じめじめとした日が続くようになった10月も終わりに近づいていた。
みんながパンプキンパイのいい匂いにそわそわとしだすハロウィーンの日に、咲耶たちはホグワーツを離れ、ホグズミードへと向かっていた。
本日のホグズミード行き。昨年まではほぼ必ず行動していた4人のメンバーは一人の欠員が生じていた。
「なぁなぁ。リーシャはフィーの彼氏さんのこと知っとった?」
「いんや。でもまあ、前からよく告白されてたし」
“彼氏と行くから、ごめんねー”という軽い言葉で唖然とさせられ、そのまま颯爽とエスケープしたフィリス不在で、3人は玄関ホールから外に出ているのだ。
ワクワク顔でフィリスの彼氏さんを想像して楽しんでいる咲耶に、リーシャは関心が薄いのか眠たげに答えている。
いつもならこの手の会話にはノリノリで応えるのがフィリスなのだが、残念ながら今日のメンバーでは咲耶のテンションについてこられる乙女がいない……かと思いきや。
「知ってる。この前図書館で告白されてた」
「ホンマ!? どんな人やったん、クラリス!?」
「グリフィンドール生」
言葉短いながらも返してきたクラリスに、リーシャも虚をつかれたように目を丸くした。
ワクワク話に広がりが出てきたことで、咲耶の瞳はきらきらと輝いており、クラリスはほんの少しだけ口元を緩ませて話に応じている。
意外さに驚いていたリーシャは、楽しそうに話している二人を見て、目元を緩めて温かな視線を向けた。
少し急に変えようとし過ぎているようにも見えるが、前よりも明るくなろうとしているのはいい傾向のように見える。
…………その方向性がリーシャ自身が苦手な恋話というのはなんとも話をつなげにくいのだが……
ぽりぽりと首元を掻いたリーシャは苦笑しつつも話題に参加した。
「サクヤ。今日はスプリングフィールド先生はどうした?」
「リオンは最近忙しそうにしとってなぁ。な、な。クラリスは恋愛とかどうなん?」
眩いばかりの咲耶の問いかけに、さしものクラリスも困ったように笑みを曇らせた。
「……まだ分からない」
「そかそか」
しゅんとしたクラリスの頭にぽんと手をおいてにこにこと微笑みかけた。
「分からない、ね……」
「なに?」
「んー? 前だったら、要らない、とか言ってそうだったのに、変わったなーと思って、あいてっ!!」
クラリスの物まねのつもりか、無表情っぽくして言ったリーシャが、にまりと笑った。
クラリスはむっと唇を尖らせて顔を赤くすると、リーシャの足を踏んづけながら頬を膨らませた。
第42話 牙を隠す者たち
3年生以上のほとんどの生徒がホグズミードへとお出かけしていつもよりがらんとしたホグワーツ城内。ホグズミードへと行けなかったハリーは一人城内を歩いていた。
3年生からは保護者の許可証を得た生徒は決められた週末に赴くことができるのだが、今年のハリーはその許可を得られなかったのだ。
元々ハリーの保護者であるバーノンおじさんは魔法との関わりを極端に嫌っており、ハリーの学校生活なんかには極力関わりたくないと思っていたし、特に今年の夏休みの終わりには伯母さんを膨らませるという大失態を犯してしまって家出までやらかしたのだ。当然許可など下りるはずもない。
ハーマイオニーとロンの二人は初めてのホグズミードということで喜んで行ってしまったし、寮内に留まったらハリーを英雄視する後輩に纏わりつかれて辟易されるだけだ。
ホグズミードの楽しそうな話はここ最近、寮内でいろいろ聞いた。
3本の箒のバタービールやゾンコの悪戯グッズ、ハニーデュークスのお菓子。聞くだけでわくわくさせられるそれは、行くことができないことが決まっていたハリーの気持ちを沈ませた。
今ごろハーマイオニーとロンはホグズミードを楽しんでいるだろうし、サクヤたちもそうだろう。
寮の談話室で纏わりついてきた後輩には図書館で勉強しなければならないと言って出てきたが、友人たちが楽しんでいる時に一人寂しく勉強する気にはなれない。
あてどなく歩いていたハリーは、ふと上階の方へと足を向けていた。
城内では今夜のハロウィーンパーティの準備のために美味しそうな匂いが充満しており、残っている下級生たちもパーティの楽しげな雰囲気の予兆を感じてかそわそわとしているように感じられた。
