鳥竜種な女の子   作:NU

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第3章 少女の揺れる想い
第21話 雪の降る道で


「……ん?」

 

 マフモフ装備を身に纏ったその老人は、崖の下で鳴くその小さな「何か」に視線を向けた。

 見ればそこでは小さな子供のギアノスが、雪の上に横たわって必死で体を動かそうとしている。

 

「……これは」

 興味本意で、その老人はギアノスに歩み寄った。背中に背負った弓がガチャガチャと音を立てる。右手は、これから狩る予定だったポポの肉を乗せるソリを引いていた。

 

「お前、怪我したのか」

 

 隣にしゃがみ込み、その姿をまじまじと眺める。

 体長約五十センチ程だろうか。見れば足が折れているようで、立ち上がろうとするがすぐに倒れてしまう。

 

「これはいけないな」

 

 キョロキョロと周囲を確認する老人。ここは通常モンスターの生息する地域ではなく、村に程近い地域だ。当然この子の親であるギアノスの姿も無い。

 顎に手を当てて、老人は推測する。

 

 昨日はもの凄い吹雪であった。恐らくこのギアノスはその中で群れからはぐれた挙げ句、この辺りで足を怪我してしまったのだろう。

 手当てをするならそれなりの道具が必要だ。しかし生憎、この老人はその道具を所持していなかった。それに今ここで手当てしたとしてもすぐに動けるようになるわけでも無いので、動けない間に人間に見つかってしまう可能性もある。

 

「うむ」

 

 老人はにこりと頷いて、決心した。

 このギアノスを家に連れて帰り手当てして、動けるようになってから群れに帰してあげようと。

 彼はハンターだが、自分の生活に必要な最低限のモンスターしか狩ろうとはして来なかった。それ故に相手がギアノスであっても「ギアノスだから」という理由で殺したりはしない。

 

 老人は「よっこいしょ」とギアノスを持ち上げ、ソリに乗せる。子供といえどもかなりの重量のはずだが、老人は少しもよろける様子は無かった。不思議とギアノスはされるがままで抵抗する様子も見せない。

 続けてギアノスの上に布を被せて周りから見えないようにする。こうしなければ村人達が「肉食モンスターを連れて帰って来た」と騒ぎ立ててしまう。

 

「よし、じゃあ帰るぞ」

 

 老人は後ろのギアノスに声をかけ、ソリを引きながら来た道を逆に進んで行った。

 

 

 

 ユキミ村。高緯度の山岳地帯に位置する小さな村だ。

 二つの高い山が左右にそびえる谷に、その村はあった。この季節は一年の中でも厳しい寒さが襲い、全てが雪と氷で包まれる。針葉樹林が雪を被り、凍った川では子供達がスケートをしてはしゃぐ。大人達は雪かきをし、夏に向けて氷を貯蔵する作業を行っていた。

 人口は三百人程度。この過酷な環境下で、住人は皆で助け合って暮らしている。

 

 そんなユキミ村の隅にある、大きな木造の家が彼の家だった。

 石造りの暖炉には炎が灯り、部屋全体を温めている。壁際には大きなアイテムボックスと共にマフモフ装備が綺麗に手入れして置かれ、その隣にはハンターボウも横にされていた。

 

「これでよし」

 

 ギアノスの足に包帯を巻き終えた老人は、満足げに微笑んだ。彼の隣では灰色の毛並みのアイルーがむすっとした顔で、片腕を床について寝転がっている。

 

「まさかギアノスを連れて帰って来るとはにゃー。襲われても知らないにゃ。ダンさんにも困ったもんにゃ」

 

 ダンと呼ばれた老人はアイルーの言葉を気にした様子もなく、力なく鳴くギアノスの首を撫でている。

 

「レイン。この子は人を襲ったりなどしないさ」

 

「何で分かるにゃ?」

 

「なんとなくだ」 

 

 レインと呼ばれたアイルーは更に呆れた顔でやれやれと首を振る。

 

 

 

 それからダンが心を尽くしてギアノスの世話をした結果、漸く回復の兆しが見え始めてきた。

 既にダンがギアノスを連れて来てからひと月の時が経過した。とはいえユキミ村では未だ厳しい冬の真っ最中である。

 ダンはギアノスに名前を付けて、とても可愛がっていた。その名前は「スノア」。

 スノアは肉食モンスターとは思えない程にとても大人しい性格で、決してダンやアイルーのレインに牙を向けることは無かった。むしろ二人を親だと思っているように後ろに付いて、まだおぼつかない足取りで歩いた。

 

「ほらスノア。ご飯にゃ」

 

 最初は不機嫌だったレインも、懐いてくれるスノアに悪い気もしないのかせっせとお世話をするようになっていた。

 干し肉を差し出し、スノアが美味しそうに食べるのを見ると満足げに腰に手を当てる。

 

「早く大きくなれにゃ」

 

「あまり大きくなっても困るがな」

 

 暖炉の前で椅子に座り本を読みながら、ダンは笑った。

 

 

 

 スノアの足はじきに完治するだろう。出来ることなら家の外を歩かせてあげたいが、そんなことをすれば村中大騒ぎになるのは目に見えている。

 

(やはり雪山に帰すしかないか……)

 

 顎髭を触りながら、ダンはスノアを見つめて思索する。

 スノアは肉を食べ終え、ダンの足元まで寄って来た。人懐っこく頭を彼の足に擦り寄せる。ダンはそんなスノアの首元を撫でて、口元を緩めた。

 今はまだ問題ないが、そのうち家の中で置いておくには厳しい大きさに成長するだろう。そうなれば、もう一緒には暮らせない。

 

 正直な話、ダンはスノアと別れるのが惜しくなっていた。ギアノスといえども賢く大人しいスノアと離れたくなかった。しかし、それは叶わない夢だ。

 

 外は今日も吹雪だった。ガラス戸を風が揺らし、ガタガタと音を立てている。今日は村の住人は皆家で過ごしていることだろう。ダンもこうして、今日は唯一の趣味である読書に興じている。

 年中雪があるのは変わらないが、せめてこの寒さが緩まる頃には元の群れに帰そう。そんな事をぼんやり考えながら。

 スノアが彼の足元で、小さく鳴き声を上げた。

 

 その時、玄関の戸を叩くノックの音が部屋に響いた。

 

「にゃ?」

 

 二人と一頭の目線が同時にその戸へと向けられる。 

 こんな吹雪の日に一体誰が。不審に思いながらも、ダンは扉を開けるようにレインに指示を飛ばした。

 

「さ、さむいいいいいい!!」

 

「ケレスさんもう少しの辛抱ですから! 気を強く持ってください!」

 

「ほ、ホットドリンク、ホットドリンクちょうだい!」

 

「さっき全部飲んだだろ! というかマフモフ着てるんだから本来必要ないけどな!」

 

 ギャーギャーと騒がしい声がドアの向こうから聞こえて来る。レインは扉の前で「にゃ?」とポカンとする。ダンも目をぱちくりさせる。

 スノアは黄色の目でドアをじっと見つめていた。

 

 そしてドアを開けた瞬間この場にいる全ての人と、

 この小さなギアノスの運命は大きく変わり始めることとなる。

 




というわけでスノア編のスタートです。
よろしくお願いします。

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