春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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さて柱の影にはなにが居たのでしょうか?

 9月1日

 

 夏休みが終わりを迎え、新しい学年が始まるこの日。

 多くの魔法使いとその卵たちでここ、キングスクロス駅は賑わいを見せており、夏休みの最後を同寮の友人、リーシャの家で過ごした咲耶もたくさんの荷物と新しい相棒・シロ君、そしてリーシャとその両親とともにやってきていた。

 

 昨年も通った9と3/4番線へと通じる不可視のゲート。前回と同じようにカートを押しながらそこを通ろうとした咲耶は

 

「どしたんシロくん?」

 

 足元を歩いていたシロがジッと柱の横を見つめていることに気づいて、柱にぶつかる直前で止まった。

 咲耶の式神であるこの子犬(白狼天狗)は主の問いかけを受けても、じーっと柱を睨み付けている。まるでそこに隠れ潜むなにかが居るかのようにじーーっと睨んでいる。

 尻尾が左へ、右へ。今にも飛びかかるタイミングをはかっているかのようにじーーぃっと柱を睨み付け、

 

「よいしょ」

「!」

 

 咲耶にその体をいきなり持ち上げられてビクッと体を震わした。

 

「大丈夫。魔力を持たへん人の人避けも兼ねとるだけで、去年も通ったから怖ないよ」

 

 壁にめり込みに行こうとすることを怖がっていると思われたのか、すっかり定位置となった咲耶の肩の上に置かれてシロは頭を撫でられた。

 何か言いたげに咲耶の顔を見つめ、柱の隅っこと視線を行ったり来たりさせるシロ。

 

「?」

「おーい、サクヤ。前、前」

 

 困ったようなシロの様子に、主がきょとんと首を傾げたところで後ろから順番を待っていたリーシャから声がかかった。

 

「あっ、ごめんリーシャ。ほな行こか、シロくん」

 

 短く一謝り。

 リーシャに言葉を返した咲耶はカートに力を込めて止めていた足を動かし

 

「………………」

 

 何事もなく柱を通過して9と3/4番線のプラットホームへと足を踏み入れた。

 

 

 

 第21話 さて柱の影にはなにが居たのでしょうか?

 

 

 

 生徒と学生でごった返すプラットホーム。咲耶はリーシャとともにその見送りに来たリーシャの家族と向かい合っていた。

 

「この夏はありがとうございました。グレイスさん!」

 

 この夏の最後を彩った友人宅へのお泊り会。そこでお世話になったリーシャの母親と父親に咲耶はぺこりと頭を下げた。

 

「来年も是非来てね、サクヤちゃん」

「おお。来年でも今年の休暇でもいつでも来なさい!」

 

 リーシャと同じく金髪の母親。そしてスポーツマンのように鍛えられてがっちりした体躯の父親。明るく娘とよく似た雰囲気を持つ両親と咲耶はこの夏休み最後の短い期間ですっかり馴染むことができて次が待ち遠しいかのように言葉を送られていた。

 

「あなたの作ってくれたお料理、とっても美味しかったわ! リーシャは不器用で魔法を使った料理をしたらすぐに焦がしちゃうから。魔法薬学の成績も悪いでしょう」

「それはもういいから! こないだから私もサクヤも散々聞いたから!!」

 

 咲耶がお礼にと振舞ってくれた料理はどうやら好評だったらしく嬉しそうに語る母親。そして脱線して成績の話になりそうになったところでリーシャがツッコミをいれた。

 

「はっはっは!! リーシャは俺に似て細かい作業は苦手だからな。色々と迷惑をかけるだろうが、よろしく頼むな、サクヤちゃん」

 

 顔を真っ赤にしているリーシャをよそに父親は朗らかに笑って娘のことを友人に頼んだ。

 

「はい!」

「それと…………」

「サクヤ! そろそろ行こう!! 席なくなっちゃう!」

 

