「――――鍋がしっかり冷めたら、硬くなるまで泡立てるっと……」
足元で小さく大きな瞳の屋敷しもべ妖精が興味深げに、あるいは手伝いたそうに屯している中、咲耶は鍋の様子を見ながらかき混ぜていた。
「よっと……うん、ええ感じや」
鍋の中身が泡立ち、軽く角が立つほどの固さになったのを確認した咲耶は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。
そして、すでに焼き上がり十分に冷ましてある茶色い物体を小分けしたカップを用意した。
慎重な手つきでさらにいくつかの行程を経て、最後に丸口金の付いた絞り袋から先程の泡立てたものをカップに絞り出した。
そして
「できた! かんせーや!」
渾身の出来のチョコケーキが完成した。
本日は2/14。バレンタインと世の中では呼ばれている日である。咲耶は親しくなったグリフィンドールのフレッドとウィーズリーからキッチンの場所を聞き、やって来ていた。
「みんなも使わせてくれておおきにな」
本来ならば自分たちの働き場である台所を使用されていたホグワーツ台所係の屋敷しもべ妖精たちは、一仕事終えた咲耶からかけられた言葉に、キーキーと鳴くような声で礼に答えた。
そして片づけを始めようとした咲耶から汚れたキッチン用具を奪い取るようにして自分たちの仕事に戻った。
第14話 魔法先生は甘いものが好き!?
「朝から見ないと思ったら、これ作ってたの?」
「えへへ。いつもお世話になってます」
今日は週末で授業はない。
だが、朝食後に忽然と姿を消していた咲耶が戻ってきた時、その手には箱に入ったカップケーキがあり、フィリスは感心したような顔で咲耶を見た。
「くれんの!? すっげー、おいしそー! でもなんでチョコケーキ?」
「今日はバレンタイン。ニホンだと女子がチョコを上げるらしい。でも普通は好きな男子に上げるはず?」
カップケーキは丁寧な細工で彩られたチョコモンブラン。美味しそうなそれにリーシャは嬉しそうな声をあげ、ただなんでお菓子を作ってきたのか分からず首を傾げた。それに対してクラリスは、趣味の読書で得た知識から該当するだろう理由を上げた。
「友チョコ言うて、日本でも結構、女の子にも上げたりするんよ。みんなにはようお世話になっとるから」
「凝ってるわね~。お店で売ってるって言われても信じるわよ、これ」
「おお! すっごいウマい!」
フィリスは同性の女子として咲耶の料理の、お菓子作りのスキルの高さに感心してカップをしげしげと眺め、リーシャは口にしたそのケーキの美味しさに感激している。
「どかな、クラリス?」
「美味しい。サクヤは良いお嫁さんになる」
もそもそと小さな口でケーキを食べているクラリスにも感想を尋ね、笑顔をむけると、クラリスは少しだけ微笑を浮かべて率直な感想を口にした。
「おおきにな、クラリス」
「それで、肝心の本命は用意してるの、サクヤ?」
クラリスの賛辞に咲耶は嬉しそうな表情となり、軽くスルーされそうなワードを拾うためにフィリスは用意されているだろう別物について問いかけた。
「うん。こっちがリオン用。この後届けに行くんよ」
「あぁ~、そう……」
フィリスの問いに、咲耶は丁寧にラッピングされた別物を取り出して笑顔で答えた。問うてもいない個人名までご丁寧に出して。
嬉しそうに言う咲耶から視線を外し、ちらりと聞き耳をたてている男子に眼をやれば、なんだかがっくりきている優等生と慰めているルームメイトが見えた気がした。
「スプリングフィールド先生って、こういうの食べるのか?」
カップケーキを食べ終えたリーシャはペロリと指先に付いたチョコを舐めとり、話題に出ている無愛想な先生を思い浮かべた。
正直、あの先生が甘いものを喜んで食べている姿は、スリザリンの寮監が食べているのと同じくらい想像ができない。
