春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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祭りの余韻 (+人物まとめ追加)

 会場は興奮と熱気の歓声に包まれていた。

 

「さあ! いよいよオスティア終戦記念式典最大の目玉。スプリングフィールド杯も大詰めの決勝戦!!」

 

 オスティアで最も大きな大闘技場。

 そこでは今、大勢の観客が見守る中、魔法世界で最も栄誉ある拳闘大会の決勝戦が行われていた。

 大型の悪魔のような魔族や複数の手を持つ魔族など、合計4体の魔族、亜人がリング上で激戦を繰り広げており、戦闘の様子を解説者が伝えている。

 

 灼熱の魔法が闘技場を燃やし、瀑布のうねりが炎を押し留め、氷結の魔法が世界を氷つかせる。

 伝統魔法に多い光線状の魔法ではなく、超常の現象を操り、敵を撃つ魔法が乱舞する。

 それだけではない。異形の見た目同様、拳闘士たちの体に宿る力は人外のそれで、拳撃が闘技場の地面を削り陥没させるほどだ。

 

 

 

 旅程の一つとして観戦席を融通してもらったホグワーツの生徒たちも決勝の試合を観戦しており、魔法世界屈指の強者の魔法戦闘を目の当たりにして歓声を上げていた。

 

 伝統魔法族が好む儀式的な礼はなく、魔法の撃ち合いによる決闘とも違う。魔法戦士による“魔法も含めた”闘いだ。

 

 観戦席にいるルーピンやブラック、向こうの世界での戦闘経験ある大人の魔法使いあるですら目の前の闘いに圧倒されているのを見れば、このレベルの闘いが向こうの基準にしても相当にハイクラスだと分かる。

 

 リーシャやルークたちが飛び出る技の派手さに声を上げる横で、ディズは新旧両世界合わせても稀な遣い手同士の闘いを凝視していた。

 そこから学べることを手に入れるために。

 学舎で得られる程度の魔法の知識や自信など、この闘いだけでもちっぽけなものだと知れる。

 ディズは聞き耳を立てて引率の魔法使いたちの話している評価に探りをいれた。

 

 

 

「元チャンピオンとしてはこの闘いはどうみますかな、コタロー君?」

 

 問いかけた裕奈が前回この決勝戦を見たのは、もう30年ほど前になるだろうか。

 その時はまだ“ナギ・スプリングフィールド杯”という大会名であったこの大会に“大上小次郎”、そしてナギ・スプリングフィールドという名の超新星が出場し、伝説の傭兵剣士、ジャック・ラカンと激戦を繰り広げたのだ。

 当時、魔法の事情とは関わりの無かった裕奈だが、諸事情により旧世界からこの魔法世界へとやってきて、この大会を見る機会があった。

 

 当時、サウザンドマスターの生まれ変わりか!? と噂されたナギ・スプリングフィールドと伝説の英雄、ジャック・ラカンの参戦により大会決勝は奇跡の一戦とまで言われ、語り草となるほどのものとなった。 

 

 これまた諸事情により“大上小次郎”として参加していた犬上小太郎 ――現在は村上小太郎―― は、元チャンピオンと言われて顔を顰めた。

 

「チャンプ言うても引き分けやったし、そもそも相棒がネギちゃうかったら無理やったからなぁ」

「まーまー、謙遜謙遜。それでこの大会だったらどう?」

 

 小太郎自身にとってそれは謙遜ではないのだが、裕奈はぱたぱたと手を振って改めて今大会のレベルについて尋ねた。

 

「ハッ! 余裕で優勝決めれるわ!」

 

 当時の相棒、ナギ・スプリングフィールド(ネギ)と組んで戦った相手は、ラカンはもとよりそのコンビの相手も今試合に出ているどの選手よりも上だった、と小太郎は見ている。

 

「まあ、あの時みたいにネギ君もラカンさんも出てないしね」

「リオンの奴でも出とったらもうちょいおもしろかったかもしれんけどな。まああの連中もここまできただけはあるって程度やな」

 

 あの時の小太郎は幼く――それでも達人クラスの中ではかなりの遣い手ではあったが――ラカンやフェイト、そしてライバルと見定めたネギたち最強クラスとは大きな実力差があった。

