鳥竜種な女の子   作:NU

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第34話 サリエラという名の少女

 早朝に夜営地を出発した二人が村に辿り着く頃には、周囲はすっかり闇に包まれていた。

 

「……ここがベルブルッフ村か」

 

 月明かりに照らし出された門を見上げてレンドは呟く。門と言っても丸太を組み合わせただけの簡単な造りで、門番らしき影も見当たらない。これでは侵入し放題に見えるのだが。

 彼の困惑を感じ取ったのか、荷台のアルチアが呆れた様子で言う。

 

「こんな村にわざわざ侵入する奴なんていないわよ。さっさと入りましょう」

 

 

 急かされて門をくぐってみると、まず異様な静けさに気が付いた。

 真っすぐ伸びる通りの両側には建物が立ち並んでいるが、灯りが点いている様子はなく、人の気配すらない。

 なんだこれは、とレンドは息を飲み込んだ。ライズ村であれば、商店街はまだ賑わっている時間帯だ。ここの方が田舎だということを考慮してみても、これは異常ではないだろうか。

 竜車は村の奥に進んでいくが、やはりどこも賑わっている様子はない。虫の鳴き声と木々の騒めきだけが、異様に大きく聞こえていた。

 

 活気に溢れていた時期もあったのだろう。錆びついた看板や割れたまま放置された窓ガラスを見るに、相当昔の出来事のようだが。そんな廃墟同然の商店街を抜けると、あとはぽつりぽつりと建物があるばかりだった。

 アルチアの指示に従いながら彼女の自宅を目指す。その間に説明を加えてくれる。

 

「三十年くらい前には、湿地帯の洞窟で鉱石が沢山取れたんですって。交易で相当儲かっていて、村にも活気があったみたい」

 

 でも、と表情を暗くして、

 

「次第に鉱石が取れなくなったのよ。村人たちも村を捨てて出て行って、今じゃこんな調子。残った人たちも過去の栄光にしがみついて、人間の屑に成り果ててる」

 

 悔しそうに拳を握るアルチア。彼女はきっと、村人を恨んでいるのだろう。今回だけではなく、今までに何度も酷い仕打ちを受けてきたに違いない。

 しかし彼女はこうして村に戻ってきた。バサルモスから彼らを守るために。

 

 アルチアの自宅は村の外れ、小さな林になっている箇所にひっそりと佇んでいた。外観は一般的な木造建築で、屋根や壁にはあちこち補修した跡が見て取れる。建てられてから相当な年月が過ぎているようだ。アプトノスを繋ぐと、アルチアは荷台からひらりと飛び降りた。

 

「荷物運び込むの手伝いなさい」

「はいはい」

 

 レンドも彼女に続き、手荷物を担いで玄関に向かった。

 しかしドアの前でアルチアは不意に立ち止まる。振り返るとジトッとした目つきでレンドを睨んだ。

 

「言っとくけど、妹に何かしたらタダじゃおかないわよ」

 

「ああ。そういえば妹がいるんだったな」

 

 昨夜そんな話をした気がする。

 

「どんな子なんだ?」

 

「会ってみれば分かるわよ」

 

 そっけなく言うとアルチアはドアの鍵を開けた。「ただいま」と声をかけながら中に入る。するとすぐに「お帰りなさい」と少女の声が聞こえてきた。

 レンドも「お邪魔します」と遠慮がちに頭を下げてから家に上がる。

 

 

 

 

 外観とは異なり室内は小奇麗にまとまっている印象だった。丸太の柱やテーブル、壁に下げられた工具などはどこか山小屋を思い起こさせる雰囲気だ。

 しかし光源がテーブルに置かれた蝋燭しかないため、ただただ薄暗い。おかげで椅子に座って編み物をしている少女の存在に、レンドはしばらく気づけなかった。

 少女は顔を上げると嬉しそうに顔を綻ばせた。

 

