鳥竜種な女の子   作:NU

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第16話 狩人の戦い、迫り来る足音

 視界に広がる、どこまでも続くのではないかと思われる程の広大な砂丘。砂を焦がす灼熱の太陽。景色を歪める揺らめく陽炎。

 レンドはその景色を前にもう一度決心したように頷くと、腰に片手剣を下げて立ち上がった。

 

「行こう」

 

 

 

 酒場でクエストを受注してから一晩が経ち、翌朝のまだ日も登らない時刻にヴェールを出発したレンドは再びこの砂漠を訪れていた。今回の仕事は前回のような採集クエストでは無い。正真正銘の大型モンスターを相手にした討伐クエストである。

 その相手は盾蟹、ダイミョウザザミ。巨大なモノブロスの頭骨を背中に背負った甲殻種の大型モンスターである。

 しかし大型モンスターといっても、今回のレンドは比較的余裕を抱いてこのクエストを受注していた。何故ならダイミョウザザミは比較的初級のハンターが相手にするモンスターであり、当のレンドも以前相手にして勝利している経験があるからだ。

 

 すぐに倒して気球代を稼ごう。そんな慢心にもとれる余裕を持って、レンドは一歩一歩砂漠を進んで行く。

 

 歩き初めて数分、砂埃の中でレンドはしきりに周囲を見渡して敵の姿を探していた。ザザミメイルに砂が吹き付けて、カンカンと細かな高い音を立てている。

 

「いないなぁ……」

 

 ギルド所属のアイルーが偵察した情報によれば、ダイミョウザザミはこの先の岩場に囲まれた地帯を拠点として活動しているらしい。しかしダイミョウザザミは地面に潜んで行動しているが故に如何なる時もハンターは油断する事が出来ない。突然地面から飛び出して来て一撃、なんて事になれば最悪だ。

 

「……んー」

 

 周囲は広大な砂丘地帯。遠くではガレオスが地面を泳ぎ、砂を周囲に撒き散らしているのが確認出来る。またアプケロスが呑気に草を食べているのも見えた。

 しかし、何かが足りない。

 

「……まいっか」

 

 考えるのを止めて視線を前に戻し、レンドは再び遠くに見える岩場地帯へと向けて歩を進める。

 

 数分後。彼はギルドのアイルーが報告した地点のすぐ近くまで辿り着いた。岩壁がくり抜かれたように不規則に地形を作り出し、彼はその陰からこの先に広がる、少し開けた岩壁に囲まれた土地を確認している。

 小さな池の周りには小型の甲殻種であるヤオザミの姿があった。しかしダイミョウザザミの姿は今のところは無いようだ。

 ふぅ、と緊張を解いて彼は岩陰からゆっくり動き出すと出来る限り目立たないように池から離れてゆっくり歩く。

 しかしヤオザミはそんな彼の気配に気がついて、すぐに素早い動きで彼へと接近して来た。

 

「げっ!」

 

 慌てて片手剣と盾を構え、迎え撃つレンド。最初の爪の一撃を盾で防ぐと剣を振るってあっさりとその甲殻を裂いた。灰色のかかった気味悪い血が飛び散り、追撃で剣を突き出してその息の根を止める。

 剣を振って血を飛ばすと、安堵の息を吐いて剥ぎ取りの作業に入る。

 レンドはここ数ヶ月の間に、この程度のモンスターなら造作も無く倒せる程に成長していた。

 

「さてここにいないとなると……」

 

 剥ぎ取りを終えたレンドは立ち上がって地図を開く。指差しで自分のいる地点を確認すると、この先に道が続いていてもう一つ開けた空間がある事を示していた。

 

「よし」

 

 気合いを入れ直して、更に歩みを進める。

 

 

 奴はその丸い空間に悠然と佇んでいた。

 背中に背負ったモノブロスの頭骨が、レンドを睨み付けるようにこちらを向いている。

 

(……いたぞ)

 

 報告通り、ダイミョウザザミはこの付近を縄張りとしているようだ。レンドは息を潜めてそっとその様子を伺う。ダイミョウザザミはレンドの気配には気づいておらず、じっと動かないままで縄張りを守っていた。

 彼の周囲の地面には、時々砂が吹き出している箇所がある。それは砂に身を潜めているヤオザミのものだろうとレンドは推測する。

 

(……少し分が悪いな)

 

 流石にダイミョウザザミとちょこまか動き回るヤオザミを同時に相手にするのは不安なものがある。

 どうにかしてこの状況を打破したいところだが、いつもの頼りの綱である閃光玉は彼ら相手には何の効果も無い。

 彼らに対して効果があるのは音爆弾だが、実のところレンドはある事情により音爆弾を使用する事が出来ない。まさに為す術が無いのだ。レンドは嘆息し、覚悟を決める。

 

(……こうなったら)

 

 音を立てないように盾を構え、剣を抜く。

 

(勢いあるのみだ!!)

