教室の前列には女性陣が多く、追いやられるように男性陣が多い教室。
熱意溢れるフィリスによって、望んでもいないのに最前列に座らされたリーシャ。そしてクラリスと咲耶。
「なんで最前列……」
「何ぶつくさ言ってるのよ。最高の席でしょ! ちょっと、教科書を肘置きにしないでよ!」
自分の教科書を肘置きにして、拗ねたように頬杖ついているリーシャに対してテンション高めのフィリス。
バイブルにも等しい“今年の防衛術の”教科書をぞんざいに扱っているリーシャにフィリスは噛みついている。
「はぁぁ……ようやく、この時間が来たんだわ。サクヤ、先生の本は読んだ?」
「うん。“ヴァンパイアとばっちり船旅”読んだけど、面白かった」
夢見心地、といった表情のフィリスは、友人に自分の憧れの魔法使いの著書の感想を求めるように尋ねた。
友人から返ってきた答えに、ファンとしての議論をしたくなったのか、身を乗り出しかけたフィリス。
しかし、それを遮るように教室の扉が開かれた。
出入り口のある階段の上を今か今かと待ち望むたくさんの視線が集まる中、開かれた扉から颯爽と登場する一人の魔法使い。
波打つブロンドの髪を小奇麗に整え、真っ白な歯を存分に見せる様な笑顔を生徒たちに向けた。
「みなさん!!」
一声、声を張り上げて生徒たちに静粛を促すと、教室はシンとなった。
「今さら名を告げるまでもないと思いますが、ここには留学生の方がいますからね」
きょとんとしている咲耶に向けてウィンクをすると、その周囲に居たフィリスを含めた女生徒がうっとりとしたように溜息を漏らした。
「ギルデロイ・ロックハート!!
闇の力に対する防衛術連盟名誉会員、勲三等マーリン勲章、そして週刊魔女チャーミングスマイル賞五回連続受賞のギルデロイ・ロックハート、現在は――君たちの先生ですね」
教室の後ろの方では冷めた眼差しが、前の方からは大部分、熱い眼差しが向けられ、ロックハートは当然のごとく教室全てを前側のみと同じように認識した。
フィリスや女生徒がくすくすと笑い、咲耶はいつも通りのほわほわ笑顔でぱちぱちと拍手を送った。
ロックハートは満足そうにクラスをぐるりと見回し、全ての生徒が教科書を机の上に出していることを見て笑みを深くした。
「ふむ。みなさん私の本をきちんと揃えたようだね。たいへんよろしい。
さあ、今日は最初にちょっとミニテストを行います。心配は要りませんよ。君たちがきっちりと本を読んでいれば答えられる程度のものですからね」
誰が思うだろう。新着1年目の新人教師が初回の授業でミニテストを実施するなどということを。
リーシャは「うげっ」と小さく呻き、同じような声は教室のあちこちで上がった。
そして、クラスメイト全員を驚愕させる前代未聞のテスト用紙が全員に配られた。
第24話 驚愕と混沌と迷走と
驚愕と諦観が過ぎ去った闇の魔術に対する防衛術の授業。
その恐るべき授業内容は突飛な授業の多いホグワーツにおいてなお、生徒を唖然とさせるに足るものだった。
初回の授業からのミニテスト。
それだけならば予習をしっかりと行っていたかどうかという確認の意味合いにとれなくもない。
だが教師の個人的な趣味や好みを延々と解き続けるミニテストなど、誰が答えられるというのだろう。
いや、まあ、フィリスを始めとしたロックハートのファンの女生徒たち数人は、かろうじて奮闘して得点を上げていたが、興味のない男子生徒たち、そして咲耶やリーシャなどは壊滅的な点数を叩きだしていた。
なによりも驚愕なのは、そんな壊滅的なテスト結果だったにもかかわらず、教師以外、誰一人として成績の悪さを嘆くことが無かったことだろう。
テストが終わった後も、ただただ小説紛いの教科書を音読、再現するだけという授業。
今年の防衛術の教師も駄目だったか。
むしろ悪化してないか? いや、過去最悪の教師だろう。
そういう結論に達するのに今日の授業時間は長すぎた。
それはファンであるフィリスたちにとってもフォローのしようがないのではと思えるほどだが、ハッフルパフ生たちは困惑の表情と共に教室を後にし、文句の一つも言うことができなかった。
