いよいよクィディッチの最終節が近づき、すでに全試合を終えたレイブンクロー以外の3チームは、その練習密度と頻度を限界ぎりぎりにまで調整して奮闘していた。
試験の日程も近づいでおり、O.W.LとN.E.W.Tの対策に向けて5年生と7年生、そしてその他の学年でも学期末に向けて大量の課題をこなしていた。
そんな中、5年生では掲示通り、進路指導のための個別面接が実施されていた。
第46話 進路相談
なぜかリストのトップバッターに名前を書かれていた咲耶は、イースターの休み明けすぐにスプラウト先生の部屋を訪れた。
「失礼しまー……あれ? なんでリオン、センセが居るの?」
たくさんの植物が置かれたスプラウト先生の部屋。そこには面談をするハッフルパフの寮監であるスプラウト先生本人だけでなく、精霊魔法の教師であるリオンまで居て咲耶は首を傾げた。
スプラウト先生からひとまず座るように促され、咲耶はスプラウト先生とリオン、二人の教師と向かい合うように席に着いた。
「コノエ。貴女の場合、進路が必ずしもイギリスや、こちらの世界とは限らないでしょう。ニホンや別の選択肢を考慮してスプリングフィールド先生にも話を聞いていただく方がいいと判断しました。
貴女の面接時間が最初なのも、以降の生徒が留学を希望した場合の参考にさせていただきたいからです」
仏頂面のリオンの分まで、というわけでは無論ないが、スプラウト先生は緊張感をほぐすように微笑みかけた。
「さて、コノエ。この面接は貴女の進路に関して話し合い、6年目、7年目でどの学科を継続するかを決める指導をするのが本来の意義です。――――ただしそれはイギリス魔法省の管轄、およびこちら側の魔法世界に関わる職業の場合です。率直に聞きますが、将来的にイギリスに残り、働いていく意思はありますか?」
本来、ホグワーツを卒業した生徒はこちらの世界の魔法に関わる職に就く。多くは魔法省を始めとしたイギリス国内の職業。ほかにも他国で働く場合もあるが、それにしても古来からの魔法族に関わるものばかりだ。
咲耶はイギリスの魔法族、というわけでもなければ魔法世界ともつながりが深い。真っ当にいけば日本の魔法協会につながる職業に就く可能性が高いし、そうでなくとも魔法世界に縁のある職となるだろう。
「えっと。イギリスとか日本でってくくりじゃなくて、治癒術師として世界で働きたいと思ってます」
「なるほど……」
咲耶はやや緊張しつつも、はっきりと決めている目標を口にした。
スプラウト先生はそれを否定するのではなく、受け入れるように頷いた。
「あ、でもこっちの治癒術の勉強はしたいんで、癒者のためのカリキュラムをお聞きしてもいいでしょうか?」
それで進路面談が終わり、でも問題はないが、せっかくなのでいろいろと聞きたいことがあった咲耶は6,7年目のカリキュラムで最も関心がある治癒術に関してのものを尋ねた。
スプラウト先生は頷きを返してから手元に置いてある書類の山から白を基調とした冊子を抜き出して開いた。
「ふむ、そうですね。……癒者の仕事というのは、――貴女には言うまでもないことかもしれませんが―― たいへん責任のともなう仕事です。そのため、どこで働くかにもよりますが、聖マンゴ――は知っていますね? その場合は、イギリス魔法省で最難関と言われる“闇祓い”と同じくらい優秀な成績が求められます」
クラリスが目指していたという“闇祓い”。それは死喰い人のような“闇の魔法使い”と呼ばれる者たちを調査、捕縛することや、重要人物の護衛、対テロ行為を仕事とする、魔法省の中でもとびきり危険な戦闘部門のエリートだ。
極めて優秀な人材しか採用しないと言われるその職業と、同等の成績が求められるということが、咲耶の進みたい道の大変さを物語っていた。
「N.E.W.Tで“魔法薬学”、“薬草学”、“変身術”、“呪文学”、“闇の魔術に対する防衛術”で少なくとも“E・期待以上”をとることが求められます」
合計して最低でも5つの科目での“良”の成績。
それはたしかに、相当の難易度だ。
「貴女の場合、3年時には多くの科目で“A・まあまあ”でしたが、現在は“E・期待以上”が増えてきているようですね。“薬草学”と“呪文学”に関しては“O・大変よろしい”です」
スプラウト先生は手元に置いてある資料 ――おそらく咲耶の成績だろう―― を見ながら言った。
