春のおとずれ 【完結】   作:バルボロッサ

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ホグワーツの教師はどこかしらおかしくないといけないのか?

 轟々と吹き荒れる風。

 視界には一面に広がる白銀の世界。どころか視界を奪うホワイトアウト。

 

「くそっ! クラリス、フィー! 咲耶! セドリック!! ……くっ。誰か、いないのかっ!?」

 

 準備を万全に整えた登山者ですら命の危ぶまれそうな猛吹雪の雪山。夏用の制服にローブを羽織った程度の学生がうろつくような場所では断じてない。

 一秒ごとに命を削らんばかりの極寒の世界。 

 身に纏った洋服や普通のローブ程度では、到底防寒の役目を果たすことなどない世界。

 

「なんで――――」

 

 そこにリーシャは居た。手には杖を握りしめ、見失った友を探してもう何時間も歩き彷徨っていた。

 突然に投げ出された命の危機的な状況。

 だが、この山のどこかにいるはずなのだ。クラリス、フィリス、咲耶、セドリックたち友が、そしてともに難敵へと挑んでいた級友が。

 

 そう

 

「これがテストなんだっ!!!」

 

 学年末の試験という難敵へと挑む戦友が。

 

 

 

 第16話 ホグワーツの教師はどこかしらおかしくないといけないのか?

 

 

 

 試験を“なんとか”無事に終えたリーシャたちは夏の談話室で毛布にくるまって凍えた体を暖めていた。

 

「いやー、リオンの性格知っとったけど、あれは容赦なかったなー」

「いや、容赦ないどころかあれマジで死ぬかと思ったよ!」

 

 比較的、どころかおそらく精霊魔法に関しては学校で一番の成績をとったであろう咲耶はすでに夏のイギリスへと帰還を果たしているが、リーシャやフィリス、そして同学年で優等生クラスであるクラリスやセドリックですら、学年最後の科目、精霊魔法の試験の余波を受けてガタガタと震えていた。

 のほほんとしている咲耶に、まさに死ぬ思いをしたリーシャは涙目で訴え、クラリスもこくこくと頷いて同意を示している。フィリスもかじかんだ掌をココアを入れたマグカップで温めながら呟いた。

 

「前々から思ってたけど。スプリングフィールド先生が出鱈目な人だというのがよく分かったわ」

 

 今年から始められた新設の科目。異世界である魔法世界で主に使われている精霊魔法。その最後の試験は事前通達通り、障壁魔法が課題となった。

 授業が本格的になった当初に伝えられたから10か月以上も準備期間があり、しかも1週間前にはどの障壁が課題になるかまで通達されていたにもかかわらず、今回の試験は、その担当教員を“悪魔のようだ”と称するに十分だっただろう。

 

 精霊魔法において、防御の魔法、障壁にはいくつも種類がある。一般的な対魔障壁、対物障壁からはじまり、耐熱障壁、耐電障壁などなど。

 今回の試験に出された障壁は耐寒障壁。

 そして評価項目は『魔力の効率的運用と精神力の強化』。

 

 そこまで詳細に明かされていたにもかかわらず、実際の試験場において、その試験内容を知らされた生徒からは幾人かの開始前リタイアが出ていた。

 

 次年度の受講要件は試験を受けてA:可、以上をとること。

 不可要件は、自分の実力を見極められず、試験を受けてリタイアした者。

 試験内容は、『半日雪山で耐えること』であった。

 

「たしかに。まさか試験時間一時間が半日になるなんて……アレは精霊魔法を使う人なら誰でも作れる道具ではないんだろ?」

「うん。ダイオラマ魔法球はもともとリオンのお母様が持っとった物を譲り受けたものなんやって。今回は1時間を半日にしとったけど、いつもは1日くらいにはできるみたいやわ」

 

 セドリックは試験の内容の出鱈目さもさることながら、その試験を可能にした魔法道具にもかなりの興味を抱いていた。

 

 試験会場となった教室に持ち込まれた一つの魔法球。ダイオラマ魔法球。

 

 試験に参加した生徒は一瞬でその球の中に転移させられ、気づけば雪山、各々試験内容である耐寒障壁を展開していたものの、ほぼ全員が猛烈な吹雪に面食らったことだろう。

 

「いきなしサクヤは、てか全員バラバラに飛ばされるし。あれ障壁切れてたらどうなってたんだ?」

「一応、あのメイドのロボットたちが回収してくれるとは言ってたけど……」

「運が良ければとも言っていた」

 

