り立ちしてから、これを必要とするほどの相手に出会ったことはおらず、リオン自身の戦闘スタイルも従者を必要としないため、実質ただの動く生意気人形となっている。

 

「ペットガ欲シイナラ、代ワリニオレヲ連レテケヨ」

「えっ! ええの!?」

「ふざけるな。貴様なんぞを持たせられるか。だいたいお前なんぞで誰が和むか」

 

 そんなわけで取扱いに苦労する相手ではあるのだが、仮にも大魔法使いである母からの贈り物。処分することもできずに世界中を連れて歩いているのであった。

 チャチャゼロも、大昔のマスターとは異なる、今のマスターが嫌いではないが退屈を感じているのだろう。咲耶に提案すると、思いのほか食いつきがよく、しかし即座にマスターからの反論が飛んだ。

 

「えー、そんなことあれへんよ。ほら、こーして抱くと……」

「ケケケ。イイマスコットダロ?」

「……言っとくが、寮には酒はないぞ、チャチャゼロ」

 

 見た目的に、和風の咲耶と洋風のチャチャゼロ。和洋の違いはあるが、たしかにリオンが持っているよりもよほど映えるのは間違いない。だが、チャチャゼロは何も咲耶の護衛のためにとかではなく、純粋に暇つぶしの意味合いしかもっていないのだ。

 

「ナンダ、ネーノカヨ」

「大人しくしてろ」

 

 好物の酒がないことを告げるとチャチャゼロは、咲耶の腕の中からぴょんと抜け出すとつまらなそうに去って行った。

 チャチャゼロを連れて行くことは本気ではなかったとはいえ、とことこと去っていくチャチャゼロを見送る咲耶の顔は少ししゅんとして見え、リオンは溜息をついた。

 

「そんなにペットが欲しいなら、夏休みにでも買えばいいだろ」

「ええの!?」

 

 規定上問題はないし、その程度のことならばいちいちジジイに確認をとるまでもない。そう判断して軽く言ったつもりなのだが、予想外に咲耶の食いつきはよかった。

 

「俺が飼う訳じゃないし、好きにすればいい」

「うん!」

 

 嬉しそうな咲耶の顔を見ながら、今日もまたホグワーツでの一日が終わりを迎えた。

 

 

 


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