咲耶にとっての1年目、ホグワーツ3年次は、まだ英語や羽ペンの使い方、そしてそれ以前の分に関する知識が不十分であり、多くの科目がすれすれの“可”だった。
4年時、つまり昨年は継承者の事件の余波で試験自体がなくなったため、成績はそれ以前の参考値にしかならない。
だがどうやら今年の成績は“決闘クラブ”で友人たちと勉強をしていることも影響しているのか、中々に好調のようだ。スプラウト先生は自身の担当科目である“薬草学”で優秀な成績を収めていることを確認してか、柔らかな微笑を浮かべた。
だが次いで、その顔を引き締めた。
「ただし、“変身術”は現在“A:まあまあ”から“E・期待以上”の間です。マクゴナガル先生はN.E.W.Tのクラスでは“E・期待以上”より下の生徒はとりません。“魔法薬学”も“E:期待以上”ですが、スネイプ先生はO.W.Lで“優:大変よろしい”を取った生徒以外には教えません。この2科目に関しては十分に頑張る必要がありますよ」
咲耶は
“変身術”も“魔法薬学”も、先生の質が非常に高く、難解な授業だ。スネイプ先生はスリザリン贔屓で他寮の生徒には減点しかしない、とは言え、だからと言って魔法省の魔法試験官がそれより甘い点数をくれるという保証はない。
治癒術につながる勉強を今後もホグワーツで続けていくためには、アドバイス通りにこの二つの科目は頑張る必要があるだろう。
厳しい顔で咲耶を見ていたスプラウト先生は、十分に咲耶が理解したのを見て取ったのか、再び顔に柔和な笑みを浮かべた。
「ちなみに、ここからは私の個人的な興味もあるのですが、治癒術士と言っても、コノエはどのような職につきたいと考えているのですか?」
魔法使いの先達、といってもそれはホグワーツに関わる古式の魔法族にまつわるものに限ってのことだ。最近活性化してきた魔法世界に関しては、ホグワーツの教師といえども、ほとんど知らないし、遠く離れた日本の魔法族のこともあまり詳しいとは言えない。
スプラウト先生は単純に興味があるのと、この後面接に来た生徒の参考にするためか、興味を示して尋ねた。
咲耶はその質問に、一度リオンを見て、えへっと笑みを浮かべ、スプラウト先生にはきはきとした声で言った。
「リオンを
考え、というよりも宣言。
その宣言に、スプラウト先生は笑顔を浮かべたまま固まり、リオンは半眼で咲耶を見据えた。
「……だれを。何にするって?」
「リオンを!
ミニステル・マギ。
それは確かな信頼関係で結ばれた絆の証でもあり、古くは魔法使いを守るための剣となり盾となる役目を背負った守護者のことでもあるが、近代においては異性間のミニステル・マギ契約は恋人契約とも同義になっている。
ましてや、“共にマギステル・マギを目指そう”というのは、それ以上に深~い意味を持っていたりするのだが……
果たして咲耶がそれを知っているのか、知らずに言ったのか。
おそらく知っていそうな気がするのは、リオンの脳裏に天然百合姫のにぱっとした笑みが浮かんだからだろう。
「……スプリングフィールド先生?」
「とりあえず貴様は後で俺の部屋に来い、咲耶。説教が必要だ」
ミニステル・マギ、というのが具体的にどういうものかはスプラウト先生には分からなかっただろう。ただ、隣に座って眉間にしわを寄せているこの教師を言葉通り“
視線を向けてきたスプラウト先生をスルーして、リオンは頭痛を堪えるように額に指を当てて、呼び出しを通達した。
・・・・・
とある留学生が保護者である精霊魔法の教師に色々と説教をくらうことや、成績が低空飛行のクィディッチバカがスプラウト先生を大いに悩ませたりということはあったが、個人面談は概ね順調に消化されていった。
「どうだった、クラリス?」
そして、留学を希望する生徒、ということでクラリスがスプリングフィールド先生との個人面談をすることとなり、面談を終えて戻ってきたクラリスに興味津々とばかりにリーシャが尋ねた。
フィリスも咲耶もそれは同様で、パンフレットと思しき冊子を手に持って帰ってきたクラリスを3人は取り囲んだ。
「今年の試験の突破と研修への参加が絶対条件になった」
クラリスが淡々と先生から告げられた留学の最低条件を答えた。
まあ当然と言えば当然の条件。そもそも研修旅行に行くのに今年の試験の突破が条件なのだから、それは“最低”条件だろうことは容易に想像がつく。
「それは?」