 遠い過去のような雪山での回想にリーシャを始め、フィリスとクラリスも遠い目をした。

 

 一応、自分の力量を判断できずにリタイアした者は、うまく探知に引っかかれば先生が救助を向かわせるとのことだったが、幸いにも、全員が試験を“なんとか”無事にクリアしたらしいということは終了直後の凍えた耳に入ってきてはいた。

 

「まぁ何はともあれ、来年も受講する資格はできたわけだけど、来年はどうする? 正直俺は今から来年の試験内容が怖いとこがあんだけど」

 

 精霊魔法の授業は、魔法薬学などと違って現時点では履修したからといって英国魔法省などの就職に必須であったり、有利になるわけではない。そして途中受講放棄自由であり(再受講はできないが)、興味の薄い者は早々にリタイアしているのだ。

 だからこそ脱落者なしという結果になることができたが、正直、受講を継続している者は全学年でも稀だろう。

 まして今年の期末試験のことを思い返すと、2年目となった時の授業内容と試験内容は恐怖を誘うものがある。

 ルークの言葉に咲耶ですら苦笑いを浮かべた。だが、来年の話が出たことでふと咲耶は懸念ができてしまい、口元に指をあてた。

 

「んー、でも来年もリオン居るんかな?」

「え? スプリングフィールド先生、来年は居なくなるの?」

 

 咲耶の言葉にリーシャが意外そうに声を上げた。

 ホグワーツにおいて教師の退職は珍しい事ではない。というよりも毎年のことではあるが、流石に新設の科目の教師が辞めることはないだろうと考えもしなかった。

 

「リオン実はああ見えて結構忙しいらしいんよ。できれば居ってほしいんやけどなー」

 

 一体どれほどの人数が咲耶の意見に賛同してくれるかは、おそらく本人には言えないだろうことは、引きつった顔のルークやフィリスから推して知ることができるだろう。

 

「やー、実技中心だったのは良かったけど、正直もう少し、なんつーかこう」

「魔法世界の話とか聞きたかったわね」

「そう、それ!」

 

 今年1年間を思い返してリーシャとフィリスが新科目の不満点を述べた。

 実技が好きで座学が苦手なリーシャといえど、異世界・魔法世界というものには興味があった。

 だが、今年の授業内容はほとんど魔法世界ではどのような魔法が使われているかと、その実技が主体となっていたのだ。

 もう少し話が聞きたいと思うことも無理からぬことだろう。

 

「うーん。魔法世界ていろいろと複雑でなぁ。今年はとりあえず紹介みたいなもんやったと思うんやけど」

「紹介、ね……」

 

 難しい顔をしている咲耶の言葉に、フィリスなどは顔を引き攣らせていた。

 あれだけ実技重視の内容で紹介もあったものではない。あれで紹介ならば一体本番はなにをさせられることやら。

 

 ちなみに講義内容の偏りはたしかに咲耶も気にかかっていた。

 今年はあまりに魔法の実技内容に特化しすぎている。それは一つにはリオンがあまり魔法世界の国、メガロメセンブリアと仲が良くないということもどこかにあるだろうと思っていた。

 

 

 咲耶が知っていながらも思い至っていない事だが、本当に大きな理由として今の世情が難しいということがある。

 

 “ある計画のために”なるべく早く魔法世界と旧世界の魔法族との友誼を深めておきたい。

 だが、旧世界の魔法族の騒乱をそのままひろげられては困るのだ。

 かつて、日本においては魔法世界側の東の魔法協会と旧来の西の呪術協会が反目し合ったことがある。

 今まで英国魔法界が新旧の魔法族の衝突がなかったのは、互いに領分を別っていたからだ。

 しかも旧世界の魔法族は、その中で激しい内乱を起こしてもいた。

 新世界の中でも争いはあったが、それは新世界という仕組み上、避けられないことだったのだ。

 だが、それでも英雄という御旗のもとに和解し一応の安定を保っている。

 旧世界の魔法族も一応の安定は保っているが、それでも魔法族と非魔法族の差別意識は根深い。

 英国魔法省が新世界側の魔法族の干渉を面子から嫌っているというのもあるが、それがなくとも今の状況で急激に融和したとしても、おそらく差別意識が増えて混乱が広がるだけだろう。 

 それゆえに今年はあくまでも実技を中心に新世界の魔法を紹介するのに留め、本当に新世界に興味のある人材に魔法世界についてを教えていくという方針をとっているのだ。

 

