春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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O.W.L試験開始!!

 その時起こったことを理解するのにファッジは多大な時間と労力を要した。

 いや、理解できなかったと言った方がいいのかもしれない。

 

 マグルの首相に向けて放った呪文。

 相手はただのマグル。魔法の使えないマグル。魔法族の血が一滴たりとて入っていないマグル。

 

 魔法の優秀さで選ばれたわけではないとはいえ、魔法省大臣としてイギリスの魔法使いの権力の頂点に立っているファッジの魔法が、そのマグルの目の前で弾けて防がれたのだ。

 

「は? え、あ、な、なにが…………」

「……これが貴方がたの答えなのですな。ファッジ大臣」

 

 首相の顔に安堵が広がった。

 魔法の行使を辞さない魔法使いと“交渉”するつもりならば持っていた方が良いと“彼ら”に渡された紙片。

 その効果が確かに発揮されたことで首相は“彼ら”に対して抱いていた胡散臭さの幾割かを拭い去った。

 同時に同じイギリスの政治家として、無念極まりない答えを出したファッジに怒りの表情を見せた。

 

「身体検査も受けつけない輩と交渉をするのに何の処置もしないと思われておられたのですかな? しかし、貴方がたが我々と交渉をする気がないのがよくわかりました」

「な、なぜ……」

 

 信じがたい思いでわなわなと震えていたファッジは、なにかの間違いだと思い直すことにしたのか再び杖を首相に向けた。

 

「やめた方がいい。“彼ら”の協力をすると決めたとき、貴方の魔法を防ぐ術を借り受けたのだ。ここでこれ以上の狼藉を働くおつもりであれば、対処をしなければならなくなりますぞ」

「ッッ!! そ、ッッ!!」

 

 動揺と屈辱、ファッジの顔が赤黒く染まり、震えが一層強くなった。

 ぱくぱくと口を開け閉めするファッジ。首相は毅然とそんな魔法使いを睨み付けた。

 

 実の所、首相の言葉にははったりが幾割か込められていた。

 たしかにあと数回はこの魔法使いの魔法を防ぐことはできるだろう。だが、“彼ら”から渡されたこの防御手段 ――護符とやらは貴重で高価な代物らしく、それほどの数はない。

 ここでやめさせなければ、魔法省の大臣と“彼ら”が真っ向からぶつかるような事態に、――しかもこの首相の執務室で――なってしまうので、流石にそれは避けたいところだ。

 

 絶句していたファッジは、しばらくして言葉を取り戻したのか、唸るようにして喉から言葉を絞り出した。

 

「どうあっても貴方はあの愚か者たちの肩を持つというのですか!? 伝統ある、我が国の魔法使いを見捨てて!」

 

 視線から呪詛が放たれているとすれば、この瞬間にも護符はその役目を果たしてくれているのだろうか。そう思わずにはいられないほどファッジの顔にはくっきりと憎悪の色が浮かんでいた。

 

 しかも言うにことかいてこの期に及んで“我が国の”ときたものだ。

 

「貴方がたと歩む先に未来はない。あるのはただ繰り返される過去だ」

「マグルとの積極的融和などそんな未来はメチャクチャだ!」

 

 平静に告げる首相に喚き散らすファッジ。首相は怒りを通り越して遣る瀬無さすら抱き始めていた。

 だが、どう考えてもこの魔法使いたちを今後のパートナーにしようとは思えない。

 不都合があれば魔法を使って国の決定ですら思い通りに改変しようとするなど、彼らにとって大切なのは自分の身内(魔法使い)だけなのだと言っているようなものだ。

 

 首相は静かに語り始めた。

 

「この件があって、私は歴代の首相経験者に話を聞きました」

 

 何を話し始めたのかとファッジは眉を顰めた。

 ファッジにとって今の首相は初めての相手ではない。彼の前任者はファッジが現れた途端みっともなく喚き散らしファッジを窓から放り出そうとまでしたのだ。

 そして何かの悪い夢か冗談だと割り切ったらしい。

 誰にも、後任の彼にもその悪夢を語ることはなかった。

 

 