「リオン、結構甘いもん好きなんよ。紅茶と一緒に出すとなおよし」
「へぇ。意外ね……ちなみにサクヤ。他の男子にあげる予定はないの?」
フィリスにとっても予想外だったが、リオンは意外と菓子を好む。
特に歴史ある銘菓や情緒ある物を好む傾向にあり、咲耶は知らぬことだが、ホグワーツに来るきっかけとなった対談においても菓子は絶大な役目を果たしていたりする。
意外に思ったフィリスだが、それではあまりに直球すぎて面白みがない。少しの好奇心で問いかけた脳裏には数人の候補が思い浮かんではいた。
「セドリック君とかルーク君とか、お世話になった人らにも配る予定やで?」
「ふーん。マメだねぇ、サクヤ。フツーはカードとかなのに」
「サクヤらしいけどね。それじゃあまずは本命チョコから渡しに行く?」
小首を傾げて無邪気に言い返した咲耶にリーシャは感心したように言った。
「うん!」
フィリスの呆れたような、少しからかい混じりの問いかけに咲耶は無邪気に嬉しそうに頷いた。
時間的なお手軽さを優先するならば、同じ寮内にいたセドリックたちに先に義理チョコを渡すべきだったろうが、やはり本命チョコを先に渡したいと思ってのことだろう。咲耶はリオンの部屋を訪れた。ついでにリーシャやクラリス、フィリスまでついて来たのはご愛嬌と言ったところか。
・・・
部屋を訪れ、ノックをした咲耶。扉が開くと、そこにはまだ午前中だからか、やや眠そうな金髪のリオンが出迎えた。
「なんだ?」
「えへへ。チョコです」
睥睨して見下ろすリオンとにこにこ顔で見上げる咲耶。
傍で見ているリーシャたちにはどう見ても良好な関係には見えず、また歓迎しているようには見えないのだが……
「……はぁ。分かった。入れ、茶くらい淹れてやる。貴様らも。授業に関する質問あるなら聞いてやる」
甘いモノと共にやってきたせいか、素っ気ない授業時の態度とは異なり正月の時同様に咲耶の友人も招き入れるように声をかけられた。そのことにリーシャとフィリスは顔を近づけてひそひそと話をした。
「おぉ、たしかになんかいつもと対応が違う?」
「いや、でもここは邪魔しちゃ悪いんじゃ……」
咲耶が慕っているらしい魔法先生の私室。二人の関係と進展があるかもしれないというイベントに興味がないと言えば、嘘になるが、せっかくのバレンタインなのだ。咲耶の邪魔になるのも気が引けてごにょごにょと話す二人。
「なにやってる」
「なにしとるん?」
「失礼します」
だが、そんな二人の様子にリオンは呆れたように、咲耶は不思議そうに、そしてクラリスはまったく気にせずに扉をくぐった。
「って、クラリス!」「へへ、それじゃあ失礼しますっと」
マイペース、というよりも咲耶の居る所なら関係ない、と言わんばかりのクラリスの行動にフィリスは唖然とし、リーシャは遠慮気味な笑みを浮かべてそれに続いた。
「うわぁ……なんか、この前来た時より、本が増えてますね」
すでに2月の半ばほどまできているだけあって流石に室内の内装は正月の異界から普通の研究室へと戻っていた。ただ、研究中だったのか少々乱雑になり気味で、棚だけでなく、読み調べていたのだろう本が机の上にまで散らばっていた。
本好きのクラリスが好奇心にひかれて机に出しっぱなしにしてある本の一つを覗き込んだ。
「……? サクヤ、これニホン語?」
だがすぐに首を傾げることとなった。覗きこんだ開きっぱなしになっていた本の文字は慣れ親しんだアルファベッドではなかったのだ。
指さしながら尋ねてきたクラリスに、咲耶が開いているページを見失わないようにしてから背表紙を見て、リーシャたちも横からのぞき込んだ。
「? なんやれろこれ。多分。漢、字?」
だが、タイトルを見ようとした咲耶も首を傾げることとなり、いわんやリーシャたちはぽかんとした顔になった。