 元気よく返事した咲耶に、何か言いたそうに言葉を探し、言葉になる前にいつもより声を張り上げたリーシャの声がかかった。「あっ」と躓きの言葉が漏れ、声をかけたリーシャもそれに気づいた。

 だが

 

「……リーシャも、気をつけろよ!」

 

 結局、言葉をギリギリで選び変えたように間が空き、それでも笑って送り出す言葉がかけられた。

 

 

 

 ・・・

 

 

 

「最後まで煩くてごめんな、サクヤ」

「ううん。リーシャの家族。すっごい楽しいお父さんとお母さんでウチも楽しかったわ!」

 

 空いているコンパートメントと残りの友人たちを探しながら話す二人。

 賑やかな家族たちとの別れにリーシャは少し照れたように笑い、咲耶は満面の笑みで応えた。

 

「へへへ。…………っと、いたいた。フィー、クラリス!」

 

 そして折よく、探していた友人二人、フィリスとクラリスがあちらも共に居るのを見つけてリーシャは腕を振りながら呼びかけた。

 二人は呼びかけに気づいて歩み寄ってきた。

 

「一週間ぶり。リーシャ、サクヤ。あっちの方に空いてるコンパートメントがあったわよ」

 

 近づいてきたフィリスとクラリスもまた荷物を運んでおり、咲耶が嬉しそうな顔をして話をしたそうにしていることを察知したのか、咲耶が喋る前に特急の前の方を指さして言った。

 

「あっ。そやね。うん。あんな話したいことがいっぱいあるんよ!」

「ふふ。時間も時間だし先に席をとってからゆっくり話しましょ」

 

 

 フィリスが先導し、お互いに協力して一行は列車内に荷物を運び入れた。

 先程フィリスたちが見つけていたコンパートメントは運よくそのまま空いており、4人はそのままそこに入った。

 荷物を押し込み、それぞれに席につき一息つくと頃合いだったのか汽笛の合図とともに扉が閉まる音が聞こえ、車内が振動した。

 

「ん。もう出発の時間か」

「それじゃ、今年もまたよろしくね」

「うん! よろしゅうお願いします!」

 

 動き始めた景色を見送るリーシャ。再び始まる寮生活に意気込みを新たにするフィリスと咲耶。クラリスもこくんと頷きを返した。

 咲耶の膝の上にはそこが定位置かのようにシロがちょこんと体を丸めた。

 そして

 

 ガラリとコンパートメントの扉が開いた。

 

「あっ、サクヤ!」

 

 入ってきたのはクセのある豊かな栗色の少女。2学年下の友人。

 

「! ハーミーちゃん! おひさ!!」

 

 ハーマイオニーが見覚えのない赤毛の少女と共に入ってきて、室内にいる咲耶の姿に顔を綻ばせた。咲耶もまた久々の友人との再会に嬉しそうに声を上げた。咲耶はぶんぶんと手を振って室内へと入るように勧めた。

 ハーマイオニーはちらりと他の先輩達の様子をうかがい、確認するように後ろに控えていた少女に振り向いてから席についた。

 

「休み中は手紙、ありがとう。ニホンの写真、すごくキレイだったわ!」

「えへへ。どういたしまして」

 

 夏休み中、リーシャたちと手紙のやりとりをしていたのと同様、ハーマイオニーとも手紙のやりとりをしており、その中で送ったニホンの景色の写真は彼女の好評を得たようで咲耶は嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「そうだ、サクヤ。ハリーとロンを見なかったかしら。駅までは一緒だったんだけどホームのところではぐれてしまって……」

「ハリー君? ううん。見てへんよ」

 

 ハーマイオニーの問いに咲耶は確認するようにフィリスたちを見てから首を横に振った。

 咲耶の答えにハーマイオニーはむぅっと眉根を寄せ、溜息を一つ。

 咲耶にとってハーマイオニーやハリーが友人であるように彼女もまたハリーとは同学年で同寮の友人。とりわけ前学年中は、いくつもの冒険を共に乗り越えた中だけに、当然の如く意識せず行動を共にするつもりだったのだろう。