「お帰りなさいお姉ちゃん。無事にハンターさんを見つけられたのね」

 

「ま、私にかかれば容易いことよ」

 

 ふふんと薄い胸を張るアルチアにレンドは苦笑する。必死で泣きついてきたのはいったいどこの誰だったか。

 

「そう? また一人で泣いてるかもって心配していたのだけど」

 

「そ、そんなわけないじゃない!」

 

 流石は姉妹といったところか。あっさりと見破られている。

 どこか疎外感を味わいながらも姉妹のやりとりをしばらく眺めていたレンドだったが、アルチアがふと思い出したように紹介してくれる。

 

「紹介するわ。この子が妹のサリエラよ」

 

「初めましてサリエラです。姉がお世話になっております」

 

 サリエラと紹介された少女はぺこりと頭を下げた。

 なるほどアルチアに負けず劣らずの美少女だ。蝋燭の灯りに照らし出される紫色のショートヘア。毛先になるにつれて朱色にグラデーションするその髪色は、どこか幻想的な雰囲気をも漂わせている。

 大きくぱっちりとした二重瞼。姉よりもやや美人寄りに整っているが、年相応の幼さも残す顔立ち。年は十五、六といったところだろうか。アルチアも小柄ではあるが、彼女よりも更に小柄のようだ。全体から醸し出される雰囲気は柔らかく、どこかふわふわしているようにも思える。

 

「ライズ村から来たレンドだ。よろしく!」

 

 握手を交わすとサリエラはにこりと微笑みを見せる。

 

「遠いところをよくお越しくださいました。ゆっくりしていってくださいね」

 

 その優しい微笑みにレンドはつい見蕩れてしまう。手も小さくて柔らかい。

 

「ちょっと。ゆっくりしている暇はないのよ」

 

 背中の武器を下ろしながら呆れたようにアルチアが言う。

 

「明日の朝には狩場に向かうんだから。こうしている間もバサルモスは近付いてきてるかもしれない」

 

 その言葉にレンドは改めて気を引き締める。本来の目的を忘れるところだった。しかしサリエラはいまいちピンときていないようだ。口元に指を当てて考える仕草をする。

 

「そうなの? でもゆっくり身体を休めてからじゃないと……」

 

「……あんた、ほんと緊張感ないわね」

 

「お姉ちゃんが焦りすぎなのよ、きっと」

 

 それだけ言うとサリエラはまた編み物を再開する。鼻歌交じりにマフラーを編み続ける彼女に、アルチアも諦めたように溜息を吐いた。

 どうやらこの姉妹。性格はまるで正反対のようだ。

 アルチアは他人に対してきつく当たるところがあり、感情的になりやすい。サリエラは礼儀正しく落ち着いているようだが、どこか抜けているところがあるというか、のほほんとしているところがあるようだった。妹相手だとアルチアもペースを崩されてしまうみたいだ。

 

 

「まあ、いいわ。あんた、ぼさっと立ってないで早く残りの荷物を運んで来なさい」

 

「はいはい」

 

 レンドは軽く返事をしながら竜車に戻る。

 アルチアの意外な一面が垣間見え、バレないようにくすりと笑った。

 

 

 

 

 アルチアもレンドも風呂に入り、普段着に着替えると食事をする流れになった。

 二人が持ってきたブルファンゴの生肉に、サリエラは息を飲んで感動している。

 

「これほど立派なお肉は初めて見ました」

 

 そうなのか? とレンドはアルチアに目線で尋ねた。

 

「……いつもは狩りで採ってきても、殆ど売ってしまうから。私たちが普段食べるのは切れ端程度のものよ」

 

 あまりにも悲しい事実にレンドは胸を詰まらせる。それはあまりにも可哀想すぎではないか。

 しかし考えてみれば仕方のないことかもしれない。彼女はこの村唯一のハンターだ。周囲の村との交流が殆どないこの村において、ハンターが取って来る肉の需要は高いだろう。そうなれば必然的に自分たちが食べる量は少なくなってしまうはずだ。