咲耶にとってはなんとなくタイトルに見覚えのあるような感じの輪郭の文字が描かれているのだが、いかんせん文字が崩れすぎていて判別できない。
「リオン。なんなんこれ?」
「あん? ……ああ。“キキ”の写し本だ」
「“キキ”?」
「手慰みに読んでただけだ。ほら準備できたからそこらに適当に座ってろ」
咲耶が見せてきた本を見て、あっさりとそう答えたリオンは本を没収すると畳んで適当そうに机の本の山の上に置いた。
問いかけられた時。ほんの一瞬だけ眉を顰めるような顔色になったことに、リオンを睨んでいたクラリスだけが気づいた。ただそれがなんなのかを問う前にリオンの命を受けたメイドがお茶の用意をするために机の上にカップなどのティーセットを置き始めた。
並べられた茶器はぶつければ容易く割れてしまいそうな、そして割ってしまうとどれほどの損失なのか気になる程の白磁の陶器。意匠の美しいそのカップに目を惹かれ意識はそちらにシフトしていった。
茶会の用意が完了したテーブルを囲んで椅子に座る教師と4人の女生徒。
その中で自らの想いを込めたチョコを手渡した少女はじっとそのチョコが口元に運ばれるのを見つめていた。
「……うまい」
呟くように一言。リオンの口から聞こえた瞬間、咲耶の顔がぱぁ! と明るく華やぎ、それを見ていたリーシャたちも嬉しそうに微笑んだ。
事前に自分たちが食べていたものでさえ十分に美味しかったのだ。本人曰く“本命”が美味しくないはずはないのだが性格が掴みにくいこの教師がどのような反応を示すかは正直リーシャたちにもドキドキだったのだ。
リオンは嬉しそうに友人と笑顔を向け合っている咲耶を少し懐かしむような眼差しで見て、そっと頭に手を伸ばした。
「料理の腕前。ちょっと見ない間にえらく達者になったな」
「えへへ」
小さな子供にするように頭を撫でると咲耶もまた昔の感触を思い出してか嬉しそうに微笑んだ。
まるで仲の良い兄妹のようにも見える二人のやりとりに以前ちらりと咲耶に聞いたことを思い出してフィリスが尋ねた。
「スプリングフィールド先生って、サクヤと小さい頃から一緒なんですよね?」
スプリングフィールド先生が咲耶の祖父や母と知り合いでその縁で咲耶とも親しかったとうのは本人に聞いたところであり、彼女の方は彼をどう思っているのかよく分かるのだが、彼の方はどうなのだろうか。フィリスだけでなくクラリスとリーシャも興味深そうにリオンの返事に耳を傾けた。
「時々呪術協会、こいつの実家に用事があったんでな」
「そのころのサクヤってどんなだったんですか?」
リオンが答え、追加の質問にピクリとカップに伸ばそうとしたリオンの腕が止まった。
リオンがじっと咲耶を見つめ、咲耶は小首を傾げてリオンを見返した。
何と答えるのか期待のこもった眼差しを向ける中、
「……今と変わらんな」
やや間を置いて出てきた答えにリーシャたちはがくりとなった。
「今と同じで頭の上にお花畑を咲かせたようなまんまだ」
「むぅ~」
余裕ある感じで告げられた言葉に咲耶はぷくぅと頬を膨らませて面白くなさそうにリオンを見た。
未だ幼さの残るその姿にリオンはふっと笑みを漏らした。
この少女はずっと変わらない。
あの頃と同じように自分を見上げてくる。
その存在自体が許されないと呪われ続けた
むくれた咲耶だが、それでも自分の作ったチョコを美味しいと言ってもらえ、そして菓子作りの腕前が上達したと褒められたことは嬉しかったのか、不機嫌さは持続することなく室内ではほのぼのとしたお茶会が開かれた。
メイドが淹れてきた紅茶をゆったりと楽しみながら、せっかくなのでクラリスたちはリオンに質問をぶつけていた。
「先生って、ちょくちょく髪の色変わってますよね。七変化なんですか?」
「七変化?」
「自分の外見を自在に変えられる能力。特に髪の色なんかが変化しやすいらしい」