 ただ、見つからないものはしょうがない。というよりも勝手にはぐれたのが悪いと諦めたのか、仕方なさそうに肩を竦めるジェスチャーを赤毛の少女に向けた。そのやり取りを見て、先程から気になっていたことを咲耶は問いかけた。

 

「ところでそちらの子って、ハーミーちゃんの友達?」

 

 髪の色はリオンよりも少し濃い、燃える様な赤色。顔にはそばかすがあるが、それが彼女の個性としてチャーミングに映る少女だ。

 髪の色や顔立ちが違う事や、去年妹が居ないと言っていたことからの質問。

 

「ええ。こちら、ジニー。ロン……フレッドとジョージの妹で今年の新入生よ」

 

 ハーマイオニーは紹介するように赤毛の少女、ジニーに手を向けた。

 

「初めまして、ジニー・ウィズリーです」

「わぁ! 初めまして。サクヤ・コノエです。よろしゅうお願いします」

 

 ハーマイオニーの紹介に咲耶はぱぁっと顔を明るくしてジニーに挨拶した。

 フレッドとジョージ・ウィーズリーは咲耶たちと同学年のグリフィンドールの男子生徒。

 明るく悪戯好きで、昨年のハロウィン前にちょっとしたことから咲耶と知り合い、以来親しくなっている友人たちだ。

 ちなみに彼らは悪戯の着想を得るためにリオンの精霊魔法講座を受講して、結果中々に優秀な成績を修めたらしい。

 そしてジニーは彼らと同じ髪の色で今は緊張しているのか少し固いように見えるが彼らと同じように快活さを秘めているようにも見える。

 

「あっ、フレッドとジョージから聞いてるわ。サクヤは、えっと……ニホンから来たんでしたよね?」

「うん! 4年生やけど、ホグワーツは今年で二年目!」

 

 紹介されたジニーは目の前の少女、異国のお姫様のような顔立ちながら、くりくりと大きな瞳を動かして嬉しそうに自分を見つめる先輩を少し照れたように頬を赤くして見ていた。

 

 

 それから咲耶たちは新入生のジニーを含めて色々と話を楽しんだ。

 

 

「そっか。ハーミーちゃんは夏休み、フレッド君とジョージ君のとこに行っとったんや」

「ええ。ハリーも一緒よ。魔法使いの家って初めてだったんだけど、料理から洗濯から、魔法尽くしでびっくりしたわ」

「そうよね。私はお母さんがマグルなんだけど、未だにお母さんとお父さんで価値観というか生活感があってないことがあるもの」

 

 ハーマイオニーは友人のロンの誘いでハリーと共に宿泊したウィーズリー家、マグルの世界から初めて訪れた魔法族のホームの感想を興味深かった思い出のように喋っていた。

 魔法とは関わりの無い一般人の生まれであるハーマイオニーはまるで違う家事の仕方や家の様式に驚いたことを楽しそうに。

 フィリスは先輩として、そして混血としてマグルの母の苦労を思い出して頷いていた。

 

「そやなあ。うちもリーシャのとこでお世話になったんやけど、おうちがおとぎ話の森の妖精さんの家みたいでびっくりしたわ」

「へー。そうなのリーシャ?」

「あー、いや、まあ、うちの辺りの家はだいたいそうなのかもな。結構森の中にあるし」

 

 咲耶はつい昨日までお世話になっていたグレイス家、ヘルガの森というところにある魔法族らしい家の外観を思い出していた。

 まるで群れからはぐれたエルフでも住んでいそうな樹木と親和のとれた木々の温かみのある家屋。

 

「あれ? フィーとクラリスはリーシャのおうち行ったことないん?」

「ええ。誘われてはいたんだけど、私の方は夏休みに家族でバカンスに行く予定があったから。クラリスもちょっと予定が合わなくて、ないわよね?」

 

