ずっとずっと、ここに居たいの……
温かく、優しい揺りかごのようなこの世界に。
外に出たいなんて思ったことはない。
だって外は怖いから……
外に出れば、待っているのはコワイモノばかりだもの。
暗く闇い恐怖の世界。
痛いばかりでいろんなものを失っていく世界。
この世界にはなんでもあるの。
失くした幸せ、永遠に続く幸福。
後悔はなく、恐怖もなく、嫌なモノなんかなにもない…………
ここからでたら、きっとどれほど望んでも、もう二度と手に入らない。
だから…………
……そのコワイ手を伸ばさないで。
ここにないものなんてなにも――――――
第38話 幸福なるセカイ
クラリスの家での生活は日本家屋での近衛家との生活とも、森の妖精の家のようなリーシャの家での生活とも違っていた。
クラリスの家 ――オーウェン家の屋敷は外観はそれほど“魔法使い”という感じのものではなかった。
ただしその中身は外観ほど“普通”ではなかった。
飾られている絵はホグワーツと同じくぺちゃくちゃと会話しているし、居間にある大きな時計には咲耶がよく見かける長針と短針、そして数字盤はなく、代わりに“家”、“学校”、“仕事”、“迷子”、“病院”などがあり、うち一つには“命が危ない”が書いてあった。
針の数も5本あるが、その内の三本は家、二本は“病院”を指していた。”
クラリスのおじいちゃんとおばあさんが、沢山の孫の友人を温かくもてなしてくれて、咲耶も日本からの行程による疲れをゆっくりとほぐすことができた。
そして滞在二日目。
みんなでおばあさんの作ってくれた朝食をいただいた後、クラリスたちはロンドンへとやってきていた。
ロンドンの駅からでて、眩しい日差しの中を歩き、パージ&ダウズ商会と書かれたみすぼらしい、しょぼくれた雰囲気のデパート前に来ていた。
「クラリス。ここ閉まっとるえ?」
デパートのドアには錆びた大きな看板がかかっており、そこには“改装のため閉店中”と書かれていた。
「魔法の施設をマグルから隠して建てるのは難しいからね。魔法省とかもロンドンにあるけど、そういった施設はこんな感じで偽装されてるんだよ。ニホンだと違うのかい?」
珍しくクラリスに先導されてやってきた一行。
咲耶はその目的地と思しきしょんぼりとした建物の姿に首を傾げ、セドリックが説明した。
「アメリア・オーウェンとジャック・オーウェンの面会」
一際くたびれた感のあるマネキンにクラリスが話しかけた。
するとマネキンはちょいちょいとぎこちない動きで手招きし、咲耶は「ほわ」と呟いた。
一行がやってきたのは聖マンゴ魔法疾患障害病院 ――イギリス魔法界が誇る魔法病院だった。
朝食の後、今日の予定はどうするかという話をした際のことだ。
新学期に必要な買い物は昨日の内に済ませていたし、たんまりと出された宿題の残りをやっつけてしまおうかという話(主にフィリスからリーシャに向けての命令に近かった)にもなったのだが、意を決したようにクラリスがお願いしてきたのだ。
―― 一緒に来てほしいとこがある ――
表情こそあまり変わらないように見えたものの、時折垣間見せる強い自己主張を見せていた。
どこか行きたい目的地があるわけでもなし、咲耶はそれに頷きを返し、そろそろヤバいとは分かっていつつもできるだけ宿題を回避したいリーシャもそれに賛同した。
ただ、その後に告げた行く先にリーシャも、フィリスたちもぎょっとして驚いた。
そして、どうしてクラリスが今年に限って自宅へと咲耶を招いたかも察することができたから。
マネキンに招かれてガラスを突き抜けると、そこは外観とは全く異なり多くの人が居た。
混み合った受付のようなところで、幾つもの椅子が並んでおり、魔法使いや魔女が座っていた。
「ここが魔法の病院?」
「そう」
「さっきのって……クラリスのお母さんとお父さんがここに入院しとるってことなん?」
「…………そう」