 首相にとっても、そんな前任者たちに話を聞くなど思ってもみなかったことだろう。

 だが“彼ら”の中に、世界的にも有名な日本の財閥の女性や、軌道エレベーター建設に大きな役割を果たしたISSDAの者が絡んでいたことが、決断を変えた。

 

 どちらの魔法使いをパートナーとするべきか決めるべきだと。

 

「20年ほど前ですかな。貴方がおっしゃったヴォルデモートが台頭していた時代は」

 

 ヴォルデモート。

 その言葉が出た瞬間、ファッジはぎくりと身を震わせた。

 マグルの首相にとっては非常にバカバカしいことながら、彼らイギリスの魔法使いにとってはその言葉は聞くだけで恐怖に値するものらしい。

 

「その頃の首相に言わせるとメチャクチャだったそうですな」

「な、なにがですかな……?」

 

 皮肉たっぷりに先のファッジの言葉を使って返すとファッジは目に見えてうろたえた声で尋ねてきた。

 

「毎日のように起きる殺人にマグル狩りと称して行われる人拐い。頻発するテロ行為。貴方がおっしゃっる過去に平穏な共存とやらはないように思われる」

 

 何事もなければ、二度と会うことはない。

 初めてファッジと出会ったとき、彼はたしかにそう言っていた。マグルに影響する事態には立ち入らず、お互いに平和共存することが最善だと。

 だが、20年ほど前に首相を務めていた人物に話を聞くと、到底その言葉を信じ続けることはできなかった。

 

「例のあの人が異常だったのだ!」

 

 ファッジはまたもやヒステリックに喚いた。

 

 当時の魔法大臣は幾度も幾度も暗く不吉な事件のあらましだけを伝えに来たというではないか。

 それはおそらく変わらない。実際、今年も大量殺人犯が脱走した、という頭痛の種だけをもってきておいて、それについての進捗報告は一切なかったのだ。

 

 “配下の者がいなければ危険ではない”

 そう言っていた20年前の危険人物のもとに、その配下の者が走った可能性があるのだ。少し考えればこれが20年前の事態と同じことを引き起こす引き金になりかねないことは容易に考え付く。

 

 このまま彼らに任せるままにしていては、20年前と同じく何度も何度もこの魔法使いから暗く不吉な事件のあらましだけを聞かされることになるだろう。

 

 興奮して鼻息を荒くするファッジと首相は再びしばし睨みあった。

 

「無論。魔法世界の過去にも問題があったのは聞きました。彼らにとっても思惑があるのでしょう」

「ほーれ!! ほれ!!」

 

 率直に彼らのことも伝えるとファッジはそれ見たことかと得意満面の笑みを浮かべた。

 問題があるのは自分たちだけではないのだということで喜んでいるようだ。

 

「ですが彼らは違う未来を求めている」

 

 だがそもそも、何の問題もない社会などないし、何もなければこれまでずっと秘匿してきた魔法の開示などということをしようとは思わないだろう。

 

「人類全体がよりよい未来へと進むようにと模索している。…………愚か者は貴方だ。魔法省大臣」

 

 

 

 

 第48話 O.W.L試験開始!!

 

 

 

 5月も半ばを過ぎたころ、咲耶たちは薬草学の授業後にスプラウト先生からO.W.Lの試験日程を説明された。

 試験はこれまでの期末試験とは異なり2週間にわたって行われる。

 午前中には主に理論に関する筆記試験、午後には実技の試験が行われ、天文学の実技試験のみ夜間に行われる。

 

 そして当然のことながら、魔法によるあらゆる不正行為を防止するための措置がなされていることを改めて注意し、スプラウト先生は忍耐強く、この大変な試験を乗り越えるようにと発破をかけた。

 

 そして同じ頃、精霊魔法の授業でもついでとばかりに試験の日程が伝えられた。

 

「ええ!! 先生、そんな試験の日がO.W.L試験と一緒だなんて、そんな!!」

 

 O.W.L試験が行われる2週間、その最後の方で他学年では学年末試験が行われるのだが、精霊魔法ではO.W.L試験だからといって別枠をとらずに、他の学年と同じく、というよりも一度に試験を行うことが通達されたのだ。