 知れば知るほどにアルチアの負担の大きさが浮き彫りになってくる。たかだか十八の少女にこれほどの負担が強いられているだなんて、到底許されることではない。

 

「どうしたの? そんな険しい顔しちゃって」

 

「……いや、何でもない」

 

 しかし自分が何を言ったところで解決することではない。レンドは自分の無力さに唇を噛んだ。

 だが見過ごすことはできない。バサルモスを倒したのち、どうにか解決する方法を探してみようと彼は密かに誓った。

 

 

 

 

 

「では、これは私が責任を持ってお料理にしますね」

 

 サリエラが生肉を持ってキッチンに向かう。エプロンを着けてやる気は充分だ。キッチンはリビングと同じ部屋にあるため、料理姿はここから見ることができる。

 

「サリエラの料理は絶品なんだから。期待していなさいよね」

 

 アルチアは得意げに鼻を鳴らす。

 

「しかしなんというか、サリエラの方がお姉さんっぽいよな」

 

「ぐっ……否定できない自分が悔しい」

 

 自分でも気にしているのだろう。がっくりと項垂れてしまう。

 

「確かに昔から私の方が妹だって思われがちだけど……うう」

 

「あ、あんまり気にすんなよ」

 

 まさかここまで気にしていたとは。ここに来た時のやり取りを見るに、泣いているアルチアを妹が慰めるという構図は容易に想像できるが。

 

 料理を待つ間、レンドは室内をじっくりと見渡す。

 昔から使われてきたのだろう、長い年月を感じさせる掛け時計や、手作り感溢れる木製の家具。暖炉は長らく使われていないのか埃を被っている。壁には斧などの工具が下げられ、その中でもひと際目立つのが錆びついたライトボウガンだった。

 

「あれは私たちの父のものよ」

 

 彼の視線に気が付いたのか、アルチアが説明してくれる。

 

「他の家具とか道具も全部、父が使っていたものよ。父さんもハンターだったの」

 

「……そうか」

 

 父親はどうしたのか、など聞けるはずもない。それはきっと、触れられたくない過去だろう。

 前髪を弄りながら、彼女は気まずそうに視線を逸らす。

 

「別に気を使わなくていいわよ。昔の話だし」

 

 キッチンに立つサリエラを見据えて、アルチアはどこか寂しそうな表情を見せた。

  

 

 

 

 

 アルチアの言った通りサリエラの料理は絶品だった。ブルファンゴの肉と数種類の屑野菜、それと多少の香草を焼いただけのはずなのに、今まで食べてきたどの肉料理よりも美味しいのだ。味付けも焼き加減も絶妙だ。レンドは軽い感動を覚えていた。

 お世辞なしに褒め称えるとサリエラは「お上手ですね」と謙遜する。しかしこれは酒場で出る料理よりも遥かに美味しいのだ。

 

「サリエラはきっと、いいお嫁さんになれるな」

 

「はあ!?」

 

 何の気なしに放った一言に、何故かアルチアが大声を上げた。

 

「あんたなんかにサリエラをやるわけないでしょ!?」

 

「どうしてそんな話になるんだ!?」

 

 ただ思ったことを口にしただけで、どうしてサリエラを嫁にもらう話になるのか。おろおろするレンド。サリエラ本人はというとフォークを手に持ったまま、目を丸くしている。

 頬に手を当て、ぽっと紅潮しながら。

 

「私、いまもしかして告白されたのかしら」

 

「違うから! ややこしくなるからサリエラまで勘違いしないで!」

 

 やはり姉妹は姉妹だ。思考回路は似ているらしい。

 

 そんな二人に挟まれながらベルブルッフ村の夜は更けていく。

 これが後に大きな問題に発展していくことは、今のレンドが知る筈もなかった。

 

 


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