なぜならば
「あのー、先生。なんでついてきてるんですか?」
どうやらあまりいい感情を抱いていないらしいリーシャが引きつった顔で尋ねた。
防衛術の授業が終わり、次の精霊魔法の授業に向かう道すがら、満面の笑みを顔に貼りつけたまま、ロックハート先生が咲耶たちの後ろについてきているからだ。
ロックハート先生はまるで先の授業は会心の出来だったと言わんばかりの表情だ。
「はっは! 君たちはこれから精霊魔法の授業なのでしょう?」
「はい! あの……ロックハート先生も精霊魔法にご興味があるんですか?」
対照的に彼のファンであるフィリスは弾んだ声で嬉しそうに問いかけた。
向けられる感情がはっきり分かれているのは一目瞭然だろうに、ロックハートにとっては片一方の感情しか入ってこないらしく ――それは当然フィリスの向けてくる方だが―― よくぞ聞いてくれましたとばかりに仰々しくリアクションした。
「いえいえ、実は私も精霊魔法の心得がありましてね! スプリングフィールド先生に少し教授しておきたいことがあるんですよ」
自信満々といった様子のロックハートの言葉に、リーシャは胡散臭そうに、フィリスは熱に浮かされたような眼差しを向けた。
そんなフィリス“の”視線に気づいたわけではないだろうが
「ああ、いえ! 勘違いしないでほしいのは、決して私の方がスプリングフィールド先生よりも精霊魔法の使い手として優れていると言いたいわけではありませんよ! ただほんの少し。ほんの少しだけ。私の方が魔法の経験が豊富なだけなんですから」
謙遜なのかなんなのかよく分からないことを注意するように言った。
自信満々、得意満面にウィンクまでつけて言われた言葉にリーシャはもはや二の句が継げなくなっている様子で咲耶に振り返り、咲耶は苦笑いを返した。
正直、リーシャの見立てでは、この教師があのスプリングフィールド先生よりも強い魔法先生だとは到底思えない。
本を読むのが基本苦手なリーシャは、彼の“小説”の内容もほとんど覚えていないし、予知能力なんてないから、判断材料は自分で見たことのある魔法力からだけだ。
そして無論、咲耶にとっては、あのリオンが誰かに魔法で、殊魔法戦闘において後れをとっているというのは意識にも無意識にも欠片たりと入ってくることのないものだ。
とはいえ先生を無下に扱うわけにはいかないし、最早帰れと言っても大人しく引くようには到底見えない。
まるでロックハートがファン集団を引き連れているような感覚で ――おそらく本人だけにとってはだが―― 精霊魔法の教室に到着した。
教室に入り、しばらくはスプリングフィールド先生が来るまで、賑やか教師と待つことになる……かと案じていたが、そうはならなかった。
「あれ? スプリングフィールド先生がもう来てるわ」
「まだ、授業まで時間あるよな。つか、なんか教室変わってね?」
教室にはすでに精霊魔法の教師、スプリングフィールド先生が入室していた。しかも昨年までとは教室の黒板が変わっているように見えてリーシャは首を傾げた。
椅子に腰かけて周囲に幾つかの仮想ウィンドウを出していたリオンは、ちらりと生徒たちが入ってきたのに目を向けた。
暇潰し以上の意味合いはなかったのか、リオンはひゅっと指を一振りして幾つも浮いていたウィンドウを消した。
リオンの姿に咲耶がぱぁっと顔を明るくして近くに行こうとして、だがそれよりも早くに歩み寄る人物がいた。
「ああ、スプリングフィールド先生!」
誰あろうロックハートが大げさに腕を広げて歩み寄った。
組み分け式の時には馬耳東風で流していたが、流石にこの場で放置するのは逆に鬱陶しい時間が長引くと判断したのか、リオンは舌でも打ちそうな顔で振り向いた。
顔を向けられたロックハートは、「なにか?」と問われる間もなく、ぺらぺらと喋り出した。
「実はですね。私、精霊魔法に関してほんの少し、含蓄がありましてね。先生は実技を主体に授業されるとか。よろしければほんの些細なものですが、ご協力できることもあるかと思いまして……」
