古来より魔法世界では南の古き民と北の新しき民の間に様々な確執が存在した。
それは種族の違いというものだけではなく、もっと根本的な、この世界が成立したころから存在したものが原因と言われている。
だがそれでも永い時をかけて作り上げられた世界の構図――メセンブリーナ連合とヘラス帝国――両者の間に全面戦争に至る程の理由はどこにもなかったはずだった。
はじめは辺境のささいな争いがきっかけだったと言われている。
だが、やがて確たる意志を持って帝国の侵攻は始まった。
歴史に記されるところの“アルギュレー・シルチス亜大陸侵攻”。だが、帝国の真の狙いは彼ら古き民の文明発祥の聖地“オスティア”の奪還であった。
連合と帝国の狭間に位置していたオスティアは、国の持つ歴史と伝統とは裏腹に政治的な力の乏しい、大海に漂う小舟のように揺れる状態となっており、当時はメセンブリーナ連合の支配下にあった。
強力な魔法力を有するヘラス帝国の侵攻力は圧倒的であった。
数多の鬼神兵、空挺魔法師団。
二度に渡るオスティア攻略戦こそ失敗に終わったものの、帝国は当時としてはまだ研究段階と考えられていた大規模転移魔法を実戦に投入することにより、大陸間を繋ぐ要所、グレート=ブリッジを陥落することに成功する。
グレート=ブリッジは全長三百キロに亘って屹立する巨大要塞にして、連合の首都メガロメセンブリアとオスティアとをつなぐ喉元。
ここを陥落させられたことにより、連合はまさに風前の灯かと思われた。
「第13魔法大隊、潰走!!」「空挺艦隊!! 精霊砲の直撃により旗艦撃沈!!」
起死回生の一手として、望んだ一大決戦。
大兵力を投入した連合だが、圧倒的なヘラス帝国の防衛力の前に、連合は為すすべなく決戦敗北の色を濃くしていた。
「くぅッ!! 押し戻せ!!! 撤退はできん!! なんとしてもここを取り戻さなければならんのだ!!!!」
「し、しかし……!!」「敵、巨神兵来ます!!!」
空を覆っていた魔法艦隊は旗艦を失ったことにより制空権を奪われ、対空砲火の薄くなったところに、天を衝くほどの巨神兵が進軍。
連合軍の本営へと迫ろうとしていた。
その巨腕が、圧倒的な暴力の惨禍を撒き散らさんと振りかぶられ
そして――――
――――轟雷が響いた。
「な、なんだ!!?」
「きょ、巨神兵が……」
雷神の鉄槌かと見えるほどの強大な大魔法が、敗戦を決定づけようとしていた巨神兵を両断した。
「よっしゃ! 間に合ったな!!」
「あ、あれは…………」
空に浮かぶ5人の戦士。
桁外れに膨大な魔力を纏う赤い髪の少年。
片刃の長刀を構える黒髪の男。
巨大な大剣を手にする褐色の大男。
長い髪を一つに束ねた魔法使い。
童にも見える白髪の魔法使い。
「
「サウザンドマスター!!!!」
歓声が、上がる。
「間にあってない。敗色濃厚だ!」
「終わってねえなら間に合ってんだよ、詠春!」
「いいね。獲物独占!! 久々に全力でやれそうじゃねえか!」
「ここで退いたら後がありませんしね」
「まったく、バカは気楽じゃな」
オスティア防衛戦で多大な武勲を上げつつも辺境へと追いやられていた最強たち。
サウザンドマスターとその仲間、紅き翼が、遂に激戦の戦場へと復帰したのであった。
「さてと……それじゃあ、いっちょ――――」
再びその身に雷の如き瞬き魔力が纏う。
「行くぜ!!!!」
黒い渦のような重力球が無数、空を覆う魔法艦隊に穴を空け、
戦艦をも上回るほどの斬艦剣が巡洋艦を切り裂き、
雷光の剣が巨神兵を焼き斬り、
「百重千重と重なりて走れよ稲妻――――
雷系最強の大呪文が魔法使いを寄せ付けないはずの巨神兵を数体、まとめて打ち倒した。
「ば、ばかな。こ、こんなことが……奴は、悪魔か!?」
戦況は一転していた。
帝国の空挺艦隊はある艦は重力に潰され、ある艦は馬鹿げた大きさの剣に切られた。
魔法使いを駆逐する巨神兵は雷剣に斬られ、雷を落とされ消し炭になった。
防衛ラインが打ち破られる。
最強の5人が戦線を傾け、それに乗じて連合は一気呵成に攻勢をしかけた。
第57話 魔法生徒、体験中
「――――
