女3人寄れば姦しいとは言うが、6人集まったコンパートメントでは話題が尽きることなく続いていた。
憧れの有名人について
どこのクィディッチチームのファンか
学校の授業について
などなど
愉しいおしゃべりは車内販売の魔女がお菓子やカボチャのパイを売りに来て、みんなで分けながら食べてなお続いていた。
第22話 純血主義
カボチャのジュースを飲んでひとごこちついたころ、ふと思い出したようにハーマイオニーが切り出した。
「そうだわ。サクヤ。ちょっと聞いておいてほしいことがあるの」
その顔は先ほどまで楽しげに話していたのとは違って、深刻そうな、困ったような表情。咲耶はストローから口を離して視線を向けた。
咲耶の注意がしっかりと自分に向いたことを確認したハーマイオニーは少し声を落としてしゃべりだした。
「スリザリンのマルフォイって分かるかしら?」
「マルホイって……え~とたしか。純血の魔法使いの人やな?」
ハーマイオニーの質問に咲耶は口元に人差し指をあてて、思い出しながら確認した。
スリザリンのマルホイ。
その名前はたしか1週間ほど前、ダイアゴン横丁だったかで話していた時に出てきた名前のような……そんなのをぼんやりと思い出した。
「ええ。私たちの学年のそのマルフォイが、どうもあなたに、正確には日本の魔法協会の孫である貴女に近づこうとしているみたいなのよ」
「?」
知っていそうだということを確認して、ハーマイオニーは顔を少し顰めて言った。おそらくその内容、というか自分で話題にした名前を嫌っているかのような感じだ。
咲耶は友人のしかめ顔と、言われた話の内容に小首を傾げた。
「簡単に言うと、純血思想の魔法使いが日本の魔法族を取り込もうとしているかもしれないってこと」
「??」
分かっていなさそうな友人の様子にハーマイオニーが改めて説明しなおすが、咲耶はこてんと反対側に首を倒した。
簡単に、という枕詞がついたものの全く理解はできなかったらしい。その分かっていなさそうな様子にフィリスがはぁと溜息をついた。
「サクヤ。純血主義のことは覚えてる?」
「えーっと、リーシャみたいな魔法使いの家族の人を大切にする人たちのことやな?」
フィリスの確認の言葉に、咲耶は以前聞いた説明を思い出して自分なりの解釈で尋ねてみた。
咲耶の自己解釈にコンパートメント内の友人はなんとも言いようのない表情となった。
「……もしかしてニホンとか魔法世界には純血主義とか魔法族の差別ってないの?」
もしかしたらこのぽやぽや少女は差別などとはまるで無縁の存在なのかもしれない。
そんな風な考えがよぎったフィリスがまさかと思って質問した。
「んーっと、純血主義とはちょっとちゃうと思うけど、種族とかの差別とかは魔法世界にもあるらしいえ?」
「そうなのか? 魔法世界っていうくらいだから全員が魔法使いなのかと思ったんだけど」
フィリスの問いに口元に指をあてて思い出しながら言う咲耶。咲耶の答えに、むしろリーシャが意外そうな表情となった。
だが、“魔法”世界というくらいなのだから、そういった英国魔法族が抱えているような問題はないのかと思っていたところがあるのだろう。
ただ、それはいくらなんでも幻想の抱き過ぎだった。
むしろ現実世界における差別思想よりも、“根本的な問題”を抱えているだけに、魔法世界における種族の違い ――現実世界出身か、魔法世界出身か、は非常に重大な問題だった。
ただ、それは今のところこのコンパートメントの話題の中心ではない。
咲耶に近づいていそうな不穏な動きに、クラリスが乏しい表情の中に険を宿して話題の提供者に視線を向けた。
「どこで聞いたの?」
咲耶を心配してだろう。目元を細めてやや剣呑な雰囲気でクラリスはハーマイオニーに尋ねた。