 あれから時が経ち、小太郎自身も最強クラスに近い実力をもっていると目されてはいる。

 

 自分の後ろの世代の脅威がこの場にいないことを少しだけつまらなく思いながら小太郎は今大会の優勝コンビが決まるのを見つめた。

 

 

 

 

 第64話 祭りの余韻

 

 

 

 

 

 ハリーたちの見ている前で、大きな島が一つ、二つ……いや、十以上、ゆっくりと大地を離れ、徐々にだがハリーたちのいる島の高さに浮上している。

 見ているのはハリーたちホグワーツ生だけではない。

 式典に集っている魔法世界人たちも、半世紀前に崩落した廃都が再浮上する光景に感嘆の声を上げていた。

 

 視線を集めているのは二つ。

 浮き上がる島々とそれを浮かび上がらせている者。

 先日の女学生の装いからは連想もできない、女王然とした姿のアスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア様だ。

 胸元の空いた純白のドレス。手元には身の丈ほどの大きな大剣。

 一見すると女王の身分とも装いとも合わないように思える武骨な大剣は、儀式用のモノには見えないが、アスナ女王の意を受けているかのように浮かび上がり、輝いて見える。

 

「サクヤ。あの女王様、魔法使えないんじゃなかったっけ……?」

「そやでー」

 

 リーシャの問いに咲耶はほわほわとした顔で答えた。

 

「思いっきり使ってるみたいに見えるんだけど……」

 

 咲耶の言葉とは裏腹に、アスナ女王は魔法を使っているように見える。

 

「アスナ女王は普通の魔法はたしかに使えませんよ」

「普通の?」

 

 夕映の言葉にリーシャたちは首を傾げた。たしかに今アスナ女王が見せている島を浮かせる魔法は、普通の魔法とは言えないだろう。

 巨大な物体を浮遊させて操る魔法は伝統魔法にもあるが、浮遊している島々は、おそらく今足場にしている島と同じく人の力を越えているものだということが、なぜだかリーシャにも感じられた。

 

「はい。以前オスティアの王族には特殊な力が宿っているという風なことを言いましたが、これがそれです」

 

 魔法世界に存在する“天然の”魔力を司る魔法。

 神代の物語を今に紡ぎ、失われた大地を蘇らせているのだ。

 

「この世界の始まりと終わりを司る神代の力。黄昏の姫巫女。その最後の末裔が彼女なのです」

 

 

 かつてこの国を襲った巨大魔法災害、広域魔力消失現象。

 そしてこの魔法世界の最大の問題 ――魔力枯渇。これは魔法世界の存亡の危機に関わる重大な問題だった。

 魔法世界とは“言葉通りの”世界だ。魔力の枯渇は、世界の崩壊へと直結する。

 ゆえにこの世界が生まれてからの2600年。魔法世界だけでは、魔法使いだけではこの問いに全てを救う最善の解を見つけることはできなかった。

 

 だが時が経ち、神話の世界から人の世へと移りゆく中で、一人の英雄が一つの解をもって問いに応えたのだ。

 

 “生物の存在しない”魔法世界の“表側”に魔力を生み出す環境を整えること。 

 この儀式はその成果を確かめるものだ。

 

 新旧二つの世界が隔たれたままでは

 あの英雄が答えを見つけられなければ

 人の世がここまでに至らなければ

 そして、あの女王の支えがなければ

 

 どれか一つでも欠けてしまえば導くことのできなかった解。

 

 

 ゆえにこの祭典は、過去を悼み平和の願う終戦の式典であると同時に、未来を紡いでいく祈願の式典でもある。

 

 神話から人の世へ。もはや神代の力がこの世界を統べる世は終わる。

 今代の女王はまさに、神話の時代の“最後”の末裔なのだ。

 

 

 

 

 多くの人が浮遊島、あるいはアスナ女王へと視線を向けている中、ここでは珍しい旧世界人、ホグワーツの生徒たちの中の一人へと視線を向けている者が居た。

 

「アレがこのか様のお嬢さんですかー?」

「で、ござるな。ふむ。木乃香殿の若かりし頃にそっくりでござるな」

 

 一人はロリータ風の服装を着た眼鏡をかけた童顔の女性。一人は細めで長身の女性。

 ――――白き翼協力者の月詠と宇宙忍者、長瀬楓だ。

 