ハリーはぽかんとした表情で授業の映像を見ていた。
色々と思うところはあるが、その中でも特に大きかったのは、胡散臭い、という思いだった。
なにせ映像に映っている“
映像と授業内容が正しければ、大戦というのは、ハリーが経験してきたような冒険が、少し日常から外れた程度としか思えないようなものだ。
それこそ“大きな戦争”という言葉そのものだった。
だが、それならハリーと同い年程の少年が活躍したなどと言われても、正直信じがたい。
2年ほど前にホグワーツで教鞭をとり(?)、“大活躍した”と喧伝していたとある魔法使いの大法螺でもそこまではなかっただろうほどだ。
「彼らは、その圧倒的な武勇でも知られていますが、最大の功績は魔法世界において無比の悪名を轟かす秘密結社“
恐ろしいことに、どうやらこれは魔法世界の共通認識のようで、その当人など今この教室のどこにもいないのに、授業を行っている魔法教師は赤毛の少年たちの功績とも言える歴史について講義している。
「“完全なる世界”は、末端は武器商人や武装マフィア、さらには両陣営の中枢にまで潜り込んでおり、人種間の対立や不安と混乱を煽り、怒りと憎しみを撒き散らし、戦火を拡大せんとしていました。アラルブラは大戦末期、その全ての真相を暴き、世界を滅亡の危機から救った英雄とまで言われています。この組織の壊滅と王女アリカ・アナルキア・エンテオフュシア様の決断、歴史あるウェスペルタティアの王都オスティアの犠牲をもって大戦は終結します」
アリアドネーの授業聴講は、参加希望が多かったためにいくつかのグループに分けて組み込まれた。
ハリーはハーマイオニーとジニーたちウィーズリー兄妹と一緒になった。他にも幾人かの生徒が同じクラスに配されており、その中にはクィディッチで戦った事のあるハッフルパフのセドリックやルーク、リーシャもいた。
そしてハリーたちの授業では、近現代の著名な魔法使いとして、近々執り行われる大きなお祭り ――終戦記念式典―― にちなんで、大戦の英雄であるアラルブラとナギ・スプリングフィールドについて行われていた。
「終戦後、サウザンドマスターは地位や権力の座に就くことなく世界を巡り、戦争では解決しなかった様々な問題を解決するために尽力しました。そのため、彼はメガロ政府より発行される称号、
メガロでの観光で説明されたマギステルマギ。
魔法界で最も名誉ある称号であり、職業。
「彼と同じく本来の意味でそう呼ばれる魔法使いは決して多くはありません。近現代で特に有名なマギステルマギは、30年ほど前に魔法世界で起こったコズモエンテレケイア残党による大崩壊事件の解決、およびブルーマーズ計画の提唱・推進を行っているネギ・スプリングフィールドや、魔法世界でも屈指の治癒術士として世界を巡っている近衛木乃香がそう呼びならわされています」
ハリーは思わぬ名前が出てきて、同じ名前をもつ少女を思い浮かべた。
“コノエ”
その名前は、ハリーにとって友達の一人の苗字に過ぎないが、それでもニホンの魔法協会のお偉いさんの孫だということは知っている。
授業はいよいよ終わりを迎えているのか、本来の騎士団候補生向けの授業だった先程までの雰囲気から一転、ホグワーツの生徒たち、騎士団候補生、両者に向けて微笑んだ。
「ちなみに余談ですが、オスティア終戦記念式典では2代に渡って魔法世界を崩壊から救った英雄の名を冠して、魔法世界全土から選りすぐりの使い手が集まる“スプリングフィールド杯”という剣闘士の戦いが催されます。特に近年では王都復興の記念行事も執り行われることから一層盛大になります。アリアドネーからは例年通り記念式典の警護任務のための騎士団を派遣し、候補生からも選抜を行います。ホグワーツのみなさんは丁度式典の際にオスティアに居られると思いますから、任務の際に見かけることもあるかもしれませんね」
・・・・・・・・
授業が終わり、休み時間になると解放感を覚えるのはホグワーツも魔法世界の学校も同じらしい。
生徒たちは思い思いに休憩をとっていた。
旧世界からの来訪者に、多くの者は興味深げな眼差しを向けていたが、かといって全ての生徒が積極的に話しかけていくわけではなく、遠巻きに見てひそひそと話していり、