咲耶の問いに、クラリスはそちらを向くことなく肯定した。
・・・・・
今から12年前。
イギリス魔法界を恐怖のどん底に陥れた最悪の魔法使いが一人の赤子によって倒された。
それによりおよそ15年にも及ぶその魔法使いによる恐怖からイギリス魔法界は解放されることとなった。
だがそれまでに多くの人が命を落し、悲劇はどこにでもあるありふれたものとして散在した。
かの魔法使いの目的は魔法族の浄化であり、魔法使いだけでなく、非魔法族、マグルにもその被害は広まっていた。
邪悪な魔法使いにつくことを是とせず、逆らうことで殺された者。
服従の呪いをかけられ意に染まぬ罪を犯し続けた者。
壮絶なる苦痛の果てに正気を失った者。
「私のお母さんとお父さんは闇払いとして働いてた。けど、ある時から魔法省を裏切って、“例のあの人”に情報を流した罪で捕まってアズカバンに送られた」
廊下に掲示された案内板が、“5階:呪文性損傷”を示している方向に歩いて行きながらクラリスは咲耶は、初めて両親についてを咲耶に話していた。
いつもの無表情な顔を、一層人形のように凍てつかせて喋るクラリスに、咲耶は泣きだしたそうな感情が溢れているように見えていた。
アズカバンについての説明は昨年、ハグリッドが連れていかれた時に少しだけ聞いていた。イギリス魔法界における最悪の監獄。
そこの看守、ディメンターは、生ける者にとっての天敵とも言える存在で、ただそこにあるだけで人の感情、特に幸福を吸い取る闇の生物であり、地上を歩く生物の中で最も忌まわしいとされる生物だ。
そこに送られるということは単なる死よりも恐ろしい刑罰であると。
「オーウェン夫妻はすごく優秀な闇払いで、誰からも尊敬された人たちだったんだ。だからそんな人たちが死喰い人と内通してたことが知られて…………」
クラリスの言葉に息をのんだ咲耶に、セドリックが「父さんから聞いた話だけど」と前置きして補足するように告げた。
イギリス魔法界が産み出した中で、もっとも邪悪とされる闇の魔法使い“名前を言ってはいけない例のあの人”。
そんな者と戦う闇払いが内通していたとすれば、それは他の魔法使いにとってとてつもなく恐ろしい事態だろう。
「でも違ったんだよ。あの頃は、大勢の魔法使いが服従の呪いにかけられてて、オーウェンさんたちもそんな一人だったってことが後で分かったんだ」
服従の呪い。
許されざる三つの呪いの一つで、他者に強制的な隷属を強いる魔法。
その呪いのために、暗黒期には疑心暗鬼が広がり、誰が敵で誰が味方かも分からない状態だったそうだ。
昨日味方だった人が、明日には服従の呪いで敵になっているかもしれない。
「“例のあの人”が倒された後、捕まった死喰い人の一人が自供した。お母さんとお父さんを拷問して、弱らせた後、呪いをかけた」
クラリスはぎゅっと拳を握りしめて怒りを吐き出すように言った。
闇の帝王凋落の後、彼に組した魔法使いの中から、何人もの魔法使いが“夢から醒めた”のだそうだ。
ある者は服従の呪いにかけられていたと言い張り、金銭やコネを存分につかって罪を回避した。
ある者はかつての仲間を売り払ってアズカバン送りにし、見返りに自身がアズカバンに行くことから逃れようとした。
ある意味ではクラリスの両親もその中の一人と言えるのかもしれない。
捕まった死喰い人の一人による、“懺悔”の告発によって救いだされた。
だが
「拷問されて、服従させられて、アズカバンに送られて、戻ってきた時には二人はもう二人じゃなかった」
闇払いには高度な魔法力と優れた精神力が求められる。
卓越した精神をもってすれば服従の呪いにも抗することができるのだ。だが、優れた精神力だったからこそ、より無残な末路を辿った魔法使いも多い。
拷問により精神を摩耗させられ、その上で長きに渡る服従を強いられ、そして最後には人を廃人へと追いやる監獄へと送られた。
