『—―魔法省、錯乱!!!!――
魔法省は、マグルに対して段階的に魔法についての情報を公開していくという国際的な取り決めに批准したことを発表した。この史上類を見ないほどと言ってもいい暴挙について、現魔法大臣のコーネリウス・ファッジは「深く議論された結論であり、魔法族の利益を損なうものでは一切ない」とのコメントを冷や汗をびっしょりかきながら発表した。しかし、この発表でイギリス魔法族の不安を解消することはできないだろう。すでに魔法族の中ではファッジ魔法大臣を、歴代で最も愚かな魔法大臣だとして解任する声が高まっている。また、魔法省の昨今の不手際は、つい先日行われたクィディッチワールドカップにおける警備の不手際についても非難を浴びたところだ。今回の発表が、前回のヘマを隠れ蓑にしたかったのか、それとも前回のヘマを吹き飛ばしたかったのかは分からないが、そのどちらも失敗した恥の上塗りと言えるだろう。もしもこれが、闇の魔法使いにいいようにあしらわれた魔法省の起死回生の一手だとしたら、もはや魔法省の権威失墜は避けられないものであり、一刻も早く体制を刷新することを、イギリスの魔法族の一人としても願うばかりである。—― リータ・スキーター著 ――』
この日、日刊預言者新聞の一面にぶち抜かれた記事は、イギリス伝統魔法族に衝撃を与えた。
「一体、なにを考えているんだ?」
チャーリーは日刊預言者新聞を睨み付けるように見ていた。比較的マグルに対しては好意的な純血の魔法族、ウィーズリー家でさえも困惑しているのだ。
「リータ・スキーターの書いてることだから話半分にもならないだろうけど、この魔法情報の公開自体は嘘じゃないみたいだな」
ロンやハリーたちの夏休み明けを見送る予定で“隠れ穴”に滞在しているビルも顔を険しくしている。
彼らの父親であるアーサー・ウィーズリーの影響や、代々の家風もあって彼らはマグル生まれの魔法使いを差別するようなことこそないが、それでも生粋の魔法族であり、魔力のないマグルに魔法を教えてどうするんだという思いがあるのだろう。
「パパもパーシーも職場に出づっぱり。まったくなんでいきなりこんなことしたんだろう?」
食事のテーブルが欠けていることにロンは文句をいうように言った。
本来は休暇中であるはずなのだが、クィディッチワールドカップの際の“不手際”、そして今回の発表の影響で、今日も家にはアーサーとパーシーの姿がない。代わりにクィディッチワールドカップの数日前から“隠れ穴”にやってきたハーマイオニーの姿がある。
アイルランドの優勝とブルガリアチームのシーカークラムの活躍によって大盛り上がりのうちに終わったクィディッチワールドカップだが、試合後、なんと会場近くのキャンプ場に闇の魔法使いと悪名高い“死喰い人”の面をした魔法使いが暴動を起こし、キャンプ場の管理をしていたマグルの一家を魔法で玩ぶという事件が起きたのだ。
しかもその騒動は、“闇の印”――ヴォルデモートの印が打ち上がったことでさらなる混迷を極めたのだ。
クィディッチワールドカップ決勝の興奮は、恐怖へととってかわり、魔法省は警備の不手際や死喰い人を拿捕できなかったことを非難されることとなった。
これが魔法省にとって予定通りの時期での発表だったのか、それとも記事にあるように事件を打ち消す目的で発表に踏み切ったのかは分からないが、今頃魔法省は苦情や問い合わせ、批判の手紙でパンクしそうになっていることだろう。
不満を垂れているロンの横で、新聞をチャーリーから借りてハーマイオニーが紙面に目を通した。
「……いきなりじゃないわ。多分もっと前からそういう話があったのよ、きっと」
「なんで分かるんだい?」
ハーマイオニーの言葉にロンを始めみんなが不思議そうな顔でハーマイオニーを見た。
「魔法省を非難する書き方だけど、この取り決め、国際的に決められた、って書いてあるでしょ」
「それが?」
ハーマイオニーが紙面を示しながら言っている意味が分からず、ハリーは尋ねた。
「ここ数年になって、ニホンから留学生が来たり、今までまったく関わりがなかった魔法世界に行くことになったり、こちらと向こうの二つの世界でそういう流れになっていたのよ」
ハーマイオニーはこの中で唯一、マグルの両親をもつ魔女だ。