 意外にも咲耶よりもリーシャとの付き合いの長いフィリスとクラリスは彼女の家に行ったことが無いらしい。フィリスが再確認するようにクラリスに尋ねると、クラリスはこくんと頷きを返した。

 

「リーシャの家、どうだったの?」

「うん! お母さんもお父さんもめっちゃ優しい人たちで、お母さんの料理美味しいし、すっごい楽しかった!」

 

 思い出を尋ねるフィリスの質問に咲耶は楽しかった夏休み最後の思い出を満面の笑みで、答えた。

 ハーマイオニーも驚いたことだが、魔法族の料理は魔法をふんだんに使う。日本古来の魔法族の近衛家だが、咲耶の習った料理は魔法の使わない料理方法だっただけに、異国の料理という以上に魔法の料理というものは新鮮な驚きだった。

 

 ただ

 

「でもなぁ、量がすっごいから、あれ以上長く居ったら、うち太ってまいそうやわ」

「うちの母さん。サクヤが来るってんで、すっげー張り切ってたからな。サクヤもニホンの料理ごちそうしてくれたし」

 

 一つ困ったのは出てくる料理と次から次に勧められる美味しい料理の量が咲耶のカロリー許容量をあまりにも超えていた事。

 律儀な咲耶は困ったような笑顔でその皿を受けつつ毎日お腹いっぱいになっていた。

 

 あまりにもお腹いっぱいで、それをどうにかしようと思った……わけではないのだが、お世話になったお返しにと最後の日にはサクヤが手料理を振舞い、それはグレイス家のみんなにもなかなかに好評を得ていた。

 

 困ったように笑う咲耶とにひひと笑うリーシャにフィリスはちょっと羨ましい思いを抱きながらくすりと微笑んだ。

 リーシャとの付き合いは咲耶よりもフィリスの方が長い。

 咲耶との仲の良さはリーシャにだって負けてない。

 けど……

 

「ふふ。サクヤはもう少し、必要なとこが大きくなった方がいいんじゃないかしら? それとも、先生はそういう方が好み?」

 

 フィリスは咲耶の慎ましやかなとある部分をツンと指でつついて悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

「むー。うちかてこの夏休みで背も胸も大きいなったもん!」

「えっ!? 先生って!?」

 

 咲耶はその悪ふざけにぷぅっと頬を膨らませてむくれて見せ、ハーマイオニーはちょっとワクワクとした表情で身を乗り出した。

 

「リーシャから胸の脂肪をどんどん吸い取ればいい」

「ふにゃっ!!」

 

 そんなやりとりの横でクラリスはいつも以上のぶっちょう顔で毒を吐きながら隣に聳える巨峰をむんずと掴み取り悲鳴が上がった。

 

「えっ、あの…………」

 

 なんだかイケない内容に踏み込んでしまった気がしてジニーは顔を赤くして先輩たちを見回した。

 

 漠然と把握してしまったような気がするイケない関係性。

 

 異国の留学生は、誰とは言われなかったが学校の先生の誰かと恋仲で、ここのみんなはそのことを知っていて、なんだかここの皆は彼女のことが好きみたいで、それは多分同性同士としてなんだろうけど、兄のロンに聞いた話だとそんな彼女のことがハリーは多分気になっていて、自分はそのハリーを向かい合うと顔も合わせられないほどに気になっていて、なんだかんだ言っていたロンも実は留学生のことが気になっているんじゃないかなーと睨んでいて、それだけじゃなくてその上の兄である双子の内のジョージも彼女のことが気になっているような気がしているみたいで……

 

「きゅうぅ…………」

 

「おわっ! ジニーがなんか茹ってるぞっ!!?」

「ジニー!!?」

 

 頭から湯気を立ち上らせたジニーに、リーシャがぎょっとなり、ハーマイオニーが驚きの声を上げた。

 あぶぶ、あぶぶと賑やかな声を上がるコンパートメント。

 