その空気が、どことなく場違いに感じられるのはハリーの気持ちがそれだけ沈んでいるからだろう。ホグズミードに行けなかったことだけでなく、色々なことがハリーの気持ちを沈めていた。
脱走したシリウス・ブラックはヴォルデモートの忠実な家来で、今もハリーを殺せば彼が復権できると信じ込んでいるし、その捜索に来たディメンターは存在自体が気持ちを陰鬱にさせる。
ディメンターはなぜかハリーにのみより強い影響を及ぼしてしまい、列車内の立ち入り調査の時にはネビルやジニーですら震えているだけだったというのにハリーだけが気絶してしまった。
他にもマルフォイのバカげた行動のせいで、友人で先生になれたハグリッドは危うい立場に立たされてしまっているのも一つだし、占い学のトレローニー先生の死の予言だってそうだ。
なによりもその予言を出鱈目と割り切ることができないことに、ハリーは死の予兆であるグリム犬を目撃してしまったような気がするのだ。
今もこの近くをシリウス・ブラックがハリーの命を狙って侵入を試みているかもしれない。そう思うとハリーは胃がきゅぅとねじれたように感じた。
ぼぅっと歩いていたハリーは、不意にぐんと圧し掛かるような圧迫感を覚えて、前を見た。
精霊魔法の教師、スプリングフィールド先生が、どこか遠くを見るように窓から外を眺めていた。
常に相手を威圧し凍りつくような碧眼。日々変わるように見える髪の色は、今日は金に近い色合いを帯びている。
ハーマイオニーたちが楽しげに赴いたホグズミードの方を見ているような気がしたのは、ハリーの気の所為だろうか。ハリーが近くにいることに気づいていないのか、先生はこちらに目を向ける様子はない。
ふとハリーはこの前の咲耶との会話を思い出してまじまじとスプリングフィールド先生の顔を見た。
今日の髪の色が金のため、印象が違うように見えるが、それでも顔立ちは夏休みに見たニュースの“なんとか・スプリングフィールドさん”と似ている。
同性の自分ですらはっとするように整った容姿。昨年のロックハートも見た目のよさと吹聴していた経歴のために魔女から人気で、彼自身それを好んで触れ回っていたが、この先生は逆に拒絶するような冷たさを帯びていながらも密かに人気を集めていると聞く。
なによりもあの咲耶がひどく執心しているという話をハーマイオニーから聞いて、ハリーの心に細波をたてていた。
「あの、スプリングフィールド先生」
気づけば、ハリーは我知らず呼びかける言葉を、先生にかけていた。
向けられた視線は、ハリーがそこにいたことに気づいていなかった風ではなく、居るのを知っていて、それでも気にかけるに足らない存在だったとばかりの冷たい眼差しだった。
ダンブルドア校長に見られている時と同じように心を見透かしているように感じた。だがダンブルドア校長のきらきらとした安心感をもたらせる見守るような瞳とはまるで感じさせる熱が違った。
凍えるように冷たく、冷たすぎて火傷のように痛みをもたらすかのように鋭い瞳。
思わずハリーは、身を縮こませてしまい、次の言葉を失った。もとより声をかけたのだって、意識の隙間から抜け出たようなものだったのだ。
「ハリー・ポッターだったな。なんだ」
声だけかけて二の句を失っているハリーに、スプリングフィールド先生は
ふと、ハリーはスプリングフィールド先生の態度が、ハリーにとって他の誰とも違う態度を取っているように思えた。
相手の存在を意に介さない態度。居ても居なくてもどうでもいい。
学校でのハリーは、言ってみれば目立つ存在だ。ハリー自身は目立ちたいとは思っていなくとも、“生き残った少年”として周囲に知られているし、それだけでなくクィディッチチームのシーカーとしてや、色々な厄介事を起こした生徒として知られている。
生徒だけでなく、先生たちにとってもそれは多少見られる。
そして仲の悪いマルフォイやスネイプたちとは、逆に見れば嫌悪を飛ばし合うような間柄だ。
一方でマグルの世界に戻れば、ダーズリー家の人たちはハリーを居ないものと扱おうとするが、それは居ることを知っているからこその態度だし、ホグワーツに来る前の学校生活でも周囲の子たちはガキ大将のダドリーがイジメの対象にしていたせいで、関わらないように意識していた。
良くも悪くも、ハリーは今まで周囲から多少の意識を向けられていたのだ。
