新入生たちよりも少し早く聳え立つ城、ホグワーツ魔法学校へと足を踏み入れたリオンと咲耶は、一人の魔法使いと対面していた。
「ようこそホグワーツへ、セブルス・スネイプだ」
少しツヤが多い黒髪、やや土気色の肌を持つ魔法使い。言葉では歓迎の意を示しているが、その眼差しは猜疑的であり、どこか侮蔑的な色を帯びているようでもあった。
「リオン・スプリンフィールドだ」
「咲耶・近衛です。よろしゅう、お願いします」
それに対して、いつもどおりそっけないリオンとぺこりと頭を下げて礼儀正しく人好きのする声をもつ咲耶、どちらも別の意味でマイペースな二人はそれぞれ挨拶を返した。
「早速だが、直に新入生の組み分けが始まる。他の職員と顔を合わすのに、広間の方まで来ていただこう」
「分かった」
どちらの対応もこの魔法使いにとってはあまり好意的には受け取られなかった、というよりも何をしても好意的には受け取らないような態度で案内役のスネイプは不機嫌そうに予定を告げた。
「あの~、うちはどうすればいいんでしょう?」
「編入生は新入生の組み分け後に校長から紹介がある。それまではこちらに来ていたまえ」
ふん。と機嫌悪そうに咲耶に応対するスネイプに咲耶は、は~いと返事を返した。
無愛想二人と共に歩く咲耶は少し居心地が悪いのか、無意味に困ったような笑みを浮かべているが、前を行くスネイプはあまり二人に気をつかう様子がみられない。
そんな沈黙に耐えかねたわけではないだろうが、
「少し意外だな」
「……なにがでしょう?」
先導するスネイプをじっと見ていたリオンがぽつりと意外な思いを零した。呟きのようなその言葉は、スネイプに聞こえていたようで、スネイプは爬虫類を思わせる、ねめつける様な視線をリオンに向けた。
「こちらの魔法使いは闇が嫌いだと聞いていたが、出迎えの魔法使いが濃い闇の匂いを漂わせているのだからな」
「…………」
にやりとした笑みを浮かべて答えるリオンに先導していたスネイプの足が止まった。
沈黙もつらかったが、いきなり険悪な雰囲気になられる方がもっと困る。
二人の魔法使いをおろおろと見比べる咲耶は内心、リオンの頭に母直伝のトンカチつっこみを入れたくなるのをなんとか堪えていた。
「どうした? あまり時間はないのではないか?」
「……かく言うあなたも噂に聞く、“立派な魔法使い”とは思えないが?」
にやにやとしたリオンの促す言葉にスネイプはふいっと視線を逸らし、歩みを再開するとともに、返礼の皮肉を返した。
「あいにくこいつと違って、俺は立派な魔法使いとやらを目指したことも、名乗ったこともないな。なるほど、噂と言うのは当てにならんものだ」
「そのようだ」
リオンはこつこつと咲耶の頭を小突いて示しながら鼻で笑うように返し、スネイプはただ感情のこもっていない声のみを返した。
なにごともなく終わったことにほっと一息ついた咲耶は、小突いていた手をがぶりと噛んで、しばらくリオンを恨みがましく睨んでいた。
第4話 魔法生徒始めます!