クラリスに案内されて訪れた病室では、彼女の語った通り、親としてのオーウェン夫妻は存在しなかった。
虚ろに宙を眺める瞳。
口元はだらしなく緩んでおり、娘が入室したことにも何の反応も示さない
ただ呼吸する人形のようなヒトが二人、ベッドの上に居るだけだった。
ただ、二人のベッドの周りには、長くここに住んでいる証のようにたくさんの写真やこまめに手入れされていそうな綺麗な花が飾られていた。
写真には今よりもずっとずっと小さいクラリスと元気なころの夫妻が笑っていたり、最近のクラリスの写真や中にはリーシャやフィリスが写っていたりするものまであった。
室内は二人がここに入院する経緯に配慮してか、二人きりの部屋を宛がわれていて全員が入ってもゆとりがあるほどだった。
咲耶もぺこりと頭を下げてから入室し、リオールは入って扉の脇に腕組みをしてもたれかかった。
「おかあさん、おとうさん…………友達を、連れてきたよ」
クラリスは、咲耶が見た中でも最も穏やかな笑顔を浮かべて優しい声をかけて、お見舞いに来てくれた友人たちを紹介していった。
咲耶とリオール以外のみんなは、クラリスの両親のことを知っていた様子で、咲耶だけはショックを受けたような顔で二人を見ていた。
ただ、フィリスとリーシャも知ってはいても、来たのは初めてらしくクラリスが紹介するのに合わせて反応のくることのない自己紹介をしていた。
「精神崩壊か…………それで、咲耶を連れてきた理由はお友達の紹介とやらだけじゃないんだろ」
一通り咲耶たちの紹介が終わったのち、リオールは自分の名前を告げる代わりにベッドの上の二人をちらりと視てから皮肉気にクラリスに言った。
リオールの指摘に、クラリスはビクッと身を震わせた。
指摘されることを覚悟していたのだろう。だが、それがリオールからの指摘であったことにリーシャもフィリスも顔を顰めた。
身を震わせたクラリスは、ぎゅっと瞳を閉じ、それから咲耶へと振り向いた。
ここに連れてきたのは、たしかに両親に友達を合わせたかったからではある。
だが、それを決断した最大の要因は、やはり咲耶なのだ。
正確には――――彼女の力。
「サクヤ…………サクヤは仮死状態だった子を治せた。その魔法で、二人を治してほしい……」
ダンブルドアですら易々とはいかなかった仮死の解呪。それを欲したのだ。
だが、それは同時に頼むべきでないのではないことかとも思っていた。
本来英国旧来の魔法族は魔法世界側の魔法使いの介入を是とは思っていないのだ。魔法学校の事例に限っては、ようやく一部その介入を認めつつあるものの、魔法界全体で受け入れるには至っていない。
魔法世界の魔法が一概にこちらの世界の魔法よりも優れているわけではないが、系統が違うからこそ、こちらの魔法でできなかったことが、魔法世界の魔法では叶うこともあるだろう。
そしてこの病院には、もしかしたらその恩恵によって救われる人がたくさんいるのかもしれないのだ。
魔法界同士の関係やバランス、それらを無視してただ仲がよいからという理由だけで友達に頼むのは、友情を利用しているように感じたのだろう。
「大したもんだな。このごたついた情勢の中で、お友達を利用するためだけに引っ張り出すとは」
揺れる様に願いを口にしたクラリスに対し、咲耶は頷きを返そうとしたが、それを遮ってリオールが鼻で笑うようにして言った。
現在イギリスはシリウス・ブラックの脱獄で厳戒態勢を敷かれている。
それは昨日のやりとりを見ても分かっていた事だろうに。そしてなるべく異なる系統の魔法を主張させたくないと思っている保護者が居ることも先学期のやりとりから知っていたはずなのに。
「そんな言い方ないだろ!! クラリスだって、できれば自分で」
「リーシャ。いい」
それでも望んでしまったことを、口にしたクラリスに対して小馬鹿にした態度のリオールにリーシャがカッとなって睨み据えた。