 

 強く地面を踏み込んで、レンドは雄叫びを上げながらダイミョウザザミへと一気に駆け出した。

 

 

 

 

「た、助けてくれー!!」

 

 一方その頃、砂丘地帯で必死に走る三つの人影があった。背中に袋を背負って必死に走る彼らを追い掛けるのは二頭のゲネポス。

 

「ギャオワッ!」

 

 その牙は鋭く輝き、目は怒りに燃えている。

 一番後ろを走る細身の男はほとんど泣きそうになりながら、必死に前を走る二人を追いかけていた。彼の後ろ数メートルの距離にはもうゲネポスが迫っている。

 

「ちくしょう武器さえあれば!!」

 

 大柄の男が悔しそうに叫ぶ。

 

「あいつは最初から俺らを殺すつもりだったんだよ!!」

 

 一番先頭を走るリーダー格の男も怒りを現にして叫ぶ。しかしそんな声も虚しく砂丘の中に消えて行く。

 

「生き延びたら絶対復讐してやる!!」

 

 悪態をついて、リーダー格の男は面を上げた。

 その目線の先に捉えたのは、高い岩壁がそびえる地帯。しめた、と男の顔に期待の表情が浮かぶ。

 

「あそこで巻くぞ!」

 

 残る二人の男も荒い呼吸に混じって返事をし、三人は更にスピードを上げて行った。

 

 

「うわ!!」

 

 凄まじい威力を誇る泡ブレスを、レンドは直前で地面に飛び込むようにしてかわした。すぐに体勢を立て直し、剣を上段に構えてダイミョウザザミの懐に潜り込み、何度かその剣を振る。

 鋭い刃が甲殻の一部を切り裂き、ダイミョウザザミは悲鳴を上げた。すぐに爪で反撃に入る。しかしレンドはそれをもかわし、更に追撃をする。

 

(いいぞ!)

 

 心の中で得意げに笑いながら、一心不乱に剣を振るう。やはり彼が思っていた通り、ダイミョウザザミとの戦い方は大体理解していた。最初の奇襲で、地面に潜んでいたヤオザミも地面に倒れて動かなくなっていた。現在はかなり優勢だと言えるだろう。

 しかしその時、一つの鳴き声がそんな彼の自信を奪った。

 

「ギャオ!」

 

 

 

(……なっ)

 

 一瞬でその鳴き声の方向に目線が向けられる。

 その方向、この丸い空間の細い入口に二頭のゲネポスがこちらを睨んで立っていた。露骨に動揺するレンド。しかしすぐに集中を取り戻して、まずは目の前の盾蟹の対処をする事に決める。

 

(面倒な事になったぞ……)

 

 

 

 彼には一つの弱点があった。それがランポスであり、現在はゲネポスでもある。

 彼は出来る事ならそれらを相手にするのは避けたいと考えていた。その理由は彼がそれらの仲間と心を通わせているからというだけだ。しかしたったそれだけで、レンドはつい戦うのを躊躇ってしまう。

 頭の中によぎってしまうのだ。二人の少女に似た少女に剣を向けて、切り裂く自分の姿が。

 

「ぐっ」

 

 勢い良く突き出された盾蟹の爪を、辛うじて盾で防ぐレンド。重い衝撃に顔をしかめるが、間髪を入れずに今度はゲネポスが彼に襲いかかる。

 

「ちょ、タンマ!」

 

 そんな声が聞き入れられるはずもなく、ゲネポスの体当たりを受けてレンドは地面に倒れた。しかしザザミメイルのおかげで衝撃はさほど強くなく、すぐに体を起こす。

 ゲネポスの横から、ダイミョウザザミはゆっくりと彼に迫って来る。

 

「ここは……逃げる!!」

 

 流石に状況が悪過ぎる。レンドは一目散に戦闘から離脱し、素早く駆けてその場から離れようとする。しかし、ダイミョウザザミとゲネポスはそんな彼をすぐさま追いかけた。

 

「ギャオ!」

 

 跳躍したゲネポスの爪が、彼の背中をかすめる。それに冷や汗を流しながらもレンドは細い道に転がるようにして飛び込み、まずはダイミョウザザミを巻いた。しかし細い道に飛び込んでも二頭のゲネポスはしつこく彼を追いかける。

 

「うおおお!」

 