ロックハートの後ろでは胡散臭そうなリーシャと熱を帯びたフィリス。そして感心したような咲耶と無表情なクラリス。そのほかにも幾人もの生徒がスプリングフィールド先生の返答がどうなるのかと見守っていた。
自信満々、にこやかな笑顔で自己アピールしてくるロックハートに対して、リオンは
「今日は魔法世界に関しての座学をやるつもりですが。それほどお詳しいなら、手伝いなどと言わず、喜んで教壇の場をお譲りしましょう」
絶対零度。彼の得意魔法でも使っているのかと思うほどの眼差しが微笑とともに向けた。
スプリングフィールド先生の凍てつくような眼差しと、どう考えても分が悪い言葉にロックハートは笑顔を浮かべたままぴしりと凍り付いた。
魔法の実技、であれば何らかの手段があるとでも思っていたのか、想定していた問答集から外れてしまったためか、ロックハートは困ったように視線を泳がせた。
「……魔法、世界、ですか…………ああ! そうですね。懐かしい思い出がたくさんある地ですが、語るべきことがあまりにもたくさんありすぎて、私がお手伝いしては、先生の出番を奪ってしまいますね。それではあまりに失礼でしたね」
そしてさっきの間はなんだったのかと思うような滑らかな滑舌でペラペラと謙遜の言葉を述べた。
ロックハートは「座学では先生はお一人で大丈夫ですね」と告げてローブを翻し、そそくさと教室を後にした。
ロックハート先生が去ってしまうということで、女子生徒たちは残念そうに彼を見送り、男子生徒たちは冷めた視線で見送った。
開始前にひと悶着あった授業だが、受講生徒全員が教室につくころにはすっかり騒ぎは収まっていた。
受講生徒全員と言っても、昨年とは異なり、精霊魔法に興味がなくてただの冷やかしや一応とっておくかという者はこの場にはいなかった。
2年目の今年の受講要件は、昨年の試験を受けてリタイアしなかった者。
試験を受けた者は全員パスしたので要件を得ているが、それまでに多くの生徒がリタイアしており、人数は比較的人数の多いレイブンクローとハッフルパフでも、一年生を除く各学年10人にも満たず、最も人数の少ないスリザリンでは、唯一この学年で1人だけであった。
そんな少人数クラスであるがゆえに、授業は4寮まとめて行われている。
「さて、先ほど聞いたやつもいただろうが、実技のみだった昨年とは違って、今年は魔法世界に関しての座学を入れていく。ただし最終的な評価は魔法の実技で行うし、授業でも実技は継続して行っていくから心得ておけ」
「へー。今年から座学もか~…………」
「寝ないでよ、リーシャ」
昨年末の試験の恐怖。ひよっこ魔法生徒に対して容赦ない試験を課したスプリングフィールド先生の恐ろしさは身をもって知っており、座学の苦手なリーシャはやや不安そうに、そんなリーシャにフィリスは念を押していた。
座学、と聞いてか、スプリングフィールド先生の説明進行を遮るようにスッと一人の生徒が挙手した。
「座学のための教科書が指定されていないのですが?」
目で促され、その生徒はおそらくほとんどの生徒が思っていた質問を口にした。
「本来魔法世界に関する書物などをこちらの世界に持ち出すことは原則禁止となっている。今回はこの講義のために特別に許可を得て行うこととなっている。だから専門の教科書はないし、まぁガイダンスのようなものだ」
質問に対し、スプリングフィールド先生は、以前咲耶が言っていたのと同じ理由を口にした。
近年になって、魔法世界は鎖国から融和政策に方針を変換してはいるが、それでもそのつながりを一足飛びに進めることはできず、魔法世界からの物の持ち出しは基本禁止されている。
現在いくつかの条件を経て、こちらの世界に“純”魔法世界人なども来ることが出来るようになってはいるが、それでもまだまだその制限は厳しい。
その代わりのように、スプリングフィールド先生がヒュッと指を振ると、ヴォン、と言う音とともに黒板に電子映像のような画像データが浮かび上がった。
「これが魔法世界図だ。魔法世界の広さはこちらの世界、地球のおよそ1/3程度で、総人口は12億人。そのほぼすべてが何らかの形で魔法を使役、関与している――」
