姫ノ湯始めました   作:成宮

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追われてて

 

 

「はわわ、雛里ちゃん、これ、とっても美味しいよ」

 

「うん、わかったから。朱里ちゃん少し落ち着いてよ、恥ずかしい・・・」

 

二人が笑顔で鍋を食べている姿を見て、ついつい頬が緩む。

可愛らしく女の子座りで座布団の上に座って一生懸命手と口を動かしていた。

 

朱里ちゃんと呼ばれた少女は時折、鼻を啜っては器によそった鍋をはむはむと口に入れる。

雛里ちゃんと呼ばれた少女は目を真っ赤にし、涙を浮かべながらも友達を気遣う。

この幼い少女たちの名前は、諸葛亮とホウ統。

あの三国志に出てくる名前と同一であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あの、たちゅけてくだちゃぃ!」

 

「お、追われてるんでしゅ・・・」

 

玄関を開けた瞬間、二人の少女はばっと顔を上げ、涙ながらにそう訴えてきた。

二人は息を切らせ余裕なんて微塵も感じさせず、泥だらけの服が痛々しい。

よく見ると膝は擦りむいたのか血が出ていた。

 

すぐさま二人の手を引っ張り中に連れ込む。

玄関の扉の影から森の奥を注意深く観察した。

風が葉を揺らす様子のみ、人の気配は感じ取ることはできなかった。

二人を驚かせないようにそっと扉を閉めた。

 

「大丈夫、外には誰もいないよ」

 

二人を安心させるためにできるだけ優しく微笑む。

しかしよほど怖かったのか二人は座り込み、お互いを抱きしめ合ったまま震えていた。

いつまでも玄関にいても仕方ない。

そう判断しこちらをぼーっと見つめている二人にもう一度声をかける。

 

「大丈夫、誰か来たって俺がやっつけてやるさ」

 

そういって二人の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。

 

「はわっ」「あうぅぅ」

 

小さく悲鳴をあげ、顔を真っ赤にしこちらを睨みつける。

おそらく子供扱いするな、と言いたいんだろう。

全然怖くない、むしろ可愛らしさが際立っていた。

 

 

「とりあえず上がろう。ちょうど夕食にしようと思っていたところだんだ。

お腹は空いているかい?落ち着くまでゆっくりしていくといいよ」

 

 

早足でそう言い、まぁ俺んちじゃないんだけどね、最後にそう付け加えたところで

ようやく二人はくすりと小さく微笑んだ。

 

 

「おっとその前に」

 

座っている魔女帽子の娘からそっと靴を脱がす。

気分はちょっとした王子様的な感じで。

目を白黒させていたが気にしない。うん、これはセクハラじゃない、幼女に欲情したりしない。

そして魔女帽子を被った少女の膝下と背中に手を出し持ち上げる。

いわゆるお姫様だっこというやつだ。

羽のように軽い・・・は言い過ぎだけれど、見た目よりも随分軽い。

太ももも肉付きがいいわけでなく、鍛えて細くなったというよりはあまり食べていないことを匂わせる。

 

 

「あぅ?」

 

「ひ、雛里ちゃんっ」

 

 

一人は現状を理解しきれず、もう一人は持ち上がってゆく友達を驚きの目で見つめること

しかできずフリーズしてしまう。

 

 

「怪我、バイキンが入ったらまずいから先に洗ってしまおうか。

ここは土足厳禁だからね、そっちの娘も靴脱いでからついておいで」

 

 

台所の裏口、井戸まで歩き出した俺の後ろをフリーズから立ち直った少女が

パタパタと音を立てて靴を脱ぎ、急いで追いかけてきた。

 

 

「ま、待ってください~」

 

 

ベレー帽が落ちないように手で抑え、顔を真っ赤にしている。

そして魔女帽の少女も防止で顔を隠し、借りてきた猫のようにおとなしく手の中に収まっていた。

 

 

 

治療の部分は割愛しよう。

特に語るべきことは・・・ない、と思う。

強いて言うなら傷を水で洗い流す際に水の冷たさと痛みに驚いて、転んでしまい

パンツ丸出しになってしまったくらいか。

あわわ、あわわと混乱し、涙目になった姿を見て可愛いなと感じてしまった俺は悪くないと思う。

 

丁寧にタオルで水気をとり、ポケットからピンク色の可愛らしい絆創膏を傷に貼り付ける。

本来ならば絆創膏よりもラップとかで保湿したほうがいいみたいだが流石にそんなものは持っていない。

試供品ともらった絆創膏で我慢してもらおう。一応新商品らしい。

 