スネイプの案内によって案内された先で二人はほかの教師陣と顔通しした。
ホグワーツの校長であるアルバス・ダンブルドア。グリフィンドール寮監の厳格そうな女教師マクゴナガル。ハッフルパフ寮監の少しぽっちゃりとした温和そうなポモーナ・スプラウト。レイブンクロー寮監の小っちゃい先生フィリウス・フリットウィック。その他、クィレル先生、フーチ先生、ケトルバーン先生などなど。
ちなみに案内をしてきたスネイプ先生はスリザリンの寮監であるらしい。
一通り紹介された二人はそのまま新入生歓迎の式典が行われる大広間へと連れて行かれた。
本来であれば、学生の咲耶は在校生の座っている自身の寮の机、もしくは組み分けを待つ新入生のところにいるべきなのだが、編入というイレギュラーであるため、新入生の組み分け後に紹介がなされ、その後新入生と同様に組み分けが行われるということになった。
勇猛果敢な者が集う寮、グリフィンドール
心優しく勤勉で忍耐と真実とを抱く者たちの寮、ハッフルパフ
機智を持つ者、学びの友が集う寮、レイブンクロー
古き血とあらゆる手段をもって目的を成し遂げる覚悟を抱く者たちの寮、スリザリン
「ほぁ~、なんや緊張するわ~」
新入生が順々に名前を呼ばれて組み分けされている際に聞いた組み分けの判定基準をもう一度思いだして咲耶は、のんびりとした口調の呟きを漏らしながら緊張感を高めていた。
ホグワーツの寮は学年ごとに組み換えなどはなく、入学時の一度だけ組み分けがなされ、以降卒業まで基本的にその寮で暮らすことになるそうで、咲耶は楽しみとともに緊張していた。
組み分けはハグリッドがちらりと漏らしていたように、学力検査などではなかった。新入生を次々に振り分けているのは古い三角帽子だ。
新入生を歓迎する広間の前、椅子の上に置かれた三角帽子が4つの寮の特徴を挙げて、その帽子をかぶった新入生の気質を判断して振り分けている。
ちなみに後程組み分けがなされる咲耶は、今は生徒たちの机から離れた教職用の机の一角にリオンと共に座って新入生の組み分けを眺めている。
各寮に分かれて座っている在校生たちも同様に組み分けを見守っているが、中には先生たちの座っているテーブルをちらちらと盗み見て、なにかを囁き合っている人たちもいる。
おそらく教師席に明らかに生徒である自分が座っていることやその横に見慣れない教師、しかも知り合いの贔屓目なしに見ても整った容姿を持つリオンが居るからだろう。
囁いている生徒も心なしか女生徒が多い気がしないでもない。
などと思考がよそ道に逸れている間にも組み分けは進んでおり、列車の中で知り合ったハーマイオニーは比較的早くに名前を呼ばれてグリフィンドールに振り分けられていた。その後、カエルを探していた少年、ネビルもまた時間はかかったがグリフィンドールへと振り分けられていた。
「ハーミーちゃんとネビル君はグリフィンドールか~」
学年は違うがせっかく友人となれたのだから同じ寮に入りたい。次々に新入生が振り分けられていく中、一人の少年の名が呼ばれたことで、広間の雰囲気が変わった。
「あっ。ハリー君や」
広間に入る前に順番について軽く説明してくれたマクゴナガルに名を呼ばれ、緊張した様子で前へ進み出ているのはダイアゴン横丁で一緒だったハリー・ポッターだった。
緊張で同じ側の手足を出しそうになっているハリーだが、見守る上級生たちの顔つきも心なしか緊張しているように見える。
帽子をかぶったハリーだが、ネビルの時に負けず劣らず随分と帽子が宣告するまでに時間がかかっている。帽子が振り分けると言っても判断が下されるまでにはばらつきがあり、先ほどスリザリンに選ばれた“これぞ白人”といった容姿の少年は帽子をかぶるか否かのタイミングでスリザリンを宣告されていた。
そして
「グリフィンドール!」
帽子の宣告とともに、グリフィンドール席と思われる獅子のシンボルを持つ、赤と金で彩られた寮の生徒が爆発したかのように騒いだ。