魔法世界とこちらの世界が分かたれたのは数千年前のことと言われている。
その発祥はもはや神話の世界にしか根拠を探すことができない。
たしかな事としては、文明が発生する以前に二つの世界は分かたれ、鏡のようにお互いに影響を及ぼしつつも、どちらの世界においても人々の間では伝説やお伽噺の存在と思われていた。
「こちらの世界において数多の国が存在するように、魔法世界においても多くの国が存在している。だが、大きな視点から魔法世界を見るとそれらの国々は二つに分かれる――――」
ひゅっ、と何か合図するように再びスプリングフィールド先生が指を上げた瞬間、目に映る世界が切り替わった。
黒板に写っていた魔法世界図の画像データは黒板ごと消え、教室風景だった周囲は宇宙から俯瞰するように一つの惑星を見せていた。
「うおっ! 落ちっっ!!?」
「なにこれ!?」
「これは……惑星……?」
いきなり世界が変わり足場が消失。今にも落下してしまいそうな空間に放り出され生徒たちから驚きと動揺の声が上がっている。
「――ざっくり言うと、北の新しき民と南の古き民だ。新しき民というのはこちらの世界の魔法使いと同じようなヒューマンタイプの者のことで、こちらの世界から大昔に魔法世界に渡った者だからと言われている。対して古き民には亜人種のような元々魔法世界に住んでいた純粋な魔法世界人が多いと言われている。もちろん完全に棲み分けているわけではなく――」
「ちょっと待って先生!! なにこれ! どうなってんの今ここ!!?」
生徒たちの動揺の声をスルーして、教科書を読み上げるように講義を続けるスプリングフィールド先生に、たまらずリーシャが声を上げた。
その声に、ようやく生徒たちの動揺に気づいたように……いや、生徒たちの驚いている姿を楽しんでいるように薄く笑っていた。
「騒ぐな授業中だ。それにこれはただの映像だ。こっちの魔法にも似たようなのがあるだろ」
あっさりといってのける先生に、生徒たちは互いに顔を見合わせつつも、見えない足場を確認したり、まじまじと周囲の光景を観察し始めたりしだした。
「たしかに“憂いの篩”でもこんな感じだけど……こんな感じかな?」
「いや、あれたしか記憶を見る道具だろ。まさか先生がこの景色見たわけじゃ……ない、よな?」
たしかに、彼らの魔法にも記憶を保存し、観察、追体験することが出来る“憂いの篩”という道具がなくはないが、周囲の景色は圧倒的な迫力をもっており、セドリックやルークのように魔法の世界に慣れた者でも戸惑いはかなり大きいようだ。
ざわついている間に、景色の中の惑星はどんどんと大きく ――惑星に近づいていき、あっという間に空の上に立っていた。
景色はどんどんと移り変わり、ロンドンのような高層建築物が聳え、巨大な飛行機 ――マグルの空飛ぶ機械―― のような何かが空を覆っている景色が映し出された。
「さて。まず新しき民が多く住む北の国だが、これが代表的なメセンブリーナ連合の首都、メガロメセンブリアだ。今見えているのは、この巨大魔法都市国家が有している空挺魔導艦隊だな…………あの変態マッドめ、なんつーとこの映像を用意してんだ」
湾岸に聳える街並み。覆い尽くす艦隊の威容に生徒の間から「おおっ」と感嘆の声が上がる。
街中にはあまりこちらの魔法使いとは変わらないようなローブ姿の人から、一見するとマグルと見分けがつかないほど“きっちりした”魔法使いの姿があった。
ちなみに後半、ポツリと毒づく言葉は幸いにも迫力満点の風景に驚嘆している生徒の声に掻き消えた。
そして景色が切り替わった。
ジャングルのような景色。砂漠のような景色。“氷河に覆われていない”渓谷。
そして再び街並みの姿が映し出された。
「これが南のヘラス帝国の首都ヘラスだ」
ヘラスの景色は先程のメガロのように圧巻の空挺艦隊などはなかったが、その代りその街にはたくさんの獣人の姿があり、別の意味で生徒をぎょっとさせた。
イギリス魔法族の間で忌み嫌われる狼男のような獣人。
その他にも猫耳の生えた獣人。小さくふわふわと漂っている妖精。クマのような、というよりもクマそのもののような獣人。大きな角の生えた竜人などなど