念のため再度お姫様抱っこするとまたしても魔女帽で顔を隠された。

確かに恥ずかしいのはわかるけど、ここまで露骨に顔を隠されてはちょこっと傷つくなぁ。

 

もう片方がその様子を羨望のまなざしで見ていたことには気づかなかった。

 

 

 

 

囲炉裏のある部屋まで行き、そっと抱えていた少女を下ろす。

畳を見るのは初めてだろうか。

じっと見つめ、手で感触を確かめるように撫でる。

しかしそれも長くは続かなかったのか匂いの元である鍋に視線が向いていた。

 

「ん、これ使って」

 

それぞれに座布団を渡す。

二人は座布団を受け取ったものの、可愛らしく揃って首をかしげた。

 

「えと、これは?」

 

「座布団も知らないの?最近の子供はこれだから・・・」

 

俺も十分若いけどな、ついつい苦笑いとともにお決まりのセリフを吐く。

 

「はわわ、私子供じゃありません!」

 

「そうでしゅ、十分立派な大人です!」

 

ない胸を張るが説得力がまるでないよなぁ。

ランドセル背負っていたら十分アウトです。

って連れ込んだ俺もアウト?監獄送り?罪状は未成年者略取誘拐!?

冷や汗がでそうだ。緊急事態だから大丈夫だよな・・・?

 

「俺はロリコンじゃない!」

 

「ひゃぅ、び、びっくりした・・・」

 

「う、うん。驚いた・・・」

 

思わず叫んでしまった。不覚である。

 

「驚かしちゃって悪かったね。座布団はこうやって使えばいいよ」

 

俺が実演すると彼女たちもそれに習った。

ただしあぐらをかいた俺に対して二人は女の子座り。

きっとスカートを気にしたんだろう。残念。

 

 

「ご飯もいいけど、先に自己紹介といこうか。俺の名前は北郷一刀、学生だ」

 

「はわわ、私の名前は諸葛孔明でしゅ。水鏡女学園出身です」

 

「あわわ、ホウ統でし。同じく水鏡女学院出身です」

 

水鏡女学院?聞いたことないな。

フランチェスカと同じようにお嬢様学校なのかな。

 

「って諸葛亮にホウ統!?」

 

「はわわ」「あわわっ」

 

再度不覚をとってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

食事を取りながらさりげなく話を聞き出す。

諸葛亮ちゃんもホウ統ちゃんもきっと気づいているんだろうけど

あえて指摘しない優しさに思わず笑みがこぼれる。

あと小動物のように食べる姿が愛くるしい。

 

すぐさまカラの器を差し出しおかわりを要求する彼女たちを見ると

本当に聞いたような生活をしていたことを実感させられる。

冗談のように思うだろう。

彼女たちが話したのはなんていったって三国志の世界の話なのだから。

といっても俺が知っている歴史の三国志とはかなり異なっている。

真名なんて風習は聞いたこともないし、そもそもこの二人が女の子だっていうことがまずおかしい訳だけど。

 

ここでさらに問題なのはどちらがやってきたのかということである。

賊から逃げているうちにここに来たと言っていたがそれは逃亡中に俺がいる世界に迷い込んだのか。

それともこの旅館がこの三国志の世界に飛ばされ、彼女たちがたまたまここに逃げ込んできたのか。

果たしてどちらなのだろうか。

答えは出ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえずしばらくここにいればいいと思うよ。追手も来ていないみたいだし」

 

食事も終わり、少しウトウトしている彼女たちにそう告げた。

お腹もいっぱいになり安心しだしたのだろう。

 

「はう、お願いしてもいいでしょうか?」

 

「いいよ。俺も一人じゃ寂しかったし」

 

「ありがとうございます」

 

二人は笑顔とともに頭を下げた。

 

「じゃ準備してくるよ。二人はここでゆっくりしてて」

 

そう言い残し、俺は布団の準備をするべく立ち上がりをあとにした。

俺が使っていた部屋の隣、流石に同じ部屋で寝るのはどうかなって思う。

押入れから真新しい布団を二枚敷く。

汚かったり埃っぽいと嫌だなと思っていたが運がいい。

というよりも至れり尽せり過ぎて少し不安だったり。

 

 

「準備できたよ。じゃ行こうか」

 

 

そう言ってホウ統さんをお姫様抱っこ。

さぁ魔女帽はないぞ?どういう反応をするのかな?