「ハリー君、人気者なんやなぁ」
「流石は生き残った少年、といったところなんだろ」
新入生のハリーの人気っぷりに咲耶が感心したように言うと、あまり興味をもって見ていなかったリオンがまったく感心した風には聞こえない声で答えていた。
帽子を席に戻したハリーは嬉しそうにしている上級生のところに行き、もみくちゃにされながら席へと誘われた。ハリーは先ほど列車の中で咲耶が遭遇したPのバッチをつけた赤毛の少年の横に座り、ちらりと咲耶の方に視線を向けた。
視線が合った咲耶がハリーに向けて小さく手を振ると、ハリーは照れたように笑みを浮かべて手を振りかえした。
一度騒ぎを鎮めるために、マクゴナガルが咳払いをした後は、再び組み分けが進み、最後の二人、赤毛の少年、ロナルド・ウィーズリーがグリフィンドール、ブレーズ・ザビニがスリザリンに振り分けられたことで新入生の組み分けは終わった。
最後の一人がスリザリンの席につくと、一度場を区切るように校長であるダンブルドアが生徒たちのほうに進み出た。
「おっほん。新入生のみな、おめでとう! 今年もまた多くの新入生を迎えることができた」
きらきらと光の玉を弾くような瞳で校長は生徒を見回し、歓迎の言葉を告げた。ダンブルドアの言葉に、それぞれの寮での騒ぎが収まり、視線が校長の方へと集まる。
「だが今年は新入生だけではなく、新たに二人の友人を我々は得ることができた。3年生に編入するサクヤ・コノエと今年から新設する科目精霊魔法の担当を務めていただくリオン・M・スプリングフィールド先生」
ダンブルドアが二人を紹介し、生徒や一部を除いた教師からは拍手で迎えられた。咲耶はぴょんっと跳ねるように立って、ペコッと頭を下げる。だが隣に座っていたリオンがそっぽを向いているのに気付いて腕を引っ張り立たせた。
「サクヤ・コノエは遠く日本から来た留学生で、みなが知りたいと思っているであろう寮についてはこれから決めることとなる。スプリングフィールド先生は世界中を渡り歩き、もう一つの世界においても活躍されている優秀な先生である。担当される科目については学期前に配布された資料にもあったが、詳しくは後ほど知らせる。まずは君たちの友人の寮を決めよう」
深みのある落ち着いた声で二人の略歴を簡単に説明したダンブルドアは、咲耶を帽子の前へと促した。
どきどきとわくわくを3:7くらいの比率で感じながら咲耶は帽子の置いてある椅子の前に進み出てその帽子を手に取った。
間近で見るとなんだか伝説の一つでもありそうな古い帽子で、咲耶は先ほどまで新入生がやっていたように、ちょこんと椅子に座って帽子を被った。
「ふ~む。これはまた。なかなか迷う生徒だ」
この帽子がしゃべることは先ほど何度も見ていたが、こうして被った状態で脳裏に直接話しかけられるように聞こえてくると、なんだか時たまリオンがしてくるような念話のようにも感じられた。
「迷うん?」
「ん、んーむ。頭は悪くない。勇気もある。身に秘めた偉大な素質もある。だが、最も強いのは……」
どうやら帽子は被ることで、生徒の気質を探り分けているらしく、帽子が感じた咲耶の気質を上げている。ただ、どうやらそれほど悩むものではないようで、それほど間をおかずに
「ハッフルパフ!」
と宣言した。
帽子が宣言した瞬間、黒とカナリア・イエローで彩られたアナグマのマークのところのテーブルから大きな拍手が鳴り響いた。
「ハッフルパフか~」
「ん? 不満かね?」
自分の決まった寮の名を改めて口にしつつ、帽子を頭から外そうと手をかけると、帽子からの問いかけがあった。帽子の決定に不服か、という質問に咲耶は微笑みを返した。
「んーん。友達と同じやなかったんは残念やけど、友達は友達やもんな。おおきに、帽子さん」
咲耶は頭から外した帽子を胸の前に持ってきて礼を述べた。どうやら被っていないと帽子の声は聞こえないようだが、それでも咲耶には帽子が微笑んだように感じられた。