ハリーもマグルの生活環境の中で育てられたが、ハーマイオニーはハリーとは違って勉強家で、マグル生まれにもかかわらず、ハリーの周りにいるほかのどんな魔法使いよりも勤勉に勉強している。おそらくハリーやロンが睡眠の時間にあてている魔法史の授業をすら、まじめに受けているからこそ気づいたことだろう。
「すいませんねえ。僕は行ってないもので。それで、なんだってこんなこと決めたんだい?」
ロンは拗ねたように口を尖らせて言った。
自業自得とはいえ、(むしろだからこそ)ハリーやハーマイオニー、そしてジョージやフレッドたちから楽しげな土産話を聞いて疎外感を抱いているのだろう。
不貞腐れながらのロンの問いに、ハーマイオニーは答えに窮した。
「それは………………」
彼女にもその答えの意味は分からないのだ。
第66話 転換の年、始まる
今回のホグワーツ特急乗車は、いつもよりやや緊張感を帯びたイベントとなっていた。
どうやら、どこからか魔法省の発表は海外からの、特に魔法世界側の魔法使いやニホンなどからの強い要請があったという情報が、魔法省高官と繋がりのある一部生徒には流れたらしく、その一部生徒は憎悪するように咲耶を睨み付けたりしていた。
もしかしたら呪いでもかけようと企んでいたのかもしれないが、やたらと威圧感のある赤毛の男子生徒と刀を腰に下げた犬耳の子供が、少女に杖を向ける意気をくじいた。
「うーん、なんか刺々しい感じになってんな」
「まあそりゃねぇ。って言っても何がどう変わるのかは今の所分かってないけどな」
コンパートメントに乗り込んだリーシャは乗車する生徒や見送りの保護者たちの間に漂う緊張を感じ、ルークも相槌をうった。
「そんな変わるもんなんかなぁ」
「イギリスの魔法族はあまりマグルの生活に詳しくない。変化を怖がっている人が大多数」
同じコンパートメントにはクラリスと咲耶、そしてリオール・マクダウェルとして同乗しているリオンがいた。ついでに子犬形態に戻っているシロが咲耶の膝の上で丸まっている。
「でも実際、どう変わるもんなんですか、スプリ……マクダウェル先、さん」
リーシャが呼びなれない呼称でこの場にいる一番物知りそうな人物に尋ねた。
ぎこちなさ過ぎて妙な呼称で呼ばれたリオンは呆れたような顔で溜息をついた。
「魔法族は生活に科学を取り入れる。非魔法族は産業に魔法を取り入れる。そうやって文明的な革命を起こそうというわけだ」
「?? えーっと。クラリスは分かった?」
「…………」
溜息交じりされたざっくりとした説明に、リーシャは盛大に疑問符を浮かべた顔をしてクラリスを見た。クラリスは沈黙で応えた。
おまけに隣の咲耶までもが小首を傾げているのを見て盛大に溜息をついた。
「いきなり魔法情報を公開するわけではない。やっても誰も信じやしない。段階的に情報を開示していきながら互いの生活圏について理解していくんだよ」
リオンの説明に分かっているのか分かっていないのか、リーシャは「ほぉ」と頷いた。
具体的にまでは分からないが、とりあえず互いを理解していくことが基本方針なのだろうという事で納得したらしい。
「でもマグルの……ガガクだっけ?」
「科学だよ、リーシャ」
「そうそうそのカガク。魔法使いが取り入れてもメリットってあるもんなんですか?」
リーシャの疑問にルークが補足しながら尋ねた。
この中でリーシャはとりわけ純血の魔法族でありマグルの生活や文明には疎い。それに比べるとルークやクラリスは多少だがマグルの生活にも知識があるらしい。
「リーシャ。今、乗っているものがマグルのカガクで造られた物」
「え? そなの?」
「それに魔法世界で見た、魔法と科学が融合した文明のレベルは、たしかにこっちとは全然発展の度合いが違ってたしな」
クラリスとルークに言われて夏休みに体験した研修旅行を思い出した。
元々イギリス伝統的魔法族も、一部純血主義者が意味もなく毛嫌いし、多くの魔法使いが認識していないが、彼らもマグルの産み出した物を享受しているのだ。
ただし、その入手方法はマグルの常識に照らせば、馬鹿げているというのも通り越した呆れた方法であるのが常だ。(このホグワーツ特急にしても、当時の忘却術士が167回にも及ぶ忘却術と隠蔽の呪文による工作を施し、秘密裏に頂戴したものらしい)