「みんなは精霊魔法の授業、来年どないするん?」

 

 今年はかなり楽しそうに受けてくれてはいたが、果たして来年もこの友人たちは受けてくれるのだろうか。

 気遣うような咲耶の問いに一同は顔を見合わせてからくすりと笑った。そして代表するようにリーシャが口を開く。

 

「もちろんとるって! 試験はきつかったけどさ。なんか今まで受けた中で一番実戦魔法って感じがしたし」

「まぁなー。呪文学とか変身術とかも実技はあるけど、一番実戦で使いそうな防衛術があれだし。試験は怖いけど、身を守るための術って感じじゃスプリングフィールド先生の授業が今までで一番やりがいあったしな」

 

 リーシャの言葉を継いでルークも明るい調子で言った。

 ここ10年ほど、英国魔法界は比較的安定しているとはいえ、それでも闇の勢力による恐怖は色濃く残っている。

 そのために自身の身を守る術はきっちり学んでおきたいというのが大半の生徒の総意ではあるのだが、あいにくとホグワーツにおいてそれは中々に難しい。

 実技を主体とする科目にはルークが上げた呪文学や変身術。そして中心的な役割を果たすはずの闇の魔術に対する防衛術があるのだが、毎年教師が変わり、しかも近年ではなり手不足のためかまともに実践できていないのが現状だ。

 ゆえに多少強引な感が強すぎる(・・・・)ものの、しっかりと防衛方法を指導したスプリングフィールド先生の授業は、最後まで残った生徒には好評だ。

 

「そうだね。精霊魔法を受けた感じだと、こっちの魔法はあまり防御魔法がしっかりしてないみたいに感じたし、それを抜きにしてもやっぱり英国以外の魔法に目を向けるのは悪い事じゃないと思う」

「さっすがセドリック! いい事言う。よくわかんねーけど!」

「あのねぇ、リーシャ……」

 

 セドリックの言葉にリーシャがばしばしと肩を叩きながら褒めた。

 ホグワーツでの魔法では相手にかける魔法こそ豊富にあるが、守るための防御魔法が限られている。セドリックがそう感じたのはやはり未だに盾の呪文を習っていないこともあるだろうが、スプリングフィールド先生が守りを重視した教えを行ったことも理由だろう。

 

 セドリックの感じたこと、そして外に目を向けるというのは、英国魔法省のような土着の魔法族ではなかなかに難しい考え方で、だがそれこそが、咲耶やリオンがここに来た意義でもあるのだ。

 言葉では分かっていなさそうで、それでもしっかりと解っているリーシャの様子に、フィリスはなんともいいがたい表情で額を抑えている。

 

「えへへ」

「ん? どうしたサクヤ?」

 

 そんな友人たちの様子に、咲耶は嬉しそうに頬を緩ませた。

 その様子にリーシャが肩をたたく手を止めて振り向いた。

 

「ウチ、ハッフルパフに入れて良かったな~、思って」

 

 何人もの友達ができた。

 

 忙しく世界を駆け巡り続ける母やその親友たち。呪術協会の長としてこの変換期の激務をこなす祖父。みんなのために、自分も何かがしたかった。

 これから変わっていく世界のために。砂上に築き上げられたほどに脆く危うい魔法世界と、そこに生きる大勢の人のために。

 まだ出来ることなんてほとんどなくて、それでも何かしたくて選んだホグワーツへの留学。

 そこで、ちゃんと魔法世界に関心を向けてくる友と出会えたことはがうれしい。

 

 寮が異なるために、あまり話すことができなかった友人や、まだ親しく慣れていない寮生もいるが、それでもリーシャたちと一緒の寮になれたことが、咲耶は本当によかったと思えたのだ。 

 

 一瞬、サクヤ笑顔に見惚れて呆気にとられたリーシャたちだが、思いついたように手をうった。

 

「そうだ! サクヤ、夏休みはどうするんだ?」

「? 夏休みは実家に帰るんやけど……」

 

 問いかけは学期が終わり、いよいよ楽しみが間近となった夏休みのこと。

 冬期休暇は日程の関係もあり、ホグワーツに残った咲耶だが、寮が閉まる夏季休暇では流石に帰国する。 

 

「よかったらさ。夏休みの最後、私の家に来ねえ?」

「リーシャの家?」

 

 ちょっと照れたように言葉を続けるリーシャに、咲耶は小首を傾げた。

 

「ほらサクヤも来年の準備とかで新学期はじまるより早くに来るんだろ? そのときにさ!」

「! リーシャのとこ行ってええの!?」

 