「ねえねえ。キミたち旧世界から来たんだよね。なんて国から来たの?」
そしてある生徒は積極的に興味津々という思いのままにハーマイオニーたちに話しかけていた。
真っ先に話しかけてきたのは肩口ほどの金髪とエルフのような長い耳の少女。
流石に昨日の少女のように際立って目立つ大きな角や尻尾がない分、ハリーたちにとってもそれほどぎょっとせずにすむ容貌だ。
ちょうどホグワーツ生同士で集まっていたハリーたち。物怖じしない度胸のよさからハーマイオニーが答えた。
「イギリスよ」
「イギリス!? イギリスっていうと、あのナギとネギの出身地だよね!!? どんな国なの?」
ハーマイオニーの返答に、エルフ耳の少女は目を輝かせて話に食いついた。
ナギとネギ、というのがどうやら魔法世界において名の知れた英雄らしい、ということはすでにハーマイオニーも覚えていた。というよりもネギ、という名前に至っては、なぜか知らないがマグルのニュースでも聞いた名前だ。
だが、向こうの世界、伝統的魔法族にとっての教科書にでてこない彼らの出身地が“イギリス”と聞いても、ハーマイオニーには対応のしようがない。
「えっと………」
「イギリスかぁ~。あっ! 私メルル! メルル・コリエル! よろしくね!」
少女――メルルは訪れたことのない、かの英雄たちの出生地を思い浮かべて恍惚とした表情となっており、困り顔のハーマイオニーにはっと気が付いて、自らの名前をまだつげていないことを思い出したらしい。
メルルの自己紹介に応えてハーマイオニーもハリーたちも名前を返した。
「いいなー、旧世界…………」
「あっちの世界に興味あんの?」
「そりゃそうだよ! 旧世界に行ける純粋魔法世界人なんてほんの一握りなんだから! 同い年くらいの子で旧世界に行った子なんて見たことないよ!!」
羨ましそうなメルルの様子に、フレッドがふと何気なく質問すると、メルルは勢いよくつめよるようにして言った。
ハーマイオニーはこの人懐っこいエルフ耳の少女の言葉に、少しひっかかりを覚えた。
“旧世界に行ける純粋魔法世界人はほんの一握り”
旧世界、というのがハーマイオニーたちが普段暮らしていた世界だということは既に知っている。
その往来はたしかに煩雑な手続きを必要とするものではあるが、それでも向こうからこちらに来たときには数十人の魔法使いが一緒にやってきたのだ。そんなゲートが世界中にあと幾つもあるというのだ。こちらから向こうの世界に行くのがそれに対して難しいというのはないだろうし、ほんの一握り、というのは言い過ぎではないだろうかと思えたのだ。
「一度でいいからマホラの軌道エレベーターを見たいんだよね~」
「アナタごときがアチラに行こうなどと。相変わらず無駄なことに妄想を働かせていますわね、メルルさん」
夢見がちに話すメルルとの会話に、一人の少女が声を挟み、割り込んだ。
「う゛っ。いいんちょー……」
メルルはぎくりと顔を顰めると、バツ悪そうにそちらを見た。
ハリーたちもそちらに視線を向けると、3人の少女を引き連れた気の強そうな女の子がいた。
肩口ほどの銀髪にゆるいウェーブのついた、そして頭部にちょこんと三角形の白い猫耳を生やした少女。
思わず「今度はネコかよ」と吐露しそうになったのはハリーのみならずジョージとフレッドも同じだったようで、顔を引き攣らせていた。
「あら? この声、たしか…………」
ハーマイオニーも、決して亜人との交流に慣れているわけではないが、ふと、話しかけてきた少女の声に聞き覚えがあって、そしてその猫耳を思い出すようにしてマジマジと見た。
「昨日は挨拶もなく、失礼しましたわ。ホグワーツ魔法魔術学校のみなさん。わたくし、メルディナ・ジュヌヴィエーヴと申しますわ」
ハーマイオニーの悩むそぶりを気にかけたのか、猫耳の少女は胸に手を当てて礼儀正しく自分の名前を告げた。
「昨日?」
「問題児がご迷惑をおかけしましたわ。イゾルデさんは素行に大いに問題があり、候補生と名乗るもおこがましい方ですが、あのような野蛮な粗忽者は極稀ですのでご安心ください」