マグルと魔法族のような服装でしか分からない違いや、純血と混血のように見た目からでは全く分からない違いなどではない。
明らかに“種族”が違うと分かるような衝撃的な映像が流れ、
「このように南の国には亜人種が多く住んでおり……ん?」
突然、映像がぶれて、街中の映像からどこかの室内のような映像に切り替わった。
生徒たちが「おやっ?」とした顔になるが、リオンもまた想定していなかった事態なのか訝しげな表情になった。
そして
<ここからはリオポンに代わって、ボクらがヘラスてーこくの魅力を説明するよ!>
驚愕と恐怖と迷走の時間が始まる。
珊瑚色の髪の活発な少女のような人物が満面の笑みではっちゃけていた。
<あわわダメです、おねーちゃん! リオポンに怒られるです!! 事前検閲で気づかれちゃいますよ!>
<大丈夫! サクちゃんのちょっと変わったあの魔力を条件指定にして発動させればいいのだよん!>
<そ、そうですか?>
<それにパルルンに頼めば喜んで編集してくれるよ!>
<そうですね! パルルン頼もしいです!>
今度は双子かと見紛うばかりのそっくりの顔の女の子が現れて騒ぎ始めた。
どちらの少女も年の頃は生徒たちよりも年下のように見えるが……
そっくりな顔の二人だが、よく見ると一人には頭部から生える一本の角。もう一人には猫耳が存在している。
先までの驚嘆とはまったく別のベクトルで唖然とする教室。
踊るように跳ねながら何かを始めようとする女の子。
<と、いうわけで、いつもしかめっ面でカッコつけてるリオポンに代わって、ボクたちがヘラスてーこくの大人な魅力をしょ――――>
その映像が、今度は何の前触れもなく消えた。
二人の少女の姿だけではなく、街並みも先程までの見知らぬ室内の映像も消えており、見知ったホグワーツの教室の光景へと戻っていた。
「あり? 今度は教室に戻った?」
「なにが……ひっ!!」
きょろきょろと消えた映像を探すように周囲を見回すリーシャ。
ほかにも多くの生徒が訝しそうな顔をしており、不意に教室の前の方から冷気が漂ってきて、振り向いたフィリスが戦慄の声を上げた。
ツンとした雰囲気のリオンに慣れている咲耶も「あわわ、あわわ」と慄いており、ましてどちらかというと冷たい雰囲気が漂うスプリングフィールド先生に畏れを抱いている生徒たちは、先程の笑える光景が、まったく笑えるものではないことに気がついた。
そして
「このように南のヘラス帝国には亜人種が多く住んでおり」
――スルーした!
やり直した。
リオポン…………
リオポンって……――――
何事もなく授業は再開した。
ただし、その声には有無を言わさぬ圧倒的な威圧感が込められていた。
「さ、サクヤ。さっきの……」
「しっ! やめなさいバカ!」
「あわわ、あわわ……」
夏のイギリスのはずなのに、見れば窓のガラスはピキピキと音を立てて霜を発生させているし、漂ってくる冷気はまるでドライアイスでもあるかのように白い霧を出している。
慄きながら咲耶に先程の光景を尋ねようとしたリーシャだが、その口は咄嗟にフィリスによって塞がれた。
「亜人についてもおいおい講義は行うが、簡単に言うと獣人や魔人、妖精種などだ。彼らは一般的にヒューマンタイプの魔法使いよりも魔法力に優れており、身体能力の面においても優れているとされる」
悪戯好きと評判のグリフィンドール生。
気ままでマイペースなハッフルパフ生。
好奇心旺盛なレイブンクロー生。
成績優秀なスリザリン生。
個性豊かな生徒たちもいる教室はこの時、一つの意識を共有させていた。
それは魔導艦隊という圧巻の軍事力を見せつけたメガロの時よりもなお深い恐怖。
――ヘラス帝国、なんて恐ろしい…………――
悪戯を仕掛けるのならその責任もちゃんととって欲しいと心底思う生徒たちであった。
奇妙なほどに淡々と話されたヘラス帝国の内容が終わり、再び教室はどことも知れぬ街中へと景色を変えていた。
「魔法世界には他にも連合と帝国どちらにも属さない中立国家が幾つか存在する。代表的な国としては世界最大の独立学術都市国家アリアドネー」