 彼女たちはこの儀式に先立って、廃都にうろつく魔獣たちを狩っていたのだ。

 なにせ再浮上した島はこれからまた(すぐにではないが)一般市民の生活の場になっていくのだ。

 ラストダンジョンのポップ敵キャラのような、中ボスみたいなのにうろつかれては安全な生活はできないだろう。

 そのために事前に再浮上する島の手入れを任されたのだ。

 

 ひとまず無事に仕事はやり終え今は、問題がないかを確認がてらの小休止だ。

 

 楓は旧友の娘のほわほわ顔に、懐かしい面影を見て口元に笑みを浮かべた。

 一方で月詠は表情こそ笑みを貼りつけているが、その眼差しには親しげなものはなく、未熟な少女がどれだけ愉しめるかを見定めていた。

 

 少女自身に戦闘力はほとんどない。あの近衛詠春の孫娘、といっても少女は母である木乃香(癒しの姫君)に似たものを感じる。

 傍に侍る式神の白狼は、近くにいる狼使いほどではないがそこそこ、といったところだろう。

 他の学生たちは魔法使いではあるが、戦闘の心得があるように見える者はほとんどおらず、昔の“お嬢様”の友人たちのように美味しそうな子はいない。

 

 ただ少女たち自身に食い甲斐がなくとも、あの“福音の御子”が執心しているという価値が彼女にはある。彼女に剣を向けて赤い華でも咲かせれば、近くにいる狼どもや魔法使い(夕映や高音)、そしていずれは“福音の御子”ともやる機会をつくれるだろう。

 

 最強種である真祖の怪物、闇の福音の直系にして英雄の血族とされる、新世代最強の魔法使い。

 噂ではあの“千の刃”とも互角の戦いを繰り広げたとか。

 そんな怪物との死闘を想像するだけで、月詠はぞくぞくとした感覚に震え、恍惚と顔を赤くした。

 だが、その妄想は隣から向けられる忍びの細い目に醒ませられた。

 

「そんな目でみつめられたら、ウチドキドキしてしまいますえー」

「咲耶嬢や学友殿たちに手は出さない。そういう約定にござったな」

 

 向けられる楓の気と月詠の笑顔の裏に高められた気がぶつかり、ぴしぴしと周囲の空気が弾ける。

 あの子供たちがここにいる意味と意義は月詠とてよく知っている。

 魔法世界人12億人を救う計画。

 それと天秤にかけても、月詠にとってはなお魅力的な妄想ではある。

 

 月詠はくすくすと笑いながら楓へと振り向いた。

 

「もちろん覚えてますえ~。それに心配ならさんでも、あんまりウチ好みの子はおらんようですし~…………それより、あのお嬢さんの名前、咲耶っていいはるんですか?」

 

 少しだけ事実を隠して、月詠は自身の思惑を韜晦した。

 それに気になることがあるのも事実だ。

 

「? そうでござるよ。木乃香殿に似て治癒術の心得があるとか」

「治癒術、ですか…………」

 

 月詠はちらりと近衛咲耶を視て、口元に笑みを浮かべた。

 

「なにか気になることでもあるのでござるか、月詠殿?」

「いいえ~。このか様も“因果な”名前をつけはったと思いまして…………ああ。そういえば占いも得意にしはってましたなぁ、このか様は」

 

 神鳴流とは元々は京の都の守護と魔を討つことを目的とした組織だ。その剣士である月詠は、必然的に京都と関わりの深い関西呪術協会とも関わりがある。

 呪術とは古来から日本――大和に伝えられていた陰陽の術法が原点にある。

 まだ人と魔――神霊(・・)との境界があやふやだったころからの流れがそこにはある。

 

 ある意味では彼女は確かに近衛木乃香の娘だ。その“本来”の特性が真逆だとしても。

 

 おそらく長は気づいているだろう。

 でなければ“あの”式神はありえない。 

 かつて近衛木乃香が封じられし大鬼神の召喚の巫女として利用されたように、やんごとなき血脈がたしかにあの少女には流れている。

 

 鶏が先か卵が先かの議論ではないが、名がつけられたからそれが現れたのか、それともそれが現れることを予見したからその名がつけられたのか。

 