 地面に手をついて起き上がった勢いで、ゲネポスの頭に思いきり盾をぶつける。ゲネポスは目を回して後ろによろけ、後ろにいたゲネポスに倒れかかる。

 しめた、とレンドは全速力で道を駆けた。

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 どれくらい走っただろうか。レンドは岩場の地帯から離れ、最初にいた砂丘地帯まで引き返して来ていた。一度振り返って敵が来ていない事を確認すると、地面に膝をついて前のめりに倒れ込んだ。はぁはぁと荒い呼吸を繰り返す。

 

 ゲネポスが近くにいるのはやはり戦いづらい。ゲネポスに剣を向けるという選択肢もあるが、ケレスの事を考えると余程の無い事が無い限りそれは避けたかった。レンドは地面に手を付いて起き上がろうとする。

 

「とにかく一度体勢を建て直し……」

 

 その刹那、ガァンという音と共に突如彼の頭に重い衝撃が走った。

 

「なっ……」

 

 ザザミヘルムのお陰で衝撃は和らげられ、気絶する程では無かったもののその衝撃はレンドの視界を歪めて地面に再び倒すのには充分なものだった。

 

「へへっ、押さえろ」

 

 目の奥で火花が散る中、レンドは聞いた事のある声を聞いた。そうしている間にレンドの両手両足は何者かによって地面に強く押さえつけられた。

 何だ何だと思っている内に握っていた剣は手を離れ、ザザミヘルムがあれよという間に取り外される。

 広くなった視界の中で、レンドはかろうじて顔を横に向けた。

 

「お前ら……!!」

 

 そこにいたのはレンドの手足を押さえつける二人の金髪の男と、剣とザザミヘルムを両手にぶら下げてレンドの背中に足を乗せたリーダー格の男の姿だった。

 

「ごめんな兄ちゃん。ちょっとこれもらうわ」

 

「お前らなんでここに……返せ!!」

 

 勢い良く体を起こそうとするが、いくらレンドと言えども男三人に押さえつけられれば起き上がる事は出来なかった。

 

 リーダー格の男によって剥ぎ取り用のナイフ、ポーチの中の回復薬等が次々と取り出されていく。

 

「ごめんなあ。俺らちょっとこれ必要なんだわ」

 

「なぁ、このままじゃ防具取り外せないけどどうするんだ?」

 

 細身の男が、体重をかけてレンドの足を押さえつけながら訊く。リーダーの男は奪い取った剣を太陽にかざして目を細めながら考える。レンドの表情が凍りついた。それを見たリーダー格の男は馬鹿にしたような笑みを口元に浮かべる。

 

「ははは、殺しはしねぇよ。ちょっと寝ててもらうだけだ。ま、こんな所で気絶してたら即刻モンスターに食い殺されるかもしれないけどな」

 

 地面に剣とザザミヘルムを置き、男は最初に持っていた大きな石を高く振り上げた。

 そして全体重をかけてそれを振り下ろし、

 

 刹那、地面が大きく揺れると共に、近くの地面の砂が大きな音を立てて高く舞い上がった。

 なんだ、と一斉に男達がその方向に顔を向けて唖然とする。一瞬でその顔が青くなった。

 そこではダイミョウザザミが彼らに向けて鋏をカチカチと鳴らしていた。

 

「ぎゃああああ!!」

 

 レンドの事などすっかり忘れたように、一斉に駆け出す三人の男達。

 レンドも解放されて地面に倒れたまま呆然としていたが、ハッとすると近くにあった剣とヘルムを掴んですぐに立ち上がる。

 

「まさかダイミョウザザミに助けられるとは……」

 

 でも、とヘルムを再び被り直し、

 

「遠慮はしない!」

 

 雄叫びを上げながら、両者の影がぶつかった。

 

 

 

 

「っじゃーん」

 

 スカートを翻してその場で一回転したケレスが、にこっと笑う。ぱちぱちというまばらな拍手が彼女の前に座るランと店員の少女から起こる。

 ケレスは今この酒場の制服である、メイド服に似た服を着てご満悦な様子だった。少し胸のあたりが窮屈そうではあるものの、抜群のスタイルを誇るケレスにとても良く似合っている。ひらひらの白いフリルが付いたスカートから伸びる健康的な御御足に周囲の目線が集中する。胸元には赤いリボンが付いていて、彩りを与えていた。

 

「ねぇ、キリミア。これもらっていい?」

 

「それはちょっと厳しいですよぉ……」

 

 キリミアと呼ばれた、金髪をショートカットにしたその店員は苦笑する。

 

「ケレスさん、迷惑をかけちゃだめですよ」

 

 ランも真面目な顔でケレスに注意する。ケレスは「冗談だよ」と悪戯に笑い、またポーズをとってみたり近くの人にウインクをしてみたりと好き放題だ。

 