 

 

「あわわ、怪我はもうだ、だいじょうふでし」

 

ばたばたと手足を動かし抵抗するも、所詮は女子供であり抜け出すには至らない。

思わぎゅっと抱きしめたい衝動に駆られるが、お姫様抱っこで我慢しよう。

そんなに大差ないしね。

孔明ちゃんは俺の楽しそうな顔を見てため息をついていた。

 

と部屋を出たとき、甘い匂いに隠れて別の匂いを感じ取る。

この匂いは・・・たぶん・・・

直接言うと俺も恥ずかしいし向こうも顔を真っ赤にするだけじゃ済まないだろう。

というよりも俺変態扱いされるんではなかろうか。

さすがにそれは断固拒否したい。

なのでなるべく顔に出さないようにさりげなく伝えよう。

 

 

「そ、そ、そういえばお風呂あるんだけど、入らない?」

 

完全にどもった。

きっと引きつった笑を浮かべているだろうこと俺。

そしてこの言い方は別の意味でもアウトだった。

 

二人は湯沸かし器のように真っ赤になって煙を吹き出した。

果たして二人はどちらの意味で真っ赤になったんだろう。

 

 

「あ、いや、はわわ、お風呂は、嬉しいんですけど、ご一緒というのは、はわわ・・・」

 

「あうぅ」

 

「ああ、もちろんそういう意味じゃないから安心して。

純粋に、純粋に疲れをとって欲しいと思ったから言ったんだよ」

 

大事なことは2度言わなければ伝わらないんだと思う。

二人は無言で首をカクカクと縦に振り、釣られて俺も無言で脱衣所まで案内したのだった。

 

 

 

「あわわ、すごいね朱里ちゃん」

 

「はわわ、本当だね雛里ちゃん。こんなお風呂見たことないよ・・・」

 

決して出歯亀ではないことを告げておく。

俺がいるのは二人がいる風呂場ではなく脱衣所である。

頼まれたのだ、不安だからすぐ近くに居て欲しいと。

 

それは無理のないことだ。

つい先程まで彼女たちは賊に追いかけられ、助けもなく逃げ回っていたのだから。

俺も一応男なんだからとも思わないでもないが、それよりもここまで信頼してもらえるのが嬉しい。

 

というわけで邪な気持ちはなく、純粋な、そう妹を守るような気持ちでここにいるのである。

時折色っぽい声が聞こえるような気がしないでもないが幻聴である。

突入してしまうほど、サルではないのだよサルでは!

 

 

実際なんのイベントもなく彼女たちの入浴タイムは終了した。

期待した?残念でした。

この物語は基本全年齢対象なのです。

 

脱衣所で彼女たちに待ってもらって、俺も手早く入浴を済ませる。

すぐさま出てきた俺に彼女たちは

 

「男の人って早いんですね」

 

「北郷さんが特別早いのかなぁ」

 

と少し頬を染めていた。

女学園って言ってたしやっぱり男の上半身を見たことがないのかな?

あとその発言はなんとなく否定してもらいたい。

 

 

 

彼女たちを客間まで案内する。

いつの間にか暗くなり、電灯などの照明もないため手には懐中電灯を持っている。

彼女たちにはとても不思議がられたが、まぁ説明のしようもないためこういうものだと納得してもらった。

あまりこういった現代のものを見せびらかすのはやめておこう。

何が起きるかわからないため、いずれ何かしら対策を練っておかねば。

 

 

「あわわ、床に布団が敷いてありまし」

 

「はわわ、枕が柔らかいでしゅ。材質は一体何でできているんでしゅか?」

 

 

本日もう数え切れないほどの驚きとかみましたである。

そういえば三国志の時って陶器の枕とかだっけ。

すぐさま布団にダイブし、枕を抱えて頬ずりしている諸葛亮ちゃんを見て思わず涙がこぼれ落ちそうになる。

そして軍師なだけあって好奇心旺盛なのかすぐさま目を輝かせこちらに質問してくるところもなんとも可愛らしい。

 

「羽根だね。水鳥とかのを洗浄、消臭して中に敷き詰めているんだ。

畳の上に布団を敷くのは日本の伝統だね。俺たちはこの畳の上で死ぬのが本望なのさ」

 

 

