鳥竜種な女の子   作:NU

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第19話 戦う狩人と祈る少女

 レンドがヴェールに戻る前。彼は激戦の果てに打ち倒したダイミョウザザミを前に、体力尽きて地面に座り込んでいた。

 

 厳しい戦いだった。片手剣は刃こぼれし、体中が嫌な疼きと共に痛む。

 それでもここは狩り場だ。じっとしているわけにも行かずに、ふらふらになりながら彼は立ち上がる。

 

 後は必要な素材を剥ぎ取り、街に帰って報告を終えれば任務完了だ。ようやくランとケレスと共にライズ村へと帰還出来る。

 二人は無事にやってるかな、と少々不安は残るが、ランはもう充分成長しているので気持ちに余裕はある。

 

 レンドはヘルムを脱いで頬を叩き気合いを入れ、剥ぎ取り用のナイフでダイミョウザザミの解体に入る。

 今にも倒れそうな程にボロボロであるが。

 

 暫く黙々と作業を続け、汗を拭いながらレンドは立ち上がった。手には素材の詰められた袋が下げられている。一度倒した相手の為、防具は新たに作る必要は無い。それ故に必要最低限の素材だけ剥ぎ取った。

 

「こんなもんかな」

 

 じきにギルド所属のアイルー達がやって来て、更に解体を進めるだろう。その中からもレンドには報酬として素材が支給される。

 とりあえず今はすぐに体を休めたかった。その前に病院へ直行する必要はあるが。

 レンドは足を引きずりながらダイミョウザザミから離れる。

 

 その時、彼の耳は遠くに聞こえる声を捉えた。

 

「ん?」

 

 目線を向けるレンド。そこでは数頭のアイルーが、何か叫びながらこちらへ砂煙を上げて接近して来ている。

 

「な、なんだあ?」

 

 驚くレンド。唖然としている間に、そのアイルー達はレンドの前までやって来て止まった。

 

 数は三頭だった。その服装から、彼らがヴェールのハンターズギルド出張所に所属していることが推測出来る。彼らは地面にうつ伏せに倒れて呼吸を整えていたが、ふいに顔を上げてかすれた声で叫んだ。

 

「た、たいへん……にゃあ!」

 

「何がどうしたんだ?」

 

「ヴェ、ヴェールの街が……」

 

 その言葉にレンドの表情に緊張が混じる。

 

「ヴェールに何があった!?」

 

「げ、ゲネポスの大群に攻められてるにゃああ!!」

 

 その言葉を、最初レンドは理解することが出来なかった。

 しかしすぐに理解する。街の人が、自分の仲間達が危険だと。

 

 彼は身体の痛みも忘れて、一目散に駆け出した。ここから街へはそれ程遠いわけじゃ無いが、やはりそれなりの距離はある。しかしそんな事は関係無かった。

 多くの人が危険に晒されている。ハンターとして、何も行動しない訳にはいかない。

 しかし彼の胸に一つ引っ掛かるのは、相手がゲネポスという事実だった。

 

 

 そして今に至る。

 レンドは悠然と立つドスゲネポスを前に、荒い呼吸を繰り返す。

 体力はゆうに限界を越えていた。

 油断すれば体勢を崩してしまう程にふらふらだ。一方、ドスゲネポスは無傷だ。まともな状態であれば勝てない相手では無いが、今は流石に分が悪過ぎる。

 歯を食いしばるレンド。脂汗がヘルムの中で額に浮かぶ。

 そして、このドスゲネポスを相手にする事にまだ躊躇っている。

 街を襲った張本人。怒りは湧くが、ケレスのことを思うとそれを剥き出しにすることは出来ない。

 しかし相手は、それを悩む時間を与えてはくれないようだ。

 

「ギャオワッ!」

 

 雄叫びと共に、ドスゲネポスがレンドに跳躍する。鋭いその爪を盾で防ぎ、体を横に逸らして剣を一閃、鱗が切り裂かれてぱっと赤い血が舞う。

 

「ギャ!?」

 