帽子を置いて、先ほどハッフルパフに振り分けられた生徒が行っていたテーブル、大きな拍手で出迎えてくれているテーブルのところへ咲耶は向かった。
「ようこそ、ハッフルパフへ!」
ハッフルパフのテーブルでは新たに加えられた編入生を暖かな雰囲気で出迎えており、列車で出会った赤毛の少年とは異なるPのバッジをつけた男子が空いている席に咲耶を誘った。
「初めまして、コノエ! 私、リーシャ! リーシャ・グレイス、あなたと同じ3年生」
「サクヤ・コノエです。よろしゅうお願いします」
早速とばかりに近くに座っていた金髪の女生徒が声をかけてきた。少し長めの髪を後ろでまとめ上げている、明るく咲耶とは違うタイプのはきはきとした感じの少女だ。
リーシャが声をかけてきたのを皮切りに周りの生徒も次々に留学生に声をかけてきた。
「さて、諸君の新たな友人の寮も決まり、お待ちかねの食事といきたい。だがその前に、二言三言、言わせていただきたい。……んむ、わっしょい! こらしょい! どっこらしょい! 以上!」
賑やかなハッフルパフの席の様子を微笑ましげに見守っていたダンブルドアは場を鎮める声で話し始め、歓迎の言葉をユーモラスある感じで述べた。
「あはは、おもろい、校長センセやなぁ」
「すごい先生だよ、ちょっとユーモアのセンスずれてるけど」
教師陣の机の方ではリオンが呆れたような表情をしているが、咲耶はダンブルドアの堅苦しさのない校長のお言葉に朗らかに笑った。咲耶の笑いに先程真っ先に挨拶してきたリーシャが笑みを浮かべて話しかけてきた。
校長先生のお話が合図だったのかテーブルの上に用意されていた大皿にはたくさんの料理が盛り付けられていた。
「ねえねえ、あなたスプリングフィールド先生と知り合いなの?」
大皿から料理をとりわけ、咲耶に手渡したリーシャが、先程から気になっていたのか、リオンについて尋ねてきた。
同時期に学校に現れたというのもあるが、主に先ほどそっぽを向いていたリオンを咲耶が強引に立たせようとしていたのを見ていたのだろう。
「あ、おおきにな。小っちゃいころからの知り合いで、お兄ちゃんみたいなもんや」
「ニホンから来たんだよな。向こうの魔法学校に通ってたの?」
好奇心の強い性格でもあるのだろう。いただきまーすと手を合わせている咲耶に次々に話しかけてきており、咲耶もそれに笑顔を向けた。
「んーん。日本の普通のガッコに通っとったんよ。リオンはうちのおじいちゃんとお母様の知り合いさんで、昔はよう遊びに来てくれとったんよ」
「へー、じゃあ、魔法は先生から習ったの?」
「リオン、センセにもちょっと教えてもろたよ。でもほとんどは知り合いの人らやなぁ」
完全に一般人の生活であれば、いきなり知り合いのお兄さんが魔法使いです。といっても混乱するのが普通だろう。
咲耶は慣れ親しんだ呼び方が抜けきらず、リオンの名前を口にして、とってつけたように先生と言い直した。
「スプリングフィールド先生が教える精霊魔法、ってやつ? 編入の場合、こっちの魔法ってどうしたの?」
「勉強したんやけど、正直自信ないわぁ。でも魔力の使い方とかは似たとこあるから、まぁなんとかなる……かなぁ?」
あちら側の魔法にしてもこちらの魔法にしても、基本的には杖を介して魔力を操作するという流れがある以上、魔力の制御がある程度できており、知識があれば互換も可能だ。
実際、ウェールズ滞在中に教科書を見ながらいくつかの呪文を唱えたところ、咲耶の魔法は不安定さはあるもののしっかりと発動していた。そしてこちらの魔法はダイアゴン横丁で購入したタイプの杖でしか発動しなかったが、発動媒体が自由なむこうの魔法はこちらの杖でも使用することができていた。
「あはは。じゃあ協力しよ。こっちの魔法教えるから、精霊魔法のアドバイスもらえると嬉しいな」
