鳥竜種な女の子   作:NU

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第13話 二人の鳥竜種と、忍び寄る影

「……レンドさん」

「……何でしょうか」

「この人はどなたですか?」

 困惑しながら、青髪の少女ランはクッションに身を埋めて気持ち良さそうに眠る、茶髪の少女を指差した。

 

 砂漠都市ヴェールのホテルの一室。ここには二人の少女と一人のハンターの姿があった。

 その内二人の少女は共に人間ではない。

 モンスターである。

 ここに初めて本来合う筈の無い鳥竜種の二種が顔を合わせたこととなる。もっとも、その姿は共に人間であるが。

 

 砂漠からこの街へ向かう道中の竜車。その荷台に乗っていた少女は空腹を訴え、レンドから車に乗せていた果物やこんがり肉を貰い受けた。それを彼女は道中今までの空腹を満たすように食べ続けていたのだが、いざ街に着いて降りる時になってレンドが振り返ってみると、そこには満腹になってぐっすりと気持ちよさそうに眠っている少女の姿があった。満腹になったら寝る。まるでアイルーの様である。

 それ故に彼は再び彼女をお姫様抱っこする羽目になり、途中で何とか門番を説き伏せたり、人々の視線を受けたりしながらもこうして拠点を置いているホテルへと無事に帰還する事が出来た。

 当然ながら部屋にはレンドに付いて行くと懇願したランがいるわけで、現在に至る。

 

「あの……もしかして」

 少女の身なりから判断したのか、眉を潜めながらランが何かを思い付く。

「この子、私と同じですか?」

「……その通り」

 むにゃ、と少女が声を漏らした。ランはレンドの返事に驚きを隠せず、手で口を覆ったが、声は上げなかった。今大声を上げると少女を起こしてしまう事を分かっているのだろう。

 私と同じ、とはつまり元はモンスターであるという事。この現象が自分だけに起こったものでは無いという事をこの少女は証明している事となる。レンドですらも困惑しているのに、ランにとってはどれほどの衝撃だろうか。

 

「まさか……そんな……」

 まじまじと、ランはベッドの上で顔をクッションに摺り寄せる少女を見下ろす。当の本人はランの驚きなどは知る由もなく、寝言などをむにゃむにゃと言いながら気楽なものである。レンドもその姿に呆れるしか無い。どうにもこのゲネポスは人間になったという異常事態に対し楽観的と言うべきか柔軟と言うべきか。もう少し深く悩んでも良さそうなものである。

 よっぽどゲネポスである事に未練の無い理由が有るのかもしれない。レンドはそう考えるが、本人が語らない限りそれは明らかにはならない。

 

「……とりあえず起きるまで待ちましょう」

 ランはもじもじと落ち着かなさげにしながらも、ベッドから離れる。部屋の中を歩き、レンドから少し離れた所に立った。砂漠の街という事もあり、彼女は今、暑さを凌ぐ為にノースリーブのシャツにショートパンツという格好であった。水のように流れる青髪は、今は後ろで一つに縛られている。

 相変わらず見惚れる様な美少女である。この街に来てからも、彼女が酒場で何度男に声をかけられたかレンドは数える気にもならなかった。

 ふと思い出し、思わず視線が彼女の胸元に移ってしまう。––––確かな膨らみがあった。しかしやはりゲネポスの少女がいかに成長しているかが分かる。

(って何考えてるんだ!!)

 左手の感触を思い出してしまいそうになり慌てて思考を中断させる。ランは不思議そうに首を傾げた。

 

 時刻は夕暮れであった。赤い夕焼けが砂丘に沈んでいく様子が窓から見る事ができる。何とも幻想的な光景だが、ここの街に来てからというものの何回も目にしている光景だった。

 この部屋の下に位置する酒場から聞こえる喧騒が、段々と大きくなってきた。仕事終わりの住人や食事を摂りにきた宿泊客が集まってきたのだろう。レンドも窓から離れ、立ち尽くしたままぼんやりとベッドを眺めていたランに声をかける。

