春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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リオンくんのしんじつ

 亜人とも呼ばれる、この世界に太古から住まう古き民たち。彼らの国が多くある、世界の2大勢力の一つ ―― ヘラス帝国。

 

 当然その街にはメガロはもとよりアリアドネーよりも多くの亜人が生活しており……というか目に映る人のほとんどすべてが亜人だった。

 それもアリアドネーでよく見かけた猫耳、犬耳、兎耳などの生えたちょっと変わった外見のヒト、といったレベルではなく、デフォルメされたイルカのような人(?)や、もはやぬいぐるみにしか見えない1頭身の兎もどきなどが、普通に闊歩している。

 今まで見た街以上にファンタジーここに極まれり、といった街並みにハリーたちは唖然としながら街を歩いていた。

 

「ユエ先生。亜人って、あの、前に学校に来た悪魔のような人もいるんでしょうか?」

 

 街を歩く亜人の人々を見て、ハーマイオニーは思っていた疑問をぶつけてみた。

 彼女が2年時にホグワーツを襲撃した悪魔。

 それは自称ではなく、たしかに“悪魔”の姿と力を見せた人ではない存在だった。

 

 今この街にはあの時のようなこれ見よがしな悪魔っぽい亜人はいないが、居てもおかしくなさそうな光景だ。

 

「悪魔……魔族も稀にではありますが居ますよ。ただし、まだ魔界との国交は開かれていませんから数としては多くはありませんが」

「魔界!? 魔界なんてあるんですか!?」

 

 ユエの説明にハーマイオニーは驚いて質問を重ねた。

 魔法世界、などというものがあるので不思議ではないといえばないのだが、まだ知らない異世界があるのかという驚きはあって当然だろう。

 

「ええ。魔族は主に魔界から来ているそうですよ。 …………!」

 

 どこだよそれは!! という生徒たちの心の声は、残念ながら答えを得ることはなかった。

 話しながら先導していた夕映が、路地を向かい合うように歩いてきたとある人物に気づいて足を止めた。

 

「夕映さん? 知り合いですか?」

「…………ええ。出会ってあまり喜ばしい相手ではありませんが……」

 

 夕映の様子に気づいた高音の問いに、夕映は実に嫌そうな顔をした。

 険しい視線を向ける先にいるのは、黒づくめの装いをしており、ヒトか亜人かは一目では分からないが、不気味な感じのする人だ。

 

「モフフフ。これは見事な貧にゅ……いや、綾瀬夕映だったネ」

「……今は瀬田夕映です。パイオ・ツゥさん。…………まさか傭兵の活動ですか?」

 

 夕映は警戒心を露わに尋ねた。

 この異相の魔法使い、パイオ・ツゥとは過去に幾度か戦い、あるいは共闘したことのある間柄だからだ。

 傭兵結社“黒い猟犬(カニス・ニゲル)”のメンバー。

 そしてそれ以上に、この人物のキケンな性格と性癖を知っているからこその警戒だ。

 

「なに。偶々近くを通りかかった時に我が師の目撃情報を聞いてネ。せっかくだから挨拶でもと思ったまでヨ」

「あなたの師匠ですか?」

「だが、どうやらガセだったようネ。まあただの挨拶のつもりだったから、いいのだが」

 

 怪しげな笑い方をして体を揺らしたパイオ・ツゥに夕映だけでなく、小太郎や高音たちも疑惑の視線をぶすぶすと刺しつけた。

 完全に怪しいものを見る眼差しを向けられているパイオ・ツゥは心外そうに肩を竦めた。

 

「私とてそこそこには事情通ネ。“白き翼(救世主)”。そんな恐い顔をしなくても野暮な真似はしないヨ」

 

 とある、あまり善良とは言い難い理由からパイオ・ツゥは白き翼と関わりがある。

 そこらへんからおおよその事情を察しているのだろう。

 

 今現在、白き翼が実行している計画は“世界”を救うための計画だ。流石にそれを邪魔して自分たちの首を絞める様な真似は依頼されても受けることはないだろう。

 

 ただし

 

「もっとも。この宝の山にみすみす手もつけずに去っていくというのは乳神の名折れというものではあるがネ」

「オイ」

「やめるです」

 

 巨乳(リーシャ)美乳(咲耶、フィリス)貧乳(クラリス、ハーマイオニー)などなど、より取り見取りの品評会の如き光景に熱視線を向けることは怠らない。

 相も変らぬ性癖に小太郎含め、高音たちが冷たい視線を向け、夕映は躊躇なく装剣して突きつけた。

 

「モフフフ。やはりやめておこう。白き翼の貧乳、綾瀬夕映と犬上小太郎がいては分が悪いどころではないからネ」

「なっ!! ひっ!?」

 