「夏休みにハリーが聞いたのよ」
クラリスの質問にハーマイオニーは今ここにはいない友人の名前を出して答えた。
ハーマイオニーの ――正確にはハリーが言ったことによると話は咲耶がイギリスに戻ってくる数日前のことになるらしい。
――――――――――――
ウィーズリー家に逗留していたハリーとハーマイオニーは、その日学校から次年度の教科書や必要品のリストを受け取り、ロンやジニーたちを含めたウィーズリー家の人たちと総出でダイアゴン横丁を訪れた。
だがその際にハリーが移動手段である煙突飛行でミスをしてしまい、ダイアゴン横丁から少しずれたノクターン横丁へと飛んでしまったらしい。
そこは魔法使いが営んでいる店の中で、不気味な魔法道具の数々が並んでいる店だったらしい。
出る機会を見計らっていたハリーはそこで件のマルフォイ ――ドラコとその父であるルシウスを目撃したそうだ。
ルシウスはその店で物を買うことはせず、何かの品のリストを店主に手渡して、その何かを売ろうとしていたらしい。
その際、親子と店主の会話がハリーの耳に入ってきたということらしい。
「近頃はどこも同じようなものです。魔法使いの血筋などといっても、軽んじられてしまいまして」
嘆くような店主の言葉に、マルフォイの父親らしき人物はピクリと苛立ったように顔を顰めた。
「私は違う。それにドラコ。お前には去年、言っておいたはずだ」
店主の言葉を明確に否定し、彼は厳しい視線を息子、ドラコ・マルフォイに向けた。
「ニホンの魔法協会の孫娘が留学してくる。その娘と仲良くしておけと」
出てきた言葉に、ハリーはぎょっとして物陰から盗み見ていた身を強張らせた。
幸いにも物音は立たず、店の3人は気付かずにそのまま話が続いた。
「覚えています。ですが父上。そいつはこともあろうに落ちこぼれ寮のハッフルパフにしか選ばれませんでした」
父親の言葉に、ドラコは常の周囲を見下すような表情を微かに漂わせた。
その言葉からするに、彼らにとって、咲耶が四寮中最も落ちこぼれと評判のハッフルパフに組み分けされたことは、本人の資質や状況を見ることなく、咲耶に落ちこぼれのレッテルを貼り付けるものらしい。
「本人がおちこぼれだろうと血は血だ。先にも言ったが、お前の成績が振るわないのも同じだろう」
ドラコの反論に、父親は先ほどまでしていた会話 —―学年トップの座をマグル生まれのハーマイオニーに奪われたこと―― を引き合いに出して厳しい視線を向けた。
ドラコにとっては学校の成績云々よりも、血筋が“正しい”ことこそが重要であるようだが、父にとっては血筋の“正しさ”は無論のこと、それに見合った実力を有してこそという考えの違いがあるらしい。
父親からの厳しい言葉と視線にドラコは屈辱を覚えたのか青白い顔を赤くして俯いた。
「ニホンの魔法協会、いや魔法世界側の魔法使いとは親しくしておけ。いいな。お前が追い出されたという授業にも今度こそ出ろ」
そんな息子に、父親は命令口調で言葉を続けた。
どうやら父親の不満は、息子の成績不良や言いつけを守れなかったことだけでなく、昨年新設された講座をドラコが追い出されたことにもあるらしい。
昨年から新たに開かれた講座、精霊魔法は、指導する先生の意向もあってリタイア自由が明言されていた。
その一年目、明言通り精霊魔法講座は多くの不参加者、リタイアを出した。
その中には、お父上の命令を曲解して“魔法世界の魔法先生”と名家の威光をもって親しくしようとし、一蹴されて恥をかかされたドラコ・マルフォイも含まれていた。
ちなみに余談ながらリタイア自由というのは先生、つまりはリオンがそれほど熱心な魔法先生ではないということもあるが、実をいえば、リオンに先生の話を持って行った者たちの意向も絡んでのことだ。