 友達とのお泊り会。

 今では寮で生活しているとはいえ、それは咲耶にとってわくわくと嬉しさとを湧き立たせるものだったようで、瞳をきらきらと輝かせて期待に満ちた瞳を向けた。

 尻尾があればぶんぶんと振っていそうな様子の咲耶にリーシャは嬉しそうに笑い返し、フィリスは微笑ましげな視線を向けた。

 

「去年はどうしてたのサクヤ?」

「去年はお母様の知り合いでリオンの親戚の人のとこにホームステイさせてもらったんよ。今年もお願いしよか思ってたんやけど……」

 

 ホグワーツの学用品は基本的にロンドン、ダイアゴン横丁で揃えることとなる。

 学用品をそろえることができない都合があれば、学校側が援助することもあるが、咲耶の場合は、日本からロンドンまでやってくる必要がある。

 これからの生活にどきどきしながらネカネ・スプリングフィールドの家にホームステイしていた昨年と同様、今年もお願いしようと思っていたところだ。

 ネカネは寂しがるかもしれないが、それでも人生初めてとなる友人宅へのお泊りの誘いとなれば、胸躍らずにはいられないだろう。

 

「んじゃ。買い物とか一緒に行こうぜ! サクヤとクラリス、フィーの日程で合わせてさ!」

「そうね。サクヤ、手紙とか送りたいんだけど、ふくろう便は大丈夫? もしなんだったらこっちから送ったふくろうに送り返してくれれば……っと、その前にニホンまで届くのかしら?」

 

 比較的時間の都合がつけやすいリーシャとフィリスが都合を合わせる旨を告げた。

 だが、一つならず問題があった。

 連絡方法。

 編入のやりとりをしたのだろうから、何らかの連絡手段はあるのだろうが果たしてそれが自分たちにも使える方法なのか分からない。

 特に、こちらの流儀に疎い咲耶が生粋の魔法族であるリーシャへの連絡方法、“ふくろう便”を持ち合わせているかは正直微妙だ。

 しかも、リーシャの、正確にはリーシャの家のふくろうが、遠く日本まで手紙を運んでくれるのかも、かなり疑問だ。

 

「それやったら、多分なんとかなると思うわ」

 

 それに対して、咲耶は連絡の心当たりがあった。たしかにふくろうはないがその代りはなんとかなりそう。

 それはクリスマスの時に、実家やネカネからプレゼントが運ばれてきたことからもそう思っている。

 

「あ。なんだったら電話あるけど、サクヤのとこ通じるのかしら?」

「うん。大丈夫」

「ん? デンワ?」

 

 ただ、やはり長距離すぎて心配なのかフィリスはふくろう便ではない連絡手段の可否を尋ねた。

 フィリスと咲耶のやりとりが分からないのかリーシャが首を傾げた。

 

「マグルの機械よ。私のとこはお母さんがマグルだから。まあ、ホグワーツにはかけられないんだけどね。クラリスにはいつも通りふくろう便で送るわね」

 

 クラリスがこくんと頷き了承の意を示した。

 そしてそんな4人のやりとりを微笑ましげに見ているセドリック。そんな友人を傍で見ていたルークは、他のメンバーに聞こえないように軽くため息をつくと明るい声で割って入った。

 

「なぁなぁ! それ、俺とセドも一緒でいい?」

「うぇっ!? セドリックたちもうちに来るの!?」

 

 ルークの言葉にリーシャが目を丸くして反応し、セドリックはぎょっとしたようにルームメイトを見た。

 

「そっちじゃなくて買い物。なんか楽しそうだし。なっ、セド? サクヤはどう?」

「うん。ウチはええよ~。みんなで一緒の方が楽しいし」

 

 一番切り崩しやすいと読んだのか、ルークは咲耶に確認をとった。咲耶は咲耶で特に不満はないのだろう、ほわほわとした調子で同意した。

 最も切り崩しやすく、そして影響力の大きい咲耶の同意を得たルークは確認するようにフィリスたちにも視線を巡らした。

 

「いいんじゃない? クラリスはどう?」

「……いい」

 

 いろんな方向に思惑が向かってるなーと思いつつも、フィリスも特に否定することなくクラリスに確認をとった。

 咲耶を除けば、一番都合がつけにくそうなのが彼女であるが、だからこそ咲耶と一緒に居られるのなら、多少のおまけがついても構わないといったところだろう。

 