リーシャの質問に、分からない単語がでてきて咲耶が首を傾げると、クラリスが補足するように説明を入れた。
これまでに見たところでは、明るい赤毛であったり赤と金が交じりあったようなジンジャー、かと思えば見事な金髪の時もあり、その時々で印象がひどく変わる人物であるのだ。
「能力、というよりも体質だ。魔力が変質しやすくてな。それに引きずられて髪の色も変わるんだよ」
「魔力が変質する?」
紅茶を口元に運びながら答えるリオン。その答えにクラリスをはじめリーシャとフィリスも首を傾げ、視ていないところで咲耶がどきりとした感じになっていたりする。
「授業で属性の話はしたな。俺の場合、雷と氷をメインに扱うが、この二つはイコールじゃない。日によって得意な方が変わるんだよ」
「へー。それって精霊魔法を使う人にはよくあるんですか?」
咲耶にしろリオンにしろ、特異な属性が複数あるのだが、咲耶からは“得意”な属性が変わるなどという話は聞いていない。
「いいや。ほとんど俺の特異体質みたいなものだ」
「日によって性質が変わったりしたら、大変じゃないですか?」
「慣れだな。それに変化するといっても大本は変わらん。土台の上にある属性が少し変わるくらいなもんだ」
精霊魔法の使い手特有のモノなのかと尋ねたリーシャにリオンはそれを否定して答えた。
あっさりとした口調で答えたが、日によって得意なものが変わるというのはあまり安定したものとは言えまい。続くフィリスの質問に答えるリオン。その答えは言外に昔は苦労したということでもあるのだが、今は特に不満がないということでもあるのだろう。
その“土台”の属性に関して少し困った思い出があるだけに咲耶は少しドキッとしてリオンの様子を伺ったが、今はそれ以上言うつもりがないようだ。そしてリオンの答えにとりあえず満足したのかリーシャたちもそれ以上、リオンの属性には質問を続けなかった。
「そう言えばもうじきクィディッチとやらの2試合目があったな」
「! 先生も興味湧いて来たんですか!!」
話題を転換させたリオン。
その話題の矛先が自らのテリトリーであり、チームでもあるクィディッチのこととあってリーシャが身を乗り出して反応した。
「自分でやる気にはならんがな」
「先生スニッチ見つけるの早かったし、結構上手そうなんだけどな~」
魔法世界にクィディッチがないことを残念に思っていただけに、リーシャとしては魔法世界にクィディッチ熱を巻き起こしたいのかもしれない。勿体なさそうに言うリーシャに咲耶やフィリスたちはくすくすと笑った。
「ふん。次は“英雄”との対戦だったな?」
「あ、はい。一勝同士、グリフィンドールとの対戦です」
リオンは見るのはやぶさかではないがやはりクィディッチをやる気はないのだろう。どちらかというと対戦相手の方に若干の興味があるようで、リオンの問いかけにフィリスが答えた。
クィディッチ寮対抗杯。現在の戦績は期待のルーキー、ハリー・ポッターの活躍で勝利したグリフィンドールとチーム一丸のプレーにより僅差の接戦を制したハッフルパフが一勝ずつ。前年度の優勝チームであるスリザリンがレイブンクローとともにまさかの一敗。
勝てば優勝はほぼ目前だろう。
「前の試合を見る限りじゃ、ハリー・ポッターが上手いか下手か分かんないんで、楽しみです!!」
心底心待ちにしているリーシャ。
前回のグリフィンドール対スリザリンの試合。全校生徒が注目したハリー・ポッターの箒捌きは、残念ながら途中で箒が制御を離れるという謎の事件が発生し、よくわからないままに終わった。
だからこそ、今度の試合こそ、“あの”クィディッチ狂いのマクゴナガル先生を認めさせたというハリー・ポッターのシーカーとしての腕前を見られることが楽しみなのだろう。