 

 リーシャが悲痛な声をあげて、他の生徒たちにも不満が見られる。

 他の試験もかなりいっぱいいっぱいなのだ。できることならO.W.Lにかかわりのない精霊魔法の試験くらい、日程をずらして欲しいと言うのが共通の思いだろう。

 

「試験最終日だ。一昨年と同じで、もうほとんど試験も終わってるだろう」

「でも、それじゃ一夜漬けが……」

「試験は実技だ。改めて詰め込まなきゃならんもんが実戦で使えるか」

 

 ぶーぶーと不満を垂れる一部生徒に、リオンはきっぱりと言い切った。

 やはり今年の試験も初年度同様実技のみの勝負になるらしい。

 

「不安なら精霊魔法の試験には教科書だろうと頼りになる友人だろうとカンニングペーパーだろうと好きに持ち込め」

「え?」

 

 何でも持ち込み可などという他の試験ではありえないゆるゆるの条件に、不満を垂れていた生徒たちがぽかんとして先生を見た。

 

 試験、というと今までのものは基本的にはどれだけ知識を詰め込んで、覚えているかの確認だったのだ。

 そこに教科書やカンペを持ち込んでいいなどと言えば、試験の意義自体があやふやにもなろう。

 

「戦争中、アンチョコ見ながら戦い抜いたバカが魔法世界には居るくらいだ。実践試験で本を見ていたとしても減点したりはしない」

 

「……マジ?」

 

 魔法学校を中退した鳥頭の英雄。

 そんな存在がいるのだから、マクダウェルとスプリングフィールドの名を持つ彼が試験に暗記など求めていないことはとある意味当然のこととも言えた。

 

 

 

 ある意味では、一つ試験が気楽になったと言える。

 だが、生徒たちは忘れたわけではない。

 このトンデモ教師は、決してやさしい先生ではないということを。

 

 初年度のあの“惨劇の期末試験”を。

 

 知識の詰め込みが必要ない、ということは、それだけ別のモノが評価されるということだ。 

 しかもとびっきり馬鹿げた難易度で。

 

 

 

 ・・・・・・・

 

 

 

 そしていよいよ試験の始まる朝。

  5年生は口数少なく、ピリピリとした空気を出しながらもそもそと朝食を食べていた。

 

「あ゛ぁ~~~」

 

 開始前からすでにぐだっているリーシャ。いつもであればフィリスかクラリスからツッコミが入るが、流石にこの日ばかりは二人も緊張しているのか黙々と朝食をとりながら頭では覚えた呪文や歴史を復習していた。

 来年からの授業、ひいては将来の進路に関わる重要な試験だ。緊張するなと言う方が無理だろう。

 

 朝食が終わって、それぞれの学年が教室へと向かっても試験を控えた5年生と7年生は緊張した面持ちで玄関ホールのあたりにたむろしていた。

 

 そして9時半。いよいよ試験開始となって、クラスごとに大広間へと入った。

 四つの寮のテーブルは片付けられ、代わりに小分けされた個人用の机が整然と並び、筆記試験の準備が整っていた。

 

 初日の試験は呪文学の理論と午後からは実技。

 咲耶は比較的得意分野に属するこの科目を理論、実技ともにまずまず好調の滑り出しで初日を終えた。

 途中、元気の出る呪文で間違えてレフレクテイオー(精霊魔法)の方を書いてしまったので、咲耶は苦心して答案に付け足すはめになっていたが、まあ概ね納得のいく出来だったと言えるだろう。

 

 4人の中ではやはりリーシャが筆記試験で大打撃を受けたらしく、昼食時には灰になっていたものの、午後からの実技で気を取り直して臨んだことでなんとか持ち直したようだった。ちなみにパイナップルに軽快なブレイクダンスをさせて沸かせていた。

 フィリスはややヒステリック気味になっていたものの、監督生に選ばれたことでの意地を見せたのか、後で自己採点してみるとクラリスにも引けをとらないほどの解答の出来をみせていた。

 