街並みとしてはヘラス帝国に似ているが、ここには亜人だけでなく、人の割合が増えており、どことなく通りの人は落ち着いた雰囲気があるように見られる。
「学ぼうとする意志と意欲を持つ者なら、例え死神でも受け入れるという都市国家で、魔法世界がこちらと融和政策に転換してからは日本の麻帆良と姉妹都市提携を結び相互留学生などの制度を持っていることが特徴だ」
幸いにも今度は映像が途切れる“不幸”は起きず、終始落ち着いた街並み。そして説明にある学術を重んじる気風を表すようにどこかの学校の授業風景などが流れていった。
その中で気になる説明があったのだろう、セドリックがスッと挙手し、スプリングフィールド先生が促すように視線を向けた。
「先生。どんな人でも、っていうことは例えば私たちが行くことはできるんですか?」
「できなくはない。ただそのためにはまず魔法世界に行く必要がある。そして現状、貴様らが魔法世界に自由に行く方法はないな」
たしかにアリアドネーでは、学ぶ意欲さえあれば、賞金首相当の犯罪者であっても受け入れられた“前例”が確かに存在する。
しかし、そもそも魔法世界に入れなければ、アリアドネーに行くことそのものができないのだから、現状、行くことのできない彼らが留学したいと言っても通ることはないだろう。
「最後に魔法世界の文化発祥の地と言われるウェスペルタティア王国、王都オスティアだ」
再び周囲の景色が変わる。
風が強いのか白い雲海を進むように景色が流れる。
そして
「おおっ!!!」
「島が浮いてる!」
「…………」
見えてきた景色に生徒が感嘆の声を上げた。
表情の変化が見えにくいクラリスですら、驚きに目を瞠っており、景色の壮大さに圧倒されている。
「これは……スゴイ景色だね……」
「ああ……」
セドリックも思わず、といった様子となり、ルークも一大スペクタクルのような景色に吐息を漏らした。
空に浮かぶ島々。
大小いくつかの島々が雲の狭間からその姿を覗かせており、その中でも一際大きな島には街並みが形成されており、都市としての態を為している。
この仮想旅行の最終目的地であるそこに、見える景色がぐんぐんと飛ぶように近づいていく。
ギリシャの古い街並みのように威厳ある建築物。
賑わいを見せる大通り。
空を見上げれば、小さな岩塊が浮かんでいたり、今学期の始めに噂になったもののように空飛ぶ車やバイクなどが走っていたりする。
「この国は、半世紀ほど前に勃発した魔法世界全土を巻き込んだ大戦末期に、未曾有の巨大魔法災害に見舞われて、王都が崩壊。国として一度は滅亡したが、その後メガロの管轄下を経て、15年ほど前に再び独立。魔法世界最古の王族の末裔を女王として復興を果たした国だ」
浮遊している島は、よく見ると高く雲がかかる程の高さやさらに上にある島もあるが、逆に地面からわずかにしか浮き上がっていない島などもたくさんあった。
「これがウェスペルタティア王国…………」
「なんか……すっげえ国なんだな」
絶景の眺めを見ながら呟くフィリスとリーシャ。
それは眺めの美しさもあるが、この景色が一度は大災害に見舞われて復興したという力強さも兼ね備えたものだからかもしれない。
景色は街から一つの大きな建物へと進んでいく。
一人の女性の魔法使いとそれに付き従うように盾と大剣を持った男性の騎士の像がある建物。
そしてその建物の中、ドレスを纏った女性が居た。
「これがその女王。アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシアだ」
オレンジ色の長い髪を腰ほどまで伸ばす美しい女性。
強い意志を秘めたような瞳は緑と青という左右で異なる色を鮮やかに輝かせている。
「名前長っ!! でも、キレーな人だな」
「オッドアイって、初めて見たわ」
彼女らの友人、サクヤを初めて見た時もお姫様のような可愛らしさを感じたが、映像の景色の中に立つ女性は、また異なる美しさを全身で顕しているようだった。
「かつてアスナ・ウェスペリーナはこちらの世界で生活していた経験もあり、魔法世界とこちらの世界の友好関係に非常に協力的だ。この授業の映像資料も女王直々に監督と認可を出している」