「でもこの前みたいなことにならないか心配ね。結局、箒のことは理由が分からなかったみたいだし。落ちたりしないでよ、リーシャ」
やる気満々なリーシャだが、その友人の様子がフィリスは若干心配なのだろう。
結局件の箒の暴走事件の理由は定かでなかったことも大きい。
「大丈夫だって。ですよね?」
フィリスの心配にリーシャはカラッとした笑顔を浮かべて答え、確認するようにリオンの方を向いた。
たしかに競技中の箒の暴走は恐ろしいが、前回の試合の際に、安全措置はあるんだろうというスプリングフィールド先生の予想を覚えていたのだろう。
「まっ、死ぬことはないんだろ。それに
それに対してリオンは安心させるようにも不安を煽るようにも聞こえる言葉を返した。
少なくともハッフルパフの選手に“偶然ではない”事故が起きることはないだろう。
加えて“相手”も馬鹿ではないだろうから、同じような嫌がらせは仕掛けてこないだろうし、“英雄”の監視者も何かしら対策を講じるだろうことは予想がつく。
どこぞの蝙蝠に告げた手前、“英雄”には手を出すつもりはなかった。
それが“どちら”にしても。
リオンが関心のあるものに手を出さない限りは。
・・・
ほぼすべての生徒を熱狂させる魔法界の人気スポーツ、クィディッチ。その第2節。
「頑張れ~! リーシャ! セドリック君!」
「噂の一年生シーカーとの初対戦ね。頑張ってよ、セドリック」
グリフィンドール対ハッフルパフの試合が今、始まろうとしている。
赤を基調としたユニフォームのグリフィンドールと黄色と黒のハッフルパフの選手がそれぞれの愛箒に跨って空を翔け、咲耶たちは友人に声援を送っていた。
いつもであれば適度にパフォーマンスをした後、審判のマダム・フーチの合図で開始位置へとつくのだが、今日の試合場ではわずかに様相を異にしていた。
「……審判がスネイプ先生」
「珍しいわね、マダム・フーチ以外の人が審判なんて。ダンブルドア校長も見に来てるようだし」
クラリスの言葉にフィリスが意外そうに呟いた。
いつもとの決定的な違い。
今日はなぜか審判として競技場に浮かんでいるのがスリザリンの寮監にして魔法薬学の教授であるセブルス・スネイプであったのだ。しかも観客席には前回は姿を見せなかったダンブルドア校長の姿まであった。
スネイプ先生が苦手なリーシャを始め、セドリックを含めたハッフルパフの選手みんなもいつもよりやりにくそうな面持ちをしているが、どちらかというとグリフィンドールの方が眉根を寄せた顔をしていた。
伝統的に ――それこそ創始者にまつわる頃から―― スリザリンとグリフィンドールは仲が悪い。特にスリザリンは排他的な性質が強く、大らかな性格を寮の特徴とするハッフルパフと異なり、一本気な資質を特徴とするグリフィンドールとは相性の時点でよくないのだ。
「ほぅ。なるほど……」
「? なにがなるほどなん?」
前回と同様、咲耶に引っ張ってこられたリオンは、審判として競技場に立つスネイプを面白そうに眺めた。
なんだか楽しそうに見えるリオンの様子に咲耶は首を傾げて見上げた。
「随分面白そうなことをしていると思ってな。始まるようだぞ」
開始の合図を聞いて咲耶はリオンへの質問を脇にのけて試合に注意を向け、声援を飛ばした。
面白そうな手を選んだ。リオンはセブルス・スネイプの打った手をそう評した。
試合開始前、セブルス・スネイプは観客席のダンブルドアの方を睨んでいたが、おそらく両者の間であまり意思の疎通が図れていなかったのだろう。
率直に言ってセブルス・スネイプの打った手に意味はない。
ダンブルドアが見ている前では、“偶然ではない”事故など起こしようハズがないのだ。
だが、彼にとっては意味のある手と思っていたのだろう。
大切に憎んでいる者と同じ空を飛んでまで守ろうとするのは、リオンから見てなかなかに興味深かった。