 それでは去らばだと、パイオ・ツゥ(不審者)は去って行った。

 

 

 

 

 第61話 リオンくんのしんじつ

 

 

 

 

 引率の先生の中ではなにやらやることがあるのか、特にルーピン先生などは大変そうにしていたが、とりあえず一般生徒には関わりもなく、与り知らないことであった。

 

 

 というわけでヘラス観光。

 

 

 魔法学校での交流が中心だったアリアドネーとはうって変わってヘラスでの研修は街や史跡などの観光が中心となった。

 流石は魔法世界の古き民が住まう歴史ある帝国だけあって、限られた時間の中でも見るべきものはたくさんあり、時間いっぱい生徒たちは街を巡っていた。

 

「お土産どれにしよかな」

「魔法世界らしいものがいいわよね。って言っても、どれが魔法世界らしいのかよく分かんないけど」

「おっ。これってサクヤが送って来てくれる立体映像の手紙だよな。クラリス買うのか?」

「…………」

 

 咲耶はリーシャたちとわいわいとお買い物を楽しみながら、おじいちゃんやリオンたちにプレゼントするお土産を探していた。

 魔法世界も含めて世界中を旅しているお母様はともかく、おじいちゃんにとっては魔法世界は久しく訪れていない懐かしい地であろうし、リオンにいたってはのんびりとお土産を買うという思考すらないだろう。

 ウィンドウに飾られた人形――笑顔を貼りつけてナイフを放り投げた体勢の可愛らしい翼の生えた人形をツンと指で突いた。

 突かれたことに反応して、人形は器用に6本のナイフが動かしてポンポンとジャグリングしだした。

 

「この人形。なんかどっかで見たような……」

「どうしたのリーシャ?」

 

 立体映像の飛びだす魔法の手紙。

 かけるだけで認識阻害がかかる魔法のメガネ。

 おもちゃのような、しかしたしかに効果を発揮する魔法の杖、などなど……

 

 向こうの世界ではみないような物。似たような、しかしホグズミードでもないような魔法の品物なんかも販売しており、ウィンドウショッピングだけでも少女たちの目を楽しませた。

 

 

「土産物ならそっちの方にいいのがあるぜ、嬢ちゃん」

「はぇ?」

 

 不意に、咲耶たちは背後から声をかけられて振り向いた。

 

 振り返った咲耶たちの視線の先に居るのは、ローブのフードを目深にかぶった大男。

 胸元で組んでいる腕はホグワーツの魔法使いのような細腕とはまったく違う、ムキムキにたくましい太腕。

 深くかぶられたフードの影になっていてよく顔は見えないが、どこか楽しげな笑みを感じるような声だった。

 いきなり声をかけられた咲耶がきょとんとした顔をしているのを見て、男はくっくっと笑った。

 

「俺か? 俺は親切な流れのおっさんだよ」

「…………えと、どれがええの?」

 

 不審げな顔をしている友人たち。咲耶は少し戸惑いがちに、とりあえず自称“親切なおっさん”のおススメのお土産を尋ねた。

 

「エヴァのガキに渡す土産だろ? ほれ、そこの棚だよ」

 

 視線を向けると、そこには他の棚から区切られた棚があり、周囲から隠すようにめぐらされたカーテンには注意を促す文句が書かれている。

 

 

 ――アダルトオンリー 実用・妖精シリーズ”ADULTERA” ~小さなカプセルに大きな夢~――

 

 棚に置かれていたのは小さなカプセルの山。R-18の文字が躍っており、“スイッチ一つで実物大のヌード妖精が貴方をおもてなし!” という説明文とともにいかがわしい説明図が描かれたものだ。

 

「へー……って、エッチぃお土産やんか!! こんなんリオンに持ってけへんって!!」

 

 種類はたくさんあって、妖艶なボインのお姉さんの木精、挑発的で綺麗な胸の形の風精、燃えるような情感あふれる火精、そして色々と控えめながらもカチューシャが似合う少女のような水精。多種多様、幅広い男の妄想(ニーズ)に応えてくれるようだ。

 

「ん? 男なんぞ、みなエロスを求める野獣なんだよ。リオンのぼうずなんぞ、ああ見えて独占欲の塊。見るからにムッツリじゃねえか。詠春と同じだな」

「こらー!!!」

「ワッハッハ!!」

 

 両手をあげてぷんぷんと怒ると大男は豪快に笑い飛ばした。

 無防備極まりなく大男に近づく咲耶だが、不思議とお守り役のシロが噛みつく様子はない。

 だが、色々とおかしなワードが大男の言葉には混じっている。

 