 

 

 

 

「これでオスティアの目ぼしい行事は観光し終えたかな、高音さん?」

「ええ裕奈さん。日程では明日の午前の便でメガロに戻る予定です」

 

 この公式行事をもって、ホグワーツ生のオスティアでの観光予定はおおむね終了となる。あとはメガロへと戻り、現実世界への帰還という流れだが、まだまだ油断して良いときではない。

 襲撃というちょっかいを喜んでかけてきそうな厄介な剣士に一人心当たりがあるからだ。

 国際的な外交バランスとか、今後の世界の安定のためとか、多少は、気を使うようになっているようだが、興が乗るとなにをしてきてもおかしくない怖さがあの剣士にはある。

 

「心配いらんで高音さん。あの戦闘狂は楓姉さんが面倒見てくれとるようやし」

 

 だが高音の心配を小太郎が杞憂と判断したようだ。

 

「村上さん。アナタの戦闘力は私も認めていますが、油断する悪癖は治すべきです」

 

 楽観的にも聞こえる小太郎の言葉に高音は顔を顰めて諌めた。

 戦闘力だけならば小太郎は最強クラスとも戦えるほどではある。幼いころはよく油断から足元をすくわれるなんてへまをやらかしていたが、今回は少し違う。

 

「しとらんしとらん。心配性やな高音さん。つーかどっちか言うと、向こうに戻ってからの方を警戒すべきやと思うけどな」

「………………」

 

 笑みから顔を真剣なものに変えた小太郎。

 高音は小太郎の言葉に顔を険しくした。思い当たる節はあるのだ。

 

「リオンのやつはともかく、タカユキがこっちに来んかったんは、向こうの問題が難航しとるからやろ」

 

 メガロ政府と準敵対関係にあるリオンはともかく、今回の護衛任務でタカユキが同道しなかったのは彼の方の任務――旧世界での調査や伝統魔法族との調整の方が難航しているからだろう。

 

「タカユキさんの報告では“あの”組織が水面下でヨーロッパの伝統魔法族に接触している可能性を指摘しています。そしてイギリス魔法省も別の意味で妙な動きをしてくる可能性は十分にありえます」

「難儀なもんやな」

 

 

 

 

 行事式典が終わった後も、祭りの余韻がすぐに冷めることはなかった。

 

「すごかったなぁー」

「この研修ももうすぐ終わりね。……メルルたちにお別れくらい言いたいけど難しいかしら?」

 

 リーシャたちも祭りの余韻としての物悲しさと、この魔法世界研修旅行ももうじき終わってしまう事のわびしさがあるからだろう。

 フィリスはせっかくこのオスティアでも再会できたメルルやイズーたちと別れを言うタイミングがないのが心残りだ。

 

「彼女たちは任務でオスティアに来ていますから、そうそう時間の都合は合わないと思いますよ」

「そっかー、残念やなー」

 

 オスティア警護任務についていたこともある夕映が経験から告げるとリーシャやフィリスだけでなく咲耶やクラリスも残念そうにしょぼんとした。

 幾度か魔法世界を訪れたことのある咲耶といえども、そうそう気軽に来ることはできない。オスティアならばともかく、アリアドネーならばなおさらだ。

 ましてリーシャやフィリスなどは次にいつ来れるか分からない、というよりももう一度来ることが出来るかもわからないほどだ。

 悪くすれば今生の別れとなる可能性だってある。

 

「そう悲観することもありませんよ。夏休みが終われば…………いえ。もう会えなくなるわけじゃありませんから」

 

 だがなぜか夕映は微笑を浮かべると、まるで次に会う時があるかのように言った。

 

「つってもユエ先生。魔法世界に来るのも、こっちから向こうの世界に行くのもなかなか難しいんでしょ? 留学希望してるクラリスでもしばらくは会えないんじゃ?」

 

 リーシャは夕映の言葉に不思議そうな顔をして尋ねた。

 それに対して夕映は、なにか含む有ることがあるかのような顔をして笑みを深めた。

 

「ふふふ。まあそこはお楽しみということで。それに夏休みももうだいぶ経過しましたし、向こうに帰ってからは慌ただしいですよ」

 