だがスプリングフィールド先生のそれは、本当にどうでもいいものを見る様な目に見える。彼の注意を向けられる存在はたった一人だけ。無言のうちにそう告げているようにも感じられた。
いろいろ考えていると、スプリングフィールド先生はすでに完全に意識からハリーのことを消し去ったのか、ハリーに背を向けて立ち去ろうとしていた。
「あの、スプリングフィールド先生! 話したいことがあるんです」
慌てたハリーが再度声をかけると、先生は足を止めて顰め顔で振り向いた。
「ロンの、僕の友達のロン・ウィーズリーなんですけど、去年杖が壊れてしまっていて、精霊魔法の授業を受講できなかったんです。それで、その、できれば再受講できないかなって…………」
ふと、思いついたのは先日話していた魔法世界旅行のことだ。
ロンが精霊魔法の受講をもともとは嫌がっていたのは知っているが、一応受講を辞めた理由はある。
スプリングフィールド先生は多くの再受講希望の生徒、例えば純血の名家であるマルフォイなどの受講も拒んだことで知られている。
ハリーは半ば無駄だと思いつつもロンのことを頼んだ。
「知るか。そんな話は聞いてない。リタイアしたければ勝手にしろと言ったはずだ。リタイアした奴のことなんぞ知らん」
案の定、返ってきた答えはにべもない拒否だった。
ハリー自身、深く考えての発言ではなかったし、ほとんど無理だと思っていたのだからしょうがないが、反発の心が湧きあがるのは抑えられない。
たしかにとても強い魔法使いなのだということは知っているし、サクヤはこの先生を深く慕っているのは知っているが、どうしてと思わずにはいられない。
つい、その背中を見る目つきが厳しく、睨み付ける様な眼差しになり始めた時、
「ハリー?」
近くの部屋から、落ち着いた穏やかな声がかけられた。
「おや。スプリングフィールド先生も。どうされたんですか?」
「ルーピン先生」
スプリングフィールド先生が身に纏う威圧するような空気とは全然違う、優しげな雰囲気のルーピン先生だ。先生はどこか影を帯びたような顔をしているものの、スプリングフィールド先生が居るのを見て、ハリーを気遣わしげに見やった。
スプリングフィールド先生はルーピン先生の声に振り向いた。
ちらりと視線を向けたスプリングフィールド先生は、にやりと笑みを浮かべた気がした。そして、その口元に牙のようなものが見えたような気がしたのは、多分ハリーの気の所為だろう。
「ほぉ。
「ええ。ハリー、スプリングフィールド先生になにか用かい? ロンやハーマイオニーの姿は見えないようだけど」
一瞬、顔を強張らせたルーピン先生は、強引に顔をスプリングフィールド先生から逸らすとハリーの方へと視線を向けて話した。
「二人はホグズミードです。僕は……許可がなくて」
ハリーとルーピンが話を始めると、スプリングフィールド先生は興味が失せたのか止めていた歩みを再開して遠ざかって行った。
ルーピン先生は睨み付けるように去って行くスプリングフィールド先生を見ていた。その目が、何かをひどく警戒しているように見えてハリーは驚いた。
どこかで、その警戒の仕方を見たことがある気がした。
どこか最近……まるで、人の姿をした獣のような…………
「ルーピン先生?」
「ああ、ハリー。……ちょっとわたしの部屋に来ないかい? ちょうど次の3年生ようのグリンデローが届いたところなんだ」
声をかけられたルーピン先生ははっとして、すぐに穏やかないつもの先生に戻ってハリーを自室へと招いた。
・・・・・
ホグズミードから帰ってきた咲耶たちは待ちきれないとばかりに興奮している下級生たちと大広間へと向かい、例年通り豪華で楽しいハロウィーンパーティーを楽しんだ。
「デートどやった、フィー?」
「まあまあだったわよ」
流石に咲耶も3年目ともなればこの豪華なパーティにも慣れつつあるが、特に今年は学校の周囲を取り囲むディメンターのせいもあって、どこか生徒の気勢も大人しめのように感じられる。
それでも楽しみは楽しみ。この日ばかりは明るい顔が溢れていた。
「ホグズミードではよかったんだけどねー。城門のとこにいたディメンターが、ね……」
「あれいつまでいんだろな。ホグズミードの度にあれじゃ、楽しさ半減だっての」
溜息交じりのフィリスの言葉にリーシャはジュースを飲む手を止めた。