一瞬、昨日、という言葉の指すところが分からなかったハリーたちが、この猫耳少女が、昨日ここに来る途中であった捕り物劇の一人であったことを、言われて思い出した。
礼儀正しく聞こえる言葉と態度に、しかしハリーは少しだけ反発心を覚えてムッとメルディナと名乗った少女を見た。
似ているのだ。
取り巻きを連れて威圧するように上から話しかけてくる高圧的な態度。礼儀正しい言葉遣いの裏に隠しつつも、まったく隠れきれていない嘲りの思い。
なんとなく、少女の態度に宿敵とも言えるマルフォイを思い起こされてハリーは顔を顰めた。
「むっ! 問題児問題児って、いいんちょー、こないだの模擬戦でイズーに負けたからって根に持ってるんじゃないの!? 選抜試験も近いし!」
そしてハリーとマルフォイの関係は、そのままこの二人にも当てはまるのか、メルルは指を突き付けて言い返した。
「ふん。バカバカしい。地上での模擬戦と箒レースでの空戦はまったく異なります」
「それって陸戦じゃ勝てないって言ってるようなもんだよねー」
「問題児の腰巾着が言ってくれますわね!」
「いつもお伴を連れてる委員長に言われたくないよ!」
ハリーたちを放置してヒートアップしていく二人。
メルディナは冷静そうに言い返しているがメルルの言葉に米神がひくついている。
バチバチと火花を散らして睨みあう二人。
ハリーたちが呆気にとられていると、「パンパン!」と手を打って注意をひく音が耳に届いた。
はっとなって、言い合いをしていた二人もそちらに視線を向けると、そこには教師の一人なのか褐色の肌で長く垂れた耳をもつ眼鏡の女性と、ホグワーツ生の引率者である夕映が苦笑して立っていた。
「はいはい。お客さんの前でみっともない口げんかしないの」
「ぐっ」
「うっ。ファランドール先生……」
眼鏡をかけた亜人の女性――ファランドール先生に注意を受けてメルルもメルディナもバツ悪そうに言葉を詰まらせた。
唇を尖らせつつも言い合いを止めた二人を見て、ファランドールはクラスをぐるりと見回した。
「ちょっとみんな聞いてー。ホグワーツの人もいいかな」
教室に聞こえる声で呼びかけ、そして呆気にとられていたハリーたちにもニコリと微笑みかけた。
「候補生は知ってると思うけど、近々オスティア行きの選抜試験がありまーす。その試験だけど、せっかくなので希望するホグワーツの生徒にもその試験内容と同じ模擬戦、箒ラリーに参加してもらおうかと思ってます」
先生の布告に、ハリーははっとして自分が持ってきた箒、ファイアボルトのことを思い出した。
たしか、研修中希望する生徒には箒レースへの参加が認められるという話だった。
これがそれかと思い、ハリーは自分と同じようにクィディッチの選手であり、空を飛ぶのが好きなはずの二人、フレッドとジョージを見た。
二人も顔を見合わせて顔に笑みを浮かべているのを見ると、どうやら二人も参加するつもりらしい。
「他のクラスの子にも伝えるけど、希望する子は私か、こっちのユエまで――」
「お待ちください、ファランドール先生!!」
だが、その参加について説明していたファランドール先生の言葉をメルディナが遮った。
「栄光ある警備任務を選抜する試験に、彼らが参加するというのは納得できません!」
きょとんとする先生や咲耶たちの前で、メルディナはハリーたちには思いもよらない拒絶を告げた。
メルディナの言葉に、先生は少し困ったようにポリポリと頬を掻いた。
「メルディナさん。試験にはいくらなんでも参加できないって。あくまでも相互の技術研修のための練習の参加。それについてはちゃんと言っておいたでしょ?」
「授業態度や振る舞いを拝見させていただく限りにおいて、彼らが箒ラリーに参加して私たちと腕を競えるほどの魔法使いとは思えませんが……」
先生が納得させようとするのに対して、メルディナはちらりとハリーたちを見て言った。
あからさまに格下だと見ているその眼差しに、マルフォイと同質の片鱗を思い浮かべていたハリーはムッとして顔を険しくした。
今の時点において、魔法使いとしてどうかなどということを判定させられるほどの何かがあったとは、ハリーには到底思えなかったのだ。