高度に発達した科学は魔法と見分けがつかない。とは昔のマグルの言葉であるが、たしかに魔法があればマグルの科学に頼らなくともいいだろう。
だが、そのマグルの知恵の結晶も場合によっては魔法よりも便利な時もあるのだ。
「ふーん。そういえばそっか……じゃあさ。魔法世界はそういうのいいんですか?」
「なにが?」
リーシャはひとまず先の疑問は解決したらしいが、新たな疑問ができたらしく尋ね、今度はルークが首を傾げた。
「いや、魔法世界側の魔法使いにも魔法の秘匿義務はあるって聞いたよーな気がすんだけど、魔法ばらすようなことして魔法世界側にはいいことあんのかなーって」
リーシャの質問に、ルークとクラリスはそういえばと思い至り、咲耶とリオンに振り向いた。
おそらくイギリスの伝統魔法族の多くは先のリーシャのように、魔法族が科学を取り入れることの恩恵を理解してはいないだろう。
魔法と科学。その両者を融合した者は、さらにその先へと進むという期待を十分に抱かせてくれるものだ。
だが、それならば既にその分野を進めている魔法世界のメリットとは一体なんであるのか。
「ふん。思ったよりまともなことを言う」
リーシャが意外にも面白い視点を持っていることにリオンは少しだけ笑みを浮かべた。
「まあ、そこら辺はもしかしたら授業でやるかもな」
・・・・・・・・
ホグワーツ特急がホグズミードに停車すると、あたりはすでに真っ暗で土砂降りの雨が降っていた。
上級生の中には防水の魔法で雨を弾いたり、濡れてしまっても魔法で乾かしたりして工夫していたが、魔法に詳しくない新入生や下級生の多くは濡れぐしょのままで組み分け式の行われる大広間へと向かうこととなった。
大広間は始業の祝宴に合わせて見事な飾り付けが施されていた。
各寮ごとに四つの長いテーブルの上には金の皿や杯が並び、宙には何百という蝋燭が浮いている。
学校の広間だけを比べるのならば、その豪華さはアリアドネーよりもずっと上のように思えた。
教職員テーブルには元通りのリオン・スプリングフィールドの姿に戻ったリオンがついており、ダンブルドアやスネイプ、スプラウト先生たち例年通りの顔ぶれが席を埋めていた。
「今年の“闇の魔術に対する防衛術”の先生は誰なんだろね」
「見つかったのかしら。N.E.W.Tの授業が始まるからいい先生が来て下さっていたらいいんだけど……」
セドリックは教職員テーブルの中に空席があるのを見つけていた。
“闇の魔術に対する防衛術”――毎年不幸なできごとのために担当教授が代わる科目であり、呪われた学科とのうわさもある。
フィリスは今年から始まるN.E.W.T(メチャクチャ疲れる魔法テスト)のクラスが始まるため、それに向けたまともな教授が来てくれることを願っているようだ。
一昨年の口だけ教授のような人が来てしまった場合、来年の試験は絶望的になる恐れがある。
「あ゛ぁ~、おなかへったぁ~」
リーシャは空腹できゅるきゅるとなるおなかを抱えてテーブルにつっぷしていた。
他の多くの生徒もそうであるように、組み分け式が始まるまでの空腹は毎年のことだ。
やがてびしょ濡れの一年生が大広間へと入場し、例年通りに組み分けの儀式が進行した。
残りの新入生が少なくなるにつれて徐々に生徒たちの関心は組み分けよりも豪華な食事にシフトしていき、最後のホイットビー・ケビンが、リーシャたちと同じハッフルパフに組み分けされると、マクゴナガル先生が組み分け帽子を片付け、生徒たちは期待の眼差しでダンブルドア校長に顔をむけた。
「ぅおほん。さて、新入生の組み分けが終わり、みな空腹に耐えかねておることじゃろう」
軽く咳払いし、気の早い生徒がナイフとフォークを手にしているのをダンブルドアはぐるりと見回した。
「じゃが、皆には今少しの時間をいただきたい」
今か今かと待ち望んでいる生徒たちを焦らすかのようにダンブルドアは待ったをかけた。
いつもなら二言三言の短い言葉とともに食事の開始を告げるのだが、どうにも話が長くなりそうな雰囲気に生徒の一部は愕然とした顔をしている。
ダンブルドアはもう一度、生徒たちを見回してからゆっくりと聞かせるように口を開いた。