「俺なんか買って来ようか?」

「え、私行きますよ?」

 すぐに自分で請け負おうとする彼女は本当に優しい。しかしランを一人で買いに行かせるのはかなり不安なものがあるので、「ランはそいつ見てて」と眠る少女を指差し、自分で買いに行くことにした。ランも頷いてベッド横の椅子に腰掛ける。

 

「……」

 レンドが酒場で食べ物を買って来る為に部屋を出て数分。ランはベッドの横でじっと少女を見つめながらずっと思い悩んでいた。

 レンドによれば、この少女はゲネポスという自分と同じ種族に属するモンスターらしい。先程図鑑で確認してみたところ、なるほど確かに似ている姿をしていた。

 自分と同じ境遇にある少女。彼女は今、どんな気持ちなのだろうか。それが知りたい。しかし自分の気持ちでさえもよく分かってはいなかった。仲間が増えて嬉しい、私と同じように人間の中に溶け込めるのかが心配。色々な気持ちがせめぎ合って彼女を飲み込んでいく。

 だがまずは、この少女が目覚めない限り話す事すら出来ない。今ランに出来る事は、ただこの少女が目を覚ますのを待つ事だけだ。

 

 

 自分と同じようにモンスターから人間となったとはいえ、その容姿は大きく自分と異なる事に気が付いていた。髪の色も違えば身長も違う。表情は子供のように緩みきっているが、その顔立ちはランよりも少しばかり大人びた雰囲気を漂わせていた。

 自分の胸に両手を当てて、首を傾げる。体の形でさえも大きく異なるようだ。後でレンドに尋ねてみようと決めた。

 

「う……うぅ……」

 その時、 ベッドで眠っていた少女が小さく声を漏らした。ランは弾かれるように顔を上げ、彼女の顔をじっと見つめる。気持ち良さそうに曲線を描いていた目は固く閉じられ、クッションを抱いていた腕が更に強くクッションを抱き締める。

 そしてぱちりと少女が目を開いた。

 ランと少女の視線が衝突する。

 

「!!」

 野生の本能か、その瞬間に少女が警戒心を露わにして素早く立ち上がり、ベッドから飛び降りてランと距離を取った。両者はベッドを挟んで向かい合う形となる。少女は胸にクッションを抱いたまま目を細め、じっとランを睨む。

「誰?」

「わ、私は……」

 先程の無防備な状態からの変貌に動揺するラン。だが自分であってもこの状況ならば同じ行動を取っていただろうと思う。野生の中で生きる者ならば、得体の知れぬ相手には油断を見せてはいけないのだ。

 空気が緊張する。

 なんとしてでも警戒心を解かなければならない。ランは覚悟を決め、ごくりと唾を飲んでから口を開いた。

「私は、あなたと同じです」

 その言葉を聞いて少女の警戒心が一種高まる。暫くの沈黙。ランの言葉を頭の中で反復するように小さく唇を動かしながら、ランを見つめ続ける。

 しかし漸く何か思いついたように体の力を少し緩め、少女が口を開いた。

「もしかして、元モンスターって感じ?」

「そ、そうです」

「なんだー」

 その瞬間、再び少女はボンとベッドに倒れ込んだ。目を白黒させるランの前でまたクッションを抱き締めながらベッドの上を転がる。

 暫くして動きを止め、仰向けの状態で先程とのギャップにただ呆然としているランを見上げる。

「お互い大変だね」

 は、はぁとランは曖昧な返事をする事しか出来なかった。

 これが不思議な運命に巻き込まれた二人の鳥竜種が交わした初めての会話であった。

 

「っひゃー。人間の食事ってのはすごいね」

 テーブルに並べられた食事を眺め、少女がそんな感想を漏らす。ランとレンドはそんな彼女の前に並んで座り、お互いに顔を見合わせた。

 レンドが部屋に食事を持って戻って来ると、三人は晩御飯を摂る運びとなった。竜車の中でずっと食べ続けていた少女もまだ食べるつもりの様で、目を輝かせている。しかし、食事をする前にまだせねばならない事が有った。

「とりあえず手を洗ってもらって……まぁ、服は後ででいいか」

 レンドの呟きにランが立ち上がり、手掴みで肉を食べようとしていた少女を洗面台へと押すように案内して行く。服に関してはランの着ているものではサイズが合いそうに無かった。後で買いに行かなければならないだろう。