それを聞き、二人は感心したように頷いた。

おそらく頭の中で色々と考えているのだろう。

微妙に間違ってる気がしないでもないが、まぁいいかなって思う。

俺もできれば畳の上で死にたいなぁ。もちろん老衰で。

ちなみに俺は自分のことを倭国の人間と言っておいた。

 

 

「面白いね、朱里ちゃん」

 

「そうだね、ためになるね雛里ちゃん」

 

息ピッタリの二人を見ると思わず姉妹ではないかと錯覚に陥ってしまう。

 

「そうやっているとまるで姉妹のようだね」

 

「そう、ですか?」

 

「私たちが姉妹だったら、きっと私がお姉さんだね」

 

「え、朱里ちゃんがお姉さん?」

 

「そうです、私のほうがお姉さんっぽいですから」

 

「でも朱里ちゃんって妹だよね?真里お姉さんがいるし・・・」

 

「はわわ、そういうなら優里ちゃんがいるいんだから私がお姉さんでも何も問題ないよ」

 

「あわわ・・」

 

「はわわ・・・」

 

 

 

 

諸葛亮には諸葛瑾という兄と諸葛均という弟がいたっけな。

真里と優里と行っていたからたぶん女の子なんだと思うけど。

と考えていたらいつの間にか二人は喧嘩になっていた。

最初はただの口論だったがようだが手が出て足が出て取っ組み合いにまで発展していた。

どっちも対して力があるように見えないし怪我することもないと思うけど。

それでも女の子二人が取っ組み合いの喧嘩している姿を見るのは少し刺激が強いもとい傍観している

べきではないだろう。

もう少しでスカートめくれそうとか思ってない。思ってないのだ。

二人の首根っこ掴んで強制的に分離させる。

 

「こら、せっかくお風呂はいってすっきりしたのに何やってるんだ」

 

「だって雛里ちゃんが・・・」「だって朱里ちゃんが・・・」

 

「言い訳しない。それでも軍師を目指してるの?もっと冷静になりなよ」

 

二人はしょぼんと顔を伏せたあと、お互い見合って何故かくすくすと笑いあった。

目と目で会話していたような気がするが一体なんだろう。

 

「北郷さん、まるでお兄さんみたいだね」

 

「そうだね。真里姉さんと優里ちゃんを加えて5人兄妹、かな」

 

なるほど、それを想像して笑っていたのか。

 

「そうだね、君たちみたいな妹がいたら楽しいかな?

頭が良すぎて、いつも言い負かされそうで怖いけど」

 

諸葛亮ちゃんとホウ統ちゃんがベレー帽と魔女帽なら

諸葛瑾と諸葛均は麦わら帽子とニット帽あたりかな?

その時代にあるの?というツッコミはなしで。

服装は彼女たちの着ているのが水鏡女学院の制服らしいのでベースに考えれば。

うん、とても可愛らしい四姉妹の出来上がり。

 

でも全員歴史に名を残すような才女なんだよね?

偉大な妹を持つと兄が苦労するんだよきっと。

 

 

「怖くなんてないですよ、兄さん?」

 

「・・・朱里ちゃん、意外と乗り気?」

 

「え、あ、はわわ・・・」

 

 

諸葛亮ちゃんの色っぽい流し目に少しくらっとなってしまう。

うぐ、本気でちょっといいかも・・・

そう思ってしまった俺に更なる追い討ちが。

 

「あの、ご迷惑かもしれませんが」

 

「できれば傍で一緒に寝てもらえませんか?」

 

一瞬でもエロいことを考えた自分の頭をスイカ割りの要領で叩き割ってやりたい。

二人の表情には先程までのおどけた感じは一切なく、その目には不安が色濃く出ていた。

 

「お願いします、兄さん」

 

ただ純粋に二人を安心させてやりたい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女たちは幼くとも諸葛亮とホウ統であり、諸葛亮とホウ統であって幼い少女だった。

 

俺の姉妹発言からこの流れを読み、構築したのだろう。

ここまで言われれば彼女たちを拒絶することは俺にはできない。

そして兄としての気持ちが優先されるだろう。やましい気持ちなんてこれっぽっちも湧かなかった。

そう誘導したのだ、この二人が。

 

これだけの才がありながら幼さ故か人を頼らざる負えなかった。

彼女たちはどうしてもか弱いか弱い少女だった。

 

彼女たちは幼くとも諸葛亮とホウ統であり、諸葛亮とホウ統であって幼い少女なのだ。

 




ご主人様よりお兄さんと呼ばれたい

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