「魔法省が先日発表したことをみなも知っておると思うが、魔法界は一般人に対して――――あえて我々が普段使う、マグルという呼称ではなく、一般人とさせていただくが――彼らに対して段階的に魔法の存在を公表していくことを決定した」
生徒たちが少しざわめき始めた。
魔法省の発表は生徒たちも勿論聞いている。
新聞を毎日読んでいるような生徒は勿論少数ではあるが、くだんの発表はあまりにも魔法界に衝撃を与え、家ではもっぱら親がその話をしていたためだろう。
「これは魔法界の長い歴史の中でも大きな転換点となり、事はイギリス一国の問題ではない。魔法界全体が、国や世界を問わず交流を深めていく必要がある。――――みなの記憶にも新しいクィディッチワールドカップもその一つじゃな」
「食事前に話なんてなんなんだろうな」
「……交流。もしかして…………」
空腹の苛立ちでぐったりしているロンの不満に対して、ハーマイオニーは感じている空腹を抑えて監督生らしく、しゃんとしてダンブルドアの話に耳を傾けていた。
「さて、この大きな節目に対してホグワーツも、積極的に海外の魔法学校との交流を深めていくことを決定し、新しく幾つかの魔法学校から留学生を受け入れることとなった」
ダンブルドアの言葉に聴いていた生徒は驚きにざわめき、聞き逃していた生徒も遅れてざわめいた。
3年前のサクヤ以来の留学生だ。
ざわめきの中、フィルチが扉へと駆け寄り広間の扉を開いた。
「紹介しよう。ダームストロング校の生徒たちじゃ」
入室してきたのは茶褐色を基調とした制服を纏った、いずれもがっちりとした体躯に、スポーツ刈りの髪型が厳めしい5人の男子だ。
とりわけ先頭を歩く一人は印象深い。曲がった鼻に濃く太い眉、制服の上からでも分かるほどに鍛えられた太い筋肉がついており、
「おい!! あれ……」
「ビクトール・クラムだ!」
リーシャが驚きに目を瞠っていた。
やや猫背気味のがに股歩きの男子。ガタイがよく、むっつりとした顔をしている男子生徒。どうやら皆が知っている有名人らしく、リーシャだけでなく、セドリックやルークの他に多くの生徒が驚いている。
「?」
「クィディッチ・ワールドカップで活躍したブルガリア代表チームのシーカーだよ。年が近いとは思っていたけど、まさか学生、しかも留学して来るなんて」
首を傾げている咲耶にセドリックが自身も驚きながらも男子生徒――ビクトール・クラムについて簡単に説明した。
セドリックもクィディッチチームのシーカーを務めているだけあってクィディッチ好きであり、憧れの混ざったような目で見ていた。
直近ではクィディッチワールドカップの決勝で活躍したこともあり、そんな有名人の思わぬ登場に広間は興奮した声や黄色い声がそこかしこから聞こえていた。
興奮冷めやらぬ中、再びダンブルドアが口を開いた。
「次にフランスから来られたボーバトン校の生徒たちじゃ」
扉から今度は一転、水色の魔法着を着た5人の女子生徒たちが入室してきた。
咲耶の目には光輝く妖精たちが舞うように入室してきたようにみえた。
「ほわぁ、キレーな子らやなぁ。ぱりじぇんぬ言うんやっけ?」
「パリジェンヌはパリ出身の人よ、サクヤ。パリに学校があるかは知らないけど、たしかに気合い入ってるわね。特に一番最後の子」
どこかずれたコメントを述べた咲耶にフィリスはツッコミをいれつつ留学生たちを見つめた。
ボーバトンの魔女たちはいずれも美少女、と言って差し支えない少女たちで、広間の多くの男子生徒はぽぉ~と留学生たちに見惚れており、もっとも目をひいているのは間違いなく最後尾を優雅に歩く女生徒だろう。
まるでモデルのような容姿とプロポーションの少女。
フィリスから見て、オリエンタルな美少女が咲耶ならば、まっとうな美少女といえば彼女だと断言できるような子だ。
国外からの2校の魔法学校の留学生たちは、それぞれ広間の前方、教職員テーブルの前に立った。
どちらの生徒たちも咲耶の時に負けず劣らずの好奇心を生徒たちに掻き立てさせ、
「そして最後に――――魔法世界、アリアドネーの生徒たちじゃ」
最後にして最もどよめきの大きい留学生たちが入室した。
フード付きのローブを羽織っているが、スカート丈の短い統一された制服。
「あっ!!」
4人の少女を見た瞬間、咲耶が顔を輝かせた。