試合は咲耶たちにとっては残念なことに、初戦の少々不格好だったキャッチを挽回するように、ハリー・ポッターが見事シーカーとしての役割を果たし、グリフィンドールの大勝で終わった。
「あ゛あ゛あ゛。悔しーーっ!!」
「リーシャどうどう」
試合後、シャワーで汗を流し、談話室に戻ってきたリーシャたちハッフルパフの代表選手たちは一様にショックを隠せない様子で、リーシャは奇声を上げて大敗の悔しさを表し、咲耶はそれを宥めていた。
「やっぱ1年で選ばれただけあって流石って感じよね。セドリックが戻ってきてないけど大丈夫かしら?」
「ああ。セドリックならさっきルークが見に行くって言って出てったけど……ああああ!!!」
試合はスネイプ先生の甘めの判定もあって、最初こそハッフルパフ有利に進んでいたのだが、それは最初だけだった。
正確には中盤というものがなかったのだ。
試合開始後、さほど経たない短時間でスニッチを見つけたハリーが見事な箒捌きでセドリックをものともせずにスニッチを確保。
文句のつけようもないほど見事な大敗を喫したのだ。
あっさりと負けてしまったことに頭を抱えるリーシャもだが、特に直接敗因となってしまったセドリックの落ち込み様は並大抵ではないだろう。
談話室に戻ってきていないセドリックを心配したフィリスにリーシャは大丈夫だと返し、むしろ自分が大丈夫じゃなさそうに再び頭を抱えた。
雄たけびを上げるリーシャの横ではうるさそうにクラリスが耳をふさいでいる。
「まあまあ、負けたんは悔しけど、怪我がなくてなによりやわ」
「そうよ。まだあと一試合あるんだし、怪我がなかったのがなによりよ」
ぽんぽんとリーシャの肩を叩きながら咲耶は友人たちが無事に戻ってきたことをほっとしたように言い、フィリスもまだ終わっていない寮対抗杯の次を思い出させるように言った。
「うぅ~…………うん。そうだよな。よし! 次はスリザリンだっ!」
涙目で二人を睨んでいたリーシャだが、確かに負けてしまった試合を引きずっていてもしょうがない。
切り替えが早くさばさばとしたリーシャのそんなところが好ましい。割り切って立ち直ったリーシャの様子に咲耶とフィリスはほっとしたように微笑んだ。
立ち直ったリーシャを見て、咲耶はふと思った。
その次の対戦相手であるスリザリンの強さをそういえばよく知らないと。
ハッフルパフもスリザリンも、グリフィンドールに負けたチーム同士。前回の試合は一応見ていたが、正直箒から落ちそうだったハリーの姿しか覚えておらず、その前の戦績はよく分からない。
「ところでスリザリンて、もが」
「ん? どした咲耶?」
「なんでもない。リーシャは次、頑張って」
問いかけようとした咲耶は、クラリスに口を塞がれた。拳を握りしめて明日を向いているリーシャが訝しそうに咲耶に振り返るが、クラリスはなんでもないかのように返した。
「おうっ!! よしっ! いつまでもくよくよするなってセドリックに言ってくる!」
「うんうん。いってらっしゃい」
もがもがとしている咲耶をよそに談話室を出ていくリーシャをフィリスが見送った。
リーシャの姿が見えなくなってから、クラリスは咲耶の口から手を離した。
「ぷは。どないしたん?」
いきなりの行動。ちょっと息苦しかった咲耶はクラリスにちょっと涙目になって尋ねた。
「今は言っちゃダメ」
「?」
それに対してクラリスは言葉短く答えた。あまりにも短い説明に咲耶は首を傾げ、そんな様子を見かねてフィリスが口を開いた。
「この間は負けたけど、スリザリンって去年までは断トツで強かったのよ。リーシャが入学してから、どころか7年ほど勝ってないのよ」
基本的にスリザリンは優秀で、勝負ごとに関しては勝利に貪欲だ。目的を成し遂げることに関しては四寮中、最も秀でている。
咲耶はそれを聞いてあちゃ~という感じに頬をかいている。