 一人テーブルに残り、洗面所から聞こえる声などを聞きながらレンドは思考を巡らせる。

 これからあの少女をどうするのか、真剣に考えなくてはならない。しかしレンドにはあの少女が何を考えているのか全く理解できなかった。人間として本当に生きる覚悟が有るのか、彼には彼女が真剣に捉えているようにはとても思えなかった。

 同じ状況に置かれていても、ランとは反応が違いすぎている。反応が「軽い」のだ。ただこの状況を楽しんでいるようにしか思えない。

 ただ、すぐにランとも打ち解けたようで––––少女の距離の詰め方が早いだけかもしれないが––––鳥竜種同士争うなどという事が無かった点では良かったと言えよう。

 

 三人揃ってテーブルにつき、レンドとランは手を合わせてから食事を開始した。少女はというと、道具を使い始めた二人を見て意味が理解出来ていないのか、手を料理にかざしたままで目を白黒させている。

「えっと……何、それ?」

 ランが持っているフォークを指差して尋ねる。ランは口で肉を咀嚼しながら首を傾げ、ごくりと肉を飲み込むと微笑んで、どこか得意げに教える。

「これはフォークといってですね、こうやって……手を汚さずにご飯を食べる事が出来るんです」

 その得意げな表情と声に、思わずレンドは少し笑みを零してしまう。つい三ヶ月前には教わる立場だった彼女が今はすっかり人間側として馴染んでいる事に感慨深さを感じると同時に、小さな事でも得意げに教える彼女に微笑ましさを感じてしまう。

 少女は怪訝そうにしながらもランの真似をしてフォークを手に取り、肉の一切れを苦労しながら刺して、漸く口に運んだ。咀嚼しながらも、わざわざ道具を使う事に不自然さを感じざるを得ないようだ。フォークを動かして様々な角度から見ようとしている。

 

「……さてと」

 食事の手を止めて、レンドが話題を切り出す。

「これからどうしようか」

 野菜をフォークの先で突ついていた少女がその声に顔を上げ、じっとレンドの顔を見据える。その茶褐色の目に見つめられ、思わずレンドは緊張してしまう。同時に左側からはランの黄色の目も向けられて来る。

「一緒に暮らすかどうか、という事ですか?」

 ランの質問に曖昧に頷く。確かに結局はそういう選択になるだろう。

 まだ出会ってから時は経っていない。しかし、状況が状況なだけに一緒に暮らす以外の選択肢は考えにくい。少女はまだ、一人で人間社会を生きる事は出来ないのだから。

 しかし当の本人はというと少し考えるように口元に指を当ててから、指を下ろして笑ってみせた。

「私は別に、楽しく過ごせるなら何でもいいけど」

 

 何でもいいってなんだ。思わずレンドは立ち上がって声を荒げそうになる。しかし、それは止められた。

 少女の瞳には、ただ純粋な子供のような希望の光が宿っていたからだ。

 彼女は、人間になりたかったのかというレンドの質問にそうだと答えた。レンドとしてはその彼女の気持ちはさほど程強いものだとは思っていなかった。しかし、それは間違いだったと分かる。この少女は本当に心から、人間になる事を望んでいたのだ。

 でなければ、どうしてこんな目が出来ようか。

 

「ま、私としてはこれから好きなようにしたいんだけどね」

 フォークで野菜を刺して、いぶかしげに目の前で眺めながらやがてそれを口に運ぶ少女。咀嚼しながら不満そうな表情を浮かべる。やはり植物を食う習慣が無かった以上肉の方が好みのようだ。この点ではランも共通している。

 ランはあまりに自由なこの少女に驚きを隠せずにいた。フォークで肉を差したまま呆然と少女を見つめている。

 レンドは溜息をついて、話しかける。

「じゃあさ、まず何をしたいかだけ教えてくれ」

「うーん」

 するとまた少女は考えて、

「人間の『街』ってとこに行ってみたいかな」

 レンドの言葉を覚えていたのか、少女は楽しげにそう答えた。

 今いるここも街の一部なのだが、恐らく彼女が言っているのはもっと人がいる場所に行きたいという事だろう。  

 かなり心配なものがあるが、少女がそう望んでいるのなら従うべきだろう。これからどうするかの解決には一切なっていないが、彼女がこれからどうするか決める上での手掛かり程度にはなるだろう。