広間の多くの生徒は入室してきた女子たちの容姿にギョッと驚いてどよめいているが、一部生徒はそれらと別の意味で目を丸くした。
「イズー!?」
「メルルと委員長、アルティナさんもいるわ!!」
4人の生徒。
この夏、魔法世界の研修旅行の一環として訪れたアリアドネー魔法学術都市の騎士団候補生、イゾルデ、メルル、メルディナ、アルティナの4人だ。
通路を歩くイズーは途中で咲耶たちの様子に気づいて、にっと笑みを浮かべてウィンクを飛ばし、メルルは嬉しそうに手を振っている。
ホグワーツの生徒たちが驚く理由。4人の内の二人の頭部に明らかに普通のヒトにはない角や耳、尻尾が生えているからだ。
フリットウィック先生やハグリッドのようにヒトとして規格外な魔法使いを目にする機会が多いとはいえ、彼女たちほどあからさまな亜人は禁じられた森に入り込むような一部の例外的生徒しかいない。
ヒトでないことに怯えの混ざった空気が漂うが、イズーたちは意に介した素振りを見せず、ハリーたちの姿にも気づいてグリフィンドール席の方にもひらひらと手を振っている。
ホグワーツの生徒たちはこの魔法が世界からの留学生の登場に、一部に流れている噂の真偽を見たかのように囁き合い、あるいは困惑している。
「ぉほん。みな留学生に対して聞きたいことは山とあるじゃろう。じゃが、ひとまず彼らの寮について話しておきたい」
思わぬ亜人の登場にざわめく生徒たちに、ダンブルドアが静粛を求めた。
「すでに我が校には、ニホンからの留学生、サクヤ・コノエがおるのは、皆もよく知っておることじゃろう。じゃが今回来た彼らは半期留学となっておる。皆と友情を育むには十分で、しかし深く理解し合うには些か短い。そこで勝手ながら、学校ごとに世話役となる寮を決めさせていただいた」
ホグワーツは基本的に寮による生活を基本としている。寮での生活は供に過ごす仲間との友情を深めるには利があるが、同時に異なる寮とは疎遠になりやすい。
まったくの見知らぬところに放り出りだすというのではなく、学校ごとに世話役となる寮を決めて、交流を醸造しやすい環境を整えるという意図があるのだろう。
「まず、ダームストロング校にはスネイプ先生のスリザリンに席を設けていただいた」
スリザリンのテーブルでざわめきが大きくなった。
スリザリンには伝統的魔法族の中でも、いわゆる“由緒正しいお家柄”というのが多い。つい先日のクィディッチワールドカップを見ていた生徒も多く、そこで活躍したクラムを自分たちの寮が獲得したと知らされ、興奮している生徒が爆発したようだ。
ダンブルドアはごほんごほんと咳払いした。
「ボーバトンの生徒たちにはフリットウィック先生のレイブンクロー。そして、アリアドネーから来ていただいた生徒たちにはマクゴナガル先生のグリフィンドールにお願いさせていただいた」
レイブンクローの生徒たち、特に男子生徒たちが急に身だしなみに気をつかうように髪を撫でた。
一方で魔法世界からの留学生を振り分けられたグリフィンドールは困惑の色も大きく、しかしジョージとフレッドなどは顔を見合わせてにやりとした。
ダームストロングはスリザリンに
ボーバトンはレイブンクローに
アリアドネーはグリフィンドールに
そしてニホンのサクヤはハッフルパフに
「これで四寮それぞれに留学生を迎えることとなったが、みな寮という括りに囚われることなく、積極的に交流をもってほしい――――それでは宴会を楽しむとしようかの」
4つの寮それぞれに交流の役目が課され、しかしダンブルドアはそれに囚われずに交流を活性化するように優しく告げ、最後の言葉と同時にテーブルには食事が現れた。
学期初めの宴会は例年になく、各寮盛り上がりを見せた。
グリフィンドールではイズーがハリーのところに突撃し、メルディナが引きずられるようにそれに対抗して顔を赤くするという光景が見られたり、研修旅行に行っていたメンバーを中心にして、上手く場を盛り上げながら亜人の少女たちを寮に溶け込ませたりしていた。
「メルディナさん。私たちがアリアドネーに居た時から、こちらに留学してくることが決まっていたんですか?」
「本決まりではありませんでしたけど、そういう話はありました。無事にこちらに来ることができて光栄ですわ、ハーマイオニーさん」