 彼女が店員、キリミアの着ていた制服を着てみたいと言ったのはつい先程のこと。昨日からずっと気になっていたらしいケレスの熱意に押されたキリミアが、この酒場の主人でギルドマネージャーでもある竜人族の男性に相談したところ、快く了承してくれたので今に至る。

 

「何ならここで働くかい?」

 

 その男性はカウンターの向こうでそう言って、穏やかな笑顔を見せる。ケレスは「いいの!?」と素直に歓喜したが、ランのじとっとした目線に気がついたのか乾いた笑いを零した。

 

 

 

 昼時を過ぎた酒場にはちらほらと客の姿はあるが、それ程混み合ってはいなかった。だからこうしてケレスに制服を着せてみたり談笑してみたりという余裕がある。

 そんな穏やかな午後。しかしランの心中は穏やかでは無かった。

 

 レンドがクエストに行く時はいつもこうだ。無事に帰って来るだろうか、怪我はしてないだろうか、そんな不安が頭の中から一時も離れない。

 最近、彼女にはこういうことが多かった。少し気を抜いてしまえば、すぐレンドのことを考えてしまう。そしてその時には、決まって胸の中がとても温かくなるのだ。

 

(……変だなあ)

 

 胸にそっと手を当てて、首を傾げるラン。こんな気持ちはランポスだった時に経験したことは無い。この気持ちが何なのかは、さっぱり分かりそうにも無かった。

 でも今は不安の感情の方がはるかに大きく、落ち着かなそうにうつむいて足を動かしている。

 

「じゃ、次はランいってみよっか」

 

「……え? 私ですか!?」

 

 ケレスの声で気がつくと、今度はランに制服を着させようとケレスが屈託の無い笑みを浮かべて目の前に迫っていた。

 

「わ、私はいいですよ……」

 

「そんなこと言わずにさ。なんかランずっと心配そうな顔してるし」

 

「えっ」

 

 頬に手を当てて、あわあわと慌てるラン。そんなに顔に出ていただろうか。そこでふと、気が付く。

 もしかしてケレスは、私を元気づけようとしているんじゃないかと。

 

「……ちょっとだけですよ」

 

「やったー」

 

 渋々了承するラン。ケレスは嬉しそうに袖から腕を抜いて、今すぐここで制服を脱ごうとする。慌てて止めに入るランとキリミア。ランの表情には、少しだけ元気が戻っているように見える。

 

 しかしその時、バァンと酒場の扉が開いた。

 

「た、大変にゃあああああ!!」

 

 その場にいた人の目線が、突然飛び込んで来たそのギルドのマークを着けた一匹のアイルーに注がれる。

 そのアイルーは酷く慌てた様子でギルドマネージャーの前までやって来ると、荒い呼吸のままで叫ぶ。

 

「げ、ゲネポスの大軍が……こっちに向かってるにゃ!!」

 

「何だって?」

 

 ギルドマネージャーの表情が一気に険しくなる。

 酒場にいた街人やハンターも、突然過ぎる事態に一気に騒がしさを増した。

 

「それは本当かい?」

 

「本当だにゃ! ものすごい大軍だにゃ!」

 

「ど、どうして……」

 

 口元に手を当てて絶句するラン。自分たちランポスでも、人間の住む街を襲ったりなどしたことは無かった。ましてやこのヴェールのようにハンターのいる街を襲うなどもってのほかだ。ならば、何故。

 よっぽど強い恨みでも無い限り、そんなことはしない筈だ。

 場を緊張感が包み、隅でテーブルを囲んでいた数人のハンターがギルドマネージャーの周りに集まり、話し合いを開始する。

 

「……なんで」

 

 ケレスは呆然とその場に立ち尽くしていた。

 自分と同じゲネポスが、この場所を襲いに来ることに強い憤りを覚えているのだろう。わなわなと腕は震え、眼光は鋭くなる。

 

「……まだ私の邪魔をするの!?」

 

 ランはケレスの怒る姿を目にして、背筋が凍った。

 

 

 ケレスがここまですぐに人間に馴染み、ゲネポスへの未練が無いように見えるということは、それなりの理由があるに違いないのだ。一体、彼女の過去に何があったのか。計り知れない「何か」がそこにはあった。

 

「ケレスさん……?」

 

 キリミアが慌ててカウンターの向こうに回ってギルドの業務に移りながら、怒るケレスを目にして心配そうに声をかける。しかしケレスは答えないままで階段へ走って駆け上がって行ってしまった。

 その後ろを「ケレスさん!」とランがすぐに追いかける。

 

 地響きのような足音は、刻一刻とヴェールに迫っていた。


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