元々、旧世界土着の魔法族と魔法世界由来の魔法族は折り合いが悪く、特に伝統的な旧世界魔法族であるイギリス魔法族は、排他的な風潮が色濃く残っている。
それだけにいきなりこれを覚えろと押し付けるよりは、興味を抱いた子供や排他的な思想が薄い子供から教えていってほしいという考えがあってのことだが…………ひとまずそれは生徒たち自身にとっては無関係で知る由もないことだ。
息子に命令を告げた父親は、眉間にしわを寄せて睨みつけた。
「魔法世界からの圧力が日増しに強くなってきていて、魔法省は最近、融和策に切り替えようとしている。その時にその小娘を引き込んでおけば有利に働く。そのくらいの計算はお前でもできるだろう」
――――――――
「――ということらしいの」
ハーマイオニーの語った内容に咲耶と親しい友人であるルームメイトの3人は顔を顰めた。
彼女たちも咲耶とは親しくしたいと思って、そして実際に仲良くしているがそれは決して咲耶が日本の魔法協会の孫娘だからではない。
日本や魔法世界の話もするが、友達になったのはただ、咲耶自身と仲良くなりたかったから。
マルフォイの咲耶自身を見ていない言いようは、若い彼女たちの癇に障るのには十分だった。
そして落ちこぼれ呼ばわりされた上に、そんな企みがあることを聞かされた当人は難しい顔をして唸っていた。
やはり気分のいい話ではないからだろう。
嫌いなスリザリンの典型のようなやつなんか絶対に咲耶には近づけたくないと、ハーマイオニーは言おうと口にしかけ
「うーん。一度リタイアしたら多分、再受講はリオンの性格的に難しいんちゃうかなぁ……」
咲耶から出てきた言葉に止まった。
何を言うのかと思えばこのほわほわ娘は。
難しい顔をしていた咲耶から出てきた悩ましそうな言葉にリーシャたちは呆気にとられ、
「サクヤ。そこじゃない」
クラリスが冷静にツッコミを入れた。
「え? マルホイ君がうちとかリオンと仲良うなりたくて、去年やめた授業受け直したいって話じゃないん?」
意外そうな顔を向けてくる咲耶と、何言ってんのこの子は? という視線を向ける5つの視線。
ハーマイオニーが伝えたくて、リーシャたちが憤りを感じていたのは、そこではない。
マグル生まれを“穢れた血”などと蔑む純血思想の魔法使いが、その血筋だけを目的に咲耶を無理やり仲間に引き込もうとしていることを懸念したのだ。
彼ら、特にマルフォイ家はあの“名前を言ってはいけない人”の手下である死喰い人としても名を馳せており、相当にたちの悪い魔法使いというのがリーシャたち“闇に属さない”魔法使いの認識だ。
死喰い人たち“闇の魔法使い”は、“服従の呪文”、“磔の呪文”など許されざる呪文を平然と使い、脅しや暴力によってイギリス魔法族を恐怖に陥れた。
その牙が純粋そうな友人に向かおうとしていることを彼女たちは懸念したのだ。
だが……
「あのねぇ…………」
「あっはっは!! 流石サクヤ!」
この少女は、まったくそんな心配などしていない。彼女が信頼と恋慕を寄せる魔法使いが必ず護ってくれるから。
そんな友人と魔法先生の信頼関係を思い出して、フィリスは頭痛を抑えるように眉間に手を当て、クラリスはため息を、そしてリーシャはお腹を抱えて爆笑していた。
一方、咲耶にとってのリオン・スプリングフィールドという存在を知らないハーマイオニーとジニーは、上級生たちのやりとりに困惑したように見回した。
もしかしたら咲耶はマルフォイ家の、死喰い人の恐怖を知らないのかもしれない。そんな風に考えるハーマイオニーの考えは正しく、そして間違っていた。