「うっ。まあみんながいいならいいか」

「だってよ、セド!」

「ルーク……それじゃあ僕らもよろしくお願いするよ」

 

 もともと拒否する理由があったわけではないのだが、なんとなく反抗の声をあげたかっただけなのかもしれない。3人が同意したことでリーシャも頷いた。

 女子陣から許可をもらったルークはどんとセドリックの背中を叩き、セドリックは苦笑した。

 

「そしたら、ウチ。リオン、センセに来年どうするんか聞いてくるな!」

「はいはい。気をつけて行ってくるのよ」

 

 気分は最早お姉さんといったところなのか、嬉しそうに駆けだした咲耶を見送ってフィリスが声をかけた。

 

 一応、咲耶は留学生であると同時に日本の呪術協会の長の孫娘、VIPでもあるのだ。異国にあって保護者の裁可はたしかに必要だろう。

 

 ただそこで少し心配なことがあった。

 

「……なぁ。もしかして、スプリングフィールド先生も来るのか?」

「……さぁ?」

 

 ルークの問いに、リーシャを始め、まだまだ先のことを予想できるものなどいはしなかった。

 

 

 

 

 咲耶は今、とても気分がよかった。

 試験が無事に終わったという事もあるが、夏休みにとても楽しみなことができたからだ。

 友達とみんなでお買いもの。そればかりか、大切な友達の家にお泊りの約束までできたのだ。

 家の許可が下りるかは心配事ではあるが、それはなんとかなりそうな気がした。

 あとは、もう一つの心配事。希望と言ってもいいかもしれない。

 まだ来年もリオンと一緒にいることができるのか。それを確かめに行くのだ。

 

 足取り軽く廊下を進む、その背に

 

「コノエ君!」

 

 声がかけられた。

 

 彼女は気付かないだろう。そこに悪意が満ちていることなどには。

 

 

 

 ・・・・

 

 

 

 

 “彼”には幾つかの懸念材料があった。

 

 まず第一にして最大の懸念は、このホグワーツ魔法魔術学校の学校長にして、英国においては偉大なる魔法使いと称されている魔法使い。アルバス・ダンブルドア。

 あの男が学校内に居ては不用意な真似はそうそうできない。今までに何度か行動を起こしはしたものの、だからこそ、最早これ以上やつの目に留まるような動きはできないだろう。

 だが、それに関してはすでに手は打った。

 今頃届いているだろう手紙によって、すでにやつはここから居なくなっている。ことが起こった後で気付き舞い戻ったとしても、最早その時には用をなし終えた後だろう。

 

 二つ目はセブルス・スネイプ。

 忌々しい蝙蝠のような男は主に忠節を誓った身でありながら、ダンブルドアの軍門に降り、飼われている。

 今までに打った手の幾つかは、あの男のせいで防がれたと言ってもいい。

 だが、やつも今に知ることだろう。

 如何にやつが粋がろうと、“主と共にある”私に本当に抗うことができようはずもないのだ。

 庇護者であるダンブルドアが去ったあとでは、奴にできるのはせいぜい蝙蝠のように足場を変え、本来の主であるあの御方に無様に許しを請うくらいだ。

 

 三つ目はハリー・ポッター。

 先の二つ比べれば、天秤にかけるまでもなく矮小でとるに足らない障害だ。無知で浅慮。魔法力などあって無いに等しい子供。

 だが、奴には何かがある。

 卿の力を打ち砕いた何かが……卿ですら知らぬ、おそるべき何かが。

 

 そして、もう一つ。

 懸念……となるかどうかは判別がつかない男。リオン・M・スプリングフィールド。

 魔法世界の魔法使い。主曰く、“闇の匂いのする”魔法使い。そう、奴はダンブルドア側の魔法使いでは決してないはずなのだ。

 なにより、主の推測が正しければ……M……マクダウェル(魔法世界の禁忌)だというのならば、奴は…………

 

 だが、そんな懸念を解消する術はある。

 日本呪術協会の孫娘、サクヤ・コノエ。

 あの男はどうもこの愚かな少女に肩入れしているらしい。だとすれば、コノエを上手く手駒(・・)にすればマクダウェルの牽制になる、どころか英国を遠く離れたニホンの呪術協会に対しても大きなアドバンテージを得ることができる。

 

 

「コノエ君!」

「はい?」

 

 いつもであれば同じ寮の生徒と行動を共にしているのだが、都合よく今日という日に一人で行動しているとうのは望外の幸運と言うほかないだろう。

 