 翌日、咲耶にとって難関の一つである変身術はやはり大いに手こずらされていた。

 筆記試験は上手く解答できたといえるのだが、実技ではフラミンゴに変身させる魔法で、どうあってもフラミンゴがふわふわのもこもこの毛だらけになってしまい笑うしかなかった。

 水曜日、咲耶のもう一つの得意科目である薬草学は特に問題なく上手く進み、大いに手ごたえを感じていた。

 ただその後の闇の魔術に対する防衛術では、――咲耶のホグワーツ生活3年間中、2年間の授業内容を鑑みれば無理からぬことだが―― あまり納得のいく出来だとは言えなかった。

 実技の課題でボガート(まね妖怪)がリオンになってしまい、それを“面白く”変身させたことで次の課題に集中できなくなってしまったのだ。

 

「はぁー失敗失敗」

「ボガート見て悶えてどうすんのよサクヤ」

 

 談話室で試験の失敗談を話していた咲耶にフィリスが呆れて言った。

 

「だってリオンにウサミミやで! めっちゃかわえーやん!」

「私にゃそれが恐ろしい光景に思えるんだが、そこんとこどうよクラリス?」

「……ノーコメント」

 

 ウサミミリオンの可愛らしさを主張する咲耶。半眼になって尋ねたリーシャにクラリスは回答を拒否した。

 

 金曜日は古代ルーン語の試験だったため、クラリスのみが試験を受け、咲耶たち3人は来る関門、魔法薬学を勉強していた。

 ちなみにセドリックも古代ルーン語の試験を受けていたが、週末にはクラリスとルークも含めて5人で魔法薬学対策を十分にすることとなった。

 

 週が明けて月曜日。

 魔法薬学の試験は予想通り咲耶にとって難関となった。

 幸いなのは、試験で求められる基準がスネイプ先生ほどではなさそうなのが、咲耶のみならず多くの生徒のプレッシャーを幾分柔らかくしていた。

 また週末の勉強でセドリックや、決闘クラブの時にディズから教えられた部分が出てきたために難しくはあったが、なんとかなるかと思えるほどにはなっていた。

 

 火曜日の魔法生物飼育学では、咲耶自身はうまく行っていたのだが、試験と関係のないところでなぜかシロがサラマンダーの群れに追っかけまわされて試験を賑わせるという珍事を引き起こしていた。

 

 水曜日にはマグル学と数占い学の筆記試験が行われたが、どちらも受講していない咲耶は残る占い学と魔法史の勉強に注力していた。

 

「はぁ~……」

「なによリーシャ?」

 

 教科書を顔の前に立てて眺めていたリーシャだが、今一つ集中できていないらしく重い溜息をつくのを繰り返していた。フィリスは鬱陶しくなってきたのか咎めるようにキツイ視線で睨み付けた。

 

「いやさー。実践って言ってたから勉強のしようがないのは分かんだけど、精霊魔法の試験気になるなーって思ってさ」

「まあ、ね……クラリスは今、数占いの試験中だったわよね」

 

 精霊魔法の試験の恒例として、試験内容はすでに通達されていた。“総合的な判断力と決断力”というのが今回のお題目だそうだ。

 フィリスは魔法世界への留学を考えている友人のことが気にかかるのだろう。

 

 精霊魔法の授業では、実はあまり多くの攻撃魔法は習っていない。

 というのも、多くの魔法はホグワーツで教える伝統魔法とも重複していることが多いためだ。

 そのためではないが、試験では精霊魔法に限らず、どんな魔法を使ってもいいとのことらしい。しかも教科書の持ち込み可ともなれば、あとは実際にどんな試験内容になるか当たってみないと分からないということになる。

 それならば他の試験に注力した方が効率的と言えるだろう。

 残りの試験は翌日の魔法史と占い学。最終日は午前に天文学があり午後が精霊魔法、そして最後に天文学の夜間実技で締めくくられるのだ。

 

 

 翌日。

 魔法史では、やはりと言うべきか、咲耶はこれまでにないほど苦戦を強いられた。

 そもそもゴブリンの横文字の名前が覚えられない時点でお察しと言えた。

 