「ちょっとサクヤ! こっち来なさい!」

 

 フィリスは不用意に不審者に近づこうとしている咲耶を強引に引き戻した。

 

「あの人、スプリングフィールド先生の事知ってるみたいな口ぶりよね。知り合いなの?」

「ん? ん~……」

 

 あらためて聞かれた咲耶は、とりあえず落ち着いて不審者をまじまじと観察した。

 フードの影になっていて顔はよく見えないが、袖口から僅かに見える肌の色は濃い褐色。

 そうでなくともこれほど目立つ体格と、なによりも威圧感を放つ大男ならばそうそう忘れたりはしないだろう。

 

「どっかで……ううん。多分知らん人やな」

 

 あからさまにうさんくさそうな視線を向けられている気配に気づいたのか気づいていないのか、大男はにやりと口元に笑みを浮かべた。

 

「リオンのぼうずに持って行くならオススメは水の精だな。なにせヤツの好みはぺったんこだ」

 

「!!!!!」

「こらこらこら! なんで見知らぬ不審者の言葉を真に受けてんだよサクヤ!」

「ひどい中傷ね」

 

 にやにやとしながら言い放った大男の言葉に、咲耶はガビン!!! と衝撃を受けたような顔をし、見知らぬ不審者の言葉をあっさりと信じている脳天気少女にリーシャがツッコミを入れた。

 どうやらこの大男は関係性は不明ながらもスプリングフィールド先生と知り合いらしい。ただし、言っている言葉は大概にひどいものでフィリスはうさんくさそうにしている。

 

「中傷? いやいや真実だぜ。いいか? 男子の初恋っていうのは大概相手は母親か小学校の先生って相場は決まってるんだよ。そしてヤツの母親は稀に見るまな板。そこから導かれる答えこそがヤツの好み――――ツルペタだ!!!」

 

 喝ッ!!! と目を見開いて告げられた言葉。

 

「ツルペ……!!!?」

「こらそこっ! 確かに! みたいな顔しない!」

 

 どうやら咲耶は思うところがあるのか真実ここに見たりと立ち竦んでおり、フィリスも慌ててツッコミに回った。

 

 どうやらこの大男。スプリングフィールド先生だけでなく、その母親のことも ――魔法世界でも噂の域をでないらしいことの真実も嘘か真か知らないが知っているらしい。しかもそれは咲耶の反応を見る限りにおいてあながち的外れとも言えないものだから始末に悪い。

 先生の母親が、咲耶曰く“すっごい魔法使いでかわいらしいエヴァちゃん”で、このうさんくさいおっさん曰く“稀に見るぺったんこ”というのがどんな人なのか気にならなくもない。

 とりあえず今はこの状況をどうするべきか。

 呵呵大笑しているおっさんは、ふと、何かに気づいたように視線を逸らした。 

 

「ワッハッハ!! っと、やべぇやべぇ。お目付け役に見つかるとメンドクセェ。それじゃな咲耶嬢ちゃん」

 

 シュタッ!と大男は片手を挙げて別れのジェスチャーをすると、瞬動を使って一瞬で咲耶たちの前から姿を消した。

 

 それはリーシャたちから見て、極めて精度の高い姿くらましのような一瞬であり、入りの音もなく、そして視界に映る範囲からは姿を消えていた。

 

「なんだったんだ今の……?」

「さあ……?」

 

 リーシャたちは呆然と、大男が消えたところを見つめて揃って首を傾げた。

 まるで嵐のようなにぎやかさのおっさんだった。

 そしてなにやらだんまりとしている咲耶へと視線を向けると、両手で包み込むよう胸に手を当てて難しい顔をしていた。

 

「…………むぅ」

「こらこら」

 

 リーシャやフィリスと比べて慎ましやかな、しかしクラリスに比べて確かに膨らみのある胸に難しい顔で見つめる咲耶に、友人一同が揃ってツッコミをいれたのであった。

 

 

 

 

 ・・・・・・・・

 

 

 

 

 

 現実世界の日本、京都にある関西呪術協会の一室。協会の長が執務を行う部屋で、部屋の主と顔を突き合わせていたリオンは、ふと何かを感じて顔を巡らせた。

 

「………………」

「どうかしたかの、リオン?」

 

 集中が途切れたリオンの様子に部屋の主――詠春が不思議そうな顔をした。

 

「いや……なんだか今、全力で否定しなきゃならん中傷を受けた気がしたんだが…………」

「?」

 