 

 

 ひとまず落ち着きを取り戻したコンパートメント。

 

「ねえサクヤ。この子犬はサクヤのペット?」

「えとな。うちの式神のシロくん」

 

 とりあえず話題を変えることとなった。

 選ばれたのは咲耶の膝の上で丸くなっている白毬藻、もとい白毛の子犬。ハーマイオニーが興味を示した子犬を見せるように咲耶はポンポンと合図を送った。

 合図に応じて子犬はポンと軽い音を立てて姿を変えた。

 以前も見た日本古来の衣裳を身に纏った犬耳と尻尾を生やした幼い少年。少年はおどおどとした様子で恥ずかしそうに咲耶の横にちょこんと腰掛けていた。

 

「お、おお、お初にお目にかかりまする! 某! 祖神に猿田彦命を頂く末裔! 四十八天狗が一、富士山陀羅尼坊太郎が眷属! 藤原朝臣近衛咲耶様が式神、白狼天狗――」

「狼の天狗君なんよ」

「はぅぁっ!! また遮られた!」

 

 相変わらずの長口上を遮られたシロはガンッ! と衝撃を受けていた。

 

 ひとまず挨拶を済ませた(?)ところでシロはヒト型の形態から先ほどまでの子犬の姿へと戻った。小さな童姿とはいえ、コンパートメントの中にはすでに6人の女子が入っていることからスペースを考慮してのことだろう。

 

「か、変わってるわね」

 

 言いたいことは色々あるが、先輩方の苦笑した様子にひとまずとりあえずそれは胸の内にしまっておいた。

 咲耶は子犬姿に戻ったシロを抱き上げて膝の上に置きなおし、ふさふさの毛並をもふもふした。

 

「そう言えばサクヤ。その子ずっと抱いてて重くはないの?」

 

 嬉しそうにもふもふを楽しんでいる咲耶の様子。その姿にふと気になったことをフィリスは尋ねてみた。

 ずっと膝の上に抱いていたり、時には肩の上によじ登ったりしているのだ。子犬とは言え少女の体ではなかなかに重みを感じることだろうに、咲耶にそれを負担に思っている様子はない。

 

「ううん? むしろ全然重さ感じんけど……そういえばなんでやろ?」

 

 フィリスの質問に咲耶は今更ながらに首を傾げた。

 そう言えば重いどころか、重さ自体を感じていなかったのだ。なんでだろうと不思議に思って膝の上のシロに視線を向けると、それを感じたのかシロは

 

「じゅ、術の一種で重さを軽減させていますゆえ」

「………………」

 

 子犬姿のままでみんなで理由を説明した。

 人間にもなれる子犬が今度は犬の姿のままで喋った。そのことに

 

「喋れるの!!?」

 

 びっくりと、一斉に声を上げた。

 コンパートメントに響く驚きの声にシロはビクゥッと毛を逆立たせた。

 

「は、はは、はい! こ、これも術なので。魔力を消費すれば、じ、人化の形態をとらずとも喋ることは、で、できます!」

 

 魔法族の使うアニメ―ガスや満月の夜のみに狼形態になる狼人間とは異なり、白狼天狗のシロにとって狼の形態も人の形態のどちらも本態。人の言葉をしゃべること自体が言語魔法の一種だ。

 狼の姿のままでも人の言葉を喋ることはさして難しい事ではない。

 

「なんでサクヤも驚いてるのよ」

「いやぁ、うちもこの状態の時のシロくん喋れるん知らんかったから。どして喋らへんかったん?」

「い、一般人に対する術の秘匿は一族の義務ですので。街中では、もしもということを考えまして……も、もも、申し訳ありません!!」

 

 ただ、そのことを主である咲耶自身も知らなかったらしく、フィリスが呆れたように見やり、咲耶は照れたように苦笑いした。

 