 ただ午後の占い学では咲耶の能力が存分に発揮されたと言っていいだろう。

 カード占いで試験官が三つ前の生徒の名前の取り違えをしていることを占い当てて唖然とさせてしまったものの、公平に見ればなかなかだっただろう。

 そして水晶玉占いでは、好きに未来を占うようにという漠然としたお題に対して

 

「炎の中で白い髪の男の人が嘆き悲しむ姿が見えます。過去と未来とが交錯して、もたらされない結末を運んできます」

 

 という予言を答えていた。

 

 

 そして試験最終日。午前の天文学の筆記試験を終えた咲耶たちは気分転換に友人たちと庭を散策していた。

 

「いやいやねーよ」

「うん。ない」

「えー、そーなん?」

 

 天文学の筆記試験ででた金星の問題。金星には魔界があって、カオナシみたいなお友達のいるお姫さまがいると答えた咲耶に全員が否定のリアクションを返していた。

 

 残る試験は通常期末試験の(と言っていいのかどうかは怪しいが)精霊魔法と夜の天文学実技だ。

 勉強をするよりも気力、魔力を充実させておいた方が良いと言う判断からだ。

 玄関近くまでぶらついていた咲耶たちは、そこで見知った友人たちと出くわした。

 

「ハーミーちゃん、ハリー君。やっほー、試験どお?」

 

 闇の魔術に対する防衛術の障害物競争試験を終えたハリーたちが、咲耶たちと同じように散策していたのだ。

 咲耶はふりふりと手を振ってハーマイオニーたちに近寄った。

 

「ええっと。うん、だ、大丈夫よ、ええ」

 

 なんだかちょっぴり動揺したハーマイオニーが顔を少し赤くし、その横ではすっかり仲直りしたハリーとロンがにやにやと笑っていた。

 

「サクヤは今、O.W.L試験だったわよね? どう?」

「うーん。まほー史と天文学が危ないかも。他はやれることはやれと思う」

 

 仲良さそうに話しているハーマイオニーと咲耶を見て、ハリーが話しかけたそうにしているが、二人の親密具合に中々割り込むタイミングを見いだせない様子だ。

 

 そんなことをやっていると、不意に隣にいたロンがハリーの脇腹をどんと肘でつついた。

 ハリーは迷惑そうに顔を顰めてロンに振り返ると、ロンはびっくりといった顔で階段の方を指さした。

 

「ハリー。ファッジだ」

「え!?」

 

 ハリーは驚いてそちらを見ると、たしかにそこには細嶋のマントを着て、汗をかきながら校庭を見つめているコーネリウス・ファッジ大臣の姿があった。

 ハーマイオニーと話していた咲耶がそのお偉いさんに気がつくのと、向こうがハリーに気づいたのはほぼ同時だった。

 

「おや? ハリー!」

 

 ファッジはどこか焦った様子ながら、お気に入りの“生き残った少年”を見つけたからか、少し顔を明るくして近寄ってきた。

 

 学校で見たことのない魔法使いが、いきなりハリーと親しげに話しだしたことで咲耶は小首を傾げた。

 そしてハリーのように大臣と親しく話す間柄ではないハーマイオニーとロンはハリーから数歩離れて様子を窺った。

 

「魔法省のファッジ大臣よ、サクヤ」

「えーっと、イギリス魔法省で一番えらい人?」

「まあ、そうね」

 

 フィリスがこっそりと耳打ちして教え、咲耶は改めてファッジ大臣を見た。

 ライム色の山高帽をかぶっている大臣は、いかにもこちらの魔法使いらしい奇天烈な格好をしているが、ダンブルドア校長と比べるといささか貫禄と迫力に欠けているように見えた。

 

 子供であるハリーに親しげに話しかけている姿は、庶民的というか親近感を感じさせるものではあるが、威厳がないとも言えた。

 また、咲耶の足元に居たシロが警戒心を露わにして、唸ることもなく大臣を睨んでいるのも咲耶は「おや?」という様子で気付いていた。

 