「いいんちょーってばイギリスに行くことが決まってからすごかったよ。よっぽどハリー君に――」
「にゃにお言っているのですか、メルルさん!!!」
ハーマイオニーと話していたメルディナは、高貴な白猫のような所作から一転、シャー!!! と尻尾を逆立て顔を真っ赤にしてメルルを追い立てた。
なぜだか名前が出てきたハリーはよくわかっていない顔できょとんとしているが、その横ではジニーがムッとした顔をしている。
「でも委員長じゃないけど私もこっち来るのは楽しみだったんだよな。ほら私はあっちじゃ箒レースに参加できなかったし。それに…………」
イズーもこの留学は幾つかの意味で楽しみだったらしい。
ライバルであるメルディを破ったハリーがやっているというクィディッチへの興味。恩義あるリオン・スプリングフィールドと再会できること。
ちらりと教職員テーブルを見れば、たしかに彼の姿があった。
他の寮でも、スリザリンではクラムを中心に、その横にはまるで彼の長年の親友であるのは自分だとばかりにとある純血の名家の少年が居座っていたが、先日のクィディッチワールドカップについてのことやクィディッチについてなどの話で盛り上がった。
レイブンクローでは、男子生徒たちが、留学生の女生徒たちの下僕に志願するかのように周りを取り囲み、甲斐甲斐しく料理を皿に運んでいた。女生徒たち、特に一番きれいな女生徒はそうやって扱われることに慣れているかのような振る舞いだった。
盛り上がる広間も、生徒のおなかが膨れてくると徐々に疲れから話も下火になり始め、デザートのお皿も綺麗になると、ダンブルドア校長が再び立ち上がった。
生徒たちはおしゃべりをやめてダンブルドアに視線を向けた。
「さて。みなよく食べ、よく飲んだことじゃろう。いくつか知らせることがあるので、今一度耳を傾けてもらおうかの」
ダンブルドアは例年通りの決まり文句として、管理人フィルチからの禁止事項を通達して、ホグズミードについてのこと、クィディッチのことも連絡した。
そしていよいよ締めの言葉を告げようとし――――バンッッと大広間の扉が開かれた。
皆の視線が再び大広間の扉へと向けられ、そこには一人の男が立っていた。
黒いマントの旅装に身を包み、歩行用のステッキを持つ男。
男は大広間中の視線を受けたまま、コツッコツッと鈍い音を響かせて教職員テーブルへと向かい、ダンブルドアの前に進んだ。
ダンブルドアは男とは旧知の仲であるのか、数歩進み出て手を差し伸べた。
二人は握手を交わして、二言三言小声でつぶやくように何事かを交わした。
二人の挨拶が終わったのか、男は教職員テーブルの空いている一席に腰を下ろし、懐から取り出したスキットルに口をつけてぶぎぶぎと何かを飲んだ。
「“闇の魔術に対する防衛術”の新しい先生をご紹介しよう。――――アラスター・ムーディー先生じゃ」
ダンブルドアの紹介に、幾人かの生徒は驚きに息をのみ、そして次第にこそこそと近くの席の友人と声を交わした。
「アラスター・ムーディー? マッドアイ!?」
「マジか!? マッドアイって、闇祓いの…………」
セドリックは驚いたようにまじまじと紹介された新任の先生を見つめ、ルークもぎょっとして顔を向けた。
新任の先生は顔中傷跡だらけで鼻は大きく削がれ、左右で瞳の色が違っていた。それは生来からの異色というのではなく、片眼は明らかに義眼であり、普通の瞳とは無関係にぐるぐると広間のあちこちを探っていた。
咲耶は生徒たちの驚く様子に小首を傾げて友人たちに尋ねようとし、クラリスが驚きに目を開いているのを見てぎょっとした。
「クラリス?」
「…………引退した闇祓い。お母さんたちの先輩だった人」
クラリスの声には驚きの中にもどことなく親愛のように感じられる気がした。
言葉通り、両親の先輩だったという事以外にも何か接点があるのかもしれないが、ジッとムーディーを見つめるクラリスにつられて咲耶も視線を新任の先生に向けた。
くるくると動き回る青色の義眼が、グリフィンドール席の方を見据え、ハッフルパフの方を(自意識過剰かもしれないが自分の方を)見据え、眼窩の中で横を向いて教職員テーブルを見据え、そして再びグリフィンドール席の方へと向けられた。
その後も神経質そうに義眼は動き回っていた。