リオン・スプリングフィールドがいる限り、咲耶が自分を害そうとするものを恐れることはないのだから。
ひとまず深刻な話が終わり、また別の明るい話題に変えようとリーシャが口を開きかけたとき
「ん?」
ガラリと扉が開き、そこからハリーと同い年くらいのプラチナブロンドの髪の少年が確認するようにぐるりと室内を見渡した。扉の影にはいかつい体格をした少年二人が従者のように控えている。
いきなり入室してきた少年に室内の少女たちの顔が少しむっとしたようなものになる。
そして
「ああ。ようやく見つけたよ」
見回す中で、黒髪で異国風の顔立ちを持つ咲耶に目を止めると満足そうに笑みを浮かべて室内に足を踏み入れた。
「んあ? 誰だ?」
やや見下すような形でどこか気取ったように入ってきた見知らぬ少年にリーシャが不思議そうに尋ねた。
少年の不遜さがにじみ出た態度にクラリスはムッとしたように、フィリスはわずかに身を強張らせており、咲耶の膝の上にいるシロが警戒心をあらわにしたように睨みつけている。
「マルフォイ……」
「ちっ。お前に用はないぞ。グレンジャー」
嫌悪感を滲ませたように呟くハーマイオニーに少年は彼女以上の嫌悪感を露わにして侮蔑するような表情になって吐き捨てた。
いきなりの険悪な雰囲気とハーマイオニーの様子に咲耶はびっくりしたように二人を交互に見た。
「さっき言ってたマルフォイ家の子よ」
そんな分かっていなさそうな友人にフィリスがそっと咲耶の耳元に顔を寄せて言った。どこか声が震えているようなフィリスの言葉に咲耶はちょっと驚いてフィリスの顔を見た。その顔はどことなく恐怖を映しているようにも見える。
スリザリンとグリフィンドールは仲が悪い。
そういう情報を聴いてはいたものの、以前会ったスリザリンの同級生、ディズとセドリックの様子から仲が悪いと言っても、対抗心が強いといった程度にしか思っていなかった。
だが、咲耶の目の前で嫌悪の感情をむき出しにする二人の下級生の様子からは、対抗心などと生易しいものではないように見えた。
咲耶は知らないことながら、昨年の学期途中でのグリフィンドールの大量失点。
その原因はたしかにハリーやハーマイオニーにも有ったのだがそれを失点にまで繋げた直接の原因は彼 —―ドラコ・マルフォイにもあり、それ以外にも思想やハリーとの関係から彼とハーマイオニーは互いに敵対していたりする。
そして、スリザリンと仲が悪いのは何もグリフィンドールだけではないらしい。
「サクヤ・コノエ。ニホンの魔法協会の首長の孫らしいね。僕はドラコ・マルフォイだ」
よろしくと気取ったような口調で見下ろしながら言ってくるマルフォイに咲耶は「よろしゅうな~」とひとまず挨拶を返した。
膝の上のシロは身体を丸めたまま、不機嫌そうに尻尾をぱたぱたと左右に振った。
車内の雰囲気がピリピリとなる中、
「ハッフルパフ、か……まったく、ニホンの魔法協会は伝統ある名家の魔法使いだと聞いたけど、そんな友人しかいない上に、本人も落ちこぼれ寮になってしまうとはね。ご両親はさぞ悲しまれたんじゃないかい?」
蔑みの口調そのままで口を開いた。よろしくと言った割にはどう見てもそれは仲良くなろうと言う態度ではなかった。
「あ? 初対面のクセにいきなり舐めた後輩だな」
喧嘩を売っているような言葉にリーシャが目つきを鋭くしてマルフォイを睨み付けた。
「リーシャは初対面じゃない」
呆れ口調でツッコミを入れるクラリスだが、その眼差しは鋭く無礼な後輩を睨み付けている。珍しくはっきりと嫌悪の感情を露わにするクラリスに咲耶は軽く目をみはった。
右を見て、左を見て、どう見ても険悪という言葉しか思い浮かばない車内に、咲耶は困ったように息をついた。