クラリスが行きには持っていなかったパンフレットを持っているのを見つけたリーシャが指をさして尋ねた。
クラリスは見せるようにそれをリーシャに手渡し、フィリスと咲耶もそれを覗き込んだ。
パンフレットは咲耶が送ってくるのと同じように立体映像が飛び出す魔法世界式のもので、幾つかの説明やとある学校の様子などが浮かび上がった。
「えーっと……アリアドネー学術都市について? アリアドネーって授業で説明があった国よね?」
フィリスが確認するように言うとクラリスはこくんと頷き返した。
アリアドネー……魔法世界、いやこちらの世界を含めてみても、おそらく世界最大の独立学術都市国家であり、どのような権力にも屈せず、学ぼうとする意志と意欲のある者を受け入れると言う勉学と研究の都市国家だ。
「研修旅行ではそこも旅程に含まれているらしい。実際にそこを見て、それからよく考えるようにと言われた」
現時点ではまだ研修旅行の旅程は公開されていなかったが、授業で魔法世界の主要都市としてスプリングフィールド先生が(正確には資料を作成した人たちが)チョイスしていた場所なのだ。そこが旅程に含まれていたとしても不思議ではあるまい。
リーシャたちはパンフレットをめくりながら「へー」と言った。
「他には誰か留学希望している人がいるかとかは分かった?」
現時点では魔法世界に留学して、果たしてその先にどのような就職先があるのかは不明だ。だからこそ、実際に見て、それからまたよく考えるようにという意見を貰ったのだろう。
フィリスが尋ね、リーシャと咲耶もパンフレットから視線を上げてクラリスを見た。
「グリフィンドールのウィーズリー兄弟とスリザリンのクロスが希望を出している」
「えっ!? クロスが!?」
「競合になったりするの?」
リーシャが目を丸くして驚きの声を上げ、フィリスもまさかの人物が留学希望を出していることに驚いて尋ねた。
それに対してクラリスは首を横にふった。
「アリアドネーの中に全寮制の女子校がある。私が留学するのならばそこだから、彼らとは競合しない」
話しながらクラリスはちらりと咲耶に視線を向けた。
そこにいつもと同じ、いやいつもよりもにこにことした嬉しそうな笑顔があることを見て、クラリスはわずかに口元を緩めた。
世界が変わっていく。
新世界、旧世界、魔法使い、非魔法使い。様々な違いを乗り越えていく、これはその最初の小さな変化の些細な一つだ。
そんな枠を超えることができるようになったきっかけをくれたのは、きっとほんの些細な、でも彼女たちにとっては大きな出会いからだ。
「へぇ。でもクロスが留学なんて。スネイプ先生は慌ててるんじゃないかしら?」
「まぁ、そうだろうなぁ」
わいわいとひとしきりクラリスのことを話すと、話題は同じく留学を希望している男子の方にもなった。
フィリスの言葉にリーシャはうんうんと頷いたが、咲耶は?と小首を傾げた。
そんな咲耶の様子に、フィリスは肩を竦めた。
「だって学年の主席候補ですもの。魔法省のエリートにだってなれるでしょうに、それが国外どころか魔法世界に行っちゃったら色々あるんじゃない?」
「あ、そっか」
現在、ディズは同学年でもとびっきりの優等生だ。
教師の中には50年に一人の逸材だとも囃し立てる人が居るくらいの魔法生徒だ。当然そんな人材が国外流出、どころか世界から流出してはイギリス魔法省にとっては痛手だろう。
魔法学校の数は少ないとはいえ、進路やO.W.L、N.E.W.Tの試験成績は学校の評価や校長、寮監の評価にも関わる。
寮監のスネイプ先生にとっては魔法省のエリートにもなれるだろう逸材を魔法世界にとられるかもしれないというのは頭の痛い話だろう。
・・・・・・・
必要の部屋。咲耶たち決闘クラブのメンバーの集会場、練習場として機能しているその部屋で二人の男子生徒が魔法をぶつけ合っていた。
赤い閃光が連続して放たれ、金髪の魔法使いに襲い掛かる。
以前このクラブで教えられた“決闘”の仕方では、ほとんど一直線の舞台の上で、逃げることなくバカ正直に魔法の撃ち合いをするというものだったが、金髪の魔法使いはそんなマナーなどどこ吹く風と、体に精霊魔法式の身体強化の魔法を付与して一流アスリートばりの脚力で魔法を避けていた。
回避行動をとりながらもその口は攻勢のための呪文も紡いでいる。
「雷の精霊23柱。集い来たりて敵を射て。
「っ!