「へー。それにしても重さを調整できるのね」

「は、はい! ひ、必要とあれば、見た目通りの、お、重さにもなれますが。姫様のご負担になるわけには参りませんので!」

 

 感心したように言うハーマイオニー。

 咲耶よりも小さな子供姿とはいえ、本来の重さであれば咲耶が胸元に抱えたり、子犬状態とはいえずっと膝の上や肩の上に乗せたりし続けるのはつらいだろう。

 へーっと感心したように見つめてくる視線に照れたのかシロは顔を真っ赤にした。

 

「ひ、必要ならば、う、浮いていることもできます!!」

 

 そしてぴょんと咲耶の膝の上から跳躍し、胸元くらいの高さまで跳び上がるとまるで空中に足場があるかのようにその場に滞空した。

 

「おおっ!!」

「杖も箒もなしで飛ぶなんて……」

 

 ぴたりと浮いているシロの姿にリーシャや無表情だったクラリスも驚嘆していた。

 自分たちの知識によれば、落下を制御することや物質を浮かすことはできても箒なしに空を飛ぶこと、まして杖もなしにそれをこなすことなどできるはずもなかった。

 

「これは天狗だからできることなの?」

 

 ハーマイオニーは自らの知識に合わせて人ではない天狗だからこそできるものかと尋ねた。

 

「い、いいえ! あ、ある程度高位の魔法使いであれば、ふ、浮遊術を使うことはできるはずです!」

「え? そうなの!?」

「は、はい! この程度ならば、あ、あの男も、出来ると思いますが……」

 

 だが返ってきた答えは天狗どころか、魔法使いでもできるというなんとも拍子抜け……ではなく、よくよく考えれば驚くべき答えだった。

 尋ね返すフィリスにシロはどもりながら言った。

 

「あの男?」

「り、りりり、リオン・スプリングフィールドです」

 

 彼女たちの先生が、その高位の魔法使いであると。

 

「……え?」

 

 ぽかん、と、反応することを忘れたようにマジマジと少年を見つめ返した。

 

「そ、そそ、それに姫様の、ごごご、ご学友の方々も、見れば、飛ぶのに不自由していないように見受けられますが」

「?」

 

 続けてもう一つ。今度は呆気にとられてではなく明らかに間違っていそうな指摘に首を傾げた。

 

「ああ。うちの父さん? あれは箒使ってだから。フツー箒なしじゃ飛べないって」

 

 ただつい先日までクィディッチ選手である父が家で飛行姿を見せていたことを思い出して言った。

 だが、それは彼の意図していたことではないらしく

 

「い、いえ! い、今しがた、窓の外を、童が操る、く、車が飛んでおりましたが!」

 

「…………え?」

 

 扉側に座っていたシロは自分の方に向いていた視線の奥、つまりは窓の外を指さして恐縮しながら言った。

 

「へー、ホグワーツって、車でも行けるんや~」

「いやサクヤ。ないからそんなの」

「へ?」

 

 咲耶は魔法世界で目にしたような魔法道具がこの世界にもあったことに素直に感心して、フィリスからツッコミを受けた。

 空飛ぶ絨毯や馬車を天馬に曳かせるのならばともかく、マグルの使う車などをわざわざ空飛ぶ道具に仕立て上げるなんて滅多にあることではない。少なくともリーシャやフィリスの記憶にはなく、

 

「あ、あのシロくん。その車ってどういうの?」

 

 ただそのことに覚えのあるハーマイオニーとジニーは顔を引き攣らせた。

 

 普通イギリス魔法族は、特に純血に顕著だが、マグルの使う機械を蔑視している。

 わざわざおかしなものを使わなければなにもできないと。

 それは純血主義か否かによるものではなく、閉鎖的な魔法の世界にべっとり漬かっているからで、英国魔法族の科学力は魔法を抜きにすれば軽く100年は遅れている。

 マグル生まれの魔法族ではそういったこともないのだが、逆にそういった魔法使いは魔法の便利さを知ってしまったがゆえに、科学の利点を軽視しがちだ。

 