喧嘩に突入しそうな雰囲気だが、新学期が始まる直前に喧嘩などどう考えてもよくないだろう。
「えとな。おじいちゃんもお母様も、いい友達ができたって喜んでくれたえ」
ひとまず咲耶は、人差し指を立ててえへら、と明るく微笑みかけてみた。ただやはり車内の雰囲気もあってその微笑は若干引き攣ってしまったのは無理からぬことだろう。
できることなら穏便に済ませたい。そんな咲耶の願いむなしく、咲耶の返答にマルフォイは鬱陶しそうな表情となった。
「ふん。君も仮にも名家の魔法族の一員なら付き合うべき友人を選んだほうがいい。来たまえ、どういった魔法使いと付き合って行けばいいか教えてあげよう」
蔑みの視線を咲耶に向けるマルフォイ。その視線に咲耶よりもリーシャやハーマイオニーたちがカチンと頭に来て
「そこまでだ痴れ者めっ!!!」
それよりも早く、咲耶の膝上から跳び下りたシロが一瞬で人化の形態となり、怒声を上げた。
「姫様は優しき心の御方ゆえ黙って見ておれば、姫様とそのご学友に対しなんたる無礼!! 手討ちにしてやる故、そこになおれ!!」
「なっ!! あ、ひっ!!!」
いつの間にかシロの手にはきらりと光る白刃が握られ、魔法使いの間合いのはるかに内側に入り込んでその刀を不届きモノの首筋へと突きつけていた。
呆気にとられるコンパートメント。
数拍遅れてひたりと自らの首筋に寄り添う凶器に気付いたマルフォイはただでさえ青白い顔を蒼白にさせて戦いた。
そばに脇に控えるガタイのいい二人の友人もあまりにも一瞬のできごとに反応することもできない状態だ。
異形の少年の出現。そしてその少年から感じられる紛れもない殺意にマルフォイが包み込まれ、
「わぁっ!! シロくん! たんまたんま!!!」
慌てて咲耶がシロの襟元を引っ張って距離を離した。
咲耶に抱きかかえられるようにして距離をとらされたシロ。
咄嗟の咲耶の指示に従ったのか、マルフォイの首筋には1mmたりとも刃筋は食い込んでおらず、血は微塵も流れていない。
だが、間違いなく切られていたという状況と殺意にマルフォイは首筋を抑えてへたり込んだ。荒く息をつくマルフォイ。
次第次第に状況を再認識したマルフォイは、命の危機を脱したことで、恐怖の表情から屈辱に顔を赤くして咲耶を睨みつけた。
「こ、こんな。僕を……」
唇をわなわなとさせて何かを言いそうになる少年に、咲耶は普段のニコニコ顔を一転、名家の魔法使いの肩書に相応しい凛と引き締めた顔で向かい合った。
「マルフォイ君。うちは、純血だとかどの寮の生徒だとか、そういうのにはこだわってないんよ。
仲良くしてくれようとするんは嬉しいから、よかったら魔法協会とか、そういうんじゃなく、友達になってほしいな」
凛とした表情から淡く微笑みへと表情を変えながらの咲耶の言葉。
しかし声をかけられた当人は、侮辱されたととったのか、ただ命の危機は去ったことで腰を抜かしたような自らの姿を認識したのか、咲耶をねめつけながら立ち上がった。
「ふん。純血だとかにこだわってない? 信じられないね。ニホンの魔法使いはそこまで低俗なのかい? こんなことをしたと父上が知れば……」
高貴な純血が蔑ろにされたことを、ローブについた埃を払いながら言いつのろうとしたマルフォイ。だが
「下郎」
その口は再び解き放たれた怒気を含んだ言葉に縫いとめられた。
「今すぐその顔、姫様の視界から消さねば。首を胴から切り離すぞ」
ゆらゆらと揺れ動く狼の尻尾。爛々と輝く獣の瞳。それは今まさに獲物に食いつかんとする狩人の姿にも似て見えた。
相手は小さい子供だとか、純血の一族の誇りだとか、魔法使いに対してマグルの道具で向かおうとする愚かさとか。普段であれば自己の拠り所になるはずのそれら一切を打ち砕くように、