23本の雷の矢が襲い掛かり、セドリックは杖に魔力を叩き込み、氷の盾を発動させて魔法を弾き返そうとした。
ただ守るだけではなく、あくまでも攻勢の防御。
だが、矢を弾き返すはずの魔法の盾は、相手の魔法の威力に押されてか、カウンターにとることはできずに砕けた。
それでも最低限の役目を果たしてあちこちへと弾き飛ばされた雷の矢は、たしかにセドリックを守った。
攻撃を防ぐだけではなく、やり返そうとしていたことに金髪の魔法使い、ディズは軽く目を瞠った。
彼の知るセドリック・ディゴリーという魔法使いは、たしかに優秀だがそれほど押しの強くない生徒であった。秘めたる向上心はあれども、それほど攻撃的な性格ではなく、堅実に戦う手法をとるタイプの筈だ。
今までのセドリックならば、
特に最近、妙に気落ちしていたセドリックならば、力量的に負けている相手にカウンターをとろうとは間違ってもしなかったはずだ。
だが、今のセドリックは明らかに自分に対して勝ちにこようとしている。今まで決して届かなかった自分を超えようと。
セドリックが詠唱を使い、精霊へと命じようとしていた。
今まで攻撃に使っていた伝統的な魔法スタイルから精霊魔法を組み込んだ、ディズのスタイルと同じ魔法戦術。
だがセドリックの呪文が完成する前に、ディズは無言で脳裏に呪文を完成させていた。
――レビコーバス――
「――――集い来りて敵を、ッ!? なっ!!」
セドリックの足首が見えない何かに掴まれたように宙へと持ち上がり、セドリックはその場で大きくバランスを崩した。
集中が乱れ、発動しかかっていた魔法の矢がキャンセルされた。
身体が浮上するのは止められない。だが、セドリックは体を捻り、相対しているディズを見た。
「――――闇夜切り裂く一条の光。我が手に宿りて敵を喰らえ」
セドリックの魔法障壁を確実に抜くためだろう、ディズはあえて魔法使いとしての遠距離ではなく、接近しながら呪文の詠唱をしており、杖に雷精が集っている。
それを阻止するために、セドリックは不安定な宙に逆さにつられた状態で杖を振るった。
「エクスパルソ!!」
「白き、くっ!!!」
接近してきたディズの足元に爆破の呪文を放ち、強引に足を止めさせた。同時に吹き飛んだ床の破片がディズへとぶつかり呪文の完成を防いでいた。
魔法障壁を張っていたディズだが、まだ攻撃時にまで展開していることはできないのだろう。攻撃魔法の発動直前だったこともあり、その障壁は解除されており、見事にその間隙を突いた形だ。
「フィニート・インカンターテム!! ――ぐっ!」
その一瞬でセドリックは自身にかけられた身体浮上の呪いを強引に解呪した。だが、流石に強引な解呪だったために、地面に体を打ち付けてうめき声をあげてしまった。
その隙はディズに再び接近を許すのに十分な時間だった。
呪文を詠唱しながらではなく、身体強化によって増強された脚力で一気にセドリックへと接近したディズは、顔を上げた瞬間だったセドリックに杖を突きつけた。
跳ね起きようとしていたセドリックの動きが止まった。
セドリックは自分に突き付けられた杖を見て、状況の詰みを認めて跳ね起きるのを止めた。
相手の継戦の意思が途絶えたのを見てとったディズは、すっと杖を下してセドリックが起き上がるのを助けるように手を差し伸べた。
「随分と荒っぽいやり方をするな。クィディッチの試合も近いのにいいのか?」
手を取って立ち上がったセドリックにディズは問いかけた。
必要の部屋の中にいるのはセドリックとディズの二人だ。いつもの決闘クラブのメンバーは面談中であったり、面談待ちをしていたりして来ていない――というよりも、セドリックがディズのみを誘ったのだ。
今週の土曜日にはいよいよクィディッチの最終節が行われ、グリフィンドール、スリザリン、ハッフルパフの3チームが優勝を争おうとしているのだ。
現在、各寮はそれに向けて大いに盛り上がっており、隙を見てはクィディッチチームの選手に呪いをかけたりしようとたくらんでいる生徒も多い。
そんな中で、勝つためにはどんな手段でも用いるスリザリンの生徒に決闘の練習を、クィディッチチームのシーカーが依頼するというのはどう考えても危険な行為のはずだ。