 リオンにとって、どこかで噂される、というのは身に覚えのあり過ぎることだ。

 それは自意識過剰、というよりも、自身の名前に由来するあれこれの噂がある以上仕方ないことだ。

 好奇心、悪意、脅威、色々な形での興味が自分の名前に向けられていることをリオンは実感として知っている。

 それでなくとも、噂なんていうものはありふれていることだから、特に気にするものでもないのだが…………なんだか今の悪寒は無視していいものではないような――自分の尊厳を著しく傷つけられたような気がなんとな~くしたのだ。

 ただ、どれほど優れた魔法使いとは言え、世界のどっかでなされた取るに足らない自分の噂なんてものを辿るなんてことは馬鹿げている。

 リオンは感じた“なんか”を気のせいとして振り払って手渡された書類に視線を戻した。

 

「……まぁいい。それでこれが今年の予定か?」

 

 今日、関西呪術協会の長を訪れたのは、なにも茶飲み友達を訪れたなんていう平和ボケした内容の為ではない。

 拍車のかかるだろう、今年の予定を知っておくために呼び出されたのだ。

 

「うむ。情報公開のステージがいよいよ一段階進むからの。今年はそっちでもかなり変化があるはずじゃ。とりあえずお主にも関係のあるところをまとめておいた。問題なければ進めておくから確認だけしといてくれんか」

 

 魔法バラシという歴史の大転換点となる計画。

 それはさらに壮大な計画の一部でしかないのだが、一部である情報公開だけでも一歩間違えれば世界的な大混乱を容易に引き起こしてしまう重大事件だ。

 ゆえに発案者は“とある経験”からその大混乱を回避するべく、情報公開には慎重を期し、幾つかの段階を経て行う計画をたてたのだ。

 もっとも時間的な制約もある以上、大枠の方の計画を進める関係上必要なところには既に先行して情報の開示がなされているが…………

 

 すでに幾つかの段階はクリアし、現在は国際機関、世界各国の政府、国際的な大企業のトップに情報が公開され、こちらの世界の各国魔法協会首脳部に対して理解と協力を求めるステージまで至っている。

 そして次はいよいよ“伝統的魔法族の民間レベルに魔法をばらすことを通達する”段階だ。

 魔法世界側とコネクションが強い魔法族は、昔から非魔法使いに溶け込むことに慣れているが、こちらの世界で非魔法使いから隠れ住んできている伝統的魔法族は、非魔法使いの生活様式に適応できていない場合が多くみられる。

 現代文明における科学の産物を忌避し、一般人からすると頓珍漢としかいえないような突飛な行動をとる“まともではない”ような人物がありふれている。

 そのためいきなり魔法使いに非魔法使いの生活に馴染めと言われれば大きな混乱を伴う事間違いなしだ。

 ゆえに政府レベルで協議を終えてから一般魔法族にもそれを通達するという手続きを踏むことで混乱を抑えようとしているのだ。

 

 それでも例えばイギリスのように非魔法族に縁の深い魔法使いに対して差別意識の根強い地域からは当然反発は予想される。

 まずはこのステージの混乱を収めなければ、とてもではないが一般公開にまでは至れない。今年からはその対策の仕事も増えていくだろう。

 

 渡された分厚い資料には一部ごとに案件についての詳細が盛り込まれており、リオンはパラパラと要諦に目を通した。

 

 

 ――――魔法情報の公開

 イギリスにおける伝統魔法族の箒のスポーツ競技“クィディッチ”ワールドカップ開催

 諸外国の伝統魔法族の計画協力状況について

 ヌルメンガードにおける調査報告

 近衛咲耶、リオン・スプリングフィールドの縁談企画…………

 

「おい」

「フォッフォッフォ。ちょっとしたお茶目じゃよ」

 

 資料の中に、計画には全く関係のなく潜り込んでいた企画書を抜き出してリオンはドスの利いた声を発した。

 詠春は当然それを予想していたのか髭を撫でつけながら好々爺とした笑みを浮かべた。

 

 色々と言ってやりたいことはあるが、ツッコんでも年の功で軽く弄られて、この老人の遊び心を満たしてしまうだけだろう。

 リオンは抜き出した余計な企画書を掌の上で燃やして消し去り、軽く払った。

 どこからともなく「チッ」という舌打ちが聞こえた気もしたが、綺麗に無視をして資料の続きに目を通した。

 

 

 ……火星移住計画進捗状況

 ホグワーツの留学生受け入れ拡大について

 不死者狩りと名乗る集団について

 近衛咲耶と近衛リオンの入籍届…………

 

 リオンは無言で断罪の剣を突きつけた。

 

「ちょっとだけは冗談じゃよ!」

「それが辞世の言葉か、ジジイ!!」

 

 冗談ではない言い訳に思わずツッコミが入った。

 

 近衛咲耶……御年16歳。女性であれば日本では法律上結婚を認められる年である。

 

 


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