 結局、夕映の先程の言葉の真意は分からないが、まあ交流が活性化すると言うのならば会う機会もやがては巡ってくるということなのだろう。メルルやメルディナなどは特にイギリスに興味があったようだし、もしかしたら来る予定があるのかもしれない。

 そしてこの研修旅行が終わってからの日程が大変なのは、まさにその通りだ。

 一応この研修期間中に宿題を持って来ている生徒もいるが、ほとんど碌に進んでいないのが大方の実情だろう。

 そして研修が終わると、もう夏休みはほぼ半分近くが終わっていることになるのだからなかなかに大変だ。

 

「そうですよね。リーシャはちゃんと宿題のノルマはこなしているんでしょうね?」

「…………」

「こら!」

 

 フィリスは昨年夏休みの課題の追い込みに奔走させられた二の舞を踏まないようにとリーシャに尋ねるが、リーシャはさっと顔を逸らした。

 

 

 

 

 

 長くも短くも感じられる研修旅行はいよいよ終わりを迎える。

 オスティアでの行事を終えた翌日。一行は無事にメガロへと戻り、メガロでのちょっとした観光やお土産めぐりなどをした後、来た時と同じようにゲートを通過して旧世界へと帰還を果たしたのであった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 ハリーたちが魔法世界で見聞を深めていたころ。

 旧世界、イギリスでは人知れず一つの動きが進行していた。

 その動きは今はまだ知る人もほとんどない、小さな蛇の軌跡でしかない。

 その歩みがやがて大きなうねりへと続いて行くことは、まだそれを企図する者たち以外では居もしなかった。

 

 

 とある村の、まだ緑の残るその村の小高い丘の上に、大きな屋敷が建っている。

 建築の見事さはかつての家主の栄光を思わせるが、今はあちこちの窓に板が打ち付けられ、蔦が絡み付き、往時を偲ばせるものとなっていた。

 リトル・ハングルトン。

 かつてリドルの屋敷と呼ばれていたこともある屋敷だ。

 だがそこに今はリドル家の住人はいない。もうずっと昔に、一家は謎の死を遂げたのだ。ただ死んでいる。一切の病気も、怪我も、傷害のあともなく、ただ死という事実のみを刻み付けられるという“変死”を一家は遂げたのだ。

 真っ当な警察には決して解決できない事件。

 事件の後、幾度か屋敷の主が変わったが、屋敷の管理をするために敷地の隅に住まう者だけを除いて、この屋敷に長く住むことのできた者はいなかった。

 

 

 その屋敷に今、“魔法使い”が身を潜めていた。

 

「ソーフィン。俺様をもっと火に近づけるのだ」

「はっ、帝王よ」

 

 不自然に甲高い声。無理に低い声を出そうとして失敗しているかのように奇妙な声が命じ、別の男がそれに応えた。

 ソーフィンと呼ばれた男は、不自然な声の主を敬意をもって扱っているのだろう。自らの手で重い椅子ごと主を暖炉の傍へと連れた。

 

「帝王。計画の実行の日はいつになさいますか?」

 

 ソーフィンは丁重に、言葉を選ぶようにしながら尋ねた。

 

「少なくともクィディッチワールドカップが終わるまでに動くことは愚かなことであろう」

「左様ですか。……しかし、バーサ・ジョーキンズから得た情報によると、まもなく国外の魔法使いどもが魔法省に持ち込んだなにかの企みが始まるのではないかということですが」

 

 問いに対して返ってきた答えにソーフィンはやや警戒の色をこめて進言した。

 

 まもなく雌伏の時は終わる。

 問題はその時をいつにするかということだが、魔法省の木端役人から得た情報を加味しても、ソーフィンと男の間では現状の認識と思惑に差異があるようだ。

 

「ふん。マグル贔屓の精霊魔法の使い手どもか」

 

 現在、この世界のマグル側の情勢に深く関わっている精霊魔法の使い手たち。

 それに対する警戒と認識が異なるらしい。

 甲高い声の主は侮蔑を込めたように吐き捨てた。

 

「むしろ都合がよい。連中の企図するマグルとの積極的な融和など不満と混乱を招くだけだ。クィディッチワールドカップに加えて国内にも混乱が起きれば、動くには絶好の機会だ」

 