「まあまあ。その子たちは一応“あの”リオン・スプリングフィールドの教えを受けている生徒たちなんだから」
「なっ!!? なぜあのリオン様が旧世界の魔法学校で教鞭をとられているのですか!!? それもこんな障壁の常時展開もできていないような連中に!!!」
「リオン“様”!!?」
なだめるために出てきた名前。それを聞いたメルディナの反応はぎょっとするものであり、教室にいる他の生徒たちも驚いた様子でハリーたちに視線を向けた。
そして問われてもファランドール先生にはその答えを持ち合わせていなかったのか、視線を泳がせた。
「なぜもなにも……なんでなの、ユエ?」
「関西呪術協会から依頼されてのことらしいですよ。――向こうのクラスの咲耶さんのお母さんが近衛木乃香さんなのと関係あるかもしれませんね」
「なっ!! あのマギステルマギの!?」
困ったファランドール先生は一緒に来ていた友人兼旧世界からの引率者に尋ねた。
夕映からの――騎士団候補生にとっての大先輩からの言葉は、劇的だったらしく、メルディナは今度はマジマジとホグワーツ生を見た。
その彼らはなにか周りの自分たちを見る雰囲気が変わったことだけは分かったのか、ただそれがなぜなのかが分からずに困惑している。
騎士団候補生ともなれば、マギステルマギは憧れの存在、職業だ。
その中でも近年において著名な人物が身近にいると分かれば、見る目も違うだろう。
「ともかく、彼らはリオン・スプリングフィールドの弟子、とまではいかなくても、彼が選抜した魔法生徒なんだから……んー、そうだ! 箒ラリーの練習であなた自身が彼らの技量を確かめればいいじゃない」
「…………分かりました」
ファランドール先生にまとめられて、メルディナはしぶしぶといった様子で引き下がった。
・・・・・・・・
「ごめんねー、うちのいいんちょーが我がままで」
騒動が沈着した後の授業は、一見何事もなく、いささかばかり周囲から向けられる視線に好奇の色が混ざった後の放課後。メルルはハーマイオニーたちに謝っていた。
「なーんか、キッツイ物言いだったよなぁ~」
「うーん、まあいいんちょーは私にはいつもあんな感じなんだけどね。それよりもキミたち箒レースに参加するの?」
ホグワーツ生同士集まっていたリーシャも、先程の偉そうな少女の態度には思うところがあるらしく、メルルは困ったような笑みを浮かべており、思い切って話題を箒レースの方にずらした。
果たしてそれは少なくともリーシャに対しては有効だったらしく、二カッと笑顔になった。
「あったりまえ! 箒の勝負と聞いちゃ、黙って下がれないっての!」
「そうそう。やっぱ分かってるな、リーシャは」
「こっちの箒乗りの力を試すのがこの研修旅行における我々の最大の目的だからな」
勇ましく参戦の意志を告げるリーシャにフレッドとジョージが囃し立てるように同意を示した。
彼ら、そして彼女にとって箒での勝負というのは最も楽しめるスポーツなのだ。
この研修旅行の通達があった時から、箒のレースが行われるという告知が会った時からの楽しみだったのだから、あの程度のやりとりはむしろ彼女たちの闘志と好奇心に火をつけるものでしかない。
それは3人だけではなく、自身の箒乗りとしての腕前に多少の自負を持つハリーやセドリックたちにとっても同様だ。
メルルはそんなホグワーツ生たちのやる気を感じたのか、微笑ましそうな眼差しを向けた。
そして
「やっほ、リーシャ! ハーミーちゃんたちも一緒のクラスやってんな」
「サクヤ!」
他のクラスに配されていた咲耶やクラリス、フィリスがリーシャの楽しげな会話に連れられたのか跳ねるようにやってきた。
「サクヤ、こちらメルルよ。メルル、こちら向こうのニホンっていう国からイギリスに留学してるサクヤ・コノエよ」
「よろしゅうな~、メルルちゃん」
「よろしくサクヤ……って、ニホン!? あのニホン!? てかコノエって、もしかしてあの近衛木乃香の!?」
お互いに初顔合わせのメルルと咲耶たちはお互いをハーマイオニーに紹介された。その紹介を聞いてメルルは衝撃を受け、興奮したように咲耶に顔を寄せた。