列車の中でハーマイオニーとも話したことだが、2年間ホグワーツで学んだ経験がある分、リーシャも違う種類の魔法にはかなりの興味があるようだ。
実際、留学の目的はこのようにホグワーツの魔法使いと積極的に交流するのが目的だし、こちらの魔法になるべく早く馴染みたいということもあって、この提案は咲耶にとっても魅力的だった。しかし、
「リーシャ。あなた人に教えられるような成績?」
「う゛っ」
にこやかに話していたリーシャの対面の席から茶色い髪のボブカットの女の子が呆れたように話しかけてきてリーシャがぎくりと身を強張らせた。
「フィー……そりゃあ、魔法薬学はそんなによくないけどさ、薬草学とか、飛行とか」
どうやらリーシャあまり勉学優秀というわけではないらしく、しかしなんとか自信のある科目名をあげて反論しようとする。
「スプラウト先生の薬草学の授業を落とした生徒はいない。飛行訓練は1年しか受講しない」
ただその反論はリーシャの奥の席に座っていた小柄で見た目は寡黙そうな少女の淡々とした反論によってさらに自身の劣等ぶりを印象付けられてしまった。
「クラリス……いいもん。私にはクィディッチがあるもん」
「くでぃっちってこっちの魔法使いのスポーツやんなぁ。リーシャはそれやるん? うち見たことないから楽しみやわぁ」
しょぼん、と落ち込んでテーブルにのの字を書き始めたリーシャに咲耶は1月前の話題にでてきたスポーツ名を思い出して話題をふった。
クィディッチというスポーツは、どうもこちらでは誰もが知っているスポーツらしく、咲耶も興味はあった。
「見たことない!? 日本の魔法使いは何を楽しみに生きてるの!?」
「リーシャは飛ぶのだけは上手い。リーシャ、コノエは普通の学校に通っていたと言ってたのもう忘れたの?」
咲耶のクィディッチを見たことがない発言にどうやら大のクィディッチ好きらしいリーシャの心に灯がともり、驚愕の表情で詰め寄った。あまりの詰め寄りぶりに引き笑いを返すことしかできない咲耶に先ほどクラリスと呼ばれた少女が助け船を出した。
クラリスの言葉に、「そっか」と納得して少し沈静化したようだ。
「サクヤ、よろしくね、私フィリス。フィーって呼んで。それであっちのショートヘアの子がクラリス。リーシャとルームメイトなんだ」
「よろしゅうな~、フィー、クラリス」
興奮していたリーシャが少し落ち着いたところで、リーシャの対面の席から先ほど声をかけてきた茶色の髪の女の子、フィリスが手を振って自己紹介をしてきた。
「ウチの女子寮だと空きがあるのは私たちの部屋だけだから、多分あなたもルームメイトよ」
「へー、そうなんか……えへへ、うち寮暮らしとか、るーむめーとって初めてやから楽しみや。不束者ですが、よろしゅうお願いします」
リーシャはなにやら先ほどのクラリスの「飛ぶのだけ」発言について言及しており、その間にフィリスと咲耶は親交を深めていた。
「早速にぎやかだね」
留学生と話してみたい、という思いはその他周囲の人たちも思っていたのだろう。一心地着いたタイミングで話しかけてきた男子に咲耶は顔を向けた。
その男子はなかなかに整った容姿をしていて、実直な感じのする男子だ。
「セドリック! 今年はいよいよ寮の代表選手入りをかけて勝負だ!」
話しかけてきた男子とは仲がいいのか悪いのか。リーシャが指を突きつけて、堂々の宣戦布告をかました。留学生に話しかけるつもりが、宣戦布告をもらった男子は少したじろいでおり、咲耶は首を傾げた。
「代表選手?」
「学校でクィディッチの寮対抗試合があるのよ。うちはあんまり強くなくてね。でも今年はセドリックとリーシャがいるから、ちょっと期待かな」
ホグワーツは11歳の1年生から18歳の7年生まである。その中で3年目の生徒が期待されているというのは中々にすごいことなのだろう、と感心の眼差しをリーシャに向けた。
「セドリックは去年からチーム入りしてる。おまけに学年で1,2を争う秀才。こっちは鳥から生まれたようなトリ頭のリーシャ」