 悲鳴を上げるドスゲネポス。一瞬怯んだが、すぐに体を大きく鞭のように振ってレンドに体当たりを喰らわせる。

 直前に回避して直撃は避けたが、体勢を崩してしまうレンド。

 そこに続けて追撃の全体重を乗せた体当たり。

 

「ぐわっ!」

 

 直前に盾を構えて直撃は避けたものの、その勢いに押されてレンドの体は後ろ向きに簡単に突き飛ばされる。

 受け身を取って体を起こし、咳をしながらドスゲネポスを睨み付ける。

 鋭い目線は彼をじっと捉えていた。

 

 戦わなければ、殺される。

 レンドはこの戦いからは逃げられないことを悟った。悔しげに表情を歪めて、決意を固める。

 

「俺はハンターだ……」

 

 躊躇いの中で戦える程強くない。

 レンドはケレスの顔を思い浮かべて心の中で謝罪しながら、剣を強く握り直した。

 

 

「ケレスさん……」

 

 ケレスはしゃがみ込んで頭を抱えながら、小さく震えていた。自分のしていたことの恐ろしさに気がついた今、もうあの時のような狂気は無い。しかし今度は行き場の無い憎しみを抱えて苦しんでいる。

 自分のしたことは、あの日ドスゲネポスがした事と同じ。ただ悪戯に仲間を殺して、それを罪となどは一切考えてはいなかった。

 

 しかし、ドスゲネポスだけは許せない。

 ランが何と言おうとも、この恨みだけは晴らさないではいられない。

 でもどこかでは気がついていた。自分が人間になっても、ドスゲネポスを倒すなんて不可能だということに。結局はゲネポスだった時と同じ。泣き寝入りするしか無いということに。

 

 誰か、あいつを殺してくれ。

 心の中で、必死にそう叫んでいた。

 

「レンドさん!?」

 

 その時、ランが驚愕に染まった声を上げた。

 ケレスも「え?」と顔を上げ、ランの見つめる先を確認する。

 路地裏から見る中央通りで、激しい戦いを繰り広げる二つの姿があった。

 一つは血を体中から流すドスゲネポス。そしてもう一つは、

 

「……レンド?」

 

 ケレスは、一つの光を見つけた。

 自分の復讐を代わりに果たしてくれるかもしれない唯一の希望。

 

「う、らああああ!!」

 

 身体を回転させ、剣を薙ぎはらう。ドスゲネポスはそれを後ろに跳躍して避けると、すぐさま彼との距離を詰めて鋭い牙で食らいつかんとする。その口を盾で殴打し、怯んだ隙にその首を切り落とそうと狙う。しかし剣先は鱗を削ぎ落としただけで肉には及ばなかった。

 

「くっ……」

 

 ダイミョウザザミとの戦いで負った傷が彼を更に追い詰めていく。

 既にドスゲネポスは身体中をレンドの剣で切り裂かれて血を流しているが、一向に動きの鈍る気配を見せない。

 このまま戦闘を続けても、先にレンドの体力が尽きるのは目に見えている。ここは一旦引くべきかと考えるが、このドスゲネポスを巻く方法は全く思いつかなかった。

 

「レンドさん!!」

「レンド!!」

 

 その時、彼を呼ぶ声が二つ同時に響いた。

 

「な!?」

 

 驚愕して思わずそちらに目線を向けると、そこでは路地裏から顔を出したランとケレスが不安そうな面持ちで彼を見つめていた。

 

(こ、この二人なんでここへ!?)