「大臣。どうされたんですか?」

「ああ……あ、いや……試験を受けてきたのかね? そろそろ試験も全部終わりかね?」

 

 魔法省の大臣は、ハグリッド曰く、“よくも大臣になれたと思えるほど間の抜けた人物”であるらしい。賢者として認めるダンブルドアにたびたび助言を求めていることをハリーは知っていたが、基本的に忙しいはずの人だから用もなく学校には来ないだろう。

 ハリーに尋ねられたファッジは、言いにくそうに視線を校庭に向けたりしていた。

 

「はい。あとは占い学と精霊魔法で最後です」

 

 ハリーの答えに、ファッジはぎくりと顔色を変えた。

 

「そ、そうか…………まさか、こんなことになるとは……」

「どうされたんですか? 大臣は控訴裁判に立ち合いに来られたのですか?」

 

 実はこの時、ハリーたちは試験とは別に一つの気がかりを持っていた。

 ヒッポグリフのバックピークの控訴裁判。ハグリッドの記念すべき初回の授業でマルフォイによって台無しにされて処刑の危機を迎えている哀れな人馬。

 

 最初の裁判ではハーマイオニーの懸命の援護にもかかわらず、ドラコ・マルフォイの父、ルシウス・マルフォイによって買収された裁判官の判断と、過度に緊張してしまって碌に弁護できなかったハグリッドの弁舌のために、処刑が決定していたのだ。

 今日はその控訴裁判が行われる日であることが、しばらく前にハグリッドから教えられていたのでハリーはもしやと思って尋ねてみた。

 

「裁判? ああ、いや。裁判は……なくなった」

 

 だがファッジは、全く覚えがないかのように眼を丸くして、そんな要件があったことをなんとか思い出したようだ。

 

「なくなった!?」

「どういうことですか!? ハグリッドには控訴をする権利があるはずです!」

 

 裁判がなくなる。

 そのあまりにあんまりな事態に、バックピークの援護を手伝っていたハリーとハーマイオニーは声を高くして大臣に詰め寄り、ロンですら驚きに顎を落していた。

 

 ハリーたちにとってこの裁判が、いかにマルフォイが起こした自業自得で間抜けな、そして親ばか全開にしたルシウスの愚かしい裁判だとしても、危険を注意していたハグリッドにも、ましてバックピークにも罪はないことを主張する大切なものだ。

 

 ハリーたちの奮戦を知らない咲耶たちはきょとんとしながらも、そのやりとりを聞いていた。

 そしてハリーのあまりの驚き様に、むしろファッジも驚いてしまい慌てて言葉を言い直した。

 

「いやいや。そういうことではないのだよ。ヒッポグリフの裁判は無期延期だ。もっと重要な、別の要件が入ってしまってね」

「別の要件とはなんですか?」

 

 不信感と訝しみを露わにするハリー。

 

 

 実はファッジもこの裁判が、いかにも愚かしく、どうでもいいものとは分かっているのだ。

 ただ、純血の名家として名高く、公的ではないものの絶大な権力を有するマルフォイ家の主張をそうそう蔑にすることもできずに付き合っていた茶番にすぎない。

 

 それだけに、“その純血という立場すら危うくする事態”を前にしてはそんなどうでもいいメンツと建前だけの裁判など、続けている暇は全くないのだ。

 

「ハリー。それは……おや? 彼女はたしか、留学生の子かい?」

 

 困ったように視線を泳がすファッジ。

 その視線が少し離れたところで成り行きを見守っていた女子生徒たち、その中の一人を捉えた。

 長く、腰まで届くほどの黒髪。イギリスという国にありながら、純東洋人としたその容姿。

 ファッジ自身が受け入れを了承したことのある、ニホンの魔法協会の長の孫娘だ。

 

「はい。友人のサクヤです。それで大臣――」

「ほっほー! あー、ごほん。すまないハリー」

 

 ハリーから思っていた通りの名前が返ってきたことで、ファッジは瞳を輝かせた。

 

 