魔法世界の仮想旅行を終え、周囲の景色は教室のものへと戻った。
実際には教室に居たままだったとはいえ、視覚ではほとんどずっと宙に浮かんだような状態だったため、たしかに地面を知覚できたことに生徒たちは不思議な感触を感じてもいるようだ。
まして先程まで圧巻の景色の連続は、覚めた今でも残る夢のような心地を与えていた。
「さて。以上で魔法世界の座学のガイダンスを終わるが、ここまでで質問は?」
教室の前壁に設置されている黒板らしきものになぜかエンドロールのようなものが流れているが、完全にスルーしながらのスプリングフィールド先生の質問。
生徒たちは夢か現かすぐには判然としかねる様子で顔を見合わせており、思い切ったのか唯一のスリザリン生 ――ディズがスッと手を挙げた。
「魔法世界とはどこにあるんですか?」
「魔法世界は異界にある。その往来はゲートと呼ばれる特殊な転移魔法によってのみ行われる」
ディズの質問に応えるように黒板には、普通の世界地図が映し出された。
注目して黒板を見ると地図の中には幾つかの光点が明滅している。
「ゲートは魔法世界とこちらを1対1の関係で結び、イギリス、日本、トルコなど世界でも数か所の都市でしか設置されていない」
光点はイギリスにもあるが、その位置はかなり漠然としていて明確な位置は分かりそうにない。
「幾つもの申請を経た上、特殊な手順をもってしか辿りつけないため、許可なく往来することはまず不可能とされている」
「サクヤは行った事あるって言ってなかったっけ?」
「うん。ウチの場合、日本にあるゲートからお母様に連れていってもらったことがあったんよ」
行くことはかなり難しいというように言う先生の説明だが、行った事があるという咲耶にリーシャが尋ねた。
日本は麻帆良の地下にあるゲート。
そのゲートこそが、ウェスペルタティア王国の王都オスティアへと通じるゲートであり、ウェスペルタティアが復興した際にそのゲートも修復されていた。
ちなみに、イギリスにあるゲートを諸事情により使えないリオンが専ら使用するのもそのゲートである。
魔法世界に行ったことのある咲耶ではあるが、そうは言っても自由気軽に行けるわけではなく、数回だけ母であり、“マギステル・マギ”である近衛木乃香の帯同と女王であるアスナのきっちりとした許可があってこそ認められたものだ。
「かつて魔法世界は種族の違いや幾つもの理由から対立、戦争にまで発展していたが、現在は大戦争を経て安定期となっている。特に今はウェスペルタティア王国の女王を橋渡しにして現実世界と魔法世界の融和方針をとっている」
授業ももう終わりに近づいているのか、リオンは黒板のウィンドウも落した。
「本来であれば魔法世界の成り立ちから生活なんぞも説明するところだが、今期の授業の座学では主にメガロとヘラス、そしてウェスペルタティアを中心にした魔法世界の代表的な国の説明が中心だ」
最後の締めの説明として、今期の予定を告げたところで、驚きの連続だった今期最初の精霊魔法講座は終わりを迎えた。
おまけ
授業資料 ”魔法の世界から”
エンドロールより一部抜粋
映像提供・認可
ウェスペルタティア王国女王 アスナ・ウェスペリーナ・テオタナシア・エンテオフュシア
メガロ映像提供
ゆーな☆キッド(検閲削除)
→元老院議員 クルト・ゲーデル
ヘラス映像提供
ナルタキニンジャ クノイチ
ナルタキニンジャ クノニ
アリアドネー映像提供
コレット・ファランドール(検閲削除)
→魔法探偵 バカブラック、総長 ベアトリクス・モンロー
ウェスペルタティア映像提供
女王様の親友その2
女王様の親友その3
音響、映像編集
ロボ子、ちうちう
総監督
パルさま(検閲削除)
→神楽坂明日菜(削除)
→バカレッド
制作
永久に輝け3-A! ドキッ☆女だらけのネギ君を玩具にし隊制作委員会
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雪広コンツェルン、那波重工、謎の火星征服軍団“超包子”