掴みかからんとばかりに詰め寄ろうとしたリーシャだが、その行動はクラリスによって止めさせられた。
クラリスは、気持ちの整理をつけるように一拍、息を吐き、リオールを、そして咲耶に視線を向けた。
「サクヤを利用しようとしたことは否定しない。それでも……」
「ええよ、クラリス」
毅然と告げようとして、段々と揺れてしまうクラリスの言葉に、咲耶は柔らかな笑みを浮かべて優しげに答えた。
「人を助けられる魔法使いにウチはなりたいんやから。それに大事な友達のお母さんとお父さんやもん」
どれだけのことが今の自分にできるかは分からない。
精神疾患の治癒なんて今までやったことはない。けれども悲しい思いをして、困っている人の、友達の頼みなのだ。
そのために力を尽くすことこそが、咲耶にとっての魔法なのだ。
壁にもたれ掛っていた“リオール”は咲耶の言葉に顔を顰めて「ちっ」と舌を打った。
――人を助けるんがウチのお仕事やからな。それにリオン君はエヴァちゃんの大切な息子やもん。助けるよ――
血は争えないというものなのか、いつか見たあの人と同じように優しい顔で、困っている人を助けようとする少女。
それに…………
ベッドの上の生ける屍二人をちらりと見やったリオールは溜息をついて壁から背を話して歩を進め、ベッドの脇に行こうとしていた咲耶の肩を掴んで押し留めた。
「やめとけ。精神干渉は治癒魔法の中でも系統が違う。今のおまえには無理だ」
「リ、…………」
まずは容体を確認するために近寄ろうとしていた咲耶と位置を入れ替えるように前に出たリオールに、咲耶が何かを言いそうになり、その顔を見て止めた。
「やってみなきゃわかんないだろ」
「あーそーだな。やってみなきゃ、分からん」
咲耶のことを否定したリオールにリーシャが不満を露わにして睨み付けた。
ベッドに近づいたリオールはすっと左手を伸ばしてオーウェン夫人の側頭部をぐいと掴み、親指で瞼が閉じないように押し開けた。
「リオール?」
苛立つ理由は分かっている。
咲耶の周りをちょろちょろとうろついていたから眼にはついていた。
親を救うために、活かすために懸命に足掻く子。
その姿が、彼を苛立たせるのだ。
絶対に自分とは違う足掻き方。
「ギリギリか……」
赤毛の少年はぽつりと小声を漏らした。
未だ空には太陽が昇っている時間帯だ。
月はまだその姿を見せていないが、昇はずの月は上弦を越え、完全に満ちるまでには数日の猶予が残っている。
人ならざる身の、人ではない部分の力がぎりぎり勝る日。
魔力の込められたリオールの碧眼が、オーウェン夫人の、クラリスと同じ青の瞳と交わり捉えた。
・・・・・・・・・・
暖かな暖炉の温もりで満たされた、靄のかかったような世界に彼女はいた。
ふかふかのソファに身をうずめ、甘えるように夫の腕の中に抱きすくめられていた。二人の間には小さく幼いいとし子が楽しそうに自分に話しかけてくれている。
ふと――――どこかで誰かが泣き声が聞こえた気がした。
ずっとずっと昔に、どこかで聞いた声の気がした。
――どうしたんだい?――
永久に寄り添うことを誓った愛しい人が、愛しい笑みを浮かべていた。
「ううん。なんでもないわ」
そう、ただの気の所為だ。
愛すべき夫が隣に、愛する娘がこの腕の中にいる。
何も怖いものなどない、満たされたこの世界で泣くことなどあるのだろうか。
「そう。気の所為さ」
ナニカの――――声が聞こえた気がした。
「ナニカとは失礼だな。貴様の大っ嫌いなコワイものだよ」
気にしてはいけないもののような気がする。
その声は、この優しい世界に似合わない強く、恐い声だった。
気にしてはいけない。気にして、振り返ってしまえば、もうここには戻れない。
そんな気がするのだ…………
「その通り。その手に抱いてる人形だけを大事にして、他のことなど忘れて、この世界で楽しく過ごしていくのも悪くはないさ」
忘れて?