 現在の情勢では、すでに外堀は囲まれたと言っていい。

 基盤となるイギリス国では、マグルの首相が連中に賛同の意を示しており、実力行動による撤回はむしろ連中の介入を招きかねない状況。

 国外でも、国連からのエージェントが派遣されて“あの愚かしい計画”を推進しているのだ。本来はこちら側の味方であるはずの伝統的な旧魔法族の多くも、国際的にはすでに日本の、そして“連中”と足並みを揃えようとしている。

 

 せめてなんとか時間を稼がなければならない。

 それがファッジの今の思惑だった。

 

 マグルの首相官邸では、先手を打たれ、なし崩し的に今回の会談をセッティングされてしまったが、ひとまず今回のこの急場さえしのげば、まだダンブルドアを説得するチャンスができる。

 国際魔法戦士連盟の議長の肩書を持ち、世界的にも名声を集めるダンブルドアが計画に反対の立場をとれば、まだ流れは変わると、ファッジはこのとき本気で考えていたのだ。

 

 ファッジの考えでは、そもそも“魔法をばらす”などということに欠片もメリットが見いだせないのだ。

 聞けば連中の使う精霊魔法は、魔法族の血が欠片も入らない者や、伝統魔法が使えないただのマグルですら扱える可能性があるというではないか。

 

 そんなことをすればますますマグルがつけあがり、純血はその立場を失う。

 魔法使いはマグルと違って魔法を使えるのだから、マグルが懸命に頭を捻ったカガクとやらが、いったい何の役に立つのかファッジには到底理解できなかった。

 

 マグルと組むメリットは、“伝統的魔法族”にはまったくないのに、デメリットばかりが積み重なる。

 もしも、そんなことになれば、純血の各魔法使いは、いや、国内の全ての魔法使いが一致団結して魔法省と魔法大臣を糾弾するだろう。

 

 

 だから、なんとしても今回の会談では時間を稼がなければならない。

 ダンブルドアを説得し、それから国際情勢に訴えかけ、魔法バラシの中止撤回を叫ぶ。

 

 そのためにディメンターとダンブルドアがいる“ここ”を会談の場所に指定したのだ。

 ディメンターの影響を受ければ、いかに魔法世界の魔法使いといえど、力を削がれるはず。流石に監獄を会談の場所に指定はできないし、看守を魔法省に連れてきて会談に臨むのも不自然だ。

 だが、ここならば、いくらでもいい分がつく。

 

 

 ファッジは爛々とした瞳で咲耶に歩み寄った。

 シロの警戒が一層強まるも、ファッジにはすでにそちらは見えていないらしい。

 

「ミス・コノエ、だったね。初めまして。私はコーネリウス・ファッジ。イギリスの魔法省の大臣をやっている者だ。あー、おじい様はお元気かな?」

「? えーと、はい。昨年の夏にこちらに来る前は元気いっぱいでした。お手紙でも特には」

 

 咲耶やリーシャたちは、事情が分からないが、とりあえずお偉いさんが留学生に話がしたいと気紛れを起こしたと平和的に考えた。

 

 

 ファッジはにこやかな笑顔を貼りつけたまま考えていた。

 まずは、会談の主導権を握るためにも、現在の主導的立場にいるニホンの魔法協会の長の孫娘を懐柔、

 

「あー、ごほん。実は今から魔法世界のエージェントとの会談があるんだがね。よければ――」

「彼女を連れていくのはやめた方がいい。コーネリウス・ファッジ大臣」

 

 しようとして、冷や水のような声をかけられた。

 咲耶も、そしてハリー達の誰もが声がするまでそこに居たとは分からなかった。だが、気づくとなぜ分からなかったのか、不思議なほどに迫力のある、見覚えのある男性。

 

「僕にとって彼女は何の交渉材料にもならないし、余計なちょっかいをかけると彼女のフィアンセが怒り狂うからね」

「み、ミスター・アーウェルンクス……」

 

 白く無機的な魔法使い。

 奇天烈な服装をしているファッジとは対照的に、白のスーツという目立ちながらも様になっている美男の男性。

 

 昨年末にも来訪した魔法使い、フェイト・アーウェルンクスが、再びホグワーツに足を踏み入れていた。

 