 彼も精霊魔法の使い手たちを、マグル程に侮っているわけではない。

 いかに愚かしく、腐っていようとも魔法使いは魔法使いだ。ただいずれ支配し、管理淘汰する輩の一部というだけのこと。

 

 ここに来るまでの潜伏先であったアルバニアにおいて捕え、情報を提供させ、そして今はもうこの世にはない魔女からの情報は彼らにとって有益であった。

 近々イギリスにてクィディッチのワールドカップが行なわれ、魔法省の多くはそれに注力せざるを得ないこと。

 加えて国際魔法協力部と魔法大臣は、国連(マグルの国際的機関)から派遣されている精霊魔法使いとの交渉にかかりきりになっているということ。

 その連中と行っている交渉は、どうやらマグルとの積極的融和政策を基本方針にしているという噂が流れ始めており、一部の純血主義者の間で不満が高まっているということ。

 闇の帝王に仕える最も忠実な下僕の一人が、アズカバンから脱獄し、とある魔法省官僚に幽閉されているということ。

 来年度のホグワーツでの“闇の魔術に対する防衛術”の教授職に、かつては名高き闇払い、アラスタ・ムーディーが就くことになっていること。

 

 それらの情報は、彼に――闇の帝王、ヴォルデモート卿に復活の機が熟しつつあることを知らせてくれた。

 

「なるほど。では御心は変わりなく?」

 

 問われるまでもない。

 13年前のあの日。

 思いがけぬ“呪い”により自身の力を大きく削がれ、凋落したあの日から帝王としての恥辱と苦渋に塗れた雌伏の時が始まった。

 帝王を畏れ、傅いていた者どもは浸水した船から這い出る鼠のごとく浅ましく逃げ出し、忠を示した者たちは捕えられ、アズカバンへと送られた。

 復活を企図し、新たな下僕としたクィレルという愚者は、計画を果たすことはできず、復活は阻止され永遠の命も手に入らなかった。

 

 だがそんな中、一つの転機が帝王に訪れた。

 かつて最も忠実で、下僕の中でも強大な魔法力を有していた男が帝王のもとに舞い戻ったのだ。

 彼により帝王は仮初の体を手に入れることができ、そしてさらなる幸運として、魔法省の事情通の役人を一人捕えることにまで成功したのだ。

 そして今、イギリス魔法界はかつてないほどに光の中で目を焼かれんばかりの混乱を迎えている。

 

 世界とどのように向き合うのか。

 穢れた者ども、下等なマグルどもとどのように繋がっていくべきなのか。

 

 多くの魔法使いが混乱している。

 

 ならば導こうではないか。

 ダンブルドアや、血を裏切る者たちの言う光の、愛の道などではなく、魔法使いとしてあるべき道を、闇の導を辿る道へと。

 

 決意を問うソーフィンに、帝王は口角をつりあげた。

 

「ああ。いよいよ――――ナギニか」

 

 頷きを返そうとしたその時、扉の外からずるずると這いよる音が聞こえ、話が途切れた。

 部屋の扉の隙間から4メートルを超える大きな蛇が入室し、そのまま帝王のもとへと這い寄った。

 ソーフィンが見る前で蛇は帝王の乗る椅子を這い上り、そしてシャーシャーと空気の漏れる様な音を発した。

 彼にはそれが理解できない。

 だがそれこそが、ヴォルデモートがイギリス魔法界に存在する旧い血を受ける者の証――パーセルタングだ。

 

「ああソーフィン。ナギニが面白い知らせを持ってきたぞ。客人が、その扉の外に居るのだそうだ」

 

 ソーフィンの冷たい眼差しが扉へと向けられ、手にある杖が振られ、手も触れずに扉が開いた。

 

「さてマグルよ。すべて聞いたな?」

 

 

 

 

 

 この日、人知れずリトルハングルトンの旧リドルの屋敷で一人の哀れなマグルが命を散らした。

 被害者はリドル家だったころから仕えていた屋敷の庭番であった老人だ。

 

 

 

 死者の出た同じ屋敷で、魔法使いはほくそ笑んでいた。

 