 だからわざわざそんな不便なものに目を向けるのは頭のおかしい奴か、物好きで奇特な魔法使いと相場が決まっていた。

 だが、二人にはそんな奇特な人物に心当たりがあり、そして空飛ぶ車にもまた心あたりがあった。

 

「そ、某は車のことはよく……すいません!! で、ですが、なんだか丸っこくて水色っぽい感じのものだったように思えます!」

「…………」

「たしか、一人は真っ赤な髪の童と、もう一人は眼鏡をかけておりました」

 

 恐る恐る、といった風に尋ねられた質問にシロは見た記憶を思い出してなんとか答えた。

 

 人間の作る機械を知ってはいても、その詳細に関する知識などないシロには曖昧にしか答えられなかったが、もしも彼に知識があればこう答えていただろう。

 

 トルコ石色のフォード・アングリアが空を飛んでいたと。

 

「それってハリー君たち?」

「もも、申し訳ありません。某、そのはれーなる者の顔が分かりませぬので……」

 

 重ねて尋ねた咲耶の質問だが、いくら敬愛する主の問いだとしても答えられないものは答えられない。

 

「そ、それよりサクヤ! 今年の防衛術のこと知ってるかしら!」

 

 すっかり縮こまってしまったシロに助け船を出すかのようなタイミングでハーマイオニーは話題の転換をはかった。

 

 彼女にとっても勿論、咲耶にとっても実はそんなことで流してしまっては可愛そうな目に友人があっていたりするのだが、ひとまずこの場でこの話題の提供は正しかった。

 

「防衛術!! ロックハート先生が担当なさるのよね!!!」

 

 話題に食いつく同胞がこの場には居たからだ。

 

「そうなの!! しかもハリーったらフローリシュ・アンド・ブロッツ書店で彼とツーショットの写真を撮ってもらってたの!!」

「それって書店の窓に貼ってあった広告よね! 日刊預言者新聞でも見たわ!!」

 

 いきなりの話題転換にもかかわらずあっという間にヒートアップする二人の会話。

 

「おおぅ……フィーが同士を得たぞ」

「ハーミーちゃんとフィー。すっかり仲良しさんやな」 

 

 リーシャが少したじろぐ向かい側では友人同士が親しくなったことを咲耶が微笑ましそうに見ていた。

 喧々諤々とファン同士の会話が繰り広げられていた。

 

「やっぱり先生の書じゃ『狼男との大いなる山歩き』だと思うの!」

「そうかしら。私は『ヴィーラと優雅な週末』! 想像してみて。あの方と素敵な週末をおくるなんて……」

「たしかに彼との一日なんて素敵よ。でも――――」

 

 話の内容はロックハート本人のことから今年の指定教科書の内容にもなり、なんだかお花でも飛んでいそうな勢いになっていた。

 

「なんか議論が始まったぞ」

「実は私のお母さんも彼のファンなの」

「加わりたいならお好きにどうぞ」

 

 控えめにカミングアウトしたジニーに対してクラリスが興味なさそうに返した。

 その間にもどんどんとファンの二人の会話は進んでいく。

 

 どの本のどの場面がよかった。

 あの場面でのあの魔法の使い方に痺れた。

 いや魔法だけがロックハート先生の凄さではない。本当にスゴイのはその機転だ。

 

 などなど

 

「すごいわ! 彼のことをこんなに詳しく知ってるなんて!!」

「フィリスこそ、カードナンバー100台の始めなんて! 私、去年から魔法界に来たから彼のことを知った時にはもう300を超えてたの」

 

 

 

 盛り上がる特急がその執着地点へつくまでにはまだしばらくの時間がかかりそうなことを、窓の外ののどやかな森林風景が物語っていた……

 

 

 




今回はホグワーツ特急での話ですが、思っていたよりも長くなったので、次回に少し持ち越しています。

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