捨て台詞も吐けないほどに顔を青ざめさせたマルフォイは「ひっ」と短く悲鳴を上げると、友人二人を押しのけて足をもつれさせるようにしながらコンパートメントから去って行った。
小さな子供とは思えない気を放って純血の名家を追い払った光景に、コンパートメントはしんっとなった。
「シロくん」
「はぅあっ!!」
沈黙を破ったのは少し怒ったような語調の混じった咲耶の呼び声。
その声を聞いたシロはビクンッと耳と尻尾を逆立たせると先程までとは打って変わって体を縮こまらせて振り向いた。
「も、もも、申し訳ありません!! ささ、差し出がましい真似を!!!」
「まあまあ、サクヤ。今のは明らかに向こうが失礼だったんだし、シロ君はちゃんとやることをやっただけなんだから」
ぶるぶると体を震わせて謝るシロの様子に、好ましくないスリザリン生を追い払ってくれてほっとした様子のフィリスがフォローを入れた。
シュンとしているシロに咲耶は手を伸ばした。
目をつぶってびくっと震えるシロ。だが、咲耶の手はそっとシロの頭の上に置かれてナデナデと優しく撫でた。
「うん。シロくん、ウチのことだけじゃなくて、みんなのこともちゃんと叱ってくれたもんな。おおきにな」
咲耶とて、自分の友人や家族のことを悪し様に言われて腹立たしい思いはある。
だが、ああいった魔法使いでないものを差別する者たちが多いことを
それを目の当たりにして自分が怒っては本末転倒。自身やるべきことは、そういった魔法使いにも理解してもらうことなのだから。
魔法世界と現実世界
魔法使いと非魔法使い
魔法と科学
それが手を携えなければならないときがもうそこまでやってきているのだから。
だから……
「でもいきなり刀なんか振り回したらアカンよ」
「はぅぅ。申し訳ありません……」
自分たちのことを思ってくれている小さなナイトに微笑みかけながらもきっちりとくぎを刺しておいた。
一瞬嬉しそうな表情になったシロだが、指を立てて注意する咲耶に再びシュンとなった。
ころころと変わる犬耳の少年の様子にコンパートメントは微笑ましい笑いに包まれた。
・・・・・・
特急を降り、牽き馬の居ない馬車に揺られて到着したホグワーツ城。
昨年とは違い、咲耶は同級生とともに大広間の在校生テーブルについていた。
真紅と金色のグリフィンドール
青と銅のレイブンクロー
緑と銀のスリザリン
そして咲耶の居るカナリア・イエローと黒のハッフルパフ。
目の前にはたくさんの皿が並んでおり、校長の挨拶が終わり次第魔法で料理が運ばれてくるが、今はまだ空っぽ。
特急での長旅による疲れや空腹感、そして久々に戻ってきた学校の雰囲気にざわざわとしながら新入生の入室を待っている。
「見て見てサクヤ。本物のロックハート様よ」
「サクヤはそれよかスプリングフィールド先生だよな。まあ、あの二人が並ぶと絵にはなる、か……?」
思考にお花を咲かせているフィリスの横で、リーシャが茶化すように笑いかけた。
二人の言葉に咲耶は、なははと軽く笑いながら視線を教職員席の方に向けた。
生徒席から離れ、正面に並ぶ教職員のテーブルには数人分の空席を残しつつも大方埋まっている。
教職員のテーブルの一席には夏休み前に会って以来のリオンの姿があり、その横にはにこやかな顔で何か話しかけている新顔の先生の姿があった。
ブロンドヘアーで淡い水色のローブを纏い、隣のリオンに話しかけながらも頻繁に生徒の方にきらりと歯を見せて笑いかけている。
話しかけられているリオンは、相槌を打つでもなく、話返すでもなく、いらいらするでもなく、言葉が単に右から左にスルーしているような感じで別の事を考えているような様子だ。
久方ぶりに見るリオンの姿に咲耶は頬を緩めて少し彼を見つめた。