 どこかへ行こうとしていたのか、だが、声をかけると疑うことなど知らないかのような愚かそうな顔を振り向かせた。

 足を止めた彼女に近づきつつ、周囲に人が居ないことを再度確かめた。

 

 杖を握り手が知らず力を強める。

 これが上手く行けば、主の復活の障害を取り除くと同時に、大きな飛躍のための一歩になる。

 

 ――服従せよ(インぺリオ)――

 

 そう唱えれば

 

「咲耶」

 

 いいはずだった。

 だが、後ろから発せられた声に体の血が凍えたようにざっと熱を失った。

 

「あ! リオン! センセ」

 

 果たして共にある主は“これ”に気づいていたのだろうか。

 

 目の前の少女は、死神のような男が現れたことで浮かれたような笑顔を浮かべているが、後ろの男は一体どのような顔を浮かべているのか。

 振り向くことができない。

 

「なにをやっている」

「夏休みどうするんかなーって。あと、リオンセンセが来年も居るか聞きに行こうと思って」

 

 質問の向かった先は少女の筈だ。

 だが、詰問するようなそれはまるで私へと向かっているように思えた。

 

 いや、その前に。

 いつからこの男はここに居た?

 

 この学校内では“姿現し”はできないはず。

 だとすれば少女が偶然ここを一人で通りかかったのと同じように、この男もここに居たとでもいうのか。

 そんなはずはない。

 先程、確認した時には間違いなく居なかった。なぜなら

 

「ふん。それで。クィリナス・クィレルはそいつにどういった要件だ?」

 

 リオン・スプリングフィールドが現れたその場所は、先程まで自分(・・)が居たところなのだから。

 この男は影から出てきた(・・・・・・・)とでもいうのだろうか

 

 ぞくりとするほどに冷たい視線を向けられて防衛術教師であるクィリナス・クィレルはびくりと身を震わせた。

 

「あ、い、いえ。コ、コノエさん。い、一年が終わりましたが、りゅ、留学生活は、ど、どうでしたか?」

「はい! 友達とかに気使ってもろて、ホントに助かりました!」

 

 これでもかつては研究者として魔法には詳しいつもりだ。

 勿論それはこちらの世界の魔法についてだが……“これ”が異世界の魔法使いの力の一端だとでもいうことか。

 

 未知の魔法に対する畏怖もさることながら、底の知れない闇のようなものを感じ取った。

 まるで、あの“闇の帝王”と初めて相対したときのように……いや、もしかすると…………

 

「そ、そうですか。留学生は、あ、あまりいませんから。よよ、よく過ごせたのなら、そ、それでいいのです」

 

 

 

 

 にこやかに笑う近衛咲耶と不敵に微笑むリオン・M・スプリングフィールド。

 二人の魔法使いを避けるようにクィレルは足早に去って行った。妙にそそくさとしたその後ろ姿を咲耶は首を傾げて見送り、リオンは冷めた目で見ていた。

 

「咲耶」

「?」 

 

 呼びかけに咲耶は振り向き、目の前に指が大写しとなっている光景を見た。

 

「へぶっ! !!??」

 

 不思議がる間もなく、本人にとっては軽~く力を込められた親指と中指が解き放たれて中指が咲耶の額を打った。

 リオンにとっては軽くでも咲耶にとってそうとも限らない。いきなりの衝撃に咲耶は頭を仰け反らせ、赤くなった額を抑えながら涙目をリオンに向けた。

 

「いらん心配するな。ジジイの方からも何も言われてないからまだやることになる。辞める時はお前に伝わらんわけがないだろう」

 

 告げている言葉が、先程の自分の懸念。

 リオンが来年には教師を辞めるのではないかという事に対する否定の意を含めた答えだということに気づいた。

 

「そっか……そやね!」 

 

 もしかしたら、それは迷惑をかけているのかもしれない。

 

 魔法界でも指折りの使い手である彼を、魔法学校に興味などない彼をここに縛り付けているのは、自分だろう。

 それは分かっている。

 

 例え魔法世界で彼を嫌う者がたくさんいたとしても、それでもネギやアスナ、多くの人たちの目的のためには彼の力は大きな役に立つ。

 

 分かって、だから、申し訳ないと思いつつも、嬉しいなどと思ってしまうのだ。

 

 “何が理由であろうとも”彼が自分を選んでくれるという事なのだから。

 

 

「ところでなんでウチデコピンされたん?」

「さあな」

 

 

 


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