 

 意味が分からないが、戦闘中に注意を逸らすわけにもいかずドスゲネポスに向き直ろうとする。しかしその直前、ケレスが再び大声を張り上げた。

 

「お願い……そいつを殺して!!」

 

「……はっ!?」

 

 まさかの言葉に思わず叫ぶレンド。

 意味が分からない。どうしてケレスは、自らの長であるはずのドスゲネポスを殺してなどと自分に頼むのだろう。見ればランも驚いてケレスを止めようとしている。

 しかし彼女はそれを振り払って、叫んだ。

 目からは涙が溢れている。

 

「お願い! そいつだけは……そいつだけは許せない!!」

 

 その言葉に、ランの動きも止まった。

 

 詳しい事情は分からない。でも彼女の様子を見るに、ドスゲネポスに余程強い恨みがあるように思われる。

 果たしてその言葉に従うべきか。彼は迷う。

 涙ながらに叫んだケレスは、きっと何か辛い過去を抱えている。そしてそれは、きっとこのドスゲネポスによりもたらされたものだろう。それが、彼女がゲネポスに未練を持たない理由なのだろうか。

 

「……分かった」

 

 小さく、レンドは答えた。

 きっとケレスには聞こえていないだろう。

 レンドは事情はどうであれ、ケレスを救いたかった。その為にはこのドスゲネポスを殺すしかない。

 

 ケレスの姿と、昔の自分の姿が重なった。

 レンドはドスゲネポスに向けて駆ける。そして、走りながら剣を構えた。

 

「うおおおお!!」

 

 雄叫びを上げ、剣を大きく振るう。その動きから、迷いが消えていた。容赦ない攻撃はゲネポスの顔面を切り裂き、大きく体を震わせて悲鳴を上げさせる。

 続けて盾で思い切り殴りつけ、怯んだ隙に突きを繰り返して着実にダメージを与えていく。

 こうなればもう完全にレンドのペースだった。元々ダイミョウザザミも優に倒せる実力だ。躊躇いの無くなった今、全力になった彼にとってドスゲネポスは恐れる相手では無い。

 限界だったはずの体力は、ランとケレスの姿を見てからもう気にならなくなっていた。

 思うままに斬り、突き、引き裂いていく。

 彼はハンターだった。自分の感情でその事実を変えることは出来ない。頼まれれば戦わなければならない。守る人がいるから戦う。そして戦わなければ、自分の命は無い。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 レンドは地面に膝を付いて、ヘルムを脱ぎ捨てた。剣は手から離れ、金属音を立てて地面に落下した。

 彼の前ではドスゲネポスが地面に倒れて血溜まりを作っている。

 

 

「レンドさん!!」

 

 すぐに路地裏からランとケレスが飛び出して、レンドに駆け寄る。

 

「大丈夫ですか!?」

 

 ランがレンドの顔を覗き込む。そのあまりの近さにレンドは顔を真っ赤にして後ろに倒れた。ランは更に慌てて地面に倒れたレンドに顔を近付ける。手に持ったハンカチで汗を拭こうとしているのだが、レンドは必死に抵抗していた。

 ケレスはそんな二人を見下ろして、浮かない表情のままだった。

 

「ギャ……」

 

 その時、倒れていたドスゲネポスが小さく鳴き声を上げた。

 全員の表情に緊張が走る。レンドが体を起こし、無防備な二人の前に出ようとする。

 

 

「待って」

 ケレスの腕が、それを止めた。

 彼女の手には、レンドの片手剣が握られている。

 

「ケレスさん……」

 

 ランが不安な表情で、彼女の背中を見つめる。

 

「ケレス……?」

 

 レンドもすぐに気が付いた。ケレスは自らの手で、ドスゲネポスを殺そうとしていると。

 

「……ごめんね、ラン」

 

 ふいに、背中を向けたままケレスが口を開いた。

 

「私、ランみたいに優しい子にはなれないよ……」

 

「ケレスさん!」

 

「他のゲネポスを恨んで殺したのは間違ってた……でも、でもこいつだけは……」

 

 ぎゅっと、剣を握る手に力が込められる。

 

 ケレスはふらふら揺れながら、ドスゲネポスの隣まで歩いて来た。

 ドスゲネポスは、鋭い目で彼女を見上げる。

 しかしケレスは怯まず、片手剣の先を地面に向けて両手で構えた。

 

「……じゃあね、お父さん」

 

 ケレスの瞳に、慈悲は無い。

 首を引き裂かれた断末魔の叫びが響き、返り血がケレスを濡らした。


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