特急内では同行していたスプリングフィールド先生が追い払っていたが、流石に城門警備の任についているディメンターを追い払うわけにはいかないし、そもそも一介の生徒にそれを期待するのも酷というものだろう。
なお今回はスプリングフィールド先生も同行しなかったので、代わりに咲耶の足元を歩いていたシロが目一杯に牙を剥いてディメンターを威嚇していた。
昨年校長が手配した舞踏団のようなサプライズは流石に時節を考えてかなかったが、ホグワーツのゴーストによる演出やダイナミックな(?)空中滑走によって宴は盛り上げられて締めくくられた。
みんなが心もおなかも満腹になり、後はベッドにもぐってぐっすり休んで明日への英気を養う。それでこの日も終わりを迎える…………はずだった。
すでに眠そうに眼をこする生徒がそこかしこに見える大広間に咲耶たちは再び呼び戻されていた。
咲耶たちハッフルパフ生のみならず、グリフィンドール生、レイブンクロー生、さらにはスリザリン生と学校の生徒全員が大広間へと集まっていた。
ざわざわと困惑している生徒たちを、ダンブルドアがぐるりと見回した。
「隠しておっても、いずれ望ましからざる形で皆が知ることになるじゃろうから、先に言うておくが、先程グリフィンドール寮にて侵入者があったという痕跡が見つけられた。
目撃者の話によると、侵入したのは現在指名手配されておるシリウス・ブラックということじゃ」
ダンブルドア校長の話にざわつきが大きくなった。
咲耶の周りでもフィリスがざっと顔を蒼ざめているし、クラリスは目を大きく開いて硬直している。
「おいおい、ディメンターはなにやってたんだ」
リーシャは城壁に隔てられて見えない先に居るだろうディメンターを睨み付けるように外を睨んだ。
「よって今より、先生たち全員で城内を隈なく捜索せねばならん。皆には申し訳ないが、皆の安全のために、今夜はここに泊まることになろうの。監督生は交代で大広間の入り口の見張りに立ってもらい、主席の二人に、ここの指揮を任せる。何か不審なことがあれば、ただちにわしに報せるように」
セドリックはマジメな顔を義務と緊張に強張らせ、フィリスはごくりと唾を飲んだ。
ダンブルドア校長は現在の男子の主席が居るグリフィンドールの方を見て最後に付け加えた。
「おお、そうじゃ。必要なモノがあったのう……」
未だ状況が整理できていない大部分の生徒を置いて、ひゅると杖を一振りすると、大広間の長いテーブルはすべて片付けられて、次の一振りでふかふかした紫色の寝袋が現れて床一杯に敷き詰められた。
ぐっすりおやすみ、と声をかけながらダンブルドア校長は大広間を出て行った。
「さてと、それじゃ大変だけど、見張りに行ってくるわ」
「フィー」
溜息をついて立ち上がったフィリスにリーシャが同行するような姿勢を見せた。
殺人犯の侵入などという話を聞けば、到底安らかに眠れるとは思えないし、友人だけに負担を強いたくはないという思いからだろう。
「寝てなさい。これも監督生の仕事なんだから」
だがフィリスはその気遣いに苦笑して、ひらひらと手を振ってリーシャたちを寝袋に戻した。
フィリスの諌める言葉にリーシャは「むぅ」と顔を顰め、咲耶は口元に指を当てて少しだけ考え、足元にいる式神に呼びかけた。
「シロくん、フィーについたげて」
命じられたシロは、主を見上げてその目を見ると、たったと駆けてフィリスの肩に駆け上った。
子犬とは言え、肩に留まれば相応の負荷がかかるかに思えたが、やはりこの式神は見た目通りの質量を有していないのか、フィリスは特に肩にかかる重さは感じなかった。ただ、ふわふわの毛並が首筋を撫でて、温かなこそばゆさを感じさせていた。
「フィー。仮眠するときはシロくんの尻尾を枕にすると気持ちえーよ」
たしかに、シロの毛並はふわふわのさらさらで、しょっちゅう咲耶が手慰みに撫でているのも納得できるほどに触り心地のよいものだ。
ただ、尻尾を乱暴に扱われると相当嫌がっていたように思えるが、主の言葉に特に異論をはさむ気はないのか、シロは器用にフィリスの襟巻になっている。
「ありがと。よろしくね、シロくん」
単に心構えさえしていれば、別に尻尾は弱点ではないのか、それともこの前のがただの振りだったのかは分からない。
フィリスは咲耶の気遣いと、忠実なワンコの温かさに、少しこわばっていた頬を緩めた。