「トリ!? 私トリって言われた!? ならコンドルにしてよ! その方がかっこいいじゃん!」
「ほら」
クラリスの皮肉はリーシャには通じなかったようで、むしろ鳥のように自在に空を飛ぶという風にでも好意的に解釈し誇らしげだ。
「あはは。うち箒で飛ぶんもそんな得意ちゃうから、ご指導おねがいします」
「うん、うん。打倒スリザリン! 一緒に寮の代表選手になって、寮杯を目指そう!」
非常にポジティブなリーシャに咲耶も楽しさを感じ、リーシャは意気揚々と咲耶と星を指さしそうな勢いになっている。
「サクヤ、勉強習うならそっちはダメ。セドリックの方がいい」
「もしくはクラリスね。この子、結構本の虫だから。そういえば、今年から選択科目が増えるけど……咲耶はなにをとったの?」
だが、元気いっぱいなリーシャについていきかねない咲耶にクラリスとフィリスが待ったをかけ、勉学の話へと軌道修正を図った。
「うちは占い学と魔法生物飼育学」
「あっ、両方とも私とフィーと一緒だ」
ホグワーツでは1,2年の間は全員が同じ授業を受けるのだそうだが、3年からは選択科目が入る。
占い、数占い、マグル学、魔法生物飼育学、古代ルーン文字。
いくつとってもいいが、時間的な配分と必要単位数を考えると2つが基本だ。
その中から咲耶が選んだのは占いと魔法生物飼育学。
「ほんま!? ええよな、占い! 水晶覗いたりするんかな?」
「そういうのもあるらしいわよ。担当の先生は……トレローニー先生なんだけど、今まで見たことないのよね」
すべての女子、というわけではないだろうが、それでも咲耶とフィリスは占い好きなのだろう。加えて親しくなったうちの2人が同じ授業だということで、咲耶は嬉しそうな笑顔となり、占い学への期待感を一層高まらせている。
「占いは不確定分野。当てにならない」
「ふふふ。クラリスだけどっちも履修登録してないから拗ねてるのよ、この子」
それに対して履修しなかったクラリスはどうやら不確実な確率な世界の占いより、理論によって占う数占いを履修したらしい。フィリスの堂々とした告げ口にクラリスは少し頬を膨らませて睨んでいる。
「数占いってあれだろ。なんかたくさん数字でてくるやつ。私計算とか苦手なんだよね」
「リーシャは計算だけじゃなくて覚えるのも苦手。指先の作業も苦手」
「いいの! その分の根気とやる気をクィディッチにぶつけるから! セドリックはなにとったんだっけ?」
そしてどうやらリーシャもまた占いが好きで選んだというわけではなさそうだ。クラリスの言葉に今度はリーシャが拗ねたような顔になり、セドリックに話をふった。
「僕はマグル学と古代ルーン語だね」
「えーっ!! じゃあ私は誰に試験対策教えてもらえばいいの!?」
「まったくこの子は。サクヤは占いに興味があるの?」
どうやらリーシャは先の2年間をクラリスやセドリックなど同寮の優等生の助力を得ることで切り抜けてきたようで、その二人がいないことに悲鳴を上げている。
そんな友人を呆れたように苦笑するフィリスは先ほど占いという言葉に目を輝かせた咲耶に尋ねた。
「うん! こう三角帽子かぶって水晶覗き込むのって、こう……魔女っこって感じせえへん?」
「いやいや、あなた魔女でしょ」
魔法についての知識はあるはずなのに、妙にステレオタイプかつマグルからの偏見のような希望を抱いている少女にフィリスからのツッコミが入った。
「クラリスはなんで魔法生物とらんかったん?」
「古代ルーン語のあの形を見るのが楽しい。あなたはなぜそっちをとったの?」
クラリスが本の虫、というのは事実なのだろう。外見で見てもクラリスはアウトドアで動物と戯れるより、インドアで文学に耽っている姿の方が映えそうだ。
「だって、魔法生物やろ。妖精さんとか、ペガサスとか、ユニコーンとかおったりするんやろ?」