何を忘れているというのだろう。
大切な娘がいて、大切な夫がいて…………
「誰も責めはしないさ。傷ついて壊れた哀れな貴様にはみんなが同情している」
みんな?
傷ついて、壊れて……そんなになるまで何をしたのだったか……
――おかあさん?――
「あっ。ごめんなさい、クラリス。なんの話だったかしら? えーっと……」
――学校の話――
「そうだったわね。本当にあなたは、本が好きだものね」
そうだ、学校の話をしていたのだ。
娘のクラリスの行く予定の学校。自分が彼と出会ったホグワーツ魔法魔術学校。
今はまだ自分が手を引いて歩く幼い娘も、いずれは大きくなって、自分の手を離れて学び舎へと行くのだ。
――うん。いっぱいいっぱい勉強して、お母さんたちみたいな魔法使いになる――
「ふふふ。でも楽しいことは勉強だけじゃないのよ。たくさんの友達と仲良くなって、恋をして……ああ。あなたは少し人見知りだから、ちゃんと仲良くなれるか心配よ?」
たくさんの人と出会った。
たくさんの友と仲間と出会った。
良い人もいたし、仲の悪い人もいたし…………
――大丈夫。ちゃんとできた――
「え……?」
――バカっぽいけどいつも明るさをくれるリーシャと、口うるさいけど世話焼きのフィー ――
いつの間に、そんなに大きくなっていたのだろう。
まだ手を引いて歩くくらいの子供だったのに、なのに……
――それからサクヤ。すごく……すごく優しい子――
いつの間に、こんな顔をするようになったのだろう。
いつの間に、こんな顔をさせてしまうようになっていたのだろう。
誇らしげで、けれど伝えきれない思いが悲しみになって、今にも泣き出しそうな顔。
――まだ好きな人はいないけど、多くはないけど、他にも友達はできた――
「ん? よせよせ、そっちに戻ってもいいことはないぞ」
いいことはない?
そうなのかもしれない。多分、起きてしまえば、もうここには戻ってこれないだろう。
戻ってくるときは、多分今以上に傷だらけになって、沢山の痛みと悲しみを“また”あの子に押し付けてしまうことになる。
けれども……
――ちゃんと紹介したい。お母さんに、私の友達だって、見せたいよ――
ずっとずっとここに居たい。その思いなんかよりも、あの子の所に行きたい。
泣いてるあの子の所に行って、あの子の話をたくさん聞いてあげたい。
大きくなったあの子の姿を、あの子が自慢する友達をこの目で見たい。
――なんだ。ちゃんと選べるじゃないか――
全てが満たされた揺りかごの世界が薄れ、消え行こうとする中、最後にちらりとコワイことを教えてくれたモノを見ようとちらりと振り返ると、そこには金髪の見たこともない魔法使いがめんどくさそうにため息をついていた…………
・・・・・・
「何やったんですか?」
セドリックは見ている光景に唖然としながら赤毛の人物に問いかけた。
病室の真ん中では、一人の少女が泣きじゃくっていた。
何年も、もうずっと反応することも動くこともなかった母と父が、ぎこちないながらも動いて、自分に触ってくれた。
触れられて、びっくりした顔をしているクラリスに、「どうしたの?」と掠れた声で尋ねてきた母に、クラリスは泣き崩れるようにして抱き付いている。
息をする人形のようだったクラリスの両親が、まだ十分に元気とはいいがたいものの、ちゃんと娘を認識して、意識を取り戻したのだ。
リーシャやフィリス、咲耶は、普段見たことのないクラリスの泣きじゃくる姿に驚き、そして家族の光景を微笑み見守っていた。
「さあな。寝てるよりも大事なものがあることにでも気がついたんだろ」
10秒ずつくらい二人と視線を合わせた後、あとは知らんとばかりにベッドから離れたリオールは、親子の再会には興味がないかのように、くぁぁと大きな欠伸をしていた。