今日のリオンの髪は、半月を過ぎてそろそろ月が満ちようとするころなので赤がなくなりほとんど白金の髪の色をしている。
咲耶がじーっと見ていると、リオンはその視線に気づいたのか、あるいは気づいていて逸らしていたのを観念してか、咲耶の方へと視線を向けた。
視線があって咲耶はえへへーと笑いかけると、リオンはふんっと鼻でも鳴らしそうな感じで顔をそむけた。ただよく見ると口元が少しだけ微笑んでいるように見えた気がして咲耶は嬉しくなり、
「見てサクヤ。ロックハート様がこっち見てるわよ」
隣のロックハートがリオンの視線に気づいたのか身を乗り出して咲耶の視線に入ってきた。そしてきらりと輝く歯をこちらに向け、それを見てフィリスが「きゃー」と黄色い声をあげた。式の途中なので小声ではあるが、周囲に花でも飛んでいそうな勢いだ。
ざわつく広間を鎮めたのは扉が開く音だった。
「おっ。来たな」
厳格さが歩く姿や顔にも滲んでいるかのようなマクゴナガルが新入生を引き連れて入場してきた。
緊張している様子の新入生たち、中には特徴的な燃える様な赤毛のジニーの姿もあり、席につくまでに目が合った咲耶は微笑みかけて軽く手を振った。
組み分け帽子が各寮の性質を告げる歌を、去年とは少し変わった詞で歌うと、マクゴナガルが新入生の名前を順に呼んで組み分けが始まった。
組み分けは何事もなく進行した。
昨年のようにとりわけ有名人がいるわけでも留学生のようなイレギュラーがいるわけでもないので儀式自体は平穏無事なものだった。
ちなみに列車の中で一緒だったジニーはウィーズリー家の伝統なのか、兄たちと同じくグリフィンドールへと選ばれている。
ジニーが選ばれ残り数人となった組み分け。咲耶は真紅と金のシンボルカラーで彩られたテーブルへと歩いて行くジニーを眼で追い、
「あ」
気づいたことがあって思わず声をもらした。
「どしたサクヤ?」
咲耶の声が聞こえたリーシャが小声で尋ねた。
「あ、うん。グリフィンドールの席にハリー君やっぱ居らんなーって思て」
「ホントね。やっぱり、シロが言ってた赤い車で飛んでたってことかしら?」
咲耶は注意深く、友人の姿を探してみたが、やはりあのくしゃくしゃと癖のある髪の毛の眼鏡の少年の姿は見当たらず、フィリスも少し心配そうに呟いた。
「まっさかー。見間違いだろ? 駅まで来てたらしいし車で来る理由ないじゃん」
「まあそうなんだけど……」
深刻そうなフィリスに対して、楽天的なリーシャ。
たしかにリーシャの言うように、わざわざ駅のプラットフォーム前まで来ていて、一緒に来ていた友人兄弟は列車に乗っているのに、二人だけ乗らずに別手段を用いるというのもおかしな話だ。
もしも乗り遅れたとしても、組み分けのある新入生でもないのだから、今日の始業式に参加できないからといってとりわけ困った事態になるわけでもなし。
乗り遅れていても周囲には大人の魔法使いも大勢いるし、保護者のウィーズリーさんたちもいたのだろうから、学校に連絡をとる手段も、来る方法もあっただろう。
シロが言っていたように子供二人で空飛ぶ車を運転して特急を追いかけるなんて、目立つ真似をせずとも対処の仕様はいくらでもあろう。
ただ残念なことに、のんびりと始業式に参加することができた彼女たちは、学期初めの重大イベントを原因不明の理由で逃してしまったという、まだ幼い子供にとってパニックを起こすに値する状況を想像することができていなかった。
そしてパニックを起こした行動力ある少年たちがどのような手段にでるかもまた…………
その後
ハリーが同寮の友人と共に空飛ぶ車で学校にやってきて校庭の暴れ柳に突っ込んだという噂が衝撃とともに学校を駆け巡った。