「あ、フェートさんや~」

「フィアンセ!?」

 

 唖然とし、そして戦慄している魔法省大臣の周りでは、ぴこぴこと知り合いに手を振っている咲耶、そして人物以上に聞き捨てならない単語に驚いているリーシャたちがいた。

 

「フィアンセって……スプリングフィールド先生よね?」

「サクヤ。先生とそんな関係だったの!?」

「えへへ~」

 

 フィリスは戸惑い気味にも、ただどこか納得したように確認をとり、ハーマイオニーがそちらの方で愕然として咲耶に問い詰めていた。

 当の本人は嬉しそうにお花を飛ばして悶えており、そんな幸せそうな顔を見て、ハリーやロンがショックであんぐりと顎を落していた。

 

 

 その登場により魔法を使う事すらなく石化空間とお花畑を召喚したのは、流石は地のアーウェルンクスといったところなのか……おそらく違うであろう。

 

 お花畑(咲耶たち)の対岸、石化空間の只中に囚われているファッジは、だらだらと冷たい汗を背中に感じていた。

 

「わ、わたしはそんな、なにも……あー、ディメンターが居たと思うのですが、御気分は大丈夫ですか?」

 

 わざわざ会談の場所をここにセットしたのは、エージェントがディメンターに慄いて気分と活力とを下げてくれることを見込んでのものだったのだ。

 だが、目の前のエージェントからは、鬱の様子どころか、感情そのものが見えてくる様子がない。

 

「問題ありませんよ、大臣。吸われて害するほどの感情は僕にはありませんから」

 

 石のように冷たい瞳の魔法使いの力が、自分がどうこうできるものでないことをファッジは認めざるを得なかった。

 

 

 

 

 フェイトは知人である咲耶には特に興味がないのか、ちらりと一瞥だけして去って行った。

 その際、連れられて行くファッジが(形式上はファッジが連れていく立場だが)がっくりと肩を落していたのを咲耶たちは不思議そうに見送った。

 

「ふわぁ、フェートさん緊張するわぁ」

「え? 緊張? してたの?」

 

 二人が去った後、咲耶はほっとして力を抜いた。ただ、あまりニコニコとした顔には出ていなかったため、思わずリーシャがツッコミを兼ねてたずねていた。

 

「サクヤはさっきの人、苦手?」

「うん。フェートさんはほら、表情変わらんとずーっとあの顔やから。なんや緊張するんよ」

 

 クラリスが尋ねると、咲耶はちょっと照れたようにバツ悪そうに答えた。

 だがそれを聞いたハリーは、スプリングフィールド先生とどこが違うのかと、問いたくなった。

 だが、それよりもハリーは深刻そうに悩んでいるハーマイオニーも気がかりだった。

 

「妙ね」

「何がだい、ハーマイオニー?」

 

 考え込んで呟いたハーマイオニー。一方でロンは苦労して手伝っていた裁判が無期延期と聞いて拍子抜けした様子だ。

 

「バックピークの控訴裁判よ。無期延期なんて事実上裁判の放棄でしょ。あのマルフォイがあれだけ声高に叫んでたのをあっさりとりやめるなんて……」

 

 多少ならばともかく、ファッジは無期延期と言ったのだ。バックピークは現在、魔法省の拘束を受けておらず、ハグリッドがその責任において監督することになっており、慣れ親しんだ禁じられた森で保護している。

 つまり裁判自体がないとなれば、事実上放免に近い扱いなのだ。

 

「そっか!! うん、いいじゃないか! これで気兼ねせずにハグリッドのところに行けるな、ハリー」

「え、あ、うん」

 

 それと分かってロンは目に見えて嬉しそうになり、ハリーの背をどんと叩いた。

 ハリーも友人の苦労が報われたようで嬉しいことは嬉しい。 

 ただ素直に喜べないのは、ファッジのあの態度に引っかかるものがあるのと、咲耶のフィアンセ発言を聞いてしまったせいだろう。

 

 

 なにはともあれ一行は次の試験、受講者が少ないために2年生以上が合同で受けることになった精霊魔法の試験に向かった。

 


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