「分かった」

 レンドが答えると、少女は嬉しそうに笑ってガッツポーズをとった。

 

「あの、レンドさん」

 その時にランが遠慮がちに声をかけてきた。レンドは顔を彼女に向ける。

「あの、この方の名前って……」

「……あ」

 そこで彼は初めて自分が肝心な事を忘れていた事に気がついた。彼女には「名前」が無いのだ。モンスターは確かに名前を必要しないだろうが、人間社会の中で名前が無いというのはかなり不便なこととなるだろう。

 現に、彼は今彼女を呼ぼうにも呼ぶ名前が無いのでかなり不便な事になっている。

「ゲネポスだから……」

「何なに? 何の話?」

 会話の意味を理解できない少女が首を傾げる。そんな彼女の前でレンドとランは目を閉じて考えを巡らせる。

「……ゲネ?」

「いやそれはさすがに……」

 レンドが提案した何の捻りもない名前をランが却下する。ランであればまだ名前として成立している気がするが、さすがにゲネでは少し無理がある。

「……ゲス?」

「……いやいや」

 今度はランが提案した名前をレンドが却下する。その名前だとかなり問題が生じそうである。

「へんなの」

 当の本人は何故か悩んでいる二人にそんな感想を漏らして食べる作業に戻った。

 しばらくの沈黙。ランの時とは違い、名前を付けるのがかなり難しい。何度も名前の文字を入れ替えてみるが、どうにもしっくりと来ない。別にゲネポスに関連した名前でなくては駄目という事は無いのだが、二人共なんとか関連した名前にしようと思考を巡らせていた。

 

「……ケレス」

 ランがぽつり、と呟いた。

「ケレスっていうのはどうですか?」

 ランが嬉しそうにレンドに視線を向ける。それにレンドも暫く考えてから、頷いた。

「いいんじゃない?」

 微妙にゲネポスの面影も見える、かつ不自然でも無い名前であった。却下する理由は無いだろう。

「どうですか?」

 嬉しそうに、肉を咀嚼していた少女にランが確認をする。少女はまだ意味が分かっていないようだったが、飲み込んでから「よくわかんないけど、いいんじゃない?」と返事をした。レンドはそれでいいのかと思いつつ、その名前を呼ぶ。

「というわけでケレス、よろしくな」

「え、何それ」

 元ゲネポスの少女、ケレスはぽかんとした。

 

 

 

「うっひょー、見ろよこの金」

 袋から何枚もの金貨を取り出し、男が下品に笑った。その隣にいた大柄の男も煙草を吹かしながらくくくと笑いをこぼす。

 すっかり日の沈んだ街の路地裏。ここで地面に腰を下ろした三人の男の姿があった。そのいずれもが髪を金髪に染め、顔に入れ墨を入れている。

「こりゃ明日も行きますか?」

「だな」

 リーダー格の男が、ボウガンの手入れをしながら大柄の男に返事をする。そこで、ふと先程まで金貨を持っていた細身の男がジャラジャラとそれを袋に戻しながら、何かを思い出したように言った。

「そういや、さっき道で誰かが青髪のめっちゃくちゃ可愛い娘を見たって話してたな」

 その言葉に、大柄の男とリーダー格の男も何かに気がついた。

「青髪……? めちゃくちゃ可愛い……?」

「まさか」

 くくくとまた大柄の男が声を漏らす。しかしリーダー格の男は顎髭を触りながら意味深に笑った。

「もしかすると、もしかするかもなぁ。青髪なんて、そうそういるもんじゃねぇし」

 リーダー格の男がボウガンを持って、立ち上がる。

「あんな可愛い子逃がすには勿体ないしな」

 大柄の男も煙草の火を地面に擦り付けて消すと、にやりと笑った。

「確認してみる価値はあるな」

 細身の男も金貨の詰まった袋をジャラジャラと振って、

「楽しい事、しますか?」

 三人の下品な笑いが路地裏に響いた。

 


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