「うん、サクヤがすごい期待してるのは分かったけど、教科書に載ってるのって結構グロイの多いよ?」
眼をきらきらと輝かせる咲耶。おそらくその頭の中では、お花畑でペガサスと戯れ、キラキラと妖精が宙を舞っている光景でも想像しているのだろう。
早めに現実を教えておくためフィリスが教科書の内容について触れると、咲耶は「えー!!」 と不満そうな声を上げた。叫ぶ咲耶にフィリスたちはおかしそうに笑った。
ひとしきり話が弾んだころには、あらかたの料理は食べ終え、満腹そうな顔の生徒もちらほらと出始めた。
式の締めくくりの前に校長からいくつかの注意事項。立ち入り禁止の区域があること。精霊魔法受講に関して後程連絡があること。休憩時間中の廊下での魔法の使用が禁止されていること。クィディッチに関してなどの連絡があり、校歌散唱(?)とでも言うべきバラバラの斉唱の後に、監督生の誘導のもと、それぞれの寮へと別れた。
誘導は新入生からの順で行われ、1年生、2年生が広間を出るまでの間に、寮監であるスプラウトが、フィリスの予想通り、彼女たちと同室であること、荷物はすでに運ばれていることを告げた。
・・・
「寮って、全然違うとこにあるんやなぁ」
「ええ。詳しくは知らないんだけど、グリフィンドールとレイブンクローは結構上の方にあるみたいよ」
「逆に私たちとスリザリンは地下。厨房に近いのがハッフルパフの特典だよ!」
広間をでた学生は、広間を出た時点からそれぞれの寮の方向に向かった。咲耶たちは複雑な階段を、なぜか動いたり、途中の段が急になくなったりする階段を降りていった。そのことを尋ねるとフィリスとリーシャから答えが返ってきた。
「厨房の近くなん?」
「あー、いや、そうじゃないかって言われてるだけで、場所はあんまわかんないんだけどね」
「先輩の何人かは知っているらしいけど、私たちはよく知らない。ホグワーツには隠し部屋とか細工部屋が多すぎる」
食事は魔法で運ばれ、魔法で片づけられているようで、出てくるときも消えるときも唐突だった。そのため厨房があるのかと感心して尋ねると、特典だと言ったリーシャが自信なさげになり、クラリスが補足した。
「これこれ。ここがハッフルパフの寮の入り口だよ」
「へー、絵が扉なってるんやね」
先頭が開けたため、扉は開いているが、よく見るとそれは見事な静物画になっており、誇らしげなリーシャの言葉に咲耶も感嘆の声を上げている。
「入るときはあっちにある樽の底を2回叩くんだけど間違えるとビネガーかけられちゃうから気をつけてね」
「び、びねがー?」
基本的に他寮には入ることができないらしく、その理由としてそれぞれの寮独自のセキュリティがあるのだそうだ。
フィリスがセキュリティ解除方法を説明するが、間違えた際の反撃に咲耶はぎょっとした顔をして扉を見直した。
「あー、結構熱いんだよね、あれ」
「去年リーシャは寝ぼけて外に出て、間違えたの」
「ちょっ、言わないでよ!」
しみじみと述懐するリーシャだが、それは彼女自身にその経験があったようで、フィリスに暴露されて赤い顔で追い回している。
仲の良い二人の様子を見て微笑みながら寮へと入った咲耶は目の前の部屋の姿に足を止めた。
「ほわぁ……素敵なとこやなぁ」
「ハッフルパフのシンボルはアナグマ。寝室への通路も巣のようになってる」
寮のイメージカラーである黄色と黒を基調としており、温かみのある配色のカーテンやふかふかの肘掛け椅子がたくさんある。クラリスが言うようにアナグマの巣穴のように見えるその室内は、訪れた者を歓迎しているようにも見える。
「私たちの部屋はあっち」
いくつかある小道の一つをクラリスが指さし、咲耶を案内した。進んだ先にある戸の前にはリーシャとフィリスも待っており、
「「「ようこそ、ハッフルパフへ」」」
新たなるルームメイトを歓迎した。
基本的に1巻分くらいまでは週一更新を目指しています。
よろしければ、ご感想やご指摘などよろしくお願いします。