寝袋を手に方々より集まって生徒たちはこの状況の原因である侵入者について話していた。
そうやってシリウス・ブラックが侵入したのかと言う疑問。寮に生徒がいないハロウィーンでよかったという声。侵入方法についての予測を語る声。
監督生であるハッフルパフのセドリックとフィリス、スリザリンのディズも扉の近くに集まってひそひそと話しをしていた。
「シリウス・ブラックの侵入方法、か……たしかスプリングフィールド先生は去年外からの侵入者を検知して迎撃していたはずだ。なのになぜ今回はあっさりと侵入されて、しかも逃亡まで許したんだろう」
この状況でも、ディズには大きな動揺は無いように見えた。ただ、あのスプリングフィールド先生の目を掻い潜った方法、というのに関心があるのか、顎に手を当てて考え込んでいる。
その言葉に、少しひっかかりを覚えたのかフィリスの首元にいるシロがぴくりと顔を上げてディズを見たが、そのまま伏せよろしく襟巻の体勢に戻った。
「まあ先生だって、ずっと監視してたわけではないだろうし。ディメンターの監視を掻い潜って来た方がむしろ問題かもしれないね」
平静を保っているディズの姿にセドリックやフィリスも少し落ち着きを取り戻しているのか、セドリックは警戒態勢を敷いているはずのディメンターを掻い潜ったことの方を気にしている。
「もともとシリウス・ブラックはアズカバンを脱獄したんだ。何らかの方法で欺く術があると考えるべきだろう」
・・・・・・
結局、先生たちのゴーストまでも動員しての捜索にも関わらず侵入者であるシリウス・ブラックを発見することはできなかった。
もとよりダンブルドアも、ブラックが長々と校内に留まっているとは思っていなかったのか、一晩の捜索の後、朝には全生徒が寮へと戻された。
そして、ディズたちが話していたことは咲耶たちも気にしていたことであり、翌日、幸いにも土曜の後の日曜日ということで咲耶たちは直接スプリングフィールド先生に尋ねていた。
「外への感知はこの学校に元々敷かれてる結界に便乗してるからだ」
咲耶の「侵入者のこと分からんかったん?」という質問にリオンはそれほど気分を害した風もなくあっさりと答えた。
あまりにもあっさりとしすぎていて、咲耶だけでなくリーシャたちも意味を把握しかねて首を傾げた。
「この学校には元々正規の手順で訪れた者以外を拒む結界が敷かれている。だからその結界が反応しない場合は外からの侵入者は俺にも分からん」
「出入りするのを見分ける結界とかにはしないんですか?」
先生の説明にリーシャが思ったままを口にした。
スプリングフィールド先生の話からすると、結界の条件はホグワーツの仕様らしい。この城はダンブルドアの庇護下にあることでイギリスで最も安全な場所と言われてはいる。だが、一昨年のクィレルや昨年の継承者、そして悪魔襲撃のことを考えると、防護体制は見直すべき余地が十分にあるように思える。
「出入りするのは人だけじゃない。一々そんな大量の識別ができるか」
ホグワーツ城には城門が設置されているものの、その敷地は広大で、禁じられた森のように明確に野生の生物の往来のある領土も広い。
他にも日々のふくろう便など大量の出入りがあるのだ。人にしても、認識してもそれが侵入者かどうかの判別は結局の所、リオンにはできないのだ。
「去年のあの雑魚どもは無理やり結界を破って来たから分かったわけだ。昨日の奴は正規の手順か、もしくは結界をすり抜けてきたようだから、結界の感知にかからなかったんだよ」
昨年、先生方と圧倒したあの悪魔を平然と雑魚呼ばわりする精霊魔法の教師に一同は何とも言いようのない視線を向けた。
「じゃあ、先生はブラックがどうやって侵入して、逃亡したと考えていますか?」
それならとセドリックが問題の方法について直接に尋ねてみた。
セドリックはもちろん、イギリス魔法界のほとんどの魔法使いが、あのディメンターを出し抜く方法を思いつかないのだ。
だが別の視点、異なる魔法体系の技をもってすればその謎を解けるかもしれないとおもってだったのだが。
「それを考えるのは校長殿だろう。俺が知るか」
返ってきたのはあっさりとしたものだった。
咲耶もリオンがこんな性格であることを分かっているので、困ったような愛想笑いを浮かべていた。