「少し暴れたい気分だったんだよ」
「珍しいこともあるもんだな。 怪我は大丈夫か? クィディッチに差しさわりのあるような怪我はなかったと思うけど……」
自嘲するような笑みを浮かべたセドリックに、ディズは時期のこともあって怪我の有無を尋ねた。
スリザリン生がこの時期に、他寮のクィディッチ選手の心配をするということにセドリックは軽く笑みを浮かべた。
「ああ。大丈夫だよ。……でも、やっぱり勝てなかったか……」
ただやはり悔しい思いが湧き上がるのは、成績だけでなく魔法演習でも明白に上をいかれたからだ。
クィディッチの試合でハリーからスニッチを奪い取れた時や、チョウにスニッチを奪われた時とは違う。明らかな実力差をもっての負けだ。おそらく、まだ実力を隠したままで。
決闘クラブで一番魔法の使い方が変化したのはやはりディズだろう。
ホグワーツの伝統魔法に躊躇なく精霊魔法を組み込み、身体強化という魔法使いにしてみれば粗暴な技術にまで着目して実践しているのだ。
だからだろう。そんな魔法の使い方は、単にこの世界で魔法使いとして在り続けるだけには思えなかった。
「クロスは魔法世界の留学を考えているのかい?」
質問を受けて、ディズは少し驚いたように反応した。
「サクヤからでも聞いたのか?」
「いいや。ただ精霊魔法をすごく取り入れているみたいだったからもしかしたらと思って」
咲耶には伝えていたのか、あるいはスプリングフィールド先生から咲耶経由で伝わったと考えたのか。どちらにしても、セドリックが留学のことを疑ったのは、ディズの魔法の使い方からピンと来ただけだ。
ディズも時間的に咲耶から聞いたとは思っていなかったのだろう。口元に笑みを浮かべた。
「まあ、そうだな。スプリングフィールド先生にももう伝えたよ」
「理由を聞いてもいいかい?」
スプリングフィールド先生に伝えた、ということは当然スリザリンの寮監であるスネイプ先生にも伝えたのだろう。
留学のことが単なる思い付きではなく、その意思が明白だということだ。そして彼のことだから、単に興味半分でとか、冷やかしで、といったこともあるまい。
「そんなに大層な理由があるわけじゃないけどね。単に魔法世界が面白そうだと思ったから、じゃダメかい?」
セドリックの追及にディズは何でもないことのようにあっさりと答えた。
だが、魔法世界への留学がそう単純な話であるはずがないのは、これまでのイギリス魔法界と魔法世界の疎遠関係を思い返せば容易に分かる。
「クロスなら何にだって、魔法省で闇祓いにだってなれるだろう? それなのにかい?」
「魔法省や闇祓いには興味がないな。それよりも違う世界や知らない魔法のことをもっと知りたいと思っただけさ」
ディズのあまりにも魔法省を突き放したような言い方に、セドリックは驚いたようにディズを見た。
魔法省や闇祓いが一番いい職業だとまで言う気はないが、それでもエリート思考の魔法使いならば、特に戦闘技能にも優れていれば少なからず考える選択肢のはずだ。
死喰い人のように“闇の魔法使い”に属する者であれば、たしかに闇祓いは選択肢になりえないが、ディズはむしろ純血思想には与していなかったはずだ。
ディズはわずかに驚きを見せているセドリックを見て笑みをこぼした。
「10年前でさえ強くは介入できなかった魔法世界の魔法使いがここに来て、こちらの世界への干渉を強めているんだ。きっと世界が大きく変わる。それなのに魔法省だのイギリスだのに拘って縛られているなんて、その方が我慢できないね」
我慢できないとまで言い切ったディズに、セドリックは唖然とさせられた。
「クロスは……もっと堅実なヤツかと思ってたよ」
セドリックが持っていたディズのイメージは、堅実で人当たりが良く、なんでもできる優等生だった。
だが、今、初めて見る魔法使いのように、ディズはその野心の一端を覗かせていた。
「さて、そろそろ終わりにしようか。クィディッチの試合、楽しみにしているよ」
イギリスやこちらの、旧世界だけでなく、異なる世界、新世界ですらその野心には含まれる。
先は見えなくとも、それでもその野心の大きさの片鱗を、たしかにセドリックはディズから感じたのだった。