「あっ、やっぱり知ってるの?」
メルルの興奮した様子にハーマイオニーはやっぱりと納得した。
ウェールズでもそうだったが、どうやらサクヤの母親はニホンの魔法協会の娘ということとは無関係に有名で、とても凄い魔法使いなのだということをイヤでも実感させられていたのだ。
「そりゃ知ってるに決まってるよ! あの“
熱弁を振るうメルルに、咲耶は照れ顔で頭を掻いており、ハリーはそんないつもの仕草をしている咲耶がどこか遠くに感じられた。
特別な存在。
ここでは自分は他の皆と同じ、特別ではない存在。
この世界ではヴォルデモートを倒したことなんてほとんど知られていない。
自分のことを“生き残った少年”などと言う人はいない。
“普通”なのだ。
望んだはずのそれが、なぜか靄のようものをハリーの胸にたちこめさせていた。
メルルとハーマイオニーの話に咲耶やその友人たちを加えた女子陣の話は、ハリーの些細な憂鬱さに反して盛り上がっていた。
「――――本番の選抜試験では百キロのラリーになるんだ。魔法による妨害も自由だけど生徒間での直接攻撃魔法は禁止されてるから基本は“エクサルマティオー”の撃ち合いだね」
「箒に乗りながら魔法の撃ち合い、ってのはちょっと新鮮だな。クィディッチじゃ選手間の魔法の掛け合いはなしだから」
本来の選抜試験と箒ラリーについての説明を聞いて、その参加を決めているリーシャはふむふむと頷いていた。
「市街地から魔獣の森を大きく回るのが本来のルートなんだけど練習だと森の手前で引き返すルートでだいたい50キロくらいかな」
「50キロか。それでも試合に比べると長いな」
「あの委員長って子は強いのかい?」
ルークとセドリックも参加する気満々な様子で、いつものクィディッチとは違う長距離戦と、敵意をぶつけてくるであろう相手について思索を巡らせていた。
「いいんちょーは騎士団候補生の中でもすごいよ。氷の魔法の使い手で、実践レベルの無詠唱魔法を使えるのはクラスでもいいんちょーくらいだし。候補生で対抗できるのはイズーくらいだね」
無詠唱魔法。
伝統魔法にもある技能だが、そのメリットは相手に何の呪文を唱えているのかを悟らせないための奇襲性にある。
だが、そのメリットは精霊魔法にこそ大きいだろう。
なぜならば元々詠唱の短い伝統魔法に比べて、精霊魔法は始動キーを含めて長い呪文詠唱を必要とする。
ゆえに精霊魔法で無詠唱魔法が行使できれば、奇襲性に加えて速射性の面でもメリットがある。
ただし無言呪文、もしくは無詠唱魔法は、どちらの魔法系統においても難しい。
習っていないハリーはもとより、比較的実技の得意なリーシャやクラリスですら無言呪文は習得していない。大人の魔法使いでも自在に無言呪文を行使できる魔法使いはそれほど多くはない。
そんな難易度の高い魔法を実戦レベルで行使できるというのは、それだけあのメルディナという委員長の実力が高いという事だろう。
そしてそれに対抗できるという人も。
「イズー?」
どこかで聞いたことのある名前。
話を聞いていたハリーが、覚えのある名前に反応して首を傾げた。
「あ、今日はイズーいなかったから知らないよね。ウチの騎士団候補生で一番魔法演習が強いのがそのイズーで」
「ヤッホー、メルル!」
その時、元気のいい声が聞こえてきて、ハリーたちはそちらを向いた。
元気よく腕を振って向かってきているのは、褐色の肌に明るい緑色の髪を持つ少女。頭部には大きな角、そしてミニのスカートの下から揺れる大きな尻尾。
「あ、イズー」
「あああああ!!!」
「オヨ? ああこないだの“見た”子だ」
別の光景を思い出してしまい、ハリーは思わず指を差して絶叫した。
きょとんとした顔は不意なこともあって可愛らしく、ハリーは昨日“見た”ものを思い出してボッ!! と顔を赤くした。
「あれ? イズー、この子たちのこと知ってるの?」
「まあねー。ちょいと街中でばったり。それで今日はお説教だったのだ」
なははと笑うイゾルデ。
顔を赤くしてあわあわとしているハリーをハーマイオニーやジニーが訝しげに見ていた。