 帝王は道を選び、全ての手筈も整った。

 狙いはホグワーツ、そこに守護されるハリー・ポッターの血。

 ただ運と母親の愛情のみでヴォルデモートの手を逃れた子供ごときの血を、ヴォルデモートは欲し、今や心血を注いでいるのだ。

 

 ヴォルデモートの身に宿るイギリスの古い魔法族の血。

 マグル生まれを排絶し、マグルを弑して回る思想など、その血同様、まさにヤツの古臭さの象徴だ。

 あの臆病者の賢者。ダンブルドアを認め、恐れているにもかかわらず、このイギリスにこだわる蒙昧。

 自らの魂の一部を砕かれたにもかかわらず、なおその敵を侮る愚かさ。

 

 彼にとっても残念であり信じ難いことに、帝王の魂の一部は永久に戻ることはない。

 そしてそのために帝王は致命的な事柄を忘却――いや、手に入れ損ねている。

 

 

 ソーフィンは懐に忍ばせた自らの証をぐっと握りしめた。

 自らの主が頂く証と同じ印 ――三つの秘宝を表す、“死を克服する印”。

 

 正三角形に内接する円と、二つを貫く線。

 

 

 マグルは有用だ。精霊魔法族もまた侮るものではない。

 なにせ天命を読み解く兆しである宙の星にまで手を伸ばすような輩だ。

 まさに天を、世界を掌握する所業。

 そのような輩。マグルともども支配し、管理することこそ、新しい魔法使いのあるべき道だ。

 

 

 

 復活の時は、迫る……………

 

 




魔法世界編ではキャラ登場が多かったのでまとめました。


・イゾルデ
愛称イズー。竜族の少女で、褐色の肌に竜の角と尻尾を持つ。身体能力、魔力が高く、魔法戦士として非常に優秀だが少々問題児。昔修業時代のリオンに助けられた孤児。性格や問題行動の多さに反して、魔法戦闘の勉強に関しては真面目で、魔法戦闘系の授業ではクラストップの成績。ナギやネギよりも魔法界での問題児リオンを尊敬していることから委員長とは相性が悪い。

・メルル・コリエル
金髪でエルフのような耳を持っている亜人。アリアドネーの外から来た候補生。魔法使いとしてはそこそこできるが、両親がトレジャーハンターであることに加えて、名前が似ていることから委員長にあまり良く思われていない。

・メルディナ・ジュヌヴィエーヴ
愛称メルディ。白い猫耳尻尾の亜人。クラスの委員長で、プライドが高い。座学ではトップで、戦闘技能ではイズーに及ばないが、氷系統の使い手として中々に高位の魔法使い。

・アルティナ・ヴェルル
愛称ティナ。メルディとよく一緒に行動している。炎熱系魔法の使い手。最近の趣味は真っ赤な顔をしてわたわたしているメルディを眺めること。


・コレット・ファランドール
純粋魔法世界人で犬系統の亜人。アリアドネーの学校の教員で、夕映とは旧知の仲。

・ベアトリクス・モンロー
アリアドネーの総長。夕映やコレットとは昔なじみで、共通の友人に旧世界麻帆良の駐在大使がいる。ヒューマン。

・高音
メガロメセンブリアのエージェント。影の魔法の使い手で、攻守、探知のバランスがよくかなり高位の魔法使い。“偉大なる魔法使い”としての資格は有しているが、ネギや木乃香とは違い“立派な魔法使い”とまではいかないため、まだまだ研鑽中。

・裕奈
メガロメセンブリアのエージェント。魔法使いとしてはそれほどではないが、魔法銃の使い手で、多様な術式を弾丸として撃つことができる。ゆーな☆キッドとの関係は謎。

・愛衣
メガロメセンブリアのエージェント。炎系統の魔法を得意とする、全体的にバランスのよい魔法使い。好みのタイプは野性味あふれる人狼種(?)

・アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア
ウェスペルタティア王国の女王。魔法世界でも希少な魔法無効化能力の保持者――黄昏の姫御子。公的には実戦を退いて久しいが…………

・村上小太郎
旧世界出身。狗族と人とのハーフ。結婚して苗字が変わった。

・パイオ・ツゥ
ヘラス族の亜人。傭兵であり、乳在るところに現れる乳神。某伝説の傭兵の変態方面での弟子だったりなかったり……

・親切な流れのおっさん
変態…………


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